説明

アリイナーゼ及びこれを用いるアリシンの製造法

【課題】工業的規模で簡便かつ効率的にアリインからアリシンを生成させ、アリシンの医薬としての実用化に供することが可能な微生物に由来するアリイナーゼを提供し、また、これを用いるアリシンの製造法を提供する。
【解決手段】エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養した後の菌体破砕液に含まれる粗酵素であり、(−)アリインに対して選択的に作用する光学特異性を有するアリイナーゼ。エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養し、培養物中にアリイナーゼを産生せしめ、これを採取するアリイナーゼの製造法。上記のアリイナーゼをアリウム属植物の抽出物またはアリインを含む溶液に作用させ、アリシンを生成させるアリシンの製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アリインからアリシンを生成させるアリイナーゼ (Alliinase, アリイン リアーゼ、EC 4.4.1.4)活性を有する微生物に由来するアリイナーゼ及びこれを用いるアリシンの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
アリシンは、ニンニク、タマネギ、ネギ等のアリウム属植物に呈味、芳香成分として含まれ、血流改善作用、脂質代謝改善作用、抗菌作用など多彩な生理活性を有するために近年注目を集めている。アリシンは、アリウム属植物の葉肉貯蔵細胞に存在する前駆体アリインに鱗茎や茎葉部に存在するアリイナーゼが作用し、図1の反応式に示すように縮合反応と脱離反応により副生産物のピルビン酸とアンモニアと共に生成する。従って、アリイナーゼを用いてアリシンの酵素生産ができれば、アリシンを多彩な生理活性を有する医薬としての実用化が可能となる。
【0003】
しかし、植物由来のアリイナーゼは、極めて不安定であり、アリシンの工業化・実用化生産には不向きである(非特許文献1参照)。そのため、にんにくアリイナーゼを固定化して用いる固定化アリイナーゼ及びアリシンを連続生産する技術の提案がある(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2000-508535号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】S.Schwimmer, M.Mazelis, Arch.Biochem. Biophys.,100,66(1963)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、不安定な植物由来のアリイナーゼを工業的に用いるには上記のように固定化が必要で、製造設備の複雑化や製造コスト面での問題があった。また、これまでにフザリウム属あるいは細菌類が生産するアリイナーゼに関する報告はない。
【0007】
本発明は、工業的規模で簡便かつ効率的にアリインからアリシンを生成させ、アリシンの医薬としての実用化に供することが可能な微生物に由来するアリイナーゼを提供し、また、これを用いるアリシンの製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、アリイナーゼ生産能を有する微生物を広く自然界に求め、鋭意探索を試みた結果、土壌から得られた菌株が、本目的のアリイナーゼを生産することを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養した後の菌体破砕液に含まれる粗酵素であり、(−)アリインに対して選択的に作用する光学特異性を有するアリイナーゼを要旨とする。
【0009】
上記の発明において、アリイナーゼは、(−)S-ピリジルエチル-L−システィン スルフォキシド((−)PECS)に対して選択的に作用する光学特異性を有する。
【0010】
また、本発明は、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養し、培養物中にアリイナーゼを産生せしめ、これを採取するアリイナーゼの製造法を要旨とする。
【0011】
また、本発明は、寄託番号がFERM P-19486であるアリイナーゼを生産するエンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株を要旨とする。
【0012】
また、本発明は、配列表の配列番号1で示す16SrDNAと97%以上の相同性を示す細菌でかつアリイナーゼを生産する菌株を要旨とする。
【0013】
また、本発明は、アリウム属植物の抽出物またはアリインを含む溶液に上記のアリイナーゼを作用させ、アリシンを生成させるアリシンの製造法を要旨とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明のアリイナーゼは、(−)アリイン及び(−)アリイン誘導体に対して選択的に作用してアリシンを生成できるので、アリイン誘導体の光学分割が可能となる。
【0015】
本発明のアリイナーゼの製造法は、上記の性質を有するアリイナーゼを生産できるので、アリシンの効率的な製造に資することができる。
【0016】
本発明のアリシンの製造法は、工業的規模で簡便かつ効率的にアリシンを製造できるので、多彩な生理活性を有する医薬としてのアリシンを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】アリイナーゼによるアリインからアリシンが生成される反応式を示す。
【図2】アリイナーゼ活性の測定法における反応式を示す。
【図3】エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株を同定するために作成した系統樹を示す。
【図4】(±)アリイン及び(+)アリインを各々基質とし、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株由来のアリイナーゼを作用させる前後のHPLCのチャートを示す。
【図5】S-ピリジルエチル-L−システィン スルフォキシド(PECS)を基質とし、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株由来のアリイナーゼ及びニンニク由来アリイナーゼを各々作用させる前後のHPLCのチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のアリイナーゼは、細菌類の微生物により生産される。このような微生物として土壌中から見出された新規な微生物、細菌類のエンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株を挙げることができる。
【0019】
エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株のYMA培地における形態学的特徴は以下の通りであった。
形態
形:桿状
大きさ:長さ(1.2〜2.0μ)、直径(0.6〜0.7μ)
配列:単独又は2〜3個連鎖
運動性:有り
胞子:無し
コロニー:ほぼ円形で凸円状の突起を有し白〜黄白色。スライム状をなし表面は滑面である。
【0020】
また、新規な微生物、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株は、アピ及びバイオログを使った同定法により、Rhizobiaceae(リゾビエイシー)に属し、リゾビウム、アグロバクテリウムグループであることが示唆された。また、16SrDNA(rRNA遺伝子)約1.4kbpの塩基配列の決定を行い(配列表の配列番号1)、分子遺伝学的手法によりどの属の菌種に近縁であるかの推定を行った。当該塩基配列をDDBJ/GENE BANKデータベースを基にブラストサーチを行うことにより、95%以上の高い相同性が認められるシノリゾビウム属あるいはエンサイファ属に最も近縁であることが示唆された。また、系統関係を導くためシノリゾビウム属、エンサイファ属、任意の菌株及びAMA9794株に分子遺伝学的に近縁と推定される株を選定し、系統樹を作成した(図1)。その結果シノリゾビウム属菌株及びエンサイファ属菌株は系統的に1つのグループを形成した。AMA9794株は系統樹および、16SrDNAがエンサイファ アドヘレンスの基準株であるATCC33212株と99.5%以上の相同性が認められることから、エンサイファ アドヘレンスと同定した。近年、ウイルエムスらによって(IJSEM,53,(4),1207-1217,2003)エンサイファ属は系統及び種々の性質よりシノリゾビウム属に統合すべきであるとの提案がなされ、認められる方向にある。よって当該エンサイファ属はシノリゾビウム属と同等であり、当該分離株はシノリゾビウム アドヘレンスAMA9794株として扱うことも可能であると考えられる。この新規なアリイナーゼを生産する微生物は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD、〒305-8566 茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6)に寄託され、その受託番号はFERM P-19486である。本発明のアリイナーゼを生産する菌株は、前記の寄託されたものに限定されず、配列番号1の16SrDNA(rRNA遺伝子)と好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは99.5%以上、最も好ましくは100%の相同性を示し、細菌類でかつアリイナーゼを生産するものを用いることができる。
【0021】
この菌株を利用して、アリイナーゼを生産するためには、当該菌株が良好に生育し、酵素を順調に生産するために必要な炭素源、窒素源、無機塩等の栄養源を含有する合成培地又は天然培地中でこれを培養する。培養するための培地は格別である必要はなく、通常の培地を用いることができる。
【0022】
炭素源としては、例えば、澱粉又はその組成画分、グルコース、スクロース等の炭水化物が使用できる。
【0023】
窒素源としては、例えば、ポリペプトン、カゼイン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー或いは大豆又は大豆粕などの抽出物等の有機窒素源物質、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機塩窒素化合物、グルタミン酸等のアミノ酸類を使用できる。
【0024】
アリイナーゼの生産性を高めるために、L-システイン、S-アリル-L-システイン、N-アセチル-L-システイン等のシステイン誘導体やアリインを使用できる。特に、誘導物質が添加されない培地で所定期間培養した後、誘導物質としてアリインのみを添加した培地で更に培養することが好ましい。この培養方法により、アリイナーゼを高生産できる。
【0025】
無機塩類としては、例えば、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩、硫酸マグネシウム等のマグネシウム塩、塩化カリウム等のカリウム塩、硫酸鉄のような鉄塩、硫酸亜鉛等の亜鉛塩、硫酸銅等の銅塩を使用できる。
【0026】
培養は、振盪培養若しくは、通気攪拌培養等の好気的条件下に於いて培地pH5〜10の範囲、好ましくはpH6〜8の範囲に調整し、温度10〜40℃の範囲、好ましくは、25〜37℃で実施するのが望ましいが、この条件以外であっても微生物が生育し、目的とする酵素を生成する条件であれば特に制限されない。
【0027】
このようにして培養を行うと、通常は培養を開始して2〜7日間で菌体中にアリイナーゼが生産される。
【0028】
次いで、培養液から菌体を回収し、リン酸緩衝液等で洗浄しグラスビーズ等により菌体を破砕し、酵素を回収する。
【0029】
こうして得られた粗酵素のアリイナーゼは、そのままでもアリシン生成反応に使用できるが、必要に応じて、陽イオン交換樹脂、陰イオン交換樹脂、疎水クロマト樹脂、ゲルろ過による分画等公知の精製操作を講じて精製酵素として使用することもできる。
【0030】
以上説明したエンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)が生産するアリイナーゼは、アリインの光学異性体に選択的に作用してアリシンを製造するのに有用である。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
〔参考例1〕(アリインの製造)
下記の各実施例で用いたアリインは、以下のように製造した。
L-アリル-システィン(東京化成工業社製)にH2O2溶液をモル濃度で10倍量になるように混合した。室温で30分反応させた後、アセトンを90%になるように混合し、軽く撹拌した後氷浴で30分放置した。沈殿を確認した後、5000rpmで5分遠心し、上清を捨てた。沈殿に新たに90%アセトンを加え、同様の作業を2, 3 回繰り返した。洗滌した沈殿をデシケーターにて一晩乾燥させた。これにより、異性体を含む(±)アリイン(S(±)-L-システィン スルフォキシド)が合成された。L-アリル-システィンと(±)アリインは、TLC(1-ブタノール:酢酸:H2O=4:1:1)によって分離され、ニンヒドリン反応によって検出した。
【0033】
〔参考例2〕(アリイナーゼ活性の測定法)
下記の各実施例におけるアリイナーゼの酵素活性は、以下のように測定した。
基質として、200 mM (±)アリイン 20μl、100 mM ピリドキサル5'リン酸 20μl、20%グリセロールを含む100 mM リン酸ナトリウム緩衝液 (pH 6.5) 40μlにエンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株の無細胞抽出液 20μlを加え、全容を100μlとした反応液 100μlを30℃で30分間インキュベートした。反応後、1 mM 2, 4-ジニトロフェニルヒドラゾン(2,4-dinitrophenyl hydrazone )溶液−2 N 塩酸を100μl加え、室温で20分間放置した。その後0.4 NのNaOHを1. 0 ml加え、軽く撹拌したのち、分光光度計にてピルビン酸に由来する505 nmの吸光度を測定し、アリイナーゼ活性を測定した。
ピルビン酸の測定は以下のように測定した。図2にその反応式を示す。
100μlの1 mM 2, 4-ジニトロフェニルヒドラジン(2,4-dinitorophenyl hydorazine)溶液- 2 N 塩酸に100μlの酵素反応液を加えて室温にて20分間放置する。その後、0.4 Nの水酸化ナトリウムを1.0 ml加え、攪拌した後、505 nmの吸収を測定する。その際反応前の反応液も測定しておきUV吸収値は正味の増加量を測定値とする。予め購入しておいたピルビン酸ナトリウムで検量線を引いておき測定値を濃度に換算する。
この測定条件で、1分間に1μMのピルビン酸を生成する酵素量を1単位とした。
【0034】
〔実施例1〕
エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株を3%乾燥ブイヨン(日水製薬社製)にて、30℃で2日間振盪培養し、次のように菌体破砕液を得た。培養後、菌体をリン酸バッファ(50 mM, pH 6.5)と10 % グリセロールを含む溶液による洗滌 (溶液を加え数秒voltexした後、8000 rpm 30分で沈殿させ上清を捨てる)を数回行った後、グラスビーズにより1分 voltex, 1分 氷浴を1サイクルとし、15サイクル(30分)行った。この時菌糸が破壊されているかを光学顕微鏡により確認し、十分に破壊されてなければさらに数サイクルを行い粗酵素の菌体破砕液を得た。
【0035】
40mM (±)アリイン、20mM(+)アリインの基質に上記の菌体破砕液を作用させたときのHPLC分析結果を図4に示した。
【0036】
図4より、本酵素は(+)アリインに比べ(−)アリインに対してより選択的に光学特異性を有していた。
【0037】
アリインのピリジルエチル(pyridyl ethyl)誘導体のS-ピリジルエチル-L−システィン スルフォキシド(PECS)40mMを基質として上記の菌体破砕液を添加し、HPLC分析を行った。同時にニンニク由来のアリイナーゼについて比較した。図5にPECSに作用させたときのニンニク由来のものと比較したHLPC分析結果を示した。なお、図中、エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株に由来するアリイナーゼはAMA9794、ニンニクに由来するアリイナーゼをニンニクと表示した。
【0038】
図5より、ニンニク由来の酵素は(+)PECSに優先的に作用するが、本酵素は(-)PECSに優先的に作用し、光学特異性が異なっていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養した後の菌体破砕液に含まれる粗酵素であり、(−)アリインに対して選択的に作用する光学特異性を有するアリイナーゼ。
【請求項2】
(−)S-ピリジルエチル-L−システィン スルフォキシド((−)PECS)に対して選択的に作用する光学特異性を有する請求項1に記載のアリイナーゼ。
【請求項3】
エンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株(FERM P-19486)を培養し、培養物中にアリイナーゼを産生せしめ、これを採取するアリイナーゼの製造法。
【請求項4】
寄託番号がFERM P-19486であるアリイナーゼを生産するエンサイファ アドヘレンス(Ensifer adhaerens)AMA9794株。
【請求項5】
配列表の配列番号1で示す16SrDNAと97%以上の相同性を示す細菌でかつアリイナーゼを生産する菌株。
【請求項6】
アリウム属植物の抽出物またはアリインを含む溶液に請求項1又は請求項2に記載のアリイナーゼを作用させ、アリシンを生成させるアリシンの製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−100771(P2009−100771A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25767(P2009−25767)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【分割の表示】特願2003−299378(P2003−299378)の分割
【原出願日】平成15年8月22日(2003.8.22)
【出願人】(000216162)天野エンザイム株式会社 (26)
【Fターム(参考)】