説明

アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法

【課題】均一な組織を有するアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を安定して製造できるようにする。
【解決手段】五酸化ニオブをフッ化水素酸により溶解し、その溶液にアルカリ水溶液を加えるpH調整工程によって沈殿物を生成させ、その沈殿物をクエン酸水溶液に溶解させてニオブのキレート化合物を含むニオブ原料液を調整する。一方、アルカリ金属イオンを含むアルカリ原料液を調整し、これを前記ニオブ原料液と混合する。混合液にエタノールを添加する等して混合液から析出物を生成させ、その析出物を酸化雰囲気中で比較的低温で焼成する結晶化工程を行って、その後、結晶化工程の生成物を粉砕・成形して比較的焼成することで、アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、圧電性を示すセラミックスとしてPZTが広く利用されているが、これは成分に鉛を含むために環境負荷が問題視されている。そこで、近年、無鉛圧電セラミック素材の有力候補として活発に研究されているのが、アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶である。
【0003】
この種のセラミック素材は、一般に、炭酸塩や水酸化物などの無機酸塩からなる原料粉末を大気雰囲気中で焼成する固相反応法によって合成されている(特許文献1及び特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−300012号公報
【特許文献2】特開2004−359539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶は、カリウムやナトリウムというアルカリ成分を含有するために、固相反応法による安定した焼成が非常に困難で、実験室規模なら製造可能であるとしても、工業的規模で生産の目処は全く立っていないのが実情である。すなわち、従来の製造方法では、吸湿性排除や焼結条件の決定、さらにこれに付随してプロセス再現性の確保が難しく、未反応相の残留、化学組成の不均一分布、広範囲な粒径分布形成など、材料組織の不完全性が生じやすいという欠点を有するのである。
【0006】
本発明は上記のような事情に基づいて完成されたものであって、均一な組織を有するアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を安定して製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のアルカリニオブ酸焼結体の製造方法は、ニオブのキレート化合物を含むニオブ原料液と、アルカリ金属イオンを含むアルカリ原料液との混合液から生成させた析出物を熱処理するところに特徴を有する。
【0008】
前記ニオブ原料液は、ニオブのキレート化合物を含んだ溶液であればよく、ニオブ源はいかなるものでもよい。特に、五酸化ニオブをフッ化水素酸により溶解した溶液にアルカリ水溶液を加えるpH調整工程によって沈殿物を生成させ、その沈殿物をクエン酸水溶液に溶解させて調製すれば、工業的には最も安価で安定して製造できる。
【0009】
また、アルカリ原料液としては、Li,Na,Kイオンを含む水溶液が使用可能である。カリウムイオンを含む水溶液としては硝酸カリウム水溶液が使用可能であるが、クエン酸三カリウム一水和物の水溶液も好ましい。アルカリイオンの電離度が低い水溶液の方が組成の均一性を得やすいからである。ナトリウムイオンを含む水溶液、リチウムイオンを含む水溶液の場合も同様である。
【0010】
前述のアルカリ原料液とニオブ原料液とを混合して混合液を得た後、この溶液から析出物を得る。アルカリ原料液とニオブ原料液との混合液にアルコールを添加して沈殿反応を即すことで粉末状の析出物を得ることもできる。また、前記混合液を加熱して水分を蒸発させることでゲル状の析出物を得ることもできる。
【0011】
熱処理は、析出物を酸化雰囲気中で比較的低温で焼成する結晶化工程と、その後、結晶化工程の生成物を粉砕・成形して高温で焼成する焼結工程とを含んでもよい。この熱処理により、アルカリニオブ酸の多結晶焼結体が得られる。このアルカリニオブ酸の多結晶焼結体は、一対の電極を設けて圧電素子やセラミックキャパシタとして利用することができる。また、膜状のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を生成させるには、アルカリ原料液とニオブ原料液との混合液から生成させた析出物をセラミックス基板に付着させて400℃〜800℃で熱処理すればよい。この場合、前記セラミックス基板を構成する鉱物結晶の格子定数は、目的とするアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶のそれに近いものほど好ましい。このような基板上に膜状のアルカリニオブ酸結晶を成長させたものは、例えば櫛歯電極を設けて弾性表面波素子等として利用することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明のようなキレート化合物を経由した液相法によると、最終組成物に近い原子間結合状態に均一に調製することができるため、炭酸塩や水酸化物などの無機酸塩からなる原料粉末を用いる固相反応法に比べて材料組織の緻密性・均一性・純粋性が高くなり、極めて特性が優れたアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を得ることができる。すなわち、従来のような焼結助剤を使用しなくても常圧焼成を可能にでき、かつ、大気雰囲気中での焼成が可能であり、低コストで高品質のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ニオブ酸カリウムの合成プロセスのフローチャート
【図2】得られたニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶のX線回折チャート
【図3】同部分的に拡大したX線回折チャート
【図4】ニオブ酸ナトリウムカリウムの合成プロセスのフローチャート
【図5】実施例15で得られたニオブ酸ナトリウムカリウムのペロブスカイト結晶のX線回折チャート
【図6】実施例12、15、16、17、18および16−Mで得られたニオブ酸ナトリウムカリウムのペロブスカイト結晶における、組成式((NaK)NbO3)中のyの値と相対密度との関係を示すグラフ
【図7】ニオブ酸リチウムナトリウムカリウムの合成プロセスのフローチャート
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
1.アルカリ原料液の調製
例えば、目的とするアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶に含まれるアルカリ元素を含む硝酸塩あるいはクエン酸塩を蒸留水に溶解させてアルカリ原料液を得る。
【0015】
2.ニオブ原料液の調製
例えば、純度99.9%の五酸化ニオブ(Nb2O5)をフッ化水素酸(HF)に加えて加熱溶解させた後、シュウ酸アンモニウム((NH4)2C2O4)を添加してpH調整後、アンモニア水を滴下してNb2O5・nH2O沈殿物を得る。この沈殿物にクエン酸水溶液を加えるとニオブのキレート化合物を含むニオブ原料液が得られる。
【0016】
3.析出物の生成
次に、前述のアルカリ原料液とニオブ原料液とを混合して混合液を得た後、この溶液から析出物を得る。アルカリ原料液とニオブ原料液との混合比は、基本的には、目的組成物中の元素の比率に従えばよい。
但し、例えば、最終組成をKNbOとした場合、アルカリ原料液とニオブ原料液とは、K/Nb=1となるように配合すべきであるが、Kイオンの電離度が高い水溶液の場合(硝酸カリウム水溶液)、K/Nb=1.1程度までK過剰に混合することが好ましい。Kイオンの電離度が高い場合には、水溶液中にKイオンが残留して析出物のカリウム濃度が不足することがあるためである。なお、アルカリ原料液が硝酸カリウム水溶液の場合、K/Nb=1.1を越える程度にアルカリ原料液とニオブ原料液とを混合すると、得られるニオブ酸カリウム結晶の結晶粒界にカリウム分が残留することがあり、そのために結晶に潮解性を生じて取り扱いに苦慮することになったり、結晶の融点が低下して焼結が困難になったり、結晶の電気的特性(誘電損失等)が低下したりする。
【0017】
析出物は、例えば混合液にエタノール等のアルコールを添加して沈殿反応を促すことで粉末として得られる。また、混合液を加熱して水分を蒸発させることでゲル状の析出物が得られる。
前者は、所要の形状に成形して熱処理することでアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の多結晶焼結体を粉末合成するに好適であり、例えば、最終組成をKNbOとした場合には後者によるよりも圧電特性に優れたアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を得ることができる。但し、酸化マグネシウム等、格子定数がニオブ酸カリウム(KNbO3)のペロブスカイト結晶に近い単結晶の基板上に塗布し、その基板上で熱処理してニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶として育成する場合には、後者が好適である。
また、例えば最終組成を(NaxKy)NbO3または(LizNaxKy)NbO3とした場合には、後者による方が組成均一性の高いペロブスカイト結晶が得られるため、好ましい。
【0018】
4.熱処理
多結晶焼結体の製造にあたっては、まず、析出物の粉末を500℃〜900℃程度の比較的低い温度で焼成し(結晶化工程)、その後、得られた生成物を粉砕、造粒および成形工程後、970℃〜1100℃程度の比較的高い温度で焼成して焼結させればよい(焼結工程)。
【実施例】
【0019】
[目的組成物をニオブ酸カリウムとした場合の実施例群]
以下、本発明の実施例について更に詳細に説明する。
まず、目的組成物をニオブ酸カリウムとした実施例1〜実施例9について説明する。ニオブ酸カリウムの合成プロセスのフローチャートを図1に示す。
【0020】
1.合成プロセス
(1)アルカリ原料液(カリウム原料液)の調製
容量100 ml のポリプロピレン製容器に純度99.9%の硝酸カリウム(KNO3)を装填し、蒸留水20 mlを加え溶解させて、カリウムイオンを含む原料溶液とした。この際、硝酸カリウムの装填量は3.83g〜4.41gとした。
また、これとは別に、純度99.9%のクエン酸三カリウム一水和物(C6H5O7K3・H2O)を容量100 ml のポリプロピレン製容器に装填し、蒸留水20 mlを加え溶解させて、カリウムイオンを含む原料溶液とした。この際、クエン酸三カリウム一水和物の場合は装填量を4.10g〜4.31gとした。いずれのアルカリ原料液も透明な溶液であった。
【0021】
(2)ニオブ原料液の調製
容量100 mlのポリプロピレン製容器に純度99.9%の五酸化ニオブ(Nb2O5)5 gを装填し、濃度47%のフッ化水素酸(HF)溶液10 mlを加えた後に閉栓して、90℃に加熱した湯浴ビーカー内に設置して24 h加熱して完全溶解させた。次に、この溶液を容量500 mlのポリプロピレン製容器に移し替え、純度99.5 %の蓚酸アンモニウム((NH4)2C2O4・H2O)10 gおよび蒸留水220 mlを加えてpHを3〜5とした。さらに濃度28%のアンモニア水(NH4OH)15 mlを添加することによって、溶液のpHを6〜7に調製し、沈殿物を得た。得られた沈殿物を濾紙およびアスピレータに供して減圧濾過して分離した。
一方、容量250mlのポリプロピレン製容器に純度99.5%のクエン酸無水物(C3H4(OH)(COOH)3)粉末21gと蒸留水100 mlを装填して水溶液を準備した。この水溶液中に先述の沈殿物を混合して閉栓した後、50℃に加熱した湯浴ビーカー内に設置して12 h加熱して、ニオブのキレート化合物を含む透明なニオブ原料液とした。
【0022】
(3)液混合及び析出物生成
上述の(1)で説明した2種類のカリウム原料液から一つを選択して、カリウム:ニオブが等モルと成るようにニオブ原料液と均一混合して混合溶液を得た。これを70℃で加熱乾燥することでゲル状の析出物を得た。
また別途、上述の混合溶液に10倍等量のエタノールを添加して沈殿反応を促し、減圧濾過後に沈殿物をいったん分離し、120℃で加熱乾燥して粉末状の析出物も用意した。
なお、以上のプロセスにおいては、カリウム源が異なる2種のカリウム原料液について、モル比がカリウム:ニオブ=1.00:1.00、1.05:1.00、1.10:1.00、1.15:1.00となるようにカリウム原料液とニオブ原料液とを混合した4種類の混合液から析出物を生成させた。
【0023】
(4)熱処理工程
以上の工程によって得られた全ての析出物を、大気中で800℃に加熱して結晶化処理を施した。
結晶化処理後のニオブ酸カリウム結晶を粉砕し、3wt%のポリビニルアルコール(PVA)を主成分とするバインダーを原料粒子1gに対し1滴を添加して造粒した。造粒した粉体を金型に装填し、15MPaの一軸加圧によって円盤試料とした後、200MPaで冷間等方圧プレスを施して成形体を製作した。次に、成型体をアルミナ容器内に設置して、大気中で1020℃に加熱して3 h焼成(焼結工程)し、セラミックス焼結体を得た。
【0024】
2.X線回折及び特性評価
結晶化処理後のニオブ酸カリウム結晶を粉砕し粉末X線回折に供してその結晶構造を調べた。
さらに電気特性評価のために焼結体表面を平行研磨し、両面に銀ペースト電極を焼き付けた。このサンプルをシリコンオイル中に挿入し電極治具で挟んだ後、アグザクト社製強誘電体テスタ(TF2000FE-HV)を用いて室温の1Hz下で分極履歴曲線を測定した。次に、シリコンオイルを120℃に熱し、30kV/cmの直流電界を30分間印加して分極処理を行い、圧電セラミックスとした。この圧電セラミックスの1kHzでの誘電率および誘電損失をLCRメータで測定し、径方向電気機械結合定数(kp)をアジレント社製インピーダンスアナライザ4294Aを用いて共振-反共振法にて計測した。さらに、中国科学院声学研究所製d33メータ(ZJ-6B)を用いて厚み方向圧電定数d33を計測した。
【0025】
上述のようにして製造したサンプルのうちのいくつかを実施例1〜9として、その製造条件と得られた結晶相を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
上記の表1中、結晶相の「◎」は完全なペロブスカイト単相であること、「○」はほぼペロブスカイト単相であること、「△」は一部に二次相を含むペロブスカイト相であることをそれぞれ示す。このように、各実施例1〜9のサンプルにおいて、高純度のニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶が生成されることが確認された。なお、参考のため、実施例1〜5についてのX線回折チャートを図2及びその一部を拡大した図3に示す。
【0028】
なお、硝酸カリウム(KNO3)をカリウム源として用いた場合、エタノール添加による沈殿反応を経由して加熱合成した焼成物である(実施例1)は、二次相の析出が抑制され、ほぼニオブ酸カリウム(KNbO3)単相に近い組織を示した。一方、エタノール添加による沈殿反応を経由せず加熱合成した焼成物である(実施例2)はニオブ酸カリウム(KNbO3)単相ではなく、2θ=30°付近を代表とする帰属不明な二次相の析出を伴っている。これから、カリウム源を硝酸カリウム(KNO3)とする場合、エタノール添加によって混合液から析出物を生成させることが好ましいと考えられる。
【0029】
一方、実施例3,4の比較からすると、クエン酸三カリウム一水和物(C6H5O7K3・H2O)をカリウム源として用いた場合も、エタノール添加による沈殿反応を経由して加熱合成した焼成物(実施例3)の方がエタノール無添加処理試料(実施例4)よりも結晶相の均一性が高く、ニオブ酸カリウム(KNbO3)単相の組織を示した。従って、カリウム源をクエン酸三カリウム一水和物(C6H5O7K3・H2O)とした場合も、エタノール添加によって混合液から析出物(粉末)を生成させることが好ましいと考えられる。ただし、両原料液の混合液から析出物を生成させるにあたって、必ずしもエタノール添加が必須であるのではなく、実施例2,4,8のように混合液を蒸発させてゲル化させても、その析出物(ゲル)を熱処理することによりニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶を得ることができる。この方法は、特に、セラミック基板上にゲルを付着させて熱処理することによりニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶を育成する場合に好適であり、弾性表面波素子等の膜状結晶が必要なデバイスを製造する場合に適用できる。
【0030】
次に、各実施例サンプルの電気的特性の測定結果を次の表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
なお、実施例4のサンプルは前述した熱処理条件では結晶化処理後のニオブ酸カリウムのペロブスカイト結晶の嵩密度が不足していたため焼結体を製造することができず、電気的特性は未測定である。結晶化処理後の材料の粉砕粒度を低下させ、かつ、造粒時の成形圧力を高めることで焼結が可能と考えられる。
また、実施例7のサンプルは、上述の製造条件では焼結体の絶縁性が比較的低くなるために分極処理を行うことができず、電気的特性は未測定である。結晶粒界にカリウム分が残留しているためと思われるので、析出物の洗浄工程を改善してカリウム分を十分に除去することにより分極処理が可能になると考えられる。
【0033】
さらに、実施例9のサンプルは、1020℃の焼成では溶融傾向を示して成型物が変形したため、電気的特性は未測定である。これも上述と同様に過剰なカリウム分が残留しているためと考えられ、析出物の洗浄や焼成温度を低くすることにより克服可能と考えられる。
ともにカリウム源として硝酸カリウム水溶液を使用し、エタノール添加によって析出物を生成させた実施例1,5,6,7を比較すると、K/Nb=1.05である実施例5のサンプルが最も優れた圧電特性kp=0.35を示した。カリウムをニオブに対して5%程度過剰になるように両原料液を混合することが、結晶の均一性が高くなって最も好ましいと考えられる。
【0034】
[目的組成物をニオブ酸ナトリウムカリウムとした場合の実施例群]
以下、目的組成物をニオブ酸ナトリウムカリウム((NaxKy)NbO3)とした場合の実施例11〜実施例19について説明する。ニオブ酸ナトリウムカリウムの合成プロセスのフローチャートを図4に示す。
【0035】
1.合成プロセス
(1) アルカリ原料液の調製
純度99.9%のクエン酸三カリウム一水和物(C6H5O7K3・H2O)およびクエン酸三ナトリウム二水和物(C6H5O7Na3・2H2O)を容量100 ml のポリプロピレン製容器に装填し、蒸留水20 mlを加え溶解させて、カリウムイオンおよびナトリウムイオンを含む原料溶液とした。
【0036】
(2)ニオブ原料液の調製
上記した実施例1〜実施例9の場合と同様にして、ニオブ原料液を調製した。
【0037】
(3)液混合及び析出物生成
上述の(1)および(2)で説明したアルカリ原料液とニオブ原料液とを、ナトリウム:カリウム:ニオブのモル比が下記の表3に示す組成式中の各元素のモル比に一致するように均一混合して混合溶液を得た。この混合液をそれぞれ70℃で加熱乾燥することでゲル状の析出物を得た。
【0038】
(4)熱処理工程
以上の工程によって得られた全ての析出物を、大気中で575〜800℃に加熱して結晶化処理を施した。
結晶化処理により得られた結晶を粉砕し、3wt%のポリビニルアルコール(PVA)を主成分とするバインダーを原料粒子1gに対し1滴を添加して造粒した。造粒した粉体を金型に装填し、15MPaの一軸加圧によって円盤試料とした後、200MPaで冷間等方圧プレスを施して成形体を製作した。次に、成型体をアルミナ容器内に設置して、大気中で970〜1100℃に加熱して3 h焼成し、セラミックス焼結体を得た。
なお、実施例16−Mとして、実施例16と同様の比率で混合溶液を調製し、結晶化処理を行った。結晶化処理により得られた結晶に、ニオブイオンに対するマンガンイオンの比率が1mol%となるように二酸化マンガンを添加し、粉砕、造粒して成形体を製作した。この成形体を焼結してセラミックス焼結体を得た。
【0039】
2.X線回折及び特性評価
結晶化処理により得られた結晶を粉砕し粉末X線回折に供してその結晶構造を調べた。実施例15で得られたサンプル((Na0.5K0.525)NbO3)のX線回折チャートを図5に示す。
また、上記した実施例1〜9の場合と同様にして、各実施例サンプルの電気的特性を測定した。各実施例サンプルの組成および電気的測定の結果を次の表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
あわせて、実施例12、15、16、17、18、16−Mで得られたニオブ酸ナトリウムカリウムペロブスカイト結晶における、組成式(Na0.500K)NbO3中のyの値と相対密度との関係を示すグラフを図6に示す。
【0042】
組成式(NaK)NbO3中x=0.500である場合(実施例12、15、16、17、18)において、得られた焼結体の相対密度を比較すると、y=0.550の場合(実施例18)に93%とピークを示していることがわかった。
電気的特性についても、実施例16において圧電定数d33=161pC/Nと最も高い値を示しており、圧電特性に優れていることがわかった。
【0043】
マンガンを添加した実施例16−Mについて、得られた焼結体の微構造を電子顕微鏡により観察すると、マンガンが添加されている以外は組成が同一である実施例16と比較して、さらに気孔の少ない結晶が形成されていることがわかった。また、実施例16−Mの焼結体の相対密度は97%であり、実施例16(93%)よりもさらに高かった。これらより、マンガン添加によって焼結性が向上し、緻密な結晶が得られていることがわかった。
また、実施例16−Mの焼結体は、電気的特性についても実施例16に比べさらに優れていた。特に、Qm=280と大きく向上しており、信頼性の高い圧電材料を提供可能であることがわかった。
【0044】
なお、本実施例群においては、アルカリ原料液の原料として、クエン酸のアルカリ塩を用いた。これは、アルカリイオンの電離度が低い水溶液の方が組成の均一性を得やすいためである。硝酸塩を使用する場合には、Nbに対しNaがかなり過剰となるように原料液の混合比率を調整しなければならない。これに対し、クエン酸塩のような水中での電離度が比較的低い原料を使用すると、水溶液中へのイオンの残留を少なくし、析出物のナトリウム濃度の不足を回避することができるので、目的とする組成物の化学組成のコントロールが容易となる。
【0045】
また、析出物の生成にエタノール添加による沈殿反応を利用した合成プロセスを検討したが、得られた焼成物中のナトリウムとカリウムの組成比が、もとのアルカリ原料液中のナトリウムとカリウムの組成比から大きくずれ、焼成物の組成をうまくコントロールすることが困難であった。この原因は必ずしも明らかではないが、アルコール添加によるNaとKの沈降速度の違いに起因するものと考えられる。このことから、ニオブ酸ナトリウムカリウムを合成する場合、エタノール添加によって混合液から析出物を生成させる方法よりも、混合液を加熱乾燥してゲル状の析出物を得る方法の方が好ましいと考えられる。
【0046】
[目的組成物をニオブ酸リチウムナトリウムカリウムとした場合の実施例群]
以下、目的組成物をニオブ酸リチウムナトリウムカリウム((LizNaxKy)NbO3)とした場合の実施例21〜実施例25について説明する。ニオブ酸リチウムナトリウムカリウムの合成プロセスのフローチャートを図19に示す。
【0047】
1.合成プロセス
(1) アルカリ原料液の調製
純度99.9%のクエン酸三リチウム四水和物(C6H5O7Li3・4H2O)、クエン酸三カリウム一水和物(C6H5O7K3・H2O)およびクエン酸三ナトリウム二水和物(C6H5O7Na3・2H2O)を容量100 ml のポリプロピレン製容器に装填し、蒸留水20 mlを加え溶解させて、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンを含む原料溶液とした。
【0048】
(2)ニオブ原料液の調製
上記した実施例1〜実施例9の場合と同様にして、ニオブ原料液を調製した。
【0049】
(3)液混合及び析出物生成
上述の(1)および(2)で説明したアルカリ原料液とニオブ原料液とを、リチウム:ナトリウム:カリウム:ニオブのモル比が下記の表4に示す組成式中の各元素のモル比に一致するように均一混合して混合溶液を得た。この混合液をそれぞれ70℃で加熱乾燥することでゲル状の析出物を得た。
【0050】
(4)熱処理工程
以上の工程によって得られた析出物を、大気中で800〜871℃に加熱して結晶化処理を施した。
結晶化処理により得られた結晶を粉砕し、3wt%のポリビニルアルコール(PVA)を主成分とするバインダーを原料粒子1gに対し1滴を添加して造粒した。造粒した粉体を金型に装填し、15MPaの一軸加圧によって円盤試料とした後、200MPaで冷間等方圧プレスを施して成形体を製作した。次に、成型体をアルミナ容器内に設置して、大気中で1082℃に加熱して3 h焼成し、セラミックス焼結体を得た。
【0051】
2.特性評価
上記した実施例1〜9の場合と同様にして、各実施例サンプルの電気的特性を測定した。各実施例サンプルの組成と熱処理温度を表4に、電気的測定の結果を表5に示す。
【0052】
【表4】

【0053】
【表5】

【0054】
結晶化処理温度は、低すぎれば得られる結晶中へのフッ素残留があり、高すぎればアルカリ揮発により組成欠損が生じる。そこで、実施例21〜実施例23において、組成式(Li0.06Na0.47K0.47)NbO3で表されるアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を、結晶化処理温度を変化させて作製したところ、結晶化処理温度として850℃が最も適切であることが分かった。
【0055】
そこで、実施例24および実施例25において、結晶化処理温度と焼結温度を最適値に固定し、液混合の工程におけるリチウム原料液の添加量を変化させてアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶を作成したところ、実施例24(z=0.08の場合)において圧電定数d33=246pC/Nと、最も優れた値を示した。
【0056】
ここで、セラミックス中のリチウム含有量が増えると相転移点To−tが低温側に、Tcが高温側にシフトすることが知られており、上記実施例においても実施例22(z=0.06)と比較して実施例24(z=0.08)および実施例25(z=0.10)において相転移点To−t、Tcのシフトが確認された。すなわち、アルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造工程において、目的組成物がリチウムを含む場合、水溶液中にリチウムの残留が生じており、これを補うためにリチウム原料液の添加量を定比配合よりも僅かに多くすることが肝要であるといえる。
なお、詳細にはデータを示さないが、本実施例で得られたニオブ酸リチウムナトリウムカリウムは、高いキュリー温度(450℃)を示し、高温環境に耐える圧電材料として有望であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニオブのキレート化合物を含むニオブ原料液と、アルカリ金属イオンを含むアルカリ原料液との混合液から生成させた析出物を熱処理することを特徴とするアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項2】
前記ニオブ原料液は、五酸化ニオブをフッ化水素酸により溶解し、その溶液にアルカリ水溶液を加えるpH調整工程によって沈殿物を生成させ、その沈殿物をクエン酸水溶液に溶解させて調製されたものである請求項1記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ原料液は、カリウムイオンを含む請求項1または請求項2に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ原料液は、硝酸カリウム水溶液であって、前記ニオブ原料液に対しK/Nb比が1〜1.1の範囲内となるように混合することを特徴とする請求項3記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項5】
前記ニオブ原料液と前記アルカリ原料液との混合液にアルコールを添加することで前記析出物を生成させる請求項3または請求項4に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項6】
前記熱処理は、前記混合液から生成させた析出物を酸化雰囲気中で500℃〜800℃で焼成する結晶化工程と、その後、前記結晶化工程の生成物を粉砕・成形して1000℃以上で焼成する焼結工程とを含む、請求項3ないし請求項5のいずれか一項に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理は、前記混合液から生成させた析出物をセラミックス基板に付着させて400℃〜800℃で焼成する結晶育成工程を含む請求項3ないし請求項6のいずれか一項に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ原料液は、カリウムイオンおよびナトリウムイオンを含む請求項1または請求項2に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項9】
前記アルカリ原料液は、クエン酸三ナトリウム二水和物水溶液およびクエン酸三カリウム一水和物水溶液であって、前記ニオブ原料液に対しNa:K:Nb比が0.5:0.55:1の範囲内となるように混合することを特徴とする請求項8記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項10】
前記ニオブ原料液と前記アルカリ原料液との混合液を加熱して水分を蒸発させることでゲル状の前記析出物を生成させる請求項8または請求項9に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項11】
前記熱処理は、前記混合液から生成させた析出物を酸化雰囲気中で575℃〜800℃で焼成する結晶化工程と、その後、前記結晶化工程の生成物を粉砕・成形して970℃〜1100℃で焼成する焼結工程とを含む、請求項8ないし請求項10のいずれか一項に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項12】
前記結晶化工程後、前記焼成工程の前に二酸化マンガンを添加するマンガン添加工程を含む、請求項11記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項13】
前記アルカリ原料液は、リチウムイオン、カリウムイオンおよびナトリウムイオンを含む請求項1または請求項2に記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。
【請求項14】
前記熱処理は、前記混合液から生成させた析出物を酸化雰囲気中で800℃〜871℃で焼成する結晶化工程と、その後、前記結晶化工程の生成物を粉砕・成形して1050℃〜1082℃で焼成する焼結工程とを含む、請求項13記載のアルカリニオブ酸ペロブスカイト結晶の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−242230(P2009−242230A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58088(P2009−58088)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】