説明

アラキドン酸産生能を有する新規な海洋細菌

【課題】
アラキドン酸を産生することができる新規な微生物を提供すること。さらに、そのような微生物を利用してアラキドン酸を製造する方法を提供すること。
【解決手段】
オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌。さらに、そのような細菌を培養し、菌体からアラキドン酸又はアラキドン酸を含有する脂質を採取することを特徴とする、アラキドン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な微生物、および該微生物を用いるアラキドン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アラキドン酸は必須脂肪酸の一つであり、体内で合成されないので、肉類、魚介類、レバー、卵などの動物性脂肪分を含む食物から摂取しなければならない。アラキドン酸は細胞膜や血漿リン脂質の構成成分であり、また、リン脂質から遊離したものは種々の生理活性物質の産生に使われ、いわゆるアラキドン酸カスケードの出発点をなしている。例えば、アラキドン酸は体内でプロスタグランジン2やロイコトリエン4に変わり、多様な生理活性機能に関与する。
【0003】
アラキドン酸は、ブタの肝臓やある種の微細藻類に含まれていることが知られているが、これらはいずれもその含有量(0.2 %〜0.5 %)が少ないためアラキドン酸の価格は極めて高価であり、しかも安定した供給源が不足しているのが現状であることから、新たなアラキドン酸資源の開発の必要性が認識されている。
【0004】
新たなアラキドン酸資源として、アラキドン酸を産生する微生物が報告されており、上述の微細藻類に加えて、菌類や細菌も知られている。中でも、糸状菌については、例えば、Mortierella 属の微生物(非特許文献1: Biotechnol. Techniq. 8: 561-564, 1994、特許文献1:特公平7−34752)その他の比較的多くの報告がある。
【0005】
一方、細菌に関する報告はあまり例がないが、少量のアラキドン酸を菌体中に含有するものとして、以下のものがある。C20:4の長鎖PUFA(多価不飽和脂肪酸)を菌体脂質の14〜17%含有する海洋細菌ミキソバクテリア(Myxobacteria)Plesiocystis pacifica(非特許文献2: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 53: 189-195, 2003)、及び、C20:4ω6の長鎖PUFAを菌体脂質の2%含有するバクテロイデス科(Family Bacteroidetaceae)の細菌 Psychroflexus torguis(非特許文献3: Microbiology, 144: 1601-1609, 1998)。
【特許文献1】特公平7−34752
【非特許文献1】Biotechnol. Techniq. 8: 561-564, 1994
【非特許文献2】Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 53: 189-195, 2003
【非特許文献3】Microbiology, 144: 1601-1609, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アラキドン酸を産生することができる新規な微生物を提供することを課題とする。さらに、本発明は、そのような微生物を利用してアラキドン酸を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、各種の微生物を採取し、鋭意探索した結果、バクテロイデス(Bacteroidetaceae)科に属する細菌であるがこれまで記載されたいずれの属にも入らない新規な細菌を見出した。本発明者らは、この細菌の分類学上の属名を「オーレオスピラ(Aureospira)」と命名した。そして、本発明者らは、この新属の細菌がアラキドン酸を分子構造内に有する脂質化合物を大量に生産しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
したがって、本発明者らは以下の発明を提供する。
(1)オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌。
(2)オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌「オーレオスピラ・マリーナ」、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌。
(3)アラキドン酸産生能を有する新規な菌株、オーレオスピラ・マリーナ No. 24株(受領番号 NITE ABP-218)。
(4)オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌を培養し、菌体からアラキドン酸又はアラキドン酸を含有する脂質を採取することを特徴とする、アラキドン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、新たなアラキドン酸資源となりうる新規な微生物が提供される。本発明の微生物を用いることにより、安価で簡便なアラキドン酸の製造方法が提供され、アラキドン酸を含有する健康食品や医薬品などの開発に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の細菌は、新規な属であるオーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌である。本発明の細菌の代表例としては、平成18(2006)年3月3日付けで独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに国際寄託されたオーレオスピラ・マリーナNo.24株(受領番号 NITE ABP-218)が挙げられる。なお、本菌株はタイ王国国立科学技術研究所(TISTR)においても保存番号 TISTR 1719として保存管理されており、当業者が必要に応じて入手可能である。
【0011】
本発明の細菌は、以下に説明するとおり、海草または海の藻類から分離された。すなわち、No. 24 株は他のオーレオスピラ・マリーナの複数の菌株とともに、2003 年 1 月にタイ王国 トラング県 Trang Province の海の海草から分離されたものである。
【0012】
SAP2 培地で培養した生育菌を分類学的性質の試料とした。培地組成は以下のとおりである。
SAP2 培地: トリプトン 0.1%, 酵母エキス 0.1%, 寒天 1.5%, pH 7.0(海水に溶解)。
培養は 25℃で7日間 行った。
【0013】
分類学的性質は以下のとおりである。
(a) 形態的性質
1.細胞の形及び大きさ
長桿菌で 0.8 − 1.0 x 10 - 500 μm.
2.細胞の多形性の有無、
多形性はない
3.運動性の有無
べん毛による運動性はないが、滑走運動性を示す。
4.胞子の有無
胞子は形成しない。
【0014】
(b) 培養的性質
肉汁寒天平板培養、肉汁液体培養には生育しないが、SAP2 培地には良好な生育を示す。
SAP2 培地に生育の菌体はオレンジ色で、拡散性色素は生成しない。液体培地での表面発育はしない。
【0015】
(c) 生理学的性質
1.グラム染色性は陰性。
2.硝酸塩の還元反応は陰性。
3.脱窒反応は陰性。
4.VP テストは陰性。
5.インドールの生成は陰性。
6.硫化水素の生成は陰性。
7.デンプンの加水分解活性は陰性。
8.拡散性色素の生成はなし。
9.ウレアーゼは陰性。
10.オキシダーゼ活性は陽性。
11.カタラーゼは陽性。
12.生育の範囲:温度は至適温度 25−30℃。37℃での生育は陰性。
13.酸素に対する態度:好気性。
14.アルギニンの分解:陰性。
15.リジンの脱炭酸反応:陰性。
16.オルニチンの脱炭酸反応:陰性。
17.塩化ナトリウム:海水要求性。
18.BIOLOG テストによる反応結果は以下の通りである。
【0016】
陽性を示した有機化合物:シクロデキストリン、デキストリン、グリコーゲン、N-アセチルーDーガラクトサミン、N-アセチルーDーグルコサミン、アドニトール、L-アラビノース、D-セロビオース、i-エリスリトール、D-フルクトース、D-ガラクトース、D-グルコース、D-ラクトース、ラクチュロース、マルトース、D-マンニトール、D-マンノース、D-ラフィノース、シュクロース、D-トレハロース、ツラノース、クエン酸、蟻酸、D-ガラクチュロン酸ラクトン、D-グルコン酸、a-ヒドロキシ酪酸、b-ヒドロキシ酪酸、g-ヒドロキシ酪酸、ポリヒドロキシフェニル酢酸、a-ケトグルタル酸、D,L-乳酸、D-サッカリ酸、セバシン酸、コハク酸、ブロモコハク酸、スクシナミン酸、L-アラニルグリシン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、グリシル-L-グルタミン酸、ヒドロキシ-L-プロリン、L-ロイシン、L-フェニルアラニン、L-ピログルタミン酸、フェニルエチルアミン、グリセロール、D-グルコース-6-リン酸。
【0017】
陰性を示した有機化合物:L-フコース、m-イノシトール、b-メチルグルコシド、D-プシコース、D-グルコサミン酸、D-グルクロン酸、マロン酸、プロピオン酸、キニン酸、グルクロンアミド、D-アラニン、D-セリン、L-セリン、L-スレオニン、D,L-カミチン、g-アミノ酪酸、イノシン、ウリジン、チミジン、プトレッシン、2-アミノエタノール、2,3-ブタンジオール。
(d) 化学分類学的性質
1.DNA の塩基組成(GC 含量): 42 mol%.
2.イソプレノイド・キノン組成: MK-7.
3.菌体脂肪酸組成:主要脂肪酸は C20:4 (34-40%), iso-C17:0 (15-20%), C16:0 (10-15%).
(e) 以上の性質のほかに、当該微生物を特徴付ける性質
1.形態写真:光学顕微鏡写真(図1)
2.16S rRNA遺伝子塩基配列(図2、配列番号1)
3.系統樹(図3)
アラキドン酸は、5,8,11,14-(エ)イコサテトラエン酸とも呼ばれ、5,8,11及び14位にシス二重結合をもつ炭素数20の直鎖不飽和脂肪酸(20:4n−6または20:4ω6)である。上述の化学分類結果からわかるように、本発明の細菌は、菌体脂質として大量のアラキドン酸を含有する。このような菌体脂質の組成を表す典型例として、オーレオスピラ・マリーナの3つの菌株:No.24株(Strain 24)、No.62株(Strain 62)、No.71株(Strain 71)で検出された主要な脂肪酸の組成を表1に、No.24株についてのガスクロマトグラフのデータを図4に、マススペクトルのデータを図5に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1からわかるように、これらの菌株で検出される主要な脂肪酸として、不飽和脂肪酸はアラキドン酸のみであり、残りは炭素数15〜18の飽和脂肪酸またはヒドロキシ脂肪酸である。これらの菌株の脂肪酸組成の最大の特徴は、脂質全体の40%以上を高度不飽和脂肪酸であるアラキドン酸が占めることである。このように大量のアラキドン産を含有するという特徴は、既知の細菌には例をみない。
【0020】
本発明の細菌は、オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌であればよく、このような細菌は上述の株に限定されず、新たに天然から採取してくることができる。細菌のアラキドン酸産生能は、ガスクロマトグラフィーにより菌体脂質の組成を調べることにより判定することができる。
【0021】
すなわち、本発明において細菌がアラキドン酸産生能を有するとは、細菌の菌体中にアラキドン酸を含有するということを意味し、アラキドン酸の含有量が培養条件により変化することはない。本発明の細菌は、菌体脂質の全体量に対してガスクロマトグラムのピーク面積比で20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上をアラキドン酸が占めることを特徴とする。
【0022】
あるいは、本発明の細菌は、オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌の天然から採取された野生株を変異させて得られる変異株でもよい。変異株は、従来からよく用いられている変異剤であるエチルメタンスルホン酸による変異処理、ニトロソグアニジン、メチルメタンスルホン酸などの他の化学物質処理、紫外線照射、或いは変異剤処理なしで得られる、いわゆる自然突然変異によって取得することも可能である。
【0023】
本発明の細菌の培養に用いる培地としては、本発明の微生物が資化し得る炭素源、窒素源であれば特に制限なく用いることができる。本発明の微生物の生育に使用する培地は、具体的には、本発明の微生物が資化し得る炭素源、例えばグルコース等、及び本発明の微生物が資化し得る窒素源を含有し、窒素源としては有機窒素源、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーン・スチープ・リカー等、無機窒素源、例えば硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム等を含有することができる。さらに所望により、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン等の陽イオンと硫酸イオン、塩素イオン、リン酸イオン等の陰イオンとからなる塩類を含んでもよい。さらに、ビタミン類、核酸類等の微量要素を含有することもできる。炭素源の濃度は、例えば0.1〜10%程度であり、窒素源の濃度は、種類により異るが、例えば0.01〜5%程度である。また、無機塩類の濃度は、例えば0.001〜1%程度である。
【0024】
さらに、本発明は、オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌を使用することを特徴とする、アラキドン酸の製造方法を提供する。該方法は、本発明の微生物がアラキドン酸を大量に分子構造内に有する脂質化合物を生産し、菌体中に蓄積することを利用する。アラキドン酸を製造する際の培養条件は、特に指定されないが、生産菌が最も生育しやすい条件、例えば28℃で液体培地で振とう培養する、などにより行われる。以上のような条件で培養すると、培養開始から5日程度で、アラキドン酸を採取できる程度の量に本発明の細菌が増殖する。
【0025】
本発明の細菌からアラキドン酸を採取する方法は、常法に従って行うことができ、例えば、遠心分離等により菌体を分離した後、適当な有機溶媒で抽出することにより菌体由来のアラキドン酸を含有する脂質化合物を採取することができる。有機溶媒としては、エーテル、ヘキサン、メタノール、クロロホルム、ジクロロメタン、石油エーテル等を用いることができる。抽出物から減圧下で有機溶媒を留去することにより、高濃度のアラキドン酸を含有する脂質が得られ、さらにアラキドン酸を分離し、必要に応じて精製することができる。
【0026】
以下、本発明を実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらのみに限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
1.培地:カジトン Casitone (Difco) 0.9%,酵母エキス Yeast extract (Difco) 0.1%,
人工海水または天然海水
2.分離
培養液を遠心分離機または濾過装置を用いて菌体を集める。
【0028】
3.脂質の分析
脂質を無水塩酸-メタノールで処理して脂肪酸メチルエステルとし、ガスクロマトグラフィーで分析する。
【0029】
4.同定
アラキドン酸の同定はガスクロマトグラフでの保持時間およびマススペクトル分析により同定することができる。
【0030】
5.アラキドン酸の抽出
菌体をクロロホルムーメタノール(2:1)混液で抽出することにより、アラキドン酸を含む脂質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】オーレオスピラ・マリーナNo. 24株の光学顕微鏡写真。長桿菌でべん毛による運動性はないが滑走運動をする。
【図2】オーレオスピラ・マリーナNo.24株の16SrRNA遺伝子の塩基配列(配列番号1)である。
【図3】16SrRNA塩基配列に基づく系統樹で、オーレオスピラ・マリーナNo. 24株(Strain 24)が新属としての位置にあることを示している。
【図4】菌体脂肪酸メチルエステルのガスクロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図5】アラキドン酸メチルエステルのマススペクトル図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌。
【請求項2】
オーレオスピラ属に属する細菌がオーレオスピラ・マリーナである、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
アラキドン酸産生能を有する新規な菌株、オーレオスピラ・マリーナ No. 24株(受領番号 NITE ABP-218)。
【請求項4】
オーレオスピラ属に属し、アラキドン酸産生能を有する細菌、またはアラキドン酸産生能を有するその変異株である細菌を培養し、菌体からアラキドン酸又はアラキドン酸を含有する脂質を採取することを特徴とする、アラキドン酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−236244(P2007−236244A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−61122(P2006−61122)
【出願日】平成18年3月7日(2006.3.7)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(506078530)タイランド インスティチュート オブ サイエンティフィック アンド テクノロジカル リサーチ (1)
【Fターム(参考)】