説明

アカスジカスミカメの誘引組成物、徐放性誘引剤及び捕獲装置

【課題】水稲の重要害虫アカスジカスミカメを安定して長期間捕獲する誘引組成物、徐放性誘引剤及びこれを用いた捕獲装置を提供する。
【解決手段】ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート及び(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの混合物1質量部と、アカスジカスミカメの誘引に不活性で炭素数10〜16の直鎖状エステルである不活性化合物50〜200質量部を少なくとも含んでなるアカスジカスミカメの誘引組成物を提供する。また、この誘引組成物と、該誘引組成物を内部に封入し、該誘引組成物を徐放することかできる徐放性容器とを備えるアカスジカスミカメの徐放性誘引剤等を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水稲の重要害虫であるアカスジカスミカメ(Stenotus rubrovittatus)の誘引組成物、徐放性誘引剤及びこれを用いた捕獲装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アカスジカスミカメは北海道から九州まで分布する水稲の害虫である。越冬世代は水田畦畔や周辺の草地に生息するが、稲が出穂すると水田へ移動し口針で玄米を吸汁する。本種に吸汁された部分は黒くなり、これを斑点米という。米1000粒中、斑点米が2粒混入すると二等米となり商品価値が下落する。従って、アカスジカスミカメが分布する地域では、斑点米の予防に過剰な殺虫剤が散布される傾向にあり、環境への悪影響が懸念されている。
【0003】
無用な殺虫剤の使用を避け、できるだけ効率的に殺虫剤を散布するには、アカスジカスミカメが水田に侵入する時期や、侵入した虫の多寡を事前に知るいわゆる発生予察が必要となる。
【0004】
本種の性フェロモンは、ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート、(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの質量比5:1:10混合物と同定され(非特許文献1〜2)、これらの化合物を用いて定期的に集めた野外虫の傾向から発生予察が可能であることが実験的に示されている(非特許文献2)。
しかし、(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールは非常に不安定な物質であり、放置すればわずか3時間で誘引活性が失われてしまう(非特許文献3)。そこで、安定剤が検討され、性フェロモン3成分とともに抗酸化剤を含浸させたイソブチレンゴムを誘引源として用いると14日間虫を誘引することに成功しているが(非特許文献2)、圃場に放置した日数とともに捕獲数は減少し、14日後の捕獲数は半減している。
一般的に、発生予察に用いる徐放性誘引剤は、安定して虫を捕獲できることに加え、1か月以上の有効期間を有することが求められる。現状のアカスジカスミカメの誘引剤は、発生予察に必要な要件をいずれも満たしていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yasuda, T., S. Shigehisa, K. Yuasa, Y. Okutani−Akamatsu, N. Teramoto, T. Watanabe and F. Mochizuki(2008) Appl. Entomol. Zool. 43:219−226.
【非特許文献2】Yasuda, T., K. Oku, H. Higuchi, S. Shigehisa, Y. Okutani−Akamatsu, T. Watanabe, W. Sugeno, M. Yamashita, T. Fukumoto and F. Mochizuki(2009) Appl. Entomol. Zool. 44:611−619.
【非特許文献3】Innocenzi,P.J., D.Hall, J.V.Cross and H.Hesketh(2005) Journal Chemical Ecology 31:1401−1413.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、水稲の重要害虫アカスジカスミカメを安定して長期間捕獲する誘引組成物、徐放性誘引剤及びこれを用いた捕獲装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題の解決のため、アカスジカスミカメの誘引組成物、徐放性誘引剤及びこれを用いた捕獲装置に関する研究を進めた。その結果、アカスジカスミカメの性フェロモンとして報告されたヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート及び(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの3種類の混合物に、本来であればアカスジカスミカメの誘引に関しては全く関与しない不活性成分を過剰に添加することにより、(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの分解が抑制され安定性が高くなることが判った。さらに、これら3成分と不活性成分を少なくとも含む混合液を徐放性容器に封入させ、適切な昆虫トラップと組み合わせることで、アカスジカスミカメを長期間安定して捕獲する捕獲装置となることを見出し、本発明の完成に至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明によって提供される誘引組成物、徐放性誘引剤及びこれを用いた捕獲装置を用いることにより、野外に生息するアカスジカスミカメの雄成虫を安定的かつ長期間にわたり捕獲することが可能となり、当該害虫の発生状況を知ることにより無用な殺虫剤の使用を避けるいわゆる発生予察が達成され、環境保全型農業の形成に資することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1におけるアカスジカスミカメの捕獲数を示すグラフである。
【図2】比較例1〜2におけるアカスジカスミカメの捕獲数を示すグラフである。
【図3】実施例2〜3及び比較例3〜4におけるアカスジカスミカメの捕獲数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明のアカスジカスミカメの誘引組成物及び徐放性誘引剤について説明する。
本発明の誘引組成物は、アカスジカスミカメの性フェロモンとして、ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート及び(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールを含有する。ヘキシルブチレート及び(E)−2−ヘキセニルブチレートは、試薬として購入可能である。(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールは、例えば、Marques,F. de A、J.S.Mcelfresh及びJ.G.Millar、Journal Chemical Ecology、2000年第26巻第2843〜2855頁に記載された2−プロピン−1−オールを出発原料としたルートにより合成できる。
性フェロモン3成分であるヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート及び(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの配合比は、質量比で好ましくは0.25:1:0.5〜40:1:80であり、報告された質量比5:1:10に近い程好ましい。
【0011】
本発明の誘引組成物は、上記性フェロモン3成分に加えて、アカスジカスミカメの性フェロモン3成分を溶解し、かつ、アカスジカスミカメの誘引に不活性で炭素数10〜16の直鎖状エステルである不活性化合物を少なくとも含有する。不活性成分は、好ましくは直鎖状の酢酸エステルであり、より好ましくは性フェロモン3成分に比較的近い沸点を有する直鎖の酢酸エステルであり、例えば、ドデシルアセテート、デシルアセテート、モノデシルアセテート、トリデシルアセテート、テトラデシルアセテート、ペンタデシルアセテート、ヘキサデシルアセテート等が望ましい。
不活性成分の含有量は、合成性フェロモン混合物1質量部に対して、50〜200質量部であり、好ましくは100〜150質量部である。不活性成分の含有量を増やすと虫の誘引力が弱くなり、逆に、含有量が少ないと(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの安定性が低下し有効期間が短くなる。
【0012】
本発明の誘引組成物は、さらに、重合防止剤、抗酸化剤及び/又は紫外線吸収剤等の添加剤を含有してもよい。重合防止剤としては、例えば、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)が挙げられる。抗酸化剤としては、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等が挙げられる。紫外線吸収剤としては、2−ヒドロキシ−4−オクトキシベンゾフェノン等が挙げられる。
それぞれの添加剤は、使用環境等によっても異なるが、性フェロモン3成分の合計質量に対して好ましくは0.1〜5.0質量%の範囲で含有される。
【0013】
本発明の徐放性誘引剤は、上記誘引組成物を長期間にわたって徐々に放出できるものであれば特に限定されず、好ましくは、誘引組成物と、誘引組成物を内部に封入し、該誘引組物質を徐放することかできる徐放性容器とを備える。
徐放性容器は、誘引組成物、特に性フェロモン物質の放出部分が、ポリエチレン、塩化ビニル、酢酸ビニル、酢酸ポバール、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、又はこれらの組み合わせからなるものが好ましい。
徐放性容器の形状は、特に限定されず、細管、ラミネート製の袋、及びアンプルが挙げられるが、好ましくは細管である。細管は、好ましくは0.69〜1.50mmの内径を有し、好ましくは0.30〜0.70mmの厚さを有する。これ以上厚くすると放出量が極端に低下する場合があり、逆に、薄くすると細管の成型が困難となる場合がある。また、細管長はどのような長さでも構わないが、短すぎると捕獲装置への取り付け難しくなる場合があり、1cm以上が望ましい。
【0014】
本発明の捕獲装置は、本発明の徐放性誘引剤と、徐放性誘引剤に誘引された昆虫を捕獲できるトラップを備え、誘引された昆虫が通過しなければ捕獲できない侵入口を画定する構造を持たない。ここで、誘引された昆虫が通過しなければ捕獲できない侵入口を画定する構造を持たないトラップとは、侵入口を有する箱型やハウス型のトラップではなく、徐放性誘引剤を水面近くに設置し、誘引された昆虫を例えば界面活性剤の入った水面に落下させる水盤トラップ、徐放性誘引剤を粘着シート面近くに設置し、誘引された昆虫を粘着シートに落下や追突させる粘着トラップ等である。例えば、「フェロモン剤利用ガイド」2000年、日本植物防疫協会発行の口絵7〜8に示される水盤トラップや、石本万寿広ら(日本応用動物昆虫学会誌、2006年、50(4)、311〜318)の縦型の粘着トラップと組み合わせて使用すると、野外の雄成虫を1カ月以上捕獲し続けることができる。
【0015】
また、本発明の捕獲装置は、本発明の徐放性誘引剤と、徐放性誘引剤に誘引された昆虫を捕獲できるトラップと、該誘引された昆虫が通過しなければ該トラップに捕獲できない面積500cm以上の侵入口を備える。
市販されているほとんどのトラップ(SEトラップ、武田式粘着トラップ、1Cトラップ(ウイングトラップ)、ニトルアー・ハウス型トラップ、ニトルアー・レクトラップ、デルタトラップ、武田乾式トラップ、ニトルアー害虫捕獲器、ファネルトラップ)(非特許文献5)には、誘引した昆虫が通過しなければ捕獲することができない侵入口があり、これらの侵入口の総面積が最大でも225cmと狭いために、本発明の徐放性誘引剤と組み合わせてもアカスジカスミカメを捕らえることはできない。しかし、侵入口の面積を500cm以上とすることにより、アカスジカスミカメの捕捉が可能となる。これは、本発明者ら予想していなかった驚くへぎ結果であるが、フェロモンを含んだ空気の流れ(フェロモンプルーム)の下側を飛翔するというアカスジカスミカメの特徴に起因すると考えられる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の具体的態様を実施例及び比較例によって説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
実施例1
アカスジカスミカメの性フェロモン3成分、ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート、(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールを質量割合で5:1:10に混合した後、3成分の合計質量に対して1質量%の重合防止剤2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)を添加した。この混合物中の合成性フェロモン3成分の合計1質量部に対して、本願記載の希釈剤ドデカジエニルアセテートを100質量部を添加し誘引組成物を得た。
この誘引組成物約9mgを、高密度ポリエチレンより成型された内径1.28mm、長さ2cmの細管に封入し徐放性誘引剤とした。これらの徐放性誘引剤は、事前処理として0日間(a1)、7日間(a2)、14日間(a3)、21日間(a4)、28日間(a5)、35日間(a6)野外に放置した。その後、これらを縦型式粘着トラップに取り付け、4日間の誘引数を調べた。また、誘引源を取り付けないブランク(a0)の粘着トラップに捕獲された虫数も並行して調べた。反復は18回実施した。その結果を図1に示す。
35日間野外放置(a6)でも継続して3頭以上捕獲され、その捕獲数はブランクトラップ(a0)より有意に多かった。本発明の徐放性誘引剤を用いれば、安定した捕獲数を得ることができ、さらに、有効期間も1カ月以上を有することがわかる。
【0017】
比較例1〜2
アカスジカスミカメの性フェロモン3成分、ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート、(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールを質量割合で5:1:10に混合した後、3成分の合計質量に対して1質量%の重合防止剤2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)を添加した。これをn−ヘキサンで100mlあたり合成性フェロモンの合計質量が64mgとなるように希釈した。この溶液100マイクロリットルを蛾類の誘引源として一般的に利用されている灰色のイソプロピレンゴムに含浸させた。そして一昼夜ドラフトに放置しn−ヘキサンを蒸発させた後、これを誘引源とした(比較例2)。また、弁柄が練り込まれ酸化防止効果を有する赤色で同型のイソプロピレンゴムにも同様にアカスジカスミカメの性フェロモンを含浸させこれを比較例1とした。
これらの誘引源は事前処理として、0日間(b1,c1)、7日間(b2,c2)、14日間(b3,c3)、21日間(b4,c4)野外に放置し、その後、それらを縦型式粘着トラップに取り付け4日間の誘引数を調べた。そして、誘引源を取り付けないブランク(b0,c0)の粘着トラップに捕獲された虫数も並行して調べた。反復は16回行った。その結果を図2に示す。b0〜b4は比較例1に関するものであり、c0〜c4は比較例2に関するものである。
比較例1では、0日間野外放置(b1)で平均4頭の捕獲が認められたが、7日間の野外放置以降(b2〜b4)はほとんど捕獲されなかった。また、比較例2では、0日間と7日間の野外放置(c1,c2)の捕獲は少ないながらも一定数の捕獲が認められたが、14日間の野外放置(c3)で半減し、21日間の野外放置(c4)ではブランク(c0)と同程度しか捕獲されなかった。いずれの誘引源とも捕獲数が少なく、有効期間が短いことがわかる。
【0018】
実施例2〜3、比較例3〜4
実施例1と同様にして得られた誘引組成物約9mgを、高密度ポリエチレンより成型された内径1.28mm、長さ2cmの細管に封入し徐放性誘引剤とし、これを水盤トラップ(実施例2)、縦型粘着式トラップ(実施例3)、SEトラップ(比較例3)、ファネルトラップ(比較例4)と組み合わせて、4日間の平均誘引数を調べた。
その結果、水盤トラップ及び縦型式粘着トラップにはそれぞれ3.9頭と3.6頭が捕獲されたが(実施例2及び実施例3)、全く同じ徐放性誘引剤を使用したにもかかわらずSEトラップやファネルトラップには一頭も捕獲されなかった(比較例3及び比較例4)。
以上のことから、徐放性誘引剤は、適切な形状のトラップを用いなければアカスジカスミカメを捕獲することができないことがわかる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘキシルブチレート、(E)−2−ヘキセニルブチレート及び(E)−4−オキソ−2−ヘキセナールの混合物1質量部と、アカスジカスミカメの誘引に不活性で炭素数10〜16の直鎖状エステルである不活性化合物50〜200質量部を少なくとも含んでなるアカスジカスミカメの誘引組成物。
【請求項2】
上記不活性化合物が、酢酸エステルである請求項1に記載のアカスジカスミカメの誘引組成物。
【請求項3】
上記不活性化合物が、ドデシルアセテート、デシルアセテート、モノデシルアセテート、トリデシルアセテート、テトラデシルアセテート、ペンタデシルアセテート及びヘキサデシルアセテートからなる群から選ばれる請求項1又は請求項2に記載のアカスジカスミカメの誘引組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の誘引組成物と、該誘引組成物を内部に封入し、該誘引組成物を徐放することができる徐放性容器とを備えるアカスジカスミカメの徐放性誘引剤。
【請求項5】
上記徐放性容器の上記誘引組成物の放出部分が、ポリエチレンからなる請求項4に記載のアカスジカスミカメの徐放性誘引剤。
【請求項6】
請求項4又は請求項5に記載の徐放性誘引剤と、該徐放性誘引剤に誘引された昆虫を捕獲できるトラップを備え、該誘引された昆虫が通過しなければ捕獲できない侵入口を画定する構造を持たないアカスジカスミカメの捕獲装置。
【請求項7】
請求項4又は請求項5に記載の徐放性誘引剤と、該徐放性誘引剤に誘引された昆虫を捕獲できるトラップと、該誘引された昆虫が通過しなければ該トラップに捕獲できない面積500cm以上の侵入口を備えるアカスジカスミカメの捕獲装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−126693(P2012−126693A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281580(P2010−281580)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】