説明

VEGF蛋白濃度低下剤

【課題】VEGF蛋白濃度低下剤および抗肝細胞癌剤を提供すること。
【解決手段】黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有させることで、VEGF蛋白濃度低下剤を得た。さらに、該剤を含む抗肝細胞癌剤を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有する血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF、以下、VEGFとする)蛋白濃度低下剤に関する。さらに、該剤を含む抗肝細胞癌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、黒酢や黒酢もろみ末は、赤血球変形能改善作用、血圧調節作用、脂質代謝改善作用、抗酸化作用、血糖調節作用、肝機能改善作用、抗炎症及び抗アレルギー作用、カルシウム吸収促進作用及び骨代謝改善作用、ダイエット効果、肥満防止効果等の健康維持に関わる多くの生理的機能を有していることが判明し、注目を集めている。
【0003】
本発明者らにおいても、黒酢又は黒酢もろみ末が、サルコーマ腫瘍細胞等のガン細胞に対するナチュラルキラー(NK)活性を有意に上昇させる機能を有することを確認したことから、黒酢又は黒酢もろみ末を有効成分とする抗ガン剤を得ている(特許文献1、参照)。しかし、黒酢又は黒酢もろみ末が、癌細胞の血管形成や転移に関わるVEGFの蛋白濃度低下作用を有することは知られておらず、肝細胞癌に対して有用であることも解明されていなかった。
【0004】
肝細胞癌は、C型肝炎から慢性肝炎、肝硬変(前癌病変)となった後、肝細胞癌に進展することで発症することが知られている。元となるC型肝炎の罹患者は、徐々に減少しているとされてはいるものの、まだまだ250万人もおり、150万人が治療を受けているのが現状である。諸外国においても、モンゴルや中国北部では、いまだ人口の15%以上の国民がC型肝炎に罹患している。
【0005】
肝硬変も、難治性肝疾患の中では際だって罹患者が多く、現在でも国内で約25万人いると考えられている。肝硬変のうち、特に肝機能障害の強い肝硬変は肝細胞癌を有意に発症するため、肝機能障害を軽減する治療として、ウルソデオキシコール酸を肝機能障害改善薬として投与する治療が行われている。しかし、ウルソデオキシコール酸はパーオキシナイトライトの基質であるスーパーオキサイド生成の抑制作用を持つが、パーオキシナイトライトを直接抑制できないため重症例には無効であるという問題がある。
【0006】
肝臓は多数のKupffer細胞を有し豊富な微小循環血流を受ける一方、細菌毒素を含む門脈血に直接接する場であり、激烈な酸化反応を受ける場である。従って、この酸化反応を制御し、パーオキシナイトライトを直接抑制できる能力を有する治療剤の提供が望まれている。
そこで、本発明者らは、このように、多数の肝細胞癌を発症し得る可能性のある患者が、世界規模で多数存在する一方、有効な治療薬が得られていないという現状において、抗酸化作用を有する黒酢もろみ末に着目し、その効果を検討することで、VEGF蛋白濃度低下剤および該剤を含む抗肝細胞癌剤を得ることを可能とした。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−342188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有するVEGF蛋白濃度低下剤を提供することにある。さらに、該剤を含む抗肝細胞癌剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物が肝硬変モデルラットにおいて、VEGF蛋白濃度を低下する作用を見出し、本発明のVEGF蛋白濃度低下剤を得た。さらに、黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物が、肝硬変から肝細胞癌への進展を抑制することを見出したことにより、VEGF蛋白濃度低下剤を含む抗肝細胞癌剤を得て、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、次の(1)〜(3)に記載のVEGF蛋白濃度低下剤、抗肝細胞癌剤等に関する。
(1)黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有するVEGF蛋白濃度低下剤。
(2)黒酢もろみ末抽出物が黒酢もろみ末のメタノール、アセトン、酢酸エチルまたはエタノール等による抽出物である上記(1)に記載のVEGF蛋白濃度低下剤。
(3)上記(1)または(2)に記載の剤を含む抗肝細胞癌剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって提供されるVEGF蛋白濃度低下剤は、血管新生抑制剤や、肝臓以外の組織における血管新生による腫瘍形成や転移の抑制剤として使用することができる。また、本発明によって提供される抗肝細胞癌剤を肝硬変の罹患者に投与することで、肝細胞癌への進展を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】各群におけるラットの体重変化を示した図である(試験例)。
【図2】各群におけるラットの生存率を示した図である(試験例)。
【図3】ラットの超音波所見を示した図である(試験例)。
【図4】各群における病理所見(H.E染色)を示した図である(試験例)。
【図5】各群における病理所見(GST−P染色)を示した図である(試験例)。
【図6】各群における病理所見(アザン染色)を示した図である(試験例)。
【図7】黒酢もろみ末群におけるVEGF蛋白濃度を示した図である(試験例)。
【図8】黒酢もろみ末抽出物群におけるVEGF蛋白濃度を示した図である(試験例)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の「VEGF蛋白濃度低下剤」とは、肝細胞等におけるVEGF蛋白の濃度を低下する剤のことをいい、黒酢もろみ末または黒酢もろみ末抽出物を有効成分とする剤であればいずれのものも含まれる。
【0014】
本発明の「抗肝細胞癌剤」とは、肝硬変から肝細胞癌への進展を抑制し得る剤のことをいい、黒酢もろみ末または黒酢もろみ末抽出物を有効成分とする剤であればいずれのものも含まれる。
【0015】
本発明の「VEGF蛋白濃度低下剤」または「抗肝細胞癌剤」の有効成分として用いられる黒酢もろみ末は、黒酢の原料を発酵・熟成させた発酵物のことをいい、ヒト等の動物が安全に摂取できるものであれば、市販の黒酢もろみ末など、いずれの物も用いることができる。
【0016】
また、本発明の「VEGF蛋白濃度低下剤」または「抗肝細胞癌剤」の有効成分として用いられる「黒酢もろみ末抽出物」とは、黒酢もろみ末をメタノール、アセトン、酢酸エチル、エタノール等の溶媒で抽出して得たもののことをいい、ヒト等の動物が安全に摂取できる者であれば、いずれの黒酢もろみ末抽出物も、本発明の「VEGF蛋白濃度低下剤」の有効成分として用いることができる。
【0017】
以下、本発明を試験例、実施例に基づいて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
VEGF蛋白濃度低下剤の製造
1)黒酢もろみ末を有効成分として含有するVEGF蛋白濃度低下剤
坂元醸造株式会社で製造した黒酢もろみ末をそのままVEGF蛋白濃度低下剤とした。
【0019】
2)黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有するVEGF蛋白濃度低下剤
坂元醸造株式会社で製造した黒酢もろみ末に3倍量のメタノールを加え、一晩撹拌後、吸引ろ過にて抽出液と残渣に分けた。残渣にはさらにメタノールを加え、1時間撹拌後、吸引ろ過にて抽出液と残渣に分けた。もう一度同じ操作を繰り返し、計3回の抽出液をプールし、ロータリーエバポレーターによりメタノールを除去したものを黒酢もろみ末抽出物とした。この黒酢もろみ末抽出物をそのままVEGF蛋白濃度低下剤とした。
【実施例2】
【0020】
抗肝細胞癌剤の製造
1)黒酢もろみ末を有効成分として含有する抗肝細胞癌剤
坂元醸造株式会社で製造した黒酢もろみ末をそのまま抗肝細胞癌剤とした。
【0021】
2)黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有する抗肝細胞癌剤
上記実施例1.2)と同様の方法によって得た黒酢もろみ末抽出物をそのまま抗肝細胞癌剤とした。
【0022】
[試験例]
1.試験動物、飼料の調整
1)試験動物
ラット肝硬変動物実験モデルとして、従来我々が使用してきたフィッシャーラット(6週齢、♂)にジエチルニトロソアミン(DEN)を200mg腹腔内投与するモデル(日本クレア株式会社)を利用した。このモデルを用いると8週までに肝線維化が作成され12週までに発癌が生じた。
【0023】
2)飼料の調製
日本クレア株式会社に委託し、基本飼料であるCE−2(日本クレア株式会社)に、坂元醸造株式会社で製造した黒酢もろみ末を2%となるように添加し、黒酢もろみ末含有飼料を作成した。黒酢もろみ末には有機溶媒による抽出物が約20%含まれていることから、この飼料には有機溶媒による抽出物が0.4%含有されていた。
同様に、CE−2に、上記実施例1.2)と同様の方法によって得た黒酢もろみ末抽出物を0.4%となるように添加し、黒酢もろみ末抽出物含有飼料を作成した。
【0024】
2.試験
ラット肝硬変動物実験モデルをI群:コントロール群、II群:黒酢もろみ末投与群、III群:黒酢もろみ末抽出物投与群の4群に分けた。
I群:コントロール群には、飼料としてCE−2(日本クレア株式会社)を15g/日摂取させた。
II群:黒酢もろみ末投与群には、飼料として上記1.2)で調製した黒酢もろみ末含有飼料を15g/日摂取させた。有効成分である黒酢もろみ末の1日当たりの摂取量は300mgであった。
III群:黒酢もろみ末抽出物投与群には、飼料として上記1.2)で調製した黒酢もろみ末抽出物含有飼料を15g/日摂取させた。有効成分である黒酢もろみ末抽出物の1日当たりの摂取量は60mgであった。
【0025】
DEN投与直前から実験終了日(24週)まで2週毎にラットの体重を計測し、超音波検査により肝臓の状態をチェックした。
実験終了日(24週目)にネンブタール全身麻酔下で心臓から採血後、犠死させ肝臓を採取した。肝臓を回収後、光学顕微鏡(CH20BIMF:オリンパス株式会社)を用いて観察し、肝細胞癌に対して発現個数と腫瘍面積の計測を行った。
また、肝臓の前癌病変を検出するため、回収した肝臓を4%PFAにて固定し、肝臓の薄切切片を作成し、anti−GST−P抗体(MBL社)を用いて染色を行い、GST−P陽性細胞の局在を明らかにすることで、病変部位を決定した。
さらに、肝臓の線維化を評価するため、回収した肝臓を4%PFAにて固定し、肝臓の薄切切片を作成し、アザン染色を行い、線維化の存在を各実験群間で比較することで、治療効果を検討した。
そして、有効性のメカニズムとして組織中VEGF濃度をVEGF,Rat,ELISA Kit for Cell and Tissue Lysate(RayBiotech社)を用いて測定した。
【0026】
3.結果
1)体重変化
体重を指標として黒酢もろみ末の投与が疾患による体重減少を抑制するか検討を行った。その結果、黒酢もろみ末の投与によって、18週より生じる体重減少が抑制できることが示された(図1)。
【0027】
2)各群における生存曲線
生存率を指標として黒酢もろみ末の投与が有効か検討した。その結果、コントロール群に比較し黒酢もろみ末投与群で有意な生存率の改善が認められた(図2)。
【0028】
3)代表的な超音波所見
経時的に超音波検査を施行し発癌を確認した。図3にその代表的な超音波所見を記した。その結果、直径19.8*11.7mmの腫瘍が確認された。
【0029】
4)各実験群における病理所見(H.E染色)
H.E染色により、コントロール群では肝臓内に巨大な腫瘍を認めることが明らかとなったが、黒酢もろみ末投与群では巨大腫瘍は確認されなかった(図4)。従って、肝腫瘍の進展を抑制する効果が黒酢もろみ末に存在することが明らかとなった。
【0030】
5)各実験群における病理所見(GST−P染色)
前癌病変(癌病変を含む)に対する作用についてGST−P染色を用いて行った。その結果、黒酢もろみ末の投与によって、GST−P陽性細胞が有意に減少していることが示された(図5)。
【0031】
6)各実験群における病理所見(アザン染色)
肝腫瘍は肝硬変を元に発症するため肝線維化の状態をアザン染色で確認した。その結果、アザン染色により全群で肝臓に線維化が生じていることが確認でき、肝線維化を抑制する効果は黒酢もろみ末には存在しないことが明らかとなった(図6)。
【0032】
7)各群におけるVEGF蛋白濃度
有効性のメカニズムを検討したところ、黒酢もろみ末(図7、KM)、特に、黒酢もろみ末抽出物(図8、KMC)には肝臓においてVEGF蛋白濃度を有意に低下させる作用があることが示された。これは、肝細胞におけるVEGF蛋白の発現が抑制されたか、肝細胞に存在するVEGF蛋白の分解が亢進されたことによると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明のVEGF蛋白濃度低下剤は、血管新生抑制剤や、肝臓以外の組織における血管新生による腫瘍形成や転移の抑制剤として提供することができる。また、本発明の抗肝細胞癌剤は、肝硬変の罹患者において、肝細胞癌への進展抑制剤として提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒酢もろみ末又は黒酢もろみ末抽出物を有効成分として含有するVEGF蛋白濃度低下剤。
【請求項2】
黒酢もろみ末抽出物が黒酢もろみ末のメタノール、アセトン、酢酸エチルまたはエタノールによる抽出物である請求項1に記載のVEGF蛋白濃度低下剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の剤を含む抗肝細胞癌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−63533(P2011−63533A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214526(P2009−214526)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(592022372)坂元醸造株式会社 (5)
【Fターム(参考)】