説明

Ti−Al含有Ni基高合金の製造方法

【課題】真空誘導炉を用いてTi−Al含有Ni基高合金を製造するに当って、Mgピックアップを防止し、Mgの混入を防いでTi−Al含有Ni基高合金を製造する方法を提供する。
【解決手段】真空誘導炉において各合金成分を配合した原料を溶製し、CaOを主成分とするフラックスにNiOを添加して精錬を行なったのち、鋳造に先だって真空誘導炉から取鍋に出湯し、取鍋においてAl−CaO−CaFからなるフラックスを用いて精錬を続ける。Mg量を分析するためのサンプルの採取は、温度1600℃以上において行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空誘導炉を用い、Mgの混入を防いでTi−Al含有Ni基高合金を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
舶用エンジンのバルブを製作する材料としては、一般に、NCF80A(JIS G 4901)であって、Mgの含有量を20ppm以下に抑制した合金が使用されている。
【0003】
この種のNi基高合金の精錬は、従来、アーク炉を用いて行なわれていた。最近、製造コストの低減を意図して、精錬を、真空誘導炉を用いて行なうことが試みられている。ところが、真空誘導炉を用いるNi基高合金の製造において、不純物であるMgの含有量についての規制「20ppm以下」が守られない場合があることが、ときに経験された。Mgは、合金の熱間加工性を損なうので、舶用エンジンのバルブの製作にとって重大な障害になる。具体的には、製品バルブのフェイス面の硬さはHV390以上でなければならないため、900℃以下の加工温度をえらぶ必要があるところ、900℃におけるグリーブル絞り値は、Mgが20ppm以下であれば65%程度を確保できるが、40ppmでは50%を下回る。これは、Ni−Mgの低融点の金属間化合物が生成するためであることが知られている。
【0004】
発明者らは、真空誘導炉を用いて製造したNi基高合金のMg量を規制して、熱間加工性の低下という問題を回避する方策を探した。精錬工程を対比すると、従来のアーク炉による精錬では、フラックスにアルミナを添加して、下記の反応による脱Mg反応を行なわせる。
3Mg+Al→3MgO+2Al
アルミナは融点が高いが、アークによる発熱は高温を実現することが容易で、アルミナを十分に滓化させることができる。これに対し真空誘導炉は、溶鋼内部に発生したジュール熱の伝熱を利用するから、フラックスの到達温度が低く、アルミナの滓化が十分にできない。アルミナの融点を低下させるには、CaOやCaFをフラックス成分として添加すればよいが、そうすると、フラックスと炉体耐火物との反応が誘発され、耐火物の溶損が進む。
【0005】
耐火物を考えると、アーク炉には(MgO−C)レンガが多く用いられ、フラックスにより溶損する可能性は低いのに対し、真空誘導炉は、(72%MgO−25%Al)混合物を焼結させて、スピネル構造体としたものである。溶湯上には、脱硫のためCaOを主成分とするフラックスを存在させる場合があり、これが耐火物を溶損させる上に、補修に用いたマグネシア耐火物(95%MgO)が剥落して溶湯に混入する。これらのMgOが溶湯中のAlとつぎのように反応し、Mgピックアップの主たる原因となる。
3MgO+2Al→3Mg+Al (1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、真空誘導炉を用いてTi−Al含有Ni基高合金を製造するに当って、上記したメカニズムにより生じるMgピックアップを防止し、Mgの混入を防いでTi−Al含有Ni高合金を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のTi−Al含有Ni基高合金の製造方法は、真空誘導炉を用い、Mgの混入を防ぎつつTi−Al含有Ni高合金を製造する方法であって、基本的な態様においては、真空誘導炉においてフラックスにNiOを添加して精錬を行なうことを特徴とする。
【0008】
本発明のTi−Al含有Ni基高合金の製造方法の実際的でより多く実施される好適な態様は、真空誘導炉を用い、Mgの混入を防ぎつつTi−Al含有Ni高合金を製造する方法であって、真空誘導炉においてフラックスにNiOを添加して精錬を行なったのち、鋳造に先だって真空誘導炉から取鍋に出湯し、取鍋においてAl−CaO−CaFからなるフラックスを用いて精錬を続けることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によりTi−Al含有Ni基高合金を製造すると、後記する実施例にみるように、Mg含有量を確実に所定の限度、たとえば20ppm以下に抑制したNi基高合金を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
真空誘導炉における精錬は、フラックスとしてNiOを使用して行なう。それにより、
Mg+NiO→MgO+Ni (2)
の反応によって溶湯中のMgがMgOに変化して、容易に分離される。生成したNiは、いうまでもなく溶湯内に移って主成分と一体化する。
【0011】
真空誘導炉における精錬に続いて取鍋精錬を行なう場合は、取鍋精錬炉において、Al:45〜55%、CaO:35〜40%、CaF:10〜15%からなる組成のフラックスを使用して実施することが推奨される。ここでAlは、下記の反応による脱Mgに寄与する。
3Mg+Al→3MgO+2Al (3)
この式は、前掲の式(1)と反対方向の反応を示している。標準生成自由エネルギー・温度の図を参照すればわかるように、温度1605℃を境に、高温側ではMgOが、低温側ではAlが安定であり、取鍋精錬炉における精錬温度においては、上記(3)のように反応が進む。また、取鍋精錬炉ではAlを造滓剤として加えるので、平衡を考えても、反応は上記の式に従って右に進むことが理解される。
【0012】
上記組成のフラックス中のCaOは、いうまでもないが、脱硫剤として作用する。このフラックス組成は、MgとSとの除去を同時に行えるという理由から、上記のように決定された。図1に、本発明の好適な態様の精錬操作を、ただしフラックスへのNiO成分の添加を欠く場合には、MgOピックアップの機会があることの説明とともに示す。
【0013】
これも後記する実施例が示すように、溶湯中のMg含有量を測定するためのサンプリングを、溶湯温度が1600℃を超えているときに実施することが好ましい。溶湯中のAlの含有量は、1.3〜1.5%の範囲であることを前提とする。いま、溶湯中のMg含有量([%Mg]とする)と、Al含有量([%Al]とする)および温度との関係を考えると、まず、AlによるMgの還元が引き起こすMgピックアップは、前掲の(1)式を定量的にした、
2MgO+(4/3)Al=2Mg+(2/3)Al (1’)
によって表され、この式について△Gおよび平行定数Kの関係を、
△G=―90390+11.27T=−19.15T・logK (4)
K=(aMg・a2/3Al2O3)/(aMgO・a4/3Al) (5)
とすると、式(4)および(5)から、平衡[%Mg]がつぎのように算出される。
[%Mg]=10^{(log(a4/3Al))+△G/19.15T/2 (6)
【0014】
上の式は、平衡[%Mg]の値は、Al含有量の増大につれ、また温度の上昇につれて増加することを示している。したがって、脱Mgが適正に行なわれるか否かを判断するためのサンプルの採取は、適正な温度において、かつ、適切な[%Al]において行なう必要がある。さもなければ、精錬過程でMgピックアップがあっても、見落とす危険がある。
【0015】
図2は、実施例で精錬したNi基高合金の規格がAl含有量1.30〜1.50%の範囲にあることから、中央値をとって[%Al]=1.40%とした場合の、温度と平衡[%Mg]との関係を示すグラフである。溶落ち(MD)温度を1500℃、出鋼(出湯)温度を1600℃としたとき、後者において平衡[%Mg]の値が高くなることから、1600℃以上の温度でサンプリングすべきことがわかる。
【0016】
図3は、温度1600℃における平衡[%Mg]と[%Al]との関係を示すグラフであって、Al:1.30〜1.50%の規格の範囲において、[%Al]の上限においてもMg:20ppm以下の条件が確保されることが、この図からわかる。
【0017】
アーク炉精錬においては、前述のように、式(3)による脱Mgが好適に行なわれるが、真空誘導炉による精錬では、Mg量のチェックが欠かせない。Mgの定量分析を簡易に、つまりサンプリングした溶湯の化学分析によらずに、即時に実施できることが、真空誘導炉による精錬を有利に行なう上で望ましい。化学分析のための時間をとることが、困難だからである。短時間で分析ができる方法としては、X線分析が知られているが、Mgは軽い元素であり、かつ、含有量が20ppm程度と低いので、高い精度は期待できない。そこで発明者らは、真空誘導炉内の溶湯中のMg含有量の測定を、発光分析によって行なうことを検討し、発光分析と化学分析との結果を対比して、図4に示すデータを得た。このデータは、このようにして得たグラフを検量線として利用し、化学分析に代えて、発光分析により[%Mg]の値を求めて精錬を実施してもよいことを示している。
【参考例および実施例】
【0018】
上記した舶用エンジンのバルブ材料である、NCF80A(JIS G 4901)合金を、真空誘導炉で溶製した。参考例として、Mg含有量が低い溶湯を原料として使用し、MgOが溶湯中に混入することを極力避けて操業した。その場合の、時間の経過に伴う溶湯温度と[%Mg]の変化をプロットして、図5のグラフを得た。この例は、真空誘導炉を用いた精錬において、原料の選択によっては、Mgピックアップを避けて目的とする不純物含有量の合金を製造することが辛うじて可能であることを示しているが、一方において、[%Mg]のバランスが少しでも崩れると、規格外の製品になることをも示唆している。これが、はじめに述べた、発明者らの経験した事実につながることが理解されよう。
【0019】
つぎに実施例として、真空誘導炉において、MgOが、たとえば炉の補修材から剥落して溶湯中に混入したようなときを想定したシミュレーションとして、故意にMgOを溶湯に添加し、かつ、本発明に従って、NiOによる脱MgおよびAlによる脱Mgを行なった場合の、時間の経過に伴う溶湯温度と[%Mg]の変化をプロットした。図5に対応する、図6のグラフを得た。このグラフは、原料に比較的多量のMgが含まれているものにMgピックアップが起こると、いったんは[%Mg]が、救いがたいレベルまで高まるが、本発明の実施によって最終的には規格(Mg:20ppm以下)を満たす製品が確保できることを示している。本発明に従う操業を計24チャージ実施したところ、図7に示す結果を得た。すべてのチャージが規格を満たし、かつ、多くの製品において低いMg量がみられた。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の好適態様の精錬操作を、ただしフラックスへのNiO成分の添加を欠く場合の、MgOピックアップの機会についての説明とともに示す図。
【図2】本発明の実施例のデータであって、溶湯中の[%Al]=1.40%の場合の、温度と平衡[%Mg]との関係を示すグラフ。
【図3】やはり本発明の実施例のデータであって、温度1600℃における平衡[%Mg]と[%Al]との関係を示すグラフ。
【図4】これも本発明の実施例の結果であって、真空誘導炉内の溶湯中のMg含有量を発光分析によって測定したデータと、化学分析のデータとを対比して示した検量線。
【図5】本発明の参考例のデータであって、真空誘導炉であって、MgOが溶湯中に混入することを極力避けて操業した場合の、時間の経過に伴う溶湯温度と[%Mg]の変化をプロットしたグラフ。
【図6】本発明の実施例のデータであって、真空誘導炉において、MgOが溶湯中に混入したときを想定したシミュレーションとして、故意にMgOを添加した場合の、時間の経過に伴う溶湯温度と[%Mg]の変化をプロットした、図5に対応するグラフ。
【図7】本発明を多数回実施したときの、製品であるNi基高合金のMg含有量を示すヒストグラム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空誘導炉を用い、Mgの混入を防ぎつつTi−Al含有Ni高合金を製造する方法であって、真空誘導炉においてフラックスとしてNiOを添加して精錬を行なうことを特徴とするTi−Al含有Ni高合金の製造方法。
【請求項2】
溶湯を鋳造するに先だって真空誘導炉から取鍋精錬炉に出湯し、取鍋においてAl−CaO−CaFからなるフラックスを用いて精錬を続ける請求項1の製造方法。
【請求項3】
重量%で、Al:45〜55%、CaO:35〜40%、およびCaF:10〜15%からなる組成を有するフラックスを用いて取鍋精錬炉における精錬を続ける請求項2の製造方法。
【請求項4】
溶湯中のMg含有量を測定するためのサンプリングを、溶湯温度が1600℃を超えているときに実施する請求項1または2の製造方法。
【請求項5】
真空誘導炉内の溶湯中のMg含有量の測定を、あらかじめ化学分析による測定値との関係を調べて検量線を作成した上で、発光分析によって行なう請求項4の製造方法。
【請求項6】
Ti−Al含有Ni高合金が、Cr:15〜35%、Ti:0.5〜3.0%、Al:0.5〜2.0%を含有し、残部がNiおよび不可避な不純物からなる合金組成を有するものである請求項1または2の製造方法。
【請求項7】
Ti−Al含有Ni高合金がNCF80A(JIS G 4901)であり、Mgの含有量を20ppm以下に抑制した、舶用エンジンのバルブ材料である請求項6の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−161821(P2009−161821A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1563(P2008−1563)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】