説明

Nb膜からなる水素分離膜による水素分離法

【課題】使用不可能とされていたNbを水素分離膜として使用可能とし、水素含有ガスから水素を選択的に分離する水素分離法を得る。
【解決手段】Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離精製する方法であって、(a)温度Tにおける、(b)Nb膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、(c)Nb膜に対する固溶水素量Cを測定し、温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にそれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、当該PCT曲線を基に固溶水素量CとNb膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定し、その設定条件下にNb膜により水素含有ガスから水素を分離することを特徴とするNb膜による水素分離法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nb膜からなる水素分離膜による水素分離法、Nb膜からなる水素分離膜による水素含有ガスから水素を分離するための使用条件設定法に関し、また、Nb−Ru合金膜からなる水素分離膜による水素含有ガスから水素を分離するための使用条件設定法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素含有ガスから水素を選択的に透過して分離する水素分離膜が知られている。水素分離膜の構成材料には各種金属、合金やセラミックス、あるいは分子ふるい炭素など各種あるが、その代表例としてPd系合金(特許文献1、等)がある。しかし、Pd系合金の水素分離膜では、Y、Gdなどの性能向上効果の大きい希土類系元素を添加した場合でも水素分離性能は2〜3倍しか向上せず、またPd自体が貴金属であるためコスト高となるという欠点がある。
【0003】
特許文献2には、そのような問題を解決するものとして、Nbを主成分とし、特定の成分としてV、Ta、Ni、Ti、MoおよびZrからなる群から選ばれる1種以上の元素を添加して合金化してなるNb合金系水素分離膜が開示されている。特許文献3には、同じくNb合金からなる水素分離膜として、Pd、Ru、Re、Pt、AuおよびRhからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素5〜25質量%とのNb合金からなる水素分離膜が開示されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そのようにNbを合金化したものではなく、Nb(ニオブ)自体についてはどうかと言えば、特許文献4に記載のとおり、水素透過率としては最も高い値を示すことが知られている。しかしNbは、水素脆化が起こるため実用上は使い物にならず、従来水素分離膜としての使用は困難であると考えられていた。
【0005】
【特許文献1】米国特許第2773561号公報
【特許文献2】特開2000−159503号公報
【特許文献3】特開2002−206135号公報
【特許文献4】米国特許第3350846号公報
【0006】
ところが、本発明者らが、Nb膜自体について各種条件を変えて実験を繰り返し、追求したところ、Nb膜でもH/M=0.26以下〔ここで、Mは金属原子数を表し、例えば、MをNbとすれば、H/Nbは当該Nbに対する固溶Hの原子数の比(=原子比)〕の領域では延性を示し、低固溶水素量で、水素分離膜として使用可能であることかわかった。
【0007】
例えば、Pd系合金膜を用いた水素分離では、シーベルトの法則(Sievert's law:C=KP1/2。以下“シーベルツ則”と略称する。)に従うため、高い水素透過量J(J=D・ΔC/d、Dは拡散係数、ΔCは固溶水素量差、dは膜厚)を稼ぐためにある程度の水素分圧差(ΔP)が必要であるが、Nbはシーベルツ則に従わない領域があることがわかった。このため、低水素分圧差でも高い固溶水素量差(ΔC)が得られ、高い水素透過量(J)を得ることができる。
【0008】
本発明は、その事実を基にNbについてさらに追求し、Nb膜を特定の条件下に使用することにより、水素分離膜に使用不可能とされていたNbを水素分離膜として使用可能とし、水素含有ガスから水素を選択的に分離する水素精製法を提供することを目的とし、また、Nb膜により水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法を提供することを目的とする。
【0009】
本発明は、Nb−Ru合金膜により水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法を提供することを目的とし、また、その設定法を利用することにより、Nb−Ru合金膜により水素含有ガスから水素を選択的に分離する水素精製法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明(1)は、Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離精製する方法であって、Nb膜を、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb:原子比)が0.26以下の条件下で使用して水素含有ガスから水素を選択的に分離することを特徴とするNb膜による水素分離法である。本発明(1)は参考発明である。
【0011】
本発明(2)は、Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離精製する方法であって、(a)温度Tにおける、(b)Nb膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、(c)Nb膜に対する固溶水素量Cを測定し、温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にそれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、当該PCT曲線を基に固溶水素量CとNb膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、水素分離膜としての使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定し、その設定条件下でNb膜により水素含有ガスから水素を分離することを特徴とするNb膜による水素分離法である。
【0012】
本発明(3)は、Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法であって、(a)温度Tにおける、(b)Nb膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、(c)Nb膜に対する固溶水素量Cを測定し、(d)温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にこれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、前記PCT曲線を基に固溶水素量CとNb膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、水素分離膜としての使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定することを特徴とするNb膜による水素の分離のための条件設定法である。
【0013】
本発明(4)は、Nb−Ru合金膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法であって、(a)温度Tにおける、(b)Nb−Ru合金膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、(c)Nb−Ru合金膜に対する固溶水素量Cを測定し、(d)温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にこれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、当該PCT曲線を基に固溶水素量CとNb−Ru合金膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、水素分離膜としての使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定することを特徴とするNb−Ru合金膜による水素の分離のための条件設定法である。
【0014】
本発明において、Nb膜を構成するNbは、実質的な純度が100%であるNbのほかに、その製造過程で不可避的に含まれる不純物を含んでいてもよい。当該Nbを本明細書中ではNbと称している。また、Nb−Ru合金膜を構成するNb−Ru合金は、NbとRuとの合計量中、Ruを3〜30モル%含む合金を意味する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、以下(a)〜(d)の効果が得られる。
(a)水素分離に使用不可能とされていたNb膜を水素分離膜として使用することができる。例えば、Nb膜を、400℃においては0.005MPa(約0.05気圧)以下の水素分圧、あるいは500℃において0.03MPa(約0.3気圧)以下の水素分圧で使用することにより、水素含有ガスから水素を選択的に分離することができる。
(b)Nb膜を水素分離膜として使用することにより、低水素濃度の水素含有ガスから高効率で水素を選択的に分離して水素を製造することができる。
(c)水素分離膜としてNb−Ru膜を使用するに際して、Nb−Ru合金膜の脆性破壊を回避して効率的に水素含有ガスから水素を選択的に分離することができる。
(d)安価なNbを使用するので水素分離膜の低コスト化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に至る過程を含めて本発明を順次説明する。
【0017】
水素分離膜の膜材料について、水素透過能を高めるためには、膜材料に対する水素の溶解度係数や水素の拡散係数を高くする必要があるが、溶解度係数を大きくすると、膜材料の種類如何によっては水素脆化が顕著になることが知られている。従って、水素透過能と耐水素脆性との両特性を満たす水素分離膜材料を得るためには、膜材料に対する固溶水素量の確保に加えて、水素分離膜の両側つまり一次側と二次側との間の水素圧力差による膜自体の破壊やクラックの生成を避けるための条件を確かめ、把握することが必要となる。
【0018】
Nb膜、Nb−Ru合金膜がどのような耐水素脆性をもつのかを確かめるには、その前提として、水素分離膜としての使用温度範囲における、(a)水素雰囲気中、すなわち一次側と二次側が同じ水素圧である水素雰囲気中において、また(b)水素透過中、すなわち一次側の水素圧が二次側の水素圧より大きい水素雰囲気中において、Nb膜、Nb−Ru合金膜の水素脆性、その他の特性をその場で定量的に測定、評価できる試験装置が必要である。
【0019】
そこで、本発明者らは、Nb膜、Nb−Ru合金膜の水素脆性等の機械的性質をその場で測定できる特殊な試験装置〔スモールパンチ試験装置(以下適宜“SP試験装置”と略記する。)と称している〕を新たに開発し、当該SP試験装置を用いてNb膜、Nb−Ru合金膜の水素脆性その他の特性を定量的に測定し、評価した。
【0020】
SP試験装置を使用すると、Nb、Nb−Ru合金からなる水素分離膜材料について、そのPCT曲線に基づいた固溶水素量と変形、破壊形態との関係を求め、耐水素脆性についての限界固溶水素量を評価することができる。ここで、PCT曲線とは、水素分離膜材料としてのNb膜、Nb−Ru膜について、(a)使用温度と(b)固溶水素量と(c)水素圧力差との関係を示したデータを意味する。
【0021】
〈SP試験装置の構造および試験事項と、その操作法の概略〉
以下、SP試験装置の構造および試験事項と、その操作法の概略を説明する。図1はSP試験装置、操作法を説明する図で、図1(a)は縦断面図、図1(b)は図1(a)中コア部分を拡大して示した図である。本SP試験装置は全体としては円筒状である。
【0022】
図1において、1は支持部材である。支持部材1は支持台とも言えるが、本明細書では支持部材と称している。支持部材1は縦断面が2段の凸状(2個のフランジを有する)を備えて構成され、その中央部に円筒状の空隙を有している。2は支持部材1に設けた導入水素貯留部、3は導入水素貯留部2から後述一次側水素雰囲気Yに連通する導管、5は支持部材1に設けた導出水素貯留部、4は後述二次側水素雰囲気Zから導出水素貯留部5に連通する導管である。
【0023】
導入水素貯留部2は、弁V1を備える当該導入水素貯留部2への水素供給用の導管に連通し、導出水素貯留部5は、弁V2を備える当該導出水素貯留部5からの水素排出用の導管に連通している。
【0024】
支持部材1における2段の凸状(2個のフランジを有する)のうち、1段目(図中下の方)の凸状の外周には蛇腹(bellows)9の下端部を固定するフランジ部材(以下、固定部材と略称する。)6が配置されている。固定部材6はボルト7により支持部材1のフランジに固定され、固定部材6とフランジとの間はガスケット(Cu製)8により気密シールされている。
【0025】
12は支持部材1と相対する上部位置に置かれた上下動可能な上蓋部材である。上蓋部材12は縦断面が2段の逆凸状(2個のフランジを有する)に構成されている。上蓋部材12における2段の逆凸状のうち、1段目(図中、上の方)の逆凸状の外周には蛇腹9の上端部を固定するフランジ部材10が配置されている。固定部材10はボルト(図示は省略している。)により上蓋部材12のフランジに固定され、固定部材10と上蓋部材12のフランジとの間はガスケット(Cu製)11により気密シールされている。
【0026】
13は上蓋部材12を上下に移動させるスライディングシャフト(滑動軸)であり、その下端が支持部材1に固定されている。16はロードセルである。後述膜試料20をセットした後、上蓋部材12をスライディングシャフト13を介して下方に移動することにより、後述パンチャー24を下方へ移動させ、所定位置に固定することで、後述膜試料20に所定の荷重(押圧力)を加えることができる。なお、14は閉空間Y内の圧力上昇時に上蓋部材12の脱落を防ぐためのロックナットであり、13のスライディングシャフトに沿って15のスライドブッシュを介して上蓋部材12が下方に移動できる。
【0027】
支持部材1、固定部材6、ガスケット8、蛇腹9、固定部材10、上蓋部材12、ガスケット11、導入水素貯留部5、後述膜試料20の上面および後述固定部材21で囲まれた閉空間Yが、後述膜試料20に対する一次側の水素雰囲気Yとなり、後述膜試料20の下面、導管4および導出水素貯留部5で囲まれた空間が二次側水素雰囲気Zとなる。
【0028】
〈膜試料に対する水素圧力の負荷〉
導入水素貯留部2、導管3を経て供給する水素量を弁V1で調節することにより一次側の水素圧を調節し、導管4、導出水素貯留部5を経て導出する水素量を弁V2で調節することにより二次側の水素雰囲気の水素圧を調節する。これにより、後述膜試料20の一次側と二次側との水素雰囲気を同一の水素圧力に制御し、また異なる水素圧力に制御することができる。
【0029】
〈膜試料に対する荷重の付与、計測〉
20は膜試料、19は膜試料20を支持するガスケット(SUS鋼製)である。21は膜試料20の固定部材、24はパンチャー、25は鋼球である。固定部材21の下部は逆凹状に形成され、下端から上端に至る複数の貫通孔22を有している。当該逆凹状の底部面は膜試料の上面との間にスペースを保ち、複数の貫通孔22は水素雰囲気Yと連通している。
【0030】
固定部材21の中央部に上下貫通する円筒状の空隙を有している。23はその内壁である。固定部材21の中央部の円筒状空隙に内壁23に沿ってパンチャー24が嵌挿され、鋼球25は膜試料20の上面に当接、配置される。パンチャー24により鋼球25を押し下げ、鋼球25を膜試料20に押し付けることにより、所定の荷重に対応する膜試料の形状変化の有無、また形状変化有りのときの、その変化の程度を観察することができる。所定の荷重値はロードセル16により計測される。
【0031】
支持部材1の中央部の円筒状空隙の近傍にはセラミックヒータ17が内蔵されており、膜試料20の近くまで熱電対18が挿入されている。セラミックヒータ17と熱電対18により膜試料の温度を測定、制御する。
【0032】
本SP試験装置は、Nb膜、Nb−Ru膜に対して真空〜0.3MPaの水素圧力を負荷することができ、室温〜600℃の範囲で温度制御が可能であり、それらの各条件下におけるNb膜、Nb−Ru膜の延性−脆性遷移を評価することが可能である。
【0033】
〈SP試験装置によるNb膜について試験〉
SP試験装置を使用して、縦横の長さ10mm、厚さ0.5mm(10mm×10mm×0.5mm=50mm3)のNb膜の試験片について、300〜500℃の範囲の各温度における固溶水素量C〔H/Nb(原子比、以下同じ。)〕に対する吸収エネルギーの変化を求めた。
【0034】
本試験において、一次側水素雰囲気Yと二次側水素雰囲気Zは同一の水素圧とした。各試験毎に、Nb膜の試験片を取り替え、且つ、雰囲気の水素圧と荷重による押圧力を変え、脆性破壊の有無を観察した。ここで、雰囲気の水素圧を変えたとは言っても、一次側水素雰囲気Yと二次側水素雰囲気Zは同一の水素圧である。
【0035】
各試験片に対する荷重による押圧力は、パンチャー24による鋼球25の押し下げ位置を連続的に下方へ下げることにより、すなわち一定速度で試験片を押圧していき、打ち抜くことにより、その際に得られる、荷重−変位曲線を解析して、延性と脆性の評価を行った。
【0036】
各試験片の固溶水素量C(H/Nb)は、先に求めたPCT曲線から得られる水素圧力と固溶水素量の関係に基づいて、当該SP試験において負荷した水素圧力から見積もった値である。ここで、各試験片とは、上記のとおり、ある試験片についての試験後、新たなNb膜の試験片に取り替えるが、当該取り替えにより取り出した試験済みの試験片のことである。
【0037】
図2は、その一例として温度400℃におけるその結果を示している。図2中、横軸はNb膜中の固溶水素量C(H/Nb)、縦軸は各膜試料つまり各Nb膜試料の固溶水素量に対応する延性あるいは脆性破壊時の吸収エネルギーである。
【0038】
〈荷重と吸収エネルギーとの関係〉
ここで、吸収エネルギーとは、試験片の変形開始から破壊に至るまでに要した仕事量に対応(相当)している。パンチャー24により鋼球25を押し下げた圧力、つまり荷重(MPa)を変位量に対して積分する(=荷重−変位曲線の下の面積を計算する。)ことにより吸収エネルギーを算出する。図2においては当該吸収エネルギーを示している。
【0039】
〈固溶水素量について〉
Nb膜に対する水素の固溶量は、ある所定温度におけるNb膜に対する水素の固溶量であり、Nbの原子数に対する固溶した水素の原子数で表される。例えば、固溶水素量C(H/Nb)=0.26とは、Nbの原子数100に対して固溶している水素の原子数が26であることを示している。
【0040】
図2のとおり、Nb膜による吸収エネルギーは、Nb膜中の固溶水素量〔H/Nb=0.26〕を境に固溶水素量が増えるに伴い大きく減少している。試験後の各Nb膜について走査型電子顕微鏡(SEM)による破面観察を行ったところ、図2中“Ductile(延性)⇔Brittle(脆性)”として示しているとおり、Nb膜中の固溶水素量C(H/Nb)=0.26を境に、固溶水素量が増加するにしたがって、延性破壊から脆性破壊へと移行していることが観察された。
【0041】
図2は一例であるが、300〜500℃の範囲の各温度についても同様の傾向を示した。これらの事実は、所定の温度範囲において、Nb膜中の固溶水素量C(H/Nb)=0.26を境にその固溶水素量が増えるに伴い、Nb膜の吸収エネルギーは急激に低下し、延性から脆性へと移行(遷移)する固溶水素量、つまり“耐水素脆性に対する限界固溶水素量”が存在していることを示している。このことから、Nb膜は、その限界固溶水素量以下の条件であれば水素分離膜として利用できることがわかった。
【0042】
〈従来の認識との関係〉
ここで、水素分離膜の水素透過性能は一般に、水素透過係数Φに係る下記式(1)を用いて評価されている。
【0043】
【数1】

【0044】
式(1)中、Jは単位面積当たりの水素透過速度、dは膜厚、Dは膜厚の一次側から二次側への拡散係数である。Kは、シーベルツ則(C=K×P1/2)から与えられる平衡定数K(=溶解度係数)であり、標準大気圧(=0.101325MPa)での水素分離膜に対する水素の溶解度である。P11/2−P21/2は水素分離膜の一次側と二次側との水素分圧の平方根の差である。
【0045】
このように、従来の認識においてはシーベルツ則が成り立つことを前提としている。
【0046】
しかし、PCT測定装置を使用して、300〜500℃の範囲における、試験雰囲気の水素圧力P、Nbに対する固溶水素量Cを測定し、その結果をプロットしたところ、Nbについては“シーベルツ則が成り立たない領域がある”ことがわかった。図3はその1例として400℃におけるその結果をプロットした図である。
ここで、PCT測定装置(JIS H 7201)とは、ある温度Tにおいて、物質が水素を吸蔵、放出するときの特性(圧力P、水素吸蔵量C)を測定する装置である。図3における固溶水素量Cは水素吸蔵量Cに相当している。
【0047】
〈シーベルツ則との関係〉
Nbについてシーベルツ則が成り立つとすると、図3中“C=K・P1/2”として示すとおり直線(以下“シーベルツ直線”と言う。)となる。しかし、図3中、純Nbとして示すとおり、Nbに対する固溶水素量がおおよそ0.06まではシーベルツ則の従うが、それ以上になるとシーベルツ直線から外れ、シーベルツ則に従わない領域があることを示している。
【0048】
本発明においては、Nb膜中の固溶水素量に関して延性から脆性へと移行する前の領域、すなわち図2のとおり、Nb膜中の固溶水素量C(H/Nb)=0.26以下の領域で、且つ、シーベルツ直線から外れる固溶水素量領域、すなわち図3のとおり、シーベルツ直線から外れる固溶水素量C(H/Nb)=0.06以上領域を、Nb膜による水素含有ガスからの水素分離に利用するものである。
【0049】
すなわち、Nb膜中の固溶水素量に関して、延性から脆性へと移行する前の延性領域で且つ、シーベルツ直線から外れる固溶水素量領域を、Nb膜による水素含有ガスからの水素分離に利用する。これを数値的に言えば、本発明は、シーベルツ直線から外れる固溶水素量C(H/Nb)=0.06以上の領域から、Nb膜中の固溶水素量C(H/Nb)=0.26以下の領域、すなわちNb膜中の固溶水素量0.06〜0.26の領域で水素含有ガスから水素を分離するものである。
【0050】
図4は、SP試験装置により、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)と温度と延性−脆性遷移との関係を調べてプロットした図である。図4には、過去の文献〔S.Gahr and H.K.Birnbaum・“Acta Metall.”26(1978) p.1781〕で紹介された延性−へき開破壊遷移(Ductile-Cleavage fracture Transition)曲線(図4中、A線)を併記している。
【0051】
図4中、A線を境にその左側から左上側にわたる領域が従来延性領域とされていた領域であり、この領域では脆性破壊が起こらない領域であるはずである。ところが、図4中、Bとして示すとおり、その延性領域中でも、280〜550℃の温度範囲で、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)が0.26より右側に脆性破壊が起こる領域があることを示している。
【0052】
この事実からして、脆性破壊を免れる領域は図4中、B線よりも左側の固溶水素量C(H/Nb)が0.26より左側の領域となる。また図から明らかなように、約280℃から常温域までの温度範囲についても、α’相やβ相などの脆化相の析出を避けて、かつ脆性破壊を免れる領域がある。
【0053】
本発明においては、その事実を利用して、常温〜550℃の温度範囲において、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)が0.26以下の条件下に使用して水素含有ガスから水素を選択的に分離するものである。ここで、その領域を固溶水素量C(H/Nb)の下限は0.06を目安とすることができる。これは、前述図2〜3に示す事実と、Nb膜で水素を透過するには所定の固溶水素量が必要であることによるものである。
【0054】
前述のとおり、Nbは、水素透過率としては最も高い値を示すことが知られていたにもかかわらず、実用上は使い物にならず、水素分離膜としての使用は困難であると考えられていたが、これは恐らく、本発明において実験、追求した上記延性領域についての認識、図4で言えば、Bとして示す領域より右側でも破壊が起こることについての認識を欠いていたことによるものと推認される。
【0055】
図5は、PCT装置により、1例として温度500℃における、Nbに対する固溶水素量と水素圧との関係をプロットした図である。図5は温度500℃におけるPCT曲線に相当するが、図5から、例えば以下のような分離精製ができることがわかる。
【0056】
(1)Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するに際して、Nb膜からなる水素分離膜を、500℃において、0.03MPa以下の水素分圧下に使用して水素含有ガスから水素を選択的に分離することができる。
(2)Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するに際して、Nb膜からなる水素分離膜を、温度500℃、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)0.09〜0.14(ΔH/Nb=0.05)、水素分圧差0.02〜0.01MPaの範囲で使用して水素含有ガスから水素を選択的に分離することができる。
(3)Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するに際して、Nb膜からなる水素分離膜を、温度500℃、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)0.09〜0.19(ΔH/Nb=0.10)、水素分圧差0.01〜0.03MPaの範囲で使用して水素含有ガスから水素を選択的に分離することができる。
【0057】
本発明においては、温度500℃とは限らず、その温度を常温域から高温域までの各温度におけるNbに対する固溶水素量と水素圧との関係を実測により調べてプロットしたPCT曲線を作成し、これを基にNb膜からなる水素分離膜として利用できる条件を設定するものである。また、その設定法を利用することにより、Nb膜により水素含有ガスから水素を選択的に分離するものである。
【0058】
〈SP試験装置によるNb−Ru合金膜について試験〉
前述〈SP試験装置によるNb膜について試験〉と同様にして、SP試験装置を使用して、アーク溶解法により製造した縦横の長さ10mm、厚さ0.5mm(10mm×10mm×0.5mm=50mm3)のNb−5Ru合金膜(NbとRuの合計量中、Ruが5モル%のNbとRuの合金膜。以下、同種の記載について同じ。)の試験片について、400〜500℃の範囲の各温度において、0.001〜5.00(1×10-3〜5×100)MPaの各水素圧Pと固溶水素量Cとの間の関係を把握した上でSP試験を行い、“荷重−変位”を評価した。
【0059】
図6は、400℃、450℃、500℃の各温度におけるPCT測定結果を示している。図6中、縦軸はNb−5Ru合金膜の各試験片に対応する水素圧、横軸は、各水素圧における、Nb−5Ru合金膜中の固溶水素量C〔H/M(M=H/Nb−5Ru:原子数)〕である。図6において、Nbについての400℃における実測値を併記している。
【0060】
図6のとおり、Nb−5Ru合金膜は、温度が400℃、450℃、500℃と、高くなるに従い、PCT曲線は左上側へとシフトし、その分延性領域の方向に向かって移行している。すなわち、固溶水素量は少なくなり、水素圧差が大きくなる。そしてこのことは、固溶水素量を少なくして、水素圧差を大きくできることを示唆している。
【0061】
図7は、図6のうち温度500℃のプロット線を取り出して示した図である。図7のとおり、Nb−5Ru合金膜は、温度500℃において、例えば、(a)固溶水素量:0.04〜0.11(ΔH/M=0.07)の範囲、水素圧0.01〜0.05MPaの範囲で脆性破壊を起すことなく水素分離が可能であり、(b)固溶水素量:0.04〜0.18(ΔH/M=0.14)の範囲、水素圧0.01〜0.1MPaの範囲で脆性破壊を起すことなく水素分離が可能であることを示している。
【0062】
図8は、Nb−10Ru合金膜(NbとRuの合計量中、Ru10モル%の合金膜)、Nb−15Ru合金膜(NbとRuの合計量中、Ru15モル%の合金膜)について、上記と同様にして試験した結果を示す図である。なお、図8中Nb−5Ru合金膜は、図6のうち温度400℃のプロット線を取り出して示したもである。
【0063】
図8のとおり、Nb−Ru合金膜は、Ru量が多くなるに従い、曲線が左側へと移行している。すなわち、水素圧が高くなり固溶水素量が少なくなる。そしてこのことは、固溶水素量をより少なくして水素脆性を抑制し、水素濃度差を大きくとれることを示唆している。
【0064】
〈Nb−Ru合金膜の水素透過速度について〉
以上の実測結果をもとに、Nb−5Ru合金膜について、500℃における各膜の一次側と二次側の水素濃度差ΔCと水素透過速度の関係を得た。そして、フィックの第一法則を利用して、水素が透過中その場における水素の拡散係数を求めた。
【0065】
図9はその結果である。図9中、横軸は、Nb−5Ru合金膜の一次側と二次側との間の水素濃度差(=一次側と二次側との間の水素分圧差に比例する。)、縦軸は、Nb−5Ru合金膜の一次側と二次側との間の水素の透過速度である。図9にはNb膜(500℃)、Pd−26Ag合金膜(400℃)の場合を併記している。なお、図9、図10の縦軸の記載中、符号“mol H”は水素原子としてのモル数(=原子数)の意味である。
【0066】
図9のとおり、Nb−5Ru合金膜の水素透過速度は、一次側と二次側との間の水素濃度差に比例して速くなっており、また、Nb−5Ru合金膜は、Nb膜、Pd−26Ag合金膜に較べて、広い水素濃度差において、より速い水素透過速度を有している。これは、Nb−Ru合金膜中の水素の拡散係数が、Nb膜、Pd−26Ag合金膜に較べて大きいためである。
【0067】
〈Nb−5Ru合金膜による水素透過速度試験〉
SP試験装置を使用して、Nb−5Ru合金膜について水素透過速度を試験した。試験条件は図10中その下部に示している。図10はその結果である。図10には、Nb−5Ru合金膜のほかに、Pd−26Ag合金膜についての結果も示している。
【0068】
図10のとおり、Nb膜の水素透過速度は27×10-3 mol・m-1・s-1の値を示している。また、Nb−5Ru合金膜の水素透過速度は29×10-3 mol・m-1・s-1の値を示している。これに対して、Pd−26Ag合金膜の透過速度は、12×10-3 mol・m-1・s-1である。このように、本発明によるNb膜およびNb−5Ru合金膜は、良好な水素透過速度を示し、Pd−Ag合金膜に較べて低い圧力差しか負荷していないにも拘わらず、良好な高い水素透過速度が得られている。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】図1はSP試験装置、操作法を説明する図
【図2】温度400℃におけるNb膜各試験片の固溶水素量C(H/Nb)とNb膜による吸収エネルギーの関係を示した図
【図3】PCT装置による、300〜500℃の範囲における、雰囲気の水素圧力P、Nbに対する固溶水素量Cの測定結果をプロットした図
【図4】SP試験装置による、Nbに対する固溶水素量C(H/Nb)と温度と延性−脆性遷移との関係を調べてプロットした図
【図5】PCT装置により、温度500℃における、Nbに対する固溶水素量と水素圧との関係を調べてプロットした図
【図6】PCT装置による、400〜500℃の範囲における、雰囲気の水素圧力P、Nb−Ru合金膜に対する固溶水素量Cの測定結果をプロットした図
【図7】図6のうち温度500℃のプロット線を取り出して示した図
【図8】Nb−5Ru合金膜、Nb−10Ru合金膜、Nb−15Ru合金膜について、雰囲気の水素圧力P、Nb−Ru合金膜に対する固溶水素量Cの測定結果をプロットした図
【図9】Nb−Ru合金膜の水素透過速度を求めた結果を示す図
【図10】Nb−Ru合金膜の水素透過速度試験の試験条件、結果を示す図
【符号の説明】
【0070】
1 支持部材
2 支持部材1に設けた導入水素貯留部
3 水素貯留部2から一次側水素雰囲気Yに連通する導管
4 二次側水素雰囲気Zから導出水素貯留部5に連通する導管
5 支持部材1に設けた導出水素貯留部
6 蛇腹9の下端部を固定するフランジ部材
7 ボルト
8 ガスケット
9 蛇腹
10 蛇腹9の上端部を固定するフランジ部材
11 ガスケット
12 支持部材1と相対する上部位置に置かれた上下動可能な上蓋部材
13 スライディングシャフト
14 ナット
15 スライドブッシュ
16 ロードセル
17 セラミックヒータ
18 熱電対
19 膜試料20の固定部材
20 膜試料
21 膜試料20の固定部材
22 貫通孔
24 パンチャー
25 鋼球
26 支持部材1の凸部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離精製する方法であって、
(a)温度Tにおける、
(b)Nb膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、
(c)Nb膜に対する固溶水素量Cを測定し、温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にそれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、
当該PCT曲線を基に固溶水素量CとNb膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定し、その設定条件下にNb膜により水素含有ガスから水素を分離することを特徴とするNb膜による水素分離法。
【請求項2】
Nb膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法であって、
(a)温度Tにおける、
(b)Nb膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、
(c)Nb膜に対する固溶水素量Cを測定し、
(d)温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にこれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、
前記PCT曲線を基に固溶水素量CとNb膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定することを特徴とするNb膜による水素の分離のための条件設定法。
【請求項3】
Nb−Ru合金膜からなる水素分離膜を使用して水素含有ガスから水素を分離するための条件を設定する方法であって、
(a)温度Tにおける、
(b)Nb−Ru合金膜に対する水素雰囲気の水素圧力P、
(c)Nb−Ru合金膜に対する固溶水素量Cを測定し、
(d)温度T、水素圧力P、固溶水素量Cの実測データを基にこれら3要件を関連付けたPCT曲線を作成し、
当該PCT曲線を基に固溶水素量CとNb−Ru合金膜の脆性破壊との関係を求めて耐水素脆性に係る限界固溶水素量を評価することにより、使用温度、一次側、二次側の水素圧力条件を設定することを特徴とするNb−Ru合金膜による水素の分離のための条件設定法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−254932(P2012−254932A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−203730(P2012−203730)
【出願日】平成24年9月15日(2012.9.15)
【分割の表示】特願2008−72607(P2008−72607)の分割
【原出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:日本金属学会2007年秋期(第141回)大会 主催者名:社団法人日本金属学会 開催日:平成19年9月19日〜9月21日
【出願人】(000220262)東京瓦斯株式会社 (1,166)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】