説明

NdFeB焼結磁石の製造方法及びNdFeB焼結磁石

【課題】従来よりも保磁力及び角型性が高いNdFeB焼結磁石の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、NdFeB焼結磁石基材の表面にDy及び/又はTbを含む層を形成した後に前記磁石基材の焼結温度以下の温度に加熱することにより前記層中のDy及び/又はTbを前記磁石基材の結晶粒界を通じて前記磁石基材内部に拡散させる粒界拡散処理を行うNdFeB焼結磁石の製造方法において、a)前記磁石基材中に含まれる金属状態の希土類量が12.7at%以上であり、b)前記層が粉末の堆積により形成される粉体層であり、c)前記粉体層が50mass%以上の金属状態のDy及び/又はTbを含有する、
ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高い保磁力を有するNdFeB焼結磁石の製造方法及びそのNdFeB焼結磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
NdFeB焼結磁石は、ハイブリッドカーなどのモータ用として今後ますます需要が拡大することが予測され、その保磁力HcJを一段と大きくすることが要望されている。NdFeB焼結磁石の保磁力HcJを増大させるためにはNdの一部をDyやTbで置換する方法が知られているが、DyやTbの資源は世界的に乏しくかつ偏在しており、またこれらの元素の置換によりNdFeB焼結磁石の残留磁束密度Brや最大エネルギー積(BH)maxが低下することが問題である。
【0003】
特許文献1には、薄膜化等を目的としてNdFeB焼結磁石の表面を加工した際に生じる保磁力の低下を防ぐために、NdFeB焼結磁石の表面にNd、Pr、Dy、Ho、Tbのうち少なくとも1種を被着させることが記載されている。また、特許文献2には、NdFeB焼結磁石の表面にTb、Dy、Al、Gaのうち少なくとも1種類を拡散させることにより、高温時に生じる不可逆減磁を抑制することが記載されている。
【0004】
また、最近、スパッタリングによりNdFeB焼結磁石の表面にDyやTbを付着させ、700〜1000℃で加熱すると、磁石のBrをほとんど低下させることなくHcJを大きくできることが見出された(非特許文献1〜3)。磁石表面に付着させたDyやTbは、焼結体の粒界を通じて焼結体内部に送り込まれ、粒界から主相R2Fe14B(Rは希土類元素)の各粒子の内部に拡散していく(粒界拡散)。この時、粒界のRリッチ相は加熱により液化するので、粒界中のDyやTbの拡散速度は、粒界から主相粒子内部への拡散速度よりもずっと速い。この拡散速度の差を利用して、熱処理温度と時間を調整することにより、焼結体全体にわたって、焼結体中の主相粒子の粒界にごく近い領域(表面領域)においてのみDyやTbの濃度が高い状態を実現することができる。NdFeB焼結磁石の保磁力HcJは主相粒子の表面領域の状態によって決定されるので、表面領域のDyやTbの濃度が高い結晶粒を持つNdFeB焼結磁石は高保磁力を持つことになる。またDyやTbの濃度が高くなると磁石のBrが低下するが、そのような領域は各主相粒子の表面領域だけであるため、主相粒子全体としてはBrは殆ど低下しない。こうして、HcJが大きく、BrはDyやTbを置換しないNdFeB焼結磁石とあまり変わらない高性能磁石が製造できる。この手法は粒界拡散法と呼ばれている。
【0005】
粒界拡散法によるNdFeB焼結磁石の工業的製造方法として、DyやTbのフッ化物や酸化物微粉末層をNdFeB焼結磁石の表面に形成して加熱する方法や、DyやTbのフッ化物の粉末と水素化Caの粉末の混合粉末の中にNdFeB焼結磁石を埋めこんで加熱する方法がすでに発表されている(非特許文献4、5、特許文献3)。
【0006】
さらに最近DyやTbとその他の金属との合金粉末をNdFeB焼結磁石体表面に堆積させたり(特許文献4)、DyやTbのフッ化物粉末とAl、Cu、Znから選ばれる1種以上の粉末との混合粉末を堆積させて(特許文献5)、その後熱処理を行うことにより高保磁力化を実現する方法が見出された。
【0007】
【特許文献1】特開昭62-074048号公報
【特許文献2】特開平01-117303号公報
【特許文献3】国際公開WO2006/043348号パンフレット
【特許文献4】特開2007-287875号公報
【特許文献5】特開2007-287874号公報
【非特許文献1】K. T. Park他、「Nd-Fe-B薄膜焼結磁石の保磁力への金属被覆と加熱の効果」、第16回希土類磁石とその応用に関する国際会議会議録、社団法人日本金属学会発表、2000年、第257-264頁(K. T. Park et al., "Effect of Metal−Coating and Consecutive Heat Treatment on Coercivity of Thin Nd−Fe−B Sintered Magnets", Proceeding of the Sixteenth International Workshop on Rare−Earth Magnets and their Applications (2000), pp. 257-264.)
【非特許文献2】石垣尚幸 他、「ネオジム系微小焼結磁石の表面改質と特性向上」、NEOMAX技報、株式会社NEOMAX発行、2005年、第15巻、第15-19頁
【非特許文献3】町田憲一 他、「Nd-Fe-B系焼結磁石の粒界改質と磁気特性」、粉体粉末冶金協会平成16年春季大会講演概要集、粉体粉末冶金協会発行、1-47A
【非特許文献4】廣田晃一 他、「粒界拡散法によるNd-Fe-B系焼結磁石の高保磁力化」、粉体粉末冶金協会平成17年春季大会講演概要集、粉体粉末冶金協会発行、第143頁
【非特許文献5】町田憲一 他、「粒界改質型Nd-Fe-B系焼結磁石の磁気特性」、粉体粉末冶金協会平成17年春季大会講演概要集、粉体粉末冶金協会発行、第144頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した従来法技術には次のような問題があった。
(1) 特許文献1及び2に記載の方法は保磁力向上の効果が低い。
(2) スパッタリング法やイオンプレーティング法により磁石表面にDyやTbを含む成分を付着させる方法は、処理費が高価であり実用的でない。
(3) DyF3やDy2O3あるいはTbF3やTb2O3の粉末を磁石表面に塗布することによりDyやTbを含む成分を付着させる方法(特許文献3)は、処理費が安価である点では有利であるがこの方法により到達できる保磁力の値があまり大きくない。
(4) さらに特許文献4及び5の方法は、特許文献3や非特許文献4の方法に比べて特に利点がなく、やはり得られる保磁力の値が小さい。
【0009】
すなわち(3)と(4)に示す従来技術では、資源的にTbに比べてはるかに豊富なDyを使って、厚さ3mm以上で十分に磁極面積の大きいサイズの実用的な用途に対して、粒界拡散処理により、DyやTbを含有しない基材(粒界拡散処理前のNdFeB焼結磁石)を使用して、保磁力1.6MA/m以上を得ることは不可能であった。
【0010】
粒界拡散法に関して、これまでに公表された文献において、厚さ3mm以上でかつ十分に大きい磁極面積を持つ大きさのNdFeB焼結磁石に対して、基材にDyやTbを含まない場合、HcJが1.5MA/mに達する例は報告されていない。特許文献3の実施例2では、厚さ3mmの磁石に対してDyの酸フッ化物粉末による粒界拡散によりHcJ=1.47MA/mの例が示されているが、この例では基材にTbが1at%含まれている。
【0011】
非特許文献4では、その中のグラフから、厚さ3mmのとき、TbF3による粒界拡散処理によりHcJ≒1.2MA/mであることが読取れる。DyF3はTbF3に比べて粒界拡散による高保磁力化の効果は格段に小さいので、DyF3により粒界拡散処理を同じ3mmのNdFeB焼結磁石に施したときには、得られるHcJは1.2MA/mよりずっと小さいことが推察される。特許文献4では、厚さ2mmのDyやTbを含まないNdFeB焼結磁石に対して、Dyを15at%(約30mass%)含む、Nd, Dy, Al, Cu, B, Fe, Coからなる合金粉末による粒界拡散処理を施すことにより、HcJ=1.178MA/mが得られることが示されている。Dyを15at%(約30mass%)含み、各種添加元素が添加された合金粉末による実施例でも、厚さ2.5mmのNdFeB焼結磁石に対して、到達できるHcJは最大1.290MA/mである。
【0012】
特許文献5では厚さ2mmのDyを含まないNdFeB焼結磁石に対して、DyF3粉末とAlの粉末の混合粉による粒界拡散処理により得られるHcJは1.003〜1.082MA/mである。厚さ4mmのDyやTbを含まないNdFeB焼結体に対してZn粉末とDyF3粉末の混合粉による粒界拡散法により最高1.472MA/mのHcJが得られるとされている。
【0013】
またこれまでのどの文献でも、厚さが5mm以上、あるいは6mm以上の比較的厚いNdFeB焼結磁石に対しては、粒界拡散法による保磁力増大効果はきわめて小さい。そこで、例えば特許文献6では、厚い磁石の表面にスリットを設けて粒界拡散の効果を磁石深部に及ぼすアイデアや、特許文献7では粒界拡散法により、厚い磁石の表面付近のみを高保磁力して、磁石の耐熱性を上げる試みが提案されている。しかし、特許文献6のアイデアは加工費や表面処理費の増大あるいは機械的強度の低下など、使用上の不利益をきたす。また特許文献7の提案は高度の信頼性を要求される用途には使えない。NdFeB焼結磁石の高保磁力化は比較的大型のモータや発電機への応用の拡大に伴い重要性を増してきた。これらの応用では、厚さが5mm以上あるいは6mm以上の磁石の需要は大きく、そのニーズに応えることはきわめて重要な課題である。
【0014】
さらに粒界拡散法に関する課題として、比較的厚い磁石に対して磁化曲線の角型性が高いNdFeB焼結磁石の作製ができなかったことである。角型性が悪いのは粒界拡散の効果が磁石全体に均一に行き渡っていないためである。すなわちDyやTbの粒界拡散が基材の表面付近で多く、内部に行くにしたがって少なくなっているためである。高い角型性を持つことは、高品質な磁石としてぜひ必要な条件である。
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、NdFeB焼結磁石において、粒界拡散法により、これまでの技術では達成されなかった高保磁力を得ることができ、厚さが4mm以上の比較的厚い磁石に対して、高角型性が達成され、厚さが5mm以上あるいは6mm以上の厚いNdFeB焼結磁石に対しても高保磁力化が可能な手段を得ることである。保磁力の目安となる目標は、希土類成分としてNdあるいはPrのみからなり、DyやTbを含有しないNdFeB焼結磁石基材を使用して、Dyを含む粉末による粒界拡散法によりHcJ>1.6MA/mさらには1.7MA/mを達成することである。
【0016】
DyはTbより資源的にはるかに豊富に存在するので、本発明により高保磁力NdFeB焼結磁石が安定して生産できるようになる。本発明の成果はTbに対しても適用できるので、Tbを使って本発明を実施すればさらに高いHcJが要求される特殊な用途に対して本発明は有用な技術になる。また、基材にDyやTbを入れたものを使用することにより、用途に応じてHcJの値をさらに大きくすることができる。本発明の方法を適用することにより、これまで不可能であった高Br、高HcJの組合せを持つNdFeB焼結磁石の生産が可能になり、かつDyやTbの資源的な問題が解消されることになる。
【0017】
(5) もうひとつ付加的な問題として、粒界拡散法を実施するために形成される表面層を、粒界拡散処理後に除去する費用がかかることである。DyやTbのフッ化物や酸化物、あるいは粒界拡散処理中に溶融しない高融点のDyやTbの合金を使用して粒界拡散処理を実施すると、粒界拡散処理後、基材表面に残渣が浮遊層を形成する。この残渣は、その後の表面処理形成に有害なため、除去しなくてはならない。粒界拡散前に精密な加工をして、粒界拡散処理後再度浮遊層除去のために機械加工することは、余分な費用を要し好ましくない。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために成された本発明に係るNdFeB焼結磁石の製造方法の第1の態様は、NdFeB焼結磁石体基材の表面にDy及び/又はTbを含む層を形成した後に前記磁石基材の焼結温度以下の温度に加熱することにより前記層中のDy及び/又はTbを前記磁石基材の結晶粒界を通じて前記磁石基材内部に拡散させる粒界拡散処理を行うNdFeB焼結磁石の製造方法において、
a) 前記磁石基材中に含まれる金属状態の希土類量が12.7at%以上であり、
b) 前記層が粉末の堆積により形成される粉体層であり、
c) 前記粉体層が50mass%以上の金属状態のDy及び/又はTbを含有する、
ことを特徴とする。
【0019】
本発明において「金属状態の希土類」は、NdFeB焼結磁石の中で金属を構成している希土類元素を意味する。ここで金属とは、純金属、合金、及び母相であるNd2Fe14B相を含む金属間化合物を指す。希土類の酸化物、フッ化物、炭化物、窒化物などのイオン結合性あるいは共有結合性を持つ化合物は含まない。
「粉体層が50mass%以上の金属状態のDy及び/又はTb」は、粉体層が全て金属状態のDy及び/又はTbである場合、即ち粉体層が100mass%、Dy及び/又はTbから成る場合を含む。
「金属状態のDy及び/又はTb」とは、粒界拡散処理のために基材に塗布された粉体層のなかで、金属を構成しているDy及び/あるいはTbという意味である。ここにおいても金属は純金属、合金及び金属間化合物を含み、これらの希土類のフッ化物、炭化物、酸化物、窒化物は含まない。これらの希土類の水素化物、あるいはこれらの希土類を含む金属間化合物の水素化物は、金属間化合物の一種であり、これを構成する希土類は金属状態であるとみなす。これらの水素化物に含まれる水素はほとんど、DyやTbが基材に粒界拡散し始める前に、粉体層から離脱していく。したがって、粉体層の組成の計算には、水素化物中の水素は計算に入れないものとする。なお、組成を質量%で表現すると希土類と水素の原子量の差はきわめて大きいので、実際には組成計算に水素を入れるか入れないかによって計算値はほとんど変わらない。
【0020】
a)の「金属状態の希土類量が12.7at%以上である」ことの技術的意義を説明する。NdFeB磁石の主相はNd2Fe14B化合物であり、Nd:Fe:B=2:14:1の化学量論組成では、希土類量は原子比で2/17=11.76at%である。NdFeB焼結磁石では主相Nd2Fe14B相以外にNdリッチ相とBリッチ相が存在する。本発明者はNdFeB焼結磁石の粒界拡散法が有効に働くためには十分な量の金属状態のNdリッチ相が結晶粒界に存在する必要があることを見出した。粒界拡散処理においては、表面に形成したDyやTbを多く含む層からDyやTbが粒界を通じて、焼結体基材の内部に送りこまれる。この粒界を通路とするDyやTbの拡散の速度を上げ、基材深部への拡散を加速するために、このa)の条件が不可欠である。主相の化学量論組成より過剰の金属状態の希土類量がある一定量以上存在すると、粒界拡散処理中に粒界に太い溶融したNdリッチ相の通路が形成され、表面付近からのDyやTbの基材深部への速い拡散が可能になる。本発明において、1.6MA/mあるいは1.7MA/m以上の高保磁力を得るために基材として必要な金属状態の希土類の量は、焼結体基材に含まれる全希土類量から、酸化、炭化及び窒化されて希土類の酸化物、炭化物及び窒化物に変化している希土類量を減じた量である。本発明者は粒界拡散処理が有効に働くためには、この金属状態の希土類量が、Nd2Fe14B相の化学量論組成としての希土類量11.76at%より約1at%過剰な12.7at%以上であることが必要であることを見出した。基材中に十分な量の金属状態の希土類が含まれていると、粒界に多量のNdリッチ相が形成され、粒界拡散が効果的に行われる。その結果、従来の粒界拡散法では不可能であった、高保磁力が達成でき、厚い基材についても粒界拡散法が有効になる。
【0021】
NdFeB焼結磁石基材の低酸素化により、基材自体の保磁力が増大することが知られているが、この基材の低酸素化による保磁力増大分は、本発明の効果に比べるとかなり小さい。本発明において、粒界拡散法により、きわめ大きい保磁力を持つNdFeB焼結磁石が作製できること、粒界拡散処理による保磁力増大効果が厚い磁石でも起こることと、比較的厚い磁石についても高い角型性が得られることは、使用するNdFeB焼結磁石基材中において、金属状態の希土類が多量に含まれ、粒界に多量のNdリッチ相が形成されることにより、基材表面に塗布したDyやTbの粒界拡散が起こりやすくなり、これらの元素による保磁力増大効果が基材内部深くまで浸透するためである。
【0022】
ここで金属状態の希土類量は次のようにして分析し、算出される。まずNdFeB焼結磁石中に含まれる全希土類量、酸素量、炭素量、窒素量が化学分析される。これらの酸素、炭素及び窒素がそれぞれR2O3、RC、RNを形成するとして(Rは希土類元素)、全希土類量から酸素、炭素、窒素によって金属状態ではなくなる希土類量を差し引いて求められる。その差が金属状態の希土類量であるとする。本発明者はこのようにして求めた基材中の希土類量が上述したように12.7at%以上のとき、DyやTbを含まない基材に対して、広い磁極面積をもち、厚さが3mm以上と比較的厚いときでも、Dyによる粒界拡散処理により1.6MA/m、さらには1.7MA/mの高保磁力が得られることを見出した。
【0023】
次に、b)の条件の技術的意義を説明する。この条件は、NdFeB焼結磁石の粒界拡散法を工業的に実施するために必要である。従来から知られているスパッタリング法は生産性が低く、処理費用が高価になりすぎて工業的価値がない。粉末を基材表面に塗布する方法はバレルペインティング法(特開2004-359873号公報参照)が最適である。その他にスプレー法など溶媒を使って塗布する方法も可能である。
【0024】
次に、c)の条件の技術的意義を説明する。これまでの粒界拡散法に関する文献において見逃されていたことは、基材表面に塗布するDyあるいはTbの量が重要であるということである。本発明者は、a)の条件が満たされ、基材中に十分な量の金属状態の希土類が存在して、粒界に多量の希土類リッチ相が存在すれば、基材表面に多量の金属状態のDyやTbを含む層を堆積させると、多量のこれらの金属が粒界を通じて基材深部に拡散し、その結果、これまで達成できなかった高保磁力を持つNdFeB焼結磁石ができ、また厚い磁石の高保磁力化も可能になる。多量の金属状態のDyやTbを基材表面に堆積させるために、c)の条件が必要である。ここでa)の条件が満たされない基材の表面にDyやTbを多量に堆積させても、これらの金属の粒界拡散は、きわめて遅いか、表面近傍のみに限定され、粒界拡散による高保磁力化は小さく、また厚い磁石には有効ではない。従来技術としての特許文献4において、実施例のすべてについて、基材にDyやTbを含まないとき、粒界拡散処理によって達成される保磁力は1.290MA/m以下であるのは、使用されている粉体中に含まれるDy量が15〜20at%(約30〜38mass%)と低いことが一因であると推定される。
【0025】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の製造方法の第2の態様は、第1の態様の製造方法において、前記粉体層が、前記磁石基材の表面1cm2あたり7mg以上であることを特徴とする。これにより、多量の金属状態のDyやTbを基材表面に堆積させることができるため、さらに高保磁力化が可能になる。
【0026】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の製造方法の第3の態様は、第1又は第2の態様の製造方法において、前記粉体層がAlを1mass%以上含むことを特徴とする。これにより、NdFeB磁石の一層の高保磁力化が図られる。
【0027】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の製造方法の第4の態様は、第1〜第3のいずれかの態様の製造方法において、前記粉体層がCo及び/又はNiを合計10mass%以上含むことを特徴とする。これにより、粒界拡散後に基材表面に形成される表面層に耐食性を与えることができる。即ち、第4の態様によって製造されるNdFeB焼結磁石は、粒界拡散後、基材に密着した表面層が形成されるのが特徴であり、この表面層にCoやNiが一定以上含まれていると、表面層が基材の防食効果を発揮する。
【0028】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の製造方法の第5の態様は、第1〜第4のいずれかの態様の製造方法において、前記粉体層を粒界拡散処理中に溶融させることを特徴とする。
【0029】
第5の態様のNdFeB焼結磁石製造方法の技術的意義について説明する。本発明の各態様で使用する粉体は希土類の組成比が高い(50%以上であって、希土類100%の場合を含む)ことが特徴の1つである(第1の態様のc))。NdやDyなどの希土類元素に、Fe、Co、Ni、Mn、Crなどの遷移元素、その他AlやCuなどの金属元素の添加量を増加させていくと融点が急速に低下し、ある組成において共晶を形成し(共晶点)、この共晶点の組成を越えて上記元素の添加量を増加させていくと融点は上昇する。本発明者は、NdFeB焼結磁石の粒界拡散法において、DyやTbを含まない基材に対してDyのみを使用した粒界拡散法を行った場合に1.6MA/mあるいは1.7MA/mの高保磁力を得るためには、塗布したDyを含む粉体層が、純Dyを含む高希土類組成で、共晶現象により粉体層の全部又は少なくとも半分以上を溶融させることが望ましいことを発見した。即ち、粒界拡散処理の際に、基材に塗布した粉体層がそれ自身あるいは基材の成分と反応し、共晶点周辺の組成に達して溶融するのである。粒界拡散処理時に、塗布したDyを含む層がこのような溶融状態にあると、塗布した層と、基材内部から表面に達している結晶粒界に存在するNdリッチ相とが、液体状態のまま連結されて、塗布層中のDyが高効率で基材内部に輸送される。上述した現象が起こるためには、塗布する粉体層は高希土類組成である必要がある。ここで、粉体層が50mass%以上という高い濃度で金属状態のDy及び/又はTbを含有していることにより、粒界拡散処理における通常の処理温度では粉体層が溶融した液体は粘性が十分高いため基材の表面から流れ落ちない。
【0030】
粉体層の組成は純Dyでもよい。純Dyの融点は1412℃でありNdFeB焼結磁石の焼結温度よりも高温であるが、塗布したDyは、基材のFeなどと反応して融点が低下し、粒界拡散処理のための加熱温度800〜1000℃で、Feなどとの共晶を形成して溶融する。
【0031】
塗布する粉体の組成として、純Dyに、Fe、Ni、Co、Mn、Cr、Al、Cuなどが添加されると、粉体層としての融点が低下していき、添加量の増加と共に共晶点に達し、その後さらに添加量を増加していくと粉体層としての融点は上昇していく。粉体層の組成の好ましい範囲は、状態図上において共晶点の前後で融点が1000℃以下になる組成範囲である。
【0032】
共晶点よりも高Dy側の組成で融点が1000℃以上であっても、上述のように、粉体層と基材に含まれるFeなどの成分元素とが共晶を形成して融点が低下するので、塗布した粉体層は粒界拡散処理中(通常は1000℃以下)に溶融し、効率的なDyの拡散が起こる。Dyへの添加元素を増量してゆき、共晶点を過ぎて、粉体層としての融点が1000℃以上の組成になると粉体層は粒界拡散処理のための加熱中、粒界拡散温度がほぼ上限の1000℃でも、粉体層は全部溶融することなく、固体成分を含んだまま粒界拡散工程が進む。
【0033】
粒界拡散法により目標とする高保磁力を得るためには、粒界拡散処理工程中に、塗布した粉体層が溶けずに粉体層のまま残留する状態はあまり好ましくない。DyやTbを含む粉体層の組成や加熱条件などを適切に調整して、粒界拡散処理中に粉体層を溶融させるようにすることにより、NdFeB焼結磁石の高保磁力化が達成でき、さらに、粒界拡散処理後にNdFeB焼結磁石基材表面に形成される表面層を基材に密着させるようにすることができる。表面層が基材から脱落しやすいと実用上除去する必要があるが、表面層が基材に密着していればそのまま使用したり、表面層の上に表面処理を施したりすることができるので、機械加工の費用を削減できる。また粉体層にNiやCoを含ませておくと、粒界拡散処理後に形成される表面層が基材の防食効果を持つようになり、表面処理費用を削減できるようになる。
【0034】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の第1の態様は、粒界拡散法を用いた処理によりDy及び/又はTbを粒界拡散させたNdFeB焼結磁石において、
磁石基材が3.5mm以上の厚さを持つ板状磁石基材であり、
前記板状磁石基材に含まれる金属状態の希土類量が12.7at%以上であり、
磁化曲線の角型性を示すSQ値が90%以上である、
ことを特徴とする。
ここでSQ値は、磁化曲線で磁化が最大値から10%低下したときの磁界の絶対値Hkを保磁力HcJで除した値Hk/HcJで定義される。SQ値が90%以上であるということは、磁石基材の中心付近にまでDy及び/又はTbが粒界拡散していることを意味している。このように3.5mm以上という厚い板状磁石基材を用いて90%以上という高いSQ値を得ることができたのは、磁石基材に含まれる金属状態の希土類の量を12.7at%以上にしたことで粒界拡散処理時にDy及び/又はTbが粒界に拡散しやすくなったことによる。
【0035】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の第2の態様は、第1の態様のNdFeB焼結磁石において、粒界付近及び表面付近にAlが含まれていることを特徴とする。
【0036】
本発明に係るNdFeB焼結磁石の第3の態様は、第1又は第2の態様のNdFeB焼結磁石において、粒界付近及び表面付近にCo及び/又はNiが含まれていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0037】
第1の態様のNdFeB焼結磁石製造方法及び第1の態様のNdFeB焼結磁石により、これまでの粒界拡散法では達成できなかった、高保磁力でかつ、高残留磁化のNdFeB焼結磁石が得られ、さらに、これまで粒界拡散法では不可能であった厚いNdFeB焼結磁石についても、高角型性を持ち、高保磁力のNdFeB焼結磁石の生産が可能になる。また第2〜5の態様のNdFeB焼結磁石製造方法及び第2〜3の態様のNdFeB焼結磁石により、さらに特性の改良が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
本発明に使用するNdFeB焼結磁石基材は従来のNdFeB焼結磁石と同様の方法で作製される。すなわち、合金の溶解、素粉砕、微粉砕、磁界中配向、成形、焼結の工程によって作製される。ただし焼結後の焼結体中において、金属状態の希土類量が12.7at%以上になるように、合金組成の調整、及び工程中に生じる希土類の優先的な減少や不純物混入の防止などの配慮をしなければならない。ここで希土類の優先的な減少とは、合金を溶解するとき金属状態の希土類成分の蒸発や酸化あるいは坩堝との反応による減少、又は粉砕中にNdリッチ相があまり微細に粉砕され過ぎることで捕集容器に捕集されないことによる減少が考えられる。粉砕前後で金属状態の希土類量が大きく減少することはよく知られている。また金属状態の希土類量は合金を粉砕後、粉末中の希土類の、不純物との化学反応によっても減少する。ここで不純物とは主に、酸素、炭素、窒素である。酸素は主として合金粉砕中及び粉砕後における粉末の酸化により、炭素は粉末の潤滑のために添加される潤滑剤が残留することにより、窒素は粉末が空気中の窒素と反応することにより、製品中に取り込まれる。本発明に使用する焼結磁石基材を作製するためには、工程中の金属状態の希土類量の減少を極力抑え、また不純物元素による汚染を極力抑制する必要がある。それができない場合は、合金中の希土類量をあらかじめ増量しておかなくてはならない。後述の実施例1における番号6の基材は希土類量が低いため酸素や炭素による汚染を極力抑えて作製した例であり、番号5の基材は工程中の炭素による汚染が低くできないため合金中の希土類量を増量することで金属状態の希土類量を本発明の範囲内に調整した例である。
【0039】
合金中の希土類量の下限は、粉砕中の希土類量の減少分と、粉砕中あるいは粉砕後に酸素、炭素、窒素により消費される希土類量に12.7at%を加えたものである。合金中の希土類量が多ければ、これらの元素による汚染がある程度多くても、本発明を実施できるが、あまり多すぎると、NdFeB焼結磁石として、磁化や最大エネルギー積が低下して、価値が低下してしまう。実用的には合金中の希土類量上限は16at%である。また合金中の希土類の種類としては、Ndが主成分であるが、原料の事情によりNdの一部がPrによって置換されてもよい。要求される最終製品の保磁力に従って、Ndの一部をDyやTbによって置換することができる。
【0040】
このように作製されたNdFeB焼結体は機械加工により最終製品として要求される形状と寸法に加工される。その後、粒界拡散処理前に、化学的にあるいは機械的に、表面の清浄化が行われる。このようにして作製されたNdFeB焼結磁石が、最終的に本発明に使用される基材である。
【0041】
次に、粒界拡散処理のために基材表面に塗布する粉体について説明する。本発明で使用する粉体は金属状態のDyあるいは/及びTbを50mass%以上含む必要がある。粉体は合金粉あるいは混合粉が用いられる。合金粉はあらかじめDyやTbと他の金属との合金を作製して、その後粉砕したものである。混合粉はDyやTbの純金属粉末あるいは、これらの純金属粉末と他の金属粉末との混合物である。これらの合金粉あるいは混合粉は粉砕のために水素化されていてもよい。希土類あるいは希土類を含む合金は水素化すると脆くなり粉砕しやすくなることはよく知られている。これらの金属あるいは合金中に含まれる水素は、粒界拡散処理前のために基材に粉体を塗布する前に、粉体を加熱することにより除去することができる。しかし、粉体中に水素が一部残留していても、粒界拡散処理のために基材に粉体を塗布した後、加熱していくと、粒界拡散が始まる前に、水素は粉体から離脱していく。粉体の組成として、このように粒界拡散前に離脱していく水素や、粉体に吸着している気体成分あるいは粉体塗布のため使用される樹脂成分は計算に入れないことにする。
【0042】
基材表面に塗布する粉体のDyやTb以外の成分としては、DyやTb以外の希土類元素、Fe, Co, Niなどの3d遷移元素、AlやCuなど合金の基材への濡れ性を改善すると考えられる元素、NdFeB磁石中にも含まれているBなどが適宜選ばれる。これらの元素の添加量は、粉体塗布後、粒界拡散処理中に粉体層が少なくとも半分以上溶融するように調整する。このような組成を持つ粉体を選ぶことにより、本発明の目的を達成できる。好ましい粉体の粒径は0.1〜100μmである。
【0043】
次に、粉体塗布方法について説明する。本発明を実施するための最適の粉体塗布方法はバレルペインティング法(特開2004-359873号公報参照)である。まず清浄な表面を持つNdFeB焼結磁石基材に粘着層を形成する。粘着層の厚さは1〜5μmが最適である。粘着層形成物質は粘着性を持つ物質で、基材表面を腐食するようなものでなければ何でもよい。最も一般的にはエポキシやパラフィンなどの液状の有機物が用いられる。エポキシなどを使用するときは、硬化剤は不要である。この粘着層塗布方法では、直径0.5〜1mmのセラミックあるいは金属製の球(インパクトメディアと呼ぶ)を満たした容器に少量の液状有機物質を添加して攪拌した後、上述した基材を投入して、容器全体を振動させることにより、基材表面に粘着層が形成される。次に、同様のインパクトメディアを満たした容器に塗布したい粉体を添加して攪拌した後、粘着層を形成した基材を容器に投入して、容器全体を振動させて、基材表面に粉体層を形成する。このようにして塗布される粉体の量は、基材表面1cm2あたり2mg程度から30mg程度までである。本発明では粘着層形成時にインパクトメディアに添加される液状物質の量、及び粉体塗布時にインパクトメディアに添加される粉体の量を調整することにより、粉体量がある一定量以上になるように調整される。塗布する粉体の量の好ましい範囲は基材表面1cm2あたり5mg以上25mg以下である。粉体塗布工程は、粉末の酸化を防止するために、不活性ガス中で行うことが望ましい。
【0044】
粉体はできるだけ高密度で基材に塗布することが好ましい。塗布した粉体が低密度であると、粒界拡散処理の際に、塗布した粉体のすべてが基材に吸収されるとは限らない。このような時、塗布された粉体のうち、基材に接しているわずかの粉体だけが粒界拡散に参加するだけで、粉体層の表面付近に存在する粉体は役目を果たすことなく取り残されることが考えられる。本発明において実施される粉体塗布方法は粉体層形成時に、インパクトメディア(セラミックや金属製の小球)で粉体層をたたきながら、粉体層を成長させて行くので、このようにして形成された粉体層は比較的高密度になる。高密度粉体層形成方法として他に、例えば特許文献4で実施された方法で形成された粉体層の上からゴム板などで粉体層を基材に押し付ける方法が考えられる。
【0045】
次に、DyやTbを含む粉体を塗布した基材を加熱炉に入れて加熱する。加熱炉の雰囲気は真空あるいは高純度の不活性ガス雰囲気とする。炉の温度上昇にしたがって、粉体に吸着しているガスや、バレルペインティングで使用した液状物質成分が粉体から離脱する。さらに温度を上げていくと粉体中の水素が離脱する。その後700℃を越える頃から、粉体が基材表面と反応して粒界拡散が起こり始める。効果的な粒界拡散が起こるためには、塗布した粉体は溶けて基材と密着することが望ましい。このような状態にするためには800℃以上の加熱が必要である。温度が1000℃を越えると、粒界拡散だけでなく粒内拡散も速くなりすぎて、粒界近傍だけDyやTbを高濃度にするという微細構造の形成ができなくなる。したがって、粒界拡散のための加熱温度は1000℃以下が望ましい。標準的な加熱条件は800℃で10時間、あるいは900℃で3時間である。このような条件で加熱した後、通常の焼結後熱処理あるいは時効処理として知られる熱処理が施される。
【0046】
上述した工程により作製されたNdFeB焼結磁石は、従来の粒界拡散法により作製されたNdFeB焼結磁石の特性の限界を超えて高保磁力、高残留磁化を持つ。また比較的厚い磁石に対しても粒界拡散処理により、磁化曲線の角型性の高い、高品質のNdFeB焼結磁石が作製できる。さらに、従来の粒界拡散法は厚い磁石に対して適用できなかったが、上述の工程により5〜6mmもの厚い磁石に対して高保磁力が達成できる。すなわち、従来の方法では厚い磁石に対しては、基材の表面付近だけが高保磁力化されて、内部は粒界拡散の効果が及ばなかったので、磁化曲線の角型性が悪かった。これは高保磁力部分と低保磁力部分が混ざった磁石の典型的な症状であり、品質の低い製品と見られるものであった。本発明により、NdFeB焼結磁石は比較的厚い製品でも磁化曲線の角型性が高く、高品質の製品が作製できる。また本発明の方法により作製されるNdFeB焼結磁石は粒界拡散処理のために塗布された粉体層が粒界拡散中に溶けて基材に密着しており、粒界拡散処理後表面層を除去する必要性がない。粒界拡散処理のためにNiやCoを粉体に添加した場合には、表面に形成される表面層は基材に対して防食効果を持つ。
【実施例1】
【0047】
ストリップキャスティング法を用いた合金作製、水素解砕、潤滑剤混合及び窒素ガスを使用したジェットミルを用いた微粉砕によりNdFeB焼結磁石の粉末を作製し、この粉末に潤滑剤を混合したうえで磁界中配向、成形及び焼結の各工程を行い、組成が異なる10種類のNdFeB焼結磁石ブロック(基材)を作製した(図1)。このうち図1の「基材番号」の欄に「(比)」と付したものは比較例の基材であり、それ以外(基材番号1〜6)は本実施例で使用する基材である。図1に示す組成は、焼結後の焼結体の化学分析値である。焼結体の組成は、ストリップキャスト合金の組成、ジェットミル粉砕時に使用する窒素ガスの純度あるいは添加する酸素の量、ジェットミル粉砕前後に添加する潤滑剤の種類と量を変えて、変化させた。ジェットミル粉砕後の微粉末の粒径は、どの場合も、レーザ回折法で測定した粒度分布の中央値(D50)が5μmになるように調整した。これら10種類の焼結磁石は、いずれも希土類はNdのみからなり、最大磁気エネルギー積がもっとも大きい材質として各磁石メーカで大量に生産されているNdFeB焼結磁石に近い組成である。しかし、これらの磁石のうち基材番号1〜6のものは不純物による汚染を最小限にする工夫をして作製したものである。一方、基材番号「(比)1〜(比)4」のものは市販されている製品に近い組成を持っている。図1において、MR値は金属状態の希土類量を示し、焼結磁石の化学分析値から算出される。すなわちMR値は分析値の全希土類量から、酸素、炭素、窒素によって消費される(非金属化される)希土類量を差し引いた値である。ここで、これらの不純物元素は、希土類と、それぞれR2O3、RC、及びRNの化合物を作るものとして算出する(Rは希土類元素を示す。)。
【0048】
次に、粒界拡散法を実施するためにNdFeB焼結磁石基材の表面に塗布する粉体について述べる。図2に、実験に使用した粉体の組成を示す。なお、粉体番号に「(比)」と付したものは比較例の粉体である。粉体番号1〜6及び13〜15は各成分元素の粉末を混合して作製した。ただしDyについては、水素化物DyH3の粉末を使用した。DyH3の水素は粒界拡散処理のための加熱時に、粒界拡散が開始される温度よりも低温で系外に排出されるので、水素は粉体に含まれないものとして各粉体の調合を行った。DyH3の粒径は約30μm、他の成分元素粉末の粒径は5〜10μmである。粉体番号7〜12及び「(比)1〜(比)3」は、ストリップキャスティング法によって厚さ80μmの薄い薄帯合金を作製して、水素解砕せずに薄帯をそのままジェットミルに投入して微粉砕することによって得た。微粉末の粒径中央値D50を5μmとした。
【0049】
図1の10種類の焼結体ブロックから、縦7mm×横7mm×厚さ3.5mmで、厚さ方向が磁化方向となるように直方体試料を切り出して、粒界拡散の実験を行った。粉体塗布は次のようにして行った。200cm3のプラスティック製ビーカに直径1mmのジルコニア製小球を100cm3入れ、その中に流動パラフィンを0.1〜0.5g加えて攪拌した。この中にNdFeB焼結磁石直方体試料を投入し ビーカを振動機に接触させることにより、直方体試料の表面に粘着層(流動パラフィン)を塗布した。次に10cm3のガラスびんに、直径1mmのステンレス製小球を8cm3入れ、図2に示す粉末を1〜5g加えて、先に粘着層を塗布した焼結体直方体試料をこの中に投入した。ただし、このとき直方体試料の側面(磁極面以外の面)にプラスティック板製のマスキングを施して、磁石側面に粉体が付着しないようにした。このマスキングされ粘着層が形成された直方体試料を入れたガラスびんを前記振動機に接触させて、Dyを含む粉体が磁極面のみに塗布されたNdFeB焼結磁石を作製した。粉体塗布量は、上述の工程で、添加する流動パラフィン及び粉体の量によって変化させた。
【0050】
粉体塗布を磁極面のみに限定した理由は次のとおりである。本発明は比較的大型のモータへの応用を目指しているので、ある程度大きい磁極面積を持つ磁石に対して有効な技術でなくてはならない。ところが磁化曲線測定器の都合で磁極面積に制限がある。そこで、7mm角という比較的小さい磁極面積の試料を使用するが、側面に粉体を塗布しないことにより、大きい磁極面積の試料について粒界拡散法の実験をするときの状況と同じになるようにした。
【0051】
粉体を塗布した試料を、側面のうちの1面を下側にしてモリブデンの板の上に乗せ、10−4Paの真空中で加熱した。加熱温度は900℃で3時間とした。その後室温付近まで急冷して、500〜550℃で2時間加熱して、再度室温まで急冷した。このようにして作製した、基材、粉体、粉体塗布量の各種組み合わせの試料について、保磁力の測定結果を図3に示す。
【0052】
図3の結果から、本発明の範囲内の試料(試料番号1〜19)は、Dyによる粒界拡散法で、1.6MA/m以上、塗布量が7mg/cm2以上の試料については、1.7MA/m以上の高保磁力を持つことが分かる。NdFeB焼結磁石基材にDyもTbも含まれず、しかも3.5mmという比較的厚い、かつ大きい磁極面積を持つ試料で、Dyによる粒界拡散法によりこれほど大きい保磁力が得られたことは従来はなかった。塗布する粉末に金属状態のTbが含まれていると、さらに大きい保磁力が得られることも確認された(試料番号15)。基材に含まれる金属状態の希土類量が12.7at/%以下であると、1.6MA/m以上の高い保磁力は得られないことが、試料番号「(比)1〜(比)4」に対する実験結果から分かる。
【実施例2】
【0053】
比較的厚い基材について、実施例1と同様の実験を行った。試料は、磁極面が一辺7mm の正方形、厚さが5mm又は6mm(図4中に記載)の直方体であり、磁化方向は厚さ方向である。実施例1のときと同様に、Dyを含む粉体を磁極面だけに塗布するように、磁極面以外の面にマスキングをして、実施例1と同じ条件でバレルペインティング法により、粉体塗布を行った。粒界拡散処理条件、及び時効処理条件は実施例1と同じである。図4に本発明の範囲内の条件で作製した試料と、本発明の範囲外の条件で作製した試料について、磁気特性の測定結果を示す。この図では、保磁力HcJ以外に、残留磁束密度Br、磁化が10%低下するときの減磁界Hk、及び磁化曲線の角型性の指標としてよく使われるHk/HcJの値を示した。Hk/HcJはSQ(Squerness)の記号で表す。
【0054】
図4の結果から、本発明の方法で作製されたNdFeB焼結磁石(試料番号20〜25)は、厚さが5mmのときでも、6mmのときでも1.6MA/m以上の高保磁力を持つことが分かる。さらに、これらの試料のSQ値が90%を越えていることは画期的なことである。SQ値が大きいということは、粒界拡散が試料の中心部までいきわたっていることを示している。厚さが6mmの試料で、磁極面にだけDyを含む粉体を塗布して、SQ値が大きい試料が作製できたということは、表面に塗布した粉体中のDyが、900℃の加熱により、両側から3mm浸透したことを表している。これは従来の粒界拡散法についての常識を超えるものである。このことは、本発明の条件が満たされれば、DyやTbの粒界拡散は従来の常識を超えて、深くまで達するものであることを示している。
【0055】
比較例として示した、試料番号「(比)5〜(比)8」は、基材に塗布する粉体が本発明の条件を満たさない場合であり、試料番号「(比)9〜(比)11」は、NdFeB焼結磁石基材が本発明の条件を満足しない場合についての実験結果を示した。すなわち、試料番号「(比)5〜(比)8」は基材に塗布する粉体中のDy又は/及びTbの含有量が低い場合で、粒界拡散処理によって達成される保磁力及びSQ値が低い。また、試料番号「(比)9〜(比)11」は、使用したNdFeB磁石基材中に含まれる金属状態の希土類量が12.7at%よりも低い場合であり、粒界拡散処理された試料は、本発明の条件で作製された試料に比べて低い保磁力及びSQ値を持っている。これらの結果は、基材に塗布した粉体層中のDyやTbを基材深くまで浸透させて、高保磁力、かつ大きいSQ値を持つNdFeB焼結磁石を、比較的厚い磁石について実現するためには、本発明の条件を満たすことが必須であることを示している。
【実施例3】
【0056】
Alを含まない粉体(粉体番号13〜15)を、実施例1の場合と同様の基材に塗布して、実施例1と同じ条件で、粒界拡散の実験を行った。結果を図5に示す。実施例1と実施例3の結果と比較すると、本発明において、塗布する粉体にAlが含まれていた方が高い保磁力が得られることが分かる。Alは塗布する粉体が溶融するのに有効に働いているものと推定される。
【実施例4】
【0057】
実施例1〜3では、基材中にDyやTbを含まない場合について本発明の有効性を示した。本実施例では、図6に示す組成のNdFeB焼結磁石を使用して、基材中にDyを含む場合について、試料の厚さを3.5mmとし、粉体塗布条件、粒界拡散処理条件などは、実施例1と同じ条件で試料を作製して、実験を行った結果を示す。図7に、基材にDyを含まない場合と比較して、本実施例の結果を示した。図7より、本発明においてDyを含有する基材を使用すると、基材にDyを含有させることによる基材自体の保磁力上昇分が粒界拡散処理による保磁力上昇分と加算されて、きわめて高い特性のNdFeB焼結磁石が得られることを示している。基材にDyを含む場合でも、金属状態の希土類量が十分に高くないと大きい粒界拡散の効果が得られないのは、基材にDyやTbを含まない場合と同じである。図7の試料番号32〜35のものにおいて、きわめて高い保磁力、大きいSQ値が得られたのは、図6に示すように、Dyを含む基材11及び12が両方、大きいMR値を持っているためである。
【実施例5】
【0058】
実施例1の実験で作製した試料の一部について、耐食性のテストを行った。第1のグループとして試料番号3, 5, 6の試料、第2のグループとして試料番号1, 13 及び粒界拡散処理をしないNdFeB焼結磁石試料を、70℃の水蒸気飽和空気中に放置する実験を行った。1時間経過後、第2のグループの磁石にはさびが観察されたが、第1のグループの磁石にはさびが観察されなかった。3時間経過後にはすべての磁石にさびの発生が見られたが、腐食の程度は第1のグループの磁石のほうが、第2のグループの磁石に比べて軽度であった。第1のグループの磁石は、粒界拡散のために塗布した粉体にNiあるいは/及びCoが合計10%以上含まれているが、第2のグループの磁石は粒界拡散処理をしていないか、粒界拡散のために塗布した粉体にNiもCoも含まれていない。本実施例の結果から、本発明の試料で、粒界拡散のために塗布する粉体にNiあるいは/及びCoが10%以上含まれていると、粒界拡散処理後表面層が防食膜として働くことが分かる。この防食効果はあまり厳しい腐食環境に対して有効ではないが、磁石を加工後、保存中あるいは表面処理前に輸送するとき、輸送中に磁石表面にさびが発生して、製品として使い物にならなくなることを防止する働きをする。
【0059】
また、本発明の条件を満たす方法で作製されたすべての試料について、粒界拡散後の試料表面はなめらかで、表面層は基材に強く密着しており、基材に塗布した粉体層は、粒界拡散のための加熱中に溶けたことが確認された。
【0060】
なお、すべての実施例において、粒界拡散処理の温度及び時間を900℃及び3時間としたが、800〜1000℃の間の温度で、時間を調整することにより良い結果が得られることを確認した。
【0061】
上記各実施例の大半はDyを用いた実験結果を示したものであるが、DyとTbの保磁力への効果の違いはDy2Fe14B相とTb2Fe14B相の結晶磁気異方性の差に基づくものであり、Dyにより実験の結果はTbを用いた場合にも適用できる。両者の差は保磁力の絶対値に反映されるだけであり、本実施例と比較例の効果の差はDy,Tbのいずれを用いた場合にも同様に得ることができる(もちろん、Tbを使用した方が更に良い結果が得られる。)。従って、Dyを用いた実験結果から、本発明の効果を十分に実証することができると考えてよい。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明に係るNdFeB焼結磁石の実施例1〜3及び比較例において粒界拡散処理に用いた粉末の組成を示す表。
【図2】実施例1〜4及び比較例において使用したNdFeB焼結磁石基材の組成を示す表。
【図3】実施例1及び比較例のNdFeB焼結磁石につき、保磁力を測定した結果を示す表。
【図4】実施例2及び比較例のNdFeB焼結磁石につき、比較的厚い(厚さ5〜6mm)基材について保磁力及び磁化曲線の角型性の指標SQ値を測定した結果を示す表。
【図5】Alを含まない粉体を用いて粒界拡散処理を行った(実施例3)NdFeB焼結磁石の保磁力を測定した結果を示す表。
【図6】実施例4において粒界拡散処理に用いた粉末の組成を示す表。
【図7】実施例4のNdFeB焼結磁石について保磁力及びSQ値を測定した結果を示す表。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
NdFeB焼結磁石基材の表面にDy及び/又はTbを含む層を形成した後に前記磁石基材の焼結温度以下の温度に加熱することにより前記層中のDy及び/又はTbを前記磁石基材の結晶粒界を通じて前記磁石基材内部に拡散させる粒界拡散処理を行うNdFeB焼結磁石の製造方法において、
a) 前記磁石基材中に含まれる金属状態の希土類量が12.7at%以上であり、
b) 前記層が粉末の堆積により形成される粉体層であり、
c) 前記粉体層が50mass%以上の金属状態のDy及び/又はTbを含有する、
ことを特徴とするNdFeB焼結磁石の製造方法。
【請求項2】
前記粉体層の量が、前記磁石基材の表面1cm2あたり7mg以上であることを特徴とする請求項1に記載のNdFeB焼結磁石の製造方法。
【請求項3】
前記粉体層がAlを1mass%以上含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のNdFeB焼結磁石の製造方法。
【請求項4】
前記粉体層がCo及び/又はNiを合計10mass%以上含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のNdFeB焼結磁石の製造方法。
【請求項5】
前記粉体層を粒界拡散処理中に溶融させることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のNdFeB焼結磁石の製造方法。
【請求項6】
粒界拡散法を用いた処理によりDy及び/又はTbを粒界拡散させたNdFeB焼結磁石において、
磁石基材が3.5mm以上の厚さを持つ板状磁石基材であり、
前記板状磁石基材に含まれる金属状態の希土類が12.7at%以上であり、
磁化曲線の角型性を示すSQ値が90%以上である、
ことを特徴とするNdFeB焼結磁石。
【請求項7】
前記粒界付近及び前記表面付近にAlが含まれることを特徴とする請求項6に記載のNdFeB焼結磁石。
【請求項8】
前記粒界付近及び前記表面付近にCo及び/又はNiが含まれることを特徴とする請求項6又は7に記載のNdFeB焼結磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−170541(P2009−170541A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−4845(P2008−4845)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(591044544)インターメタリックス株式会社 (23)
【Fターム(参考)】