説明

pH緩衝剤を含むポリマーコーティング

支持材、架橋ポリマー、およびpH緩衝剤を含む装置。支持剤の表面はpH緩衝剤を包埋した架橋ポリマーでコートされる。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
背景
カルシウムおよびマグネシウムは移植装置の表面に沈降する傾向があり、この現象は「エンクラステーション(堆積化)」と呼ばれている。J.Urol.(1988)139:37−38およびBr.J.Urol(1994)73:687−691を参照。尿管ステントの表面のエンクラステーション(堆積化)は、おもに(1)リン酸カルシウムおよびリン酸マグネシウムの生成を促進する高pHの尿;(2)尿中の尿素をアンモニアに変換し、それによってさらに尿のpHを高くするバクテリアの成長;および(3)エンクラステーションの核部分を形成する、荒く親水的な表面、が原因であると考えられている。このようなエンクラステーションはしばしば移植装置の閉塞や破損を引き起こす。
【0002】
概要
本発明は、例えば尿管ステント、心臓弁、または試料スティックのような装置のポリマーコーティングのpH緩衝剤の包埋に関する。
【0003】
一形態において、本発明は、pH緩衝剤、架橋性ポリマー、およびポリマーを架橋させるための架橋化合物を含むキットを特徴とする。本キットは、エンクラステーションから守るために移植装置にコートする目的で、または望ましくないpH変化を避けるもしくは最小限にするために試料スティックにコートする目的で簡便に用いることができる。さらに具体的には、前記pH緩衝剤は適当な量の一塩基性リン酸カリウムおよびリン酸ナトリウムなどの無機塩の混合物を含みうる。水溶液に溶解させたとき、緩衝剤はあらかじめ決定されたpH(例えば6.4)またはpH範囲(例えば6〜6.8)を維持する。ポリマーは疎水性であっても親水性であっても、水性;すなわち水に溶解または分散する、であることが好ましい。本キットは、pH緩衝剤、ポリマーおよび架橋化合物を水性溶媒に溶解または分散させてコーティング溶液を調製するのに用いられる。次いでコーティング溶液は装置の表面に塗布されコーティングが形成される。
【0004】
他の形態では、本発明は上述の方法またはその他の方法を用いて作成できる、コーティングされた装置を特徴とする。本装置は支持材(例えばコーティングされていない尿管ステント)、架橋ポリマー、およびpH緩衝剤を含む。本装置では、支持材の表面はpH緩衝剤を包埋した架橋ポリマーでコーティングされる。コーティング表面のpHは、装置が望ましくないpHの環境にさらされた場合でも十分に保持されうる。
【0005】
本発明の1以上の実施形態の詳細を後述のように説明する。その他の本発明の特徴、目的および利点は、当該記述および特許請求の範囲により明らかにされる。
【0006】
詳細な説明
本発明は、pH緩衝剤を装置の表面のポリマーコーティングに包埋することができ、それによってコーティング表面のpHが保たれるという、予想されなかった発見に基づく。
【0007】
pH緩衝剤が包埋されているコーティングを提供するためのキットが本発明の範囲に含まれる。前述のようなキットはpH緩衝剤、架橋性ポリマー、および架橋化合物を含む。
【0008】
適切なpH緩衝剤の例には、無機塩の混合物(例えば2つのカルボン酸塩もしくは2つのリン酸塩)または有機化合物の混合物(例えば酢酸およびその共役塩基)が挙げられる。これらの緩衝剤は、装置の表面にコートされると、装置が望ましくないpHの水溶液にさらされた場合に表面のpHを一定の範囲に維持する機能がある。緩衝剤の量を増やすことによって、緩衝能を上げることができる。
【0009】
架橋性ポリマーは、カルボキシレート基、ヒドロキシル基、アミン基、およびエポキシ基のような1以上の官能基をもつ、ホモポリマー(例えばアクリルポリマーおよびエポキシポリマー)またはコポリマー(例えばポリウレタン、ポリアミド、およびポリエステル)であってもよい。緩衝剤存在下で、ポリマー分子の官能基が架橋化合物分子の官能基と反応することによって、2以上のポリマー分子を架橋することができる。架橋ポリマーはpH緩衝剤を固定する。適当な架橋化合物の例には、1つの官能基(例えばカルボジイミド基)または2以上の官能基(例えばアジリジン基、エポキシ基、シラン基、またはイソシアネート基)をもつ任意の有機化合物が含まれる。クロロシラン基を含む分子のような架橋化合物分子は、それ自身と反応してポリマーを安定化するマトリックスを形成する。
【0010】
一例として、カルボキシレート基をもつポリウレタンを架橋性ポリマーとして、2つのアジリジン基をもつ化合物を架橋化合物として用いることができる。さらに具体的には、ポリウレタン2分子のカルボキシレート基が、それぞれ架橋化合物分子の2つのアジリジン基と反応して、架橋ポリウレタン分子が生成する。1個のカルボジイミド基または2個のエポキシ基をもつ化合物もまた、同様に上述のポリウレタン分子を架橋するのに用いることができる。別の例では、ヒドロキシル基をもつポリマーであるポリ(エチレングリコール)は、2つのイソシアネート基をもつ架橋化合物を用いて架橋できる。
【0011】
本キットはさらに、例えば殺菌剤または抗血栓剤のような生体活性剤を含むことができる。例えば塩化銀のような殺菌剤は、移植装置のコーティング中に存在した場合、細菌の装置への付着を減少させる。ヘパリンのような抗血栓剤は、移植装置のコーティング中に存在した場合、血液の凝固を防ぐことができる。以下に議論するように、抗血栓剤を含むキットは、さらにポリビニルピロリドン(PVP)のような親水性ポリマーを含むことができる。あるいは、前記キットは、検体中の化学物質を検出する試料スティックのコーティングに必要な試薬を含むことができる。
【0012】
本キットはそのまま装置のコーティングに使用することができる。はじめに、pH緩衝剤、ポリマー、および架橋化合物、並びにもしあれば生体活性剤などを溶媒に溶解または分散させてコーティング溶液を調製する。溶媒はそれぞれの溶質の溶解度に応じて、有機溶媒、水性溶媒、または2つ以上の混合溶媒でもよい。次に溶液は支持材の表面に塗布し(例えば、浸液、噴霧、または塗装によって)、そのあと溶媒を除いて(例えば空気乾燥またはオーブンで加熱)コーティングを形成する。ポリマーの架橋は溶媒がコーティング中に存在しているときまたは溶媒がコーティングから除かれた後で起こる。ポリマーが液体の場合、コーティング溶液は、pH緩衝剤および架橋化合物を溶媒を用いずにポリマーに溶かして調製してもよい。ポリマーは溶液が支持材の表面に塗布された後で架橋する。
【0013】
本発明はさらにコーティングされた装置も特徴とする。これは、pH緩衝剤が物理的または化学的に包埋された架橋ポリマーがコーティングされた支持材である。ポリマーは架橋化合物(例えば本発明のキットの成分)を用いるか、または他の架橋方法(例えばエポキシ基をもつポリマーのUV架橋法)を用いて架橋することができる。
【0014】
pH緩衝剤は、架橋ポリマーに物理的に固定されるだけでなく、さらにポリマーと共有結合、水素結合、またはイオン結合で相互作用し、それによってさらにコーティングされた装置のpH変化に対する耐性が延びる。このような結合は、ポリマーとpH緩衝剤との適当なイオン性基/官能基の間で形成される。同様にpH緩衝剤も共有結合、水素結合またはイオン結合によって、官能基が付与されたまたはイオン化した支持材表面と結合しうる。架橋ポリマーもまた、同様に支持材表面と結合しうる。さらに、とくに抗血栓剤がコーティングに包埋される場合、親水性ポリマーもまた、本発明の装置のコーティングに含まれうる。抗血栓剤は水溶性である。本装置が体内に埋め込まれる場合、親水性ポリマーの存在は、水のコーティングへの吸収、抗血栓剤の水への溶出、および抗血栓剤の放出を促進する。
【実施例】
【0015】
以下の具体的な実施例は単に例示として説明するためであって、開示の残部をいかようにも限定することはないと解されるべきである。さらなる実験を行うことなく、当業者はここでの記述に基づいて本発明の最大限の範囲を利用できると考えられる。引用される全ての文献は本明細書に参照として完全に組み込まれる。
【0016】
実施例1
水溶液でpH6.40を保証されている緩衝剤であるpHydrion(一塩基性リン酸カリウムおよび二塩基性リン酸ナトリウムの混合粉末、Micro Essential Laboratory Inc.,Brooklyn,NY)1.7gを60mLの脱イオン水中で20分間撹拌して溶解させた。次に200gのカルボキシレート基をもつ水性ポリウレタン(NeoRez R−9621,NeroResins Inc.,Wilmington,MA)を緩衝溶液中で20分間撹拌し、分散させた。最後に、2以上のアジリジン基をもつ架橋化合物(CX−100、NeroResins Inc.,Wilminton,MA)3gを溶液に加えて30分撹拌した。
【0017】
白色のポリウレタンチューブ(Chronoflex,8Fx30cm,Futuremed Interventional,Athens,TX)を2−プロパノールであらかじめ洗浄し、前述の溶液に浸液し1インチ/分の速度で引き上げてコーティングした。その後コーティングしたチューブを65℃のオーブンで2.5時間乾燥させた。
【0018】
コーティングを検査するためにクレゾールレッドの1%アルコール溶液を用いた。コーティング表面の色は赤色(pH7〜8.8を示す)から明るい黄色(pH7以下を示す)に変化し、pH緩衝剤がpH7以下を維持する機能があるという証拠が得られた。コーティングしていない表面の色は変化しなかった。
【0019】
実施例2
白色のポリウレタンチューブ(Chronoflex)を実施例1に記載した方法と同様の方法でコーティングした。ただし21.75mLのAgCl溶液(AgClの8%NHOH溶液)をさらにコーティング溶液に加えた。コーティングした20個のポリウレタンチューブ(4cm長さ)をそれぞれ擬似尿20mLを入れたバイアルの中に入れた。バイアルを室温に保ち、擬似尿を毎日交換した。8日目、15日目、22日目、および30日目に試料を各バイアルから取り出し、コーティングのpHを4つのpH指示薬、すなわちブロモフェノールブルー、メチルレッド、ブロモチモールブルー、およびクレゾールレッドで決定した。その結果、実験期間中、すべてのコーティングのpHが5.0〜6.0に維持されることが示された。なお、粉末のpHydrion緩衝剤のpHも、同じpH指示薬で5.0〜6.0であった。
【0020】
実施例3
ポリウレタン(PU)コートのチューブ(Chronoflex)を実施例1に記載した方法と同様の方法でコーティングした。ただし21.75mLのAgCl溶液(AgClの8%NHOH溶液)をさらにコーティング溶液に加えた。
【0021】
比較のために、PVPコートのチューブ、すなわち尿管ステントをBard Urology(Atlanta,GA)より入手した。5週間の試験(4試行)および10週間の試験(8試行)を含む2つのインビトロのエンクラステーション試験を、PUコートおよびPVPコートのチューブ両方の表面へのヒトの尿のカルシウム沈殿物の沈降を定量するために行った。BJUInternational(2000)86:414−421を参照。各チューブのカルシウムエンクラステーションの量は、原子吸光分光法で測定した(Unican 929AA spectrometer,Unicam Ltd.,Cambridge,England)。12試行すべてにおいて、コーティングが緩衝剤を含んでいるPUコートのチューブでは、コーティングに緩衝剤の入っていないPVPコートのチューブよりも常にカルシウムエンクラステーションが少なかった。
【0022】
他の実施形態
本明細書に開示された全ての特徴は、任意の組み合わせで組み合わせることができる。本明細書に開示された個々の特徴は、同様の、等価な、あるいは類似の目的を果たす代替の特徴に置き換えることができる。よって、特記しない限り、開示された個々の特徴は等価または同様な一連の一般的な特徴の単なる例示である。
【0023】
上述の説明によって、当業者は本発明の本質的な特徴を簡単に確認することができ、その思想および範囲から逸脱することなく、本発明にさまざまな変化や修正を加えさまざまな用途や条件に適用することができる。したがって、他の実施形態もまた以下の特許請求の範囲に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH緩衝剤、架橋性ポリマー、およびポリマーを架橋させるための架橋化合物を含むキット。
【請求項2】
前記緩衝剤が無機塩を含む、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記ポリマーが疎水性である、請求項2に記載のキット。
【請求項4】
前記ポリマーが水性である、請求項2に記載のキット。
【請求項5】
前記ポリマーが疎水性である、請求項4に記載のキット。
【請求項6】
前記緩衝剤がpHを6〜6.8に保つための一塩基性リン酸カルシウムおよび二塩基性リン酸ナトリウムを含む、請求項5に記載のキット。
【請求項7】
前記ポリマーがカルボキシレート基をもつポリウレタンであり、および前記架橋化合物がアジリジン、カルボジイミド、またはエポキシシランである、請求項2に記載のキット。
【請求項8】
前記緩衝剤がpHを6〜6.8に保つための一塩基性リン酸カルシウムおよび二塩基性リン酸ナトリウムを含む、請求項2に記載のキット。
【請求項9】
前記ポリマーがカルボキシレート基をもつポリウレタンであり、および前記架橋化合物がアジリジンである、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
さらに生体活性剤を含む、請求項1に記載のキット。
【請求項11】
前記生体活性剤が殺菌剤である、請求項10に記載のキット。
【請求項12】
前記殺菌剤が塩化銀である、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記生体活性剤が抗血栓剤である、請求項10に記載のキット。
【請求項14】
前記抗血栓剤がヘパリンである、請求項13に記載のキット。
【請求項15】
前記ポリマーが疎水性である、請求項1に記載のキット。
【請求項16】
前記ポリマーが水性である、請求項1に記載のキット。
【請求項17】
前記ポリマーが疎水性である、請求項16に記載のキット。
【請求項18】
支持材と、
架橋ポリマーと、
pH緩衝剤と、
を含み、前記支持材の表面が、前記pH緩衝剤が包埋された架橋ポリマーにより被覆されてなる装置。
【請求項19】
前記緩衝剤が無機塩を含む、請求項18に記載の装置。
【請求項20】
前記ポリマーが疎水性である、請求項19に記載の装置。
【請求項21】
前記ポリマーが水性である、請求項19に記載の装置。
【請求項22】
前記ポリマーが疎水性である、請求項21に記載の装置。
【請求項23】
前記緩衝剤がpHを6〜6.8に保つための一塩基性リン酸カルシウムおよび二塩基性リン酸ナトリウムを含む、請求項22に記載の装置。
【請求項24】
前記ポリマーがポリウレタンである、請求項23に記載の装置。
【請求項25】
前記緩衝剤がpH6〜6.8に保つための一塩基性リン酸カルシウムおよび二塩基性リン酸ナトリウムを含む、請求項19に記載の装置。
【請求項26】
装置が医療用装置である、請求項25に記載の装置。
【請求項27】
装置が移植装置である、請求項26に記載の装置。
【請求項28】
装置が尿道ステントまたは心臓弁である、請求項27に記載の装置。
【請求項29】
架橋ポリマーに包埋された生体活性剤をさらに含む、請求項18に記載の装置。
【請求項30】
前記生体活性剤が殺菌剤である、請求項29に記載の装置。
【請求項31】
前記生体活性剤が塩化銀である、請求項30に記載の装置。
【請求項32】
前記生体活性剤が抗血栓剤である、請求項29に記載の装置。
【請求項33】
前記抗血栓剤がヘパリンである、請求項32に記載のキット。
【請求項34】
前記ポリマーが疎水性である、請求項18に記載の装置。
【請求項35】
前記ポリマーが水性である、請求項18に記載の装置。
【請求項36】
前記ポリマーが疎水性である、請求項35に記載の装置。
【請求項37】
装置が医療用装置である、請求項18に記載の装置。
【請求項38】
装置が移植装置である、請求項37に記載の装置。

【公表番号】特表2006−507396(P2006−507396A)
【公表日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−555442(P2004−555442)
【出願日】平成15年11月13日(2003.11.13)
【国際出願番号】PCT/US2003/036264
【国際公開番号】WO2004/048455
【国際公開日】平成16年6月10日(2004.6.10)
【出願人】(505189969)エーエスティー プロダクツ,インコーポレイテッド (1)
【Fターム(参考)】