説明

たんぱく質の合理的な結晶化条件探索法

【課題】親水性化合物といろいろな塩との組み合わせを沈澱剤として対象たんぱく質の沈澱曲線を作成し、その沈澱曲線からたんぱく質の結晶化を誘導する沈澱剤濃度の範囲を予測することで結晶化条件探索を合理化する。
【解決手段】塩類と親水性化合物の中からそれぞれ3種類1種を選択し、塩により静電的につり合った状態にあるたんぱく質の親水性化合物濃度に対する沈澱曲線を作成し、その沈澱曲線から選択した3種類以外の塩についてもたんぱく質の結晶化に適した親水性化合物濃度を予測する。さらに、塩の中から1種を、親水性高分子の中から2種、もしくは、3種を選択し、添加される塩により静電的につり合った状態にある対象たんぱく質のそれぞれの親水性化合物の濃度に対する沈澱曲線を作成し、作成した2本、もしくは、3本の沈澱曲線から別の親水性化合物についてもたんぱく質の結晶化に適した濃度を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異なる平均分子量のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール、並びに異なる塩との組み合わせをたんぱく質の沈澱剤として用いる場合、各沈澱剤濃度で測定される溶液相に分散するたんぱく質の濃度から対象とするたんぱく質の沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線からたんぱく質の結晶化に適した沈澱剤濃度を予測することによって、少ない試行で網羅的な試行と同等な探索結果が得られるように開発されたたんぱく質の結晶化条件探索方法、及び、探索して得られる条件を用いるたんぱく質の結晶製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たんぱく質の立体構造は、たんぱく質の高機能化の設計に限らずたんぱく質の機能を制御する医薬品開発の設計にとっても不可欠な情報である。このため、たんぱく質のX線結晶構造解析はヒトゲノムプロジェクト後の主要な分野に位置づけられ、世界中で精力的に進められている。強いX線発生源、高感度の感知器、および、X線結晶構造解析のための数多くのソフトウェアーの開発等が進められてきた。しかし、たんぱく質の結晶化条件を合理的に探索する方法を持ちあわせていなかったため、たんぱく質の結晶化は依然としてX線結晶構造解析の律速段階となっている。
【0003】
これまでに立体構造が決定されたたんぱく質の大部分はX線結晶構造解析によるものであるが、同構造解析は対象とするたんぱく質が結晶化されていることが前提となっている。従って、新規たんぱく質については、その結晶化条件の探索を最初に行わなければならない。水のように大きな誘電率を持つ溶媒中ではたんぱく質の表面にある解離基は電荷を持ち、親水性アミノ酸側鎖には水分子が吸着しているため、静電的な斥力と水和斥力によりたんぱく質の会合が妨げられ、たんぱく質は水溶液に分散して存在する。たんぱく質が分散している水溶液へ添加される塩はイオンに解離し、正味電荷を中和するようにたんぱく質表面の荷電アミノ酸に対イオンとして過渡的に吸着し、たんぱく質を静電的につり合った状態にする。このようなたんぱく質溶液に、水に対してたんぱく質よりも強い親和性を持つ親水性化合物を或る濃度以上加えると、たんぱく質表面に吸着している水分子が奪われ、溶媒の誘電率が変化するためたんぱく質は会合し始める。たんぱく質を3次元的に規則正しく整列させる特異的な分子間相互作用が適切に誘導される時、たんぱく質は結晶化する。それぞれのたんぱく質は分子量、形状、静電的な性質等が異なり、しかも、うまく結晶化する保証もないため、結晶化条件の探索は大変手間が掛かり、大きなリスクを伴う作業となっている。
【0004】
新規たんぱく質の結晶化条件探索は、主に粗マトリックス法に基づいて結晶化条件に見当を付けることからはじめられる。粗マトリックス法による探索法は、対象たんぱく質を分散させる溶液の緩衝剤(pH)、塩、ポリエチレングリコール等の親水性化合物、及びその他の添加剤等の因子について種類と濃度の異なる試料溶液を数多く調製し、それらの溶液を異なる温度で静置し、結晶が形成されたか否かを定期的に観察することで結晶化条件を探し出す方法である。目的たんぱく質の結晶化を誘導する因子を見逃さないように各因子の変化を細かく、しかも、広い範囲に渡って条件探索を実行しようとすれば、因子の組み合わせの数が大幅に増すため、大量のたんぱく質が必要となり、試料溶液調製の負担も増す。しかも、各々の試料溶液中に結晶が形成されているか否かを観察することも負担の大きな作業となる。試料溶液調製や観察等の作業に伴う負担を軽減するため、精度の高い分注器や観察ロボットの開発がなされてきた。しかし、たんぱく質の結晶化条件探索の本質が試行錯誤に基づく限り、試すべき溶液条件の数を減らすことはできず、依然として大量の精製たんぱく質が必要であることに変わりはない。
【0005】
たんぱく質溶液に高濃度の沈澱剤水溶液を少量ずつ混合しながら添加してゆくと、準備したたんぱく質濃度に対してたんぱく質の非特異的な会合により溶液が濁りはじめる。本発明者が非特許文献1で示しているように、たんぱく質溶液が濁りはじめる最小沈澱剤濃度よりも2〜3 %(w/v)以上高い沈澱剤濃度の範囲で、たんぱく質溶液と沈澱剤とを混合した直後の試料溶液に分散するたんぱく質濃度(P)は沈澱剤濃度(Q)とほとんどの場合次式(III)で関係付けられる。
log P = A - B Q (AとBは定数) 式(III)
(たんぱく質の沈澱曲線が式(III)で表される時、定数Bを沈澱曲線の傾きと定義する。)
また、頻度はかなり少ないが、次式(IV)で関係付けられることもある。
P = C - D Q (CとDは定数) 式(IV)
従って、正確な沈澱曲線を作成するには、式(III)もしくは式(IV)を最適化する試料溶液に分散するたんぱく質濃度は、たんぱく質の非特異的な会合による溶液の濁りが生じる最小沈澱剤濃度よりも2〜3 %(w/v)以上高い濃度で測定したものでなければならない。
【非特許文献1】Biochimica et Biophysica acta (2004) 1660, 80-92
【0006】
また、本発明者は、たんぱく質の結晶化を誘導する沈澱剤に対して、静置バッチ法、蒸気拡散法、および、透析法によるたんぱく質の結晶化過程と沈澱曲線とは、図1の相図に示す関係にあることも非特許文献1で示している。
(1) 静置バッチ法は、対象たんぱく質が単分散している溶液を過飽和な状態へ持ってゆくために沈澱剤を添加し、密閉系で静かに置いておく結晶化方法である。たんぱく質濃度と沈澱剤濃度との組み合わせが図1の点Aになるように調製すると、過剰なたんぱく質はアモルファス凝集物として即座に溶液相から析出し、溶液相に残っているたんぱく質の濃度は沈澱曲線上の点Bになる。アモルファス凝集物は結晶のように分子の特定部位間の相互作用によって誘導されるわけではないため、結晶を誘導する相互作用よりもはるかに高い頻度で生じるからである。点Bのたんぱく質濃度はその沈澱剤濃度で過渡的に溶液相に分散しうる最大の濃度であり、沈澱剤や緩衝液などが結晶化を誘導する組み合わせであれば、結晶の核形成と成長が進行し、結晶成長が終了した時点で結晶相と平衡状態にある溶液相に存在するたんぱく質の濃度は結晶の溶解度曲線上の点Cに達する。アモルファス凝集物内のたんぱく質が結晶へ転化するには、まずたんぱく質分子間の非特異的な相互作用を全て切ってやらなければならないので、アモルファス凝集物から結晶相への直接の転移は通常生じない、即ち、結晶は通常溶液相に単分散しているたんぱく質から形成される。また、結晶の溶解度曲線よりも下の領域にあるたんぱく質は溶液相に分散したままで結晶には転化されないので、結晶化に参加できるのは沈澱曲線と結晶の溶解度曲線とで挟まれた領域のたんぱく質に限られる。点Bから点Cへの推移はバッチ法による結晶化の経路を表し、両点のたんぱく質濃度の差が結晶に転化するたんぱく質の量となる。さらに、結晶核の形成には一定以上の過飽和度が必要で、結晶化領域も核形成領域と結晶の成長にのみ貢献する領域に分けられる。アモルファス凝集物内のたんぱく質分子間相互作用はいろいろな様式と強さを含むため、沈澱曲線の傾きは結晶の溶解度曲線の傾きよりもゆるやかである。この傾きに関する大小関係により結晶形成(核形成と成長速度)の駆動力である過飽和度が沈澱剤濃度の増加に伴って大きくなり、ある沈澱剤濃度以下ではたんぱく質濃度を高くしても自発的な結晶核の形成に必要な過飽和度が達成できない範囲が存在することになる。また、過剰な沈澱剤濃度でたんぱく質は強く凝集し、たんぱく質が溶液相へ溶け出すことができなくなるため、溶液相から結晶相へのたんぱく質の供給は非常に遅くなるか、実質的に供給されないことになる。従って、結晶化には溶液相に分散するたんぱく質の存在を保証する沈澱剤濃度が必要で、経験的に知られている結晶化に適したたんぱく質濃度である5〜20mg/mlのたんぱく質を含む水溶液に対して沈澱曲線が得られる沈澱剤濃度の範囲がたんぱく質の結晶化には有効となる。有効な沈澱剤濃度の範囲内で低い沈澱剤濃度では、たんぱく質の結晶核の形成が適度に抑えられ、結晶1つ当たりへのたんぱく質の転化量は大きくなり、しかも、ゆっくり結晶が成長するため、乱れの少ないたんぱく質分子の配列が実現し易くなる。
(2) 蒸気拡散法は密閉系において低濃度の沈澱剤を含有するたんぱく質溶液から高濃度の沈澱剤を含有する溶液へ水が蒸散してゆく原理を利用した結晶化方法である。蒸気拡散法による結晶化で試料溶液とリザーバー溶液をそれぞれ点Dと点Gに設定した場合、試料溶液中から水が蒸散し、初期段階で試料溶液の状態は原点を通る直線上を矢印の方向に向かって変化してゆく。その後、結晶成長のみに使われる領域を越えて核形成領域へ入った辺り、例えば、点Eで結晶が形成され始め、溶液相に分散するたんぱく質の濃度は曲線に沿って点Gまで進んでゆく。結晶成長経路上の点Fを例に採ると、結晶の成長は過飽和度による駆動力aと点Fと点Gの飽和水蒸気圧との差に比例する試料溶液からの水の蒸散速度bにより決定される方向cへ進んでゆくと考えられる。蒸気拡散法では試料溶液の沈澱剤濃度は時間の経過に伴って高くなってゆくので、たんぱく質のアモルファス凝集物が既に出発時の試料溶液に形成されているような高い沈澱剤濃度は避けるべきである。従って、試料溶液の出発時の沈澱剤濃度はたんぱく質の非特異的な会合が生じるか生じないかの濃度範囲、即ち、沈澱曲線を通して用いようとするたんぱく質濃度に対応する沈澱剤濃度よりも1〜2 %(w/v)低い濃度に設定するのが適切である。一方、リザーバー溶液の沈澱剤濃度をたんぱく質が溶液相に分散できないようなかなり高くに設定してしまうと、試料溶液は短時間のうちに結晶化領域を越えアモルファス形成領域に到達することになる。結晶の形成が比較的早いたんぱく質ではアモルファス凝集物と微結晶が同時に形成されるが、おそい場合はアモルファス凝集物のみが形成されることになる。逆に、リザーバー溶液を低い沈澱剤濃度に設定してしまうと、試料溶液は核形成領域には届かない可能性がでてくる。結晶化を確実に誘導するには、試料溶液が到達する沈澱剤濃度を溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が大きく変化する範囲内、例えば、沈澱曲線をとおして結晶化で用いようとする濃度と0.1 mg/mlとではさまれる範囲のたんぱく質濃度に対応する沈澱剤濃度の範囲をリザーバー溶液の沈澱剤濃度に設定する必要がある。ただし、硫酸アンモニウムのような塩水溶液と比べ、ポリエチレングリコールのような親水性化合物の水溶液から水はゆっくりと蒸散するので、親水性化合物を沈澱剤として使用する場合、リザーバー溶液の沈澱剤濃度は少々高めでもたんぱく質の結晶化を誘導することが多く、結晶成長の速いたんぱく質に対しては、沈澱曲線上で0.1 mg/mlのたんぱく質濃度を与える沈澱剤濃度よりも5 %(w/v)程度高くまで有効なことがある。また、試料溶液とリザーバー溶液の沈澱剤濃度の差が大き過ぎる場合、たんぱく質や試薬が過度に濃縮され、試料溶液の相分離や極端な粘性の上昇等を誘発されることがあり、たんぱく質の安定性や結晶化に不都合となることがあるので、水の蒸散による濃縮は2倍以内におさめるべきである。
(3)透析法は、対象たんぱく質が単分散している試料溶液を半透膜を介して高濃度の沈澱剤を含有する溶液と接触させることで、たんぱく質溶液を過飽和な状態へ持ってゆく方法である。透析法による結晶化で試料溶液と透析外液をそれぞれ点Hと点Gに設定すると、溶液相に分散するたんぱく質の濃度は溶媒の交換の進行に伴ってH→E→Gと変化し、結晶の成長経路は蒸気拡散法の時と似ている。しかし、試料溶液は透析膜を介して透析外液と直接溶媒の交換が行われるので、たんぱく質の結晶化を阻害する原因となる界面活性剤ミセルの濃縮が抑えられ、不安定化や無数の微結晶形成の原因となる過度のたんぱく質の濃縮も避けられるが、試料溶液中の沈澱剤濃度は蒸気拡散法を用いる時よりも速く変化するので、透析外液の沈澱剤濃度は蒸気拡散法を用いる時よりも低く設定しなければならない。出発時の試料溶液の沈澱剤濃度は結晶化を左右する程の影響はなく、たんぱく質の非特異的な会合による濁りが生じない程度の低い沈澱剤濃度に設定すればよいが、透析外液の沈澱剤濃度は結晶化に重要で、試料溶液の到達沈澱剤濃度を溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が大きく変化する範囲内に設定する必要がある。
このように、静置バッチ法、蒸気拡散法、および、透析法によるたんぱく質の結晶化条件は沈澱曲線から適切に見積もることができるが、塩、親水性化合物、緩衝剤(pH)、及び、その他の添加剤の組み合わせ毎に沈澱曲線を決定することは大変手間の掛かる作業となる。
【0007】
図1から理解されるように、蒸気拡散法や透析法によるたんぱく質の結晶化において核形成領域で結晶核が形成された後、結晶成長の経路が結晶成長にのみ利用される領域を通ってゆくように条件を設定することができれば、新たな結晶核が形成されず、1つ1つの結晶が大きく成長するので、理想的である。この考えに基づき、対象たんぱく質について結晶の溶解度曲線を含む相図を作成し、作成した相図から結晶化の最適条件を探索する方法も考案されている。しかし、その方法は静置バッチ法による対象たんぱく質の結晶化条件が知られていることを前提とし、結晶化条件の知られていない新規たんぱく質の結晶化条件探索には利用することができない。これに対し、沈澱剤添加直後の試料溶液に分散するたんぱく質の濃度は時間を経ずして容易に決定できるので、初めて結晶化を試みようとするたんぱく質の初期条件探索に用いる条件設定に有効な情報となる。
【0008】
バッチ法でたんぱく質の結晶化に適した沈澱剤濃度は準備されたたんぱく質の濃度に対して溶液相に分散できるたんぱく質濃度が減少しはじめる濃度、即ち、結晶化で用いようとする沈澱曲線上のたんぱく質濃度に対応する沈澱剤濃度とこれより2 %(w/v)程度低い濃度との間である。このような試料溶液を反映する僅かな濁りを光散乱法でモニターし、試料溶液と半透膜を隔てて接触する透析外液中の沈澱剤濃度を連続的に変化させることによって対象たんぱく質の結晶化に適した沈澱剤濃度を探す装置も考案されている。しかし、その方法を用いるたんぱく質の結晶化条件探索では、緩衝剤(pH)、塩類、親水性化合物、及びその他の添加剤についての異なる組み合わせ毎に探索期間中装置を占有することになるため、結晶化条件探索を迅速に行うようにするためには何百台もの装置を必要とし、1台の装置で結晶化条件探索を行えば多大な時間を要することになってしまう。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、初めて結晶化を試みるたんぱく質の結晶化条件を従来の方法よりも少ないたんぱく質量で、はるかに高い確率で、より簡便に、しかも、より迅速に結晶化条件を見つけ出す方法を提供することにある。さらに、初期探索で見出された対象たんぱく質の結晶化条件からより質の高い結晶を製造する条件を探索する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ある沈澱剤濃度以下では、たんぱく質濃度を高くしても結晶化を誘導するのに必要な過飽和度が達成できない範囲が存在する。また、過剰な沈澱剤濃度はたんぱく質を強く凝集させ、たんぱく質が溶液相に分散することができなくなるので、溶液相から結晶相へのたんぱく質の供給は非常に遅くなるか、或は、実質的に供給されないことになる。このように、対象とするたんぱく質の結晶化を誘導する沈澱剤であっても、沈澱剤の濃度が正しく設定されていなければ、たんぱく質は結晶化しない。従って、たんぱく質の結晶化には溶液相に分散するたんぱく質の存在を保証する沈澱剤濃度が必要で、試料溶液に含まれるたんぱく質の濃度に対して溶液に分散することができるたんぱく質濃度を大きく変化させる沈澱剤濃度の範囲がこれにあたる。本発明者は、沈澱剤として用いる親水性化合物や塩の種類に応じて結晶化しようとするたんぱく質の沈澱曲線を正確に予測できるようになれば、いろいろな沈澱剤濃度を試行錯誤的に、或は、網羅的に試すことで行われてきた結晶化条件探索を格段に合理化できると考えた。結晶化条件探索を合理化するのに必要な関係を発見すべく、下記(0013)に記載する手順で、下記(0014)に記載する塩と下記(0015)に記載する親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として用い、下記(0016)に記載する性質の異なるたんぱく質-界面活性剤複合体について沈澱曲線を系統的に作成し、沈澱曲線への塩と親水性化合物の影響に共通する特徴を抽出し、整理することによって結晶化条件探索を合理化する方法を構築した。
【0011】
すなわち、本発明では、次の構成1〜3を採用する。
1.以下の手順により、たんぱく質の結晶化条件を探索する方法:
(1)下記のA群から3種の塩、及びB群から1種の親水性化合物を選択し、選択された各塩1種と該親水性化合物を異なる濃度で含有する水溶液を調製する、
(2)該水溶液をそれぞれたんぱく質の水溶液に混合し、沈澱物を除去して上清液を分離する、
(3)各上清液の吸収スペクトルを測定して各上清液中のたんぱく質濃度を決定し、選択した塩と親水性化合物の組み合わせについて3種の沈澱曲線を作成する、
(4)該沈澱曲線から、塩の種類に応じて結晶化条件探索で用いるたんぱく質濃度を与える親水性化合物の濃度を算出し、次の式(I)から定数E,F,Gを決定する、
R=ES+FT+G 式(I)
[ここで、Rは溶媒中に分散しうるたんぱく質濃度が同じになる親水性化合物の濃度であり、Sは陽イオンの種類により付与された値であり、Tは陰イオンの種類により付与された値である。また、E,F,Gは、同一溶媒中の同一たんぱく質に対して同じ値となる]
(5)(4)で決定した定数E,F,Gを用いて、上記の式(I)により、A群の残りの塩について、それぞれ結晶化に適切な上記(1)で選択した親水性化合物の濃度を算出する。
A群:次の陽イオンと陰イオンとの組み合わせからなる塩
(陽イオン):リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及びカドミウムイオン
(陰イオン):フッ化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン、硝酸化物イオン、チオシアン化物イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、乳酸イオン、酪酸イオン、硫酸イオン、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、琥珀酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸1水素イオン、及びクエン酸イオン
B群:平均分子量400〜20000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール
2.以下の手順により、たんぱく質の結晶化に適する沈澱剤の濃度を予測する方法:
(1)下記のA群から1種の塩、及びB群から2種又は3種の親水性化合物を選択し、選択された該塩と各親水性化合物1種を異なる濃度で含有する水溶液を調製する、
(2)該水溶液をそれぞれたんぱく質の水溶液に混合し、沈澱物を除去して上清液を分離する、
(3)各上清液の吸収スペクトルを測定して各上清液中のたんぱく質濃度を決定し、選択した塩と親水性化合物の組み合わせについて2種又は3種の沈澱曲線を作成する、
(4)該沈澱曲線から、塩の種類に応じて結晶化条件探索で用いるたんぱく質濃度を与える親水性化合物の濃度を算出し、次の式(II)から定数H,Iを決定する、
log R = -H logU+ I 式(II)
[ここで、Rは溶媒中に分散しうるたんぱく質濃度が同じになる親水性化合物の濃度であり、Uは親水性化合物の種類により付与された値である。また、H,Iは、同一溶媒中の同一たんぱく質に対して同じ値となる]
(5)(4)で決定した定数H,Iを用いて、上記の式(II)により、上記(1)で選択した塩について、B群の残りの親水性化合物の結晶化に適切な濃度を算出する。
A群:次の陽イオンと陰イオンとの組み合わせからなる塩
(陽イオン):リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及びカドミウムイオン
(陰イオン):フッ化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン、硝酸化物イオン、チオシアン化物イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、乳酸イオン、酪酸イオン、硫酸イオン、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、琥珀酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸1水素イオン、及びクエン酸イオン
B群:平均分子量400〜20000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール
3.たんぱく質が膜たんぱく質であることを特徴とする1又は2に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、結晶化しようとするたんぱく質の沈澱曲線を4本もしくは5本作成することにより塩と親水性化合物の各組み合わせについて条件探索に適した濃度の組み合わせ1つを予測でき、合理的な結晶化条件探索を計画することができるようになるので、以下の利点がある。
(1)結晶化条件探索で試すべき条件の数を大幅に減じ、準備するたんぱく質を従来の方法に比べて格段に少なく済ませることができる。
(2)結晶化溶液の調製と結晶の観察にかかる作業を大幅に減ずることができる。
(3)網羅的な結晶化条件の初期探索と同等な結果を得ることができる。
(4)結晶化と観察に専用の装置を必要とせず、結晶化条件探索の費用を従来法よりも格段に安く抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本方法を構築するにあたっての基礎情報となる沈澱曲線の作成は、次の手順に従った。
(1)結晶化に用いようとする1.5〜2倍濃度のたんぱく質と緩衝液を含む試料溶液に50 %(w/v)以上の親水性化合物と条件探索で用いようとする2倍程度の塩を含む沈澱剤水溶液を少量ずつ混合しながら添加し、たんぱく質溶液に濁りが生じる最小沈澱剤濃度を決定することにより沈澱曲線の所在に見当をつけ、
(2)使用する緩衝液中で予定する濃度の2倍以上のたんぱく質と界面活性剤濃度を含む溶液をたんぱく質溶液として調製し、
(3)使用する緩衝液中に(1)で決定した最小濃度の2倍以上の親水性化合物と塩を含む水溶液を沈澱剤溶液として調製し、
(4)たんぱく質、界面活性剤、塩、および、親水性化合物が予定する濃度となるように(2)で調製したたんぱく質溶液、(3)で調製した沈澱剤溶液、および、使用する緩衝液を50μl、もしくは、100μlとなるよう500μlのテストチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて迅速かつ十分に混合し、20℃、12000 rpm(日立 T15AP21), 6分間の遠心で非特異的な相互作用で形成されたたんぱく質のアモルファス沈澱物を取り除き、
(5)上清溶液の吸収スペクトルを測定し、各たんぱく質の吸光係数を用いて上清溶液に分散するたんぱく質の濃度を決定し、
(6)10点以上の異なる親水性化合物濃度について(2)〜(4)の一連の操作を行い上清溶液に分散するたんぱく質の濃度を決定し、
(7)上清溶液に分散するたんぱく質の濃度をそれぞれの親水性化合物濃度に対してプロットし、式(III)もしくは式(IV)の関係からはずれている低い親水性化合物濃度で得られたたんぱく質濃度を削除し、
(8)最小二乗法を用いて残りのたんぱく質濃度へ式(III)もしくは式(IV)を最適化することにより沈澱曲線を作成する。
作成した2000本以上の沈澱曲線の98パーセント程度が式(III)に従い、そのほとんどの回帰曲線の相関係数は0.99以上であった。
【0014】
たんぱく質を静電気に釣り合った状態にするために添加した塩はたんぱく質の結晶化で頻繁に用いられる72種類で、次の陽イオンと陰イオンとの組み合わせで構成される塩である。
(陽イオン):リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及びカドミウムイオン
(陰イオン):フッ化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン、硝酸化物イオン、チオシアン化物イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、乳酸イオン、酪酸イオン、硫酸イオン、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、琥珀酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸1水素イオン、及びクエン酸イオン
【0015】
たんぱく質表面に吸着する水分子を奪い、溶媒の誘電率を変化させるために添加した親水性化合物は、たんぱく質の結晶化で頻繁に使用される平均分子量400〜20000のポリエチレングリコール、平均分子量550〜5000のポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオールの13種類である。
【0016】
本方法構築にあたっての基礎情報となる沈澱曲線は、表1に示す物理化学的性質の異なる5種類の内在性膜たんぱく質Rb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体II, Rb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体II, Rb. sphaeroidesの光反応中心, Rp. viridisの光反応中心, Rp. viridisの光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iについて作成した。
【0017】
【表1】

【0018】
可溶化には性質の異なる9種類の界面活性剤、ポリエチレングリコール タート-オクチルフェニル エーテル, N-ドデシル-オクタオキシエチレン, N-ノナノイル-N-メチルグルカミド, N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド, N-オクチル-β-D-グルコピラノシド, β -D-フルクトピラノシル-α-グルコピラノシド モノドデカノエ-ト, N-ドデシル-β-D-マルトシド, N-オクチル-β-D-チオグルコシド, N-ノニル-β-D-チオマルトシドを用い、たんぱく質の安定性と結晶化の再現性との要請から以下に示す沈澱曲線の作成で用いた界面活性剤濃度は臨界ミセル濃度よりも0.1 %(w/v)単位で高い値とし、それぞれ0.1 %(w/v), 0.1 %(w/v), 0.9 %(w/v), 0.1 %(w/v), 0.8 %(w/v), 0.1 %(w/v), 0.1 %(w/v), 0.3 %(w/v), 0.2 %(w/v)である。尚、分子のストークス半径はN-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたたんぱく質の光散乱の測定とゲルろ過分析の結果から算出し、等電点はアミノ酸組成から算出し、膜外領域の相対的な大小関係は立体構造(Rb. sphaeroidesの光反応中心とRp. viridisの光反応中心についてはその立体構造、Rb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIとRb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについてはRp. acidophillaの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの立体構造、Rp. viridisの光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iについては電子顕微鏡の観察で得られた電子密度図)を参考に算出した。
【0019】
沈殿曲線におよぼすたんぱく質濃度の効果を知るため、300 mM塩化ナトリウムと平均分子量4000のポリエチレングリコールを用いて(0016)〜(0018)に記載する内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体の沈殿曲線をいろいろなたんぱく質濃度で作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与えるポリエチレングリコール質濃度を試料溶液に含まれるたんぱく質濃度に対して図2にプロットする。たんぱく質濃度の増加に伴ってたんぱく質を取り囲む溶媒の沈澱剤濃度は相対的に高くなるため、沈澱曲線は低いポリエチレングリコール濃度側へ変位し、変位の程度はたんぱく質や可溶化界面活性剤の性質に応じて大まかに次のように分類される。
(1) 塩基性アミノ酸の多いたんぱく質では沈澱曲線の変位はたんぱく質濃度の変化に敏感で、沈澱曲線はたんぱく質濃度1 mg/mlの増加当たり0.15 %(w/v)程度親水性化合物の低い側へ変位する。
(2) 沈澱曲線が親水性化合物の高い濃度に位置するポリエチレングリコール タート-オクチルフェニル エーテルやN-ドデシル-オクタオキシエチレンで可溶化されたたんぱく質では、沈澱曲線はたんぱく質濃度1 mg/mlの増加当たり0.10 %(w/v)程度親水性化合物濃度の低い方へ変位する。
(3)それ以外のたんぱく質では、親水性化合物の低い濃度への沈澱曲線の変位は1 mg/mlのたんぱく質濃度の増加当たり0.04 %(w/v)〜0.06 %(w/v)程度である。
また、沈澱曲線の傾きもたんぱく質濃度の増加に伴って大きくなったが、溶液相に分散できるたんぱく質濃度を1/10に下げるポリエチレングリコール濃度の増加量の変化は沈澱曲線の変位に比べて小さく、たんぱく質濃度1 mg/mlの変化に対して0.06 %(w/v)を越えて結晶化に適する親水性化合物濃度を変化させることはないので、沈澱曲線の傾きにおよぼすたんぱく質濃度の影響は無視することができる。従って、たんぱく質の性質に応じて沈澱曲線の変位におよぼすたんぱく質の排除体積効果を考慮することによって、図3に示すように、或るたんぱく質濃度に対して作成した沈澱曲線から別のたんぱく質濃度に対する沈澱曲線の所在を予測することができる。このような沈殿曲線を変位させるたんぱく質濃度の影響を除くため、以下に示す実験結果は全て混合時のたんぱく質濃度が20 mg/mlで得たものである。
【0020】
たんぱく質結晶化におよぼす塩濃度の効果を知るために、塩化ナトリウムと平均分子量4000のポリエチレングリコールとの組み合わせで結晶化されることが知られているN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの光反応中心、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの光反応中心、及び、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドとN,N-ジメチルヘキシルアミンN-オキシドの混合界面活性剤で可溶化されたRb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについていろいろな塩化ナトリウムでポリエチレングリコールに対する沈澱曲線を作成し、沈澱曲線上の上清溶液を500 μlのテストチューブに移し20 ℃で静置し結晶形成の有無を観察した。沈澱曲線の位置を比較するために溶液相に分散していたたんぱく質の濃度5 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度を、溶液相に分散することができるたんぱく質濃度のポリエチレングリコール濃度に対する変化を比較するために沈澱曲線の傾きを塩化ナトリウム濃度に対して図4にプロットした。N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの光反応中心、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの光反応中心、及び、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドとN,N-ジメチルヘキシルアミンN-オキシドの混合界面活性剤で可溶化されたRb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIに対してそれぞれ150 mM、200 mM、及び、600 mM以上の塩化ナトリウム濃度で沈澱曲線の変化は緩やかになり、それぞれのたんぱく質-界面活性剤複合体は50 mM、60 mM、及び、300 mM以上の調べた全ての塩化ナトリウム濃度で結晶化した。このように、沈澱曲線の塩化ナトリウム濃度依存性と結晶化に必要な最小塩化ナトリウム濃度は表面の解離性アミノ酸側鎖の露出度と分布の違いを反映してRb. sphaeroidesの光反応中心とRb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIとで異なっていたが、最小塩化ナトリウム濃度以上では広い濃度範囲がたんぱく質の結晶化には有効であった。従って、塩と親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として新規たんぱく質の結晶化を試そうとする場合、たんぱく質の結晶化を誘導する塩の種類を見過ごさないためには300 mM以上の比較的高い塩濃度が有利であると考えられる。尚、溶液相に分散するたんぱく質の濃度5 mg/mlに対応するポリエチレングリコール濃度を沈澱曲線の位置を示すのに用いたのは、作成した沈澱曲線の中央あたりの濃度であり、バッチ法による結晶化実験で通常用いられるたんぱく質濃度が5〜20 mg/mlで、蒸気拡散法で用いられる出発時の試料溶液のたんぱく質濃度が5〜10 mg/ml程度でリザーバー溶液の沈澱剤濃度が1〜0.1 mg/ml程度の溶媒に分散するたんぱく質濃度に対応する濃度に設定することが適切であることが多く、その中央あたりの濃度でもあることが理由である。
【0021】
塩と親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として用いる場合の沈澱曲線へおよぼす塩濃度の効果を知るため、いろいろな塩濃度で平均分子量4000のポリエチレングリコールの濃度に対する沈澱曲線を(0016)〜(0018)に記載する内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体について作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlに対応するポリエチレングリコール濃度と沈澱曲線の傾きを塩濃度に対してプロットした。図5に示すN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの塩濃度依存性は、2価陽イオンの塩は1価陽イオンの塩の10分の1の濃度で沈澱曲線を同程度に変位させる効果を持つが、陰イオンの荷電数による違いはないことを示していた。さらに、図6に示す異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIと図7に示す性質の異なるたんぱく質の硝酸カリウムと硝酸マグネシウムに対する沈澱曲線の塩濃度依存性は表面の解離性アミノ酸側鎖の露出度と分布の違いにより各たんぱく質で異なっていたが、いずれのたんぱく質の沈澱曲線も2価陽イオンの塩に対しては1価陽イオンの塩の10分の1の濃度で同程度に変位した。この沈澱曲線の塩濃度依存性は、2価陽イオンは1価陽イオンよりも強く負電荷の解離基へ作用し、陰イオンでは独立した負の単位電荷が個別に分布するために陰イオンの正電荷の解離基への作用は荷電数にはあまり依存しないこととも一致している。従って、2価陽イオンから成る塩は1価陽イオンから成る塩のちょうど10分の1の濃度でたんぱく質の表面電荷を静電的に釣り合った状態へ持ってゆくように作用するものと考えられ、(0020)に記載の関係とから、塩と親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として新規たんぱく質の結晶化を試そうとする場合、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mM以上となる塩濃度がたんぱく質の結晶化を誘導する塩の種類を見過ごさないためには有利であると考えられる。
【0022】
酒石酸カリウムとリン酸2カリウムに対して、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの沈澱曲線は、それぞれ200 mMと250 mMまでは他の塩に対するのと同様な挙動を示したが、より高い濃度ではポリエチレングリコール濃度の低い側へ大きく変位しはじめ、沈澱曲線の傾きも大きくなっていった。この時形成されていた高濃度のたんぱく質相は固相ではなく、粘性の高い溶液相を呈していた。200 mMよりも高い酒石酸カリウム濃度と250 mMよりも高いリン酸2カリウム濃度での沈澱曲線の変わった挙動は、塩とポリエチレングリコールとが相分離を起こし、多電解質であるたんぱく質が塩濃度の高い相に大きく偏って分布したことが理由であると考えられる。高い塩濃度の相ではポリエチレングリコール濃度はかなり低くなっているので、このような相に存在するたんぱく質の分子間相互作用はかなり弱まっていると考えられる。このようなたんぱく質の結晶化に不都合となることが多い塩と親水性化合物との相分離を避けるため、相分離を引き起こし易い多価陰イオンの塩と平均分子量4000のポリエチレングリコールとの相分離の境界を次のように決定した。1 mlのガラス製試験管内にいろいろな濃度の塩とポリエチレングリコールの水溶液を調製し、これをボルテックスミキサーで強く混合し、各塩濃度で透明な試料溶液を与える最も高いポリエチレングリコール濃度と相分離による濁りが観察される最も低いポリエチレングリコール濃度との組み合わせを得え、得られた観察点にポリエチレングリコール濃度と塩濃度との間に指数関数を最適化し、図8に示す塩とポリエチレングリコールとの相分離の境界を決定した。たんぱく質間相互作用を誘導するのに必要なポリエチレングリコール濃度が25 %(w/v)を超えることがあるオリゴオキシエチレン親水性頭部の界面活性剤で可溶化された膜外領域の小さな内在性膜たんぱく質の結晶化では、図8に示した相分離の境界を参考にして塩濃度を慎重に選択する必要があるが、それ以外のたんぱく質の結晶化では多価陰イオン濃度で200 mM〜250 mM程度の塩濃度で相分離を避けることができる。従って、(0021)に記載の関係とから、塩と平均分子量4000のポリエチレングリコールとの組み合わせを沈澱剤として結晶化を試そうとする場合、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500 mMと30〜50 mMとなる塩濃度を多くの新規たんぱく質に対して標準として用いることができる。
【0023】
【非特許文献2】J. Biol. Chem. 256 (1981) 625-631 非特許文献2に示されているように相分離が誘導される塩濃度とポリエチレングリコール濃度との境界はポリエチレングリコールの分子量の増加に伴ってより低い塩とポリエチレングリコール濃度へ変位するが、たんぱく質の沈澱曲線もポリエチレングリコール濃度の低い側へ同程度変位する。しかし、水溶液の比誘電率は親水性化合物を構成する繰り返し単位(ポリエチレングリコールではオキシエチレン)の数密度の二乗、即ち、重量/体積の二乗に比例するので、たんぱく質の結晶化に必要な分子間力を誘導するために高い濃度を必要とする分子量の小さな親水性化合物は塩を析出させ易くなる。従って、塩と平均分子量1000以上のポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルとの組み合わせを沈澱剤として用いる場合、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500と30〜50 mMとなる塩濃度をたんぱく質の結晶化条件初期探索の標準塩濃度とし、塩と平均分子量が1000未満のポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオールとの組み合わせを沈澱剤として用いる場合、低めの塩濃度を採用すべきで、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ100〜200と10〜20 mMとなる塩濃度を標準として用いることができる。
【0024】
結晶化条件の初期探索において塩の種類に応じて適切なポリエチレングリコール濃度を設定するには、沈澱曲線の塩の種類依存性をあらかじめ知っておくと便利である。そこで、沈澱曲線と塩の種類との関係を知るために、性質の異なる3種類の界面活性剤、即ち、N-オクチル-β-D-グルコピラノシド、N-ドデシル-オクタオキシエチレン、および、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドでそれぞれ可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて、1価陽イオンと2価陽イオンの濃度がそれぞれ400mMと40mMとなる塩濃度で平均分子量4000のポリエチレングリコールの濃度に対する沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線から溶液相に分散していたたんぱく質濃度が5 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度を算出し、算出した濃度を陽イオンと陰イオンの組み合わせに対して棒グラフで図9に示す。3つの内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体で塩の種類に応じた沈澱曲線の相対的な位置関係はお互いに似ており、沈澱曲線は同じ陰イオンの塩では概ねリチウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、カドミウムイオンの順序でポリエチレングリコール濃度の低い方へ変位し、同じ陽イオン濃度では概ねチオシアン酸イオン, ヨウ素イオン, 硝酸イオン, 塩素イオン, ギ酸イオン, 酢酸イオン, 乳酸イオン, 酪酸イオン, 硫酸イオン, リン酸イオン, 琥珀酸イオン, リンゴ酸イオン, 酒石酸イオン, シュウ酸イオン,クエン酸イオンの順序でポリエチレングリコール濃度の高い方へ変位した。沈澱曲線の位置と陽イオンと陰イオンの種類の組み合わせとをできるだけ簡単な関係、即ち、平面で表すことを考え、カリウム塩を基準とし他の陽イオンの塩に対して溶液相に分散するたんぱく質濃度が5 mg/mlとなるポリエチレングリコールの相対濃度を算出し、硝酸塩を基準とし他の陰イオンの塩に対しても溶液相に分散するたんぱく質濃度が5 mg/mlとなるポリエチレングリコールの相対濃度を算出し、算出した各イオン種に対するポリエチレングリコールの相対濃度を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
3つの内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体でみられた沈澱曲線の位置に関するイオン種依存性の一般性を確かめるために、他の12種類の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体について1価陽イオンと2価陽イオンの濃度がそれぞれ400mMと40mMとなるいろいろな硝酸塩とカリウム塩存在下で沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度を算出し、算出したポリエチレングリコール濃度をイオン種に対応するポリエチレングリコールの相対濃度に対してプロットした。性質の異なる9種類の界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィルたんぱく質複合体IIと性質の異なるたんぱく質について得られた結果をそれぞれ図10と図11に示す。沈澱曲線が高いポリエチレングリコール濃度に位置するオリゴオキシエチレン親水性頭部の界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィルたんぱく質複合体IIとN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドで可溶化された Rb. sphaeroides光反応中心の沈澱曲線は陰イオンの違いによって±2%(w/v)程度のばらつきを示し、N-ノナノイル-N-メチルグルカミドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィルたんぱく質複合体IIの沈澱曲線は硝酸カルシウムに対して3 %(w/v)程度低いポリエチレングリコール濃度に位置していたが、それ以外の場合、イオン種に対する沈澱曲線の分布は±1 %(w/v)程度に収まるよい線形関係を示した。このように3つの内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体でみられた沈澱曲線の位置とイオンの種類との相関関係は他の12種類の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体についても成り立っていたので、沈澱曲線とイオンの種類との関係は他の多くのたんぱく質にも適用可能であると考えられる。さらに、表2に示すイオン種に割当てられたポリエチレングリコールの相対濃度に対してプロットした10 mg/mlと1 mg/mlのたんぱく質が溶液相に分散できるポリエチレングリコール濃度も、図12と図13に示すように、5 mg/mlのたんぱく質濃度の場合とほぼ同様な傾向を示したので、結晶化で試そうとするたんぱく質濃度が結晶化で通常用いられる範囲であれば、その濃度のたんぱく質が溶液相に分散するポリエチレングリコール濃度を添加する塩と関係づける場合も表2に示す値は有効であると考えられる。以上の結果をふまえ、塩と沈澱曲線との関係を次のようにまとめることができる。
塩の添加によって静電的に釣り合った状態にあるたんぱく質について、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が同じになる平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度(R)は、添加する塩を構成する陽イオン(S)と陰イオン(T)へ表2に示す値を割り当てることによって次の式(I)で表される。
R = ES + FT + G 式(I)
(ここで、E、F、及びGは同一溶媒中の同一たんぱく質に対して同じ値となる)
図14の概念図に示すように、式(I)の関係は異なる陽イオンと異なる陰イオンとで構成される塩の中から3種類を選択し、選択した塩存在下で静電的につり合った状態にあるたんぱく質について平均分子量4000のポリエチレングリコールの濃度に対する沈澱曲線を作成することにより他の塩についても溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が同じになるポリエチレングリコールの濃度が予測可能であることを示している。尚、選択する塩についての制限は特にないが、上述したようなたんぱく質の性質や界面活性剤の種類によって沈殿曲線を大きく変位させる可能性がある塩の選択は避けることが賢明であり、条件探索で試そうとする塩の集合の中でイオンに割り当てられた値が最も大きな塩と最も小さな塩との組を選ぶようにすれば、ポリエチレングリコールの予測濃度と実際の濃度との差は全体的に小さく抑えることができる。
【0027】
次に、N-オクチル-β-D-グルコピラノシド、N-ドデシル-オクタオキシエチレン、および、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドでそれぞれ可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて作成した沈澱曲線の傾きを陽イオンと陰イオンの組み合わせに対する棒グラフとして図15に示す。沈澱曲線の傾きと塩との間には位置と塩との間に見られたような明確な相関関係は認められなかったが、沈澱曲線の傾きはいろいろな塩に対して同程度か、或は、沈澱曲線がポリエチレングリコールの低い濃度にあるものほど傾きが大きくなる傾向を示した。沈澱曲線の傾きと塩との関係をもっと詳しくみるために、他の12種類の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体について作成された沈澱曲線の傾きを塩の種類に対してプロットした。図16に示すように、性質の異なる9種類の界面活性剤でそれぞれ可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィルたんぱく質複合体IIの沈澱曲線の傾きは沈澱曲線が高いポリエチレングリコール濃度に位置するものほど小さくなり、沈澱曲線の傾きへの影響は陽イオンよりも陰イオンで大きく、特に、可溶化界面活性剤がN-ノナノイル-N-メチルグルカミドの場合、沈澱曲線の傾きは1価陰イオンの塩に対して大きく、2価陰イオンの塩に対しては小さくなっていた。一方、性質の異なるたんぱく質の沈澱曲線の傾きは、図17が示すように、等電点の高い塩基性たんぱく質から等電点の低い酸性たんぱく質に向かって小さくなり、特に、緩衝液のpHよりも高い等電点を持つRp. viridisの光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iは添加する塩の種類によるpHの変化に敏感で、緩衝液のpHを酸性側へ下げる塩に対して沈澱曲線の傾きは小さくなり、塩基性側へ上げる塩に対しては大きくなっていた。このような内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体の性質と沈澱曲線の傾きとの関係を考慮して、結晶化方法の選択と探索条件の設定を次のように行うことができる。
(1)カルシウムイオンとN-ノナノイル-N-メチルグルカミドの組み合わせのように、条件探索で使用する予定にしている濃度のたんぱく質を溶液相に分散させることができるポリエチレングリコール濃度の予測と実際との差が溶液相に分散できるたんぱく質の濃度を、例えば、10 mg/mlから1 mg/mlへ減少させるポリエチレングリコール濃度の増加よりも大きくなる可能性のあるたんぱく質やRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iのように沈澱曲線の傾きが極端に大きなたんぱく質については、試料溶液に添加される沈澱剤の濃度を溶液相に分散できるたんぱく質が大きく変化する範囲内に設定する必要のあるバッチ法は避け、蒸気拡散法か、透析法を用いて結晶化条件の探索を行ようにする。蒸気拡散法では、決定する沈澱曲線から、用いようとするたんぱく質濃度を与えるポリエチレングリコール濃度を算出し、その濃度より2 %(w/v)程度低い濃度を出発時の試料溶液のポリエチレングリコール濃度とし、リザーバー溶液のポリエチレングリコール濃度は、例えば、0.1 mg/mlのたんぱく質濃度を与えるポリエチレングリコール濃度を算出し、算出した濃度より2 %(w/v)程度高い濃度に用いようとするたんぱく質濃度を上乗せした濃度とする。
(2)沈澱曲線の傾きが小さなたんぱく質や塩の種類によって大きく変化しないたんぱく質については、作成した沈澱曲線から適切な探索条件として算出されるポリエチレングリコール濃度が対象たんぱく質の結晶化を誘導できないほどずれることはあまりないので、バッチ法、蒸気拡散法、透析法のいずれの結晶化方法を選択してもよく、結晶化方法に応じて算出される溶液条件を用いて結晶化条件の初期探索を行う。
【0028】
たんぱく質の結晶化ではポリエチレングリコールと複数の塩との組み合わせを沈澱剤として用いられることがあるので、位置の異なる沈澱曲線を与える2種類の塩が添加された時の沈澱曲線の挙動について知るため、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて、異なる濃度の硝酸ナトリウムと硝酸マグネシウムのいろいろな組み合わせを用いて平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度に対する沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線から算出されたたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度と沈澱曲線の傾きを硝酸ナトリウムと硝酸マグネシウム濃度に対する等高線図として図18に示す。硝酸ナトリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度の10倍との和が400よりも小さな範囲では、沈澱曲線は塩濃度の増加にともなって両塩の加算的な影響を受けて低いポリエチレングリコール濃度側へ大きく変位し、沈澱曲線の傾きも両塩の加算的な影響を受けて変化した。硝酸ナトリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度の10倍との和が400よりも大きな範囲では、混合塩に対する沈澱曲線の位置と傾きは硝酸ナトリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度の10倍の値によるそれぞれの塩に対する沈澱曲線の荷重平均に従ってゆるやかに変化した。沈澱曲線の位置と傾きに関するこれらの結果は解離性アミノ酸側鎖へ吸着するイオンの分配の規則とも一致し、一般的な現象であると考えられる。また、溶液相に分散できるたんぱく質濃度の例として5mg/mlを図18には示したが、沈澱曲線の傾きが混合する塩の比率に応じて連続的に変化することから、沈澱曲線の位置や傾きと混合塩との関係はもっと広い範囲のたんぱく質濃度に対しても成り立っている。従って、複数の塩の添加によって静電的に釣り合った状態にあるたんぱく質が溶液相に分散できる濃度が同じとなるポリエチレングリコール濃度 (R)は、それぞれの塩存在下で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が同じになるポリエチレングリコール濃度(Ri)と添加する塩のそれぞれの濃度[i]と次式によって関係付けられる。
R =Σ Ri [i] αi/Σ[i] αi 式(V)
(ここで、Σは溶媒に含まれる塩の種類についての和を意味する。αi は1価陽イオンを含む塩では1とし、2価陽イオンを含む塩では10とする)
式(V)の関係を用いることにより、作成した沈澱曲線から(0014)に記載の任意の塩に対応して算出される対象たんぱく質の同じ濃度を与えるポリエチレングリコール濃度を用いて混合塩に対して同じたんぱく質濃度を与えるポリエチレングリコール濃度を予測することが可能となる。
【0029】
たんぱく質の結晶化では平均分子量4000のポリエチレングリコールだけでなくいろいろな平均分子量のポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテル等の親水性化合物が沈澱剤として用いられるので、たんぱく質の表面電荷を静電的に釣り合った状態へ持ってゆく塩濃度が親水性化合物の種類とどのように関係するのかを知るために、N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて、硝酸カリウムと硝酸マグネシウムの異なる濃度で平均分子量が400から8000のポリエチレングリコールを用いて沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度をポリエチレングリコールの平均分子量に対して図19にプロットした。平均分子量400のポリエチレングリコールを用いて作成した沈殿曲線は硝酸カリウムと硝酸マグネシウムのいろいろな濃度でほとんど変化しなかったが、平均分子量1000以上のポリエチレングリコールを用いて作成した沈澱曲線は塩濃度の増加に伴ってポリエチレングリコール濃度の低い方へ向かって変位し、400 mM以上の硝酸カリウムと40 mM以上の硝酸マグネシウムでは変位がゆるやかになった。この結果は、2価陽イオンから成る塩は1価陽イオンから成る塩のちょうど10分の1の濃度でたんぱく質の表面電荷を静電的に釣り合った状態へ持ってゆく効果を持ち、この効果は用いるポリエチレングリコールの平均分子量にはあまり影響されないことを示している。従って、親水性化合物添加による溶媒の誘電率の変化によって塩が析出しないようにするためには、平均分子量が1000未満のポリエチレングリコールを用いる場合には1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ100〜200と10〜20 mMとなる塩濃度を、平均分子量1000以上のポリエチレングリコールを用いる場合には1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500と30〜50 mMとなる塩濃度を初期探索の標準濃度とする。
【0030】
図19から容易に理解されるようには、沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度の対数は硝酸カリウムと硝酸マグネシウムの各濃度でポリエチレングリコールの平均分子量の対数とよい線形関係を示した。この関係の一般性を確かめ、ポリエチレングリコールと主鎖の構造が同じポリエチレングリコールモノメチルエーテルで沈殿曲線への影響に違いがあるか否かを知るために、9種類の界面活性剤でそれぞれ可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIとN-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化された性質の異なる5種類の内在性膜たんぱく質について、300 mM塩化ナトリウム存在下で平均分子量400〜20000のポリエチレングリコールと平均分子量550〜5000のポリエチレングリコールモノメチルエーテルを用いて沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの濃度をこれら親水性化合物の平均分子量に対して図20と図21にプロットした。尚、平均分子量4000のポリエチレングリコールに対する沈殿曲線の作成で用いた塩濃度よりも低い塩化ナトリウム濃度300 mMを用いた理由は、平均分子量1000未満のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルによる塩析出の可能性を低く抑えたいと考えたからである。沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度の対数とポリエチレングリコールの平均分子量の対数との線形関係は、可溶化界面活性剤やたんぱく質の性質の違いによらず、調べた全ての内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体で確かめられ、ポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの平均分子量に対してプロットされた沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与える親水性化合物濃度はほぼ一致し、ポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルで沈殿曲線への影響に違いがないことも確かめられた。また、図20と図21に示すように、たんぱく質の表面電荷を静電的に釣り合った状態にする塩濃度では、沈澱曲線の傾きは塩の変化に対して連続的に変化することから、沈澱曲線の位置と親水性化合物の平均分子量との関係は5mg/mlに限らずもっと広い溶液相に分散できるたんぱく質濃度に対しても成り立っている。従って、塩の添加によって静電的に釣り合った状態にあるたんぱく質について、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が同じになるポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの濃度(R)はこれら親水性化合物の平均分子量(U)と次の式(II)で関係づけられる。
log R = - H log U + I 式(II)
(ここで、Hは親水性化合物の平均分子量の対数に対して沈澱曲線上の同じたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度の対数の変化を与える定数であり、Iは同一の親水性化合物に対する沈澱曲線の相対的な位置関係を与える定数である)
式(II)の定数Iは界面活性剤やたんぱく質の性質の違いに対して敏感で、界面活性剤極性頭部の水分子との親和性を反映し、ポリエチレングリコール タート-オクチルフェニル エーテル, N-ドデシル-オクタオキシエチレン, N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド, N-オクチル-β-D-グルコピラノシド, N-オクチル-β-D-チオグルコシド, N-ノニル-β-D-チオマルトシド, N-ドデシル-β-D-マルトシド, β-D-フルクトピラノシル-α-グルコピラノシド モノドデカノエ-ト, N-ノナノイル-N-メチルグルカミドの順序で小さくなり、たんぱく質の膜外領域が大きくなるRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体II, Rb. capusulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体II, Rb. sphaeroides光反応中心, Rp. viridis光反応中心, Rp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの順序で小さくなった。定数Hは、定数Iほど界面活性剤やたんぱく質の違いにより変化しなかったが、オリゴオキシエチレン極性頭部の界面活性剤に対して大きく、ショ糖の極性頭部に対して小さく、他の極性頭部に対してはほぼ同程度で、たんぱく質の膜外領域が大きくなる順序で大きくなる傾向が認められた。また、式(II)の関係により、同一の塩存在下で平均分子量の異なる2種類のポリエチレングリコールもしくはポリエチレングリコールモノメチルエーテルを用いて対象たんぱく質の沈澱曲線を作成すれば、図22に示すように溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が同じになる他の平均分子量を持つポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルの濃度を予測することができる。
【0031】
式(II)で表される関係がいろいろな内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体についても成り立ち、定数H とIは界面活性剤やたんぱく質の性質によって変化することがわかったが、たんぱく質の結晶化条件探索は通常同一の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体毎に塩と親水性化合物との異なる組み合わせをいろいろと試すことで行われるので、式(I)で表される沈殿曲線と塩との関係がポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルの平均分子量の違いによってどのように変化するのかを知るため、平均分子量1000〜8000のポリエチレングリコールを用いて、1価陽イオンと2価陽イオンの濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなるいろいろな塩化物とカリウム塩存在下でN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの沈殿曲線を作成し、沈澱曲線上のたんぱく質濃度5mg/mlを与えるポリエチレングリコールの濃度をポリエチレングリコールの平均分子量に対して図23にプロットした。沈澱曲線上でたんぱく質濃度5 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度は、いろいろな塩でポリエチレングリコールの平均分子量に対してほぼ平行に変化した。この結果は、式(II)の定数Hは静電的に釣り合った状態にある同じたんぱく質に対して塩の種類によらずほぼ一定であり、ポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルの濃度について対数をとった時、図24に示すように各親水性化合物に対する沈殿曲線の位置と塩との関係が平行な曲面で表され、親水性化合物の平均分子量がその曲面の間隔を決めていることを示している。従って、ポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルをたんぱく質結晶化の親水性化合物とし、異なる陽イオンと異なる陰イオンとで構成される塩3種類と親水性化合物1種類との組み合わせで沈澱曲線を3本作成し、さらに、1種類の塩と平均分子量の異なる2種類の親水性化合物との組み合わせで沈澱曲線を2本作成し、式(I)と式(II)を用いることにより、(0014)に記載の塩と平均分子量の異なる親水性化合物との組み合わせ全てに関して、静電的に釣り合った状態にあるたんぱく質の沈澱曲線上の同じたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を予測することが可能となり、結晶化条件の初期探索における沈澱剤濃度の網羅的な試行を合理化することができる。尚、沈澱曲線と親水性化合物の平均分子量との関係を調べるために選択する塩と親水性化合物との組み合わせの1つを沈澱曲線と塩との関係を調べるために選択した塩と親水性化合物との組み合わせの中から選択すれば、作成すべき沈澱曲線は理想的には4本となる。
【0032】
平均分子量の小さな親水性化合物は、たんぱく質内の2次、及び、3次構造間やたんぱく質と界面活性剤との疎水性相互作用領域に割り込み易く、しかも、たんぱく質分子間の相互作用を誘導するのに必要な親水性化合物濃度が高くなるのでたんぱく質の安定性が著しく損なわれることがある。特に、30 %(w/v)を超える親水性化合物を含む水溶液ではたんぱく質の疎水性領域を覆っている界面活性剤がはずれてはじめるようで、Rb. sphaeroidesやRb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのような比較的高い親水性化合物濃度でも安定なたんぱく質もゆっくりと変性した。逆に、親水性化合物の平均分子量が大きくなるにつれて、たんぱく質分子間の相互作用を誘導するのに必要な親水性化合物の濃度は低くなるが、平均分子量が10000を超える親水性化合物を用いる場合、添加される水溶液の粘牲の上昇は大きく、溶媒に分散しうるたんぱく質濃度を低下させる効果を上回ることがあるため、結晶核の形成を抑える傾向が強くなり、たんぱく質結晶化の再現性が著しく損なわれることがある。また、オリゴオキシエチレン極性頭部の界面活性剤で可溶化されたたんぱく質は分子間相互作用を誘導するのに高い親水性化合物濃度を必要とし、親水性化合物濃度の分布は粘性の高い溶媒中で均一になりにくいため沈澱曲線を正確に決定できないことがあり、また、図20から理解されるように平均分子量が1000以下のポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルを用いてその沈澱曲線を作成できないこともある。このようなたんぱく質の安定性、沈澱曲線の信頼性、結晶化の再現性に対する要請から、高い親水性化合物濃度に沈澱曲線が位置することが予測されるオリゴオキシエチレン極性頭部の界面活性剤で可溶化されたたんぱく質に対しては3000〜8000、ジメチルアミンオキシド極性頭部の界面活性剤で可溶化されたたんぱく質に対しては2000〜8000、その他の界面活性剤で可溶化されたたんぱく質に対しては1000〜8000の平均分子量を沈澱曲線作成のために用いるポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの目安とすることができ、沈澱曲線の所在と親水性化合物の分子量との関係を知るために選択する2種類の親水性化合物は、予測と実際との差を全体的に小さく抑えることができるように、平均分子量の離れたものであることが望ましい。また、平均分子量1000未満のポリエチレングリコールやポリエチレングリコールモノメチルエーテルは、対象たんぱく質が安定性であれば、平均分子量1000以上の親水性化合物とは異なる晶系の結晶や良質な結晶を形成させることがあるけれども、沈澱曲線が平均分子量1000未満の親水性化合物に対して式(II)の関係から予測されるよりも高めの親水性化合物濃度へ変位する傾向がある。従って、平均分子量1000未満の親水性化合物を結晶化実験で試したい場合には、小さな親水性化合物に対する沈澱曲線所在の予測精度を向上させるため、さらに1種類、例えば、平均分子量400のポリエチレングリコールを用いて対象たんぱく質の沈澱曲線を作成することが望ましい。
【0033】
内在性膜たんぱく質の結晶化例はきわめて少ないが、2-メチル-2,4-ペンタンジオールや1,6-ヘキサンジオールのような不揮発性の親水性化合物と塩との組み合わせがたんぱく質結晶化の沈澱剤として用いられることがある。そこで、たんぱく質分子間に相互作用を誘導する2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールの効果を簡潔に知るために、9種類の界面活性剤でそれぞれ可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIと N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化された5種類の内在性膜たんぱく質について、たんぱく質濃度、界面活性剤、塩化ナトリウム、および、Tris-HCl (pH 8.0)緩衝剤の濃度がそれぞれ30 mg/ml、臨界ミセル濃度よりも0.1 %(w/v)単位で高い濃度の2倍、500 mM、および、20 mMとなるたんぱく質溶液を50μlずつ500μlのテストチューブ中に調製し、調製したそれぞれのたんぱく質溶液へ2-メチル-2,4-ペンタンジオール、又は、1,6-ヘキサンジオールの100 %(w/v)水溶液をボルテックスミキサーで強く撹拌しながら2μlずつ加えてゆき、たんぱく質の非特異的な会合による濁りを生じさせる最小濃度を調べた。2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールの濃度が30 %(w/v)になる辺りからN-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIだけがアモルファス沈殿物を形成しはじめ、ほぼ同じ親水性化合物濃度で他の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体は試料溶液全体が急速にゲル状になるか、50 %(w/v)まで変化しないかであった。このように、2-メチル-2,4-ペンタンジオールや1,6-ヘキサンジオールは、その小さな分子量のためにポリエチレングリコールでは誘導されなかった相互作用をたんぱく質分子間に誘導しているようであった。2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールはほぼ等しい分子量を持ち、これら親水性化合物を含む水溶液の屈折率、即ち、誘電率の変化もほぼ同じで、しかも、上述したようにたんぱく質分子間に同様な相互作用を誘導していたので、沈澱剤としての効果はほぼ同じであると考えられる。また、2-メチル-2,4-ペンタンジオールや1,6-ヘキサンジオールは予期できない相互作用をたんぱく質分子間に誘導することがあるので、性質や挙動がはっきりしていない新規たんぱく質の結晶化条件探索においては最初に使用するのを避けることが賢明である。
【0034】
不揮発性親水性化合物水溶液中での塩の効果を知るために、2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールの濃度が50 %(w/v)までに沈殿曲線が存在することが示されたN-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて、いろいろな濃度の塩化カリウムと塩化マグネシウム存在下で2-メチル-2,4-ペンタンジオールに対する沈殿曲線を作成し、作成した沈澱曲線から溶液相に分散するたんぱく質濃度が5 mg/mlとなる2-メチル-2,4-ペンタンジオール濃度を算出し、塩化カリウムと塩化マグネシウムの濃度に対してプロットした。図25に示すように、水溶液の誘電率に及ぼす塩と2-メチル-2,4-ペンタンジオールの効果が相殺しあうため、添加する濃度が高い塩化カリウムでは塩化マグネシウムほど明確ではないが、塩化カリウムと塩化マグネシウムの濃度がそれぞれ400 mMと40 mMを超える辺りから沈澱曲線の変位が落ち着きはじめた。この結果は、平均分子量4000のポリエチレングリコール水溶液中よりは少し高めではあるが、たんぱく質表面に存在する解離性アミノ酸側鎖に吸着するイオンの作用は、2-メチル-2,4-ペンタンジオール水溶液中でも本質的には同じで、2価陽イオンから成る塩は1価陽イオンから成る塩のちょうど10分の1の濃度でたんぱく質の表面電荷を静電的に釣り合った状態にする効果を持っていることを示している。
【0035】
2-メチル-2,4-ペンタンジオールを用いた時の沈澱曲線と塩との関係を知るために、N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIについて1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩化物存在下で沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線から算出されたたんぱく質濃度5 mg/mlを与える2-メチル-2,4-ペンタンジオールの濃度と沈澱曲線の傾きを(0024)〜(0026)で各陽イオンに対応して算出されたポリエチレングリコールの相対濃度に対して図26にプロットした。塩化フッ素と塩化カルシウムで2 %(w/v)程度ずれていたが、沈澱曲線の位置と塩とは全体的によい線形関係を示した。沈澱曲線の傾きと塩との相関関係は、位置と塩との関係ほど高い相関は認められなかったが、沈澱曲線が低い2-メチル-2,4-ペンタンジオール濃度に位置するものほど2-メチル-2,4-ペンタンジオールの相対的な濃度変化が大きくなるため、傾きは大きくなった。この結果は、たんぱく質溶液全体をゲル化させるような相互作用が誘導されないたんぱく質に対して、ポリエチレングリコールを用いた時に認められた沈澱曲線と塩との間に認められた式(I)で表される関係が2-メチル-2,4-ペンタンジオールを用いる時にも有効であることを示している。
【0036】
2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールによって誘導されるたんぱく質分子間相互作用の程度を知るために、いろいろな平均分子量のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオールを用いて、300 mM塩化ナトリウム存在下でN-オクチル-β-D-グルコピラノシドとN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドでそれぞれ可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える親水性化合物濃度を親水性化合物の平均分子量に対して図27にプロットした。それぞれの内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体について、2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールに対する沈澱曲線はお互いに近い濃度に位置していたが、その分子量から期待される濃度よりも低い平均分子量1000〜1500のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルとに対して期待される濃度に位置していた。従って、たんぱく質溶液全体をゲル化させるような相互作用が誘導されないたんぱく質に対しては、平均分子量の代わりに1000〜1500の数値を式(II)に代入することによって2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールを用いる時の沈澱曲線の所在を予測することが可能であると考えられる。
【0037】
以下に、本発明による塩と親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として静置バッチ法、蒸気拡散法、及び、透析法によるたんぱく質の結晶化条件を合理的に探索する方法を図28に示す流れ図に沿って説明する。尚、本発明で開発された方法は枠で囲まれて示している。
【0038】
変性したたんぱく質は結晶化しないので、結晶化条件探索に先立ち、対象とするたんぱく質を安定に保つことができる緩衝液と界面活性剤とを決定しておかなければならない。試そうとする緩衝液や界面活性剤を含む水溶液を準備し、濃度の濃いたんぱく質を含む試料溶液を準備した水溶液へ精製で用いた溶媒の持ち込みが無視できるように少量添加し、その後一週間程度おいて生物学的手法、もしくは、分光学的手法を用いて対象たんぱく質の安定性を調べ、たんぱく質が長時間、安定に存在できる溶媒条件を決定する。この時、たんぱく質の安定性におよぼす緩衝液の種類やpHの影響は個別的であるが、界面活性剤のタイプによる影響はある程度の規則性があり、本発明者が非特許文献1で示している“内在性膜たんぱく質の安定性におよぼす界面活性剤の影響の順序”を参考にして結晶化条件の初期探索で用いる界面活性剤を選択することもできる。また、対象とするたんぱく質の精製条件を確立する際にたんぱく質を単分散状態で安定に保つことができる溶媒を系統的に調べておけば、結晶化条件探索時に溶媒を改めて調べ直す必要はない。
【0039】
たんぱく質を長時間、安定に保つことができる緩衝液と界面活性剤との組み合わせの中から結晶化条件探索で用いる溶媒を選択し、選択した溶媒を用いて1種類の親水性化合物といろいろな塩との組み合わせを沈澱剤として結晶化条件探索を計画する場合、1種類の親水性化合物と3種類の塩を用いて沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線から(0014)に記載の塩に対して結晶化条件探索に適する親水性化合物濃度を以下の手順で算出する。
(1)たんぱく質の安定性と結晶化の再現性との要請から、結晶化条件が未知である新規たんぱく質の結晶化条件探索は、平均分子量が1000〜8000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの中から(0032)に記載したようにたんぱく質の性質に応じて試そうとする1種類を選択する。
(2)(0014)に記載する塩の中から陽イオンと陰イオンが全て同じにならない3種類を選択する。この時、対象たんぱく質が安定に存在できるpHの範囲が正確に決定できていない時には、緩衝液のpHを酸性側へ2よりも大きく下げることがあるニッケル、亜鉛、及び、カドミウムを含む塩の選択は避けるほうが賢明で、選択する界面活性剤や親水性化合物によっては対象たんぱく質に特異な挙動を起こさせる可能性のある塩も避けるほうがよい。
(3)選択した親水性化合物と塩とを用いて、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500 mMと30〜50 mMとなる塩濃度で親水性化合物濃度に対する沈澱曲線を作成する。2000本を超える正確に決定された沈殿曲線の98パーセントが式(III)に従い、そのほとんどの回帰曲線の相関係数は0.99以上であったことから、一度の精製で得られるたんぱく質の量が少ない場合には、結晶化条件探索で用いようとする濃度の1.5〜2倍程度の塩とたんぱく質を含む試料溶液を調製し、調製した試料溶液へ50〜60 %(w/v)程度の親水性化合物を含む緩衝液を混合しながら少量ずつ加えてゆき試料溶液の濁り具合を観察し、条件探索で用いる予定の塩濃度で試料溶液の濁りが観察された最小親水性化合物濃度より3 %(w/v) 程度と5〜6 %(w/v)高い親水性化合物濃度において上清溶液に分散するたんぱく質の濃度を測定し、得られる2組のデータから式(III)を用いて簡便に沈澱曲線を作成することもできる。
(4)3種類の塩に対して作成した沈澱曲線から塩の種類に応じて結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を算出し、算出した親水性化合物濃度を式(I)に代入して得られる3元連立方程式を解くことによって定数E、F、Gを決定し、決定した定数を式(I)に代入することにより(0014)に記載した任意の塩と結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度との関係を表す式を導出し、導出した式に条件探索で用いようとする塩の種類に応じて表2に示す各陽イオンと陰イオンに付与された値を代入して各塩について結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を算出する。
(5)複数の塩と(1)で選択した親水性化合物との組み合わせを沈澱剤として用いる場合、それぞれの塩に対して(4)で算出した親水性化合物濃度と混合塩を構成する各塩の濃度とを式(V)に代入し、混合塩に対して結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を算出する。
(6) 蒸気拡散法や透析法を用いる結晶化条件探索では、たんぱく質試料溶液とは別にリザーバー溶液や透析外液の沈澱剤濃度を設定する必要がある。溶液相に分散するたんぱく質濃度が1 mg/mlから0.1 mg/mlの範囲となる親水性化合物濃度を蒸気拡散法で用いるリザーバー溶液の親水性化合物濃度とし、たんぱく質濃度1 mg/ml〜0.1 mg/mlに対応する親水性化合物濃度を3種類の塩に対して上記(3)で作成した沈澱曲線から上記(4)に示した手順に従って算出する。透析法では、たんぱく質が通過できない半透膜を通して試料溶液と透析外液との間で溶媒の交換が行われるので、蒸気拡散法でみられるたんぱく質の結晶化を阻害することがある界面活性剤ミセルなどの濃縮はないが、試料溶液の沈澱剤濃度は蒸気拡散法を用いる時よりも速く変化するため、たんぱく質のアモルファス沈殿物が短時間のうちに形成してしまうことがある。従って、透析法による結晶化条件の初期探索では、出発時の試料溶液の条件設定よりも透析外液の条件設定が重要となり、試料溶液の最終溶媒となる透析外液の沈澱剤濃度を溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が大きく変化する範囲におさまるように設定しなければならない。また、たんぱく質による排除体積効果のためたんぱく質を取り囲んでいる溶媒の沈澱剤濃度は試料溶液全体の沈澱剤濃度よりもたんぱく質濃度の分だけ高くなっているが、結晶の溶解性は沈澱剤を混合した直後の溶媒に分散できるたんぱく質の濃度よりも低いので、透析外液の親水性化合物は沈澱曲線によってたんぱく質濃度5 mg/mlから1 mg/mlの範囲に対応する濃度とし、たんぱく質濃度5 〜 1 mg/mlに対応する親水性化合物濃度を3種類の塩に対して上記(3)で作成した沈澱曲線から上記(4)に示した手順に従って算出する。
(7)沈澱曲線作成に用いたたんぱく質濃度と結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度とが異なる時、バッチ法と蒸気拡散法による結晶化条件の初期探索では、塩基性アミノ酸の多いたんぱく質、平均分子量4000のポリエチレングリコールで20 %(w/v)を超える濃度に沈澱曲線が位置するたんぱく質、及びそれ以外のたんぱく質に対して、(3)〜(5)で算出した試料溶液やリザーバー溶液で用いる親水性化合物濃度をたんぱく質濃度1 mg/mlの増加当たりそれぞれ0.15 %(w/v)、0.10 %(w/v)、及び0.05 %(w/v) 低くなるように補正する。また、溶液相に分散することができるたんぱく質の濃度はたんぱく質を取り囲んでいる溶媒の沈澱剤濃度によって決まるので、透析法による結晶化では、条件探索で用いるたんぱく質濃度をゼロと仮定し、対象たんぱく質の性質に応じて透析外液の親水性化合物濃度を同様に補正する。
【0040】
たんぱく質を長時間、安定に保つことができる緩衝液と界面活性剤との組み合わせの中から結晶化条件探索で用いる溶媒を選択し、選択した溶媒を用いて(0014)に記載する塩と(0015)に記載する親水性化合物とのいろいろな組み合わせを沈澱剤として用いる条件探索を計画する場合、1種類の塩と2種類、もしくは3種類の親水性化合物を用いて沈澱曲線を作成し、作成した沈澱曲線から結晶化条件探索に適する親水性化合物の濃度を以下の手順で算出する。
(1)(0014)に記載する塩の中から1種類を任意に選ぶ。この時、オリゴオキシエチレン極性頭部の界面活性剤で可溶化された膜外領域の小さなたんぱく質は沈殿曲線が高い親水性化合物濃度に位置するので、塩と親水性化合物との相分離を避けるために、少なくとも3価陰イオンを含む塩の選択は避けるようにする。また、メチルグルカミド極性頭部の界面活性剤がたんぱく質の可溶化剤として用いられている場合、沈殿曲線を低い親水性化合物濃度へ変位させる可能性のあるマグネシウムやカドミウムを含む塩は避けるようにする。
(2)結晶化条件が未知である新規たんぱく質に対しては、たんぱく質の安定性と結晶化の再現性との要請から、平均分子量が1000〜8000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの中から分子量の異なる2種類を選択する。この時、予測と実際との差を全体的に小さく抑えるためには、選択する親水性化合物の平均分子量は離れていることが望ましい。また、平均分子量が1000未満のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルは1000以上のものに対して式(II)の関係から予測される沈澱曲線の位置よりも高めの沈澱剤濃度へ変位させる傾向があるので、平均分子量1000未満の親水性化合物に対する沈澱曲線の予測精度を向上させるためには、平均分子量が1000〜8000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの中から2種類を選択することに加え、例えば、平均分子量400のポリエチレングリコールも選択することが望ましい。1種類の親水性化合物といろいろな塩との組み合わせを沈澱剤とする結晶化条件探索の後にいろいろな親水性化合物を用いる結晶化条件探索を計画する場合、前者の沈澱曲線作成で用いた塩と親水性化合物の組み合わせの中から1つを選択すれば、新たに選択しなければならない親水性化合物は1種類もしくは2種類となる。
(3)選択した塩と親水性化合物との組み合わせを沈澱剤とし、混合した最終試料溶液の1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500と30〜50 mMとなる塩濃度で選択した親水性化合物それぞれに対して沈澱曲線を作成する。一度の精製で得られるたんぱく質が少ない場合には、(0039)(3)で記載した簡便な方法により沈澱曲線を作成する。
(4)作成した2本もしくは3本の沈澱曲線から結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を算出し、算出した親水性化合物濃度を式(II)に代入して得られる1組もしくは2組の2元連立方程式を解くことによって定数HとIを決定し、決定した1組もしくは2組の定数を式(II)に代入することにより結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物の濃度と平均分子量との関係を表す式を導出する。導出した式へポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルに対しては平均分子量を、2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールに対しては平均分子量の代わりに1000〜1500の値を代入し、結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与えるそれぞれの親水性化合物の濃度を算出する。同じたんぱく質-界面活性剤複合体に対して式(II)の定数Hは塩の種類に関係なくほぼ一定であるから、(0014)に記載する塩と結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度との関係が1種類の親水性化合物について既に決定されていれば、塩と親水性化合物との任意の組み合わせについても結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度を必要に応じて算出する。
(5) 蒸気拡散法のリザーバー溶液と透析法の透析外液に対して、溶液相に分散しうるたんぱく質濃度がそれぞれ1〜0.1 mg/mlと5〜1 mg/mlの範囲となる親水性化合物濃度を上記(3)で作成した沈澱曲線から上記(4)に示した手順に従って算出する。
(6)バッチ法と蒸気拡散法を用いて結晶化条件探索を行う場合、沈澱曲線作成で用いたたんぱく質濃度と結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度の違いによって生じる沈澱曲線の変位を(0039)(7)で記載したようにたんぱく質の性質に応じて補正する。透析法で用いる透析外液については、条件探索で用いるたんぱく質濃度をゼロと仮定し、たんぱく質の性質に応じて沈澱曲線作成で用いたたんぱく質濃度から補正する。
【0041】
結晶化条件の初期探索においてバッチ法、蒸気拡散法、透析法のいずれの方法を用いるかに応じて、対象とするたんぱく質の結晶化を確実に誘導する溶液条件を上記(0039)と(0040)で算出された親水性化合物濃度から次のように決定する。
(1)バッチ法によるたんぱく質の結晶化では、たんぱく質濃度を試そうとする濃度に、塩濃度を1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500と30〜50 mMとなるように、親水性化合物濃度を塩と親水性化合物の種類に応じて(0039)と(0040)で算出した濃度となるように、たんぱく質溶液と沈澱剤水溶液を混合して試料溶液を調製する。調製した試料溶液の親水性化合物濃度が適切であれば、試料溶液全体が少し濁った状態となり、低く過ぎれば、試料溶液は透明なままであり、高すぎれば、たんぱく質は凝集体の塊まりを形成するので、試料溶液調製時に親水性化合物濃度が適切であるかどうかを溶液の濁り具合から判断する。調べた14種類の内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体では、溶液相に分散できるたんぱく質濃度を同じにする親水性化合物濃度の予測と実際とで最大3 %(w/v)の違いが生じており、添加する塩の種類や緩衝液のpHによって沈澱曲線の傾きが大きく変化することがあったので、親水性化合物濃度の小さな違いによって結晶化に必要な過飽和度が達成できないことやほとんどのたんぱく質が凝集してしまうことがある。そのような場合は、調製直後に透明な試料溶液に対しては、緩衝剤、塩、界面活性剤濃度が調製した試料溶液と同じで、親水性化合物濃度ができるだけ高い水溶液を調製し、親水性化合物濃度が2〜3 %(w/v)高くなるように試料溶液に加え、大量のたんぱく質凝集体が形成された試料溶液に対しては、親水性化合物を含まないこと以外は調製した試料溶液と同じ組成を持つたんぱく質溶液を調製し、親水性化合物濃度が2 〜3%(w/v)低くなるように試料溶液に加えることで対処する。調製が終了した試料溶液を乾燥しないように密閉し、試そうとする温度に設定された恒温槽等の中に静置する。
(2)蒸気拡散法を用いる結晶化条件の探索では、溶液相に分散できるたんぱく質の濃度が大きく変化する沈澱剤濃度の範囲を試料溶液がゆっくりと経過するように試料溶液とリザーバー溶液の沈澱剤濃度を設定すればよい。蒸気拡散法では時間の経過に伴って試料溶液から水が奪われてゆくので、出発時の試料溶液の沈澱剤濃度は低めに設定する。従って、試料溶液のたんぱく質濃度は試そうとする濃度に、塩濃度は1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500 mMと30〜50 mMとなるように、親水性化合物濃度は使用する塩の種類と親水性化合物の種類に応じて(0039)と(0040)で算出した濃度とそれより2〜3 %(w/v)低い濃度との間になるように調製する。ポリエチレングリコールのような親水性化合物の水溶液から水は比較的ゆっくり蒸散し、リザーバーの親水性化合物濃度が少々高めでもたんぱく質は結晶化することが多いので、設定する親水性化合物濃度に課せられる制限はバッチ法ほど厳密ではない。従って、リザーバー溶液の塩濃度は試料溶液よりも高い塩濃度に、親水性化合物濃度は(0039)と(0040)で算出された親水性化合物濃度へ試料溶液に含まれているたんぱく質や界面活性剤の濃度を上乗せした濃度となるように調製する。蒸気拡散法では時間の経過とともに試料溶液のたんぱく質濃度や沈澱剤濃度が高くなってゆくので、調製直後に透明な試料溶液はそのままでも構わないことが多いが、大量のたんぱく質凝集体が形成された試料溶液に対しては、試料溶液の調製に用いた界面活性剤を含む緩衝液を親水性化合物濃度が2〜3 %(w/v)低くなるように試料溶液に加える。調製した少量の試料溶液と大量のリザーバー溶液を沈澱剤の種類毎に隔離された同一容器内に同居させ、試料溶液とリザーバー溶液が平衡状態になるように容器を密閉し、試そうとする温度に設定された恒温槽等の中に静置する。
(3)透析法を用いる結晶化条件の探索では、試料溶液のたんぱく質濃度は試そうとする濃度に、塩濃度は1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300〜500 mMと30〜50 mMとなるように、親水性化合物濃度は用いる塩の種類と親水性化合物の種類に応じて(0039)と(0040)で算出した濃度より2〜3 %(w/v)低い濃度になるように調製する。一方、透析外液は、溶液相に分散できるたんぱく質の濃度を1〜5 mg/mlにする親水性化合物濃度で、たんぱく質を含まないこと以外は試料溶液と同じになるように調製する。調製した試料溶液と透析外液を沈澱剤の種類毎に透析膜を介して接触するように隔離された同一容器内に設置し、水の蒸散を防ぐために容器を密閉し、試そうとする温度に設定された恒温槽等の中に静置する。透析法を用いる結晶化では、結晶の核形成や成長が親水性化合物濃度の速い変化についてゆくことができず、たんぱく質が短時間のうちに凝集してしまうことがあるけれども、透析外液を実験途中で簡単に取り替えることができるという利点があるので、出発時と到達時に対して計画している試料溶液の親水性化合物濃度を数等分し、透析外液の沈澱剤濃度を段階的に変えることで対処することもできる。
【0042】
結晶化条件探索のために調製された試料溶液中に結晶が形成されているかどうかを定期的に観察し、X線回折像の測定が可能な大きさの結晶については実際にX線回折像の測定を行い、結晶の質を調べる。X線回折像の測定に不十分な大きさの微結晶については、その塩と親水性化合物とを用いて、結晶の核形成を抑え1つ1つの結晶を大きく成長させるように0.5〜1 %(w/v)低い親水性化合物濃度で再度結晶化を試みるか、用いるたんぱく質濃度を高くしその濃度に応じた親水性化合物濃度で再度結晶化を試みるか、或は、最初に用いた塩濃度や親水性化合物濃度でいろいろな添加剤を加えて再度結晶化を試みる。条件探索で用いた試薬の組み合わせが対象たんぱく質の結晶化に適したものであれば、本方法に基づいて設定する塩と親水性化合物の濃度はかなり高い確率でたんぱく質の結晶化を誘導することができるので、結晶が形成されなかった試薬の組み合わせに対しては、対象たんぱく質の結晶化は再現性が乏しいか、結晶化に適した試薬の組み合わせではないと判断することができる。従って、再実験でも結晶が形成されない塩と親水性化合物の組み合わせについては、異なる緩衝液や界面活性剤を用いる次の結晶化条件探索へ進み、構造解析に適する結晶が得られるまでこのような作業を繰り返す。また、結晶化条件探索の最初のステップで4本もしくは5本の沈澱曲線を作成しておけば、いろいろな塩と親水性化合物との組み合わせについて試すべき探索条件の全体をあらかじめ正確に把握することができるので、一度の精製で得ることができるたんぱく質の量に応じて条件探索の範囲を計画的に分割することができ、進行状況に応じて条件探索の進むべき方向を適切に選択することが可能となる。
【実施例】
【0043】
以下に3種類の内在性膜たんぱく質について本発明を用いて行った結晶化条件探索の具体的な手順と結果を示すが、本発明の技術的範囲はかかる実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
塩化ナトリウムと平均分子量4000のポリエチレングリコールとの組み合わせで結晶化されることが報告されている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1984) 81, 4795-4799; J. Mol. Biol. (1985) 186, 201-203; J. Mol. Biol. (1987) 198, 139-141; J. Mol. Biol. (1987) 193, 419-421)N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroidesの光反応中心について、本発明の有効性を確かめるために蒸気拡散法による結晶化条件探索を以下のように計画し、実施した。
報告されている結晶化では2〜3.3 mg/mlのたんぱく質濃度が用いられているが、本実施例では結晶化条件探索で標準的に用いられているたんぱく質濃度の中間あたりである10 mg/mlを用いることにした。10 mg/mlよりも高いたんぱく質濃度まで正確な沈澱曲線を作成するために、Rb. sphaeroidesの光反応中心を40 mg/ml、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドを 1.6 %(w/v)、Tris-HCl (pH 8.0)を40 mM、EDATを2 mM、アジ化ナトリウムを0.05 %(w/v)含むたんぱく質溶液を調製した。一方、塩として硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、クエン酸カリウムの3種類を選択し、親水性化合物として平均分子量4000のポリエチレングリコールを選択し、沈澱曲線を作成することにした。2 M 硝酸カリウム水溶液、400 mM硝酸マグネシウム水溶液、又は1.33 Mクエン酸カリウム水溶液と62.5 %(w/v) ポリエチレングリコール水溶液、及び純水を混合し、硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、クエン酸カリウム濃度がそれぞれ800 mM、80 mM、266 mMのいろいろなポリエチレングリコール濃度の水溶液を調製した。調製したたんぱく質溶液と沈澱剤水溶液を25 μlずつ500 μlのテストチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合し、たんぱく質のアモルファス沈澱物を遠心操作(12,000 rpmで6分間; T15AP21(日立製作所))で取り除き、上清溶液の吸収スペクトルを測定し、それぞれの沈澱剤濃度で溶液相に分散していたたんぱく質の濃度を決定した。このようにして得られたデータに最小自乗法を用いて式 (III)を最適化し、図29に示す3本の沈澱曲線を作成した。試料溶液中のポリエチレングリコール濃度をX %(w/v)、溶液相に分散していたたんぱく質濃度をY mg/mlで表すと、それぞれの塩に対する沈澱曲線は次のようになった。
400 mM 硝酸カリウム: Y = 1303.5 exp (-0.59658 X); R = 0.99384,
40 mM 硝酸マグネシウム: Y = 179.6 exp (-0.61493 X); R = 0.99875.
133 mM クエン酸カリウム: Y = 3233.1 exp (-0.47158 X); R = 0.99759.
400 mM硝酸カリウム、40 mM 硝酸マグネシウム、133 mM クエン酸カリウム存在下で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は、作成した沈澱曲線からそれぞれ8.16 %(w/v)、4.67 %(w/v)、12.25 %(w/v)となり、式(I)に代入して得られる3元連立方程式を解くことによってたんぱく質濃度10 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度(R %(w/v))は、各陽イオン(S)と陰イオン(T)に付与された値に対して次式で表されることが予測された。
R = 13.33 S + 12.78 T - 17.95
同様にして、たんぱく質濃度1 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度と(0014)に記載する任意の塩とは次式で関係づけることが予測された。
R = 13.78 S + 15.98 T - 17.73
得られた2つの関係式に塩の種類に応じて表2に示す数値を代入することによって、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ400 mMと40 mMとなる塩の存在下で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlと1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は表3に示す値に予測された。
【0044】
【表3】

【0045】
表3に示していない酒石酸ナトリウム/カリウムについては、酒石酸ナトリウムと酒石酸カリウムの1:1の混合塩として式(V)を用いて10 mg/mlと1 mg/mlの溶液相に分散できるたんぱく質濃度を与えるポリエチレングリコール濃度をそれぞれ9.46 %(w/v)と13.89 %(w/v)に予測した。その存在下で10 mg/mlのたんぱく質が溶液相に分散できるポリエチレングリコール濃度が3 %(w/v)を下回る塩では、たんぱく質分子間に非特異的な相互作用が強く誘導されている可能性がある。また、溶液相に分散できるたんぱく質濃度10 mg/mlと1 mg/mlとを与えるポリエチレングリコール濃度の比が2.5倍を超えることが予測される塩では、試料溶液から奪われる水の量が多く、含まれるたんぱく質と薬剤の濃縮が速く進むため、結晶の核形成と成長が強く阻害されると考えられた。そこで、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及び、カドミウムイオンを含む塩については、結晶化条件の初期探索を行わないことにした。
Rb. sphaeroidesの光反応中心の等電点6.3から判断して、たんぱく質濃度1 mg/mlの増加当たり0.05 %(w/v)程度低いポリエチレングリコール濃度へ沈澱曲線は変位すると考えられ、沈澱曲作成に用いたたんぱく質濃度20 mg/mlと結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度10 mg/mlとの違いから用いるべきポリエチレングリコール濃度を0.5 %(w/v)高い濃度へ補正した。蒸気拡散法では、時間の経過に伴って試料溶液から水が蒸散してゆくので、出発時の試料溶液におけるたんぱく質の非特異的な会合を少なくするため、補正したポリエチレングリコール濃度から1 %(w/v)低い値を算出し、ポリエチレングリコール濃度の最小単位を0.5 %(w/v)とした時に最も近い値を出発時の試料溶液のポリエチレングリコール濃度として採用することにした。一方、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度をリザーバー溶液の親水性化合物濃度とし、たんぱく質濃度の違いによって生ずる沈澱曲線の位置の違いを補正し、補正して得られたポリエチレングリコール濃度に試料溶液に含まれるたんぱく質の濃度10 mg/ml = 1 %(w/v)と界面活性剤の濃度0.8 %(w/v)とを上乗せ、0.5 %(w/v) 間隔で目盛られた濃度の高い値を用いることにした。このようにして算出した試料溶液とリザーバー溶液に対して調製すべきポリエチレングリコール濃度を表4に示す。
【0046】
【表4】

【0047】
Tris-HCl (pH 8.0)を20 mM、EDATを1 mM、アジ化ナトリウムを0.025 %(w/v)、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ400 mMと40 mMとなる塩、及び、塩の種類に応じて表4に示す濃度のポリエチレングリコールを含むリザーバー溶液を1 mlずつ細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON; MULTIWELL 24 WELL)のそれぞれのウェルに調製した。Rb. sphaeroidesの光反応中心を10 mg/ml、Tris-HCl (pH 8.0)を20 mM、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドを 0.8 %(w/v)、EDATを1 mM、アジ化ナトリウムを0.05 %(w/v)、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ400 mMと40 mMとなる塩、及び、塩の種類に応じて表4に示す濃度のポリエチレングリコールを含む試料溶液を20 μlずつそれぞれのウェルの中に置かれたブリッジ(HAMPTON RESEARCH; Micro-Bridges)の窪みに調製した。それぞれのウェルを透明なシール(GREINER BIO-ONE; View Seal)で密閉し、20 ℃に保たれた恒温槽((株)三菱電機エンジニアリング; クールインキュベータ CN-25B)内に静置した。試料溶液調製後1週間から1ヶ月かけて、55種類の塩のうち21種類の塩で図30に示すN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心の結晶が形成された。21種類の塩のうち塩化ナトリウムを除く20種類は、このたんぱく質を結晶化するのに有効な塩であることが本実施例によってはじめて同定された塩である。
粗マトリックス法に基づく探索では試そうとする塩濃度とポリエチレングリコール濃度の組み合わせの数だけ試料溶液を調製しなければならず、設定する濃度が対象たんぱく質の結晶化に適するかどうかもわからないが、本発明による探索条件では対象たんぱく質の結晶化を誘導する可能性が高い塩とポリエチレングリコールの濃度の組み合わせ1つを絞り込むことができるため、必要なたんぱく質の量と試料溶液の調製とを大幅に合理化することが可能となった。試料溶液が濁りはじめるまで沈澱剤を少量ずつ添加することで探索条件を決定することもできるが、そのやり方では試そうとする塩の種類の数だけ手間を要する作業を行わなければならないが、本発明では異なる3つの塩を用いて沈澱曲線を作成するだけで済み、たんぱく質の個性に応じて探索方法と溶液条件が計画できるので、本実施例で示したように少ない試行に対してきわめて高い確率でたんぱく質が結晶化されることになる。
次に、結晶化を誘導することが確認された塩化ナトリウムといろいろな親水性化合物との組み合わせを沈澱剤とし、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心のバッチ法による結晶化条件探索をたんぱく質濃度10 mg/mlを用いて以下のように計画・実行した。
沈澱剤としての効果を発揮するのに高い濃度を必要とする分子量の小さな親水性化合物による塩化ナトリウムの析出を抑えるため、試料溶液の塩化ナトリウム濃度を300 mMとし、親水性化合物として平均分子量400と4000のポリエチレングリコールを選択し、上記と同じ方法で図31に示す沈澱曲線を作成した。平均分子量400と4000のポリエチレングリコールに対する沈澱曲線はそれぞれ次の関係に従った。
平均分子量400のポリエチレングリコール:
Y = 106470000 exp (-0.51509 X); R = 0.98775
平均分子量4000のポリエチレングリコール:
Y = 1797.1 exp (-0.52143 X); R = 0.99275
作成した沈澱曲線から、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlとなる平均分子量400と4000のポリエチレングリコール濃度はそれぞれ31.41 %(w/v)と9.96 %(w/v)となり、式(II)に代入して得られる2元連立方程式を解くことによって、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlとなるいろいろな親水性化合物の濃度(R %(w/v))と親水性化合物の種類(U)との関係を表す次の式が得られた。
log R = - 0.4990328 log U + 2.7956299
この式にポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルの平均分子量を、2-メチル-2,4-ペンタンジオールと1,6-ヘキサンジオールに対しては1250を代入することによって、20 mg/ml のたんぱく質と300 mMの塩化ナトリウム存在下で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlとなるいろいろな親水性化合物の濃度を予測した。たんぱく質濃度10 mg/mlを与える親水性化合物濃度が15 %(w/v)よりも高いか低いかに応じて1 %(w/v)か0.5 %(w/v)かの親水性化合物濃度を加えることによって沈澱曲線の変位におよぼすたんぱく質濃度の違いによる影響を補正し、0.5 %(w/v) 間隔で目盛られた濃度で最も近い値を試料溶液の親水性化合物濃度として結晶化実験で用いることにした。たんぱく質濃度の違いを考慮した補正値と実際に結晶化に試した親水性化合物濃度を表5に示す。
【0048】
【表5】

【0049】
また、平均分子量の小さな親水性化合物は、沈澱剤としての効果を発揮するのに高い濃度を必要とし、たんぱく質と界面活性剤との間の疎水性相互作用領域に侵入しやすくなるので、たんぱく質が変性する可能性があったが、たんぱく質分子間の相互作用を誘導するのに最も高い濃度を必要とする平均分子量400のポリエチレングリコールで30 %(w/v)を少し越えた程度であり、本実施例のために精製したたんぱく質は100 mg程度で、数多くの条件を試す余裕があったので、表5に示す全ての親水性化合物を結晶化実験で試すことにした。
Rb. sphaeroidesの光反応中心を10 mg/ml、Tris-HCl (pH 8.0)を10 mM、N-オクチル-β-D-グルコピラノシドを 0.8 %(w/v)、アジ化ナトリウムを0.02 %(w/v)、塩化ナトリウムを300 mM、及び表5に示す濃度の親水性化合物を含む試料溶液をそれぞれ200 μlずつ500 μlのテストチューブ内で調製し、調製した試料溶液をボルテックスミキサーを用いて混合した後たんぱく質のアモルファス沈澱物を遠心操作(12,000 rpmで6分間; T15AP21(日立製作所))で取り除き、上清溶液を別の500 μlのテストチューブへ移し、栓をして、20 ℃に保たれた恒温槽(ヤマト; Lo-Temp Chamber IN61)内に静置した。試料溶液調製後1週間から1月を越えたあたりで、平均分子量550〜20000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルに対して図32に示す結晶が形成された。親水性化合物の平均分子量の増加に伴って、結晶が形成されるまでの時間は長くなり、平均分子量20000のポリエチレングリコールでは親水性化合物の平均分子量の増加による試料溶液の粘性の上昇が親水性化合物濃度の減少による粘性の低下を上回ったため、初めて結晶が確認されたのは1月が経過してからであった。一方、小さな親水性化合物に対して予想していたことでもあるが、平均分子量400のポリエチレングリコール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオールに対してたんぱく質はゆるやかに変性し、結晶は形成されなかった。このように、本発明に基づく結晶化条件探索では用いようとする親水性化合物のたんぱく質への影響やたんぱく質分子間の相互作用を誘導するのに必要な濃度を正確に予測できるので、たんぱく質の安定性や一度の精製で得られる量に応じて、試すべき条件を的確に取捨選択することができる。
【0050】
〔実施例2〕
Rp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの結晶化条件の一例を本発明者も著者の一人として非特許文献3に発表している。
【非特許文献3】Acta Cryst. (2005) F61, 83-86しかし、掲載されている結晶化条件を導出するのに基づいた出発条件とその条件をどのようにして探索したかについては未発表であり、Rp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iについて実施した結晶化条件の初期探索をどのように計画し、実行したかについて以下に示す。 非特許文献1で示しているように、ステロイド骨格界面活性剤以外でRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iを最も安定な状態に保つ界面活性剤であるN-デシル-β-D-マルトシドを可溶化界面活性剤とし、平均分子量4000のポリエチレングリコールといろいろな塩との組み合わせを沈澱剤として用いることにした。たんぱく質濃度10 mg/ml程度まで沈澱曲線を正確に作成するために、Rp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iを40 mg/ml、N-デシル-β-D-マルトシドを 0.2 %(w/v)、Tris-HCl (pH 8.0)を50 mM含むたんぱく質溶液を調製した。一方、塩として硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、クエン酸カリウムの3種類を選択し、2 M 硝酸カリウム水溶液、300 mM硝酸マグネシウム水溶液、又は1 M クエン酸カリウム水溶液と62.5 %(w/v) ポリエチレングリコール水溶液、及び純水を混合し、硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、クエン酸カリウム濃度がそれぞれ600 mM、60 mM、200 mMのいろいろな濃度のポリエチレングリコールを含む水溶液を調製した。調製したたんぱく質溶液と沈澱剤水溶液を25 μlずつ500 μlのテストチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合し、形成したたんぱく質のアモルファス沈澱物を遠心操作(12,000 rpmで6分間; T15AP21(日立製作所))で取り除き、上清溶液の吸収スペクトルを測定し、それぞれの沈澱剤濃度で溶液相に分散していたたんぱく質濃度を決定した。それぞれのポリエチレングリコール濃度(X %(w/v))で溶液相に分散していたたんぱく質濃度(Y mg/ml)に最小自乗法を用いて式(III)を最適化し、それぞれの塩に対して図33に示す下記の沈澱曲線を作成した。300 mM 硝酸カリウム: Y = 5520900 exp (-2.246 X); R = 0.99173、30 mM 硝酸マグネシウム: Y = 2930400 exp (-2.2222 X); R = 0.99596、100 mM クエン酸カリウム: Y = 10033000 exp (-2.2256 X); R = 0.99681N-デシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの沈澱曲線の傾きはいずれも2.2程度と大きいためバッチ法によりこのたんぱく質の結晶化を誘導できるポリエチレングリコールの濃度範囲は1 %(w/v)程度となる。すべての沈澱曲線の所在を±1 %(w/v)以内の精度で予測することは難しいと判断し、蒸気拡散法を用いて結晶化条件の初期探索を行うことにした。試料溶液の出発時のたんぱく質濃度を蒸気拡散法で通常用いられている範囲内の10 mg/mlとした。 作成した沈澱曲線から、300 mM硝酸カリウム、30 mM硝酸マグネシウム、100 mMクエン酸カリウム存在下で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は、それぞれ5.89 %(w/v)、5.66 %(w/v)、および、6.21 %(w/v)となり、これらのポリエチレングリコール濃度を式(I)に代入して得られる3元連立方程式を解くことによってたんぱく質濃度10 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度(R %(w/v))と各陽イオン(S)と陰イオン(T)に割り当てた値との予想される関係は次の式で表された。R = 0.85 S + 1.01 T - 4.03同様にして、0.1 mg/mlのたんぱく質濃度に対して予測される塩の種類とポリエチレングリコール濃度との関係は次式で表された。R = 0.73 S + 1.10 T - 7.14両関係式に塩の種類に応じて表2に示す数値を代入し、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩濃度で溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlと0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は表6に示す値に予測された。
【0051】
【表6】

【0052】
表6に示していない酒石酸ナトリウム/カリウムについても、酒石酸ナトリウムと酒石酸カリウムの1:1の混合塩とし、式(V)を用いて溶液相に分散できるたんぱく質濃度が10 mg/mlと0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度をそれぞれ6.51 %(w/v)と10.21 %(w/v)に予測した。
このたんぱく質の等電点8.2〜8.6からたんぱく質濃度1 mg/mlの増加に対して沈澱曲線は0.15 %(w/v)程度低いポリエチレングリコール濃度へ変位すると考え、沈澱曲線作成で用いたたんぱく質濃度20 mg/mlと結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度10 mg/mlとの違いを1.5 %(w/v)ポリエチレングリコール濃度を高くすることで補正した。さらに、溶液相に分散できるたんぱく質濃度はポリエチレングリコール濃度の変化に対して大きく変化するので、沈澱曲線の所在に関する予測と実際との違いが±1 %(w/v)以内であっても、調製時にかなりのたんぱく質が凝集してしまう試料溶液も現れるであろうと考え、補正した値よりも1 %(w/v)低いポリエチレングリコール濃度を用いることにした。一方、溶液相に分散できるたんぱく質濃度が0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度をリザーバー溶液のポリエチレングリコール濃度とし、たんぱく質濃度の違いによって生ずる沈澱曲線の位置の違いを補正し、補正して得られたポリエチレングリコール濃度へ試料溶液に含まれるたんぱく質の濃度10 mg/ml = 1 %(w/v)と界面活性剤の濃度0.1 %(w/v)とを上乗せした濃度を用いることにした。このようにして算出された試料溶液とリザーバー溶液に対して調製すべきポリエチレングリコール濃度を表7に示す。
【0053】
【表7】

【0054】
試料溶液とリザーバー溶液に対して調製すべきポリエチレングリコール濃度は、それぞれ6 %(w/v)と10 %(w/v)近傍に局在し、ポリエチレングリコール水溶液からの水の蒸散は比較的遅いことを考慮し、溶液調製の手間を軽減するため、6 %(w/v)と10 %(w/v)をそれぞれ出発時の試料溶液とリザーバー溶液のポリエチレングリコール濃度として結晶化条件探索で用いることにした。
Tris-HCl (pH 8.0)を25 mM、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ500 mMと50 mMとなる塩、及び、ポリエチレングリコールを10 %(w/v)含むリザーバー溶液を塩の種類ごとに細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON; MULTIWELL 24 WELL)の各ウェルに1 mlずつ調製した。一方、Rp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体I複合体を10 mg/ml、Tris-HCl (pH 8.0)を25 mM、N-デシル-β-D-マルトシドを 0.1 %(w/v)、 1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩、及びポリエチレングリコールを6 %(w/v)含む試料溶液をそれぞれのウェルの中に置かれたブリッジ(HAMPTON RESEARCH; Micro-Bridges)の窪みに20 μlずつ調製した。調製した溶液を含むそれぞれのウェルを透明なシール(GREINER BIO-ONE; View Seal)で密閉し、5 ℃に保たれた恒温槽((株)三菱電機エンジニアリング; クールインキュベータ CN-25B)内に静置し、結晶化を開始した。その後1週間ほどで、試した72種類の塩のうち15種類の塩で図34に示すN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの結晶が形成された。新規内在性膜たんぱく質の結晶化条件をランダムな溶液条件を用いて探索する場合、結晶が形成されるのは1パーセント以下であるといわれているが、本実施例を行うまで結晶化条件の知られていなかったRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iについても数少ない試行に対してきわめて高い確率で結晶化された。以上本実施例で示したように、本発明に基づく結晶化条件の初期探索では各たんぱく質の性質に応じて適切な結晶化方法の選択や結晶化に適した沈澱剤濃度の予測が可能となるので、条件探索で使用するたんぱく質を少なくでき、無駄な条件の試料溶液を調製する作業を省き、調製した試料溶液観察の手間も軽減される等、結晶化条件の初期探索を大幅に合理的化することができる。
N-デシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iが結晶化された本実施例の溶液条件を出発点として、溶媒の誘電率と界面活性剤ミセルから露出するたんぱく質の表面積に関して以下の改良を行うことによって、非特許文献3で示しているRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの結晶化条件を見いだした。
【0055】
(1)溶媒の誘電率を下げることによってたんぱく質分子間の静電的な相互作用を強めることを意図し、本実施例で示した初期探索でRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iが結晶化された塩の中でこのたんぱく質を比較的安定に保つことができる塩化マグネシウムの濃度を1/2とし、平均分子量を4000から2000に変えることによってポリエチレングリコール濃度を高くした。
(2)界面活性剤ミセルから露出するたんぱく質表面積の増大と比較的高い濃度の界面活性剤ミセルによる結晶核形成の抑制を期待し、N-デシル-β-D-マルトシドよりも炭化水素鎖が短いN-オクチル-β-D-マルトシドを1 %(w/v) になるように加えた。
溶媒条件を同時に変えた理由は、1つ1つの変更で期待される効果は小さくても、同時に影響することで効果が増すと考えたからである。このように、本発明に基づく初期探索では1度の試行で幾つもの結晶化条件が得られるので、対象たんぱく質の結晶化に良い条件を選別することができ、用いる試薬等の影響を考慮することで、初期探索に続く条件探索の方向性を明確にすることができる。
【0056】
〔実施例3〕
大豆の葉緑体から精製した光化学反応系IIについて、ポリエチレングリコールといろいろな塩との組み合わせを沈澱剤として結晶化条件の初期探索を以下のように計画し、実行した。尚、光化学反応系IIの濃度は、このたんぱく質が含むクロロフィルの濃度で通常示されるので、本実施例でもこれに従った。
Tris緩衝液は高等植物の光化学反応系IIの酸素発生機能を阻害することが知られており、高等植物の光化学反応系IIの精製ではTris緩衝液を除く中性付近のpHを持つ緩衝液が通常使用されているので、結晶化条件探索では50 mM MOPS-NaOH (pH 7.0)緩衝液を用いることにした。これまでの光化学反応系IIの可溶化と精製ではN-ドデシル-β-D-マルトシドとN-デシル-β-D-マルトシドが最も頻繁に用いられているが、界面活性剤ミセルから露出するたんぱく質の表面積を大きくする炭化水素鎖の短いN-デシル-β-D-マルトシドが結晶化には有利であろうと考え、この界面活性剤を用いることにした。また、光化学反応系IIは分子量が数十万にもおよぶ大きなたんぱく質で、結晶化で通常用いられているたんぱく質濃度では溶媒の粘性が高くなりすぎる可能性があると考え、平均分子量1000のポリエチレングリコールを親水性化合物として用いることにした。
沈澱曲線作成のために次に示す組成のたんぱく質溶液と沈澱剤水溶液を準備した。クロロフィル濃度3 mg/mlの光化学反応系II、0.2 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、及び50 mM MOPS-NaOH (pH 7.0) を含むたんぱく質溶液を調製した。塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムの3種類を選択し、3 M 塩化ナトリウム水溶液、600 mM塩化マグネシウム水溶液、又は600 mM硫酸マグネシウム水溶液と90 %(w/v) ポリエチレングリコール水溶液、及び純水を混合し、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム濃度がそれぞれ600 mM、60 mM、60 mMのいろいろな濃度のポリエチレングリコールを含む沈澱剤水溶液を調製した。調製したたんぱく質溶液と沈澱剤水溶液を25 μlずつ500 μlのテストチューブに入れ、ボルテックスミキサーを用いて混合し、形成されたたんぱく質のアモルファス沈澱物を遠心操作(12,000 rpmで6分間; T15AP21(日立製作所))で取り除き、上清溶液からクロロフィルをアセトンで抽出し、吸収スペクトルを測定することによりそれぞれのポリエチレングリコール濃度で溶液相に分散していた光化学反応系IIが含むクロロフィル濃度を決定した。大豆の葉から精製した光化学反応系IIは、ポリエチレングリコール濃度の増加に対して溶液相に分散できるたんぱく質の濃度は線形的に減少し、Rb. sphaeroidesの光反応中心やRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iとは異なり、その沈澱曲線は式 (IV)に従った。それぞれのポリエチレングリコール濃度(X %(w/v))で溶液相に分散していた光化学反応系IIのクロロフィル濃度(Y mg/ml)に最小自乗法を用いて式 (IV)を最適化し、図35に示す下記の沈澱曲線を作成した。
300 mM塩化ナトリウム: Y = 3.4709 - 0.1722 X; R = 0.99869、
30 mM塩化マグネシウム: Y = 3.1982 - 0.16065 X; R = 0.99457、
30 mM硫酸マグネシウム: Y = 3.4701 - 0.1731 X; R = 0.98696
作成した沈澱曲線から、溶液相に分散できる光化学反応系IIのクロロフィル濃度が1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムに対してそれぞれ14.35 %(w/v)、13.68 %(w/v)、14.27 %(w/v)となり、これらのポリエチレングリコール濃度を式(I)に代入して得られる3元連立方程式を解くことによって溶液相に分散できる光化学反応系IIのクロロフィル濃度が1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度(R %(w/v)) と各陽イオン(S)と陰イオン(T)に割り当てられた値との関係を表す次の式を得た。
R = 7.40 S + 4.51 T - 3.61
同様にして、溶液相に分散できる光化学反応系IIのクロロフィル濃度が0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度と塩との関係を表す次の式を得た。
R = 3.22 S + 1.41 T - 15.46
塩の種類に応じて表2に示す数値を両式に代入し、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩濃度で溶液相に分散できる光化学反応系IIのクロロフィル濃度が1 mg/mlと0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコール濃度は表8に示す値に予想された。
【0057】
【表8】

【0058】
表8に示していない酒石酸ナトリウム/カリウムについても、酒石酸ナトリウムと酒石酸カリウムの1:1の混合塩として式(V)により溶液相に分散できる光化学反応系IIのクロロフィル濃度が1 mg/mlと0.1 mg/mlとなるポリエチレングリコールをそれぞれ15.75 %(w/v)と20.09 %(w/v)であると予測した。
沈澱曲線作成で用いたたんぱく質濃度では試料溶液の粘性が高めであったので、クロロフィル濃度1 mg/mlに対応する光化学反応系IIの濃度を結晶化条件探索で用いることにした。また、光化学反応系IIの分子量と1分子当たりに含まれるクロロフィル分子の数が知られていないので、沈澱曲作成で用いたたんぱく質濃度と結晶化条件探索で用いようとするたんぱく質濃度との違いを考慮した補正は行わず、試料溶液をクロロフィル濃度1 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度よりも0.5 %(w/v) 間隔で目盛った時の高い値に、リザーバー溶液をクロロフィル濃度0.1 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度よりも0.5 %(w/v) 間隔で目盛った時の低い値に設定することとし、条件探索で用いるポリエチレングリコール濃度を表9にまとめる。
【0059】
【表9】

【0060】
分子量や等電点等の性質、正確な濃度、沈澱曲線の挙動に関して、大豆の光化学反応系IIはRb. sphaeroidesの光反応中心やRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iのように詳しく知られていないので、光化学反応系IIの結晶化経路が溶液相に分散できるたんぱく質の濃度を大きく変化させるポリエチレングリコールの濃度範囲からはずれないように設定する探索条件を計画した。
MOPS-NaOH (pH 7.0)を25 mM、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩、及び、塩の種類に応じて表9に示す濃度のポリエチレングリコールを含むリザーバー溶液を細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON; MULTIWELL 24 WELL)のそれぞれのウェルに1 mlずつ調製した。一方、クロロフィル濃度1 mg/mlに対応する光化学反応系II、25 mM MOPS-NaOH (pH 7.0)、0.1 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩濃度、及び塩の種類に応じて表9に示すポリエチレングリコール濃度となる試料溶液をそれぞれのウェルの中に置かれたブリッジ(HAMPTON RESEARCH; Micro-Bridges)の窪みに20 μlずつ調製した。調製した溶液を含むそれぞれのウェルを透明なシール(GREINER BIO-ONE; View Seal)で密閉し、20 ℃に保たれた恒温槽(ヤマト; Lo-Temp Chamber IN61)内に静置した。調製後1週間から2週間で硝酸リチウム、クエン酸リチウム、硝酸ナトリウム、酒石酸ナトリウムに対して図36に示すN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化された大豆の光化学反応系IIの結晶が形成された。光化学反応系IIの沈澱曲線はRb. sphaeroidesの光反応中心やRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iとは異なっていたが、作成した沈澱曲線に基づいて設計した溶液条件は従来の方法に比べて少ない試行で、しかも、高い確率で大豆の光化学反応系IIを結晶化させることができた。
性質の異なる3種類の内在性膜たんぱく質について行った上記実施例から、たんぱく質の性質に応じて適切な結晶化方法の選択と適切な探索条件を設計できる本発明は、無駄な条件探索を的確に省く合理的な結晶化条件の初期探索方法を提供し、高い確率で対象たんぱく質の結晶化条件を探し当てる有効な方法であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】沈澱剤濃度に対するたんぱく質の存在状態と結晶成長過程を表す相図である。
【図2】試料溶液中のたんぱく質濃度に対する沈澱曲線の変位を示す図である。図中Rp. viridis RRUはRp. viridisの光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体I、Rp. viridis RCはRp. viridisの光反応中心、Rb. sphaeroides RCは Rb. sphaeroidesの光反応中心、Rb. sphaeroides LH2はRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体II、Rb. capsulatus LH2は Rb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIを表し、LDAOはN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド、Triton X100はポリエチレングリコール タート-オクチルフェニル エーテル、C12E8はN-ドデシル-オクタオキシエチレン、MEGA9はN-ノナノイル-N-メチルグルカミド、OGはN-オクチル-β-D-グルコピラノシド、LMはN-ドデシル-β-D-マルトシド、SM1200はβ-D-フルクトピラノシル-α-グルコピラノシド モノドデカノエ-ト、OTGはN-オクチル-β-D-チオグルコシド、NTGはN-ノニル-β-D-チオマルトシドを表し、例えば、Rp. viridis RRU/ LMはN-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridisの光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iを表す。最小単位を0.1 %(w/v)として臨界ミセル濃度を切り上げた界面活性剤と塩化ナトリウム300 mMを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液を溶媒として用いた。
【図3】たんぱく質濃度の違いによって生ずる沈澱曲線変位の補正を示す図である。
【図4】Rb. sphaeroides光反応中心とRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの塩化ナトリウム濃度に対する沈澱曲線の変化を示す図である。Rb. sphaeroidesの光反応中心に対してN-オクチル-β-D-グルコピラノシド 0.8 %(w/v)またはN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド 0.1 %(w/v)とアジ化ナトリウム 0.02 %(w/v)を含有する12 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液、Rb. capsulatusの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIに対してN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド 0.1 %(w/v)、N,N-ジメチルヘキシルアミン N-オキシド 5 %(w/v)、1,2,3-ヘプタントリオール 2 %(w/v)を含有する緩衝液を用いた。
【図5】N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの塩濃度に対する沈澱曲線の変化を示す図である。溶媒は0.8 %(w/v)のN-オクチル-β-D-グルコピラノシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図6】異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの硝酸カリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度に対する沈澱曲線の変化を示す図である。溶媒は0.8 %(w/v)の N-オクチル-β-D-グルコピラノシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図7】異なる内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体の硝酸カリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度に対する沈澱曲線の変化を示す図である。溶媒は0.8 %(w/v)の N-オクチル-β-D-グルコピラノシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図8】多価陰イオンを含有する塩と平均分子量4000のポリエチレングリコールとの水溶液中での相分離の境界を示す図である。各境界線の上側では塩濃度の高い相とポリエチレングリコール濃度の高い相へ分離する。
【図9】N-オクチル-β-D-グルコピラノシド、N-ドデシル-オクタオキシエチレン、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドで可溶化されたRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの陽イオンと陰イオンに対する沈澱曲線の位置を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度で表した。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図10】異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのいろいろな硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線の位置を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度で表した。溶媒は最小単位0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Triis-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図11】異なる内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体のいろいろな硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線の位置を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度で表した。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液または25 mM BisTris-HCl (pH 7.0)緩衝液。
【図12】異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線上のたんぱく質濃度10 mg/mlと1mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度を示す図である。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図13】異なる内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体の硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線上のたんぱく質濃度10 mg/mlと1mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度を示す図である。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液または25 mM BisTris-HCl (pH 7.0)緩衝液。
【図14】添加する塩を構成する陽イオンと陰イオンに対する沈澱曲線の位置関係を表す概念図である。沈澱曲線の位置は同一溶媒において各塩に対する沈澱曲線上の同じたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度で表す。
【図15】N-オクチル-β-D-グルコピラノシド、N-ドデシル-オクタオキシエチレン、N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドで可溶化されたRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの陽イオンと陰イオンに対する沈澱曲線の傾きを示す図である。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図16】異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroidesの集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのいろいろな硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線の傾きを示す図である。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Triis-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図17】異なる内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体のいろいろな硝酸化物とカリウム塩に対する沈澱曲線の傾きを示す図である。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液、又は、25 mM BisTris-HCl (pH 7.0)緩衝液。
【図18】N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの硝酸ナトリウムと硝酸マグネシウムの混合塩に対する沈澱曲線の変化を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える平均分子量4000のポリエチレングリコール濃度で表した。溶媒は0.8 %(w/v)のN-オクチル-β-D-グルコピラノシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図19】N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのいろいろな硝酸カリウム濃度と硝酸マグネシウム濃度における沈澱曲の位置とポリエチレングリコールの平均分子量との関係を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与えるポリエチレングリコール濃度で表した。 溶媒は0.1 %(w/v)のN-ドデシル-β-D-マルトシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図20】異なる界面活性剤で可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの親水性化合物の平均分子量に対する沈澱曲線の位置を示す図である。用いた親水性化合物はポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルで、沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える親水性化合物の濃度で表した。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤と塩化ナトリウム300 mM を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図21】異なる内在性膜たんぱく質-界面活性剤複合体の親水性化合物の平均分子量に対する沈澱曲線の位置を示す図である。用いた親水性化合物はポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルで、沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える親水性化合物の濃度で表した。溶媒は最小単位を0.1 %(w/v)としてそれぞれの臨界ミセル濃度を切り上げた濃度の界面活性剤と塩化ナトリウム300 mM を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図22】親水性化合物の平均分子量に対する沈澱曲線の位置関係を表す概念図である。親水性化合物はポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルであり、沈澱曲線の位置は同一溶媒において各親水性化合物に対する沈澱曲線上の同じたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度で表す。
【図23】N-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides 集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの異なる塩化物とカリウム塩存在下でポリエチレングリコールの平均分子量に対する沈澱曲線の位置を示す図である。溶媒は0.8 %(w/v)のN-オクチル-β-D-グルコピラノシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図24】異なる平均分子量の親水性化合物を用いる時の添加する塩を構成する陽イオンと陰イオンに対する沈澱曲線の位置関係を表す概念図である。親水性化合物はポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルであり、記号 ●, ○, × は図22に示す沈澱曲線上の同じたんぱく質濃度を与える親水性化合物濃度に対応する。
【図25】N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIの塩化カリウム濃度と塩化マグネシウム濃度に対する沈澱曲線の位置を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える2-メチル-2,4-ペンタンジオールの濃度で表した。溶媒は0.1 %(w/v)の N-ドデシル-β-D-マルトシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図26】N-ドデシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのいろいろな塩化物に対する沈澱曲線の変化を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える2-メチル-2,4-ペンタンジオールの濃度で表した。溶媒は0.1 %(w/v)の N-ドデシル-β-D-マルトシドを含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図27】N,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシドとN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. capsulatus集光性クロロフィル・たんぱく質複合体IIのいろいろな親水性化合物に対する沈澱曲線の位置を示す図である。沈澱曲線の位置は沈澱曲線上のたんぱく質濃度5 mg/mlを与える各親水性化合物の濃度で表した。溶媒はN,N-ジメチルドデシルアミン N-オキシド0.1 %(w/v)またはN-オクチル-β-D-グルコピラノシド0.8 %(w/v)を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図28】たんぱく質の結晶化条件探索の手順を示す流れ図である。
【図29】硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、またはクエン酸カリウムと平均分子量4000のポリエチレングリコールを用いて作成したN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心の沈澱曲線を示す図である。溶媒はN-オクチル-β-D-グルコピラノシド 0.8 %(w/v)、EDAT 1 mM、アジ化ナトリウム 0.025 %(w/v)を含有する20 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図30】いろいろな塩と平均分子量4000のポリエチレングリコールとの組み合わせによって形成されたN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心の結晶を示す顕微鏡写真である。 調製時の試料溶液の組成は10 mg/ml たんぱく質、20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、0.8 %(w/v) N-オクチル-β-D-グルコピラノシド、1 mM EDAT、0.025 %(w/v) アジ化ナトリウム、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ400 mMと40 mMとなる塩、及び、表4の矢印左側に示す濃度のポリエチレングリコール。 リザーバー溶液の組成は、20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、1 mM EDAT、0.025 %(w/v) アジ化ナトリウム、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ400 mMと40 mMとなる塩、及び、表4の矢印右側に示す濃度のポリエチレングリコール。
【図31】塩化ナトリウムと平均分子量400または4000のポリエチレングリコールを用いて作成したN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心の沈澱曲線を示す図である。溶媒はN-オクチル-β-D-グルコピラノシド 0.8 %(w/v)、塩化ナトリウム300 mM、アジ化ナトリウム 0.02 %(w/v)を含有する10 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図32】塩化ナトリウムと異なる親水性化合物との組み合わせによって形成されたN-オクチル-β-D-グルコピラノシドで可溶化されたRb. sphaeroides光反応中心の結晶を示す顕微鏡写真である。 親水性化合物は異なる平均分子量のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテルである。溶媒はN-オクチル-β-D-グルコピラノシド 0.8 %(w/v)、塩化ナトリウム300 mM、アジ化ナトリウム 0.02 %(w/v)を含有する10 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図33】硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、またはクエン酸カリウムと平均分子量4000のポリエチレングリコールを用いて作成したN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの沈澱曲線を示す図である。溶媒はN-デシル-β-D-マルトシドを 0.1 %(w/v)を含有する25 mM Tris-HCl (pH 8.0)緩衝液。
【図34】いろいろな塩と平均分子量4000のポリエチレングリコールとの組み合わせによって形成されたN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化されたRp. viridis光反応中心-集光性クロロフィル・たんぱく質複合体Iの結晶を示す顕微鏡写真である。調製時の試料溶液の組成は10 mg/ml たんぱく質、25 mM Tris-HCl (pH 8.0)、0.1 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩、6 %(w/v) ポリエチレングリコール。リザーバー溶液の組成は25 mM Tris-HCl (pH 8.0)、0.1 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ500 mMと50 mMとなる塩、6 %(w/v) ポリエチレングリコール。
【図35】塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、または硫酸マグネシウムと平均分子量1000のポリエチレングリコールを用いて作成したN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化された大豆の光化学反応系IIの沈澱曲線を示す図である。溶媒はN-デシル-β-D-マルトシド 0.1 %(w/v)を含有する25 mM MOPS-NaOH (pH 7.0)緩衝液。
【図36】いろいろな塩と平均分子量1000のポリエチレングリコールとの組み合わせによって形成されたN-デシル-β-D-マルトシドで可溶化された大豆の光化学反応系IIの結晶を示す顕微鏡写真である。調製時の試料溶液の組成は、クロロフィル濃度1 mg/mlに対応するたんぱく質、25 mM MOPS-NaOH (pH 7.0)、0.1 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩、及び、表9の矢印左側に示す濃度のポリエチレングリコール。リザーバー溶液の組成は、25 mM MOPS-NaOH (pH 7.0)、0.1 %(w/v) N-デシル-β-D-マルトシド、1価と2価の陽イオン濃度がそれぞれ300 mMと30 mMとなる塩、及び、表9の矢印右側に示す濃度のポリエチレングリコール。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の手順により、たんぱく質の結晶化条件を探索する方法:
(1)下記のA群から3種の塩、及びB群から1種の親水性化合物を選択し、選択された各塩1種と該親水性化合物を異なる濃度で含有する水溶液を調製する、
(2)該水溶液をそれぞれたんぱく質の水溶液に混合し、沈澱物を除去して上清液を分離する、
(3)各上清液の吸収スペクトルを測定して各上清液中のたんぱく質濃度を決定し、選択した塩と親水性化合物の組み合わせについて3種の沈澱曲線を作成する、
(4)該沈澱曲線から、塩の種類に応じて結晶化条件探索で用いるたんぱく質濃度を与える親水性化合物の濃度を算出し、次の式(I)から定数E,F,Gを決定する、
R=ES+FT+G 式(I)
[ここで、Rは溶媒中に分散しうるたんぱく質濃度が同じになる親水性化合物の濃度であり、Sは陽イオンの種類により付与された値であり、Tは陰イオンの種類により付与された値である。また、E,F,Gは、同一溶媒中の同一たんぱく質に対して同じ値となる]
(5)(4)で決定した定数E,F,Gを用いて、上記の式(I)により、A群の残りの塩について、それぞれ結晶化に適切な上記(1)で選択した親水性化合物の濃度を算出する。
A群:次の陽イオンと陰イオンとの組み合わせからなる塩
(陽イオン):リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及びカドミウムイオン
(陰イオン):フッ化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン、硝酸化物イオン、チオシアン化物イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、乳酸イオン、酪酸イオン、硫酸イオン、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、琥珀酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸1水素イオン、及びクエン酸イオン
B群:平均分子量400〜20000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール
【請求項2】
以下の手順により、たんぱく質の結晶化に適する沈澱剤の濃度を予測する方法:
(1)下記のA群から1種の塩、及びB群から2種又は3種の親水性化合物を選択し、選択された該塩と各親水性化合物1種を異なる濃度で含有する水溶液を調製する、
(2)該水溶液をそれぞれたんぱく質の水溶液に混合し、沈澱物を除去して上清液を分離する、
(3)各上清液の吸収スペクトルを測定して各上清液中のたんぱく質濃度を決定し、選択した塩と親水性化合物の組み合わせについて2種又は3種の沈澱曲線を作成する、
(4)該沈澱曲線から、塩の種類に応じて結晶化条件探索で用いるたんぱく質濃度を与える親水性化合物の濃度を算出し、次の式(II)から定数H,Iを決定する、
log R = -H logU+ I 式(II)
[ここで、Rは溶媒中に分散しうるたんぱく質濃度が同じになる親水性化合物の濃度であり、Uは親水性化合物の種類により付与された値である。また、H,Iは、同一溶媒中の同一たんぱく質に対して同じ値となる]
(5)(4)で決定した定数H,Iを用いて、上記の式(II)により、上記(1)で選択した塩について、B群の残りの親水性化合物の結晶化に適切な濃度を算出する。
A群:次の陽イオンと陰イオンとの組み合わせからなる塩
(陽イオン):リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、亜鉛イオン、及びカドミウムイオン
(陰イオン):フッ化物イオン、塩化物イオン、ヨウ化物イオン、硝酸化物イオン、チオシアン化物イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、乳酸イオン、酪酸イオン、硫酸イオン、酒石酸イオン、リンゴ酸イオン、琥珀酸イオン、シュウ酸イオン、リン酸1水素イオン、及びクエン酸イオン
B群:平均分子量400〜20000のポリエチレングリコールとポリエチレングリコールモノメチルエーテル、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール
【請求項3】
たんぱく質が膜たんぱく質であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図31】
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【図33】
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【図35】
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【図1】
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【図30】
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【図32】
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【図34】
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【図36】
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【公開番号】特開2008−50225(P2008−50225A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229773(P2006−229773)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成年度15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構受託研究「生体高分子立体構造情報解析 蛋白質の構造・機能解析技術の開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】