説明

アラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法及びこれを用いるアラルキル化合物の回収方法

【課題】高い水素圧や塩基を使用せず、溶媒置換などの煩雑な操作をすることなく、簡便な操作で脱ハロゲン化して、アラルキル化合物とする方法およびアラルキル化合物を回収する方法を提供する。
【解決手段】アラルキルハライド化合物を、水と水と混和しない有機溶媒との2層系で、担持パラジウム触媒または担持白金触媒を用いて接触還元する簡便な操作により、脱ハロゲン化してアラルキル化合物とする、およびこの方法によりアラルキル化合物を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法に関する。さらに、アラルキル化合物をハロゲン化してアラルキルハライド化合物を製造する過程で生成するろ液、または残渣中に残存するアラルキルハライド化合物を脱ハロゲン化し、アラルキル化合物を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アラルキルハライド化合物は医薬、農薬など、いわゆる、ファインケミカルにおいて、アラルキル誘導体を製造するための有用な化合物である。例えば、4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニルは、血圧降下剤の中間体として有用な化合物である。
アラルキルハライド化合物は通常、アラルキル化合物に塩素化剤、臭素化剤などを反応させて得られる。しかしながら、この反応により目的とするモノハロゲン化物以外に、ジハロゲン化物や未反応の原料が反応溶液中に存在し、目的のアラルキルハライド化合物と分離するために、蒸留や再結晶などの分離、精製操作が必要であり、従来残渣やろ液は廃棄されている。
【0003】
高価なアラルキル化合物の場合は、廃棄することにより経済的に不利になり、また環境負荷にならないように処分するために費用がかかる。そのため、アラルキルハライド化合物を簡便な操作で、脱ハロゲン化する方法及びアラルキル化合物を回収する方法が望まれていた。
【0004】
アラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法として次の方法などが知られている。
クロルメチルテトラヒドロナフタレン化合物をメタノール中、炭酸ナトリウムの存在下Pd/Cを用いて接触還元し、脱ハロゲン化する方法(特許文献1)。
アラルキルブロマイド化合物をエタノール中、Pd/C触媒を用いて6kg/cm2の水素圧で接触還元して脱ハロゲン化する方法(非特許文献1)。
また、塩基と触媒ならびに溶媒を混合した後、水素を吹き込みながら、4'-ブロモメチル-2-シアノビフェニルまたは4'-ジブロモメチル-2-シアノビフェニルを1種以上含む溶液を滴下しながら接触還元して脱ハロゲン化し、アラルキル化合物を回収する方法が知られている。(特許文献2)。
【0005】
特許文献1の方法は、アラルキル化合物のハロゲン化反応の溶媒と、脱ハロゲン化の溶媒が異なるため、溶媒置換の操作を必要としている。
非特許文献1の方法は、臭素化反応の溶媒と脱ハロゲン化の溶媒が異なり、さらに接触還元の水素圧が高く、二トリル基などの還元を受けやすい置換基を有する化合物の場合は適用できない。
特許文献2の方法は、アラルキルハライド化合物である4'-ブロモメチル-2-シアノビフェニルおよび4'-ジブロモメチル-2-シアノビフェニルが塩基と反応するため、塩基の使用量を事前に調整する必要がある。また、臭素化反応の溶媒を一旦濃縮、留去し、メタノール、テトラヒドロフランなどの水溶性溶媒に置換し、この溶液を滴下しながら接触水素還元する操作が必要であった。
【0006】
これらの方法は、高い水素圧、または塩基を必要とし、さらにハロゲン化反応の溶媒と脱ハロゲン化の溶媒が異なるため、煩雑な溶媒置換の操作を必要としていた。

【特許文献1】特開平6‐184008号公報
【特許文献2】特開平10‐251213号公報
【非特許文献1】ジャーナル オブ アメリカン ケミカルソサエティー(J.Am.Chem.Soc.,74,127(1952))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来のアラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法及びこれを用いるアラルキル化合物の回収方法の問題点を解決するためになされたものであって、高い水素圧、または塩基を使用せず、溶媒置換などの煩雑な操作をすることなく、簡便な操作でアラルキルハライド化合物を脱ハロゲン化する方法、及びアラルキル化合物を回収する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、アラルキルハライド化合物を、水と水と混和しない有機溶媒との2層系で接触還元するという簡便な操作により、脱ハロゲン化する方法及びアラルキル化合物を回収する方法を見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)水と水と混和しない有機溶媒との2層系で接触還元することを特徴とするアラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法、
(2)水と混和しない有機溶媒がクロルベンゼン、酢酸エチル、ジクロルベンゼンから選ばれる1種以上である(1)記載の方法、
(3)担持パラジウム触媒または担持白金触媒を用いて、水素で接触還元する(1)に記載の方法、
(4)活性炭の存在下に接触還元する(1)に記載の方法、
(5)水の使用量がアラルキルハライド化合物1重量部に対して、0.5〜10重量部である(1)に記載の方法、
(6)アラルキルハライド化合物が4'-ブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ジブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニルまたは4'-ジブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニルから選ばれる1以上である(1)に記載の方法、
(7)アラルキル化合物をハロゲン化し、生成したアラルキルハライド化合物を結晶化後ろ過、又は蒸留で取得した後、ろ液もしくは蒸留残渣に含まれるアラルキルハライド化合物を(1)記載の方法で脱ハロゲン化し、アラルキル化合物を回収する方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法により、アラルキルハライド化合物を水と水と混和しない有機溶媒中で接触還元するという簡便な操作で、脱ハロゲン化することができ、さらにアラルキルハライド化合物の製造過程において生成するアラルキルハライド化合物を含むろ液や蒸留残渣から脱ハロゲン化して、アラルキル化合物を回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】

以下、本発明を詳細に説明する。

〔脱ハロゲン化方法〕
脱ハロゲン化に使用するアラルキルハライド化合物としては、例えば、ベンジルハライド類、ベンザルハライド類、ナフチルハライド類、ピリジルメチルハライド類、キノリルハライド類などが挙げられる。これらのアラルキルハライド化合物は置換基を有してもよい。
置換基としては、例えばフェニル基、炭素数2〜12のアルコキシカルボニル基、フッ素原子、クロル原子、ブロム原子、テトラゾール基、トリフルオロメチル基などが挙げられる。
【0011】
フェニル基はさらに置換基を有してもよい。置換基としてはアラルキルハライド化合物で例示した置換基が挙げられる。

アラルキルハライド化合物のハライドとしては、フッ素原子、クロル原子、ブロム原子、ヨード原子が挙げられる。脱ハロゲン化の観点より、クロル原子、ブロム原子が好ましい。
【0012】
これらのアラルキルハライド化合物を例示すると、例えば、4'-ブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ジブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニル、4'-ジブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニル等が挙げられる。

水と混和しない有機溶媒としては、接触還元に使用できる溶媒であれば特に限定されない。
例えば、モノクロルベンゼン、ジクロルベンゼン等のハロゲン化炭化水素類、酢酸エチルなどのエステル類、トルエンなどの芳香族炭化水素類などが挙げられる。さらに、これらの溶媒にはアラルキルハライド化合物の結晶化または洗浄用のヘプタンなどの炭化水素類等を含んでいてもよい。
【0013】
水と混和しない有機溶媒の使用量としては、特に限定されないが、脱ハロゲン化するアラルキルハライド化合物1重量部に対して、1〜50重量部、好ましくは5〜30重量部である。溶媒の使用量が1重量部を下回ると、溶液が粘稠となり還元が円滑に進行しない虞がある。また、溶媒量が50重量部を超えると容積効率が低下するため、経済的でない。
【0014】
水の使用量としては、脱ハロゲン化するアラルキルハライド化合物1重量部に対して、通常0.5〜10重量部、好ましくは1〜6重量部である。水の使用量が0.5重量部を下回ると脱ハロゲン化して生成したハロゲン化水素酸の濃度が高くなり、二トリル基、アルコキシカルボニル基などと反応する虞がある。また、水の使用量が10重量部を超えると容積効率が低下するため、経済的でない。
【0015】
触媒としては、例えば、Pd/Cなどの担持パラジウム触媒、Pt/Cなどの担持白金触媒などが挙げられ、経済性の観点よりPd/Cが好ましい。触媒の含量としては特に限定されないが、通常1〜20重量%、好ましくは5〜10重量%である。

触媒の使用量としては、脱ハロゲン化するアラルキルハライド化合物総量に対して、触媒金属として通常0.01〜2重量%、好ましくは0.05〜1重量%である。触媒の使用量が0.01重量部を下回ると脱ハロゲン化が遅くなる虞がある。また、触媒の使用量が2重量%を超えると使用した触媒に見合った効果がなく、経済的でない。
【0016】
脱ハロゲン化の温度としては、特に限定されないが、0℃以上、好ましくは10〜90℃、特に好ましくは50〜80℃である。
脱ハロゲン化させる際の温度が0℃以下であると脱ハロゲン化の速度が低下する虞があり、90℃を越すとアルキル基の脱離など副反応が起こる虞がある。
【0017】
還元圧力は通常、水素圧として大気圧〜加圧1000mmHO、好ましくは、大気圧〜600mmHOである。水素圧として大気圧以下であれば脱ハロゲン化の速度が低下するとともに反応系内に空気を取り込み爆発の危険である虞があり、1000mmHOを超えると溶媒の脱ハロゲン化の反応が起こる虞がある。
【0018】
活性炭は特に使用する必要はないが、脱ハロゲン化をスムーズに行う観点より使用する事が好ましい。これは触媒の活性を阻害する不純物を吸着すると考えられるが、詳細は不明である。
活性炭の種類は特に限定されないが、通常市販されている活性炭、脱色炭を使用する事ができる。
活性炭の使用量としては、通常脱ハロゲン化するアラルキルハライド化合物100重量部に対して、1〜30重量部、好ましくは5〜20重量部である。
【0019】
脱ハロゲン化の終点は水素の吸収がなくなった時点であるが、HPLCでアラルキルハライド化合物がほぼ消失した時点でもよい。

後処理法としては、特に限定されないが、通常のアラルキル化合物の取り出し方法で処理することができる。例えば、触媒をろ別し、ろ液を分液、有機層をさらにアルカリ水溶液、水などで洗浄し、濃縮した後、結晶化や蒸留等によりアラルキル化合物を取り出すことができる。
【0020】
〔アラルキル化合物を回収する方法〕
アラルキル化合物をハロゲン化してアラルキルハライド化合物を製造する過程で生成するろ液、または残渣中に残存するアラルキルハライド化合物を脱ハロゲン化し、アラルキル化合物を回収する場合は、前記脱ハロゲン化の方法で記載した化合物および条件を適用することができる。
【0021】
脱ハロゲン化してアラルキル化合物を回収する場合のアラルキルハライド化合物としては、アラルキル化合物をハロゲン化した後、アラルキルハライド化合物を結晶化などの手段により取得した後の、ろ過液または蒸留後の蒸留残渣をハロゲン化の反応と同種の溶媒に溶解した溶液の状態として使用する事ができる。
【0022】
これらのアラルキルハライド化合物には、ハロゲン化反応により生成するモノハロゲン化物以外に、ジハロゲン化物、さらに原料である未反応のアラルキル化合物を含んでいてもよい。
【0023】
脱ハロゲン化してアラルキル化合物を回収する場合の後処理法としては、通常のアラルキル化合物の取り出し方法で処理することができる。例えば、触媒をろ別、ろ液を分液し、有機層をさらにアルカリ水溶液、食塩水などで洗浄し、溶媒を濃縮した後、結晶化や蒸留等の方法によりアラルキル化合物を回収する。
【0024】
回収したアラルキル化合物はハロゲン化することにより、アラルキル誘導体の製造に使用することができる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を示して、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。

HPLC分析条件;
カラム=SUMIPAX ODS A-212
カラム温度=40℃
移動層=A:メタノール B:0.1%酢酸水溶液
移動層濃度=60%〜100%
移動層流速=1.0ml/分
保持時間 RRT 1.0 4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニル
RRT 1.1 4’−メチル−2−シアノビフェニル
RRT 1.2 4’−ジブロモメチル−2−シアノビフェニル
【0026】
製造例
クロルベンゼン (652.5g)に4’−メチル−2−シアノビフェニル (416.2g、2.251モル)と、水(109g)に溶解した臭素酸ナトリウム(57.41g、0.38モル)を仕込み、内温75〜80℃とした。
【0027】
2,2’−アゾビス(2−メチルブチロニトリル) (8.31g、0.043モル)をモノクロルベンゼン (87g)に溶解した液と、臭素(217.5g、1.116モル)を70〜80℃で、5時間かけて併注滴下し、1時間保温した。約80℃で静置し、分液した。有機層に水217.5gを加え、約80℃で洗浄した後、分液した。
減圧下濃縮し、クロルベンゼン91.4gを留去した。残液にクロルベンゼン304.5gを加えて75〜80℃で珪藻土11gをプレコートして熱ろ過した。クロルベンゼン208.8gで洗浄し、ろ液が結晶析出していないことを確認して冷却した。約50℃で種結晶を450mg添加し、約55℃で6時間攪拌した。10℃/時間の割合で冷却し、30〜35℃で5時間、0〜−5℃で10時間攪拌後、ろ過した。
結晶をヘプタンで洗浄することにより、4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニルが404.6g得られた。収率は69%であった。
【0028】
実施例
500mlの4つ口フラスコに上記製造例のヘプタン洗浄前のろ液300g(HPLC−ES法測定;4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニル4.75%、4’−ジブロモメチル−2−シアノビフェニル3.93%、4’−メチル−2−シアノビフェニル5.43%、HPLC面積百分率法;4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニル28.4%、4’−ジブロモメチル−2−シアノビフェニル23.5%、4’−メチル−2−シアノビフェニル32.5%)、水85g、活性炭2.52g及び5%Pd/C(50%ウエット品)2.52gを仕込み、窒素ガスを置換した後、60〜70℃、水素圧100〜400mmHOで還元した。反応終了後のHPLC面積百分値は、4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニル0.31%、4’−ジブロモメチル−2−シアノビフェニルは未検出、4’−メチル−2−シアノビフェニル82.7%であった。
触媒及び活性炭をろ別し、ろ液から水層を分離した。有機層を苛性ソーダ水溶液、ついで食塩水で洗浄し、分液した。有機層のクロルベンゼンを減圧濃縮し、残渣を減圧蒸留することにより、4’−メチル−2−シアノビフェニル32gを得た。脱ハロゲン化の収率は95%、純度は98%であった。
【0029】
4’−メチル−2−シアノビフェニルは製造例等の方法で臭素化することにより、4’−ブロモメチル−2−シアノビフェニルとし、血圧降下剤等の中間体として使用する事ができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と水と混和しない有機溶媒との2層系で接触還元することを特徴とするアラルキルハライド化合物の脱ハロゲン化方法。
【請求項2】
水と混和しない有機溶媒がクロルベンゼン、酢酸エチル、ジクロルベンゼンから選ばれる1種以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
担持パラジウム触媒または担持白金触媒を用いて、水素で接触還元する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
活性炭の存在下に接触還元する請求項1に記載の方法。
【請求項5】
水の使用量がアラルキルハライド化合物1重量部に対して、0.5〜10重量部である請求項1に記載の方法。
【請求項6】
アラルキルハライド化合物が4'-ブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ジブロモメチル-2-シアノビフェニル、4'-ブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニルまたは4'-ジブロモメチル-2-(t-ブチルオキシカルボニル)ビフェニルから選ばれる1以上である請求項1に記載の方法。
【請求項7】
アラルキル化合物をハロゲン化し、生成したアラルキルハライド化合物を結晶化後ろ過、又は蒸留で取得した後、ろ液もしくは蒸留残渣に含まれるアラルキルハライド化合物を請求項1記載の方法で脱ハロゲン化し、アラルキル化合物を回収する方法。

【公開番号】特開2006−206446(P2006−206446A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−16678(P2005−16678)
【出願日】平成17年1月25日(2005.1.25)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】