説明

UV分解性分子およびこの分子から形成される光パターニング可能な単分子膜、並びに膜パターン形成方法

【課題】低エネルギーのUV、つまり波長が相対的に長いUVを使用することによって短時間に光パターニングが可能な膜パターンの形成方法を提供する。
【解決手段】本発明は、下記式(0)で表される化合物を含む液滴を、官能基を有する固相表面に吐出する工程を含む膜パターンの形成方法である。
【化1】


[式中、Xは固相表面の官能基に対する反応性を有する構造を示し;Yはそれ自体分解可能な構造を示し;Zは固相表面の物性を変更可能な構造、または反応性構造を示す]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外光で照射されると分解する特定の分子に関し、特に、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造を備える分子に関する。この分子を使用することで、低エネルギーのUVを画像に応じて照射した際に、光パターニング可能な単分子膜を形成することができる。また、本発明は、インクジェット法などの微小液滴吐出手段を用いた膜パターン形成方法、特に固相表面の物性を変更可能な膜パターン形成方法、または反応性を有する膜パターンの形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体基板等の基板にパターン化された膜を形成させる方法が種々ある。そのうちの一つは、光感光性ポリマー材料を溶媒に溶かして、スピンコートにより半導体基板上に膜を形成させる工程に基づく。その後、パターン化されたマスクを挟んで、膜に紫外線(UV)を照射し、光感光性ポリマー膜上にネガ又はポジパターンを形成させる。しかし、スピンコート法では、コート中、ポリマー材料の実に99重量%近くが廃棄されるため、非効率的である。
【0003】
この方法の改良案として、UV照射によって画像化可能で、かつ単分子の厚さを有する、光パターニング可能な膜を形成することが提案されている。この膜は、「自己組織化単分子膜(SAM:Self-Assembled Monolayers)」と呼ばれる。上記の方法の例が、H. Sugimura他による「172nmの真空紫外光を使用するオルガノシラン自己組織化単分子膜のマイクロパターニング:ケルビンプロープフォース顕微鏡による分解評価(Micropatterning of organosilane self-assembled monolayers using vacuum ultraviolet light at 172nm: resolution evaluation by Kelvin-probe force microscopy)」(非特許文献1)、及び、H. Sugimuraによる「ポジ型プローブナノリソグラフィ(Scanning probe nanolithogrsphy)」 (非特許文献2)に開示されている。このSAMを利用した手法は、スピンコート法に比べ、光パターニング可能な材料の無駄な消費を抑えることが可能である。これは、必要とする光感光性材料の量が非常に少なく済むためであり、したがって、非常に少量の光感光性材料で、単分子膜が形成されることを意味する。
【0004】
しかし、先に提案した光パターニング可能なSAMには不都合な点がある。それは、実用レベルの撮像を行うために、長時間の高エネルギーUV照射を必要とする点である。これはつまり、SAMの処理効率が相対的に低いことを意味する。したがって、低エネルギーのUV、つまり、波長が相対的に長い紫外光の照射によって短時間に光パターニング可能なSAMを形成できるように、材料の改良が要望されていた。
【0005】
ところで、Dunkinらによる「J. Chem. Soc., Perkin Trans. 2, (2001年)」の1414頁(非特許文献3)には、o−ニトロベンジルエステル(o-nitrobenzyl ester)誘導体は254nm付近のUVを吸収して、光異性化及び光分解反応を引き起こすことが報告されている。これを下記の反応スキームにおいて説明する。
【0006】
【化5】

【0007】
スキーム中、第一の反応は、o−ニトロベンジルエステル誘導体の分子内でのエノール化反応である。このエノール化反応により、次に、分子内環化反応が引き起こされる。その後、ベンジル位置にあるエステル基が開裂して、アルデヒド基、ニトロソ基を有する化合物が分解生成物として形成される。ベンジル基にカルバミン酸エステル結合が形成されていた場合、もう一方の分解生成物は、アミン化合物と二酸化炭素になる。
【0008】
本発明者等は、光分解性構造を備えるこの種の誘導体を、光パターニングに有用でかつ多様な基板に形成され得るSAMに組み込むことができると考えた。さらに、本発明者等は、SAMの分子構造を綿密に設計することにより、SAMが異なる二つの表面特性、つまり、疎水性能及び/又は疎油性能と、親水性能とを呈するように構成することで、分子がUV照射された際に、疎水性能及び/又は疎油性脳を有する構造が解離し、親水性能を有する置換基が生じると考えた。
【0009】
また、近年、被検試料中から特定の生体分子を検出するためのバイオセンサや、実験室で行っている生化学実験をガラス・チップ上で微小化して行うLab-on-a-chip技術の開発のため、DNA、酵素、抗体等の生体分子や、これらに反応性を有する化合物等を、固相表面に高密度かつ正確なパターンに固定化する技術が求められている。
【0010】
基板表面にDNAを高密度に固定化する方法として、例えばフォトマスクを利用して、基板表面上に予め形成された、光解離性保護基のついた自己組織化単分子膜上に光を照射し、特定の反応活性な水酸基のパターニングを作成後、4つの異なる塩基を持つ化合物をそれぞれ反応させ、一本鎖DNAを延長していく方法が提案されている(非特許文献4)。
【0011】
しかしながら、フォトマスクを用いる方法では、露光反応時にアライメント調整が困難であり、歩留まり、製造コスト等に問題があり、検出感度も十分ではない。
一方、固相基板表面に、微細な膜パターンを形成する方法として、インクジェット法等の微小液滴吐出手段が用いられている。微小液滴吐出手段によれば、固相基板を載置したステージを移動させながら液滴を吐出することによって、液滴に含まれる物質を基板上の所定の位置に供給することができる。
【0012】
このように、直接パターンを描くように生体分子や化合物を固定化する場合、例えば、これらの生体分子や化合物に反応性を有する領域を形成したり、濡れ性などの表面物性をコントロールしたりしておく、といった処理を予め基板表面にしておくことが有効である。このような処理によれば、固定化したい物質を固定化したい領域に好適に吸着させることが可能となる一方、他の領域に付着するのを防ぐことができる。
【非特許文献1】「Surface and Coating Technology (2003年)」の169〜170頁
【非特許文献2】応用物理(2001年)第70巻1182頁
【非特許文献3】「J. Chem. Soc., Perkin Trans. 2, (2001年)」の1414頁
【非特許文献4】Pease, A. et al.; Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol. 91, 5022-5026 (1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の第一の目的は、低エネルギーのUV、つまり波長が相対的に長いUVを使用することによって短時間に光パターニングが可能なSAMに含むための、分子を提供することにある。
【0014】
また、本発明の第二の目的は、多様なSAMを形成でき、かつ、多様な基板を光パターニングするのに使用できる分子を提供することにある。
【0015】
また、本発明の第三の目的は、異なる二つの表面特性を有するSAM、つまり、はじめは疎水性能及び/又は疎油性能を呈するが、UVで照射されると親水性能を呈するSAMを提供することにある。
【0016】
また、本発明の第四の目的は、液滴を吐出する手段を用いて、固相表面の物性を制御する方法、および反応性領域の形成を制御する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、SAM内に、波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解して分子の解離を誘起する構造を導入し、かつ疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造を導入することにより、前記目的を達成し得ることの知見を得た。
【0018】
よって、本発明の第一の態様によれば、波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解する構造(A)と、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)と、を備える分子が提供される。
【0019】
構造(A)はo−ニトロベンジルエステルであるのが好ましい。この構造を使用すれば、相対的に長い波長(254〜400nm)の低エネルギー紫外光で照射された場合に、分子が容易に解離するので好都合である。また、o−ニトロベンジルエステルのベンジル位に結合する終末端は、コハク酸イミドであるのが好ましい。この構造を使用すれば、分子が、共有結合によって、適切な官能基を有する基板表面に直接結合されるか、又は、基板表面に先に取り付けられかつコハク酸イミド残留物に反応する官能基を有するカップリング化合物の単分子膜を介して同基板に結合されるため、好都合である。
【0020】
構造(B)は、フッ素鎖であるのが好ましく、このフッ素鎖は、飽和のものであるのが好ましい。また、フッ素鎖は、直鎖でも分岐鎖でもよい。さらに、フッ素鎖は、フッ素鎖の疎水性を高める点で、パーフルオロ鎖であってもよい。
【0021】
本発明の第一の態様において、分子は次の一般式(I)で表わされる化合物からなるのが好ましい。
【0022】
【化6】

【0023】
置換基R1はメトキシ基であるのが好ましい。R1の存在によって、o−ニトロベンジルエステル構造が、波長が330〜360nmの紫外光、つまり非常に低エネルギーの紫外光を吸収できる。
【0024】
Zで表わされる炭素数1〜20のフルオロアルキル基は、−(CH2)m(CF2PF又はその分岐鎖異性体を含み、mは前記に定義される通りであり、pは0又は1〜9の整数であるのが好ましい。
【0025】
上記の一般式で表わされる好適な分子は、次のような分子である。
【0026】
【化7】

【0027】
本発明の第二の態様によれば、単分子膜コート基板が提供される。この単分子膜は、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)と、波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解し、残余の親水性能を有する構造(C)を残して構造(B)を含む分子の一部が解離する構造(A)と、を備える分子から形成されてなる。
【0028】
第一の態様と同様に、構造(A)はo−ニトロベンジルエステルであり、構造(B)は、フッ素鎖であるのが好ましく、このフッ素鎖は飽和のものであるのが好ましい。また、フッ素鎖は、分岐鎖及び/又はパーフルオロ鎖であってよい。
【0029】
親水性能を有する構造(C)は、アミン基又はヒドロキシル基を含むのが好ましい。これは、アミン基及びヒドロキシル基が、コハク酸イミドと反応して本発明の第一の態様による分子と共有結合を形成するが、その後、UV照射によって解離し、相対的に親水性能を有するアミン基又はヒドロキシル基を生じさせるからである。
【0030】
第二の態様における単分子膜(SAM)は、親水性の部分を備えるカップリング化合物(D)の単分子膜で基板をコートし、その後、この親水性の部分を、本発明の第一の態様による分子と反応させることにより形成できる。基板は、金属、半導体又はプラスチック等、どのような材料から形成されてもよい。
【0031】
あるいは、基板をコートする単分子膜(SAM)は、その全体が、本発明の第一の態様による分子から形成されてよく、これは、本発明の第一の態様による分子が、例えば、基板表面上に先在する適切な官能基と共有結合を形成することにより、基板に十分に結合され得る場合である。これは、特に、基板が親水性の表面を有する場合のことである。
【0032】
本発明の第三の態様によれば、上述した第二の態様による単分子膜コート基板の光パターニング方法が提供される。この方法は、パターン化されたマスクを介して、波長254〜400nmの紫外光で、単分子膜コート基板を、画像に応じて照射することにより、コートされた分子が構造(A)において解離し、これに伴い、照射領域において疎水性能及び/又は疎油性能から親水性能へと変換させつつ、コート膜から構造(B)を除去する工程を備える。
【0033】
また、本発明者らは、前記第四の目的を達成すべく前記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、固相表面の官能基に対する反応性を有する構造Xと、固相表面の物性を変える構造Zと、XおよびZの間に介在し分解可能な構造Yとを備える化合物を、微小液滴吐出手段により固相表面に供給することによって、固相表面の物性を微細なパターンに従って制御できること、また、上記化合物において、Zを反応性構造とすることにより、固相表面に微細なパターンで反応性領域を形成できることを見出した。
【0034】
さらに、上記化合物を固相表面に一旦固定化した後、Yを分解させることによって、固相表面の物性や反応性を元に戻したり、Yを分解させることにより表面に露出した官能基によって別の物性や反応性を固相表面に付与したりすることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0035】
即ち、本発明の第四の態様によれば、[1]下記式(0)で表される化合物を含む液滴を、官能基を有する固相表面に吐出する工程を少なくとも含む、膜パターンの形成方法
【0036】
【化8】

【0037】
[式中、Xは固相表面の官能基に対する反応性を有する構造を示し;Yはそれ自体分解可能な構造を示し;Zは固相表面の物性を変更可能な構造、または反応性構造を示す];[2]前記物性が濡れ性である、上記[1]に記載の方法;[3]前記Zが、置換基を有してもよい飽和または不飽和アルキル鎖、置換基を有してもよい飽和または不飽和フッ素鎖、水酸基、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、およびN−ヒドロキシコハク酸イミドからなる群から選択される構造を含む、上記[1]または[2]に記載の方法;[4]前記Xが、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、アルコキシシラン、ハロゲン化シラン、N−ヒドロキシコハク酸イミドからなる群から選択される構造を含む、上記[1]から[3]のいずれか1項に記載の方法;[5]前記Yが光応答性を有する構造である、上記[1]から[4]のいずれか1項に記載の方法;[6]上記式(0)で表される化合物が、下記式(I)
【0038】
【化9】

【0039】
で表される化合物である、上記[1]に記載の方法;[7]下記式(I)で表される化合物を含む溶液を吐出する前に、前記Xに結合可能な官能基を有する化合物を、前記固相表面に固定化する工程を含む、上記[1]から[6]のいずれか1項に記載の方法;[8]前記液滴を吐出する方法が、インクジェット法である、上記[1]から[7]のいずれか1項に記載の方法;[9]前記液滴は、水、エタノール、DMF、DMSO、HMPA、ピロリドン系溶媒、およびジオキサンからなる群から選択される1種以上を溶媒として含む、上記[1]から[8]のいずれか1項に記載の方法;[10]前記液滴を吐出する工程が、前記液滴の乾燥抑制手段を備える、上記[1]から[9]のいずれか1項に記載の方法、に関する。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、低エネルギーのUV、つまり波長が相対的に長いUVを使用することによって短時間に光パターニングが可能なSAMに含むための、分子を提供することができる。また、多様なSAMを形成でき、かつ、多様な基板を光パターニングするのに使用できる分子を提供することができる。また、異なる二つの表面特性を有するSAM、つまり、はじめは疎水性能及び/又は疎油性能を呈するが、UVで照射されると親水性能を呈するSAMを提供することができる。
【0041】
さらに、本発明によれば、固相表面官能基と反応性を有する構造と、固相表面の物性を変える構造と、両者間に介在する分解可能な構造と、を備える化合物を溶液として吐出することにより固相表面に供給するので、微細なパターンに従って、固相表面の物性を制御することが可能となり、反応性領域の形成を制御することが可能となる。
また、上記分解可能な構造を分解することによって、一度固相表面に付与した物性や反応性をもとに戻したり、分解することにより表面に露出した官能基によって新たな物性や反応性を固相表面に付与したりすることも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に、本発明の様々な態様を、図面を参照しながら詳しく説明する。
【0043】
上述した本発明の第一の態様に戻る。第一の態様は、広義において、波長254〜400nmの紫外光で照射されると分解する構造(A)と、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)とを備える分子に関する。つまり、この分子は、少なくとも二つの別々の構造を備える。(A)で表わされる一つ目の構造は、相対的に長い波長(254〜400nm)の紫外光で照射されると分解する化学構造又は部分である。この構造によって、紫外光に反応する分子が提供され、これによって分子自身が形成されるか、又は、紫外光に反応し光パターニング可能なより大きな分子が提供され、後者の場合、構造(A)はこの大きな分子に結合される。一方、構造(B)は、疎水性能及び/又は疎油性能を有するため、分子自身も疎水性能及び/又は疎油性能を有する。この結果、本発明の第一の態様による分子から形成される単分子膜は、疎水性及び/又は疎油性の表面特性を備える。同様のことは、本発明の第一の態様による分子を、基板に既にコートされているカップリング化合物の単分子膜に結合することで形成される単分子膜(SAM)についても言える。
【0044】
本発明の第一の態様による分子は、波長が254〜400nmの低エネルギー紫外光で、短時間(10秒〜10分、より好ましくは30秒〜5分、最も好ましくは1分〜5分)照射するだけで光パターニングできる。したがって、比較的少ない照射エネルギーで光パターニングが行えて、相対的に効率が良い。
【0045】
紫外光で照射されると分解する構造(A)は、o−ニトロベンジルエステルであってよい。構造の分解については、Dunkinによる従来技術に関連して、先に述べた。
【0046】
構造(B)は、疎水性能及び/又は疎油性能を有する。この構造の存在により、分子から形成される単分子膜も、疎水性能及び/又は疎油性能を有する。構造(B)の適切な例として、長鎖状炭化水素や、長鎖状フッ素化炭素が挙げられ、長鎖状フッ素化炭素はパーフルオロ鎖であるか、又は、フッ素原子及び水素原子の混合によって置換されてよい。これらの鎖は、飽和のもので、かつ/又は分岐鎖であるのが好ましく、つまり、樹枝状構造を備えるのが好ましい。
【0047】
フッ素鎖の例としては、−(CH2n(CF2mCF3、−(CH2nCF[(CF2mCF32、及び−(CH2nC[(CF2mCF33(n=0〜10、m=0〜9が好ましい)等の飽和フッ素鎖が挙げられる。
【0048】
また、構造(B)は、例えば、構造(A)がo−ニトロベンジルエステルである場合に、該ベンジル位に対してパラ位に、エーテル結合を介して容易に導入することが可能である。
【0049】
本発明の第一の態様による分子において、構造(A)がo−ニトロベンジルエステルである場合には、反応度を有利にすべく、該ベンジル位の終末端がコハク酸イミド構造であることが好ましい。かかるコハク酸イミド構造を有すると、結果として得られた分子が、ヒドロキシル基又はアミノ基等の適切な表面反応基を有する基板に容易に結合されるか、又は、先に基板にコートされかつ/又は結合されるとともにヒドロキシル基又はアミノ基等のコハク酸イミド構造に反応する官能基を有する、カップリング化合物(D)の単分子膜によって、同基板に結合される。これによって、本発明の第一の態様による分子を、基板の種類を選ぶことなく、例えば、アミノ基で表面修飾された金基板などの金属表面、シリコンなどの半導体基板表面、プラスチックなどの有機物表面又は絶縁物表面基板等に導入することが可能になる。こうして、光分解性SAMが形成される。
【0050】
例えば、金薄膜等の基板を、3−アミノプロピルトリメソキシシラン等のアミノシラン化合物の単分子膜でコートし、その後、この単分子膜に、終末端がコハク酸イミド残留物のo−ニトロベンジルエステルを備える本発明の第一の態様の分子を結合させてよい。この結合メカニズムにより、本発明の第一の態様による分子は、様々な基板に幅広く適用され、また、多様な光パターニング用途に使用され得る。カップリング化合物(D)は、ヒドロキシル基等のコハク酸イミド残留物と反応する代替置換基を有してよい。
【0051】
この結合概念は、図2(1)及び(2)に詳しく説明されている。同図において、基板(10)は、まず初めに、カップリング化合物としてのHSCH2CONHCH2(OCH2CH26CH2CH2NH2で処理され、基板(10)上に単分子膜(図示されない)が形成される。単分子膜の表面は、反応性アミノ基を備える。このアミノ基は、その後、本発明の第一の態様による分子と反応して、一方の終末端においてコハク酸イミド残留物を生じさせ、このコハク酸イミド残留物が、カップリング化合物(D)のアミン置換基と反応してカルバミン酸エステル構造を形成する。カップリング化合物と本発明の第一の態様による分子の反応は、例えば、反応触媒としてトリメチルアミンを使用するジクロロメタン等の有機溶媒中で行ってよい。基板(10)は、例えば、金、銀等の金属基板であってよく、その理由は、これらの金属基板が、チオールやジスルフィドと相対的に強い反応性を持つためである。こうして、カップリング化合物は、容易に基板と反応して、基板表面上にSAMが形成される。カップリング化合物の他の例としては、11−アミノドデカンチオールが挙げられる。
【0052】
本発明の第一の態様による分子は、一般式(I)で表わされる化合物からなるのが好ましい。
【0053】
【化10】

【0054】
この化合物は、吸収するUVの量が少ない場合であっても効率よく分解され、高い疎水性能及び/又は疎油性能を有するSAMを形成することができる。
【0055】
特に、一般式(I)で表わされる化合物において、置換基R1がメトキシ基(−OCH3)であるのが好ましい。これは、ニトロ基に対してパラ位にメトキシ基が結合された構造である。この置換によって、化合物は、波長が330〜360nmのUVを強力に吸収できるようになる。また、RSは水素原子であるのが好ましい。
【0056】
さらに、一般式(I)で表わされる化合物において、置換基Zは−(CH2m(CF2PF又はその分岐鎖異性体であり、mは上記に定義される通りであり、pは0又は1〜9の整数であるのが好ましい。
【0057】
本発明の第一の態様による分子が、単分子膜(SAM)として、親水性の表面を有する基板上にコートされる場合、結果として得られる単分子膜コート基板は、UV照射によって直接光パターニングされてよい。分子は、UV照射によって、構造(A)において解離し、リンス後は、基板の表面が親水性能を呈する。単分子膜上でUV照射からマスクされる領域は、構造(B)の存在によって、疎水性能及び/又は疎油性能を維持する。この結果、コート基板は、異なる二つの特性を呈する。つまり、UV照射を受けた領域は親水性の表面特性を有し、UV照射を受けなかった領域は、疎水性能及び/又は疎油性の表面特性を維持する。
【0058】
あるいは、本発明の第一の態様による分子は、図2(2)に示すようなカップリング化合物(D)介して、基板表面に結合されてよい。この結果得られるSAMは、カルバミン酸エステル構造を有する。このSAM表面に対して、例えば、波長365nmのUVをフォトマスクに通して照射すると、SAMの光分解反応は迅速に進み(約30秒〜5分)、カルバミン酸エステル構造が分解する。その後、膜表面を溶媒、水等によって、リンスすると、図2(3)に示すように、カップリング化合物(D)の元のアミノ基が再び膜表面に現れる。この結果、SAMコート基板のUV照射領域と非照射領域との間で大きな表面エネルギー差がもたらされる。
【0059】
このようにして、溶液及び溶媒に対する濡れ性が、画像に応じたUV照射によって著しく変化する単分子膜又はSAMが形成される。上述したコハク酸イミド残留物を含む分子を使用する場合は、この分子を、例えば、アセトニトリル溶媒中で還流することにより、11−ヒドロキシドデカンジスルフィド等のヒドロキシジスルフィドと反応させてよい。この反応によって、ジスルフィドカルバミン酸が生じる。その後、この誘導体を金基板上に固定化して、単分子膜を形成することもできる。その後、このコート基板に対し、波長254〜400nmの紫外光を照射して、分裂反応を生じさせると、ヒドロキシル基を示す11−ヒドロキシドデカンジスルフィドのみを膜表面上に残して、コハク酸イミド誘導体が解離し、これによって、SAMの照射領域が親水性に変わる。一方、SAMの非照射領域は、構造(B)の存在によって疎水性能及び/又は疎油性能を維持する。
【0060】
上述したように、本発明の第二の態様によれば、単分子膜コート基板が提供される。この単分子膜は、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)と、波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解し、残余の親水性能を有する構造(C)を残して構造(B)を含む分子の一部が解離する構造(A)と、を備える分子から形成されてなる。
【0061】
基板上に付着した単分子膜(SAM)は、二つの表面特性、つまり、はじめは疎水性能及び/又は疎油性能、UV照射後は親水性能を呈する、高機能性膜であることが理解される。この特性によって、UV照射による光パターニングに適した単分子膜コート基板が形成される。構造(A)および構造(B)については、本発明の第一の態様について記載したものと同様である。したがって、第二の態様の単分子膜については、特に以下に記載がなければ、第一の態様による分子についての記載が適用される。
【0062】
残余の親水性能を有する構造(C)に戻る。構造(C)は、アミン基またはヒドロキシル基等の浸水性能を有する置換基である。この置換基は、UV照射によって構造(A)が解離する際に発生する。このことは、特に、図2(2)および(3)で説明される。同図によると、図2(2)の単分子膜コート基板をUV照射することによって、o−ニトロベンジルエステル構造が解離する。残留物をリンス後、アミン置換されたカップリング化合物(D)が残り、単分子膜上のUV照射された領域が親水性に変わる。対照的に、UV照射からマスクされていた領域は、構造(B)を構成するフッ素鎖−OCH2CH2(CF25CF3の存在によって、疎水性能を維持する。
【0063】
本発明の第二の態様による単分子膜を形成するには、親水性の部分を含むカップリング化合物(D)で基板をコートし、その後、この親水性の部分を、本発明の第一の態様による分子と反応させるのが好ましい。あるいは、基板表面が既に親水性である場合は、単に第一の態様による分子を基板にコートしてSAMを形成するだけで、第二の態様による単分子膜を形成することができる。
【0064】
単分子膜コート基板を光パターニングした後、その表面に、例えば、機能材料を含むポリマー溶液を、従来の方法(スピンコート又はインクジェット式選択的溶液供給方法等)で塗布してよい。機能材料は、パターン化された単分子膜上に付着することにより、容易にパターン化される。
【0065】
また、先に述べた通り、本発明の第三の態様によれば、上記の単分子膜コート基板を光パターニングする方法が提供される。この方法は、パターン化されたマスクを介して、波長254〜400nmの紫外光で、単分子膜コート基板を、画像に応じて照射することにより、コートされた分子が構造(A)において解離し、これに伴い、照射領域において疎水性能及び/又は疎油性能から親水性能へと変換させつつ、コート膜から構造(B)を除去する工程、を含む。
【0066】
光の照射とマスクを使用する光パターニング技術は、レジストの技術分野に従事する者によく知られている。
【0067】
本発明の第三の態様による方法を使用すれば、基板に単分子膜をコートするだけで光パターニングが可能になることが理解される。これによって、本明細書の冒頭に述べたような、従来の光感光性ポリマー材料をスピンコートで塗布する際の、材料の無駄な消費を抑えることができる。また、本発明によって提供される単分子膜を形成するための二段階方法は、UV分解可能な構造と、疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造とを備える本発明の第一の態様による分子を、設計および合成し、その後、この二つの構造を、前者の構造の親水性の部分を介して、カップリング化合物(D)に結合させる工程を備える。この二段階方法によって、様々な基板を光パターニングする、応用範囲の広い技術がもたらされる。
【0068】
本発明の第四の態様で用いられる化合物(以下、「化合物(0)」と称することもある)は、下記式(0)で表され、
【0069】
【化11】

【0070】
その一端に、「固相表面の官能基に対する反応性を有する構造X」を備える。例えば、固相としてガラス基板を用いる場合、基板表面には多数の水酸基が存在するので、Xを、例えば、アルコキシシランまたはハロゲン化シラン−SiLn[ここで、Lはアルコキシ基またはハロゲンを示し、nは1から4の整数を表す]とすることができる。これによりL部分が加水分解して水酸基と結合し、化合物(0)は固相表面に固定化される。
【0071】
Xは、上記アルコキシシランまたはハロゲン化シラン以外にも、固相材料や、表面に固定化された化合物等によって適宜選択することができる。Xは、固相表面官能基と反応性を有する限りにおいて特に限定されないが、例えば、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、チオール基、スルフィド基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、N−ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)等、反応性の高い構造から選択することが好ましい。
【0072】
本発明の第四の態様に係る方法では、上述の化合物(0)を含む液滴を、「官能基を有する固相表面」に吐出する。ここで、固相表面が有する官能基は、固相材料自体が有する官能基であってもよいし、固相表面に予め固定化された化合物が有する官能基であってもよい。上述のように、固相表面がガラスであれば、ガラス表面が有する水酸基を固相表面の官能基として用いることができる。また、固相材料が、Xが結合しうる官能基を有しない場合は、化合物(0)を含む液滴を吐出するのに先立って、予めXに結合可能な官能基を有する化合物を、固相表面に固定化しておくことができる。
【0073】
固相表面が有する官能基として好ましいものとしては、例えばアミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、チオール基、スルフィド基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、アルコキシシラン、ハロゲン化シラン、N−ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)等、を挙げることができる。
【0074】
これらの官能基を有する化合物の固定化方法は特に限定されず、例えば、これらの官能基と反対の一端に、固相材料に応じたSAM形成性官能基(例えば、上述した−SiLn[ここで、Lはアルコキシ基またはハロゲンを示し、nは1から4の整数を表す]、チオール基、ジスルフィド基、スルフィド基等)を結合させておく方法を用いることができる。これにより、この化合物を含む溶液に固相表面を接触させることによってSAMが形成され、固定化することが可能となる。
【0075】
本発明の第四の態様で用いる化合物(0)は、Xと反対側の端に、「固相表面の物性を変更可能な構造、または反応性構造Z」を備える。
【0076】
固相表面の物性としては、例えば、濡れ性、熱・圧力に対する応答性、形状、粘性、密着性、吸水性、弾性等が挙げられる。特に、Zとして好ましいのは、濡れ性を変更する構造である。撥水性、親水性、親油性、疎油性といった濡れ性を制御できれば、この固相表面に、固定したい物質を固定したい領域に好適に吸着させることが可能となる一方、他の領域に付着するのを防ぐこともできる。Zとして好適な濡れ性を制御できる構造としては、例えば、固相表面に撥水性を付与するものとして、置換基を有してもよい飽和または不飽和アルキル鎖、置換基を有してもよい飽和または不飽和フッ素鎖等が挙げられる。固相表面に親水性を付与するものとしては、例えば水酸基、アミノ基等が挙げられる。
【0077】
一方、Zとして好適な反応性構造としては、反応性の高い官能基が挙げられ、例えば、水酸基、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、およびN−ヒドロキシコハク酸イミド等が挙げられる。またZは、適当な溶媒に溶解し、液滴として吐出できる限り限定されず、例えば生物学的親和性を有するアビジン、ビオチン、抗原、抗体、プロテインAといった分子としてもよい。
【0078】
また、本発明の第四の態様で用いる化合物(0)は、XおよびZの間に介在し、それ自体分解可能な構造Yを備える。Yが分解可能であることにより、化合物(0)を固定化した後、Yを分解してZを固相表面から解離させることができる。これにより、一旦Zによって付与された物性や反応性をもとに戻すことが可能となる。また、Yが分解されることにより新たに露出した原子によって、固相表面に新たな物性や反応性を付与することも可能となる。分解の方法は特に限定されず、Yに対する分解能を有する化合物を含む溶液に固相表面を接触させたり、このような化合物含む溶液を微小液滴吐出手段によって固相表面に供給したりすることによって行うことができる。
【0079】
また、Yが、光応答性を有する構造であることも好ましい。これにより、固相表面に光を照射することによって、容易にYを分解させることができる。また、適当なマスクを用いれば、化合物(0)が固定化された領域の一部のみにおいてYを分解させることも可能となる。
【0080】
上述のような化合物(0)の好ましい例として、下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【0081】
【化12】

【0082】
この化合物は、NHS残基またはスルフォニル基を有するNHS残基であるR2が構造Xとして機能し、固相表面官能基としてアミノ基があれば、化合物(I)は容易に固相表面に固定化される。また、フッ素鎖を含むR3が構造Zとして機能し、固相表面の物性を疎水性ないし疎油性に変化させる。
【0083】
さらに、本化合物は図4に示す反応により、長波長、好適には波長254nm〜400nmの紫外線を吸収して分解される。従って、一度化合物(I)を固相(10)の表面に固定化し、固相表面に疎水性ないし疎油性を付与した後、紫外線を照射することによって、フッ素鎖を含む構造Zを固相表面から除去し、再び表面の物性を親水的に変化させることができる。
【0084】
上記式(I)で表される化合物としては、例えば、下記式(II)および(III)で表される化合物が挙げられる。
【0085】
【化13】

【0086】
【化14】

【0087】
本発明の第四の態様で用いる液滴を吐出する方法としては、マイクロピペット、マイクロディスペンサ、インクジェット法などが挙げられるが、特に正確なパターニングができるインクジェット方が好適である。インクジェット法には、溶液を吐出する方法として、ピエゾ素子を用いたピエゾジェット法、サーマル素子を用いたサーマルジェット法、振動板と電極間の静電力を利用した静電アクチュエータ法がある。いずれの方法を用いてもよいが、好適には、温度に敏感な生体試料を扱う場合には、吐出された液滴に高温がかからないピエゾジェット法または静電アクチュエータ法を用いることができる。
【0088】
本発明の第四の態様で用いられる化合物(I)の溶媒としては、微小液滴吐出手段により吐出可能な液体であれば特に限定されないが、化合物(I)に対して高い溶解性をもち、飽和蒸気圧が低い化合物、つまり沸点が低く乾燥しにくい溶媒が好ましい。このような溶媒としては、例えば、DMF、DMSO、HNPA、ピロリドン系溶媒、ジオキサン等の非プロトン性極性溶媒が挙げられる。
【0089】
また、本発明の第四の態様に係る方法では、液滴を吐出する際、液滴の乾燥抑制手段をとることが好ましい。微小液滴吐出手段によって吐出された液滴は、微量のため乾燥しやすい。そこで、構造Xと固相表面官能基とが液相で反応する時間を十分に確保するために、液滴が乾燥するまでの時間を延ばすことが好ましい。乾燥抑制手段としては、例えば、液滴間の距離を短くする方法、液滴が乾燥してしまう前に再度液滴(溶媒または溶液)を吐出する方法、溶液に被膜剤を添加する方法、また、インクジェット法による場合は固相を載置したステージの移動速度を遅くする方法、などが挙げられる。
【0090】
以下に、本発明の実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、斯かる実施例により何等制限されるものではない。当業者は以下に示す実施例に様々な変更を加えて本発明を最大限の実施することができ、かかる変更は本発明に包含される。
【実施例1】
【0091】
(下記化合物1の合成)
【0092】
【化15】

【0093】
図1および反応段階1〜4に定義される合成経路を経て、化合物1を形成した。
反応段階(1)で合成された物質(白色固体)は、その1H NMR、13C NMR、MS等のスペクトルデータが次に示す通りであり、この物質が4−(1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチロキシ)−3−メトキシベンズアルデヒド(収率30%)であることを同定した。
【0094】
1H NMR (300 MHz, CDCl3) 9.87 (s, 1H, Ar-H), 7.48-7.43 (m, 2H, Ar-H), 6.99 (d, 1H, Ar-H), 4.43-4.38 (t, 2H), 3.93 (s, 3H), 2.81-2.69 (m, 2H); 13C NMR (75 MHz, CDCl3) 191.28, 153.26, 150.35, 131.28, 126.90, 1112.34, 110.02, 61.54, 56.47, 31.82, 31.54, 31.25; MS (ES+) 499 ([M+H]+, 55), 454 (20), 391 9220, 279 (5), 241 (5).
【0095】
反応段階(2)で合成された物質(黄色固体)は、その1H NMR、13C NMR、MS、元素分析等のスペクトルデータが次に示す通りであり、この物質が2−ニトロ−4−(1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチロキシ)−5−メトキシベンズアルデヒド(収率80%)であることを同定した。
【0096】
1H NMR (300 MHz, CDCl3) 7.64 (s, 1H, Ar-H), 7.43 (s, 1H, Ar-H), 4.47-4.43 (t, 2H), 4.01 (s, 3H), 2.86-2.69 (m, 2H); 13C NMR (75 MHz, CDCl3) 188.08, 154.01, 151.17, 126.77, 110.71, 108.91, 91.23, 62.28, 57.17, 31.78, 31.48, 31.21; MS (ES+) 544 ([M+H]+, 100), 514 (15), 410 (15), 282 (10), 178 (10); Anal. Calcd. For C16H10F13O5N: C 35.35%, H 1.85%, N 2.57% found C 35.35%, H1.95%, N 2.75%.
【0097】
反応段階(3)で合成された物質(固体)は、その1H NMR、13C NMRのスペクトルデータが次に示す通りであり、この物質が2−ニトロ−4−(1H,1H,2H,2H−パーフルオロオクチロキシ)−5−メトキシベンジルアルコール(収率70%)であることを同定した。
【0098】
1H NMR (300 MHz, CDCl3) 7.74 (s, 1H, Ar-H), 7.22 (s, 1H, Ar-H), 4.98 (s, 2H), 4.40-4.35 (t, 2H), 3.99 (s, 3H), 2.82-2.65 (m, 2H), 2.62 (br.s, 1H); 13C NMR (75 MHz, CDCl3) 154.80, 146.79, 139.89, 133.75, 111.82, 110.56, 63.18, 56.90, 31.80, 31.54, 31.26
【0099】
反応段階(4)で合成された物質(淡黄色固体)は、その1H NMR、13C NMR、MS、元素分析等のスペクトルデータが次に示す通りであり、この物質が化合物1(収率62%)であることを同定した。
【0100】
1H NMR (300 MHz, CDCl3) 7.80 (s, 1H, Ar-H), 7.23 (s, 1H, Ar-H), 5.99 (s, 2H), 4.41-4.37 (t, 2H), 4.05 (s, 3H), 2.87 (s, 4H), 2.80-2.68 (m, 2H); 13C NMR (75 MHz, CDCl3) 168.88,155.07, 151.81, 147.36,139.23, 126.89, 110.54, 109.49, 69.48, 62.09, 57.08, 31.76, 31.51, 31.23, 25.86; MS(FAB) 686 ([M]+, 8), 528 (100); HRMS (ES+) Calcd. For C21H15N2O9F13Na 709.0468, found 709.0473; Anal. Calcd. For C21H15N2O9F13: C 36.73%, H 2.20%, N 4.08% found C 36.45%, H 2.35%, N 4.25%.
【実施例2】
【0101】
シリコン基板の表面にスパッタにて金薄膜を形成した。一方、11−アミノデカンチオール1mMをエタノールに溶かし、チオール溶液を調製した。次いで、金薄膜が形成された前記基板を、そのチオール溶液中に浸漬させ、12時間室温で放置した。その後、エタノールで基板をリンスのち、窒素気流下で乾燥させた。このようにして、基板の金表面上に、11−アミノデカンチオールからなるSAMの膜を形成させた。
【0102】
次に、実施例1で合成・精製した化合物1,150mgを、無水ジクロロメタン100mLに溶かして、約2mM濃度の溶液を作り、その中にトリエチルアミンを2mL加えて、化合物1の溶液を調製した。その後、この溶液中に、表面にアミノ官能基を有する前記基板(以下、「アミノ表面基板」ともいう。)を浸漬させ、この状態で室温にて半日放置し、化合物1のコハク酸イミドエステルと、アミノ表面基板のアミノ基との反応を促進させた。このときの反応の経路は、図2(1)から(2)に示す通りである。反応後、基板をジクロロメタンでリンスして、窒素気流下で乾燥させた。このようにして、図2(2)に示す構造の分子からなるフッ素鎖修飾SAMを基板表面に形成した。
【0103】
このとき形成されたSAM(単分子膜)表面の接触角度を測ると、前進角度(水)は約90〜100度になる。ばらつきはフッ素鎖修飾SAMの分子被覆状態のばらつきからくるものと思われる。
【0104】
その後、波長365nmのUVをフォトマスクに通して、フッ素鎖修飾SAM表面に異なる時間(1分、5分、10分等)照射した。このUVの照射エネルギー波長分布は、図3に示す通りである。また、UVの照射エネルギーは、約30mW/cm2となる。このUV照射により、図2(2)から(3)に示す分解反応が起こり、その結果、図2(3)に示す構造のアミノ基を有するSAMが表面に形成される。
【0105】
UV照射後、基板表面をエタノールでリンスし、UV照射された4箇所の異なる位置において表面接触角度(前進角度(水))の変化を調べた。その結果を表1に示す。表1に示す結果から、次のことが判る。即ち、SAMを1〜5分間照射した場合、接触角度は約50度に低下して、結合されたSAMの分解がこの時間内にほぼ終了している。11−アミノデカンチオールのみで被覆されているSAM表面の接触角度は約43度であることから、UV照射によってフッ素鎖がほぼ除去されていると考えられる。
【0106】
また、照射およびリンス工程後にSAMを水に浸して、引き上げた直後、SAM表面を観察した。UV照射されたSAM表面上では水滴が残り、親水性が確認された。一方、SAM表面上でUV照射からマスクされていた領域は、水をはじいた状態で、疎水性を維持していた。
〔比較例〕
【0107】
実施例2において、出発基板として使用される固体膜でコートされたシリコン基板を、HS(CH2)2(CF2)9CF31mMを含むジクロロメタン溶液に浸漬させた。実施例2と同様のUV処理を施し、表面の濡れ特性を解析した。その結果、UV処理前の水に対する接触角度が110度に対して、5分間のUV照射を行った後の接触角度は約109度とほぼ変化がなかった。したがって、HS(CH2)2(CF2)9から形成されるSAMは、紫外光によってあまり分解されないことが確認された(〔表1〕右端参照)。
【0108】
【表1】

【0109】
上記の説明から、本発明によって、基板上で単分子膜を形成でき、かつ比較的短時間の低エネルギーUV照射によって光パターニング可能な、自己組織化単分子膜(SAM)材料が提供されることが理解できる。このSAM材料は、適切なカップリング化合物によって、多種多様な基板に適用することができる。SAM材料は、UV照射前は、疎水性能及び/又は疎油性能を呈する。しかし、この性能を有する構造は、UV照射によって解離して、親水性能を有する官能基が残る。したがって、SAM材料をUV照射することにより、SAMコート基板の表面特性が実質的に変化する。
【実施例3】
【0110】
本実施例では、上記式(II)で表される化合物(以下、「化合物(II)」と称することもある)を溶液として固相表面に吐出することにより、固相表面の濡れ性を制御した。化合物(II)は、構造XとしてN−ヒドロキシコハク酸イミドを、構造Yとして光分解性を有する構造を、構造Zとして固相表面の物性を疎水性ないし疎油性に変更する構造であるフッ素鎖を含む。
【0111】
(基板表面の前処理)
まず、図5に示すように、基板表面に、化合物(II)のN−ヒドロキシコハク酸イミドと結合可能な化合物として、11−アミノドデカンチオールを固定化した。基板はシリコン基板を用い、予め蒸着により金薄膜を形成しておいた。なお金薄膜はスパッタリングによっても形成することができる。
11−アミノドデカンチオールをエタノールに溶解させ1mMとし、この溶液に基板を浸漬させて12時間室温で放置した。エタノールで基板をリンスした後、窒素気流下で乾燥させた。
これにより、基板表面はアミノ基で覆われ、親水的な表面となった。
【0112】
(化合物(II)の固定化)
次に化合物(II)150mgを無水DMSO(ジメチルスルフォキシド)100mLに溶解させ、約2mMの溶液とし、さらにトリメチルアミン2mLを添加した。
そして図6に示すように、溶液脱気処理後、この溶液をインクジェット式吐出装置のインクレザーバーに入れ、上記アミノ基板表面の所定の位置に吐出した。吐出後、10分放置して、基板表面をDMSOで洗浄後、窒素気流下で乾燥させた。
この結果、液滴を吐出した領域にのみ化合物(II)が固定化され、CFで表されるフッ素鎖によって、疎水性ないし疎油性が付与される。一方、液滴が吐出されていない領域は、アミノ基が露出したままとなり親水性を示す。
【0113】
この表面に水を展開し、顕微鏡により観察した様子を図7から図10に示す。図7および8では、化合物(II)の溶液を吐出した領域は水がはじかれているのが確認できる。また、図9および図10は、エタノールのような極性有機溶媒等も同様にはじかれている印画パターンを示しており、化合物(II)の溶液を吐出した領域が、撥水性を示し、液体が基板表面に密着していないのが確認できる。
【0114】
(アミノ保護基の固定化)
次に、図11に示すように、化合物(II)の溶液を吐出しなかった領域に、例えば、9−フルオレニルメチル−N−スクシイミジル カーボネートのDMSO溶液をインクジェット及び類似した技術によって吐出、またはその溶液中に化合物(II)がパターン化された基板を浸漬させて、アミノ保護基を反応、固定化する。このアミノ保護分子としては、他にベンジル N−スクシンイミジルカーボネート、ジ−tert-ブチルジカーバーメート、N−Bocイミダゾール等でもよい。
【0115】
(化合物(II)の分解)
続いて、図12に示すように、基板表面に308nmのUVを照射した。これにより、化合物(II)は図4に示す反応によって分解され、CFで表されるフッ素鎖が基板表面から除去され、再びアミノ基が露出し、この領域が親水性を示すようになる。その後、この活性アミノ基に例えば、ビオチン基を有するNHSエステル(NHS−LC−LC−Biotin;ピアーズ社製試薬)を溶かした溶液と反応させるとビオチンで被覆されたマイクロパターンが作成できる。さらにそのパターン上に例えば、ストレプトアビジンとコンジュゲートしたHRP(horseladish peroxidase)酵素分子を固定化することにより、酵素単分子膜のマイクロパターンが容易に形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】図1は、本発明の第一の態様による分子(化合物1)の合成を説明する図である。
【図2】図2は、本発明の第一の態様による分子と、先に基板に取り付けられたカップリング化合物(D)との共有結合、及び、UV照射によって生じる解離を説明する図である。
【図3】図3は、本発明の第二の態様による単分子膜コート基板を照射するのに使用される、UV照射エネルギーの分布図である。
【図4】図4は、本発明の第四の態様で用いる化合物の光応答性を示す説明図である。
【図5】図5は、固相表面にアミノ基を固定化したことを示す図である。
【図6】図6は、固相表面のアミノ基に化合物(II)を固定化したことを示す図である。
【図7】図7は、化合物(II)による撥水性を観察した図である。
【図8】図8は、化合物(II)による撥水性を観察した図である。
【図9】図9は、化合物(II)による撥水性を観察した図である。
【図10】図10は、化合物(II)による撥水性を観察した図である。
【図11】図11は、固相表面のアミノ基にアミノ保護基を固定化したことを示す図である。
【図12】図12は、固相表面にUV照射して化合物(II)を分解させたことを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解する構造(A)及び疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)を少なくとも備える分子。
【請求項2】
前記構造(A)が、o−ニトロベンジルエステルである、請求項1記載の分子。
【請求項3】
前記o−ニトロベンジルエステルにおけるベンジル位に結合する終末端が、コハク酸イミドである、請求項2記載の分子。
【請求項4】
前記構造(B)が、フッ素鎖を含む、請求項1〜3の何れかに記載の分子。
【請求項5】
前記フッ素鎖が、飽和のものである、請求項4記載の分子。
【請求項6】
前記フッ素鎖が、分岐鎖及び/又はパーフルオロ鎖である、請求項4又は5記載の分子。
【請求項7】
次の一般式(I)で表される化合物からなる、請求項1〜6の何れかに記載の分子。
【化1】

【請求項8】
1が−OCH3である、請求項7記載の分子。
【請求項9】
Zが−(CH2m(CF2pF又はその分岐鎖異性体であり、mは前記に定義される通りであり、pは0又は1〜9の整数である、請求項7又は8記載の分子。
【請求項10】
次の化合物からなる、請求項1〜9の何れかに記載の分子。
【化2】

【請求項11】
疎水性能及び/又は疎油性能を有する構造(B)と、波長が254〜400nmの紫外光で照射されると分解し、残余の親水性能を有する構造(C)を残して前記構造(B)を含む分子の一部が解離する構造(A)と、を少なくとも備える分子から形成されてなる単分子膜コート基板。
【請求項12】
前記構造(A)が、o−ニトロベンジルエステルである、請求項11記載の単分子膜コート基板。
【請求項13】
前記構造(B)が、フッ素鎖を含む、請求項11又は12記載の単分子膜コート基板。
【請求項14】
前記フッ素鎖が、飽和のものである、請求項13記載の単分子膜コート基板。
【請求項15】
前記フッ素鎖が、分岐鎖及び/又はパーフルオロ鎖である、請求項13又は14記載の単分子膜コート基板。
【請求項16】
前記親水性能を有する構造(C)が、アミン基又はヒドロキシル基を含む、請求項11〜15の何れかに記載の単分子膜コート基板。
【請求項17】
基板に、親水性の部分を含むカップリング化合物(D)の単分子膜をコートし、次いで該親水性の部分を、請求項1〜10の何れかに記載の分子と反応させて、前記カップリング化合物(D)と分子との間に共有結合を形成することにより得られる、請求項11〜16の何れかに記載の単分子膜コート基板。
【請求項18】
前記基板が、金属、半導体又はプラスチックから形成される、請求項17記載の単分子膜コート基板。
【請求項19】
前記親水性の部分が、アミン基又はヒドロキシル基である、請求項17又は18記載の単分子膜コート基板。
【請求項20】
膜を形成する分子が、請求項1〜10の何れかに記載の分子である、請求項11〜15の何れかに記載の単分子膜コート基板。
【請求項21】
前記基板が、単分子膜でコートする前に、親水性の表面を有する、請求項11〜15の何れか又は請求項20に記載の単分子膜コート基板。
【請求項22】
パターン化されたマスクを介して、波長254〜400nmの紫外光で、単分子膜コート基板を、画像に応じて照射することにより、コートされた分子が前記構造(A)において解離し、これに伴い、照射領域において疎水性能及び/又は疎油性能から親水性能へと変換させつつ、コート膜から前記構造(B)を除去する工程を含む、請求項11〜21の何れかに記載の単分子膜コート基板の光パターニング方法。
【請求項23】
下記式(0)で表される化合物を含む液滴を、官能基を有する固相表面に吐出する工程を少なくとも含む、膜パターンの形成方法。
【化3】

[式中、Xは固相表面の官能基に対する反応性を有する構造を示し;Yはそれ自体分解可能な構造を示し;Zは固相表面の物性を変更可能な構造、または反応性構造を示す]
【請求項24】
前記物性が濡れ性である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記Zが、置換基を有してもよい飽和または不飽和アルキル鎖、置換基を有してもよい飽和または不飽和フッ素鎖、水酸基、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、およびN−ヒドロキシコハク酸イミドからなる群から選択される構造を含む、請求項23または24に記載の方法。
【請求項26】
前記Xが、アミノ基、ウレタン基、カルボキシル基、カルボニル基、ウレア基、スルホン基、ジスルフィド基、エポキシ基、カルボジイミド基、マレイミド基、アルコキシシラン、ハロゲン化シラン、N−ヒドロキシコハク酸イミドからなる群から選択される構造を含む、請求項23から25のいずれか1項に記載の方法。
【請求項27】
前記Yが光応答性を有する構造である、請求項23から26のいずれか1項に記載の方法。
【請求項28】
上記式(0)で表される化合物が、下記式(I)
【化4】

で表される化合物である、請求項23に記載の方法。
【請求項29】
前記式(I)で表される化合物を含む溶液を吐出する前に、前記Xに結合可能な官能基を有する化合物を、前記固相表面に固定化する工程を含む、請求項23から28のいずれか1項に記載の方法。
【請求項30】
前記液滴を吐出する方法は、インクジェット法である、請求項23から29のいずれか1項に記載の方法。
【請求項31】
前記液滴は、水、エタノール、DMF、DMSO、HMPA、ピロリドン系溶媒、およびジオキサンからなる群から選択される1種以上を溶媒として含む、請求項23から30のいずれか1項に記載の方法。
【請求項32】
前記液滴を吐出する工程が、前記液滴の乾燥抑制手段を備える、請求項23から31のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−29815(P2009−29815A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−213931(P2008−213931)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【分割の表示】特願2004−295100(P2004−295100)の分割
【原出願日】平成16年10月7日(2004.10.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】