説明

sFRP発現増強剤

【課題】Dlgの発現および/または機能を調節することにより、Dlg遺伝子、Dlgおよびこれらの発現や機能の異常に起因する生体機能の異常を回復させる手段、疾患の防止手段または治療手段を提供する。
【解決手段】Dlg(discs large)対立遺伝子の一方が欠損した非ヒト哺乳動物に被検化合物を投与し、sFRP(secreted frizzled−related protein)の発現および/または機能を測定して、該被検化合物を投与しなかったものと比較してsFRPの発現および/または機能の増加を判定することを特徴とする、次のいずれかの化合物の同定する;(i)sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、および(ii)腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Dlg(discs large)の発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を含むsFRP(secreted frizzled−related protein)の発現および/または機能の増強剤に関する。また、sFRPの発現および/または機能の増強剤を含む腫瘍形成阻害剤に関する。さらに、sFRPの発現および/または機能の増強剤を含む腫瘍疾患の防止および/または治療剤に関する。また、Dlgの発現および/または機能を増強することを特徴とするsFRPの発現および/または機能の増強方法に関する。さらに、sFRPの発現および/または機能の増強剤、あるいはsFRPの発現および/または機能の増強方法を用いることを特徴とする腫瘍形成阻害方法に関する。また、sFRPの発現および/または機能の増強剤、あるいはsFRPの発現および/または機能の増強方法を用いることを特徴とする腫瘍疾患の防止および/または治療方法に関する。さらに、Dlg対立遺伝子の一方が欠損した非ヒト哺乳動物を用いることを特徴とする、化合物の同定方法に関する。また、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物由来の細胞を用いることを特徴とする、化合物の同定方法に関する。さらに、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物、および該非ヒト哺乳動物由来の細胞に関する。また、Dlg遺伝子および/またはDlgの発現および/または機能を測定することを特徴とする、腫瘍組織または腫瘍細胞の検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Dlg遺伝子は、数々の組織や細胞で普遍的に発現が認められている遺伝子である。Dlg遺伝子によりコードされる蛋白質(以下、Dlgと呼称する)は、APC(adenomatous polyposis coli)のC末端XVTモチーフに結合することが報告されている(非特許文献1)。APC遺伝子は、家族性腺腫性ポリポーシス(familial adenomatous polyposis、FAPと略称する)の原因遺伝子として単離された。APC遺伝子はFAPだけでなく、散発性の大腸癌についても多数の症例でその異常が検出されている。このことから、APC遺伝子の異常は大腸癌発症の重要な要因であると考えられる。また、APCの過剰発現は細胞周期の進行を阻害する。DlgとAPCの発現がラット大腸上皮細胞および培養海馬ニューロンのシナプスで共に認められたことから、DlgとAPCの複合体は、細胞周期の進行およびニューロン機能に寄与していると考えられる。
【0003】
APC遺伝子によりコードされる蛋白質(以下、APCと呼称する)は300kDaの巨大な蛋白質で、β−カテニンと複合体を形成し、Wnt/Winglessシグナル(以下、Wntシグナルと呼称する)伝達経路を負に制御している。Wntシグナルは、形態形成を制御する情報伝達系として見い出され、発生、幹細胞分化制御および細胞癌化等の様々な現象に関わることが知られている。最近、Wntシグナルが、幹細胞の増殖調節および生存に重要な因子であることが報告された(非特許文献2および3)。
【0004】
Wntリガンドにより惹起されるWntシグナルは、細胞膜上に存在するフリズルドメンブレンレセプター(frizzled membrane receptor、Fzと略称する)を介して細胞内に伝達される。
【0005】
近年、FzおよびWntに結合する分泌性蛋白質、sFRPが見い出された(非特許文献4)。sFRPは細胞外においてFzおよびWntに結合して、Wntシグナルのアンタゴニストとして作用し、Wntシグナルの調節に関わっていると考えられる(非特許文献5)。また、大腸癌細胞においてsFRP遺伝子のメチル化によりsFRPの機能が低下していること、およびsFRPの機能を大腸癌細胞において回復させることにより該細胞内のWntシグナルが低減されたことが報告されている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】マツミネ(Matsumine,A)ら、「サイエンス(Science)」、1996年、第272巻、p.1020−1023。
【非特許文献2】ウィラート(Willert,K)ら、「ネイチャー(Nature)」、2003年、第423巻、p.448−452。
【非特許文献3】ルヤ(Reya,T)ら、「ネイチャー(Nature)」、2003年、第423巻、p.409−414。
【非特許文献4】カワノ(Kawano,Y)ら、「ジャーナル オブ セル サイエンス(Journal of Cell Science)」、2003年、第116巻、p.2627−2634。
【非特許文献5】ジョーンズ(Jones,S.E.)ら、「バイオエッセイズ(BioEssays)」、2002年、第24巻、p.811−820。
【非特許文献6】スズキ(Suzuki,H)ら、「ネイチャー ジェネティクス(Nature Genetics)」、2004年、第36巻、p.417−422(2004年3月14日オンライン公開)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Dlg遺伝子は、ショウジョウバエにおいてその欠損により神経芽細胞腫を形成することが報告されていることから、癌抑制遺伝子であると考えられている。また、DlgがAPCと結合することや、APCが腫瘍形成に関わるWntシグナルの調節に関与していることから、DlgのWntシグナルへの関与が考えられる。しかしながら、哺乳動物においてDlg遺伝子が癌抑制遺伝子として作用することを明らかにした報告はない。また、DlgのWntシグナルへの関与について言及している報告もない。
【0008】
Dlgの作用およびその作用メカニズムを哺乳動物において明らかにし、Dlgの発現および/または機能を調節することにより、Dlg遺伝子、Dlgおよびこれらの発現や機能の異常に起因する生体機能の異常や疾患の防止手段または治療手段を開発することができる。
【0009】
本発明は、Dlgの発現および/または機能を調節することにより、Dlg遺伝子、Dlgおよびこれらの発現や機能の異常に起因する生体機能の異常を回復させる手段の提供を課題とする。また、Dlg遺伝子、Dlgおよびこれらの発現や機能の異常に起因する疾患の防止手段または治療手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく本発明者らは鋭意努力し、Dlg遺伝子ノックアウトマウスを遺伝子工学的手法により作製した。そして、Dlg遺伝子ヘテロ欠損マウスにおいて腫瘍が形成されること、および腫瘍形成にDlg遺伝子欠損が重要な因子であることを見い出した。さらに、Dlg遺伝子欠損により、sFRP1遺伝子およびsFRP2遺伝子の転写産物が低減することを見い出し、これら知見により本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を含む、sFRPの発現および/または機能の増強剤に関する。
【0012】
本発明はまた、Dlg、Dlg遺伝子およびDlg遺伝子を含有する組換えベクターのうちの少なくとも1つを含む、sFRPの発現および/または機能の増強剤に関する。
【0013】
本発明はさらに、sFRPがsFRP2である、前記sFRPの発現および/または機能の増強剤に関する。
【0014】
本発明はさらにまた、前記sFRPの発現および/または機能の増強剤を含む腫瘍形成阻害剤に関する。
【0015】
本発明はまた、前記sFRPの発現および/または機能の増強剤を含む腫瘍疾患の防止および/または治療剤に関する。
【0016】
本発明はさらに、Dlgの発現および/または機能を増強することを特徴とする、sFRPの発現および/または機能の増強方法に関する。
【0017】
本発明はさらにまた、Dlg、Dlg遺伝子およびDlg遺伝子を含有する組換えベクターのうちの少なくとも1つを用いることを特徴とする前記sFRPの発現および/または機能の増強方法に関する。
【0018】
本発明はまた、sFRPがsFRP2である、前記sFRPの発現および/または機能の増強方法に関する。
【0019】
本発明はさらに、前記sFRPの発現および/または機能の増強剤を用いることを特徴とする腫瘍形成阻害方法に関する。
【0020】
本発明はさらにまた、前記sFRPの発現および/または機能の増強方法を用いることを特徴とする腫瘍形成阻害方法に関する。
【0021】
本発明はまた、前記sFRPの発現および/または機能の増強剤を用いることを特徴とする、腫瘍疾患の防止および/または治療方法に関する。
【0022】
本発明はさらに、前記sFRPの発現および/または機能の増強方法を用いることを特徴とする、腫瘍疾患の防止および/または治療方法に関する。
【0023】
本発明はさらにまた、Dlg対立遺伝子の一方が欠損した非ヒト哺乳動物を用いることを特徴とする、下記いずれかの化合物の同定方法に関する;
(i)Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
(ii)sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
および
(iii)腫瘍形成を阻害する化合物。
【0024】
本発明はまた、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物由来の細胞を用いることを特徴とする、下記いずれかの化合物の同定方法に関する;
(i)Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
(ii)sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
および
(iii)腫瘍形成を阻害する化合物。
【0025】
本発明はさらに、sFRPがsFRP2である、前記化合物の同定方法に関する。
【0026】
本発明はさらにまた、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物に関する。
【0027】
本発明はまた、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物由来の細胞に関する。
【0028】
本発明はさらに、被検組織または被検細胞中のDlgの発現および/または機能を測定し、正常組織または正常細胞と比較して該発現および/または該機能の低下または消失を検出することを特徴とする、腫瘍組織または腫瘍細胞の検査方法に関する。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、sFRPの発現および/または機能の増強剤、該増強剤を含む腫瘍形成阻害剤、並びに該増強剤を含む腫瘍疾患の防止および/または治療剤が提供できる。さらに、sFRPの発現および/または機能の増強方法、腫瘍形成阻害方法、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療方法が提供できる。これら薬剤を用いて腫瘍疾患の防止および治療が達成できる。これら薬剤および方法は、DlgによるsFRPの発現および/または機能のメカニズム解明、並びにDlgの欠損による腫瘍形成のメカニズム解明に利用できる。
【0030】
また本発明により、Dlg欠損非ヒト哺乳動物および該哺乳動物由来の細胞を用いて、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、および腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物を同定するための方法が実施できる。本同定方法により得られた化合物は、sFRPの発現および/または機能の増強剤、腫瘍形成阻害剤、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療剤の有効成分として用いることができる。また、本化合物を用いて、sFRPの発現および/または機能の増強方法、腫瘍形成阻害方法、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療方法が実施できる。
【0031】
本発明により、Dlgの発現および/または機能を測定することを特徴とする腫瘍組織または腫瘍細胞の検査方法を実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1−A】Dlg遺伝子座(図中、Dlg Locusと表示)、ターゲティングベクターの構築物(図中、Targeting vectorと表示)、および相同組換えにより遺伝子導入されたDlg遺伝子(図中、Dlg recombinantと表示)を示す図である。ネオマイシン耐性遺伝子(neo)はClaI部位にインフレーム融合により挿入した。ネオマイシン耐性遺伝子の5´側および3´側にはそれぞれ0.8kbおよび8.5kbの相同配列が隣接している(太線で表示)。細線はpBluescript由来の配列を表わす。サザンブロット分析に用いた5´プローブ(5´probe)の位置は、図の下部に、ハイブリダイゼーションする断片の予想サイズと共に表した。図中「B」はBamHI、「C」はClaI、「E」はEcoRI、および「X」はXhoIを意味する。また、矢印およびATGはDlgのコード領域開始部分を示す。(実施例1)
【0033】
【図1−B】第3代目のDlg+/+マウス、Dlg+/−マウスおよびDlg−/−マウスの尾由来DNAを、5´プローブを用いてサザンブロット分析した代表的結果を示す図である。(実施例1)
【0034】
【図1−C】第3代目のDlg+/+マウス、Dlg+/−マウスおよびDlg−/−マウスの遺伝子型を、各マウスの尾由来DNAを用いて解析した結果を示す図である。図中、「wild−type」は野生型のDlg遺伝子を、「mutant」は変異が導入されたDlg遺伝子を示す。(実施例1)
【0035】
【図1−D】第3代目のDlg+/+マウス、Dlg+/−マウスおよびDlg−/−マウスにおけるDlgの発現を、新生児マウスの脳溶解物を用いてイムノブロッティングにより解析した結果を示す図である。(実施例1)
【0036】
【図2−A】Dlg+/+マウスのリンパ節にはFITC結合抗CD56抗体で染色される細胞が極少ないことを、フローサイトメトリーにより明らかにした図である。図中、FL1−HeightはFITC結合抗CD56抗体による染色強度を表す。また、R2で示される領域(図中右側の四角で囲まれた領域)に存在するドットはFITC結合抗CD56抗体で染色された細胞を、R3で示される領域(図中左側の四角で囲まれた領域)に存在するドットはFITC結合抗CD56抗体で染色されなかった細胞を示す。(実施例2)
【0037】
【図2−B】Dlg+/−マウスの腫瘍が形成されたリンパ節には、FITC結合抗CD56抗体で染色される細胞の著しい増加が認められたことをフローサイトメトリーにより明らかにした図である。図中、FL1−HeightはFITC結合抗CD56抗体による染色強度を表す。また、R2で示される領域(図中右側の四角で囲まれた領域)に存在するドットはFITC結合抗CD56抗体で染色された細胞を、R3で示される領域(図中左側の四角で囲まれた領域)に存在するドットはFITC結合抗CD56抗体で染色されなかった細胞を示す。(実施例2)
【0038】
【図3】Dlg−/−マウス由来の胚性繊維芽細胞(以下、MEFと略称する)におけるsFRP1およびsFRP2の発現が、Dlg+/+由来のMEFと比較して低減していたことを、各MEFから抽出したRNA試料を用いて逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)により明らかにした図である。アクチンは発現のコントロールである。検討には、2系統のマウス(#33および#44)からそれぞれ調製したMEF(#33primaryおよび#44primary)、および#33由来のMEFから作製した永久増殖性MEF(#33 immortalized)を用いた。これらマウス系統は、ターゲティングベクターを胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell、ES細胞と略称することもある)にトランスフェクションして得られた2つのクローンからそれぞれ作製した系統である。(実施例3)
【0039】
【図4】図中、Dlg+/+MEFはDlg+/+マウス由来永久増殖性MEFを、Dlg−/−MEFはDlg−/−マウス由来永久増殖性MEFを、Dlg−/−MEF:DlgはDlg−/−MEFにDlg遺伝子をトランスフェクションした細胞を示す。また、上図は各細胞におけるDlgの発現をウェスタンブロッティングにより検討した結果を示し、下図はRT−PCRによりActin(コントロール)、sFRP2およびsFRP1の各mRNAの発現を検討した結果を示す。図4は以下について明らかにした図である。すなわち、Dlg+/+MEFでは、Dlgが発現し、sFRP2およびsFRP1 mRNAも発現していた。一方、Dlg−/−MEFでは、Dlgの発現は観察されず、sFRP、特にsFRP2のmRNAの発現量は、Dlg+/+MEFにおける発現量と比較して極めて僅かであった。また、Dlg−/−MEFにDlg遺伝子を導入し発現させることにより、sFRP mRNAの発現が回復した。(実施例3)
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明について発明の実施の態様をさらに詳しく説明する。
【0041】
本発明においては、Dlg遺伝子ノックアウトマウスを遺伝子工学的手法により作製した(実施例1参照)。そして、Dlgの発現および/または機能の低下が腫瘍形成の重要な要因であることを哺乳動物において初めて明らかにした。
【0042】
「Dlg遺伝子ノックアウトマウス」とは、個体においてDlg遺伝子のみを欠損させたマウスをいう。「Dlg」とは、Dlg蛋白質を意味し、「Dlg遺伝子」とは、Dlgをコードする遺伝子を意味する。
【0043】
「発現」とは、蛋白質をコードするDNAの遺伝子情報がmRNAに転写されること、または、mRNAに転写され、かつ蛋白質のアミノ酸配列として翻訳されることを意味する。すなわち、「Dlgの発現」とは、DlgをコードするDNAの遺伝子情報がDlg mRNAに転写されること、または、mRNAに転写され、かつDlgのアミノ酸配列として翻訳されることを意味する。「sFRPの発現」とは、sFRPをコードするDNAの遺伝子情報がsFRP mRNAに転写されること、または、mRNAに転写され、かつsFRPのアミノ酸配列として翻訳されることを意味する。
【0044】
Dlg遺伝子ノックアウトマウスのうち、Dlg遺伝子ホモ欠損マウス(以下、Dlg−/−マウスと呼称する)は、生後短期間で死亡するために成熟マウスを得られなかったが、胚および新生児マウスが得られた。Dlg−/−マウスでは、Dlgが検出されなかった。Dlg−/−マウスでは、Dlg対立遺伝子の両方が欠損していることにより、Dlg遺伝子が転写されず、その結果、Dlgは発現しない。Dlgが発現しないので、Dlg−/−マウスでは、Dlgの機能は消失している。一方、Dlg遺伝子ヘテロ欠損マウス(以下、Dlg+/−マウスと呼称する)については、胚、新生児マウスおよび成熟マウスが得られた。Dlg+/−マウスでは、Dlgが検出されたが、その量は野生型マウス(以下、Dlg+/+マウスと呼称する)と比較して少なかった。
【0045】
Dlg+/−マウスにおいては、成長に伴って、皮膚腫瘍およびナチュラルキラーリンパ腫の形成が認められた。形成された腫瘍を含む皮膚組織において、正常筋細胞でDlgが検出されたが、腫瘍細胞ではDlgが検出されなかった。このことから、Dlg+/−マウスにおける腫瘍形成は、Dlg遺伝子の欠損によるDlgの発現および/または機能の低下に起因すると考えられる。あるいは、該マウスにおいては対立遺伝子の一方が欠損していることにより、成熟過程でDlg遺伝子の自然変異誘発等が起こり易く、そのためDlgの発現異常が生じて腫瘍が形成される可能性も考えられる。
【0046】
また、Dlg−/−マウスから採取したマウス胚性線維芽細胞において、Dlg+/+マウスから採取したMEFと比較して、sFRP1 mRNAおよびsFRP2 mRNAの減少が認められた。特にsFRP2 mRNAが著しく減少していた。Dlg−/−マウス由来のMEFにDlg遺伝子を導入して発現させると、sFRP2 mRNAが増加することが判明した。このことから、Dlg−/−マウス由来のMEFにおけるsFRP mRNA、特にsFRP2 mRNAの減少は、Dlg遺伝子の欠損によると考える。mRNAの減少は、mRNAから翻訳されて生じる蛋白質の減少を惹き起こし、その結果、生体内における該蛋白質の機能も低下させる。
【0047】
Dlgの発現および/または機能の低下は、sFRPの発現、特にsFRP2の発現および/または機能の低下を惹き起すと考える。sFRPは、Wntアンタゴニストとしての機能を有し、Wntシグナルの調節機能を担っていることが知られている(スー(Xu Q.)ら、「ディベロプメント(Development)」、1998年、第125巻、p.4767−4776;およびチャン(Chang J.T.)ら、「ヒューマン モレキュラー ジェネティクス(Human Molecular Genetics)」、1999年、第8巻、p.575−583)。
【0048】
最近、sFRP2等のsFRPファミリーの機能を大腸癌細胞において回復させることにより、Wntシグナルが低減されることが報告された(非特許文献6)。この報告はさらに、sFRP遺伝子のメチル化が多数の大腸癌組織で認められることを開示している。これら報告から、大腸癌形成において、sFRP遺伝子のメチル化によりsFRPの発現および/または機能が低下し、その結果Wntシグナル伝達経路が活性化するというメカニズムが存在することが示唆された。癌細胞のゲノムDNA中に多くのDNAメチル化が観察されることは既に報告されており、発癌とDNAメチル化との関連性が指摘されている。DNAメチル化は、DNAメチルトランスフェラーゼによりDNA中のシトシン塩基にメチル基が付加されて5−メチルシトシンが生じる反応である。メチル化されたDNAにはメチル化DNAに特異的に結合する蛋白質(MBP蛋白質)が結合し、さらにヒストン脱アセチル化酵素を含む転写リプレッサーとの複合体が形成されてヒストンが脱アセチル化するため、クロマチンの構造変化が起こり転写が抑制される。また、MBP蛋白質の結合により、メチル化DNAからの脱メチル化が妨げられてメチル化状態が維持され、転写が安定的に阻止される。すなわち、DNAメチル化は、遺伝子の転写のスイッチとしての作用を有している。例えば、癌抑制遺伝子がメチル化されると、その転写が抑制されるため、癌遺伝子の転写が惹き起こされる可能性がある。また、通常はメチル化されて転写が抑制されている癌遺伝子のメチル化が解除されると、癌遺伝子の転写が開始される可能性がある。
【0049】
sFRPがWntシグナルの調節機能を担っていることから、Dlg遺伝子欠損による腫瘍形成のメカニズムには、Dlgの発現および/または機能の低下により、sFRPの発現および/または機能が阻害され、その結果Wntシグナルが増強されるというカスケードが存在すると考える。すなわち、Dlgは、sFRPによって調節されているWntシグナル伝達経路の上流に位置する因子であり、sFRPの発現および/または機能に寄与することよりWntシグナルを負に調節すると考える。したがって、Dlgは、Wntシグナルの活性化に起因する腫瘍形成を阻害すると考える。
【0050】
DlgによるsFRPの発現および/または機能に関わるメカニズムとして、Dlgによる、sFRPの発現に関与する転写因子や転写調節因子の調節が考えられる。また、別のメカニズムとして、Dlgによる、sFRP遺伝子のメチル化の調節が考えられる。例えば、Dlgにより、sFRP遺伝子のメチル化に関与するDNAメチルトランスフェラーゼの作用が阻害され、その結果、sFPPの発現および/または機能が正常な状態に維持されるといったメカニズムが考えられる。
【0051】
Dlgの発現および/または機能の低下により、sFRPの発現および/または機能が阻害され、その結果、Wntシグナルが増強されて腫瘍が形成される。sFRPの発現および/または機能の阻害は、Dlgの発現低下および/または該発現低下に起因するDlgの機能低下のみならず、Dlg遺伝子の変異や該遺伝子の転写・翻訳過程の異常、あるいは蛋白質修飾過程の異常等に起因するDlgの機能低下によっても惹き起こされる。
【0052】
Dlgの発現および/または機能を増強することにより、sFRPの発現および/または機能、好ましくはsFRP2の発現および/または機能が増強でき、その結果、Wntシグナルが阻害されて腫瘍の形成が阻害できる。さらには、Wntシグナルの活性化に起因する疾患、例えば腫瘍疾患の防止および/または治療を実施できる。
【0053】
「機能」とは、蛋白質が本来備えている働きを意味する。一般的に蛋白質は、他の物質、例えば他の蛋白質と接触して相互作用することによりその機能を発現する。「Dlgの機能」として、sFRPの発現および/または機能に関わるメカニズムの調節作用を介した、sFRPの発現および/または機能を増強する働きが例示できる。「sFRPの機能」として、WntシグナルアンタゴニストとしてWntシグナル伝達経路を負に調節する働きが例示できる。
【0054】
「Dlgの発現および/または機能を増強する」とは、Dlgの発現および/または機能がほとんど認められない状態から、該発現および/または機能が認められる状態に変化させること、並びに該発現および/または機能が認められる状態から、その発現および/または機能がさらに増加した状態に変化させることのいずれをも意味する。
【0055】
「sFRPの発現および/または機能を増強する」とは、sFRPの発現および/または機能がほとんど認められない状態から、該発現および/または機能が認められる状態に変化させること、並びに該発現および/または機能が認められる状態から、その発現および/または機能がさらに増加した状態に変化させることのいずれをも意味する。
【0056】
ここで、ある蛋白質の発現および/または機能に対して増強効果を奏する化合物あるいは該化合物を含む組成物を「増強剤」と称する。
【0057】
「Wntシグナルの活性化」とは、Wntシグナルの作動の程度が正常な状態と比較して高く変化することを意味する。Wntシグナルの作動の程度が高く変化することにより、細胞増殖や腫瘍形成等が惹き起こされる。
【0058】
「Wntシグナルを阻害する」とは、Wntシグナルを低減させる、または消失させることを意味する。
【0059】
「腫瘍形成を阻害する」とは、腫瘍の発生および/または増殖を低減させる、または消失させることを意味する。
【0060】
ここで、ある蛋白質の発現および/または機能に対して阻害効果を奏する化合物あるいは該化合物を含む組成物を「阻害剤」と称する。
【0061】
「化合物」とは、化学的または生物学的化合物を指すものとして使用される。そのような化学的または生物学的化合物は限定されないが、ポリペプチド、ポリヌクレオチド、DNA、RNA、蛋白質、抗体、低分子量化合物等を含む。
【0062】
Dlgの発現および/または機能を増強することは、具体的には、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物により実施できる。このような化合物として、Dlg自体またはDlg遺伝子若しくはDlg遺伝子を含有する組換えベクターを例示できる。あるいは、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を、自体公知の医薬品スクリーニングシステムを利用して構築した該化合物の同定方法により得て、このような化合物として用いることができる。Dlgの発現を増強する作用を有する化合物は、Dlg遺伝子を用いて、遺伝子の発現を増強する化合物をスクリーニングする一般的な同定方法により数々の化合物から該機能を有する化合物を選別することにより取得できる。Dlgの機能を増強する作用を有する化合物の同定方法は、Dlgの機能、例えばsFRPの発現および/または機能を増強する働きを指標にして、数々の化合物から該機能を有する化合物を選別することにより取得できる。このように、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を用いて、sFRPの発現および/または機能を増強することにより、Wntシグナルを介した細胞増殖および腫瘍形成を阻害でき、その結果、腫瘍疾患を防止および/または治療できる。
【0063】
本発明は、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を含む、sFRPの発現および/または機能の増強剤、腫瘍形成阻害剤、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療剤を提供する。本腫瘍形成阻害剤は、本増強剤を含むものであり得る。本腫瘍疾患の防止および/または治療剤は、本増強剤を含むものであり得る。
【0064】
本発明はまた、Dlgの発現および/または機能を増強することを特徴とする、sFRPの発現および/または機能の増強方法、腫瘍形成阻害方法、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療方法を提供する。本増強方法は、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を用いることにより実施できる。本腫瘍形成阻害方法は、前記化合物、前記増強剤、および前記増強方法のいずれかを用いることにより実施できる。本腫瘍疾患の防止および/または治療方法は、前記化合物、前記増強剤、および前記増強方法のいずれかを用いることにより実施できる。
【0065】
本発明により発現および/または機能が増強されるsFRPは、sFRP1およびsFRP2が好ましく例示でき、より好ましくはsFRP2である。
【0066】
Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物として、Dlg自体またはDlg遺伝子若しくはDlg遺伝子を含有する組換えベクターを好ましく例示できる。
【0067】
Dlgは、哺乳動物、例えば、ヒト、マウス、ラット等のあらゆる組織または細胞等に由来する蛋白質であることができる。具体的には、配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列で表されるヒト由来蛋白質、あるいは配列番号4に記載のアミノ酸配列で表わされるマウス由来蛋白質が好ましく例示できる。Dlgは配列番号2または4に記載のアミノ酸配列で表される蛋白質に限定されず、該アミノ酸配列を含む蛋白質、または該アミノ酸配列と約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上の相同性を有するアミノ酸配列で表される蛋白質であることができる。あるいは、該アミノ酸配列において1個以上、例えば1〜100個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個、特に好ましくは1個〜数個のアミノ酸に置換、欠失、付加または挿入等の変異が存するアミノ酸配列で表される蛋白質であり得る。これら蛋白質は、Dlgとしての機能を有する蛋白質、例えば、sFRP、好ましくはsFRP2の発現および/または機能を増強することができる蛋白質であることが適当である。アミノ酸の変異の程度およびそれらの位置等は、該変異を有する蛋白質が、sFRP、好ましくはsFRP2の発現および/または機能を増強することができる限りにおいて特に制限されない。このような変異を有する蛋白質は、天然において例えば突然変異や翻訳後の修飾等により生じたものであることができ、また天然由来の遺伝子に基づいて変異を導入して得たものであることができる。変異を導入する方法は自体公知であり、例えば、公知の遺伝子工学的手法を利用して実施できる。変異の導入において、当該蛋白質の基本的な性質(物性、機能、生理活性または免疫学的活性等)を変化させないという観点から、例えば、同族アミノ酸(極性アミノ酸、非極性アミノ酸、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、陽性荷電アミノ酸、陰性荷電アミノ酸および芳香族アミノ酸等)の間での相互の置換は容易に想定される。
【0068】
Dlgは、Dlgの発現が確認されている哺乳動物由来の組織や細胞から、公知の蛋白質精製方法に従って精製することにより取得できる。このような方法において、まず、哺乳動物由来の組織や細胞をホモジナイズした後に、酸や有機溶媒等で蛋白質の抽出を行なう。次いで、得られた抽出液から、公知の精製法を利用してDlgを単離精製する。単離精製方法として、例えば硫酸アンモニウム沈殿、限外ろ過、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、透析法等が例示できる。これら方法は単独でまたは適宜組合せて使用できる。好ましくは、Dlgまたはその断片を用いて公知の抗体作製法により作製した抗Dlg特異的抗体を用いて特異的に吸着する方法が推奨される。具体的には、該抗体を結合させたカラムを利用するアフィニティクロマトグラフィーが好ましく例示できる。
【0069】
Dlgはまた、一般的な化学合成法により製造できる。蛋白質の化学合成法として、成書(「ペプチド合成」、丸善株式会社、1975年;および「ペプチド シンテシス(Peptide Synthesis)」、インターサイエンス(Interscience)、ニューヨーク(New York)、1996年)に記載の方法が例示されるが、これらに限らず公知の方法が広く利用できる。具体的には、固相合成方法や液相合成方法等が知られているが、いずれも利用できる。かかる蛋白質合成法は、より詳しくは、アミノ酸配列情報に基づいて、各アミノ酸を1個ずつ逐次結合させて鎖を延長させていくいわゆるステップワイズエロンゲーション法と、アミノ酸数個からなるフラグメントを予め合成し、次いで各フラグメントをカップリング反応させるフラグメントコンデンセーション法とを包含する。Dlgの合成は、そのいずれによっても実施できる。上記蛋白質合成法において利用される縮合法も常法に従って実施できる。縮合法として、例えば、アジド法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、酸化還元法、DPPA(ジフェニルホスホリルアジド)法、DCC+添加物(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール、N−ヒドロキシサクシンアミド、N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミド等)法、ウッドワード法等が例示できる。化学合成により得られるDlgはさらに、上記のような慣用の各種精製方法により適宜精製できる。
【0070】
Dlgはまた、Dlg遺伝子の塩基配列情報に基づいて一般的遺伝子工学的手法(村松正實編、「ラボマニュアル遺伝子工学」、1988年、丸善株式会社;エールリッヒ(Ehrlich,H.A.)編、「PCRテクノロジー,DNA増幅の原理と応用」、1989年、ストックトンプレス;およびウルマー(Ulmer,K.M.)、「サイエンス(Science)」、1983年、第219巻、p.666−671等を参照)により取得できる。例えば、Dlg遺伝子を含有する組換えベクターを導入した形質転換体を用いてDlgの発現誘導を行い、その後該形質転換体からDlgを回収することにより、Dlgを取得できる。さらに、所望により、形質転換体を培養した培養液または形質転換体から、上記単離精製方法によりDlgを精製することができる。Dlg遺伝子を含有する組換えベクターを導入した形質転換体において、Dlgが形質転換体の細胞内あるいは細胞膜上に発現する場合には、形質転換体を破砕してDlgを抽出する。Dlgが形質転換体外に分泌される場合には、培養液をそのまま用いるか、遠心分離処理等により形質転換体を除去した培養液を用いる。さらに、所望により、形質転換体を培養した培養液または形質転換体から、上記単離精製方法によりDlgを精製できる。また、Dlg遺伝子を導入した組換えベクターを用いて、公知の無細胞蛋白質発現系を用いて、Dlgを取得することもできる(マディン(Madin,K.)ら、「プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシズ オブ ザ ユナイテッド ステーツ オブ アメリカ(Proceedings of The National Academy of Sciences of The United States of America)」、2000年、第97巻、p.559−564)。
【0071】
Dlg遺伝子は、具体的には、配列表の配列番号1に記載の塩基配列で表されるヒト由来DNA、または配列番号3に記載の塩基配列で表わされるマウス由来DNAが好ましく例示できる。Dlg遺伝子は配列番号1または3に記載の塩基配列で表されるDNAに限定されず、該DNAを含むDNA、または該DNAと約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上の相同性を有するDNAであることができる。あるいは、該塩基配列において1個以上、例えば1〜100個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個、特に好ましくは1〜数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加または挿入といった変異が存する塩基配列またはその相補的塩基配列で表わされるDNAが包含される。変異の程度およびそれらの位置等は、該変異を有するDNAがsFRPの発現および/または機能を増強する機能を有する蛋白質をコードするDNAである限りにおいて特に制限されない。このような変異を有するDNAは、天然に存在するDNAであることができ、誘発変異を有するDNAであることができる。また、天然由来の遺伝子に基づいて変異を導入して得たDNAであることができる。変異を導入する方法は自体公知であり、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、プライマー伸長法またはPCR等が例示できる。これら方法は単独でまたは適宜組合せて使用できる。例えば、成書に記載の方法(村松正實編、「ラボマニュアル遺伝子工学」、1988年、丸善株式会社;およびエールリッヒ(Ehrlich,H.A.)編、「PCRテクノロジー,DNA増幅の原理と応用」、1989年、ストックトンプレス)に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができ、ウルマーの技術(ウルマー(Ulmer,K.M.)、「サイエンス(Science)」、1983年、第219巻、p.666−671)を利用して実施することもできる。
【0072】
Dlg遺伝子は、Dlgの発現が確認されている適当な起源から、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該cDNAライブラリーから所望のクローンを選択することにより取得できる。cDNAの起源として、Dlgの発現が確認されている各種の細胞や組織、またはこれらに由来する培養細胞を例示できる。Dlgは数々の組織や細胞で普遍的に発現しているため、cDNAの起源として様々な組織や細胞を使用できる。好ましくは、脳組織、皮膚組織または大腸組織等、あるいはこれら組織由来の細胞等が例示できる。これら起源からcDNAライブラリーを調製するための全RNAの分離、mRNAの分離や精製、cDNAの取得とそのクローニング等はいずれも常法に従って実施できる。また、ヒトの脳、胎児脳および脳海馬由来の市販されているpolyARNAからcDNAライブラリーを構築して用いることもできる。cDNAライブラリーから所望のクローンを選択する方法も特に制限されず、慣用の方法を利用できる。例えば、Dlg遺伝子に選択的にハイブリダイゼーションするプローブやプライマー等を用いて所望のクローンを選択することができる。具体的には、Dlg遺伝子に選択的にハイブリダイゼーションするプローブを用いたプラークハイブリダイゼーション法、コロニーハイブリダイゼーション法等やこれらを組合せた方法等を例示できる。プローブやプライマーは、Dlg遺伝子の配列情報に基づいて化学合成したポリヌクレオチド等が一般的に用いられる。
【0073】
Dlg遺伝子を含有する組換えベクターは、Dlg遺伝子を適当なベクターDNAに挿入することにより取得できる。ベクターDNAは宿主中で複製可能であれば特に限定されず、宿主の種類および使用目的により適宜選択される。ベクターDNAは、天然に存在するDNAを抽出して得られたベクターDNAの他、複製に必要な部分以外のDNAの部分が一部欠落しているベクターDNAであることができる。代表的なベクターDNAとして例えば、プラスミド、バクテリオファージおよびウイルス由来のベクターDNAが挙げられる。プラスミドDNAとして、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミド等を例示できる。バクテリオファージDNAとして、λファージ等が挙げられる。ウイルス由来のベクターDNAとして、例えばレトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、パポバウイルス、SV40、鶏痘ウイルス、および仮性狂犬病ウイルス等の動物ウイルス由来のベクター、あるいはバキュロウイルス等の昆虫ウイルス由来のベクターが挙げられる。その他、トランスポゾン由来、挿入エレメント由来、酵母染色体エレメント由来のベクターDNA等を例示できる。あるいは、これらを組合せて作成したベクターDNA、例えばプラスミドおよびバクテリオファージの遺伝学的エレメントを組合せて作成したベクターDNA(コスミドやファージミド等)を例示できる。
【0074】
ベクターDNAには、Dlg遺伝子の機能が発揮されるように遺伝子を組込むことが必要であり、少なくともDlg遺伝子とプロモーターとをその構成要素とする。これら要素に加えて、所望によりさらに、複製そして制御に関する情報を担持した遺伝子配列を組合せて自体公知の方法によりベクターDNAに組込むことができる。このような遺伝子配列として、リボソーム結合配列、ターミネーター、シグナル配列、エンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、および選択マーカー(ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等)等を例示できる。これらから選択した1種類または複数種類の遺伝子配列をベクターDNAに組込むことができる。
【0075】
ベクターDNAにDlg遺伝子を組込む方法は、自体公知の方法を適用できる。具体的には、Dlg遺伝子を適当な制限酵素により処理して特定部位で切断し、次いで同様に処理したベクターDNAと混合し、リガーゼにより再結合する方法が例示できる。あるいは、Dlg遺伝子に適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても、所望の組換えベクターが取得できる。Dlg遺伝子を組込んだベクターDNAにより宿主を形質転換して得られる形質転換体は、Dlg遺伝子がコードする蛋白質の製造に有用である。宿主として、原核生物および真核生物のいずれも使用できる。原核生物として、例えば大腸菌(エシェリヒアコリ(Escherichia coli))等のエシェリヒア属、枯草菌等のバシラス属、シュードモナスプチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウムメリロティ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌が挙げられる。真核生物として、酵母、昆虫細胞および哺乳動物細胞等の動物細胞を例示できる。酵母は、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセスポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等が挙げられる。昆虫細胞は、Sf9細胞やSf21細胞等を例示できる。哺乳動物細胞は、サル腎由来細胞(COS細胞、Vero細胞等)、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞、ラットGH3細胞、ヒトFL細胞や293EBNA細胞等が例示できる。好ましくは哺乳動物細胞を用いる。ベクターDNAの宿主細胞への導入は、自体公知の手段が応用され、例えば成書に記載されている標準的な方法(村松正實編、「ラボマニュアル遺伝子工学」、1988年、丸善株式会社)により実施できる。より好ましい方法として、遺伝子の安定性を考慮するならば染色体内へのインテグレート法が挙げられるが、簡便には核外遺伝子を利用した自律複製系が挙げられる。具体的には、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、マイクロインジェクション、陽イオン脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、形質導入、スクレープ負荷(scrape loading)、バリスティック導入(ballistic introduction)および感染等が例示できる。原核生物を宿主とする場合、組換えベクターが該原核生物中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、Dlg遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。細菌を宿主とする場合、プロモーターとして大腸菌等の細菌中で発現できるプロモーターであればいずれも利用できる。例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の、大腸菌やファージに由来するプロモーターが挙げられる。tacプロモーター等の人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法として、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、いずれも利用できる。好ましくは、カルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が利用される。哺乳動物細胞を宿主とする場合、組換えベクターが該細胞中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、RNAスプライス部位、Dlg遺伝子、ポリアデニル化部位、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、所望により複製起点が含まれていてもよい。プロモーターとして、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター等が例示でき、また、サイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を用いてもよい。哺乳動物細胞への組換えベクターの導入方法として、好ましくは、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が例示できる。最も好ましくは、リポフェクション法を用いる。酵母を宿主とする場合、プロモーターとして、酵母中で発現できるプロモーターであれば特に限定されず、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショック蛋白質プロモーター、MFα1プロモーター、PH05プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等が例示できる。酵母への組換えベクターの導入方法として、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、好ましくは、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が利用できる。昆虫細胞を宿主とする場合、組換えベクターの導入方法として、好ましくは、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等が利用できる。
【0076】
Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物は、例えば、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物を用いた同定方法により取得することができる
【0077】
本発明において、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物を用いることを特徴とする、化合物の同定方法を提供する。Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物として、好ましくは、Dlg遺伝子へテロ欠損非ヒト哺乳動物、より好ましくはDlg遺伝子へテロ欠損マウスを例示できる。
【0078】
本同定方法では、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物に調べようとする化合物(以下、被検化合物と称する)を投与し、本哺乳動物におけるDlgの発現および/または機能を測定することにより、Dlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を取得できる。
【0079】
本同定方法において、Dlgの発現を測定し、被検化合物を投与したDlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物におけるDlgの発現量が被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して増加した場合、該被検化合物はDlgの発現を増強する作用を有すると判定できる。
【0080】
本同定方法において、Dlgの機能を測定し、被検化合物を投与したDlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物のDlgの機能が該被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して増加した場合、該被検化合物はDlgの機能を増強する作用を有すると判定できる。Dlgの機能として、例えばsFRPの発現を増強する機能が挙げられる。したがって、本同定方法においてsFRPの発現および/または機能を測定することにより、Dlgの機能を増強する作用を有する化合物を取得できる。被検化合物を投与した該哺乳動物のsFRPの発現および/または機能が被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して増加した場合、該被検化合物はDlgの機能を増強する作用を有すると判定できる。
【0081】
本同定方法において、Dlgの発現および/または機能を測定する代わりにsFRPの発現および/または機能を測定することにより、sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を取得できる。
【0082】
本同定方法において、sFRPの発現を測定し、被検化合物を投与したDlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物のsFRPの発現量が被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して増加した場合、該被検化合物はsFRPの発現を増強する作用を有すると判定できる。
【0083】
本同定方法において、sFRPの機能を測定し、被検化合物を投与したDlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物のsFRPの機能が該被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して増加した場合、該被検化合物はsFRPの機能を増強する作用を有すると判定できる。sFRPの機能として、Wntシグナル伝達経路を阻害する作用が挙げられる。したがって、本同定方法においてWntシグナルを測定することにより、sFRPの機能を増強する作用を有する化合物を取得できる。被検化合物を投与した該哺乳動物のWntシグナルが被検化合物を投与しなかった該哺乳動物と比較して低減または消失した場合、該被検化合物はsFRPの機能を増強する作用を有すると判定できる。
【0084】
本同定方法において、Dlgの発現および/または機能を測定する代わりにDlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物における腫瘍形成を測定することにより、腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物を取得できる。被検化合物を投与した該哺乳動物における腫瘍形成が該被検化合物を投与しなかった該哺乳動物の腫瘍と比較して縮小または消失した場合、該被検化合物は腫瘍形成を阻害する作用を有すると判定できる。腫瘍が形成されたか否かの測定は、簡便には形成された腫瘍または腫瘍が形成された組織のサイズや重量等を測定することにより実施できる。
【0085】
本同定方法で得られたDlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物は、sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、および腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物であることができる。また、本同定方法で得られたsFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物は腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物であることができる。
【0086】
DlgやsFRPの発現の測定は、これら各遺伝子の転写産物であるmRNAの測定、あるいは該mRNAの翻訳産物である蛋白質の測定により実施できる。mRNAの測定方法として、自体公知の遺伝子検出法がいずれも使用できる。具体的には、サザンブロット法、ノザンブロット法、NASBA法、RT−PCR、プラークハイブリダイゼーション、またはコロニーハイブリダイゼーション等が例示できる。また、in situ RT−PCRやin situ ハイブリダイゼーション等を利用した細胞レベルでの測定も利用できる。このような遺伝子検出法において、遺伝子の測定の実施に、該遺伝子の部分配列からなるオリゴヌクレオチドであってプローブとしての性質を有するものまたはプライマーとしての性質を有するものが有用である。プローブとしての性質を有するオリゴヌクレオチドとは、該遺伝子のみに特異的にハイブリダイゼーションできる該遺伝子特有の配列からなるものを意味する。プライマーとしての性質を有するものとは該遺伝子のみを特異的に増幅できる該遺伝子特有の配列からなるものを意味する。プローブまたはプライマーは、塩基配列長が一般的に5〜50ヌクレオチド程度であるものが好ましく、10〜35ヌクレオチド程度であるものがより好ましく、15〜30ヌクレオチド程度であるものがさらに好ましい。プローブは、通常は標識したプローブを用いるが、非標識のものであってもよい。また、直接的または間接的に標識したリガンドとの特異的結合により検出することができる。プローブおよびリガンドを標識する方法は、数々の方法が知られており、例えばニックトランスレーション、ランダムプライミングまたはキナーゼ処理を利用する方法等を例示できる。適当な標識として、放射性同位体、ビオチン、蛍光物質、化学発光物質、酵素、抗体等が例示できる。遺伝子検出法として、PCRが感度の点から好ましい。PCRは、Dlg遺伝子またはsFRP遺伝子を特異的に増幅できるプライマーを用いる方法である限り、従来公知の方法をいずれも使用できる。例えばRT−PCRが挙げられるが、その他、当該分野で使用される数々のPCRの変法が適用できる。PCRにより、遺伝子の検出の他に、遺伝子の定量もできる。このような分析方法として、MSSA法等の競合的定量法、または一本鎖DNAの高次構造の変化に伴う移動度の変化を利用した突然変異検出法として知られるPCR−SSCP法を例示できる。
【0087】
DlgまたはsFRPの測定は、慣用の蛋白質検出法あるいは定量法を用いて実施できる。例えば、DlgまたはsFRPに対する特異抗体を用いて免疫沈降を行い、ウェスタンブロット法またはイムノブロット法により、DlgまたはsFRPを測定できる。また、DlgまたはsFRPに対する抗体により、免疫組織化学的手法を用いてパラフィン組織切片または凍結組織切片中のDlgまたはsFRPを検出できる。DlgまたはsFRPを検出する方法の好ましい具体例として、モノクローナル抗体および/またはポリクローナル抗体を用いるサンドイッチ法を含む、酵素免疫測定法(ELISA)、放射線免疫検定法(RIA)、免疫放射線検定法(IRMA)、および免疫酵素法(IEMA)等が例示できる。その他、競争結合アッセイ等を利用することもできる。
【0088】
Dlgの機能の測定は、例えば該機能としてsFRPの発現を増強する機能が挙げられることから、例えばsFRPの発現の増強を測定することにより達成できる。
【0089】
sFRPの機能の測定は、sFRPがWntと結合することによりWntシグナル活性化の阻害作用を示すことから、例えば、該結合または該阻害作用を測定することにより達成できる。sFRPとWntとの結合の測定は、慣用のバインディングアッセイにより実施できる。Wntシグナルの活性化の阻害作用は、Wntシグナルの活性化により増加するβ−カテニンの発現を測定し、その発現が阻害されることを検出することにより測定できる。β−カテニンの発現は、Dlgの発現の測定方法と同様の方法により測定できる。
【0090】
Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物への被検化合物の投与経路は、全身投与および局所投与が挙げられる。いずれの経路で投与してもよい。非経口経路として、通常の静脈内投与および動脈内投与が例示できる。また、経口による投与も実施できる。被検化合物として、化学ライブラリーや天然物由来の化合物等が例示できる。
【0091】
本発明に係る化合物の同定方法はまた、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物の代わりに、該哺乳動物由来の細胞を用いて実施できる。該細胞は、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠失していること、またはDlgの発現および/または機能が低下していることが確認された細胞であることが好ましい。より好ましくは、Dlg対立遺伝子の一方が欠失していることが確認された細胞が適当である。Dlg対立遺伝子の遺伝子型の解析は、例えば、後述するようにPCRまたはサザンブロット法により実施できる。好ましい細胞として、胚性線維芽細胞を例示できる。さらに、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物由来の細胞は、自体公知の方法により永久増殖化して、本同定方法に使用することもできる。哺乳動物からの胚性繊維芽細胞の調製および永久増殖化細胞の調製は、公知の細胞工学的手法により実施できる(トダロ(Todaro G.J.)ら、「ザ ジャーナル オブ セル バイオロジー(The Journal of Cell Biology)」、1963年、第17巻、p.299−313)。
【0092】
細胞を用いる本同定方法では、細胞と被検化合物を接触させ、その後、該細胞内におけるDlgの発現を測定し、被検化合物を接触させた該細胞のDlg発現量が被検化合物を接触させなかった該細胞と比較して増加した場合、該被検化合物はDlgの発現を増強する作用を有すると判定できる。また、このとき、Dlgの発現を測定する代わりに、Dlgの機能を測定し、被検化合物を接触させた該細胞のDlgの機能が被検化合物を接触させなかった該細胞と比較して増加した場合、該被検化合物はDlgの機能を増強する作用を有すると判定できる。このような同定方法において、Dlgの発現および/または機能を測定する代わりにsFRPの発現および/または機能を測定することにより、sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物を取得できる。
【0093】
Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物由来の細胞は、さらに、sFRP遺伝子のメチル化を阻害する作用および/またはsFRP遺伝子を脱メチル化する作用を有する化合物の同定方法に使用できる。「sFRP遺伝子のメチル化を阻害する作用」とは、DNAメチルトランスフェラーゼによるsFRP遺伝子中のシトシン塩基へのメチル基付加を阻害する作用を意味する。「sFRP遺伝子を脱メチル化する作用」とは、sFRP遺伝子中のシトシン塩基に付加されたメチル基を取り去る作用を意味する。このような作用を有する化合物の同定方法には、Dlg遺伝子ホモ欠損非ヒト哺乳動物およびDlg遺伝子ヘテロ欠損非ヒト哺乳動物のいずれに由来する細胞も使用できる。Dlg遺伝子ホモ欠損マウスにおいては、該遺伝子へテロ欠損マウスと比較して、sFRPの発現および/または機能の低下が著しいことから、このような同定方法に用いる細胞は、好ましくはDlg遺伝子ホモ欠損非ヒト動物由来の細胞、より好ましくはDlg遺伝子ホモ欠損マウス由来の細胞が推奨される。細胞と被検化合物を接触させ、その後、該細胞内におけるsFRP遺伝子のメチル化を測定し、被検化合物を接触させた該細胞におけるsFRP遺伝子のメチル化量が被検化合物を接触させなかった該細胞におけるsFRP遺伝子のメチル化量と比較して減少した場合、該被検化合物はsFRP遺伝子のメチル化を阻害する作用および/またはsFRP遺伝子を脱メチル化する作用を有すると判定できる。sFRP遺伝子のメチル化の測定は、自体公知の方法により実施できる。例えば、亜硫酸水素塩シークエンス法(スズキ(Suzuki,H.)ら、「ネイチャー ジェネティクス(Nature Genetics)」、2002年、第31巻、p.141−149)、マイクロアレイを用いたDMH(differential methylation hybridization)法(ヤン(Yan,P.S.)ら、「クリニカル キャンサー リサーチ(Clinical Cancer Research)」、2000年、第6巻、p.1432−1438)、蛍光色素を用いたリアルタイムPCR法であるメチルライト法(トリン(Trinh.B.N.)ら、「メソッズ(Methods)」、2001年、第25巻、p.456−462)等の方法が例示できる。
【0094】
本発明において、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物および該哺乳動物由来の細胞を提供する。Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物として、好ましくは、Dlg遺伝子へテロ欠損非ヒト哺乳動物、より好ましくはDlg遺伝子へテロ欠損マウスを例示できる。Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物由来の細胞は、Dlg対立遺伝子の一方または両方が欠失していること、またはDlgの発現および/または機能が低下していることが確認された細胞であることが好ましい。より好ましくは、Dlg対立遺伝子の一方が欠失していることが確認された細胞である。Dlg対立遺伝子の遺伝子型の解析は、例えば、後述するようにPCRまたはサザンブロット法により実施できる。好ましい細胞として、胚性線維芽細胞を例示できる。さらに、Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物由来の細胞を、自体公知の方法により永久増殖化した細胞も本発明の範囲に包含される。
【0095】
「Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物」とは、Dlg遺伝子を人為的に欠損させ、Dlgの発現を消失または低下させた、ヒトを含まない哺乳動物を意味する。非ヒト哺乳動物として、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ヤギ等が挙げられるが、その中で、個体発生および生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易なげっ歯類、より好ましくはマウスを例示できる。Dlg遺伝子欠損非ヒト哺乳動物は、例えばジーンターゲティング法等の遺伝子工学的手法を利用して、染色体のDlg遺伝子を任意に変換させることにより作製できる(「ジーンターゲティング:ア プラクティカル アプローチ(プラクティカル アプローチ シリーズ 212)(Gene targeting:a practical approach(Practical Approach Series 212))、第2版、2000年、ジョイヤー、アレクサンドラ(Joyer,Alexandra L.)編、出版:オックスフォードユニバーシティープリント(Oxford University Print)等)。ジーンターゲティング法では、まず、ゲノムライブラリーより単離したクローンを基に、発現能を有さないDlg遺伝子を含む構築物(ターゲティングベクター)を作製し、ES細胞に遺伝子導入し、相同組換えが生じたDlg遺伝子変異クローンを得る。「発現能を有さないDlg遺伝子」とは、Dlgの発現を阻害するような変異、または該遺伝子がコードする蛋白質の機能を喪失させるような変異が導入された結果、細胞や生体にトランスフェクションしたときにDlgを発現しないDlg遺伝子を意味する。Dlg遺伝子への変異の導入は、公知の遺伝子工学的手法により、Dlg遺伝子の塩基配列の一部または全部の除去や別の遺伝子の挿入または置換を行なうことにより実施できる。このような変異の導入の結果、プロモーターまたはエキソンの機能の破壊、あるいはコドンの読み取り枠がずれることにより、Dlgの発現が低下あるいは消失したノックアウトマウスが作製できる。プロモーターまたはエキソンの機能の破壊するために導入する遺伝子として、薬剤耐性遺伝子等、例えばネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、好ましくはネオマイシン耐性遺伝子が例示できる。ここに例示した遺伝子以外に、ジーンターゲティング法で一般的に用いられている遺伝子がいずれも使用できる。ES細胞は、非ヒト哺乳動物の胚盤胞から樹立できる。マウスのES細胞として、C57BL/6マウスとCBA/JNCrjマウスの間の雑種第一代胚盤胞から樹立したTT2 ES細胞を例示できる。ターゲティングベクターを遺伝子導入したES細胞からの、相同組換えが生じたDlg遺伝子変異クローンの選別は、ターゲティングベクターを遺伝子導入したクローンについて、その遺伝子型を解析することにより実施できる。遺伝子型の解析は、PCRまたはサザンブロッティング法により実施できる。PCRでは、プライマーとしてターゲティングベクター中のDlg遺伝子の部分塩基配列からなるオリゴヌクレオチドおよびプロモーターまたはエキソンの機能を破壊するために導入した遺伝子の部分配列からなるオリゴヌクレオチドを使用することにより、Dlg遺伝子の欠失を検出することができる。サザンブロッティング法では、Dlg遺伝子またはその近傍のDNA配列をプローブとして用いて検出されたDNAのサイズにより、Dlg遺伝子の欠失を検出できる。あるいは、ターゲティングベクターの作製に薬剤耐性遺伝子を用いた場合には、変異クローンの薬剤耐性を利用して、該変異クローンを容易に選別できる。このようにして得られたDlg遺伝子変異クローンを非ヒト哺乳動物の受精卵の胚盤胞(blastocyst)または8細胞期胚に注入し、偽妊娠状態にした同種の非ヒト哺乳動物の子宮に移植することにより、正常なDlg遺伝子座をもつ細胞と変異したDlg遺伝子座をもつ細胞とから構成されるキメラ個体が得られる。キメラ個体と野生型個体との交配により相同染色体の一方に変異が導入された個体(ヘテロ欠損個体)または相同染色体の両方に変異が導入された個体(ホモ欠損個体)を取得できる。一般的には、このような交配によりヘテロ欠損個体が得られる。ホモ欠損個体は、ヘテロ遺伝子欠損個体同志の交配により取得できる。
【0096】
本発明に係る同定方法により得られたDlgの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物は、Dlgの発現および/または機能の増強剤、sFRPの発現および/または機能の増強剤、腫瘍形成阻害剤、あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療剤の有効成分として使用できる。本同定方法により得られたsFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物は、腫瘍形成阻害剤、あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療剤の有効成分として使用できる。本同定方法により得られた腫瘍形成を阻害する化合物は、腫瘍疾患の防止および/または治療剤の有効成分として使用できる。また、上記同定方法により得られたsFRP遺伝子のメチル化を阻害する作用および/または脱メチル化する作用を有する化合物は、sFRP遺伝子のメチル化阻害剤および/または脱メチル化剤、sFRPの発現および/または機能の増強剤、腫瘍形成阻害剤、あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療剤の有効成分として使用できる。
【0097】
本発明に係る同定方法により得られた化合物および該化合物を有効成分として含む薬剤は、Dlgの腫瘍形成抑制機序への関与の解明、並びに腫瘍疾患の防止および/または治療に有用である。また、該化合物や該薬剤を少なくとも1つ用いて、Dlgの発現および/または機能の増強方法、sFRP遺伝子のメチル化阻害方法および/または脱メチル化方法、sFRPの発現および/または機能の増強方法、腫瘍形成阻害方法、あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療方法を実施できる。例えば、Dlgの発現および/または機能の増強方法は、上記化合物や薬剤の少なくとも1つを対象に投与する、あるいは、対象由来の細胞または培養細胞株等にインビトロで(in vitro)接触させることにより実施できる。腫瘍形成阻害方法あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療方法は、例えば、上記化合物や薬剤の少なくとも1つを対象に投与することにより実施できる。
【0098】
Dlgの発現および/または機能の増強剤、sFRPのメチル化阻害剤および/または脱メチル化剤、sFRPの発現および/または機能の増強剤、腫瘍形成阻害剤、あるいは腫瘍疾患の防止および/または治療剤は、通常は、1種または2種以上の医薬上許容される担体(医薬用担体)を用いて医薬組成物として製造することが好ましい。これら薬剤は、単独で使用することができるし、複数を組合せて使用することもできる。医薬製剤中に含まれる有効成分の量は、広範囲から適宜選択される。通常、約0.00001〜70重量%、好ましくは0.0001〜5重量%程度の範囲とするのが適当である。医薬用担体は、医薬組成物の使用形態に応じて通常使用される、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、滑沢剤等の希釈剤や賦形剤等が例示できる。これらは得られる医薬組成物の使用形態に応じて適宜選択して使用される。例えば、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース等が挙げられる。これらは、本発明に係る医薬組成物の使用形態に応じて適宜1種類または2種類以上を組合せて使用される。所望により、通常の蛋白質製剤に使用され得る各種の成分、例えば安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤等を適宜使用して医薬組成物を調製することもできる。安定化剤は、ヒト血清アルブミンや通常のL−アミノ酸、糖類、セルロース誘導体等が例示でき、これらは単独でまたは界面活性剤等と組合せて使用できる。特にこの組合せによれば、有効成分の安定性をより向上させ得る場合がある。上記L−アミノ酸は、特に限定はなく、例えばグリシン、システイン、グルタミン酸等のいずれでもよい。糖類も特に限定はなく、例えばグルコース、マンノース、ガラクトース、果糖等の単糖類、マンニトール、イノシトール、キシリトール等の糖アルコール、ショ糖、マルトース、乳糖等の二糖類、デキストラン、ヒドロキシプロピルスターチ、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸等の多糖類等およびそれらの誘導体等のいずれでもよい。セルロース誘導体も特に限定はなく、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等のいずれでもよい。界面活性剤も特に限定はなく、イオン性および非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。これには、例えばポリオキシエチレングリコールソルビタンアルキルエステル系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系、ソルビタンモノアシルエステル系、脂肪酸グリセリド系等が包含される。緩衝剤は、ホウ酸、リン酸、酢酸、クエン酸、ε−アミノカプロン酸、グルタミン酸および/またはそれらに対応する塩(例えばそれらのナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩)等が例示できる。等張化剤は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン等が例示できる。キレート剤は、エデト酸ナトリウム、クエン酸等が例示できる。
【0099】
上記薬剤および医薬組成物は、溶液製剤として使用できる。その他、これを凍結乾燥化し保存し得る状態にした後、用時、水や生埋的食塩水等を含む緩衝液等で溶解して適当な濃度に調製した後に使用することもできる。
【0100】
上記薬剤または医薬組成物の用量範囲は特に限定されず、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無等)、および担当医師の判断等に応じて適宜選択される。一般的には適当な用量は、例えば対象の体重1kgあたり約0.01μg〜100mg程度、好ましくは約0.1μg〜1mg程度の範囲であることが好ましい。しかしながら、当該分野においてよく知られた最適化のための一般的な常套的実験によりこれら用量の変更を行うことができる。上記投与量は1日1〜数回に分けて投与することができ、数日または数週間に1回の割合で間欠的に投与することができる。
【0101】
上記薬剤または医薬組成物が適用できる疾患として、Dlgの発現および/または機能の低下または消失によりsFRPの発現および/または機能が低下または消失していることに起因する疾患、例えば腫瘍疾患が挙げられる。腫瘍疾患に適用する場合、対象となる腫瘍の種類は特に限定されず、固形腫瘍または非固形腫瘍のいずれにも適用できる。Dlgは数々の組織や細胞において普遍的に発現していることから、Dlgの発現異常や変異等によるDlg機能の低下は、多くの組織や細胞において腫瘍形成を誘発すると考える。したがって、固形腫瘍または非固形腫瘍の種類も特に限定されず、いずれの腫瘍にも適用できる。具体的には、胃癌、食道癌、大腸癌、小腸癌、十二指腸癌、肺癌、肝臓癌、胆嚢癌、膵臓癌、腎臓癌、膀胱癌、口腔癌、骨癌、皮膚癌、乳癌、子宮癌、前立腺癌、脳腫瘍、神経芽腫等の固形腫瘍、あるいは白血病や悪性リンパ腫等の非固形腫瘍等を例示できる。好ましくは、Dlgの発現および/または機能の低下、あるいはDlg遺伝子やDlgの変異が認められる腫瘍に適用することが推奨される。より好ましくは、Dlg+/−マウスにおいて皮膚癌およびリンパ腫が形成されたことから、皮膚癌およびリンパ腫に適用することが推奨される。上記薬剤または医薬組成物を投与するときは、該薬剤または該医薬組成物を単独で使用することができ、あるいは該薬剤または該医薬組成物の適用対象である疾患の防止および/または治療に必要な他の化合物または医薬と併用することもできる。例えば、上記薬剤または医薬組成物を腫瘍疾患の防止および/または治療方法に用いるときに、該薬剤または該医薬組成物とは別種の、腫瘍疾患の防止および/または治療剤を併用することができる。
【0102】
投与経路は、全身投与または局所投与のいずれも選択できる。この場合、疾患、症状等に応じた適当な投与経路を選択する。例えば、非経口経路として、通常の静脈内投与、動脈内投与のほか、皮下、皮内、筋肉内等への投与が挙げられる。あるいは経口経路で投与できる。さらに、経粘膜投与または経皮投与も実施できる。癌疾患に用いる場合は、腫瘍に注射等により直接投与することもできる。
【0103】
投与形態は、各種の形態が治療目的に応じて選択でき、その代表的な例として、錠剤、丸剤、散剤、粉末剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤等の固体投与形態や、水溶液製剤、エタノール溶液製剤、懸濁剤、脂肪乳剤、リポソーム製剤、シクロデキストリン等の包接体、シロップ、エリキシル等の液剤投与形態が含まれる。これらは更に投与経路に応じて経口剤、非経口剤(点滴剤、注射剤)、経鼻剤、吸入剤、経膣剤、坐剤、舌下剤、点眼剤、点耳剤、軟膏剤、クリーム剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤等に分類され、それぞれ通常の方法に従い、調合、成形、調製することができる。
【0104】
Dlgの発現および/または機能を増強するために、Dlg遺伝子または該遺伝子を含有する遺伝子導入用ベクターを有効成分として含む遺伝子治療剤を用いることができる。該遺伝子治療剤は、該ベクターにより該遺伝子が導入された細胞を有効成分として含む遺伝子治療剤であることもできる。遺伝子治療剤は、一般的には、注射剤、点滴剤、あるいはリポソーム製剤として調製することが好ましい。遺伝子治療剤が、遺伝子が導入された細胞を含む形態に調製される場合は、該細胞をリン酸緩衝化生理食塩水(pH7.4)、リンゲル液、細胞内組成液用注射剤中に配合した形態等に調製することもできる。遺伝子治療剤は、また、プロタミン等の遺伝子導入効率を高める物質と共に投与されるような形態に調製することもできる。遺伝子治療剤は、1日に1回または数回に分けて投与することができ、1日から数週間の間隔で間歇的に投与することもできる。所望の遺伝子を含有するウイルスベクターの投与量は、一般的には例えばレトロウイルスベクターであれば1日あたり体重1kgあたりレトロウイルスの力価として約1×10pfuから1×1015pfu程度とするのがよい。また、製剤中の有効成分が所望の遺伝子を導入された細胞である場合は、細胞数1×10/ヒトから1×1015/ヒト程度の範囲から選ばれるのが適当である。遺伝子治療剤を用いる治療法は、上記遺伝子を直接体内に導入するインビボ法と、患者の体内より標的とする細胞を一旦取り出して体外で遺伝子を導入して、その後、該細胞を体内に戻すエクスビボ法の両方の方法を包含する。インビボ法がより好ましい。遺伝子の体内または細胞内への導入法として、非ウイルス性のトランスフェクション法、あるいはウイルスベクターを利用したトランスフェクション方法をいずれも適用できる。非ウイルス性のトランスフェクション法は、ウイルスベクターを利用した方法と比較して、安全性および簡便性の点で優れておりかつ安価であるためより好ましい。非ウイルス性のトランスフェクション法として、次のような方法が例示できる:リン酸カルシウム共沈法;プラスミドDNAを直接インビボで標的組織に注入するネイキッドDNA法;多重膜正電荷リポソームに封入した遺伝子を細胞に導入するカチオニックリポソーム法;プラスミドDNAを金でコートして高圧放電によって物理的に細胞内にDNAを導入する所謂遺伝子銃と呼ばれる方法;DNAを封入したリポソームと不活化センダイウイルスを融合させて作成した膜融合リポソームを用いる膜融合リポソーム法;標的組織または標的細胞に発現する受容体に結合するリガンドとDNAとの結合体を用いるリガンド−DNA複合体法;およびDNAを封入したリポソームの表面に標的組織または標的細胞表面に結合する抗体を結合させたイムノリポソームを用いるイムノリポソーム法。その他、ポリマーやペプチド等を用いるトランスフェクション法が知られている。非ウイルス性のトランスフェクション法は上記例示に限定されず、ウイルスベクターを用いずに標的組織または標的細胞に遺伝子をトランスフェクションできる限りにおいていずれの方法も使用できる。ウイルスベクターを使用するトランスフェクション法において、トランスフェクションに使用するベクターとして、好ましくはレトロウイルスベクターを例示できる。レトロウイルスベクター以外のRNAウイルスベクターやDNAウイルスベクター、例えばアデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等を使用することもできる。これらウイルスベクターを用いることにより効率良い投与を実施できる。さらに、ウイルスベクターを用いるトランスフェクション法においても、該ベクターをリポソームに封入して、そのリポソームを投与する方法が推奨される。リポソームを用いることにより目的物質を標的細胞または標的組織に効率的に送達できるため、ウイルスベクターとリポソームとの複合治療は高い効果を奏すると考える。また、リポソームを用いた治療においてリポソームが比較的安定で主要な免疫応答を生じることがないことが知られていることからも、このような複合治療の有用性が示唆される。リポソームとして、カチオン性脂質から製造されるリポソームを好ましく例示できる。トランスフェクション用ベクターの細胞への導入は、例えばエレクトロポレーション、リン酸カルシウム共沈法、ウイルス形質導入等を始めとする、細胞にDNAを導入する当該分野において既に知られている各種の方法に従って実施できる。形質転換された細胞は、それ自体単離状態で、医薬や治療研究のためのモデル系としても利用できる。トランスフェクション用ベクターの製造において、導入される遺伝子は、Dlg遺伝子の塩基配列情報に基づいて、前記の如く、一般的遺伝子工学的手法により容易に取得できる。遺伝子を導入する標的組織および標的細胞は、遺伝子治療の対象により適宜選択して使用できる。標的細胞として、リンパ球、線維芽細胞、肝細胞、造血幹細胞等の細胞を例示できるが、これらに制限されることはない。Dlg遺伝子の所望の機能により、目的とする疾患の改善および/または治療が得られる限りにおいていずれの組織および細胞であっても導入し得る。
【0105】
Dlgの発現および/または機能の低下が腫瘍形成の重要な要因であることが判明したことから、Dlgの発現および/または機能を検出することにより、腫瘍疾患の診断を実施できる。
【0106】
本発明は、被検組織におけるDlgの発現および/または機能の低下を測定することにより被検組織が腫瘍組織または腫瘍細胞由来であるか否かを検査する方法を提供する。
【0107】
本発明に係る検査方法は、調べようとする試料(被検試料)について、Dlgの発現および/または機能を測定し、正常な対照試料との比較において、該発現および/または該機能の変化を検出することを特徴とする。正常な対照試料と比較して、Dlgの発現および/または機能が低下または消失していたとき、該試料は腫瘍組織または腫瘍細胞由来であると判定できる。
【0108】
Dlgの発現の測定は、Dlg遺伝子由来のRNAおよび/またはcDNA、あるいはDlgの存在量を決定することにより実施できる。正常な対照試料との比較において、Dlg遺伝子由来のRNAおよび/またはcDNA、あるいはDlgの存在の変化およびその量的変化を検出できる。Dlgの発現および/または機能の測定は、上記方法を使用して実施できる。
【0109】
被検試料は特に制限されず、生体由来のあらゆる組織や細胞を使用できる。具体的には、血液、尿、唾液、髄液、組織生検または剖検材料等の生体由来の試料を例示できる。所望により被検試料から核酸を抽出して核酸試料を調製して使用することもできる。核酸は、PCRまたはその他の増幅法により酵素的に増幅してもよい。核酸試料は、また、標的配列の検出を容易にする数々の方法、例えば変性、制限消化、電気泳動またはドットブロッティング等により調製してもよい。
【0110】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されない。
【実施例1】
【0111】
Dlgノックアウトマウスの作製
<材料および方法>
1.ターゲティングベクターの構築
マウスDlg(mDlg)のゲノムDNAを、TT2ゲノムライブラリーからmDlg cDNAのアミノ末端領域(アミノ酸1−112)を用いてスクリーニングすることにより単離した。単離したクローンをpBluescript II(Stratagene社製)のEcoRI部位にサブクローニングした。ターゲティングは、mDlg遺伝子のBamHI−XhoI領域をネオマイシン耐性遺伝子と置換するように設計した。相同性のための短腕はエキソン2の中途の0.8kb BamHI−ClaIゲノム断片を、長腕は9.5kb ClaI−XhoI断片を用いた。プロモーターおよびポリアデニレーションシグナルを連結していないネオマイシン耐性遺伝子は、mDlg断片のClaI部位に、平滑末端ライゲーション(blant−end ligation)およびインフレーム融合(in−frame fusion)により挿入した。得られたベクターは、pBluescript IIにサブクローニングし、NotIで線状化した。
【0112】
2.ES細胞培養およびトランスフェクション
TT2 ES細胞は、C57BL/6マウスとCBA/JNCrjマウス間の雑種第1代(F1)胚盤胞から樹立し、フィーダー細胞上で培養した。フィーダー細胞として、胎生14日目マウス胚から調製してマイトマイシンC(Sigma社製)処理した初生線維芽細胞を用いた。培養培地は、下記組成の培養培地を使用した:ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、NISSUI社製);15% serum replacement(Gibco BRL社製);1000U/ml leukemia inhibitory factor(Gibco BRL社製);0.1mM 2−メルカプトエタノール(Sigma社製);および1×非必須アミノ酸(Gibco BRL社製)。TT2 ES細胞(0.4mlのリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)中、細胞数2×10)に、NotIで線状化したターゲティングベクター50μgのをBio−Rad GenePulsar(800V、3.0mFDに設定)を用いてエレクトロポレーションによりトランスフェクションした。得られた細胞を数枚のディッシュに播種し、150μg/ml G418を用いてポジティブセレクションを次の日から開始した。エレクトロポレーションの10日後に、コロニーを採取してトリプシン処理した。細胞縣濁液の80%は新しいフィーダー細胞上で培養し、残りの細胞縣濁液はPCR分析に用いてmDlg組換えクローンの検出を行なった。PCRはEX taq polymerase(TaKaRa社製)を用いて30サイクル行なった。各サイクルにおいて、94℃で1分間の変性、60℃で1分間のアニーリング、および72℃で3分間の重合を行なった。センスプライマーの配列およびアンチセンスプライマーを以下に示す。
【0113】
センスプライマー
5´−ATGCCGGTCCGGAAGCAAGA−3´(配列番号5)
アンチセンスプライマー
5´−TCTTCATCCTGATACCTGTA−3´(配列番号6)
【0114】
3.キメラの作製
キメラの作製は、成書(「バイオマニュアルシリーズ8 ジーンターゲティング ES細胞を用いた変異マウスの作製」、著:相沢真一、羊土社、p.119−134等)に記載の方法に従って実施した。具体的には、上記処理を施したES細胞の約10個を、1個の8細胞期ICRマウス胚にインジェクションし、その胚を偽妊娠雌マウスの子宮に移植した。得られたマウスの遺伝子型を下記方法で特定した後、交配により、Dlg+/+マウス、Dlg+/−マウスおよびDlg−/−マウスを作製した。
【0115】
4.野生型対立遺伝子と変異対立遺伝子の遺伝子型決定
新生児マウスおよび成熟マウスの遺伝子型をPCR分析により定期的に調査した。野生型対立遺伝子は、mDlg遺伝子のセンスオリゴヌクレオチド(5´−GCTGTCAGTCCACAGCTAACACAGGCTACT−3´;配列番号7)およびアンチセンスオリゴヌクレオチド(5´−TGTCCTAAGTTAAGGACCATCTAGAGAGCC−3´;配列番号8)をプライマーとして用いたPCR分析において503bpの増幅産物として検出された。変異対立遺伝子は、ネオマイシン耐性遺伝子のセンス鎖オリゴヌクレオチド(5´−TCGTGCTTTACGGTATCGCCGCTCCCGATT−3´;配列番号9)と上記mDlg遺伝子のアンチセンスオリゴヌクレオチド(配列番号8)を用いたPCR分析において273bpの増幅産物として検出された。
【0116】
サザンブロット分析を行なうために、新生児マウスの尾由来のDNA10μgをEcoRIで消化し、0.8%アガロースゲル上で電気泳動し、ニトロセルロースフィルター(Hybond−N+;Pharmacia社製)上にブロッティングし、ジゴキシゲニン標識した5´プローブとハイブリダイゼーションさせた。
【0117】
5.Dlg蛋白質発現の解析
新生児マウスの脳溶解物(Brain lysate)をSDS−PAGEで展開し、抗Dlg抗体を用いてイムノブロッティングを行なった。まず、新生児マウスの脳を摘出し、適量の溶解バッファー(Tris(pH7.4) 100mM、NaCl 150mM、1% トリトン、NaF 50mM、NaMoO 50μM、NaVO 1mM、アプロチニン 10μg/ml、ロイペプチン 10μg/ml)を加えすりつぶした。15,000rpmで4℃にて20分間遠心処理し、その上清を回収して脳溶解物とした。脳溶解物をSDS−PAGE(6% ポリアクリルアミドゲル)で展開した。トランスファーバッファー(グリシン 2.92g、Tris 5.81g、SDS 0.375g、メタノール 200ml/1000ml)を浸み込ませた濾紙4枚ずつで、ゲルおよびメンブレン(Immobilon−P;MILLIPORE社製)を挟み、濾紙1cmあたり1.4mAの電流で1時間かけて転写した。メンブレンを5% スキムミルクを含むトリス緩衝化生理食塩水(TBS)で30分間ブロッキングした。抗Dlg抗体(Transduction社製)を5% スキムミルクを含むTBSで希釈し、メンブレンに滴下し1時間インキュベーションした。0.1% Tweenを含むTBSで5分間洗浄した。アルカリホスファターゼ結合抗マウスIgG抗体(Promega社製)をTBSで希釈してメンブレンに滴下し、30分間インキュベーションした。0.1% Tweenを含むTBSで5分間洗浄した。発色液(NBT/BCIP(Promega社製)を含むAPバッファー(Tris 100mM、NaCl 100ml、MgCl 5mM))に浸し、Dlgの発現を検出した。
【0118】
<結果>
Dlg遺伝子座、ターゲティングベクターの構築物、および相同組換えにより遺伝子導入されたDlg遺伝子を図1−Aに示した。
【0119】
第3代目の各マウスの尾由来DNAを、5´プローブを用いてサザンブロット分析した結果(図1−B)、Dlg+/+マウスでは内性EcoRI断片のみが検出された。Dlg−/−マウスにおいては、変異EcoRI断片のみが検出された。Dlg+/−マウスにおいては、内性EcoRI断片および変異EcoRI断片の両方が検出された。
【0120】
第3代目の各マウスの遺伝子型を、各マウスの尾由来DNAを用いて解析した結果(図1−C)、対立遺伝子の型は、Dlg+/+マウスは野生型(wild−type)であり、Dlg−/−マウスは変異型(mutant)であることが確認できた。また、Dlg+/−マウスは、野生型(wild−type)および変異型(mutant)の両方の対立遺伝子を有することが確認できた。
【0121】
第3代目の各マウスにおいて各Dlgの発現を解析した結果(図1−D)、Dlg+/+マウスおよびDlg+/−マウスではDlgが検出された。Dlg+/−マウスで検出されたDlgの量は、Dlg+/+マウスと比較して少なかった。しかし、Dlg−/−マウスではDlgは検出されなかった。
【0122】
このように、上記ターゲティングベクターを用いてDlg+/−マウスおよびDlg−/−マウスを取得できた。Dlg+/−マウスについては、胚、新生児マウスおよび成熟マウスを得ることができた。しかし、Dlg−/−マウスは生後短期間で死亡するため、成熟マウスを得ることはできなかったが、胚および新生児マウスを得ることができた。Dlg+/−マウスではDlgの発現が低下しており、Dlg−/−マウスではDlgの発現は認められなかった。
【実施例2】
【0123】
Dlg+/−マウスにおいては、成長に伴って皮膚およびリンパ節に腫瘍形成が認められた。そこで、これら腫瘍について、以下の解析を行なった。
【0124】
<方法>
1.免疫組織化学分析
Dlg+/−マウスから採取した皮膚腫瘍組織を用い、常法に従って組織切片を作製した。各組織切片についてDAB染色を行なった。まず、各組織切片をホルマリン固定し、そしてパラフィン包埋した。スーパーミックス(0.25% ゼラチンおよび0.5% Triton X−100)中で1晩ブロッキングした後、各組織切片を抗サイトケラチンAE1/AE3抗体および抗Dlg抗体で1晩インキュベーションし、PBS中で3回洗浄し(1回の洗浄につき10分間)た。その後、スーパーミックスで1/250希釈したビオチン化抗マウス ウサギIgGおよび抗ウサギ ヤギIgG(Vector社製)と1時間インキュベーションした。次いで、各組織切片をPBS中で4回洗浄し(1回の洗浄につき10分間)、スーパーミックスで1/400希釈したABCリアクションミックスチャー(Elite ABC kit;Vector社製,PK−6100)と1時間インキュベーションした。続いて、各組織切片をPBS中で3回洗浄し(1回の洗浄につき10分間)、DAB溶液(PBS中、0.2mg/ml DAB、3mg/ml ニッケルアンモニウム、0.0045% H)で5分間インキュベーションした。インキュベーションは全て室温で行なった。
【0125】
2.ヘマトキシリン・エオシン染色
Dlg+/−マウスから採取したリンパ節組織を用い、常法に従って組織切片を作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行なった。
3.フローサイトメトリーによる解析
腫瘍の形成が認められたDlg+/−マウスの頸部リンパ節を摘出し、軽くミンチして組織をほぐした後、100μmメッシュフィルターを通してほぐれなかった組織片および細胞塊を除去し、リンパ節細胞を調製した。比較対照として、Dlg+/+マウスの頸部リンパ節から同様に調製したリンパ節細胞を用いた。得られた細胞は、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)を結合させた抗CD56抗体で染色した後、FACScanフローサイトメーターを使用して、フローサイトメトリーにより分析した。
【0126】
<結果>
Dlg+/−マウスの皮膚腫瘍組織切片は、部分的にサイトケラチンAE1/AE3染色に陽性であった。形成された腫瘍は、皮膚上皮細胞由来の汗腺腫poroid hidradenomaであると考えられた。皮膚腫瘍組織切片において、poroid hidradenoma細胞は抗Dlg抗体で染色されなかったが、筋肉は抗Dlg抗体により染色された。
【0127】
Dlg+/−マウスのリンパ節組織切片は、ヘマトキシリン・エオシン染色により、腫瘍の形成が認められた。また、腫瘍形成が認められたDlg+/−マウスの頸部リンパ節から調製した細胞中(図2−B)には、Dlg+/+マウスのリンパ節から調製した細胞(図2−A)と比較して、FITC結合抗CD56抗体で染色される細胞の著しい増加が認められた。図2−Aおよび図2−Bでは、FITC結合抗CD56抗体で染色される細胞は、R2で示される領域(図中右側の四角で囲まれた領域)に存在するドットで示される。R2に存在するドットが、図2−Aと比較して図2−Bで著しく多いことから、FITC結合抗CD56抗体で染色される細胞がDlg+/−マウスのリンパ節において著しく増加していることが判明した。FITC結合抗CD56抗体で染色された細胞は、Dlg+/+マウスのリンパ節細胞では約0.10%であったのに対し、腫瘍形成が認められたDlg+/−マウスのリンパ節細胞では約66.03%であった。これらから、Dlg+/−マウスのリンパ節には、細胞表面上にCD56抗原を有する細胞を含むリンパ腫が形成されたことが判明した。形成されたリンパ腫は、細胞表面上にCD56抗原を有することから、ナチュラルキラーリンパ腫であると考えられた。
【0128】
これら結果から、Dlg+/−マウスでは皮膚腫瘍およびリンパ腫が形成されることが明らかになった。腫瘍が形成された皮膚組織中の正常細胞ではDlgが発現していたのに対し、腫瘍細胞ではDlgが発現していなかったことから、Dlgの発現および/または機能の低下が腫瘍形成の重要な要因であると考える。
【0129】
このように、Dlg遺伝子の欠損により、Dlgの発現および/または機能の低下し、その結果、皮膚腫瘍およびリンパ腫等の腫瘍が形成されることが判明した。
【実施例3】
【0130】
Dlgの欠損により腫瘍が形成されるメカニズムを検討する目的で、Dlg欠損により発現が変化する遺伝子の検索を行なった。当該遺伝子の検索は、実施例1で作製したDlg+/+マウスおよびDlg−/−マウス由来のマウス胚線維芽細胞(MEF)を用いて、慣用のマイクロアレイ法により行った。その結果、Dlg−/−マウス由来MEFにおいてsFRP1 mRNAおよびsFRP2 mRNAの減少が認められたので、sFRP1遺伝子およびsFRP2遺伝子の変化の解析をさらにRT−PCRにより行なった。
【0131】
<材料および方法>
1.細胞および培養
マウス胚線維芽細胞(MEF)は、Dlg+/+マウスおよびDlg−/−マウスの13.5日目の胚から調製した。また、永久増殖性MEFを、調製した初生MEFから既に確立された手法により作製した(トダロ(Todaro G.J.)ら、「ザ ジャーナル オブ セル バイオロジー(The Journal of Cell Biology)」、1963年、第17巻、p.299−313)。MEFは10%牛胎児血清(FBS)および抗生物質を含むDMEM中で培養した。
【0132】
2.DlgをトランスフェクションしたMEFのAuto−MACSによる濃縮
Dlg−/−永久増殖性MEFに、マウスDlg遺伝子を発現させるベクターpMKitneo−Dlgを用いてDlgをトランスフェクションした。このとき、DlgをトランスフェクションしたMEFを選択的に濃縮するため、pMkitneo−Dlgと共に、短縮したH2−k分子(その遺伝子の塩基配列を配列番号10に示した)を発現させるベクターpMACS k IIをコトランスフェクションした。コトランスフェクション24時間後にMEFを回収し、BPE(5mM エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含むPBS)に再けん濁し、MACSelect k ミクロビーズと共に15分間インキュベーションした後、磁気分離した。
【0133】
3.RT−PCR分析
MEFから、総RNAをISOGENE(Nippon Gene社製)を用いて抽出した。総RNA(5μg)を用い、Superscript III逆転写酵素(Invitrogen社製)を使用して、使用説明書にしたがってcDNAを調製した。PCRは次の運転条件で行なった:94℃で1分間;次いで、94℃で30秒間そして55℃で30秒間に続いて72℃で1分間を1サイクルとして30サイクル;そして最終サイクルの後で、72℃で10分間の最終伸張反応。
【0134】
<結果>
MEFは、2系統のマウス(#33および#44)からそれぞれ調製した(#33primaryおよび#44primary)。#33および#44はそれぞれ、ターゲティングベクターをエレクトロポレーションによりトランスフェクションした細胞を数枚のディッシュに播種して薬剤選別を行なった後に別々のディッシュから取得したクローンを用いて作製したマウス系統である。#33由来のMEFから、永久増殖性MEFを作製した(#33 immortalized)。Dlg+/+MEFおよびDlg−/−MEFから抽出した各RNA試料について、sFRP1およびsFRP2の発現をRT−PCRにより検討した。また、コントロールとしてアクチンの発現を同様に検討した。
【0135】
これら3種類のMEFのいずれにおいても、Dlg−/−ではDlg+/+と比較して、sFRP1 mRNAおよびsFRP2 mRNAが減少していた(図3)。sFRP2 mRNAの減少は、sFRP1 mRNAと比較して、より顕著であった。アクチン mRNAの量に変化はなかった。
【0136】
Dlg+/+由来永久増殖性MEF、Dlg−/−由来永久増殖性MEFおよびDlgをトランスフェクションしたDlg−/−由来永久増殖性MEFから抽出した各RNA試料について、sFRP2およびsFRP1の発現をRT−PCRにより検討した。また、各細胞を用いてDlgの検出をウエスタンブロッティングにより行なった。その結果、Dlg+/+由来永久増殖性MEFではDlgが検出されたが、Dlg−/−由来永久増殖性MEFでは全く検出されなかった。一方、Dlg遺伝子を導入したDlg−/−由来永久増殖性MEFではDlgが検出された(図4)。sFRP2 mRNAは、Dlg−/−由来永久増殖性MEFにおいて、Dlg+/+由来永久増殖性MEFと比較して著しく減少していた(図4)。Dlg遺伝子を導入したDlg−/−由来永久増殖性MEFでは、Dlg遺伝子を導入しなかったものと比較して、sFRP2 mRNAが増加した(図4)。
【0137】
これら結果から、Dlgの欠損により、sFRP1およびsFRP2の発現、特にsFRP2の発現が阻害されることが判明した。また、Dlg遺伝子の導入により、sFRP2の発現を増強できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0138】
本発明は、腫瘍形成、例えば皮膚腫瘍やリンパ腫等の形成のメカニズムを分子レベルで解明する目的に有用である。さらに腫瘍形成の阻害剤や阻害方法の開発、並びに癌疾患の防止剤、治療剤、防止方法または治療方法の開発等に利用できる。本発明はこのように、医薬研究や医薬開発分野等において非常に有用性が高い。
【配列表フリーテキスト】
【0139】
配列番号1:ヒトDlg(discs large)遺伝子。
配列番号2:ヒトDlg(discs large)。
配列番号3:マウスDlg(discs large)遺伝子。
配列番号4:マウスDlg(discs large)。
配列番号5:プライマーとして使用するために設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号6:プライマーとして使用するために設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号7:プライマーとして使用するために設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号8:プライマーとして使用するために設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号9:プライマーとして使用するために設計されたオリゴヌクレオチド。
配列番号10:H2−k遺伝子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Dlg(discs large)対立遺伝子の一方が欠損した非ヒト哺乳動物に被検化合物を投与し、sFRP(secreted frizzled−related protein)の発現および/または機能を測定して、該被検化合物を投与しなかったものと比較してsFRPの発現および/または機能の増加を判定することを特徴とする、下記いずれかの化合物の同定方法;
(i)sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
および
(ii)腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物。
【請求項2】
Dlg(discs large)対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物由来の細胞と被検化合物を接触させ、sFRP(secreted frizzled−related protein)の発現および/または機能を測定して、該被検化合物を投与しなかったものと比較してsFRPの発現および/または機能の増加を判定することを特徴とする、下記いずれかの化合物の同定方法;
(i)sFRPの発現および/または機能を増強する作用を有する化合物、
および
(ii)腫瘍形成を阻害する作用を有する化合物。
【請求項3】
sFRP(secreted frizzled−related protein)がsFRP2である請求項1または2に記載の化合物の同定方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の化合物の同定方法に用いる、Dlg(discs large)対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載の化合物の同定方法に用いる、Dlg(discs large)対立遺伝子の一方または両方が欠損した非ヒト哺乳動物由来の細胞。

【図1−A】
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【図2−A】
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【図2−B】
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【図1−B】
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【図1−C】
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【図1−D】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−203255(P2011−203255A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−66245(P2011−66245)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【分割の表示】特願2006−511765(P2006−511765)の分割
【原出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【Fターム(参考)】