説明

重金属処理剤および重金属汚染物質の処理方法

【課題】重金属含有量の多い汚染物質を処理する際に水溶性のキレート薬剤を用いた場合、水分量が多くなり処理物のハンドリングが煩雑となり、水溶性のキレートが系外に流出し、重金属固定化能が不十分となった。
【解決手段】ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体を含んでなる重金属処理剤では、難溶性でなおかつ重金属との反応性が高いため、少量の薬剤及び水分との混合において重金属を多量に含有した重金属汚染物質の処理が可能であり、長期安定的に重金属の固定化が出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属を含有する汚染物質、例えば、ゴミ焼却場から排出される焼却灰、飛灰、重金属に汚染された土壌、地下水、排水処理後に生じる汚泥、工場から排出される排水等に含有される鉛、水銀、クロム、カドミウム等の有害な重金属を簡便に固定化し、不溶出化することを可能にする重金属処理剤に関するものであり、特に効率的かつより高度に重金属を固定化することができる重金属処理剤及び重金属汚染物質の処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
都市ゴミ焼却工場などから排出される飛灰は重金属含有率が高く、重金属の溶出を抑制する処理を施すことが必要である。その様な処理方法のひとつとして薬剤処理法があり、キレート系薬剤等の重金属処理剤を添加して重金属を不溶化する方法が用いられている。
【0003】
キレート系薬剤としてはアミン誘導体のジチオカルバミン酸塩が主に用いられている。特にピペラジンのジチオカルバミン酸塩は他のアミン誘導体と比較して硫化水素及び二硫化炭素等の有害ガス発生が少ないために飛灰処理用の重金属処理剤として広く用いられている(例えば特許文献1参照)。
【0004】
近年、溶融炉等から発生する飛灰に含まれる重金属の量は増加しており、従来のキレート系薬剤の必要量は増大しており、単位飛灰当りの処理時間も短くする必要が生じている。それに対して、難溶性で粉末状のアミンのジチオカルバミン酸化合物を用いる方法が提案されている。(特許文献2、3参照)粉末状のキレート剤を用いれば、処理する灰に対する水分添加量が低減でき、その結果処理後の灰成型強度の維持や、水溶性のキレート剤の溶出防止等が効果として指摘されている。
【0005】
しかし特許文献2で具体的に開示されたジアルキルジチオカルバミン酸の鉄塩は重金属との反応速度が遅いため溶出防止の効果が十分でなく、他の遷移金属塩を用いた場合には、重金属と反応した際に、処理剤成分中の遷移金属の溶出による汚染の問題があった。
【0006】
【特許文献1】特許第3391173号
【特許文献2】特開2003−301165
【特許文献3】特開2006−223569
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は重金属汚染物質に重金属処理剤を少量添加することにより、重金属汚染物質中の重金属を不溶化でき、長期安定的に有害成分の溶出を生じない重金属処理剤及びそれを用いた処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、不溶性のジチオカルバミン酸塩と重金属の反応性に関して、ピペラジンのジチオカルバミン酸の鉄(III)錯体では、重金属との反応速度が特異的に高く、重金属汚染物質に混合して用いた際に重金属との反応速度が速いことを見出した。さらに、ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体では、過剰に用いても重金属処理後にそれ自身の再溶出がなく、重金属固定化処理後の環境変化によって新たに遊離した重金属が生じても、それを効果的に捕捉することができるため、重金属処理物の長期安定性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
以下、本発明に係わる重金属処理剤および重金属汚染物質の処理方法についてその詳細を説明する。
【0010】
本発明の重金属処理剤は、ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体を含んでなるものである。ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体は、他のアミンのジチオカルバミン酸鉄(III)または他の金属錯体と比較して、重金属との反応速度が速いため、重金属処理能力が優れ、さらにピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体由来の有害物の溶出もない。
【0011】
本発明の重金属処理剤は、さらにアミンのジチオカルバミン酸塩を含んでなることが好ましい。
【0012】
アミンのジチオカルバミン酸塩としては特に限定されるわけではないが、例えばエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ヘキサエチレンペンタミン、N−アミノエチルピペラジン、ピペラジン、3−アミノエチルテトラエチレンペンタミン、2−アミノエチルトリエチレンテトラミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン等のジチオカルバミン酸塩を挙げることができ、特に耐熱性、耐酸性が高く、二硫化炭素や硫化水素等の有害ガスの発生が少ないピペラジンのジチオカルバミン酸塩が好ましい。
【0013】
これらの塩は水溶性のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩が用いられるが、熱的安定性、溶解性の点からナトリウム塩、カリウム塩が好ましく、特にアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩であることが好ましい。
【0014】
難溶性のピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体と水溶性のアミンのジチオカルバミン酸塩を併用して用いることにより、重金属汚染処理物と重金属処理剤の混合処理において、混合初期においては水溶性のジチオカルバミン酸塩が主に重金属を捕捉し、一定の重金属の捕捉し、混合から一定期間経過後においてはジチオカルバミン酸の鉄錯体が未反応の重金属、又は外的因子によって再溶出した重金属を捕捉できる。仮に水溶性のカルボジチオ酸塩が水相と共に除去されても、難溶性の鉄錯体が処理物中に維持されるため、長期安定的に重金属が溶出することがない。
【0015】
難溶性のピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体と水溶性のアミンのジチオカルバミン酸塩を併用して用いる場合、特に溶出の問題が懸念される場合にはピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体はアミンのジチオカルバミン酸塩に対して2.5倍以上(モル比)、特に3倍以上(モル比)用いることが好ましい。アミンのジチオカルバミン酸塩の比率が多い場合、アミンのジチオカルバミン酸塩が水相と共に除去されて、長期安定的に重金属の溶出を防ぐことが困難となる場合がある。
【0016】
一方、処理後の水分との接触が少なく管理できる場合で、特に短時間で処理をすることが必要な場合、ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体はアミンのジチオカルバミン酸塩に対して0.8倍以下(モル比)、特に0.1〜0.5倍(モル比)で用いてもよい。
【0017】
通常の飛灰処理においては、ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体はアミンのジチオカルバミン酸塩に対して1倍〜2.5倍(モル比)、特に1倍〜2倍で用いればよい。
【0018】
なお、本発明のピペラジンのジチオカルバミン酸鉄錯体はそれ自身が重金属との反応性が高いため、水溶性のジチオカルバミン酸塩を用いず、それ単独で用いることが出来ることは言うまでもない。
【0019】
本発明の重金属処理剤は、ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体とアミンのジチオカルバミン酸塩を予め混合し重金属汚染物質に添加、又は別々に重金属汚染物質に添加し混合しても良い。また本発明の重金属処理剤は熱的に安定であるため、重金属汚染物質が飛灰の場合、煙道で噴霧することによって添加してもよい。
【0020】
本発明の重金属処理剤には、本発明の効果を妨げない範囲で、他の成分を含んでもよい。他の成分としては、例えば、本発明範囲外のジチオカルバミン酸錯体、無機系重金属処理剤、有機溶媒、アルカリ水酸化物等が例示できる。
【0021】
本発明の重金属処理剤は重金属汚染物と混合することにより重金属の不溶化処理に用いることができる。重金属汚染物質は、特に限定されるものではないが、例えば焼却飛灰、排水、土壌、スラッジ等が例示できる。
【0022】
重金属汚染物質に対する使用量は、汚染物質中の重金属含有量によっても異なるため一概に規定できないが、均一に分散し易い水系汚染物質(排水等)に対しては0.01〜5重量%、混合しにくい固形物系汚染物質(飛灰、土壌、スラッジ等)に対しては0.01〜30%の範囲で混合することが好ましい。また固形物系汚染物質の処理を容易にするために、汚染物質に対して5〜50重量%の加湿水を混合時に添加してもよい。
【0023】
本発明の重金属処理剤は、重金属汚染物質として飛灰、土壌、スラッジ、排水等の処理に用いることができる。
【0024】
これらの重金属汚染物質中の有害な重金属としては鉛、カドミウム、クロム、水銀のいずれかを含有する物質が例示できる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の重金属処理剤、又は本発明の重金属処理方法では、重金属汚染物質中の有害重金属を少量の薬剤及び水分で処理でき、かつ重金属処理剤由来の有害物の溶出がなく、重金属を長期安定的に不溶化することができる。重金属の固定化において副生する成分は幅広いpH域で水酸化物として不溶化する鉄(III)イオンであるため、二次汚染の心配もない。なおかつ熱的にも安定であり、有害ガス(硫化水素、二硫化炭素等)の発生がない。
【実施例】
【0026】
以下発明を実施例で説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0027】
実施例1
飛灰(Ca=32.9%、Na=3.0%、K=3.7%、Pb=2400ppm、Zn=10500ppm、Cu=500ppmを含む)50重量部に対し、水16重量部(飛灰に対して32重量%)と、ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体0.25重量部(飛灰に対して0.5重量%)を加え、混練した。
【0028】
処理後、昭和48年環境庁告示13号試験に従い溶出試験を行った。鉛の溶出結果を表2に示す。鉛の溶出は基準値(0.3mg/L)以下であり、不溶化された。
【0029】
実施例2
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体とピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩を3:1で混合して用いる以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。鉛の溶出は基準値(0.3mg/L)以下であり、不溶化された。
実施例3
実施例1と同様の飛灰50重量部に対し、水16重量部(飛灰に対して32重量%)と、ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体0.25重量部(飛灰に対して0.5重量%)を加え、混練した。
【0030】
処理後、水500重量部にて30秒攪拌した後、ろ過し、残渣を昭和48年環境庁告示13号試験に従い溶出試験を行った。鉛の溶出結果を表1に示す。大量の水を加えたにもかかわらず鉛の溶出は基準値以下であり、不溶化された。
【0031】
比較例1
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体をエチレンジアミン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体とする以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0032】
エチレンジアミン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体は、鉛との反応速度が遅いため、鉛の固定化はされなかった。
【0033】
比較例2
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体をジエチルアミンカルボジチオ酸鉄(III)錯体とする以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0034】
ジエチルアミンカルボジチオ酸鉄(III)錯体は、鉛との反応速度が遅いため、鉛の固定化はされなかった。
【0035】
比較例3
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体をピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(II)錯体とする以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0036】
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(II)錯体は、鉛との反応速度が遅いため、鉛の固定化はされなかった。
【0037】
比較例4
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体をジエチルアミンカルボジチオ酸マンガン(III)錯体とする以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。
【0038】
ジエチルアミンカルボジチオ酸マンガン(III)錯体は、鉛との反応速度が遅いため、鉛の固定化はされなかった。
【0039】
比較例5
ジエチルアミンカルボジチオ酸鉄(III)錯体とピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩を3:1で混合して用いる以外は実施例1と同様の操作を行った。結果を表1に示す。ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩による効果は確認されるもののジエチルアミンカルボジチオ酸鉄(III)錯体の反応速度が遅いため、鉛の固定化はされなかった。
【0040】
比較例6
ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体をピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩とする以外は実施例3と同様の操作を行った。結果を表1に示す。大量の水と共にピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩が流出したため、鉛の溶出は基準値を大幅に上回った。
【0041】
【表1】

【0042】
(表中の表記)
ピペラジン鉄(III)錯体:ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体
ピペラジンカリウム塩:ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸カリウム塩
エチレンジアミン鉄(III)錯体:エチレンジアミン− N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(III)錯体
ジエチルアミン鉄(III)錯体:ジエチルアミンカルボジチオ酸鉄(III)錯体
ピペラジン(II)鉄錯体:ピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸鉄(II)錯体
ジエチルアミンマンガン(III)錯体:ジエチルアミンカルボジチオ酸マンガン(III)錯体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体を含んでなる重金属処理剤。
【請求項2】
さらにアミンのジチオカルバミン酸塩を含んでなる請求項1に記載の重金属処理剤。
【請求項3】
ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体の含有比がアミンのジチオカルバミン酸塩に対して2.5倍(モル比)以上である請求項2に記載の重金属処理剤。
【請求項4】
ピペラジンのジチオカルバミン酸鉄(III)錯体の含有比がアミンのジチオカルバミン酸塩に対して0.8倍(モル比)以下である請求項2に記載の重金属処理剤。
【請求項5】
アミンのジチオカルバミン酸塩がピペラジン−N,N’−ビスカルボジチオ酸塩及び/又はピペラジン−N−カルボジチオ酸塩である請求項2及至請求項4に記載の重金属処理剤。
【請求項6】
アミンのジチオカルバミン酸塩がアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩である請求項2及至請求項5に記載の重金属処理剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の重金属処理剤を重金属汚染物質と混合する重金属汚染物質の処理方法。
【請求項8】
重金属汚染物質が飛灰、土壌、スラッジ、地下水及び排水のいずれかである請求項7に記載の重金属汚染物質の処理方法。
【請求項9】
重金属汚染物質が鉛、カドミウム、クロム、水銀のいずれかを含有するものである請求項7及至請求項8に記載の重金属汚染物質の処理方法。

【公開番号】特開2009−249399(P2009−249399A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−95207(P2008−95207)
【出願日】平成20年4月1日(2008.4.1)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】