説明

アコヤガイの生殖細胞系列の発達関連遺伝子および生殖細胞系列の発達抑制方法

【課題】 アコヤガイにおける生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子の提供を目的とする。
【解決手段】 アコヤガイの生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子は、配列番号1〜3のいずれかで表される塩基配列からなる。この遺伝子の発現を抑制することによって、アコヤガイにおける生殖細胞系列の発生を抑制できる。前記発現を抑制する方法としては、例えば、siRNA、siRNA前駆体、miRNA、miRNA前駆体、アンチセンスRNA、リボザイムを使用して、mRNAの発現を抑制する方法があげられる。このような方法によって前記新規pov遺伝子の発現を抑制したアコヤガイは、生殖細胞系列の発達が抑制されているため、例えば、真珠養殖の母貝として使用すれば、卵抜き等の処理が不要となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アコヤガイの生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子および生殖細胞系列の発達抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国においては、真珠養殖の母貝として、広くアコヤガイ(Pinctada fucata)が使用されている。アコヤガイを使用した真珠の養殖は、一般に以下の通り行われる。まず、アコヤガイの雌貝から卵を採卵し、雄貝から精子を採精し、人工交配を行い、これを孵化させる。そして、孵化した稚貝を水槽で浮遊させた後、沖出しかごに入れて海で生育させ、稚貝の成長に合わせて、養殖かごに移し、母貝の育成を行う。そして、母貝に前処理を行った後に、真珠の核入れ(挿核)を行い、手術貝を育成し、真珠を形成させる。
【0003】
このような一連の作業で、母貝であるアコヤガイの成育や、養成する真珠の品質に大きな影響を与えるのが、挿核前の前処理である。挿核処理において、核は、アコヤガイの生殖巣の中に挿入されるため、生殖巣に卵が大量に充填されていると、挿入が困難になるという問題がある。また、卵の形成や成熟によって、真珠の質が低下したり、脱核が起きる原因にもつながる。このため、前処理として、卵の成熟を抑制するために、母貝を窮屈な状態で育成する「抑制処理」と、母貝に刺激を与えて産卵させる「卵抜き処理」とが施されている。しかしながら、前記抑制処理は、アコヤガイを極端に弱らせるため、へい死率が高くなるという問題がある。また、前記卵抜き処理には、約2ヶ月の期間を要するため、その後の挿核処理を行える期間が、約3ヶ月と非常に短くなるという問題がある。そこで、抑制処理や卵抜き処理を行うことなく、挿核処理を可能とすることが望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】続・科学する真珠養殖 −真珠養殖Q&A(2)−、和田浩爾、真珠新聞社
【非特許文献2】真珠物語 −生きている宝石−、町井昭、裳華房
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このため、抑制処理や卵抜き処理を行うことなく挿核処理を可能とする、生殖細胞の発生や発達が抑制されたアコヤガイの確立が求められている。そこで、本発明は、アコヤガイにおける生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子の提供を目的とする。さらに、このような遺伝子の発現を抑制することで、生殖細胞系列の発達を抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明の新規遺伝子は、アコヤガイの生殖細胞系列の発達に関連する遺伝子であって、配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列からなることを特徴とする。以下、本発明の新規遺伝子を、「発達関連遺伝子」ともいう。
【0007】
本発明の発達抑制方法は、アコヤガイの生殖細胞系列の発達抑制方法であって、本発明の発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの発現抑制によって、生殖細胞系列の発達を抑制することを特徴とする。
【0008】
本発明の発達抑制剤は、本発明のアコヤガイの生殖細胞系列の発達抑制方法に使用するための発達抑制剤であって、下記(x1)〜(x3)からなる群から選択された少なくとも一つの核酸を含むことを特徴とする。
(x1)請求項1記載の生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAを分解する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x2)請求項1記載の生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの転写を阻害する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x3)前記(x1)および(x2)の少なくとも一方の核酸を発現する発現ベクター
【0009】
本発明のアコヤガイの製造方法は、生殖細胞系列の発生が抑制されたアコヤガイの製造方法であって、下記(A1)および(A2)工程または下記(B1)および(B2)工程を含むことを特徴とする。
(A1)アコヤガイの卵および精子の少なくとも一方の生殖細胞に、本発明の発達抑制剤を導入する工程
(A2)前記卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
(B1)アコヤガイの卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
(B2)前記受精卵に、本発明の発達抑制剤を導入する工程
【0010】
本発明の真珠製造方法は、アコヤガイに核を導入して真珠を製造する方法であって、核の導入に先立って、本発明のアコヤガイ製造方法により、アコヤガイを製造する工程を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明の不稔化方法は、アコヤガイの不稔化方法であって、本発明の発達抑制方法により、アコヤガイの生殖細胞系列の発達を抑制する工程を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の不稔化剤は、本発明のアコヤガイの不稔化方法に使用するための不稔化剤であって、本発明の発達抑制剤を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、アコヤガイのゲノムDNAより、生殖細胞系列の発達に関与する3種類の遺伝子を同定した。これらの本発明の発達関連遺伝子は、本発明者が初めて見出したものである。本発明の発達関連遺伝子は、前述のように生殖細胞系列の発達に関与していることから、この遺伝子の発現を抑制することによって、生殖細胞系列の発達を抑制できる。また、本発明の抑制方法によれば、例えば、生殖細胞数が低減された、もしくは、生殖細胞の成熟が抑制されたアコヤガイ(不稔化アコヤガイ)を得ることができる。このようなアコヤガイを、例えば、真珠の養殖における母貝として使用すれば、従来法における抑制処理や卵抜き処理が不要となるため、より簡便に真珠の養殖を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明の実施例1における、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の生殖細胞での発現部位を示すin situハイブリダイゼーションの結果を示す写真である。
【図2】図2は、本発明の実施例2における、生殖巣の組織切片の写真であり、右図は、RNAi処理を行った実施例の写真であり、左図は、RNAi未処理のコントロールの写真である。
【図3】図3は、本発明の前記実施例2における、各GSIに属する個体分布を示すグラフである。
【図4】図4は、本発明の実施例3における、生殖巣の組織切片の写真であり、右図は、RNAi処理を行った実施例の写真であり、左図は、RNAi未処理のコントロールの写真である。
【図5】図5は、本発明の前記実施例3における、各GSIに属する個体分布を示すグラフである。
【図6】図6は、本発明の前記実施例3における、RT−PCRの結果を示す電気泳動写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<発達関連遺伝子>
本発明の発達関連遺伝子は、前述のように、配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列からなることを特徴とする、アコヤガイの生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子である。
【0016】
配列番号1に表される塩基配列からなる遺伝子を、以下、「pov Iまたはpov I遺伝子」といい、前記遺伝子がコードするアミノ酸配列からなるタンパク質を「POV I」という。POV Iのアミノ酸配列の一例を配列番号2に示す。配列番号3に表される塩基配列からなる遺伝子を、以下、「pov IIまたはpov II遺伝子」といい、前記遺伝子がコードするアミノ酸配列からなるタンパク質を「POV II」という。POV IIのアミノ酸配列の一例を配列番号4に示す。配列番号5に表される塩基配列からなる遺伝子を、以下、「pov IVまたはpov IV遺伝子」といい、前記遺伝子がコードするアミノ酸配列からなるタンパク質を「POV IV」という。POV IVのアミノ酸配列の一例を配列番号6に示す。本発明においては、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子をあわせて、「pov遺伝子」ともいう。各配列番号に表される塩基配列は、各pov遺伝子のセンス鎖の配列である。なお、本発明の発達関連遺伝子は、前述の塩基配列を含む遺伝子であってもよい。
【0017】
本発明のpov遺伝子は、例えば、生殖巣で特異的に発現し、生殖細胞系列の発生、発達に関与する遺伝子である。したがって、本発明のpov遺伝子の発現の抑制により、例えば、生殖細胞系列の発達を抑制できる。このため、本発明のpov遺伝子は、例えば、生殖細胞系列の発生能または発達能のマーカーともなり得る。
【0018】
<生殖細胞系列の発達抑制方法および発達抑制剤>
本発明は、前述のように、アコヤガイの生殖細胞系列の発生抑制方法であって、本発明のpov遺伝子またはその部分配列からのRNAの発現抑制によって、生殖細胞系列の発達を抑制することを特徴とする。
【0019】
前述のように、本発明のpov遺伝子は、生殖細胞系列の発達に関与する遺伝子である。このため、本発明のpov遺伝子からのRNA発現(例えば、mRNA発現)を抑制することで、生殖細胞系列の発達を抑制できる。そして、このように生殖細胞の発達を抑制することで、例えば、後述するようなアコヤガイの不稔化が可能となる。なお、本発明は、生殖細胞系列の発達に関与する新規遺伝子を同定した点が特徴であり、前記新規遺伝子からのRNAの発現を抑制する手段については、何ら制限されない。
【0020】
本発明において、「生殖細胞系列の発達の抑制」とは、結果的に、成熟生殖細胞の形成が抑制されることをいう。成熟生殖細胞の形成の抑制は、例えば、生殖細胞系列の発達において、卵原細胞や精原細胞の分裂、一次生殖母細胞への成長および分化、前記一次生殖母細胞の減数第一分裂、二次生殖母細胞からの減数第二分裂等のいずれの工程が抑制されることによって実現されてもよい。なお、後述する本発明の方法によれば、特に、生殖細胞自体の形成抑制が確認できるが、これには制限されない。
【0021】
本発明において、発現抑制の対象となるRNAを、「ターゲットRNA」ともいう。前記ターゲットRNAは、特に制限されず、例えば、pov遺伝子の全配列に対するRNA(mRNA)でもよいし、pov遺伝子の部分配列に対するRNA(mRNA)であってもよい。
【0022】
本発明において、RNAの発現抑制とは、例えば、(1)前記pov遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAを分解(切断)することによる抑制であってもよい。この場合、例えば、ターゲットRNAが転写されても、その転写物を分解(切断)するため、結果的に前記ターゲットRNAの発現が抑制される。他方、RNAの発現抑制とは、例えば、(2)前記pov遺伝子またはその部分配列からの転写の阻害(抑制)であってもよい。この場合、ターゲットRNAの生成(転写)自体を抑制することで、ターゲットRNAの発現が抑制される。前記(2)において、「転写の抑制」には、例えば、転写の完全な停止だけでなく、転写の減少も含まれる。また、「転写の抑制」には、例えば、前記pov遺伝子またはその部分配列において、1若しくは数個の塩基を、置換、欠失、挿入または付加することにより、本来の機能を有さないRNAを転写すること、または、前記機能が低下したRNAを転写することも含む。本発明において、「前記機能」とは、例えば、生殖細胞系列を発達させる機能であり、結果的に、成熟生殖細胞を形成する機能をいう。具体的には、例えば、卵原細胞や精原細胞の分裂、一次生殖母細胞への成長および分化、前記一次生殖母細胞の減数第一分裂、二次生殖母細胞からの減数第二分裂等を行う機能があげられる。
【0023】
前記RNAの発現抑制の方法は、特に制限されず、例えば、RNAの発現抑制に使用される従来公知の手法が採用できる。具体例として、例えば、前記アコヤガイの生殖細胞および受精卵の少なくとも一方に、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンス、リボザイムおよびこれらを発現する発現ベクターからなる群から選択された少なくとも一つの核酸を導入する方法があげられる。このような核酸の使用によって、例えば、前記(1)に示すように、前記pov遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAを分解したり、前記(2)に示すように、前記pov遺伝子またはその部分配列からのRNAの転写を阻害することもできる。本発明において、前記核酸は、例えば、いずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0024】
前記siRNA前駆体としては、例えば、二本鎖RNA(dsRNA)があげられる。dsRNAは、例えば、以下のようなメカニズムのRNA干渉(RNAi)によって、RNAの発現を抑制する。すなわち、前記dsRNAが細胞内に導入されると、まず、リボヌクレアーゼにより分解され、siRNAを生成する。そして、前記siRNAは、RISC複合体を形成することで一本鎖となる。このRISC複合体がターゲットRNAを認識して、前記一本鎖がmRNAに結合し、ターゲットRNAの切断や分解を行う。前記リボヌクレアーゼとしては、例えば、Dicer、Drosha等があげられる(以下、同様)。
【0025】
前記dsRNAとしては、特に制限されないが、例えば、そのアンチセンス鎖が、下記(a1)〜(a6)の塩基配列からなるポリヌクレオチドであることが好ましい。前記dsRNAの塩基配列において、チミンは、ウラシルであってもよい。
(a1)配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列において、連続する1080〜1260塩基からなる塩基配列に相補的な塩基配列
(a2)配列番号7、配列番号8および配列番号9のいずれかで表される塩基配列に相補的な塩基配列
(a3)配列番号2、配列番号4および配列番号6のいずれかで表されるアミノ酸配列において連続する360〜420アミノ酸残基からなるアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列
(a4)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1番目〜364番目のアミノ酸からなるアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列
【0026】
前記アンチセンス鎖の配列は、例えば、本発明のpov遺伝子の配列(アンチセンス鎖)に対して完全に同一でもよいし、部分的に同一であってもよい。前記アンチセンス鎖の配列は、例えば、ターゲットRNAの相補配列に対する相同性(ターゲットRNAの配列に対する相補性)が、例えば、70%以上であり、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上であり、最も好ましくは100%である。
【0027】
前記dsRNAの長さは、特に制限されないが、例えば、500〜3000塩基であり、好ましくは500〜700塩基であり、より好ましくは500〜700塩基である。前記dsRNAは、例えば、後述するように、生殖細胞および受精卵の少なくとも一方の取り込み能を利用して、前記細胞内に導入する際に使用することが好ましい。
【0028】
前記siRNA前駆体は、例えば、一本鎖RNAであってもよい。前記一本鎖RNAとしては、例えば、自己アニーリングによって、複数のヘヤピン構造が連なったフォールドバックRNA前駆体、ヘヤピン型のmiRNA様RNA前駆体、ヘアピン型siRNA前駆体等があげられる。これらの一本鎖RNAも、例えば、リボヌクレアーゼ等により、siRNAを生成できる。
【0029】
前記siRNAは、通常、mRNA等のRNAに相補的なアンチセンス鎖と、それに相補的なセンス鎖とからなる。siRNAの各鎖の長さは、特に制限されないが、通常、19〜25塩基のオリゴヌクレオチドであり、好ましくは、19塩基である。前記siRNAは、例えば、各鎖のオリゴヌクレオチドの3’末端にオーバーハングを有してもよく、この場合、それぞれの3’末端が突出した形状となる。オーバーハングの長さは、特に制限されないが、通常、2塩基である。オーバーハングの配列は、特に制限されず、例えば、アンチセンス鎖においては、結合するRNAに相補的な配列であってもよいし、センス鎖においては、アンチセンス鎖に相補的な配列、すなわち、アンチセンス鎖が結合するRNAと同じ配列であってもよい。また、その他の配列であってもよく、例えば、uu、au、ag、gc、cc等の配列があげられる。アンチセンス鎖に対応するセンス鎖は、例えば、アンチセンスに対して完全に相補な配列でもよいし、完全に相補な配列でなくともよい。後者の場合、例えば、内部の配列が、アンチセンス鎖よりも2塩基程度短い配列であってもよし、アンチセンスに対してミスマッチの塩基を有する配列であってもよい。
【0030】
前記siRNAにおいて、アンチセンス鎖の配列は、例えば、結合するRNAの相補配列と完全に同一でもよいし、完全に同一な配列でなくともよい。前記アンチセンス鎖の配列は、例えば、ターゲットRNAの相補配列に対する相同性(ターゲットRNAの配列に対する相補性)が、例えば、70%以上であり、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上であり、最も好ましくは100%(完全一致)である。また、アンチセンス鎖におけるオーバーハングを除く配列は、例えば、結合するRNAの相補配列と完全に同一でもよいし、完全に同一な配列でなくともよい。前記オーバーハングを除く配列は、例えば、ターゲットRNAの相補配列に対する相同性(ターゲットRNAの配列に対する相補性)が、例えば、70%以上であり、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上であり、最も好ましくは100%(完全一致)である。
【0031】
pov遺伝子のターゲットRNAにおいて、前記siRNAが結合する領域は、特に制限されない。通常、siRNAによるRNAの切断は、まず、siRNAが結合した領域内で生じるが、これをきっかけに他の領域でも切断が起こり、最終的に、ターゲットRNAが完全に切断されることが知られている。したがって、siRNAは、例えば、切断目的の領域に結合するように、設計してもよいし、前記領域以外に結合するように設計してもよい。後者の場合、siRNAの結合領域内での切断がきっかけとなり、結果的に、目的とする領域(ターゲットRNA)も分解される。
【0032】
miRNAは、通常、mRNA等のRNAに相補的な配列を有する。miRNAの長さとしては、特に制限されないが、例えば、18〜25塩基があげられる。
【0033】
前記アンチセンスとしては、例えば、ターゲットRNAと相補的な配列からなるアンチセンスがあげられる。前記アンチセンスは、例えば、DNAでもRNAでもよい。前記アンチセンスRNAによる発現抑制のメカニズムとしては、例えば、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼにより局所的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成が進行中であるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害等があげられる(平島および井上;新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現(日本生化学会編、東京化学同人)pp.319−347、1993)。アンチセンスRNAの長さは、特に制限されないが、例えば、15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。一般的なアンチセンスRNAの長さは、例えば、5kb以下であり、好ましくは2.5kb以下である。
【0034】
前記リボザイムは、一般に、触媒活性を有するRNA分子のことを意味する。本発明におけるリボザイムは、例えば、前記ターゲットRNAを部位特異的に開裂(切断)するリボザイムがあげられる。リボザイムの配列は、特に制限されず、例えば、切断目的の配列に相補的な配列を有するように設計できる。リボザイムの種類は、特に制限されないが、例えば、ハンマーヘッド型リボザイム、ヘアピン型リボザイム等があげられる。
【0035】
なお、siRNA、siRNA前駆体、miRNA、miRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムの技術は、例えば、遺伝子から転写されたRNAを分解する手段、遺伝子からのRNAの転写を阻害する手段として確立されている。このため、本発明の実施において、ターゲットRNAの分解やターゲットRNAの転写阻害のために、siRNA、siRNA前駆体、miRNA、miRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイム等を設計することは、当業者であれば技術常識に基づいて行うことができる。また、siRNA、siRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイム等の構成材料は、特に制限されず、例えば、天然由来の核酸でもよいし、PNA等の人工核酸等でもよく、何ら制限されない。
【0036】
前記生殖細胞または受精卵に導入する核酸は、前述のように、前記siRNA前駆体等の各種核酸を発現する発現ベクターであってもよい。すなわち、本発明においては、例えば、siRNA、siRNA前駆体、miRNA、miRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイム等、それ自体を前記生殖細胞または受精卵に導入してもよいし、これらの核酸を発現する発現ベクターを前記生殖細胞または受精卵に導入してもよい。このように、前記発現ベクターを前記生殖細胞または受精卵に導入することで、前記生殖細胞または受精卵の内部で前記siRNA前駆体等を発現させることも可能である。前記発現ベクターとしては、前記核酸を発現できればよく、その種類は特に制限されず、例えば、ウイルス系ベクターや非ウイルス系ベクターがあげられる。
【0037】
本発明において、前記核酸を導入する生殖細胞は、例えば、卵および精子のいずれか一方でもよいし、両方であってもよい。また、前記核酸を導入する対象は、前記生殖細胞の他に、例えば、受精卵があげられる。前記受精卵は、例えば、卵分割した受精卵(例えば、胚)であってもよく、特に好ましくは、卵分割早期の受精卵である。
【0038】
本発明において、前記生殖細胞または受精卵への前記核酸の導入方法は、特に制限されないが、例えば、生殖細胞または受精卵への注入や、前記核酸含有液への生殖細胞または受精卵の浸漬等があげられる。なお、具体的な方法については、後述するアコヤガイの製造方法において説明する。
【0039】
<発達抑制剤>
つぎに、本発明の発達抑制剤は、前述のように、本発明の発達抑制方法に使用するための発達抑制剤であって、下記(x1)〜(x3)からなる群から選択された少なくとも一つの核酸を含むことを特徴とする。
(x1)本発明の生殖細胞系列発達関連遺伝子(pov遺伝子)またはその部分配列から転写されたRNAを分解する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x2)本発明の生殖細胞系列発達関連遺伝子(pov遺伝子)またはその部分配列からのRNAの転写を阻害する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x3)前記(x1)および(x2)の少なくとも一方の核酸を発現する発現ベクター
【0040】
前記(x1)〜(x3)に示す各核酸は、前述の通りである。前記(x1)、(x2)または(x3)は、それぞれ、いずれか一種類の核酸でもよいし、二種類以上を併用してもよい。また、前記(x1)〜(x3)の核酸のうち、いずれか一種類の核酸を使用してもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0041】
本発明の発達抑制剤の形態は、特に制限されないが、取り扱い性に優れることから、例えば、前記核酸を含む液体であることが好ましい。前記液体の溶媒としては、特に制限されないが、例えば、海水、NaClを含有する水や緩衝液等があげられる。NaClの濃度は、特に制限されないが、例えば、約30〜35mmol/Lであり、好ましくは約30mmol/Lである。前記緩衝液は、例えば、KCl、CaCl、CaCl・2HO、Hepes等を含んでもよい。前記緩衝液の種類は、特に制限されない。前記溶媒は、例えば、Mgイオンを未含有であることが好ましい。前記溶媒のpHは、特に制限されないが、例えば、pH7.5〜8であり、好ましくはpH8である。
【0042】
なお、発達抑制剤の使用方法の詳細については、後述するアコヤガイの製造方法において説明する。
【0043】
<アコヤガイの製造方法>
本発明のアコヤガイの製造方法は、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイの製造方法である。本発明において、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイとは、例えば、受精卵、受精卵から育成したアコヤガイ(稚貝を含む)のいずれであってもよい。
【0044】
本発明の製造方法としては、未受精の生殖細胞にターゲットRNAの発現抑制処理を行う、下記(A1)および(A2)工程を含む第一の製造方法と、受精卵にターゲットRNAの発現抑制処理を行う、下記(B1)および(B2)工程を含む第二の製造方法とがあげられる。
(A1)アコヤガイの卵および精子の少なくとも一方の生殖細胞に、本発明の発達抑制剤を導入する工程
(A2)前記卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
(B1)アコヤガイの卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
(B2)前記受精卵に、本発明の発達抑制剤を導入する工程
【0045】
このような第一および第二の製造方法により得られた処理済みの受精卵は、例えば、本発明のpov遺伝子のRNAの発現が抑制される。このため、前記受精卵を育成することによって、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイ(稚貝を含む)を得ることができる。このように、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイは、例えば、卵細胞の形成および成熟が抑制されるため、後述するような真珠製造の母貝として極めて有用である。以下、本発明の発現抑制剤を導入する工程を「発現抑制処理」ともいう。
【0046】
まず、第一の製造方法について説明する。前記第一の製造方法において、発現抑制処理を行う生殖細胞の種類は、特に制限されず、卵および精子のいずれでもよいが、例えば、取り扱い性に優れることから、卵が好ましい。また、卵および精子の両方に発現抑制処理を行ってもよい。前記卵および精子は、例えば、受精させることから、成熟細胞であることが好ましい。
【0047】
前記生殖細胞への前記発達抑制剤の導入方法は、特に制限されないが、例えば、前記生殖細胞に前記発達抑制剤を含有する液体を接触させ、前記生殖細胞の取り込み能によって、前記発達抑制剤を前記生殖細胞に導入する方法があげられる。前記接触方法としては、例えば、生殖巣または生殖細胞の前記液体への浸漬、または、生殖巣への前記液体の注入等があげられる。生殖巣の浸漬は、例えば、アコヤガイをそのまま前記液体に浸漬する形態が好ましい。この他に、前記生殖細胞に、直接、前記発達抑制剤をマイクロインジェクション等によって注入することも可能である。中でも、生殖巣から生殖細胞の取り出しが不要であり、操作が簡便となることから、生殖巣の前記液体への浸漬や、生殖巣への前記液体の注入等が好ましい。
【0048】
前記液体における発達抑制剤の含有割合は、特に制限されないが、例えば、発達抑制剤の濃度が、100μg/ml〜1000μg/mlであることが好ましく、より好ましくは400μg/mlである。
【0049】
前記発達抑制剤を含む液体に生殖巣または生殖細胞を浸漬する場合、浸漬時間は、特に制限されないが、例えば、30分〜12時間が好ましく、より好ましくは3〜6時間である。また、浸漬温度は、特に制限されないが、例えば、20〜27℃であり、通常、23〜25℃である。
【0050】
前記発達抑制剤を含む液体を注入する場合、生殖巣に対する注入割合は、例えば、体重10〜15g当たり200〜400μlであることが好ましく、特に好ましくは200μlである。注入後のアコヤガイは、例えば、貝が乾燥しないようにした状態で、30分〜12時間静置することが好ましく、より好ましくは3〜6時間である。乾燥しない条件とは、例えば、バットに湿らせたキムワイプ等を敷き、その上に貝を置いておくというような条件である。また、温度は、例えば、前述と同様である。
【0051】
この他にも、前記発達抑制剤の導入方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、ポリエチレングリコール法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、超音波核酸導入法、遺伝子銃による導入法、DEAE−デキストラン法、微小ガラス管等を用いた直接注入法、ハイドロダイナミック法、カチオニックリポソーム法、アテロコラーゲンを用いる方法等があげられる。また、導入補助剤として、例えば、リポフェクタミン、カチオニックリポソーム等のリポソーム、アテロコラーゲン等を使用することもできる。
【0052】
発達抑制処理後の生殖細胞の交配は、例えば、従来公知の方法により行うことができる。前記発達抑制剤の導入を、アコヤガイから生殖細胞を取り出さずに行った場合は、例えば、雌貝と雄貝とから、それぞれ採卵、採精を行い、人工交配すればよい。このような方法により、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイ(稚貝を含む)となる受精卵を得ることができる。
【0053】
次に、第二の製造方法について説明する。前記第二の製造方法では、受精卵に対して発現抑制処理を行う以外は、特に示さない限り、前述の第一の製造方法と同様に処理を行うことができる。
【0054】
まず、従来公知の方法により、アコヤガイの卵と精子とを受精させ、受精卵を得る。そして、得られた受精卵に対して前記発達抑制剤の導入を行う。受精卵への導入方法は、特に制限されないが、例えば、前記受精卵に前記発達抑制剤を含有する液体を接触させ、前記受精卵の取り込み能によって、前記発達抑制剤を前記生殖細胞に導入する方法があげられる。前記接触方法としては、例えば、受精卵の前記液体への浸漬、または、受精卵への前記液体の注入があげられる。このような方法により、生殖細胞系列の発達が抑制されたアコヤガイ(稚貝を含む)となる受精卵を得ることができる。
【0055】
本発明の第一および第二の製造方法は、さらに、(C)工程として、前記(A2)工程または前記(B2)工程の後、前記受精卵を育成する工程を有することが好ましい。このように受精卵を育成することで、生殖細胞系列の発達が抑制され、生殖細胞数が少ない、または、成熟度が低いアコヤガイ(稚貝を含む)を得ることができる。
【0056】
<真珠製造方法>
本発明の真珠製造方法は、アコヤガイに核を導入して真珠を製造する真珠製造方法であって、核の導入に先立って、本発明の製造方法により、アコヤガイを製造する工程を含むことを特徴とする。
【0057】
本発明の製造方法により得られるアコヤガイは、生殖細胞系列の発達が抑制されているため、生殖細胞数や成熟度が低い。このため、従来のように、母貝を窮屈な状態で育成して卵の成熟を抑制したり、卵抜きを行うことが不要となる。したがって、本発明の製造方法によれば、従来よりも、短期間で且つ品質に優れた真珠の製造を行うことが可能となる。なお、本発明は、本発明のアコヤガイの製造方法によりアコヤガイを調製することが特徴であり、その他の工程や条件は何ら制限されない。
【0058】
<不稔化方法および不稔化剤>
本発明の不稔化方法は、アコヤガイの不稔化方法であって、本発明の発達抑制方法により、アコヤガイの生殖細胞系列の発達を抑制する工程を含むことを特徴とする。本発明において「不稔化」とは、例えば、アコヤガイの生殖細胞系列の発達関連遺伝子の発現を抑制し、生殖細胞の成熟を抑制することを意味する。
【0059】
前述のように、本発明の発達抑制方法によれば、生殖細胞系列の発達を抑制できるため、不稔化が可能となる。本発明においては、本発明の発達抑制方法を行う点が特徴であって、その他の工程や条件は何ら制限されない。具体的には、例えば、前述の本発明のアコヤガイの製造方法によって、不稔化されたアコヤガイを得ることができる。
【0060】
本発明の不稔化剤は、本発明の不稔化方法に使用するための不稔化剤であって、本発明の発達抑制剤を含むことを特徴とする。本発明の不稔化剤は、本発明の発達抑制剤を含むことが特徴であり、その他の構成等は何ら制限されず、前述の発達抑制剤と同様の条件で使用することができる。
【実施例】
【0061】
つぎに、本発明の実施例について説明する。ただし、本発明は下記の実施例により制限されない。なお、市販の試薬は、特に示さない限り、それらのプロトコールに基づいて使用した。
【0062】
[実施例1]
本発明者らが同定した新規遺伝子pov I、pov IIおよびpov IVについて、アコヤガイにおける発現部位を確認した。
【0063】
pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の各塩基配列に基づいて、これらに相補的な下記プローブを作製した。これらのプローブは、それぞれ、ジゴキシゲニン(DIG)で3’末端を標識化した。
pov I用プローブ
アンチセンス 配列番号10
センス 配列番号11
pov II用プローブ
アンチセンス 配列番号12
センス 配列番号13
pov IV用プローブ
アンチセンス 配列番号14
センス 配列番号15
【0064】
育成1年目のアコヤガイから取り出した生殖巣を、Davidson’s solutionで固定し、厚み8μmの組織切片を作製した。脱パラフィンした前記切片をProteinaseKで処理した後、前述の標識化プローブを、50℃で40時間反応させた。反応後、未反応の標識化プローブを洗浄により除去し、さらに、アルカリフォスファターゼ標識化抗DIG抗体を添加した。これにより、標識化プローブと前記標識化抗DIG抗体とのハイブリッドを形成させ、発色基質であるNBTおよびBCIPとを用いて発色反応を行った。発色反応を行った前記切片について、光学顕微鏡観察を行った。これらの結果を図1に示す。同図は、生殖細胞におけるpov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の発現部位を示すin situハイブリダイゼーションの結果を示す写真である。同図において、各左図は、センス鎖プローブを使用した結果、各右図は、アンチセンス鎖プローブを使用した結果である。また、コントロールとして、前記切片をヘマトキシリン−エオシン(HE)染色した結果を示す写真を、図1にあわせて示す。コントロールにおいて、右図は、左図の拡大図である。
【0065】
同図に示すように、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子は、生殖細胞において特異的に発現していることが確認できた。
【0066】
[実施例2]
(1)生殖細胞の増加抑制
RNA干渉によりpov I遺伝子のmRNA発現を抑制して、生殖細胞の増加抑制を行った。
【0067】
pov I遺伝子を鋳型として、MEGAscript(商標)kit(Ambion社製)を用いて、dsRNAを作製した。前記dsRNAは、そのセンス鎖が配列番号7で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドであり、そのアンチセンス鎖は、前記センス鎖の相補配列からなるポリヌクレオチドとした。前記dsRNAを、soaking bufferに400μg/mlとなるように分散した。これをRNAi試薬とした。前記soaking buffer(pH8)の組成は、Mg2+free、530.2mmol/L NaCl、10.0mmol/L KCl、9.2mmol/L CaCl・HO、10.0mmol/L Hepesとした。
【0068】
複数個の成熟した雌アコヤガイの生殖巣に、前記RNAi試薬200μLを注射し、3時間後、RNAi処理済の雌アコヤガイとRNAi未処理の雄アコヤガイとを人工的に交配させた。続いて、得られた稚貝(合計333個)を、1年間飼育(海水、自然水温)した。生育したアコヤガイをRNAi処理群という(実施例)。生育したアコヤガイから生殖巣を取り出し、前記実施例1と同様にして、組織切片を作製してHE染色を行い、生殖巣における生殖細胞を確認した。また、コントロールとして、RNAi未処理の雌とRNAi未処理の雄アコヤガイとの交配を行い、同様に飼育を行った。生育したアコヤガイをコントロール群という(コントロール)。そして、実施例1と同様に、組織切片を作製して、HE染色により生殖細胞を確認した。実施例の一例およびコントロールの一例を、それぞれ図2に示す。同図は、雄アコヤガイの生殖巣の組織切片の写真であり、右は、RNAi処理を行った実施例(RNAi処理群)の写真であり、左は、RNAi未処理のコントロール(コントロール群)の写真である。
【0069】
RNAi処理を行っていないコントロール群では、図2の左に示すように、生殖細胞の増加が確認された。これに対して、実施例のRNAi処理群では、図2の右に示すように、生殖細胞が非常に少ない個体や、生殖細胞が全く確認できない個体が存在した。
【0070】
さらに、前述と同様に飼育した合計182個のアコヤガイについて、飼育開始から1年目の産卵期である5月に、下記式で表される生殖巣体指数(GSI)を算出した。GSIは、数値が大きい程、生殖細胞が多いと判断でき、数値が小さい程、生殖細胞が少ないと判断できる。各GSIに属する個体分布を図3のグラフに示す。同図において、Aは、コントロール2−1の結果、Bは、実施例2の結果を示す。また、「〜0.16」は0.16未満、「0.18」は0.16以上0.18未満、「0.2」は0.2以上0.22未満、「0.22」は0.22以上0.24未満、「0.24」は0.24以上0.26未満、「0.26」は0.26以上0.28未満、「0.28〜」は0.28以上の結果である。
GSI=100×(生殖巣重量/体重)
【0071】
図3に示すように、コントロールでは、94%近くがGSI 0.26以上を示し、大半が生殖細胞数の多い個体群であることがわかった。これに対して、実施例では、コントロールと比較して、低いGSIに分布する個体数が増加し、89%近くがGSI 0.26未満を示す個体であった。この結果から、RNAi処理を行うことによって、生殖巣における生殖細胞数を低減できることがわかった。
【0072】
(2)成熟抑制
前記(1)と同様にして、成熟した雌アコヤガイをRNAi処理し、RNAi未処理の雄アコヤガイと人工交配させた後、得られた稚貝を飼育した。1年間飼育したアコヤガイの生殖巣を組織観察し、生殖細胞の数や精子の有無から、下記評価基準に従って成熟度の評価を行った(実施例)。そして、アコヤガイ全体における各評価レベルに属する個体の割合(%)を求めた。また、RNAi未処理の雌および雄のアコヤガイを人工交配させ、飼育したアコヤガイについても同様に評価を行った。これらの結果を下記表1に示す。
(評価基準)
1:生殖細胞が確認できない個体
2:生殖細胞は確認できるが数が少なく、精子が確認できない個体
3:生殖細胞が確認でき数も多いが、精子が確認できない個体
4:生殖細胞が確認でき数も多く、精子も確認できる個体
【0073】
【表1】

【0074】
前記表に示すように、実施例は、コントロールと比較して、生殖細胞の成熟度が抑制されていることが確認できた。
【0075】
[実施例3]
(1)生殖細胞の増加抑制
RNA干渉によりpov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子のmRNA発現を抑制して、生殖細胞の増加抑制を行った。
【0076】
pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子を鋳型とした以外は、実施例2と同様にして、RNAi試薬を作製した。なお、pov II遺伝子用のdsRNAは、そのセンス鎖が、配列番号8で表されるポリヌクレオチドであり、そのアンチセンス鎖は、前記センス鎖の相補配列となるポリヌクレオチドとした。また、pov IV遺伝子要のdsRNAは、そのセンス鎖が、配列番号9で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドであり、そのアンチセンス鎖は、前記センス鎖の相補配列からなるポリヌクレオチドとした。
【0077】
複数個の成熟した雌アコヤガイの生殖巣に、前記RNAi試薬200μLを注射し、4時間後、前記雌アコヤガイとRNAi未処理の雄アコヤガイとを人工的に交配させた。得られた稚貝を、実施例2と同様にして、1年間飼育して、HE染色による生殖細胞の確認およびGSI算出を行った。なお、pov I遺伝子用のRNAi試薬で処理した雌アコヤガイとの交配により得られた稚貝は104個、pov II遺伝子用のRNAi試薬で処理した雌アコヤガイの交配により得られた稚貝は185個、pov IV遺伝子用のRNAi試薬で処理した雌アコヤガイの交配により得られた稚貝は109個、RNAi処理を行っていない雌アコヤガイの交配により得られた稚貝は80個であった。
【0078】
HE染色の結果を、図4に示す。同図(A)〜(C)は、それぞれ、pov I遺伝子用のRNAi試薬、pov II遺伝子用のRNAi試薬、pov IV遺伝子用のRNAi試薬で処理したアコヤガイの生殖巣の組織切片の写真である。各(A)〜(C)において、上のパネルは、雄アコヤガイの結果を示し、下のパネルは、雌アコヤガイの結果を示す。また、各(A)〜(C)において、左列のパネルは、RNAi未処理のコントロールの結果を示し、中列および右列のパネルは、RNAi処理した実施例の結果を示す。また、各図におけるバーは、長さ10μmを示す。
【0079】
同図(A)〜(C)の左列のパネルに示すように、RNAi未処理のコントロールでは、雄アコヤガイの精原細胞の増加および雌アコヤガイの卵原細胞の増加が見られた。これに対して、同図(A)〜(C)の中列および右列のパネルに示すように、RNAi処理した実施例では、雄アコヤガイの精原細胞および雌アコヤガイの卵原細胞が非常に少ない個体や、全く確認できない個体が存在した。
【0080】
GSIの結果を、図5に示す。同図(A)〜(D)は、それぞれ、コントロール、pov I遺伝子用のRNAi試薬、pov II遺伝子用のRNAi試薬、pov IV遺伝子用のRNAi試薬で処理したアコヤガイの生殖巣体指数の結果を示すグラフである。生殖巣の組織切片の写真である。同図において、「0.001」は0.001未満、「0.003」は0.003以上0.005未満、「0.005」は0.005以上0.007未満、「0.007」は0.007以上0.009未満、「0.009」は0.009以上0.01未満、「0.01」は0.01以上0.03未満、「0.03」は0.03以上0.05未満、「0.05」は0.05以上0.07未満、「0.07」は0.07以上0.09未満、「0.09」は0.09以上0.1未満、「0.1」は0.1以上0.13未満、「0.13〜」は0.13以上の結果である。
【0081】
同図(A)に示すように、RNAi未処理のコントロールは、半数以上の個体がGSI 0.07以上を示した。これに対して、同図(B)〜(D)に示すように、RNAi処理した実施例では、コントロールと比較して、低いGSIに分布する個体数が増加し、半数以上の個体がGSI 0.07未満を示す個体であった。この結果から、RNAi処理を行うことによって、生殖巣における生殖細胞数を低減できることがわかった。
【0082】
さらに、1年間飼育後のアコヤガイから全RNAを調製し、逆転写−ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)法により、pov I遺伝子、pov II遺伝子またはpov IV遺伝子を増幅させた。これらの結果を図4に示す。同図は、RT−PCR法増幅産物を解析した電気泳動写真であり、(A)、(B)、(C)は、それぞれpov I遺伝子、pov II遺伝子、pov IV遺伝子の増幅結果を示す。また、左のレーンは、RNAi未処理のコントロールの結果であり、その他のレーンは、RNAi処理した実施例の結果を示す。
【0083】
同図(A)〜(C)に示すように、RNAi未処理のコントロールでは、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の増幅が確認された。これに対して、RNAi処理した実施例では、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の増幅が確認できなかった。これらの結果から、RNAi処理を施すことによって、pov I遺伝子、pov II遺伝子およびpov IV遺伝子の発現が、効果的に抑制されたことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0084】
以上のように、本発明の新規pov遺伝子は、生殖細胞系列の発達に関与していることから、このpov遺伝子の発現を抑制することによって、生殖細胞系列の発達を抑制できる。また、このような方法によれば、例えば、生殖細胞数が低減された、もしくは、生殖細胞の成熟が抑制されたアコヤガイ(不稔化アコヤガイ)を得ることができる。このようなアコヤガイを真珠の養殖における母貝として使用すれば、例えば、従来法における抑制処理や卵抜き処理が不要となるため、より簡便に真珠の養殖を行うことが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列からなることを特徴とする、アコヤガイの生殖細胞系列の発達関連遺伝子。
【請求項2】
アコヤガイの生殖細胞系列の発達抑制方法であって、
請求項1記載の生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの発現抑制によって、生殖細胞系列の発達を抑制することを特徴とする発達抑制方法。
【請求項3】
前記生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの発現抑制が、
前記生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAの分解、または、前記生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの転写の阻害である、請求項2記載の発達抑制方法。
【請求項4】
前記アコヤガイの生殖細胞および受精卵の少なくとも一方に、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンス、リボザイム、およびこれらを発現する発現ベクターからなる群から選択された少なくとも一つの核酸を導入して、前記生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAの分解、または、前記生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの転写を阻害する、請求項3記載の発達抑制方法。
【請求項5】
前記siRNA前駆体が、二本鎖RNAであり、
前記二本鎖RNAのアンチセンス鎖が、下記(a1)または(a2)の塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項4記載の発達抑制方法。
(a1)配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列において、連続する1080〜1260塩基からなる塩基配列に相補的な塩基配列
(a2)配列番号7、配列番号8および配列番号9のいずれかで表される塩基配列に相補的な塩基配列
【請求項6】
前記生殖細胞および受精卵の少なくとも一方に前記核酸を含有する液体を接触させ、前記生殖細胞および受精卵の少なくとも一方の取り込み能によって、前記核酸を前記生殖細胞および受精卵の少なくとも一方に導入する、請求項4または5記載の発達抑制方法。
【請求項7】
前記生殖細胞および受精卵の少なくとも一方と前記液体との接触方法が、生殖巣または生殖細胞の前記液体への浸漬、または、生殖巣への前記液体の注入である、請求項6記載の発達抑制方法。
【請求項8】
請求項2から7のいずれか一項に記載のアコヤガイの生殖細胞系列の発達抑制方法に使用するための発達抑制剤であって、
下記(x1)〜(x3)からなる群から選択された少なくとも一つの核酸を含むことを特徴とする発達抑制剤。
(x1)請求項1記載の生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列から転写されたRNAを分解する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x2)請求項1記載の生殖細胞系列発達関連遺伝子またはその部分配列からのRNAの転写を阻害する、siRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりsiRNAを遊離するsiRNA前駆体、miRNA、リボヌクレアーゼで分解されることによりmiRNAを遊離するmiRNA前駆体、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選択された少なくとも一つの核酸
(x3)前記(x1)および(x2)の少なくとも一方の核酸を発現する発現ベクター
【請求項9】
前記siRNA前駆体が、二本鎖RNAであり、
前記二本鎖RNAのアンチセンス鎖が、下記(a1)または(a2)の塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項8記載の発達抑制剤。
(a1)配列番号1、配列番号3および配列番号5のいずれかで表される塩基配列において、連続する1080〜1260塩基からなる塩基配列に相補的な塩基配列
(a2)配列番号7、配列番号8および配列番号9のいずれかで表される塩基配列に相補的な塩基配列
【請求項10】
生殖細胞系列の発生が抑制されたアコヤガイの製造方法であって、
下記(A1)および(A2)工程を含むことを特徴とする製造方法。
(A1)アコヤガイの卵および精子の少なくとも一方の生殖細胞に、請求項8または9記載の発達抑制剤を導入する工程
(A2)前記卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
【請求項11】
前記(A1)工程において、前記生殖細胞に前記発達抑制剤を含有する液体を接触させ、前記生殖細胞の取り込み能によって、前記発達抑制剤を前記生殖細胞に導入する、請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
前記生殖細胞と前記液体との接触方法が、生殖巣または生殖細胞の前記液体への浸漬、または、生殖巣への前記液体の注入である、請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
前記(A1)工程において、前記生殖細胞に、前記発達抑制剤を注入する、請求項11記載の製造方法。
【請求項14】
前記(A1)および(A2)工程に代えて、下記(B1)および(B2)工程を有する請求項10記載の製造方法。
(B1)アコヤガイの卵と精子とを交配させて、受精卵を得る工程
(B2)前記受精卵に、請求項7または8記載の発達抑制剤を導入する工程
【請求項15】
前記(B2)工程において、前記受精卵に前記発達抑制剤を含有する液体を接触させ、前記受精卵の取り込み能によって、前記発達抑制剤を前記受精卵に導入する、請求項14記載の製造方法。
【請求項16】
前記受精卵と前記液体との接触方法が、前記受精卵の前記液体への浸漬である、請求項15記載の製造方法。
【請求項17】
前記(B2)工程において、前記受精卵に、前記発達抑制剤を注入する、請求項14記載の製造方法。
【請求項18】
さらに、(C)工程を有する、請求項10から17のいずれか一項に記載の製造方法。
(C)前記(A2)工程または前記(B2)工程の後、前記受精卵を育成する工程
【請求項19】
アコヤガイに核を導入して真珠を製造する真珠製造方法であって、
核の導入に先立って、請求項10から18のいずれか一項に記載の製造方法により、アコヤガイを製造する工程を含むことを特徴とする真珠製造方法。
【請求項20】
アコヤガイの不稔化方法であって、
請求項2から7のいずれか一項に記載の発達抑制方法により、アコヤガイの生殖細胞系列の発達を抑制する工程を含むことを特徴とする不稔化方法。
【請求項21】
請求項20記載のアコヤガイの不稔化方法に使用するための不稔化剤であって、
請求項8または9記載の発達抑制剤を含むことを特徴とする不稔化剤。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−219487(P2009−219487A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−36943(P2009−36943)
【出願日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】