説明

n型熱電変換材料

【課題】 環境負荷が小さく、安価な酸化物原料を使用でき、ゼーベック係数の低下をほとんど伴わずに還元処理可能であり、高い出力因子を有するn型熱電変換材料の提供。
【解決手段】 Aをストロンチウム、Bをチタン、Oを酸素とするときに、一般式ABO3、A327又はA2BO4により記述されるペロブスカイト構造、又は、ペロブスカイト構造と岩塩構造とが積層してなる結晶構造を有し、結晶中のストロンチウムの1〜3原子%がセリウムにより置換されており、結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有する酸化物をn型熱電変換材料とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気エネルギーを熱エネルギーに直接変換可能であり、あるいは、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換可能である熱電変換素子を形成する酸化物熱電変換材料に関し、特に、n型熱電変換材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境負荷の低減が世界的規模で推進されている傾向にある。エネルギーの合理的利用を促進する一環として、空調機器や熱機関等から発生する低品位の廃熱の一部を回収し、回収した廃熱を電気に変換する技術や、回収した廃熱を蓄熱し適時熱源として利用する技術が盛んに研究開発されている。
熱を電気に直接変換する手段として熱電変換素子があり、熱電変換素子はp型半導体からなるp型熱電変換材料とn型半導体からなるn型熱電変換材料とを組み合わせて形成されている。熱電変換素子を使用することにより、従来、利用価値がないとされてきた低品位廃熱を電気に変換可能となるだけでなく、ヒートポンプとともに、熱電変換素子を省スペース型の温熱源もしくは冷熱源として利用可能である。
【0003】
熱電変換材料の性能は、次式(1)で表される性能指数により評価される。
Z=α2/κρ・・・(1)
ただし、Z:性能指数
α:ゼーベック係数
κ:熱伝導率
ρ:電気抵抗率
ゼーベック係数、熱伝導率、電気抵抗率の各単位は、それぞれ、μV/K、W/mK、Ωmであるので、性能指数の単位は1/Kとなり、性能指数が大きなものが熱電変換材料として優れる。式(1)より、優れた熱電変換材料は、ゼーベック係数が大きく、熱伝導率及び抵抗率が小さな材料であることがわかる。
【0004】
そして、次式(2)で表されるように性能指数に使用温度を乗じた値を無次元性能指数と呼ぶ。
ZK=α2K/κρ・・・(2)
ただし、Z:性能指数
α:ゼーベック係数
κ:熱伝導率
ρ:電気抵抗率
K:絶対温度
一般的に、無次元性能指数が1を超えることを目標として開発は行われている。
また、電気的な観点から熱電変換材料の性能を評価する場合、次式(3)で表される出力因子を用いる。
P=α2/ρ・・・(3)
ただし、P:出力因子
【0005】
また、熱電変換材料の最大熱電変換効率は次式(4)、(5)で表される。
μmax={(Th−Tc)/Th}{(M−1)/(M+Tc/Th)}・・・(4)
M=[{1+Z(Th+Tc)}/2]0.5・・・(5)
ただし、μmax:最大熱電変換効率
h:高温端温度
c:低温端温度
式(4)、(5)より、性能指数及び高温端と低温端との温度差が大きくなると、熱電変換材料の熱電変換効率が向上することがわかる。
【0006】
従来研究されてきた熱電変換材料には、Bi2Te3系、Fe2Si系、CoSb3系、B4C系等があるが、実用化されているものは無次元性能指数が1に達する材料という理由からBi2Te3系のみである。Bi2Te3系は、その特性から低温域(250K〜500K)での用途を目的として無次元性能指数のさらなる向上のため熱伝導率低減の検討が行われている。しかし、その熱電変換効率が未だ10%未満と低いので、熱電変換よりも電熱変換、すなわち冷却素子として、温冷庫用冷熱源、レーザーダイオード用冷却素子等のスペースユーティリティーが小さな製品、あるいは、可搬性が要求される製品へ適用されるに止まっている。また、Bi2Te3系の熱電変換材料を作製する際、毒性のあるセレンをn型半導体に添加するので、特別な作業環境対策が必要となる。
【0007】
一方、中温域(500K〜800K)から高温域(800K〜)の範囲で使用可能な熱電変換材料として、酸化物熱電変換材料の開発が進められている。
酸化物熱電変換材料として、一般式NaCo24で表されるp型熱電変換材料が特許文献1に提唱されており、低温域から高温域までを網羅できる高効率熱電変換の可能性が見出されている。
【0008】
NaCo24の性能指数は、低温域でBi2Te3系よりも劣るが、低温域から高温域まで右上りに上昇し、800K付近では無次元性能指数が1を超える。したがって、NaCo24が非常に優れた熱電変換材料であることがわかる。その熱電変換特性から勘案すると、室温(296K)付近でNaCo24の性能指数が向上すれば、NaCo24は低温域から高温域に至る広範囲の温度の廃熱を高効率で電気に変換可能となる。一般的なNaCo24は多結晶体であるが、室温における出力因子が約33×10-5W/mK2、無次元性能指数が約0.1であり、NaCo24の単結晶では、その出力因子と性能指数がそれぞれ約10倍の値を示す。
【0009】
さらに、酸化物熱電変換材料を作製するに際してセレンを使用しないので、Bi2Te3系のような特別な作業環境対策を必要とせず、理想的な熱電変換材料であると考えられる。
ところで、NaCo24と組み合わせて高い熱電変換効率を示す熱電変換素子を形成するためには、NaCo24と同程度の熱電特性を有するn型熱電変換材料が必要不可欠である。熱電変換材料に適用され得る酸化物の熱伝導率は比較的低いので、式(3)から大きな出力因子を示すn型熱電変換材料を見出さなければならない。しかし、現時点では、NaCo24と同程度の出力因子を有するn型熱電変換材料は見出されていない。
【0010】
次の一般式(6)又は(7)により表されるn型熱電変換材料が、特許文献2に提唱されている。
(Lp1-p)(CozNiq1-z-qxy・・・(6)
(Lp1-p)(CozNiqCur1-z-q-rxy・・・(7)
ここで、式(5)中で、xは0.5≦x≦1.5、yは2≦y≦4、pは0≦p≦1、zは0<z<1、qは0<q<1、0≦1−z−q<1であり、Lはランタノイド、AはBa、Sr、Ca及びMgから選ばれた1種又は2種以上の元素、BはMn、Fe及びZnから選ばれた1種又は2種以上の元素である。
【0011】
式(7)中で、xは0.5≦x≦1.5、yは2≦y≦4、pは0≦p≦1、zは0<z<1、qは0<q<1、rは0<r<1、0≦1−z−q−r<1であり、Lはランタノイド、AはBa、Sr、Ca及びMgから選ばれた1種又は2種以上の元素、BはMn、Fe及びZnから選ばれた1種又は2種以上の元素である。
特許文献2によれば、かかるn型熱電変換材料の一例であるLa0.5Sr0.5Co0.8Ni0.8Cu0.13は、抵抗率が極めて小さく、出力因子が21×10-5W/mK2である。
【0012】
また、他のn型熱電変換材料として、基本酸化物In23に対してZr、Sn、Ti、Ce、V、Hf、Os及びIrから選ばれた少なくとも1種の4価の元素をドープしてなるIn23を主体とするn型熱電変換材料が、特許文献3に提唱されている。
特許文献3によれば、かかるn型熱電変換材料の性能指数は14×10K-1程度であり、出力因子は19×10-5W/mK2程度である。
【0013】
安価なチタン酸化物を原料とするn型熱電変換材料として、ストロンチウム酸化物とチタン酸化物を主構成成分とする複合酸化物や、ストロンチウム酸化物、バリウム酸化物及びチタン酸化物を主構成成分とする複合酸化物が、特許文献4に提唱されている。
特許文献4によれば、かかるn型熱電変換材料の一例であるSr0.996Nb0.006Ti0.9983は、性能指数が150×10-5/Kを示し、ゼーベック係数が−203μV/K、電気抵抗率が0.9×10-5Ωmであるので、出力因子が458×10-5W/mK2に達する。
【0014】
同様に、安価なチタン酸化物を原料とするn型熱電変換材料として、ストロンチウム酸化物とチタン酸化物を主構成成分とし、これに希土類元素Nb、Ta、Sb、W、Si、Al、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znから選ばれる少なくとも1種の特定元素を加えた複合酸化物が、特許文献5に提唱されている。
【特許文献1】特開平9−321346号公報
【特許文献2】特開2003−8086号公報
【特許文献3】特開2001−127350号公報
【特許文献4】特開平8−231223号公報
【特許文献5】特開平8−236818号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、特許文献2のn型熱電変換材料は、電気抵抗率が小さくなってはいるものの、実用化するには出力因子が未だ小さく、更なるその向上が必要である。
特許文献3のn型熱電変換材料は、その性能指数及び出力因子が実用化するに十分とは言い難い値である。
特許文献2、3のn型熱電変換材料は、出発原料が資源の偏在や副産物であることから供給が不安定であるとともに、比較的高価な酸化コバルトや酸化インジウムを用いるのでコストが高くなるという欠点がある。
【0016】
また、発明者らが特許文献4、5で開示された各複合酸化物を実際に作製して性能指数を測定したところ、ゼーベック係数が−200μV/K前後であり、且つ電気抵抗率が1×10-4Ωm以下である複合酸化物を得ることはできなかった。また、ストロンチウムの一部を置換する元素の種類により熱電変換特性が大きく変化することが確認されており、開示された条件だけでは所定の熱電変換特性が得られず、他の因子が潜在することが予測される。
【0017】
したがって、特許文献2〜5の各n型熱電変換材料は、抵抗率が高いために出力因子が小さく、抵抗率を低くするために還元処理を行ったり他元素ドープを行うと、ゼーベック係数が極端に低下し、出力因子を向上させることが困難であるという欠点を有する。
本発明は、上記問題を解決するものであり、その目的とするところは、環境負荷が小さく、安価な酸化物原料を使用でき、ゼーベック係数の低下をほとんど伴わずに還元処理可能であり、高い出力因子を有するn型熱電変換材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、その課題を解決するために以下のような構成をとる。本発明に係るn型熱電変換材料は、Aをストロンチウム、Bをチタン、Oを酸素とするときに、一般式ABO3、A327又はA2BO4により記述されるペロブスカイト構造又はペロブスカイト構造と岩塩構造とが積層してなる結晶構造を有し、結晶中のストロンチウムの1〜3原子%がセリウムにより置換されており、結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有する酸化物である。
【0019】
酸化物の結晶中では、電子がB−O結合により形成されるネットワーク上を移動するが、A327又はA2BO4は、ABO3よりもB−O結合が相対的に少なく電気抵抗率が大きくなる。しかし、岩塩構造でフォノンの散乱が起こることで、熱伝導率が低下し、電気抵抗率の増加は熱伝導率の低下で相殺される。したがって、A327、A2BO4、ABO3のいずれの結晶構造を有する酸化物であっても大きな出力因子を発現できる。
【0020】
セリウムは、他の希土類元素と異なり、+3と+4の高い価数を有する。このため、ストロンチウムの一部をセリウムで置換すると、4f電子が結晶中で有効な伝導電子供給源として働き、電気抵抗率が低下すると考えられる。
なお、+3と+4の価数を有する希土類元素にはプラセオジウムやテルビウムもある。しかし、ペロブスカイト構造中で、プラセオジウムは、ストロンチウムと同じ12配位を取り難い。また、テルビウムのイオン半径は、ストロンチウムのイオン半径よりも約16%小さい。したがって、ストロンチウムの一部をプラセオジウムやテルビウムで置換すると、結晶格子に歪みが発生して電気抵抗率が増加し、出力因子が低下することとなり、好ましくない。
【0021】
酸化物の結晶中において、セリウムにより置換されるストロンチウムが1原子%未満であると、セリウムから供給される伝導電子が不足し、電気抵抗率が十分に低下せず、大きな出力因子が得られない。また、セリウムにより置換されるストロンチウムが3原子%を超えると、セリウムの固溶限を超え、第2相として酸化セリウムが混在し、ゼーベック係数が低下してしまう。したがって、結晶中のストロンチウムをセリウムで置換する量は1〜3原子%に限定される。
【0022】
酸化物の結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有させると、電気抵抗率が低下する。この理由は明確ではないが、ストロンチウムの一部を置換したセリウムが深く関連するものと推測され、結晶中に非常に大きな酸化力を有するO-が生成し、O-の一部あるいは全部がマイナスの価数を有するH-と入れ替わり、H-から伝導電子が供給されるものと考えられる。
n型熱電変換材料が非常に高い出力因子を発現するので、高い出力因子を有するp型熱電変換材料であるNaCo24と組み合わせて、高効率の熱電変換素子を形成できる。
また、n型熱電変換材料を作製する際に特別な作業環境対策を必要とせず、安価な酸化物原料を用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、上記のようなn型熱電変換材料に関するものであるので、環境負荷が小さく、安価な酸化物原料を使用でき、ゼーベック係数の低下をほとんど伴わずに還元処理可能であり、高い出力因子を有するn型熱電変換材料を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明を実施するための最良の形態を説明する。
まず、本発明に係るn型熱電変換材料の作製方法について説明する。
作製するn型熱電変換材料は、Aをストロンチウム、Bをチタン、Oを酸素として、ペロブスカイト構造ABO3からなる結晶構造、又は、ペロブスカイト構造ABO3と岩塩構造AOとが積層してなる結晶構造を有し、結晶中のストロンチウムの1〜3原子%がセリウムにより置換されており、結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有する酸化物である。なお、ペロブスカイト構造ABO3と岩塩構造AOとが積層してなる結晶構造は、一般式A327又はA2BO4により記述される。また、ペロブスカイト構造ABO3では、体心立方格子の中心にA元素が配置され、各格子点にB元素が配置され、各格子点間にO元素が配置されている。
【0025】
原料として、酸化チタン又は水酸化チタンの粉末と、酸化ストロンチウム又は炭酸ストロンチウムの粉末と、酸化セリウム又は炭酸セリウムの粉末を用い、これら粉末を所定量秤量後混合し、混合物を加圧成型して一次原料ペレットとする。
なお、作製するn型熱電変換材料が、ペロブスカイト構造からなり一般式ABO3により記述される結晶構造を有する酸化物である場合の原料調製は、例えば、原料となるTiO2又はH2TiO3を50.0mol%、SrO又はSrCO3を49.5〜48.5mol%、CeO2を0.5〜1.5mol%秤量するか、あるいはTiO2又はH2TiO3を50.13〜50.38mol%、SrO又はSrCO3を49.62〜48.87mol%、Ce2(CO3)・8H2Oを0.25〜0.75mol%秤量して行う。
【0026】
作製するn型熱電変換材料が、ペロブスカイト構造と岩塩構造とが積層してなり一般式A327により記述される結晶構造を有する酸化物である場合の原料調製は、例えば、原料となるTiO2又はH2TiO3を40.0mol%、SrO又はSrCO3を59.4〜58.2mol%、CeO2を0.6〜1.8mol%、秤量するか、あるいはTiO2又はH2TiO3を40.1〜40.4mol%、SrO又はSrCO3を59.6〜58.7mol%、Ce2(CO3)・8H2Oを0.3〜0.9mol%秤量して行う。
【0027】
作製するn型熱電変換材料が、ペロブスカイト構造と岩塩構造とが積層してなり一般式A2BO4により記述される結晶構造を有する酸化物である場合の原料調製は、例えば、原料となるTiO2又はH2TiO3を33.3mol%、SrO又はSrCO3を66.0〜64.7mol%、CeO2を0.7〜2.0mol%、秤量するか、あるいはTiO2又はH2TiO3を33.42〜33.64mol%、SrO又はSrCO3を66.23〜65.35mol%、Ce2(CO3)・8H2Oを0.35〜1.01mol%秤量して行う。
【0028】
次いで、一次原料ペレットを大気中又は酸素気流中で900〜1200℃に8〜12時間加熱し仮焼成して仮焼成ペレットとする。仮焼成ペレットを粉砕し、再び加圧成型して二次原料ペレットとする。二次原料ペレットを大気中又は酸素気流中で900〜1500℃に8〜12時間加熱し本焼成して本焼成ペレットとする。
本焼成ペレットの結晶中には化学量論組成よりも過剰な酸素が取り込まれているので、結晶格子が歪んだ状態となっている。また、この結晶中には、ストロンチウムの一部を置換したセリウムにより付与される電子が酸素にトラップされているので、電子の伝導が不十分であり、電気抵抗率が高い。
【0029】
さらに、本焼成ペレットを、5〜24時間、水素気流中で1100〜1500℃に加熱し部分的に還元処理して酸化物ペレットとする。この酸化物ペレットがn型熱電変換材料である。
本焼成ペレットの還元処理初期には、まず結晶中から過剰な酸素が除去される。さらに、還元処理時間の増加とともに、結晶中に水素が導入され、結晶の電気抵抗率が低下する。
還元処理時の加熱温度及び加熱時間の最適化を行うことで、酸素濃度に過不足が生じることを防止でき、部分還元処理後の結晶中の水素濃度が3×1018〜6×1018原子/cm3に達することを発明者らは実験により確認している。
【0030】
なお、酸化物ペレットの作製時間短縮のために、一次原料ペレットを、10〜48時間、水素気流中で900〜1500℃に加熱して、部分還元処理及び結晶中への水素の導入を行い、酸化物ペレットを直接作製することも可能である。しかし、この場合には酸化物ペレットが作製される以前に原料そのものが部分還元されるため、酸素濃度が不足した酸化物ペレットとなり易く、そうなると所定の熱電変換特性が得られない。この問題を解決するためには、昇温時の綿密な温度制御が必要である。
【0031】
次に、n型熱電変換材料として作製された酸化物について説明する。
この酸化物は、安価な酸化物原料である酸化チタン、水酸化チタン、酸化ストロンチウム、炭酸ストロンチウム、酸化セリウム、炭酸セリウムを原料としており、毒性のあるセレンを使用することもないので、作製時の特別な作業環境対策を必要とせずに作製される。
【0032】
酸化物の結晶中では、電子がB−O結合により形成されるネットワーク上を移動する。A327又はA2BO4は、ABO3よりもB−O結合が相対的に少ないので、A327又はA2BO4の電気抵抗率が、ABO3の電気抵抗率よりも大きくなる。しかし、A327又はA2BO4においては、岩塩構造でフォノンの散乱が起こるため、熱伝導率が低下する傾向がある。したがって、A327又はA2BO4では、電気抵抗率の増加が熱伝導率の低下により相殺され、性能指数の観点からは、A327又はA2BO4であっても、ABO3であっても良く、出力因子が最大となる結晶構造を任意に選択できる。
ただし、酸化物の結晶構造が同じであっても、酸化物の製造方法や製造条件により、A、B及びOの組成比が微妙に変化し、ゼーベック係数、電気抵抗率及び熱伝導率が変化する。このため、製造方法及び製造条件の最適化は必須である。
【0033】
また、酸化物の結晶中において、ABO3、A327又はA2BO4を単相とすることが必要である。この場合、少なくとも、X線回析で第2相が確認されない程度とすることが必要である。例えば、AO若しくはBO2とABO3との組み合わせからなる混合物、AO若しくはBO2とA327との組み合わせからなる混合物、AO若しくはBO2とA2BO4との組み合わせからなる混合物、ABO3とA327との組み合わせからなる混合物、又は、A327とA2BO4との組み合わせからなる混合物では、異種結晶粒の接触界面での抵抗が原因となって電気抵抗率が増加し、出力因子が低下することとなるからである
【0034】
酸化物の結晶中で、ストロンチウムの1〜3原子%がセリウムにより置換されており、結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有している。
酸化物の結晶中において、電子がB−O結合すなわちTi−O結合により形成されるネットワーク上を流れるので、チタンを他の元素で置換すると、イオン半径の違いやイオンの価数の違いから電子がトラップされ、電気抵抗率が増加してしまう。このような電気抵抗率の増加を防止するため、ストロンチウムの一部をセリウムで置換する。
水素気流中で高温に加熱することで、酸化物の結晶中に含有される水素の濃度が3×1018〜6×1018原子/cm3となる。結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有すると、電気抵抗率が低下する。この理由は明確ではないが、ストロンチウムの一部を置換したセリウムが深く関連するものと考えられ、結晶中に非常に大きな活性を有するO-が生成し、O-の一部あるいは全部がマイナスの価数を有するH-と入れ替わり、H-から伝導電子が供給されるものと考えられる。結晶中に含有可能な水素の濃度は、3×1018〜6×1018原子/cm3であり、大気中で含有される水素が脱離することはない。
【0035】
この酸化物は、作製が容易である上に、大気中で安定である。経時変化による熱電特性の劣化が起こり難く、電気抵抗率の低下がゼーベック係数の低下を引き起こすという現象も現れない。
なお、酸化物の電気抵抗率を、より大きく低下させる方法として、結晶粒径を大きくして粒界抵抗を減少させる方法がある。例えば、単結晶であれば、電気抵抗率が最も低く出力因子や性能指数が最大となる。
したがって、この酸化物は非常に高い出力因子を発現でき、高い熱電特性のp型熱電変換材料であるNaCo24と組み合わせて高い熱電変換効率を示す熱電変換素子を形成でき、従来、高温では使用できなかったBi2Te3系に代わる環境負荷の小さな熱電変換素子を提供できる。
【実施例1】
【0036】
一般式SrTiO3、Sr0.09Ce0.01TiO3、Sr0.02Ce0.08TiO3、Sr0.03Ce0.07TiO3、Sr0.04Ce0.06TiO3により記述されるABO3型の酸化物ペレット約10gをn型熱電変換材料としてそれぞれ作製した。
まず、原料となるSrCO3、Ce2(CO33・8H2O及びTiO2を所定量秤量し、乳鉢にて20分間混合して混合粉末とした。混合粉末を98Paの圧力下で成型して直径20mm×厚さ2mmの円盤状の一次原料ペレットとし、一次原料ペレットを1200℃の大気中で10時間加熱し仮焼成して仮焼成ペレットとした。仮焼成ペレットを乳鉢で粉砕し、98Paの圧力下で成型して直径20mm×厚さ2mmの円盤状の二次原料ペレットとし、二次原料ペレットを1400℃の大気中で10時間加熱し本焼成して本焼成ペレットとした。本焼成ペレットに対して、1100℃の水素気流中で5時間加熱する還元処理を合計4回行って酸化物ペレットとし、酸化物ペレットを室温まで冷却した。
【0037】
作製した各酸化物ペレットについて、水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子を測定した。水素濃度の測定には二次イオン質量分析計を使用し、ペレット表面から1.5μmまでの深さ方向の水素濃度を測定し、深さ方向に対して一定となる値を水素濃度とした。また、電気抵抗率の測定には四端針法を使用し、ゼーベック係数は起電力の温度変化の傾きから求めた。表1に水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子の各測定結果を示す。
ストロンチウムの1〜3原子%をセリウムで置換した酸化物は3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有し、出力因子が361×10-5〜499×10-5W/mK2を示した。
【0038】
【表1】

【実施例2】
【0039】
一般式Sr0.98Ce0.02TiO3により記述されるABO3型の酸化物ペレット約10gをn型熱電変換材料として作製した。
原料となるSrCO3、Ce2(CO33・8H2O及びTiO2を所定量秤量してから、実施例1と同じ手順により、混合粉末とし、混合粉末から一次原料ペレットを成型し、一次原料ペレットを仮焼成ペレットとし、仮焼成ペレットから二次原料ペレットを作り、二次原料ペレットを本焼成ペレットとした。そして、本焼成ペレットを4つのグループに分け、それぞれの本焼成ペレットに対して還元処理を行い、酸化物ペレットとした。1100℃の水素気流中で5時間加熱する還元処理を、1番目のグループの本焼成ペレットに対しては1回行い、2番目のグループの本焼成ペレットに対しては2回行い、3番目のグループの本焼成ペレットに対しては3回行い、4番目のグループの本焼成ペレットに対しては4回行った。還元処理後、各グループの酸化物ペレットを室温まで冷却した。
【0040】
実施例1と同様に、各グループの酸化物ペレットについて、水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子を測定した。表2に水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子の各測定結果を示す。
還元処理回数の増加とともに、酸化物に含有される水素の濃度がわずかに増加する傾向が認められ、それとともに電気抵抗率は低下する。4回目の還元処理で出力因子は499×10-5W/mK2が得られた。
【0041】
【表2】

【実施例3】
【0042】
一般式Sr2.94Ce0.06Ti27により記述されるA327型の酸化物ペレット約10gをn型熱電変換材料として作製した。
原料となるSrCO3、Ce2(CO33・8H2O及びTiO2を所定量秤量してから、実施例2と同じ手順により4つのグループに分けられた酸化物ペレットを作製した。
実施例2と同様に、各グループの酸化物ペレットについて、水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子を測定した。表3に水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子の各測定結果を示す。
還元処理回数の増加とともに、酸化物に含有される水素の濃度がわずかに増加する傾向が認められ、それとともに電気抵抗率は低下する。4回目の還元処理で出力因子は440×10-5W/mK2が得られた。
【0043】
【表3】

【0044】
(実施例4)
一般式Sr1.96Ce0.04TiO4により記述されるA2BO4型の酸化物ペレット約10gをn型熱電変換材料として作製した。
原料となるSrCO3、Ce2(CO33・8H2O及びTiO2を所定量秤量してから、実施例2と同じ手順により4つのグループに分けられた酸化物ペレットを作製した。
実施例2と同様に、各グループの酸化物ペレットについて、水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子を測定した。表4に水素濃度、電気抵抗率、ゼーベック係数及び出力因子の各測定結果を示す。
還元処理回数の増加とともに、酸化物に含有される水素の濃度がわずかに増加する傾向が認められ、それとともに電気抵抗率は低下する。4回目の還元処理で出力因子は403×10-5W/mK2が得られた。
【0045】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Aをストロンチウム、Bをチタン、Oを酸素とするときに、一般式ABO3、A327又はA2BO4により記述されるペロブスカイト構造又はペロブスカイト構造と岩塩構造とが積層してなる結晶構造を有し、
結晶中のストロンチウムの1〜3原子%がセリウムにより置換されており、
結晶中に3×1018〜6×1018原子/cm3の水素を含有する酸化物であることを特徴とするn型熱電変換材料。

【公開番号】特開2006−24632(P2006−24632A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−199476(P2004−199476)
【出願日】平成16年7月6日(2004.7.6)
【出願人】(000165974)古河機械金属株式会社 (211)
【Fターム(参考)】