説明

アニオン重合体の製造方法

【課題】
重合阻害物質が系中に存在している場合、あるいは外部から重合阻害物質が流入した場合であっても、高分子量のアニオン重合体が製造でき、かつ、得られるアニオン重合体の精密な分子量制御が可能となるアニオン重合体の製造方法を提供する。
【解決手段】
重合開始能力を有する有機アニオン種であって、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン種、及び、重合開始能力がないが、重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得る有機アニオン種であって、有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウムもしくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオン種が存在する重合反応開始系内に、アニオン重合性単量体を添加し、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で重合することを特徴とするアニオン重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニオン重合法により重合体を製造する方法に関し、より詳細には、厳密な原料精製を行なうことなく高分子量の重合体を容易に製造でき、かつ得られる重合体の精密な分子量制御が可能となるアニオン重合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アニオン重合系においては、水、アルコールなどの活性水素化合物や酸素などが、成長末端アニオンや開始剤を失活させる重合阻害物質となるため、これらの存在下におけるアニオン重合の制御は困難を伴うことが知られている。
【0003】
一方、例えば数万以上の高分子量の重合体をアニオン重合法によって製造する場合、高分子量の重合体を得ようとすればするほど、重合溶液中の成長末端アニオンの濃度が低下するため、相対的に重合阻害物質の影響が大きくなり、成長末端アニオンが失活しやすくなる。そのため、所望の分子量を有する重合体を得ることが困難となったり、目的とする重合体の収率が減少する場合が多く問題となっていた。
【0004】
このような問題を解決すべく、用いる単量体や溶媒にベンジルマグネシウムブロマイドやブチルリチウムなどを添加して、該単量体や溶媒に微量含まれる活性水素含有重合阻害物質と反応させ、単量体や溶媒中から重合阻害物質を除去し、精製する方法が提案されている。
【0005】
この方法においては、重合阻害物質を完全に除去するためにはベンジルマグネシウムブロマイドやブチルリチウムなどを過剰量添加する必要がある。しかし、これらの試薬は重合禁止剤又は重合開始剤として機能する場合もあるため、重合前に単量体や溶媒から完全に除去しなければならない。そのため、精製操作等が煩雑となり、また、単量体を蒸留法等で精製する際に単量体が部分的に重合して、単量体の精製回収率が低下する場合があり、工業的生産規模でアニオン重合を行う場合に実用面で問題があった。
【0006】
またHsieh等は、室温においてsec−ブチルリチウム又はポリスチリルアニオンとジブチルマグネシウムとのアート錯体を重合開始剤とし、スチレンやジエン類のアニオン重合を、澤本らは、n−ブチルリチウム/ジブチルマグネシウム錯体を用いて重合温度が120℃でのスチレンバルク重合を報告している。しかしながら、ジブチルマグネシウムを使用したこれらの例でも、高分子量重合体の分子量を精密に制御するには至っていなかった(非特許文献1〜4を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.L.Hsieh et.al.,Macromolecules,1986,19,299
【非特許文献2】Seltz,L.,Little,G.F.,J.Organomet.Chem.,1969,18,227
【非特許文献3】A.Deffieux,et.al.,Macromol.Chem.Phys.,1999,200,621
【非特許文献4】7th SPSJ International Polymer conference,27A13(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した従来技術の実情に鑑みてなされたものであって、重合阻害物質が系中に存在している場合、あるいは外部から重合阻害物質が流入した場合であっても、高分子量の重合体を製造でき、かつ、得られるアニオン重合体の精密な分子量制御が可能となるアニオン重合体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、重合開始能力があるアニオン種及び重合開始能力がないが重合阻害物質と反応し得るアニオン種が存在する重合反応開始系に、アニオン重合性単量体を添加することにより、高分子量の重合体を製造でき、かつ、得られるアニオン重合体の精密な分子量制御が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
かくして本発明によれば、下記(1)〜(5)のアニオン重合体の製造方法が提供される。
(1)重合開始能力を有する有機アニオン種であって、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン種、及び、重合開始能力がないが、重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得る有機アニオン種であって、有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウムもしくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオンが存在する重合反応開始系内に、アニオン重合性単量体を添加し、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で重合することを特徴とするアニオン重合体の製造方法。
【0011】
(2)1,1−ジフェニルヘキシルリチウムとジブチルマグネシウムとのアート錯体、n−ブチルリチウムとジブチルマグネシウムとのアート錯体が存在する重合反応開始系内に、アニオン重合性単量体を添加し、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で重合することを特徴とするアニオン重合体の製造方法。
(3)重合開始能力がないが、重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得る有機アニオン種であって、有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウムもしくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオン種の存在量が、重合開始能力を有する有機アニオン種であって、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン種1モルに対して0.5モル以上であることを特徴とする(1)に記載のアニオン重合体の製造方法。
【0012】
(4)重合阻害物質が活性水素化合物であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のアニオン重合体の製造方法。
(5)アニオン重合性単量体が、スチレン誘導体、ブタジエン誘導体及び(メタ)アクリル酸エステル誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のアニオン重合体の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法を用いることにより、重合阻害物質を微量含むアニオン重合性単量体や溶媒を用いる場合であっても、高分子量の重合体を分子量制御して製造することができる。すなわち、工業的生産規模でアニオン重合体を製造する場合であっても、用いるアニオン重合性単量体や溶媒に重合阻害物質が微量含まれていても、目的とする分子量制御されたアニオン重合体を収率よく製造することができる。
【0014】
本発明の製造方法により得られるアニオン重合体、特に高分子量ブロックアニオン共重合体はミクロ構造が高次に制御されており、ナノパターン形成材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られた重合体AのGPC曲線図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のアニオン重合体の製造方法は、重合開始能力があるアニオン種、及び重合開始能力がないが重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得るアニオン種が存在する重合反応開始系に、アニオン重合性単量体を添加することを特徴とする。
【0017】
本発明に用いる重合開始能力があるアニオン種は、アニオン重合性不飽和結合を重合させる能力のあるアニオン種であれば、特に制限されない。
【0018】
前記重合開始能力があるアニオン種としては、例えば、有機アルカリ金属、有機アルカリ土類金属、1,1−ジフェニルエチレンもしくはスチルベンから誘導される炭素アニオン;又は1,1−ジフェニルエチレンもしくはスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン;が挙げられる。
【0019】
前記炭素アニオンの具体例としては、エチルリチウム、n−ブチルリチウム、sec−ブチルリチウム、t-ブチルリチウム、エチルナトリウム、リチウムビフェニル、リチウムナフタレン、ナトリウムナフタレン、カリウムナフタレン、α−メチルスチレンナフタレンジアニオン、1,1−ジフェニルヘキシルリチウム、1,1−ジフェニル−3−メチルペンチルリチウム、1,4−ジリチオ−2−ブテン、1,6−ジリチオへキサン、ポリスチリルリチウム、クミルカリウム、クミルセシウム、1,1−ジフェニルエチレンもしくはスチルベン等から誘導される炭素アニオンが挙げられる。
【0020】
前記重合開始能力があるアニオン種のアート錯体の具体例としては、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体、より具体的には、1,1−ジフェニルエチレンとn−ブチルリチウムとの反応により生成する1,1−ジフェニルへキシルリチウムとジブチルマグネシウムとのアート錯体等が挙げられる。
【0021】
アート錯体を形成する他方の有機金属化合物としては、前記重合開始能力があるアニオン種とアート錯体を形成できるものであれば特に限定されない。具体的には、マグネシウム、アルミニウム、又は亜鉛を金属種とする有機金属等を例示することができる。
以上例示した重合開始能力があるアニオン種は1種単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
本発明に用いられる重合開始能力がないが重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得るアニオン種(以下、「重合開始能力がないアニオン種」ということがある)は、アニオン重合性不飽和結合を重合させる能力はないが、活性水素化合物に代表される重合阻害物質と反応して重合を阻害しない化合物に変化し得るアニオン種であれば、特に限定されない。
【0023】
重合開始能力がないアニオン種としては、例えば、トリフェニルメチルアニオン誘導体;エノレートアニオン;金属アルコキシドアニオン;マグネシウム、アルミニウム若しくは亜鉛を金属種とする有機金属の有機アニオン;有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウム若しくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオンが挙げられる。
【0024】
トリフェニルメチルアニオン誘導体は、例えば、トリフェニルメタン誘導体とアルキルリチウムとを反応させることで調製することができる。
【0025】
エノレートアニオンは、メチル基、エチル基、n−プロピル基等の比較的立体障害の少ないエステル官能基を有する(メタ)アクリル酸エステルと、アルキルリチウムなどのアニオン種を反応させることにより調製することができる。
【0026】
また金属アルコキシドは、アルコール類とアルキルリチウムとを反応させることにより調製することができる。具体的には、メトキシエタノールとn−ブチルリチウムとの反応で生成するリチウムメトキシエトキシドを例示することができる。
【0027】
マグネシウム、アルミニウム又は亜鉛を金属種とする有機金属としては、例えば、炭素数1〜20のアルキル基や、炭素数6〜20のアリール基を配位子とする、マグネシウム、アルミニウム又は亜鉛の化合物を例示することができる。
【0028】
前記炭素数1〜20のアルキル基や炭素数6〜20のアリール基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、イソブチル基、アミル基、ヘキシル基、ベンジル基、フェニル基、ナフチル基等を例示することができる。
【0029】
マグネシウム、アルミニウム、又は亜鉛を金属種とする有機金属の具体例としては、ジ−n−ブチルマグネシウム、ジ−t−ブチルマグナシウム、ジ−sec−ブチルマグネシウム、n−ブチル−sec−ブチルマグネシウム、n−ブチル−エチルマグネシウム、ジ−n−アミルマグネシウム、ジベンジルマグネシウム、ジフェニルマグネシウム、ジエチル亜鉛、ジ−n−ブチル亜鉛、トリメチルアルミニウム、トリエチルアルミニウム、トリイソブチルアルミニウム、トリ−n−へキシルアルミニウム等が挙げられる。
【0030】
前記重合開始能力がないアニオン種のアート錯体を形成する有機アルカリ金属としては、前述した重合開始能力があるアニオン種として例示した有機アルカリ金属と同様のものを例示することができる。
【0031】
また、アート錯体を形成するマグネシウム、アルミニウム、又は亜鉛を金属種とする有機金属としては、先に例示した化合物と同様のものを例示することができる。
以上例示した重合開始能力がないアニオン種は一種単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0032】
本発明の製造方法は、重合開始能力があるアニオン種と重合開始能力がないアニオン種が共存する系を重合反応開始系とし、アニオン重合性単量体を該開始系に添加することを特徴とする。
【0033】
前記重合開始能力がないアニオン種は、反応系内に存在する重合阻害物質と速やかに反応して重合阻害しない化合物に変換することにより、相対的に低濃度の重合末端アニオンが失活することなく重合反応を安定的に行うことができ、それ自体は重合反応に関与しない。そのため、重合開始能力があるアニオン種のみによって分子量が決定されるので、得られる重合体の構造を高度に制御することができる。
【0034】
重合反応開始系における、重合開始能力があるアニオン種と重合開始能力がないアニオン種の存在量の比は、任意に設定することができるが、より効果的に重合反応を行うためには、重合開始能力がないアニオン種が重合開始能力があるアニオン種に比して、モル比で等モル若しくは過剰であるのが好ましい。
【0035】
反応系内に存在する、あるいは存在し得る重合阻害物質の量にもよるが、重合開始能力がないアニオン種の存在量が、重合開始能力があるアニオン種の存在量よりかなり少ない場合には、重合開始能力がないアニオン種の重合阻害物質除去剤としての機能が充分に発揮されないおそれがある。
【0036】
また、重合開始能力がないアニオン種と重合開始能力があるアニオン種との存在量の比率は、製造する高分子の分子量が大きくなるにつれて大きくした方がよく、分子量が2〜3万以上の高分子を製造する場合には1以上とする(すなわち、重合開始能力がないアニオン種を重合開始能力があるアニオン種よりも多くする)のが好ましい。
【0037】
具体的には、使用するモノマーにより異なるが、重合開始能力がないアニオン種の存在量が、重合開始能力があるアニオン種1モルに対して、好ましくは0.5モル以上、より好ましくは0.5〜20モル、特に好ましくは1〜10モルである。
【0038】
重合開始能力がないアニオン種の存在量が、重合開始能力があるアニオン種1モルに対して0.5モル未満の場合には、分子量が制御された高分子量の重合体を安定的に再現性よく製造できなくなるおそれがある。一方、20モルより多くなると、重合反応において、成長速度が著しく低下するおそれがある。
【0039】
重合開始能力があるアニオン種と重合開始能力がないアニオン種が共存する重合反応開始系の調製方法は、特に制限されないが、反応容器に付着した水分等、反応溶媒に含まれる水分等の反応系に存在する重合阻害物質の影響を排除し、前述したように重合開始能力がないアニオン種を過剰な重合反応開始系とする上では、重合開始能力があるアニオン種が存在する系内に、重合開始能力がないアニオン種を添加して重合反応開始系を調製する方法が好ましい。
【0040】
また、重合開始能力があるアニオン種及び/又は重合開始能力がないアニオン種は、系外で別途調製して混合することもできるが、重合阻害物質等の影響を少なくし、重合開始能力があるアニオン種を定量的に生成させる上では、これらのアニオン種を系内で生成させて、重合反応開始系を調製するのが好ましい。
【0041】
ここで、これらのアニオン種を系内で生成させるとは、例えば、n−ブチルリチウムに1,1−ジフェニルエチレンを添加して1,1−ジフェニルヘキシルリチウムを生成させる場合を例にすれば、n−ブチルリチウムにジブチルマグネシウムを添加してアート錯体を生成させることである。特に、そのものは重合開始能力がない、又は重合阻害物質と反応しない化合物であって、有機金属等のアニオン種と反応して、重合開始能力がある、又は重合阻害物質と反応する化合物を生成する場合には、予め系内に存在する重合阻害物質の影響を考慮して、有機金属等のアニオン種に重合開始能力がない化合物等を添加するのが好ましい。
【0042】
重合開始能力のあるアニオン種と重合開始能力がないアニオン種の両者を系内で生成させる場合、その生成順序は特に限定されないが、重合開始能力があるアニオン種を定量的に生成させ、重合開始能力がないアニオン種を重合開始能力があるアニオン種に比して過剰に用いるため、重合開始能力があるアニオン種を先に生成させ、重合開始能力がないアニオン種を後に生成させるのが好ましい。
【0043】
以上述べたように、重合反応開始剤系を調製する方法は特に限定されないが、具体的には以下に示す幾つかの方法を例示することができる。
(1)重合開始能力があるアニオン種が存在する系内に、重合開始能力がないアニオン種を添加する方法、
(2)重合開始能力があるアニオン種が存在する系内に、重合開始能力があるアニオン種と反応して、重合開始能力がないアニオン種を生成する化合物を添加する方法、
(3)それ自体の重合開始能力の有無が問題とならない有機金属等のアニオン種が存在する系内に、該アニオン種と反応して、重合開始能力があるアニオン種を生成する化合物を添加して、重合開始能力があるアニオン種を生成させた後、さらに、重合開始能力がないアニオン種を添加する方法、
(4)それ自体の重合開始能力の有無が問題とならない有機金属等のアニオン種(A1)が存在する系内に、アニオン種(A1)と反応して重合開始能力があるアニオン種を生成する化合物を添加してアニオン種(A2)を生成させた後、アニオン種(A1)と反応して重合開始能力がないアニオン種(A3)を生成する化合物を添加する方法、
(5)それ自体の重合開始能力の有無が問題とならない有機金属等のアニオン種(A1)が存在する系内に、アニオン種(A1)と反応して重合開始能力があるアニオン種を生成する化合物を添加してアニオン種(A2)を生成させた後、アニオン種(A1)及び(A2)と反応して(A1)と反応して重合開始能力がないアニオン種(A3)を生成し、(A2)と反応して重合開始能力があるアニオン種(A22)を生成する化合物を添加する方法、等を例示することができる。
【0044】
特に、調製方法(4)及び(5)においては、重合開始能力がないアニオン種(A3)により、反応系内の重合阻害物質を捕捉できるために、アニオン種(A1)と反応して重合開始能力があるアニオン種を生成する化合物の量によって、重合開始能力があるアニオン種((A2)又は(A22))の量を精密に制御できることから、高分子量の重合体の合成、及び分子量の制御を容易に行うことができ好ましい。
【0045】
上記調製方法(4)又は(5)の具体例としては、n−ブチルリチウムに、1,1−ジフェニルエチレンを添加して1,1−ジフェニルヘキシルリチウムを生成させ、更にジブチルマグネシウムを添加して、重合開始能力のある1,1−ジフェニルヘキシルリチウムとジブチルマグネシウムのアート錯体、重合開始能力にないn−ブチルリチウムとジブチルマグネシウムのアート錯体を形成させる方法等を例示することができる。
【0046】
本発明に用いられるアニオン重合性単量体は、アニオン重合性不飽和結合を有するものであれば特に限定されないが、具体的には、スチレン誘導体、ブタジエン誘導体、(メタ)アクリル酸エステル誘導体等を好ましく例示することができる。
【0047】
スチレン誘導体として具体的には、スチレン、α−アルキルスチレン、核置換基を有するスチレン等を例示することができる。
【0048】
核置換基としては、重合開始能力があるアニオン種、及び重合開始能力がないアニオン種に対して不活性な基であれば特に制限されない。具体的には、アルキル基、アルコキシアルキル基、アルコキシ基、アルコキシアルコキシ基、t−ブトキシカルボニル基、t−ブトキシカルボニルメチル基、テトラヒドロピラニル基等を例示することができる。
【0049】
α−アルキルスチレン、核置換基を有するスチレンの具体例としてhs、α−メチルスチレン、α−メチル−p−メチルスチレン、p−メチルスチレン、m−メチルスチレン、o−メチルスチレン、p−エチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、2,5−ジメチルスチレン、p−イソプロピルスチレン、2,4,6−トリイソプロピルスチレン、p−t−ブトキシスチレン、p−t−ブトキシ−α−メチルスチレン、m−t−ブトキシスチレンなどが挙げられる。
【0050】
ブタジエン誘導体としては、1,3−ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチルブタジエン、2−エチル−1,3−ブタジエン、1,3−ペンタジエンなどが挙げられる。
【0051】
(メタ)アクリル酸エステル誘導体は、エステルアルコール残基の炭素数が1〜20のものが反応性の観点より好ましい。かかる(メタ)アクリル酸エステル誘導体としては、メチルエステル、エチルエステル、イソプロピルエステル、n−ブチルエステル等を例示することができる。
【0052】
これらの単量体は1種単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。 本発明の製造方法は、ブロック共重合体、ランダム共重合体などの共重合体の製造においても適用が可能である。
【0053】
アニオン重合性単量体の重合温度は、移動反応や停止反応などの副反応が起こらず、単量体が消費され重合が完結する温度範囲であれば特に制限されないが、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で行なわれることが好ましい。
【0054】
アニオン重合性単量体の重合反応は、適当な重合溶媒中で行うことができる。
用いる重合溶媒は、重合反応に関与せず、かつ重合体と相溶性のある極性溶媒であれば、特に制限されない。
【0055】
具体的には、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、トリオキサンなどのエーテル系化合物;テトラエチレンジアミン、ヘキサメチルホスホリックトリアミドなどの第3級アミン;等を例示することができる。これらの溶媒は1種単独で、又は2種以上の混合溶媒として用いることができる。
【0056】
これらの中でも、極性の低いエーテル系化合物が好ましく、THFが特に好ましい。また、極性の低い脂肪族、芳香族又は脂環式炭化水素化合物であっても、重合体と比較的相溶性があるものでれば、極性溶媒と組み合わせることにより使用することができる。具体的には、へキサンとTHFの組み合わせを例示できる。
【0057】
溶媒の使用量は、特に制限されないが、アニオン重合性単量体の重合溶媒に対する濃度が、通常1〜40重量%の範囲となる量、好ましくは2〜5重量%の範囲となる量である。
【0058】
本発明においては、必要に応じて添加剤を、重合開始時又は重合中に添加することができる。
用いる添加剤としては、ナトリウムやカリウム等の、硫酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩などのアルカリ金属鉱酸塩;バリウム、マグネシウム等の、硫酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩などのアルカリ土類金属鉱酸塩;ナトリウムやカリウム等のアルカリ金属のハロゲン化物;バリウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属のハロゲン化物;等を例示することができる。
【0059】
より具体的には、リチウムやバリウムの塩化物、臭化物、ヨウ化物や、ホウ酸リチウム、硝酸マグネシウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムなどが挙げられる。これらの中でも、リチウムのハロゲン化物、例えば塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム又はフッ化リチウム、特に塩化リチウムを使用するのが好ましい。
【0060】
また、得られる重合体の分子量を更に正確に規定するため、一定の単量体を重合した後、その分子量をゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)を測定することで、重合反応の進行状態を把握し、更に所望する重合体の分子量に必要とされる単量体を加え分子量を調整する多段重合を用いることにより、さらに精密に分子量を規定することができる。
【0061】
本発明の製造方法により、アニオン重合を阻害する物質、例えば水などの活性水素含有化合物を重合系中で除去することが可能となる。
従って、(a)蒸留などの精製が困難な化合物を単量体として用いてもアニオン重合を行なうことが可能となり、また(b)重合開始能力があるアニオン種の失活が抑制されるため重合体の分子量を規定することが容易になる。さらに(c)通常アニオン重合が困難とされる数十万以上の高分子量体の製造においても、生長末端アニオンの失活が抑制されるため、効率よくアニオン重合を行うことができる。
【0062】
また、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛を金属種とする有機金属を用いた場合には、(d)有機金属が成長末端アニオンに配位することにより安定化し、さらに制御良くアニオン重合が可能となり、また(e)1,1−ジフェニルエチレン若しくはスチルベンから誘導されるアニオン種とジブチルマグネシウムなどの有機金属とのアート錯体を重合開始能力があるアニオン種として用いた場合、このアニオン種の量を規定することが容易となるため、さらに分子量が精密に制御された重合体を得ることができる。
【0063】
本発明の製造方法から得られる重合体のうち、異なる単量体の組合せから製造される多元ブロック共重合体は、精密なミクロ相分離を必要とする自己組織化ナノパターニング材料用の重合体として好適に使用される。
【0064】
特に、スチレン、ビニールナフタレンやブタジエンのような非極性単量体と、p−t−ブトキシスチレン、t−ブチルメタクリレート及び2−ヒドロキシエチルメタクリレートのアセタール保護モノマーなどの極性単量体を保護した単量体や、グリシジルメタクリレートなどの官能基を有する単量体との多元ブロック共重合体が好適である。
【実施例】
【0065】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
窒素雰囲気下、THF567gの入ったフラスコを−40℃に冷却し、そこへ、n−BuLi溶液5.55g(13.3mmol)を添加した。この溶液中に、ジフェニルエチレン(DPE)0.08g(0.44mmol)を添加し、−40℃で15分攪拌した後、ジブチルマグネシウム溶液(BuMg)9.74g(13.7mmol)を添加した。
【0067】
次いで、この反応液にスチレン31.8g(305.3mmol)を添加し、−40℃で1時間攪拌した。得られた反応混合物にメタノールを添加して反応を停止させた後、メタノール溶媒で再沈澱操作を行ない、ろ取し、得られたろ過物を風乾することにより、重合体Aを得た(収率99%)。
重合体AのMwは81,600であった。
【0068】
得られた重合体Aのゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)曲線を図1に示す。
図1中、横軸は保持時間(分)、縦軸は吸収強度(保持容量)を表す。
図1より、DPE、BuMgを添加した実施例1では、分子量がスチレン量とDPE量のみで規定された重合体が得られたことがわかった(効率97%)。
【0069】
(比較例)
窒素雰囲気下、THF568gの入ったフラスコを−40℃に冷却し、そこへ、n−BuLi溶液0.5g(1.2mmol)を添加した。この溶液中に、ジフェニルエチレン(DPE)0.24g(1.32mmol)を添加し、−40℃で15分攪拌した後、この反応液にスチレン30.3g(290.9mmol)を添加し攪拌したところ、淡橙色のアニオン色は約1分で完全に消色した。
スチレン単量体はほとんど消費されず、大量に残存しており、また得られた重合体は極少量であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合開始能力を有する有機アニオン種であって、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン種、及び、重合開始能力がないが、重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得る有機アニオン種であって、有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウムもしくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオンが存在する重合反応開始系内に、アニオン重合性単量体を添加し、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で重合することを特徴とするアニオン重合体の製造方法。
【請求項2】
1,1−ジフェニルヘキシルリチウムとジブチルマグネシウムとのアート錯体、n−ブチルリチウムとジブチルマグネシウムとのアート錯体が存在する重合反応開始系内に、アニオン重合性単量体を添加し、−100℃以上+20℃以下の温度範囲で重合することを特徴とするアニオン重合体の製造方法。
【請求項3】
重合開始能力がないが、重合阻害物質と反応し重合を阻害しない化合物に変換し得る有機アニオン種であって、有機アルカリ金属と、マグネシウム、アルミニウムもしくは亜鉛を金属種とする有機金属とからなるアート錯体の有機アニオン種の存在量が、重合開始能力を有する有機アニオン種であって、1,1−ジフェニルエチレン又はスチルベンから誘導される炭素アニオンを一方の有機金属化合物とするアート錯体の有機アニオン種1モルに対して0.5モル以上であることを特徴とする請求項1に記載のアニオン重合体の製造方法。
【請求項4】
重合阻害物質が活性水素化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアニオン重合体の製造方法。
【請求項5】
アニオン重合性単量体が、スチレン誘導体、ブタジエン誘導体及び(メタ)アクリル酸エステル誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のアニオン重合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−12279(P2011−12279A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233235(P2010−233235)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【分割の表示】特願2005−56372(P2005−56372)の分割
【原出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【出願人】(000004307)日本曹達株式会社 (434)
【Fターム(参考)】