mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者の選択方法

【課題】mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択する方法を提供すること。
【解決手段】がん患者由来の試料におけるRictorの発現量、4E−BP1のリン酸化の度合い、およびRictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量の少なくとも1つ以上を指標とすることにより、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を、迅速かつ高確率で選択することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者の選択方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
mTOR(mammalian target of rapamycin)はマクロライド系抗生物質ラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼである。mTOR(FRAP、RAPT1、またはRAFT1とも言われる)は、ほとんど全ての臓器、組織に発現しており、細胞の生存や増殖などの調節に中心的な役割を果たすと考えられている。mTORは、Raptor(regulatoy associated protein of mTOR)およびRictor(rapamycin-insensitive companion of mTOR)などのアダプタータンパク質とそれぞれmTORC1複合体およびmTORC2複合体を形成し、細胞外からのシグナルを伝達する(非特許文献1参照)。
【0003】
mTOR阻害剤はmTORの活性を阻害することにより、細胞周期の進行や血管新生を抑制し、腫瘍細胞の増殖を抑制すると考えられている。mTOR阻害剤であるラパマイシンは、細胞内でFKBP12(FK−506 binding protein)に結合して複合体を形成し、この複合体がmTORに結合することによりmTORのキナーゼ活性を阻害する。現在、種々のラパマイシン誘導体が、様々ながん腫に対する臨床試験に用いられている。例えば、ラパマイシン誘導体であるエベロリムスやテムシロリムスは根治切除不能または転移性の腎細胞がんに効果が認められている。最近、Ridaforolimus(AP23573)は、転移を有する軟部組織肉腫・骨肉腫に対して有効であることが示された。さらに、mTOR阻害剤が膵の神経内分泌腫瘍にも有用性が明らかとなっている。また、一部の転移性乳がんに対して、従来の治療法とmTOR阻害剤を併用することで効果があることも報告されている(非特許文献2参照)。
【0004】
mTORC2はラパマイシンにより阻害されないため、mTORC1とmTORC2を共に阻害する新規mTOR阻害剤(Torin1、PP242、PP30、Ku−0063794など)が報告されている。これらは、mTORのATP結合部位に対して競合的に作用するmTORキナーゼ阻害剤である。これらは、ラパマイシンよりも効果的にmTORC1による基質のリン酸化を阻害するだけでなく、mTORC2のキナーゼ活性も選択的に抑制することが知られており、臨床応用に向けて開発が盛んに進められている(非特許文献2参照)。
しかし、mTOR阻害剤に対する感受性はがん患者によって異なるため、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を高い確率で選択できる有効な指標が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nat Rev Mol Cell Biol, 12(1), 21-35, 2011.
【非特許文献2】Drug Discov Today Ther Strateg, 6(2), 47-55, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択する方法であって、がん患者由来の試料におけるRictorの発現量、4E−BP1のリン酸化の度合い、およびRictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量の少なくとも1つ以上を指標とすることを特徴とするがん患者の選択方法。
[2]試料が、がん患者由来のがん細胞またはその内容物を含むことを特徴とする前記[1]に記載のがん患者の選択方法。
[3]mTOR阻害剤が、ラパマイシンまたはラパマイシン誘導体であることを特徴とする前記[1]または[2]に記載のがん患者の選択方法。
[4]Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、RictorのmRNA領域を標的とすることを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載のがん患者の選択方法。
[5]Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、RictorのmRNAの3’UTR領域を標的とすることを特徴とする前記[4]に記載のがん患者の選択方法。
[6]Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、miR−503および/またはmiR−424であることを特徴とする前記[5]に記載のがん患者の選択方法。
[7]がんが、固形がんであることを特徴とする前記[1]〜[6]のいずれかに記載のがん患者の選択方法。
[8]mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択するためのキットであって、以下の(a)〜(c)の少なくとも1つ以上を含むことを特徴とするキット。
(a)Rictorの発現量を測定するための試薬
(b)4E−BP1のリン酸化の度合いを測定するための試薬
(c)Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量を測定するための試薬
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を、迅速かつ高確率で選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】8種類のトリプルネガティブ乳がん細胞の細胞溶解液を試料として、mTORシグナルに関わる分子に対する抗体を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す図である。
【図2】5種類のトリプルネガティブ乳がん細胞から調製したトータルRNAを試料として、miR−503の発現量をリアルタイムPCRで評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
乳がんを引き起こし増殖に関係する主要な因子として、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびHER2が知られている。これらのいずれかが陽性の乳がん患者には、タモキシフェン(商品名ノルバデックスなど)やトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)などの薬剤が投与されている。一方、これらのいずれの因子も陰性の乳がんは「トリプルネガティブ」と呼ばれ、選択する薬剤がなく、一般に予後が悪いとされている。
本発明者らは、複数のトリプルネガティブ乳がん細胞についてmTOR阻害剤の有効性を検討した結果、細胞の種類によってmTOR阻害剤に対する薬剤感受性に差があることを見出した。さらに検討した結果、mTOR阻害剤に対する感受性が高いトリプルネガティブ乳がん細胞に共通する性質を見出した。
【0011】
〔mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者の選択方法〕
本発明は、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択する方法を提供するものであり、がん患者由来の試料におけるRictorの発現量、4E−BP1のリン酸化の度合い、およびRictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量の少なくとも1つ以上を指標とすることを特徴としている。2つ以上を指標とすることが好ましく、その場合、Rictorの発現量および4E−BP1のリン酸化の度合いを組み合わせることが好ましい。より好ましくは、3つ全部を指標とすることである。
【0012】
mTOR阻害剤は、mTORの活性を阻害することにより抗がん作用を奏する薬剤であれば特に限定されない。具体的は、例えばラパマイシン、エベロリムス、テムシロリムス、リダフォロリムス(AP23573)、PI-103、NVP-BEZ235、XL-765、GSK2126458、PP242、PP30、PP487、PP121、KU-0063794、KU-BMCL-200908069-1、KU-BMCL-200908069-5、WAY-001、WAY-600、WYE-687、WYE-354、Wyeth-BMCL-200910075-9b、Wyeth-BMCL-200910096-27、P529、P2281、Torin1などが挙げられる。好ましくはラパマイシンまたはその誘導体である。ラパマイシン誘導体としては、例えばエベロリムス、テムシロリムス、リダフォロリムス(AP23573)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0013】
がんの種類は特に限定されず、mTOR阻害剤が有効である可能性のあるがんであればどのようながんでも本発明の方法を適用することができる。したがって、本発明の方法を適用可能ながんは、固形がんでもよく血液がんでもよい。好ましくは固形がんである。固形がんは、固形の形状があるがんを意味し、例えば、乳がん、肝がん、胃がん、肺がん、すい臓がん、腎臓がん、頭頸部がん、子宮頸部がん、前立腺がん、網膜芽細胞腫、悪性リンパ腫、食道がん、脳腫瘍、骨腫瘍などが挙げられるが、これらに限定されない。より好ましくは上皮性固形がんである。
【0014】
試料は被験がん患者由来の試料であれば特に限定されない。具体的には、例えば、血液、組織液、リンパ液、脳脊髄液、膿、粘液、鼻水、喀痰、尿、糞便、腹水等の体液類;皮膚、粘膜、各種臓器、骨等の組織;鼻腔、気管支、皮膚、各種臓器、骨等を洗浄した後の洗浄液;透析排液などが挙げられる。好ましくはがん細胞またはその内容物を含む試料であり、より好ましくはがん細胞を含む組織である。さらに好ましくは固形がん組織を含む生検試料である。
【0015】
Rictorは、mTORと結合してmTORC2複合体を形成するタンパク質である。ヒトRictorをコードする遺伝子の塩基配列(配列番号1)は、アクセッション番号:NM_152756で登録されており、そのアミノ酸配列(配列番号2)は、アクセッション番号:NP_689969で登録されている。
【0016】
4E−BP1(eIF4EBP-1; eukaryotic translation initiation factor 4E binding protein 1 )は、mTORC1の代表的生理基質と考えられる翻訳調節因子であり、タンパク質合成の制御に関わることが知られている。リン酸化されていない4E−BP1はeIF4Eに結合し、eIF4Eが5’−キャップ構造を持つmRNAに結合するのを妨げでいるが、mTORC1が4E−BP1をリン酸化すると、eIF4Eの機能が回復する。ヒト4E−BP1をコードする遺伝子の塩基配列(配列番号3)は、アクセッション番号:NM_004095で登録されており、そのアミノ酸配列(配列番号4)は、アクセッション番号:NP_004086で登録されている。
【0017】
本発明の方法では、試料におけるRictorの発現量、および4E−BP1のリン酸化の度合いがmTOR阻害剤の投与が有効な患者を選択するための指標となる。具体的には、試料中のRictorの発現量が低い患者をmTOR阻害剤の投与が有効である蓋然性が高い患者として選択でき、試料中の4E−BP1のリン酸化の度合いが高い患者をmTOR阻害剤の投与が有効である蓋然性が高い患者として選択することができる。
【0018】
Rictorの発現量は、試料中のRictorのタンパク質量、またはRictorのmRNA量を測定することにより評価することができる。Rictorのタンパク質量は、試料から公知の方法でタンパク質を抽出し、公知のタンパク質量測定方法を用いて定量することができる。公知のタンパク質量測定方法としては、例えば、ウエスタンブロット法、EIA法、ELISA法、RIA法などが挙げられる。また、試料中のRictorのタンパク質量は、試料の組織切片(凍結切片、パラフィン切片など)を作製して、抗Rictor抗体を用いた免疫組織染色によっても評価することができる。抗Rictor抗体は、市販の抗体を購入して使用することができる。また公知の抗体作製方法で所望の抗Rictor抗体を自作してもよい。
RictorのmRNA量は、試料から公知の方法でRNAを抽出し、公知のmRNA量測定方法を用いて定量することができる。公知のmRNA量測定方法としては、ノーザンブロット法、RT−PCR法、リアルタイムRT−PCR法、RNaseプロテクションアッセイ、アレイ法、シーケンサーによる配列解析法などが挙げられる。
【0019】
試料におけるRictorの発現量の高低は、例えば、mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつRictor発現量が低いことが確認されている細胞、および、mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつRictor発現量が高いことが確認されている細胞を対照として用い、対照細胞のRictor発現量と比較することにより判定することができる。mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつRictor発現量が低いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のMDA−MB−468(ATCC番号:HTB−132)、Hs578T(ATCC番号:HTB−126)、BT−549(ATCC番号:HTB−122)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつRictor発現量が高いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のHCC1937(ATCC番号:CRL−2336)、MDA−MB−436(ATCC番号:HTB−130)、MDA−MB−213(ATCC番号:HTB−26)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。また、mTOR阻害剤に対する感受性とRictor発現量に関する背景データを蓄積し、これに基づいて判定することもできる。
【0020】
4E−BP1のリン酸化の度合いは、試料中のリン酸化4E−BP1を定量することにより評価することができる。例えば、試料から公知の方法でタンパク質を抽出し、抗リン酸化4E−BP1抗体を用いたウエスタンブロット法、EIA法、ELISA法、RIA法などにより定量することができる。また、試料中のリン酸化4E−BP1量は、試料の組織切片(凍結切片、パラフィン切片など)を作製して、抗リン酸化4E−BP1抗体を用いた免疫組織染色によっても評価することができる。抗リン酸化4E−BP1抗体は、市販の抗体を購入して使用することができる。また公知の抗体作製方法で所望の抗リン酸化4E−BP1抗体を自作してもよい。
【0021】
試料における4E−BP1のリン酸化の度合いの高低は、例えば、mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつ4E−BP1のリン酸化の度合いが高いことが確認されている細胞、および、mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつ4E−BP1のリン酸化の度合いが低いことが確認されている細胞を対照として用い、対照細胞の4E−BP1のリン酸化の度合いと比較することにより判定することができる。mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつ4E−BP1のリン酸化の度合いが高いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のMDA−MB−468(ATCC番号:HTB−132)、Hs578T(ATCC番号:HTB−126)、BT−549(ATCC番号:HTB−122)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつ4E−BP1のリン酸化の度合いが低いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のHCC1937(ATCC番号:CRL−2336)、MDA−MB−436(ATCC番号:HTB−130)、MDA−MB−213(ATCC番号:HTB−26)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。また、mTOR阻害剤に対する感受性と4E−BP1のリン酸化の度合いに関する背景データを蓄積し、これに基づいて判定することもできる。
【0022】
試料の組織切片の免疫組織染色による評価は、抗Rictor抗体と抗リン酸化4E−BP1抗体とを同時に用いることにより、Rictorの発現量および4E−BP1のリン酸化の度合いの2つの指標を同時に評価できる点で好適である。試料の組織切片の免疫組織染色により評価を行う場合は、例えば上記例示した対照細胞をマウス等の適当な実験動物に接種して腫瘍を形成させ、摘出した腫瘍組織を対照試料として、被験試料と同様に組織切片を作製して用いることが好ましい。
【0023】
本発明の方法では、Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量もmTOR阻害剤の投与が有効な患者を選択するための指標となる。具体的には、試料中のRictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量が高い患者をmTOR阻害剤の投与が有効である蓋然性が高い患者として選択することができる。
【0024】
ここでマイクロRNA(miRNA)は、細胞内に存在する約20〜25塩基程度の一本鎖RNAであり、タンパク質への翻訳はされないノンコーディングRNAの一種である。自身の配列と相補的な配列を有するmRNAを標的として、mRNAの翻訳抑制またはmRNAの分解を促進することにより遺伝子発現を負に制御する。複数のヒトがん種において、マイクロRNAの発現異常が報告され、発がんおよびがん悪性化過程におけるマイクロRNAの機能破綻の重要性が示唆されている。また、がんの薬剤耐性と発現に相関性を示すマイクロRNAがいくつか報告されており、化学療法を行う際の薬剤の選択や、予後の予測の判断因子として期待されている。
【0025】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAは特に限定されないが、RictorのmRNAを標的とするマイクロRNAが好ましく、RictorのmRNAの3’UTR領域を標的とするマイクロRNAがより好ましい。配列番号1で表される塩基配列がヒトRictorのmRNAに相当し、配列番号1で表される塩基配列の第5152位〜第9535位がヒトRictorのmRNAの3’UTR領域に相当する。RictorのmRNAの3’UTR領域を標的とするマイクロRNAとしては、例えば、TargetScan(http://www.targetscan.org/vert_50/)において、標的遺伝子にRictorを選択して検索することによりヒットするマイクロRNAが挙げられる。具体的には、例えば、miR−153、miR−148、miR−152、miR−142−3p、miR−155、miR−1、miR−206、miR−19、miR−217、miR−143、miR−128、miR−15、miR−16、miR−195、miR−424、miR−497、miR−133、let−7、miR−98、miR−196ab、miR−96、miR−1271、miR−137、miR−218、miR−182、miR−129、miR−129−5p、miR−503、miR−192、miR−215、miR−365、miR−204、miR−211などが挙げられる。
【0026】
RictorのmRNAの3’UTRのなかでも配列番号1で表される塩基配列の第8900位〜第9535位に相当するRictorのmRNA領域を標的とするマイクロRNAがより好ましい。このようなマイクロRNAとしては、miR−19、miR−96、miR−1271、miR−182、miR−129、miR−129−5p、miR−218、miR−503、miR−192、miR−215、miR−365、miR−204、miR−211、miR−155、miR−15、miR−16、miR−195、miR−424、miR−497などが挙げられる。
さらに好ましくは、配列番号1で表される塩基配列の第9200位〜第9300位に相当するRictorのmRNA領域を標的とするマイクロRNAであり、特に好ましくはmiR−503およびmiR−424である。
マイクロRNAの詳細な情報は、マイクロRNAのデータベース(例えばmiRBase、http://www.mirbase.org/)から入手することができる。miRBaseにおけるヒトmiR−503のアクセッション番号はMI0003188、ヒトmiR−424のアクセッション番号はMI0001446である。
【0027】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量は、測定対象のマイクロRNAを特定し、試料中の当該マイクロRNAを測定することにより評価することができる。具体的には、試料から公知の方法でRNAを抽出し、公知のRNA測定方法を用いて定量することができる。公知のRNA量測定方法としては、ノーザンブロット法、RT−PCR法、リアルタイムRT−PCR法、アレイ法、シーケンサーによる配列解析法などが挙げられる。
【0028】
試料における特定のマイクロRNAの発現量の高低は、例えば、mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつ特定のマイクロRNAの発現量が高いことが確認されている細胞、および、mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつ当該マイクロRNAの発現量が低いことが確認されている細胞を対照として用い、対照細胞の当該マイクロRNA発現量と比較することにより判定することができる。mTOR阻害剤に対する感受性が高くかつmiR−503の発現量が高いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のBT−549(ATCC番号:HTB−122)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。mTOR阻害剤に対する感受性が低くかつmiR−503の発現量が低いことが確認されている細胞としては、例えば乳がん細胞株のHCC1937(ATCC番号:CRL−2336)、MDA−MB−436(ATCC番号:HTB−130)、MDA−MB−231(ATCC番号:HTB−26)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。また、mTOR阻害剤に対する感受性と特定のマイクロRNAの発現量に関する背景データを蓄積し、これに基づいて判定することもできる。
【0029】
〔キット〕
本発明は、mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択するためのキットを提供する。本発明のキットを用いることにより、上記本発明の方法を簡便かつ迅速に実施することができる。本発明のキットは、以下の(a)〜(c)の少なくとも1つ以上を含むものであればよい。
(a)Rictorの発現量を測定するための試薬
(b)4E−BP1のリン酸化の度合いを測定するための試薬
(c)Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量を測定するための試薬
【0030】
Rictorの発現量を測定するための試薬としては、例えばRictorと特異的に結合する抗体が挙げられる。Rictorと特異的に結合する抗体を含む場合には、標識された二次抗体、発色用試薬などをさらに含むことが好ましい。また、Rictorの発現量を測定するための試薬としては、例えばRictor遺伝子を検出するためのプライマーセットが挙げられる。Rictor遺伝子を検出するためのプライマーセットを含む場合には、試料からRNAを調製するための試薬、逆転写酵素、逆転写反応に用いる緩衝液、耐熱性DNAポリメラーゼ、PCR用試薬、PCR用チューブ、PCR用プレートなどをさらに含むことが好ましい。また、Rictorの発現量を測定するための試薬としては、例えばRictor遺伝子と相補的に結合する核酸(DNAまたはRNA)が挙げられる。Rictor遺伝子と相補的に結合する核酸は適切な担体に結合していることが好ましく、アレイの形態であることがより好ましい。Rictor遺伝子と相補的に結合する核酸を含む場合には、試料からRNAを調製するための試薬、検出用蛍光試薬などをさらに含むことが好ましい。
【0031】
4E−BP1のリン酸化の度合いを測定するための試薬としては、例えばリン酸化4E−BP1と特異的に結合する抗体が挙げられる。リン酸化4E−BP1と特異的に結合する抗体を含む場合には、標識された二次抗体、発色用試薬などをさらに含むことが好ましい。
【0032】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量を測定するための試薬としては、例えばRictorの発現制御に関わる特定のマイクロRNAを検出するためのプライマーセットが挙げられる。特定のマイクロRNAを検出するためのプライマーセットを含む場合には、試料からRNAを調製するための試薬、逆転写酵素、逆転写反応に用いる緩衝液、耐熱性DNAポリメラーゼ、PCR用試薬、PCR用チューブ、PCR用プレートなどをさらに含むことが好ましい。また、Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量を測定するための試薬としては、例えば特定のマイクロRNAと相補的に結合する核酸(DNAまたはRNA)が挙げられる。特定のマイクロRNAと相補的に結合する核酸は適切な担体に結合していることが好ましく、アレイの形態であることがより好ましい。特定のマイクロRNAと相補的に結合する核酸を含む場合には、試料からRNAを調製するための試薬、検出用蛍光試薬などをさらに含むことが好ましい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
〔乳がん細胞のmTOR阻害剤感受性の解析〕
8種のトリプルネガティブ乳がん細胞を用いた(表1参照)。mTOR阻害剤として、ラパマイシン(Rapamycin; SIGMA)およびその誘導体であるテムシロリムス(Temsirolimus; SIGMA)を用いた。細胞の培養には、10%血清を含む培地(DMEM、RPMIまたはMEM)を用いた。各細胞を96ウェルプレートに2000個/100μL/ウェルで播き、ラパマイシンまたはテムシロリムスを0、1、10および100nMの各濃度になるよう添加し、5%COを含む37℃のインキュベーター中で静置培養した。培養3日後にWST−1試薬(Roche)を10μL/ウェル添加し、5%COを含む37℃のインキュベーター中で30分間反応させた。反応終了後、マイクロプレートリーダーで波長450nmにおける吸光度を測定した。薬剤無添加(0nM)の値を100%とし、それぞれの薬剤濃度における生細胞の割合で感受性を評価した。
【0035】
【表1】

【0036】
ラパマイシンの結果を表2に、テムシロリムスの結果を表3にそれぞれ示した。表2および表3から明らかなように、8種のトリプルネガティブ乳がん細胞はそれぞれラパマイシンまたはテムシロリムスの添加により細胞増殖が抑制された。一方、細胞によって細胞増殖抑制効果の見られる薬剤濃度が異なることを見出した。この結果から、トリプルネガティブ乳がん細胞によって、mTOR阻害剤に対する薬剤感受性に差があることが明らかとなった。
【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
〔薬剤感受性に伴って変動するタンパク質の探索〕
薬剤感受性に伴って変動するタンパク質を探索するために、実施例1で使用した8種類のトリプルネガティブ乳がん細胞について、表4に記載のmTORシグナルに関わる分子の量を各タンパク質に対する抗体を用いたウエスタンブロッティングにより評価した。具体的には、実施例1で使用した8種類のトリプルネガティブ乳がん細胞に、それぞれ2×SDS−sampleバッファーを加えて98℃で10分間煮沸し、細胞溶解液を調製した。各細胞溶解液SDS−PAGEに供し、mTORシグナルに関わる分子に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。なお、内部標準としてGAPDHを抗GAPDH抗体(Santa Cruz Biotechnology社 #sc-32233)を用いて検出した。
【0040】
【表4】

【0041】
結果を図1に示した。図1から明らかなように、mTOR阻害剤に対する薬剤感受性が高いMDA−MB−468、Hs578T、BT−549およびHCC38ではRictorの発現が減少していることが示された。また、mTOR阻害剤に対する薬剤感受性が高いMDA−MB−468、Hs578T、BT−549、BT−20およびHCC38では4E−BP1のリン酸化が亢進していることが示された。図示していないが、Rictorおよびリン酸化4E−BP1以外のタンパク質は、mTOR阻害剤に対する薬剤感受性に伴う変動は認められなかった。この結果から、がん細胞におけるRictorの発現量または4E−BP1のリン酸化の度合いを調べることで、がん細胞のmTOR阻害剤に対する薬剤感受性を推測できると考えられた。
【0042】
〔薬剤感受性に伴って変動する遺伝子の探索〕
薬剤感受性に伴って変動する遺伝子を探索するために、実施例1で使用したトリプルネガティブ乳がん細胞について、Rictorの発現制御に関わる可能性のあるマイクロRNA量を測定し、評価した。具体的には、実施例1で使用した8種類のトリプルネガティブ乳がん細胞のうち5種に、それぞれSepazol試薬(ナカライテスク)を加え、常法に従ってトータルRNA液を調製した。Rictorの発現制御に関わる可能性のあるマイクロRNAについて、それぞれのプローブ(Applied Biosystems)に対してリアルタイムPCRを行った。なお、Rictor遺伝子の発現制御に関わる可能性のあるマイクロRNAは、TargetScan(http://www.targetscan.org/vert_50/)を用いて選択した。以下、miR−503のリアルタイムPCRの方法および結果について示す。
【0043】
リアルタイムPCRは、Applied Biosystems社のTaqMan MicroRNA assaysを用いて行った。逆転写は、10ngのトータルRNAと、miR−503に特異的なプライマー(P/N: 4373228)と、TaqMan miRNA reverse transcription kitを用いて行った。リアルタイムPCRは、TaqMan MicroRNA assaysの標準的なプロトコールに従って、Applied Biosystems社の7900HT Detection Systemを用いて行った。具体的には、1μlの逆転写反応液に5μlのTaqMan Universal PCR Master Mixと、0.5μlのmiR−503プローブ(P/N: 4373228)と、水を加えて10μlとし、PCR反応は384ウエルプレートを用いて95℃10分の後に、95℃15秒間および60℃1分間を40サイクル行った。miR−503の発現量は、内部標準であるRNU48(Applied Biosystems社、P/N: 4373383)の発現量に対する比として計算した。
【0044】
図2に結果を示した。図2から明らかなように、mTOR阻害剤に対する薬剤感受性が低い細胞ほどmiR−503の発現量が減少していることが示された。この結果から、がん細胞におけるRictorの発現制御に関わる可能性のあるマイクロRNAの発現量を調べることで、がん細胞のmTOR阻害剤に対する薬剤感受性を推測できると考えられた。
【0045】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択する方法であって、がん患者由来の試料におけるRictorの発現量、4E−BP1のリン酸化の度合い、およびRictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量の少なくとも1つ以上を指標とすることを特徴とするがん患者の選択方法。
【請求項2】
試料が、がん患者由来のがん細胞またはその内容物を含むことを特徴とする請求項1に記載のがん患者の選択方法。
【請求項3】
mTOR阻害剤が、ラパマイシンまたはラパマイシン誘導体であることを特徴とする請求項1または2に記載のがん患者の選択方法。
【請求項4】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、RictorのmRNA領域を標的とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のがん患者の選択方法。
【請求項5】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、RictorのmRNAの3’UTR領域を標的とすることを特徴とする請求項4に記載のがん患者の選択方法。
【請求項6】
Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAが、miR−503および/またはmiR−424であることを特徴とする請求項5に記載のがん患者の選択方法。
【請求項7】
がんが、固形がんであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のがん患者の選択方法。
【請求項8】
mTOR阻害剤の投与が有効ながん患者を選択するためのキットであって、以下の(a)〜(c)の少なくとも1つ以上を含むことを特徴とするキット。
(a)Rictorの発現量を測定するための試薬
(b)4E−BP1のリン酸化の度合いを測定するための試薬
(c)Rictorの発現制御に関わるマイクロRNAの発現量を測定するための試薬

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−74866(P2013−74866A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−218271(P2011−218271)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】