説明

TIG溶接方法

【課題】TIG溶接において、溶接品質を低下させることなく溶接金属部を深くし、かつ容易に溶接施工が可能であり、しかも溶接効率を高めることができるTIG溶接方法を提供する。
【解決手段】電極2と被溶接物10との間にアークを発生させることによって、被溶接物10を溶接する方法であって、不活性ガスからなる第1のシールドガス8を、電極2を囲むように被溶接物に向けて流すとともに、酸化性ガスを含む第2のシールドガス9を、第1のシールドガスの周辺側に、被溶接物10に向けて流し、溶接金属部の表面に形成される酸化膜の厚さを20μm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼系材料等をTIG溶接するTIG溶接方法およびこのTIG溶接方法で得られた溶接金属部に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素鋼、ステンレス鋼などの鉄鋼系材料を母材として用いた構造物を溶接する方法としては、TIG(Tangsten Inert Gas Welding)溶接がある。TIG溶接は、比較的容易に溶接施工が可能で、かつ高品質な溶接金属部が得られることから、高い信頼性が要求される構造物の溶接方法として広く利用されている(例えば、特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開2003−19561号公報
【0003】
しかしながら、近年用いられているステンレス鋼などでは、材料中の不純物成分であるS(硫黄)成分が少ないことが多いため、TIG溶接においては、溶接金属部が幅広かつ浅い溶け込み形状となって、溶接が不十分となりやすい。
溶接金属部を深く形成するためにはパス数を多くする必要があるが、パス数を多くすると、溶接効率が低くなってしまう問題がある。
【0004】
他の溶接方法としては、MAG(Metal Active Gas Welding)溶接、MIG(Metal Inert Gas Welding)溶接、プラズマ溶接などがある。MAG溶接、MIG溶接、プラズマ溶接は、溶接金属部が深く、かつ効率が高い溶接施工が要求される場合に採用されている。
しかしながら、MAG溶接やMIG溶接では、溶接品質が劣化したり、溶接欠陥が発生し易いなどの問題がある。また、プラズマ溶接では、開先精度その他の施工条件の許容範囲が小さく、現場などで利用しにくいという欠点がある。
【0005】
そこで、TIG溶接の大きな欠点である、溶接金属部の浅さを改善する方法として、アルゴンなどの不活性ガスに水素やヘリウムなどを混合した混合ガスからなるシールドガスを利用する方法が提案されている。また、最近では、活性フラックスを用いた溶接方法(A−TIG)も提案されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、水素を含むシールドガスを用いる方法は、気孔発生や溶接金属の脆化などの問題があるためにオーステナイト系ステンレス鋼以外には利用しにくい。また、ヘリウムの利用はコスト面で不利である。
また、活性フラックスを用いた溶接方法は、溶接前に塗布作業が必要であるため作業性が劣る。また、溶接ビード上に著しいスラグが発生するため、ビード外観が悪いばかりでなく、多層溶接の際にはスラグ除去作業が必要となる。さらに、溶接時に多量のヒュームが発生するため、作業環境の点で好ましくない。
【0007】
MAG溶接などの陽極式アーク溶接法(直流棒プラス)においては、アーク安定性を高めることを目的として、酸化成分として例えば20%二酸化炭素をアルゴンに混合したシールドガスが利用されるが、酸化性のガスをTIG溶接用シールドガスとして使用すると、電極が劣化し、長時間の溶接や反復利用ができなくなる。劣化した電極を用いると、溶接品質が安定しないばかりか、溶接欠陥が生ずる可能性がある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、TIG溶接において、溶接品質を低下させることなく溶接金属部を深くし、かつ容易に溶接施工が可能であり、しかも溶接効率を高めることができるTIG溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究の結果、溶接金属部の形状は、溶融池での対流に大きく影響され、溶融池の対流は、溶融池の温度分布によって生じる表面張力分布が大きな因子となることに着目し、この知見に基づいて本発明を完成した。
請求項1にかかる発明は、電極と被溶接物との間にアークを発生させることによって、被溶接物を溶接する方法であって、不活性ガスからなる第1のシールドガスを、電極を囲むように被溶接物に向けて流すとともに、酸化性ガスを含む第2のシールドガスを、第1のシールドガスの周辺側に、被溶接物に向けて流し、溶接金属部の表面に形成される酸化膜の厚さを20μm以下とすることを特徴とするTIG溶接方法である。
【0010】
請求項2にかかる発明は、電極と被溶接物との間にアークを発生させることによって、被溶接物を溶接する方法であって、不活性ガスからなる第1のシールドガスを、電極を囲むように被溶接物に向けて流すとともに、酸化性ガスを含む第2のシールドガスを、電極に対し少なくとも溶接進行方向両側方において被溶接物に向けて流し、溶接金属部の表面に形成される酸化膜の厚さを20μm以下とすることを特徴とするTIG溶接方法である。
請求項3にかかる発明は、請求項1または2に記載の溶接方法で得られ、表面に形成された酸化膜の厚さが20μm以下であることを特徴とする溶接金属部である。
【発明の効果】
【0011】
本発明にあっては、以下に示す効果を奏する。
(1)不活性ガスからなる第1シールドガスを、電極を囲むように流すことができるため、電極が酸化により劣化するのを防ぎ、溶接品質に優れた溶接構造物を得ることができる。
(2)不活性ガスからなる第1シールドガスを溶融池の中央側領域に供給し、かつ酸化性ガスを含む第2シールドガスを溶融池の周辺側領域に供給することができる。
【0012】
これによって、溶融池に所定濃度範囲の酸素を供給することができ、かつ溶融池の周辺側領域の酸素濃度を中央側領域の酸素濃度よりも高くすることができる。
このため、溶融池の表面張力を、温度が低くて酸素濃度が高い周辺側領域で小さく、かつ温度が高くて酸素濃度が低い中央側領域で大きくし、溶融池内で内向きの対流を促進し、溶融池を深く形成することができる。
従って、被溶接物の深部に達する溶接金属部を形成することができる。
【0013】
(3)活性フラックスを用いた従来方法に比べ、スラグが発生しにくく、その除去作業が不要となる。また溶接時にヒュームが発生しにくい。従って、施工を容易にすることができる。
(4)溶接金属部を深く形成することができるため、溶け込み不良の発生や、溶接効率が低くなるのを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の溶接方法に用いられるTIG溶接装置について図面を参照して説明する。
以下に示す各溶接装置は、図示しないが、溶接機、制御装置、ガス供給源、溶接電源を有する。
【0015】
(第1の実施の形態)
図1は、TIG溶接装置の第1の実施形態を示すものである。
ここに示すTIG溶接装置Aは、鉄鋼系材料などの母材10(被溶接物)との間にアーク7を発生させるタングステン電極2と、このタングステン電極2を囲んで設けられた管状のインナーノズル3と、このインナーノズル3を囲んで設けられた管状のアウターノズル4とから構成された多重管構造のトーチ1を備えている。
すなわち、トーチ1は、タングステン電極2の外周側にインナーノズル3が設けられ、その外周側にアウターノズル4が設けられた多重管構造物である。
【0016】
タングステン電極2は、先端(下端)が、インナーノズル3の先端よりも先端方向(下方)に突出するように形成されている。
インナーノズル3は、タングステン電極2に対し間隔をおいて、タングステン電極2と略同心円状に配置される。
インナーノズル3は、高純度の不活性ガスからなる第1シールドガス8を供給できるようになっている。この第1シールドガス8としては、アルゴン、ヘリウムを例示できる。
【0017】
アウターノズル4は、インナーノズル3に対し間隔をおいて、インナーノズル3と略同心円状に配置されている。
アウターノズル4は、インナーノズル3との隙間を通して、酸化性ガスを含む第2シールドガス9を供給できるようになっている。第2シールドガス9としては、酸化性ガスを不活性ガスに添加した混合ガスを使用できる。酸化性ガスとしては、酸素(O )、二酸化炭素(CO)を例示できる。不活性ガスとしては、アルゴン、ヘリウムを例示できる。
【0018】
以下、溶接装置Aを用いて母材10の溶接を行う方法を説明する。
図1に示すように、タングステン電極2を負極とし、母材10を正極として、トーチ1と母材10の間に電圧をかけて放電させ、アーク7を発生させる。トーチ1を図中左方に移動させつつ、アーク7の熱によって母材10を溶融させて溶融池5を形成し、母材10の溶接を行う。なお、図中符号6はビードである。
【0019】
溶接の際には、第1シールドガス8をインナーノズル3内に供給する。第1シールドガス8はタングステン電極2を囲んでインナーノズル3の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。第1シールドガス8は、溶融池5の中央側領域に吹き付けられる。
【0020】
同時に、酸化性ガスを含む第2シールドガス9を、インナーノズル3とアウターノズル4との隙間に供給する。
第2シールドガス9はアウターノズル4の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。
この際、第2シールドガス9は、第1シールドガス8を囲むように、第1シールドガス8の周辺側を流れ、溶融池5の周辺側領域(中央側領域よりも周辺側に位置する領域)に吹き付けられる。
【0021】
第2シールドガス9は、酸素、二酸化炭素などの酸化性ガスの濃度を1600〜6000vol.ppmとするのが好適である。酸化性ガスの濃度は、2000〜6000vol.ppmが好ましく、3000〜5000vol.ppmがさらに好ましい。
酸化性ガスを含む第2シールドガス9の使用によって、溶接金属部5aに酸素を固溶させることできる。第2シールドガス9の酸化性ガスの濃度は、溶接金属部5aの酸素濃度が70〜220wt.ppmとなるよう設定することが好ましい。
【0022】
これによって、溶接金属部5aを有する溶接構造物が得られる。
溶接金属部5aの表面には、酸化膜が形成される。酸化膜の厚みは20μm以下となるように溶接金属部5aの酸素濃度を決定する。この酸素濃度の決定は、第2シールドガス9中の酸化性ガスの濃度によって定まる。
酸化膜の厚みがこの範囲を越えると、溶接金属部5aが浅くなりやすい。
【0023】
溶融金属の表面張力は、固溶(溶解)している硫黄や酸素などの微量成分の濃度、温度などによって変化する。
図2(a)は、溶融金属の表面張力と温度との関係の一例を示すもので、ある濃度範囲の硫黄または酸素が溶接金属に固溶した例である。ここに示す例では、温度の上昇に従って表面張力が大きくなる。
【0024】
図2(b)に示すように、溶融池5の周辺側領域R2の温度が中央側領域R1の温度に比べて低くなると、周辺側領域R2の表面張力が中央側領域R1の表面張力より小さくなり、溶融池5において内向きの対流が起きる。
また、一定温度であっても、溶融した金属(鉄など)に固溶した酸素濃度が高いほど表面張力が低下する。
【0025】
この溶接装置Aを用いた溶接方法では、以下に示す効果を奏する。
(1)不活性ガスからなる第1シールドガス8をタングステン電極2を囲むように流すことができるため、タングステン電極2を第1シールドガス8によって保護し、タングステン電極2が酸化により劣化するのを防ぐことができる。
従って、溶接品質に優れた溶接構造物を得ることができる。
【0026】
(2)インナーノズル3とアウターノズル4との隙間に第2シールドガス9を供給することによって、第1シールドガス8を溶融池5の中央側領域R1に供給し、かつ酸化性ガスを含む第2シールドガス9を溶融池5の周辺側領域R2に供給することができる。
これによって、溶融池5に、所定の濃度範囲の酸素を供給することができ、かつ周辺側領域R2の酸素濃度を中央側領域R1の酸素濃度よりも高くすることができる。
【0027】
このため、溶融池5の表面張力を、温度が低くて酸素濃度が高い周辺側領域R2で小さく、かつ温度が高くて酸素濃度が低い中央側領域R1で大きくし、溶融池5内で内向きの対流を促進し、溶融池5を深く形成することができる。
従って、母材10の深部に達する溶接金属部5aを形成することができる。
(3)活性フラックスを用いた従来方法に比べ、スラグが発生しにくく、その除去作業が不要となる。また溶接時にヒュームが発生しにくい。従って、施工を容易にすることができる。
(4)溶接金属部5aを深く形成することができるため、溶け込み不良の発生や、溶接効率が低くなるのを防ぐことができる。
【0028】
(第2の実施の形態)
図3は、溶接装置の第2の実施形態を示すものである。以下の説明では、図1に示す溶接装置Aとの共通部分については、同一符号を付してその説明を省略する。
なお、以下、溶接時にトーチが移動する方向を溶接進行方向ということがある。また、溶接進行方向を前方といい、溶接進行方向に対し逆の方向を後方ということがある。
【0029】
溶接装置Bは、タングステン電極2と、このタングステン電極2を囲んで設けられた管状のセンターノズル13と、タングステン電極2とセンターノズル13との間に設けられたサイドノズル14とから構成されたトーチ11を備えている。
すなわち、トーチ11は、タングステン電極2の外周側にセンターノズル13が設けられ、タングステン電極2とセンターノズル13との間にサイドノズル14が設けられた構成を有する。
【0030】
センターノズル13は、タングステン電極2に対し間隔をおいて、タングステン電極2と略同心円状に配置される。センターノズル13は、第1シールドガス8を供給できるようになっている。
【0031】
図3(b)に示すように、サイドノズル14は、タングステン電極2の溶接進行方向両側方に1本ずつ設けられている。
サイドノズル14は、その先端が、センターノズル13の先端よりも先端方向に突出するように形成するのが好ましい。
サイドノズル14は、第2シールドガス9を供給できるようになっている。
なお、サイドノズル14は、少なくともその先端がタングステン電極2の側方であり、ビードに直接第2シールドガスがかからないように設けられていればよい。
【0032】
図3および図4に示すように、溶接装置Bを用いて溶接を行う際には、トーチ11を移動させつつ、アーク7によって母材10を溶融させて溶融池15を形成させ、母材10の溶接を行う。なお、図中符号16はビードである。
溶接の際には、第1シールドガス8をセンターノズル13内に供給する。第1シールドガス8はタングステン電極2を囲んでセンターノズル13の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。
【0033】
同時に、第2シールドガス9をサイドノズル14に供給する。第2シールドガス9はサイドノズル14の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。
第2シールドガス9は、第1シールドガス8の周辺側を流れ、溶融池15の周辺側領域のうち側方部分に吹き付けられる。このため、トーチ11の移動速度が高い場合でも第2シールドガス9が中央側領域に供給されることはない。
これによって、溶接金属部15aを有する溶接構造物が得られる。
【0034】
この溶接装置Bによる溶接方法にあっても、図1に示す溶接装置Aと同様に、タングステン電極2が酸化により劣化するのを防ぎ、溶接品質に優れた溶接構造物を得ることができる。
【0035】
また、酸化性ガスを含む第2シールドガス9を溶融池15の周辺側領域に供給することができるため、溶融池15内で内向きの対流を促進し、溶融池15を深く形成することができる。従って、母材10の深部に達する溶接金属部15aを形成することができる。
さらには、施工を容易にするとともに、溶接効率を高くすることができる。
【0036】
図5は、溶接装置の第3の実施形態を示すもので、ここに示す溶接装置B’は、タングステン電極2とセンターノズル13との間に、タングステン電極2の前後にも、それぞれ第2シールドガス9を供給するサイドノズル14a、14aが設けられている点で、図3に示す溶接装置Bと異なる。
【0037】
図6は、溶接装置の第4の実施形態を示すもので、ここに示す溶接装置Cは、サイドノズル24がセンターノズル23の外部に設けられている点で図3に示す溶接装置Bと異なる。
すなわち、溶接装置Cは、タングステン電極2と、このタングステン電極2を囲んで設けられた管状のセンターノズル23と、センターノズル23の外部に設けられたサイドノズル24とから構成されたトーチ21を備えている。
【0038】
サイドノズル24は、タングステン電極2の溶接進行方向両側方に1本ずつ設けられている。
サイドノズル24は、その先端が、センターノズル23の先端よりも先端方向に突出するように形成するのが好ましい。
サイドノズル24は、第2シールドガス9を供給できるようになっている。
【0039】
なお、サイドノズル24は、少なくともその先端がタングステン電極2の側方であり、ビードに直接第2シールドガスがかからないように設けられていればよい。また、溶接進行方向は、被溶接部の配置により変わる。例えば溶接進行方向が90度変わっても、常にサイドノズル24はタングステン電極2の側方に位置することになる。
【0040】
図7に示すように、溶接装置Cを用いて溶接を行う際には、アーク7によって母材10を溶融させて溶融池25を形成させ、母材10の溶接を行う。なお、図中符号26はビードである。
溶接の際には、第1シールドガス8をセンターノズル23内に供給する。第1シールドガス8はタングステン電極2を囲んでセンターノズル23の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。
【0041】
同時に、第2シールドガス9をサイドノズル24に供給する。第2シールドガス9はサイドノズル24の先端に向けて流れ、この先端から母材10に向けて噴出する。
第2シールドガス9は、溶融池25の周辺側領域のうち側方部分に吹き付けられる。これによって、溶接金属部25aを有する溶接構造物が得られる。
【0042】
この溶接装置Cによる溶接方法でも、図1に示す溶接装置Aと同様に、タングステン電極2が酸化により劣化するのを防ぎ、溶接品質に優れた溶接構造物を得ることができる。
また、第2シールドガス9を溶融池25の周辺側領域に供給することができるため、溶融池25内において内向きの対流を促進することができ、溶融池25を深く形成することができる。
【0043】
従って、母材10の深部に達する溶接金属部25aを形成することができる。
さらには、施工を容易にするとともに、溶接効率を高くすることができる。
また、サイドノズル24がセンターノズル23の外部に設けられているので、第2シールドガス9を確実に第1シールドガス8の周辺側に供給することができる。
【0044】
図8は、溶接装置の第5の実施形態を示すもので、ここに示す溶接装置C’は、センターノズル23の外部において、タングステン電極2の前後にも、それぞれ第2シールドガス9を供給するサイドノズル24a、24aが設けられている点で、図6に示す溶接装置Cと異なる。
【0045】
なお、上記溶接装置B,B’,C,C’において、サイドノズル14、24は、厳密にタングステン電極2の側方に位置する必要はなく、その位置が前後方向にずれていてもよい。
【0046】
以下、本発明の実施例について説明する。本実施例では、低硫黄濃度のステンレス鋼であるSUS304を母材10として用いた。このステンレス鋼の成分を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
(試験1)
図1に示す溶接装置Aを用いて、次に示す溶接試験を行った。
不活性ガスであるアルゴンに、酸化性ガスである酸素(O)を添加した混合ガスを第2シールドガス9として母材10に溶接を行い、溶接金属部5aの断面を観察した。第1シールドガス8としてはアルゴンを用いた。
【0049】
この溶接試験において、第2シールドガス9の酸素濃度は1000〜9000vol.ppmの範囲とし、第2シールドガス9の流量は10L/分または20L/分とした。
図9および図10に、各試験により得られた溶接金属部5aの断面図を示す。 図9は溶接金属部5aの写真であり、図10は図9に示す写真に基づいて作成された模式図である。
比較のため、第2シールドガス9に純アルゴンガスを用いた場合の試験結果も併せて示す。その他の溶接条件を表2に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
図9および図10に示すように、第2シールドガス9に純アルゴンガス(酸素濃度0vol.ppm)を用いた場合に比べ、酸素を含む第2シールドガス9を用いた場合には、溶接金属部5aを深く形成することができたことがわかる。
また、第2シールドガス9の酸素濃度が1600〜6000vol.ppm(特に2000〜6000vol.ppm、さらには3000〜5000vol.ppm)の範囲において、溶接金属部5aが深く形成されていることがわかる。
酸素濃度が1000vol.ppm以下である場合には、溶け込みが浅く、しかも溶接金属部5aの底部が平坦になる傾向が見られた。
【0052】
また、酸素濃度が7000vol.ppm以上である場合には、溶接金属部5aの底部は平坦でなく丸みを帯びているが、酸素濃度が1000vol.ppm以下である場合と同様に、溶け込みは浅くなった。
第2シールドガス9の酸素濃度が溶接金属部5aの形状に及ぼす影響については、次の推測が可能である。
【0053】
酸素濃度が低い場合(1000vol.ppm以下)と高い場合(7000vol.ppm以上)との溶接金属部5aの形状が異なることは、溶け込みが浅くなることの原因が、酸素濃度が高い場合と低い場合とで異なることを示すものである。
【0054】
すなわち、酸素濃度が低い場合には、高温の中央側領域で表面張力が小さくなり、溶融池に外向きの対流が生じるため、溶接金属部5aの底部が平坦になる。
一方、酸素濃度が高い場合には、表面張力が中央側領域で大きくなり、内向きの対流が生じるため、中央部分が比較的深い、すなわち底部が丸みを帯びた溶接金属部5aが形成される。しかし、表面の酸化膜が厚くなって対流が阻害されるため、溶け込みはそれほど深くならない。
【0055】
このように、酸素濃度は、高いほど内向きの対流が促進されて溶け込みが深くなる傾向があるが、高すぎる場合には溶け込みが深くなりにくくなる。このため、酸素濃度が上記範囲にある場合に溶接金属部5aを深く形成することができる。
【0056】
図11は、第2シールドガス9の酸素濃度と溶接金属部5aの寸法との関係を示すグラフである。図11(a)は第2シールドガス9の流量を10L/分とした場合を示し、図11(b)は第2シールドガス9の流量を20L/分とした場合を示す。
【0057】
この図より、第2シールドガス9の酸素濃度を1000vol.ppm以下または7000vol.ppm以上とした場合に比べ、第2シールドガス9の酸素濃度を1600〜6000vol.ppm(特に2000〜6000vol.ppm、好ましくは3000〜6000vol.ppm、さらに好ましくは3000〜5000vol.ppm)とした場合には、ビード6の幅が狭く、かつ溶接金属部5aが深く形成されたことがわかる。
【0058】
図12は、第2シールドガス9の酸素濃度と溶接金属部5aの寸法比との関係を示すグラフである。図12には、第2シールドガス9の酸素濃度と溶接金属部5aの酸素濃度との関係を併せて示す。
図12(a)は第2シールドガス9の流量を10L/分とした場合を示し、図12(b)は第2シールドガス9の流量を20L/分とした場合を示す。寸法比とは、溶接金属部5aの深さ(D)/幅(W)を意味する。
【0059】
この図より、純アルゴンガスを用いた場合に比べ、酸素を含む第2シールドガス9を用いた場合には、溶接金属部5aの寸法比を大きくすることができたことがわかる。
特に、第2シールドガス9の酸素濃度が1600〜6000vol.ppm(特に2000〜6000vol.ppm、好ましくは3000〜5000vol.ppm)の範囲である場合には、溶接金属部5aの寸法比を大きくすることができたことがわかる。
【0060】
図12に示すように、溶接金属部5aの酸素濃度は、第2シールドガス9の酸素濃度を高めるに従って高くなり、第2シールドガス9の酸素濃度が約5000vol.ppmのときに約200wt.ppmに達し、約6000vol.ppm以上の範囲でほぼ一定値(約220wt.ppm)となった。
溶接金属部5aの酸素濃度が70〜220wt.ppm(特に70〜200wt.ppm)である範囲では、溶接金属部5aの寸法比は高い値を示したが、溶接金属部5aの酸素濃度がこの範囲を超える場合には、溶接金属部5aが浅くなった。これは、溶接ビード表面に生ずる酸化膜の厚さが過大となるためであると考えられる。
【0061】
(試験2)
二酸化炭素(CO)とアルゴンとの混合ガスを第2シールドガス9として母材10を溶接する試験を行い、溶接金属部5aの断面を観察した。第2シールドガス9の流量は10L/分とした。その他の試験条件は試験1に準じた。
図13および図14は、溶接金属部5aの断面図を示すものである。図13は溶接金属部5aの写真であり、図14は図13に示す写真に基づいて作成された模式図である。
【0062】
これらの図に示すように、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度が1600〜6000vol.ppm(特に2000〜6000vol.ppm、さらには3000〜5000vol.ppm)の範囲において、溶接金属部5aが深く形成された。
【0063】
図15は、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度と溶接金属部5aの寸法との関係を示すグラフである。この図に示すように、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度を1600〜6000vol.ppm(好ましくは2000〜6000vol.ppm、さらに好ましくは3000〜5000vol.ppm)とした場合には、溶接金属部5aは、幅が狭く、かつ深く形成された。
【0064】
図16は、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度と溶接金属部5aの寸法比との関係を示すグラフである。
この図には、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度と溶接金属部5aの酸素濃度との関係を併せて示す。
【0065】
この図に示すように、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度が1600〜6000vol.ppm(好ましくは2000〜6000vol.ppm、さらに好ましくは3000〜5000vol.ppm)である場合には、溶接金属部5aの寸法比を大きくすることができた。
【0066】
また、溶接金属部5aの酸素濃度が70〜220wt.ppm(特に70〜200wt.ppm)である範囲では、溶接金属部5aの寸法比は高い値を示したが、溶接金属部5aの酸素濃度がこの範囲を超える場合には、溶接金属部5aが浅くなった。
【0067】
(試験3)
溶接金属部5aの酸素濃度が、溶接金属部5aの形状に及ぼす影響を確認するため、次の試験を行った。
SUS304からなる母材10上に、酸化物(CuO、NiO、Cr、SiO、TiOのうちいずれか)を厚さ0.1mmとなるよう塗布した。
この酸化物塗布部分に対して、第2シールドガスとしてアルゴンガスを用いてビードオン溶接を行い、溶接金属部5aの断面を観察した。
第2シールドガスの流量は10L/分とした。その他の試験条件は試験1に準じた。
【0068】
図17は、溶接金属部5aの酸素濃度と、寸法比(深さ/幅)との関係を示すグラフである。
この図より、酸化物の種類にかかわらず、溶接金属部5aの酸素濃度を70wt.ppm以上とすることによって、溶接金属部5aの寸法比が大きくなる、すなわち溶接金属部5aが深く形成される傾向があることがわかる。
【0069】
図18は、第2シールドガス9の酸化性ガス(酸素または二酸化炭素)濃度と、溶接金属部の酸素濃度との関係を示すグラフである。
この図に示すように、溶接金属部5aの酸素濃度は、第2シールドガス9の酸化性ガス濃度を高めるに従って高くなり、酸化性ガス濃度が約6000vol.ppm以上の範囲でほぼ一定値(約220wt.ppm)となった。
【0070】
図12、図16および図17に示す結果より、溶接金属部5a中の酸素濃度が70〜220wt.ppmとなるように第2シールドガス9の組成を設定すると、好ましい形状の溶接金属部5aが得られると判断できる。
【0071】
図18より、溶接金属部5aの酸素濃度70wt.ppmは、第2シールドガス9の酸化性ガスの濃度1600vol.ppmに相当することがわかる。
従って、溶接金属部5aの酸素濃度を好適な範囲である70〜220wt.ppmとするには、第2シールドガス9の酸化性ガスの濃度を1600〜6000vol.ppmとするのが好適である。
【0072】
(試験4)
第2シールドガス9として、酸素とアルゴンとの混合ガス、または二酸化炭素とアルゴンとの混合ガスを用い、試験1に準じて溶接試験を行った。
図19は、酸素とアルゴンとの混合ガスを第2シールドガス9として用いた場合において、第2シールドガス9の酸素濃度と、溶接金属部5aの表面に形成された酸化膜の厚みとの関係を示すグラフである。第2シールドガス9の流量は10L/分または20L/分とした。
【0073】
図20は、二酸化炭素とアルゴンとの混合ガスを第2シールドガス9として用いた場合において、第2シールドガス9の二酸化炭素濃度と、溶接金属部5aの表面の酸化膜の厚みとの関係を示すグラフである。第2シールドガス9の流量は10L/分とした。
図19および図20に示すように、酸化膜は、酸化性ガスの濃度が6000vol.ppmを越えると厚くなり、溶融池5における対流を阻害するため、溶接金属部5aが深くなりにくくなる。また耐食性が劣化し、外観も悪くなる。
【0074】
このため、酸化性ガスの濃度は、6000vol.ppm以下であることが好ましく、5000vol.ppm以下であることがさらに好ましい。
酸化性ガスの濃度6000vol.ppmは酸化膜の厚み20μmに相当することから、酸化膜は厚みは20μm以下とするのが好ましいと判断される。
【0075】
(試験5)
図6に示す溶接装置Cを用い、二酸化炭素とアルゴンとの混合ガスを第2シールドガス9として用いて、トーチを移動させずに溶接試験を行った(溶接速度0mm/秒)。溶接時間は60秒とした。第2シールドガス9の二酸化炭素濃度は5000vol.ppmとし、第2シールドガス9の流量は15L/分とした。その他の試験条件は試験1に準じた。
【0076】
図21は、試験終了後の電極2の外観を示すものである。
比較のため、センターノズル23から供給される第1シールドガス8に代えて、上記二酸化炭素とアルゴンとの混合ガス(第2シールドガス9)を用いて溶接試験を行った。
図22は、試験終了後の電極2の外観を示すものである。
【0077】
図21および図22より、二酸化炭素とアルゴンとの混合ガスを用いた場合には電極2が劣化したが、第1シールドガス8としてアルゴンを用いた場合には、電極2の劣化がほとんど見られなかったことがわかる。
【0078】
酸素/アルゴン混合ガスを第2シールドガス9として用いる場合には、例えば溶接電流160A、溶接速度2mm/秒の条件で、酸素濃度を1600〜6000vol.ppmとすることで、溶接金属部5aの形状が改善され、より効率が高い溶接が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の溶接装置の第1の実施の形態の要部を示す概略構造図である。
【図2】(a)溶融池における温度と表面張力との関係を示す図、(b)溶融池の状態を示す模式図である。
【図3】本発明の溶接装置の第2の実施の形態の要部を示す概略構造図であり、(a)は一部を断面状態とした正面図であり、(b)は横断面図である。
【図4】図3に示す溶接装置によって得られた被溶接物の平面図である。
【図5】本発明の溶接装置の第3の実施の形態の要部を示す概略構造図であり、(a)は一部を断面状態とした正面図であり、(b)は横断面図である。
【図6】本発明の溶接装置の第4の実施の形態の要部を示す概略構造図であり、(a)は一部を断面状態とした正面図であり、(b)は横断面図である。
【図7】図6に示す溶接装置によって得られた被溶接物の平面図である。
【図8】本発明の溶接装置の第5の実施の形態の要部を示す概略構造図であり、(a)は一部を断面状態とした正面図であり、(b)は横断面図である。
【図9】溶接金属部の断面を示す写真である。
【図10】図9に示す溶接金属部の断面を示す模式図である。
【図11】試験の結果を示すグラフである。
【図12】試験の結果を示すグラフである。
【図13】溶接金属部の断面を示す写真である。
【図14】図13に示す溶接金属部の断面を示す模式図である。
【図15】試験の結果を示すグラフである。
【図16】試験の結果を示すグラフである。
【図17】試験の結果を示すグラフである。
【図18】試験の結果を示すグラフである。
【図19】試験の結果を示すグラフである。
【図20】試験の結果を示すグラフである。
【図21】試験終了後の電極を示す写真である。
【図22】試験終了後の電極を示す写真である。
【符号の説明】
【0080】
A、B、B’、C、C’・・・溶接装置、1、11、21・・・トーチ、2・・・タングステン電極、3・・・インナーノズル、4・・・アウターノズル、5、15、25・・・溶融池、7・・・アーク、8・・・第1のシールドガス、9・・・第2のシールドガス、10・・・母材(被溶接物)、13、23・・・センターノズル、14、14a、24、24a・・・サイドノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極と被溶接物との間にアークを発生させることによって、被溶接物を溶接する方法であって、
不活性ガスからなる第1のシールドガスを、電極を囲むように被溶接物に向けて流すとともに、酸化性ガスを含む第2のシールドガスを、第1のシールドガスの周辺側に、被溶接物に向けて流し、
溶接金属部の表面に形成される酸化膜の厚さを20μm以下とすることを特徴とするTIG溶接方法。
【請求項2】
電極と被溶接物との間にアークを発生させることによって、被溶接物を溶接する方法であって、
不活性ガスからなる第1のシールドガスを、電極を囲むように被溶接物に向けて流すとともに、酸化性ガスを含む第2のシールドガスを、電極に対し少なくとも溶接進行方向両側方において被溶接物に向けて流し、
溶接金属部の表面に形成される酸化膜の厚さを20μm以下とすることを特徴とするTIG溶接方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の溶接方法で得られ、表面に形成された酸化膜の厚さが20μm以下であることを特徴とする溶接金属部。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2007−38303(P2007−38303A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−313222(P2006−313222)
【出願日】平成18年11月20日(2006.11.20)
【分割の表示】特願2004−77988(P2004−77988)の分割
【原出願日】平成16年3月18日(2004.3.18)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】