説明

アルカリ法メチルエステル化プロセスにおける相分離の促進

【課題】アルカリ触媒法を利用してエステル交換反応を行い長鎖脂肪酸アルキルエステルを得る方法において、エステル交換反応により生成された長鎖脂肪酸アルキルエステルの相と同じく反応により生成されたグリセリンを含有するアルコール相との相分離を促進する方法を提供する。
【解決手段】植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行う際に、反応中あるいは反応後に反応液を1分以上完全乱流状態とした後に静置する。完全乱流状態とするには、邪魔板3付き反応容器2内に前記原料を入れ、放射流型攪拌翼4により高速攪拌して、反応液に高せん断応力をかける。これにより、反応液の転相が起こり、20秒以内程度の短時間で、長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物油あるいは動物性油脂中のトリグリセリドを水酸化アルカリの存在下にアルキルアルコールによりエステル交換して、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンを製造するアルカリ法エステル化プロセスにおいて、エステル交換後の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相を迅速に相分離させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の排気ガスによる大気汚染が大きな問題となっている。例えば、化石燃料である軽油を燃料とするディーゼルエンジンの排ガスには、CO2と共に硫黄酸化物や窒素酸化物などの発ガン性物質、煤煙などの粒状物質が含まれており、これが大量に大気中に放出されることから健康被害への懸念の指摘がなされている。これはガソリンについても同様である。これに加え、最近では、化石燃料の燃焼による炭酸ガス増加による地球温暖化の問題が大きくクローズアップされてきており、これを防止することも社会的ニーズとなっている。
【0003】
このような問題に対処するべく、ディーゼル燃料をバイオディーゼル燃料に代替する試みが広くなされるようになってきた。バイオディーゼル燃料の原料には、再生可能な有機原料である植物油あるいは動物性油脂が用いられており、生成した炭酸ガスは再度植物油あるいは動物性油脂として再生されることから、地球規模で見た場合、地球温暖化の原因となっている炭酸ガスの増加は理論的にはないことになる。また、バイオディーゼル燃料には、硫黄や窒素の含有量は少なく、化石燃料のような硫黄酸化物や窒素酸化物による環境汚染の問題もほとんどなく、クリーンなエネルギーといえる。このため、バイオディーゼル燃料は地球温暖化や大気汚染防止の観点から極めて有用な燃料である。さらに原料となる植物油あるいは動物性油脂として廃食用油を用いることができることから、廃食用油による水質汚濁の防止にも有効である。バイオディーゼル燃料は、ヨーロッパ、アメリカなどでは既に実用化されており、日本でも一部試験的な利用が行われ始めている。現在バイオディーゼル燃料について欧米で規格化されているのは、メチルエステルのみである。
【0004】
バイオディーゼル燃料の製造においては、アルカリ触媒を用いる方法(例えば、特許文献1、2参照)、酸触媒を用いる方法、酵素を用いる方法(例えば、特許文献3参照)、無触媒で製造する方法(例えば、特許文献4参照)など種々の技術が知られ、また提案されてもいるが、穏やかな反応条件でも反応速度が速く、大量生産も可能で、安価に生産することができる、アルカリ触媒法によっているのが現状である。この方法では、以下に示すように、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムを反応触媒として用いて、植物油あるいは動物性油脂を構成する長鎖脂肪酸トリグリセリドとメタノールからエステル交換反応により長鎖脂肪酸メチルエステルとグリセリンが製造される。
【0005】
【化1】

(式中、R1、R2及びR3は、長鎖炭化水素基を表す。)
【0006】
こうして製造された長鎖脂肪酸メチルエステルは、反応液から分離、精製され、ディーゼル燃料として用いられている。このアルカリ触媒法によるエステル交換反応から分離精製までの工程の一例を、メチルエステル化を例として、図1により説明すると、先ず原料となるトリグリセリドとメタノール及びアルカリ触媒を反応容器(攪拌槽)に入れてスクリュー型攪拌機を用いて攪拌し、エステル交換反応を行う(第1工程)。この反応容器中では原料として用いられているメタノール及び反応により生成したグリセリンと原料油脂並びに反応により生成した長鎖脂肪酸メチルエステルとが乳化を起こしている。このため、反応終了後、反応液を静置し、長鎖脂肪酸メチルエステル相とグリセリン含有アルコール相を相分離させ(第2工程)、分離した長鎖脂肪酸メチルエステル相を取り出し、蒸留して長鎖脂肪酸メチルエステル中に溶解しているメタノールを留去する(第3工程)。次いで、塩酸などの酸を必要に応じ含む水で長鎖脂肪酸メチルエステルを水洗して長鎖脂肪酸メチルエステル中のアルカリを除去し(第4工程)、その後加熱脱水する(第5工程)ことにより、目的とする長鎖脂肪酸メチルエステルが得られる(例えば、非特許文献1参照)。なお、図1において、長鎖脂肪酸メチルエステルについては、バイオディーゼル燃料として用いられることを想定して、「BD」と略記した。
【0007】
上記製造方法においては、エステル交換反応時間は短時間で終わるものの、最終の加熱脱水工程までには長時間を有する。その原因の一つは、エステル交換反応工程後のメチルエステル相とグリセリン含有アルコール相の相分離に長時間を要することである。エステル交換反応では、前記のとおりトリグリセリドがエステル交換反応により長鎖脂肪酸メチルエステルとされるが、その際植物油あるいは動物性油脂中に含まれる脂肪酸とアルカリが反応して石鹸が形成され、これにより反応液が乳化するもので、静置しても相分離がなかなか起こらず、長鎖脂肪酸メチルエステルを取り出すため、数時間から一日程度の静置が必要とされる。このため、長鎖脂肪酸メチルエステルを連続操作により製造することができないのみならず、設備の効率的利用が行えず、生産性が極めて低いことから、高コストの原因の一つとなっている。また、従来は、この様な長時間の静置時間を少しでも減らすため、反応の後半においては攪拌をできるだけ行わないようにすることが行われていた。
【0008】
【特許文献1】特開2005−29715号公報
【特許文献2】特開2005−350630号公報
【特許文献3】特開平11−290078号公報
【特許文献4】特開2005−60591号公報
【非特許文献1】ジェイ.バン ゲルペン他4名、「バイオディーゼル製造技術 2002年8月−2004年1月」ナショナル リニューワブル エナジイ ラボラトリー、2004年7月、第34〜35頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、アルカリ触媒法を利用してエステル交換反応を行いメチルエステルを得る方法が、エステル交換反応により長鎖脂肪酸メチルエステルを得る方法の中で安価な方法であるといっても、その製造コストは化石燃料である軽油の価格に比べれば高く、このためバイオディーゼル燃料の製造コストを引き下げ、製品の品質は勿論であるが、価格的にも軽油に代替できるようにするためには、製造コストを低下させることが必要である。前記したように、長鎖脂肪酸メチルエステルの製造コストを高めている原因の一つが、エステル交換反応後における、トリグリセリド含有アルコール相と長鎖脂肪酸メチルエステル相との相分離の遅さであることから、アルカリ触媒法を利用してエステル交換反応を行い長鎖脂肪酸メチルエステルを得る方法において、エステル交換反応によって生成された長鎖脂肪酸メチルエステルとグリセリンの相分離速度を促進することが強く求められる。バイオディーゼル燃料は、現状ではメチルエステルが規格化されていることから、メチルエステルの相分離の問題とされているが、この問題はメチルエステルのみならずバイオディーゼル燃料となりうる他の長鎖脂肪酸アルキルエステルの相分離においても同様である。
【0010】
したがって、本発明は、アルカリ触媒法を利用してエステル交換反応を行い長鎖脂肪酸アルキルエステルを得る方法において、エステル交換反応により生成した長鎖脂肪酸アルキルエステルを含む相(長鎖脂肪酸アルキルエステル相)と同じく反応により生成したグリセリンを含有するアルキルアルコール相(グリセリン含有アルコール相)との相分離を促進する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明者は鋭意研究、検討を行ったところ、植物油あるいは動物性油脂をアルカリ触媒の存在下にエステル交換反応を行う際あるいはエステル交換反応後の反応液を攪拌する際に、攪拌の強さなど反応液の流動条件、流動状態を特定のものとすることにより、長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相の相分離時間が劇的に短縮されることを見出し、本発明を完成したものである。すなわち、本発明は以下の相分離方法に関する。
【0012】
(1)植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行うことにより、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンを製造し、反応液を静置して長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相を相分離する方法において、前記反応液を完全乱流状態とした後静置することを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0013】
(2)上記(1)項記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールとの水酸化アルカリの存在下でのエステル交換反応中に反応液が完全乱流状態とされることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0014】
(3)上記(1)項記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応した後に反応液が完全乱流状態とされることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0015】
(4)上記(1)〜(3)項のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、反応液の完全乱流状態が、邪魔板付き攪拌槽内で攪拌翼により反応液を攪拌することにより形成されることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0016】
(5)上記(4)項に記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、反応液の攪拌の際のせん断応力が0.02Pa以上であることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0017】
(6)上記(4)又は(5)項に記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、反応液の攪拌の際の下記邪魔板条件Lが0.14より大きいことを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0018】
【数1】

(式中、Bは邪魔板の幅、Dは攪拌槽の内径、nBは邪魔板の数である。)
【0019】
(7)上記(4)〜(6)項のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、攪拌翼の位置が相分離の後において長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリン含有アルコールの液液界面にあるか、あるいはグリセリン含有アルコール相中に浸っていることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0020】
(8)上記(1)〜(7)項のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、アルキルアルコールの量が植物油あるいは動物性油脂の容量に対し0.2倍容量を超える量であることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0021】
(9)上記(1)〜(8)項のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、アルキルエステルがメチルエステルであることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【0022】
(10)上記(1)〜(9)項のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法において、完全乱流状態あるいは攪拌の時間が1分以上とされることを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明においては、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行うことにより、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとを製造し、反応液を静置して長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相を相分離する方法において、反応液を完全乱流状態とすることにより従来数時間以上と長時間かかっていた長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離時間が劇的に促進され、20秒以内程度の極短時間となることから、反応液を反応槽内に長時間滞留させておく、あるいは反応液を静置・相分離するための槽をわざわざ設ける必要がなくなり、バイオディーゼル燃料製造装置を連続稼動することが可能となることから、装置の効率的利用が可能となり、これにより製造コストを低減することができる。
【0024】
また、長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相の相分離時間をほとんど必要としなくなったことから、植物油あるいは動物性油脂のエステル交換反応・反応液の相分離・反応生成物の取り出し・取り出された反応生成物の精製を連続操作することも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行うことにより、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとを製造し、反応液を静置して長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相を相分離する方法において、長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相の相分離を促進する方法に関するものであるので、先ず、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応して、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンを製造する方法から説明する。
【0026】
本発明における、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールとを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応すること自体は、従来から公知あるいは周知の方法である。また、本発明の前記エステル交換反応において原料として用いられる植物油及び動物性油脂は、前記公知あるいは周知のエステル交換反応において用いられているものが全て使用できる。このようなエステル交換反応に用いられる植物油あるいは動物性油脂としては、具体的には、例えば大豆油、コーン油、落花生、オリーブ油、綿実油、サフラワー油、菜種油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、ヒマワリ油、亜麻仁油、牛脂、豚脂、魚油、バターなどの油または油脂が挙げられる。これら油あるいは油脂は食用油であってもよいし、食用油でなくてもよい。また原料となる植物油あるいは動物性油脂は廃棄される油あるいは油脂、例えば廃食用油あるいは廃食用油脂であってもよい。廃食用油、廃食用油脂については、回収方法を工夫することにより、十分な量を確保できるし、これらが下水に流された際の水汚染を防止する観点からも、回収してバイオディーゼル燃料として利用されることが好ましい。また前記植物油などは、原料となる植物の栽培量を増大させることにより増産も可能である。
【0027】
前記植物油あるいは動物性油脂には、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの長鎖脂肪酸のトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、場合によっては長鎖脂肪酸自体も含まれている。
【0028】
原料となる植物油及び動物性油脂などに、脂肪酸が例えば2%以上のような高濃度で含まれているような場合には、予めエステル化処理を行う、あるいは脂肪酸を植物油及び動物性油脂から洗浄、除去する、あるいは吸着剤に吸着させて除去するなど適宜の手段によりその含有量を減少させ、1%未満の含有量とすることが好ましい。特に廃食用油、廃食用油脂の場合には、脂肪酸その他の不純物が多く含まれているから、予備処理を行うことが好ましい。
【0029】
一方、原料であるアルキルアルコールについては、現在規格化されているバイオディーゼル燃料がメチルエステルであり、またメチルアルコールは他のアルコールに比べ価格も安いことから、メタノールを用いることが好ましいが、本発明で用いられるアルキルアルコールはメタノールに限られるものでなく、例えばエタノール、プロパノール、ブタノール等の炭素数8程度までのアルキルアルコールを用いることができる。アルコール中に水が含まれていると、反応収率が落ち、またバイオディーゼル燃料中に石鹸、フリーの脂肪酸及びトリグリセリドが高レベルで存在することになることから、出来る限り水を含まないアルコールを使用することが好ましい。
【0030】
植物油或いは動物性油脂とアルキルアルコールの使用割合は、触媒として何を用いるか、また植物油或いは動物性油脂としてどのようなものが用いられるかにもよって異なるが、アルコールを過剰量で用いれば平衡が反応の促進方向に向かい、脂肪酸エステルの収量が増大することから、従来モルベースで、1:4〜1:20程度の量で用いられている。しかし、本発明では、生成された長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンとの相分離を促進するため、アルコールを従来量に比べ大過剰で用いることが必要とされる。本発明では、好ましくはアルコールの量は植物油或いは動物性油脂の容量に対し、0.2倍容量を超える量、より好ましくは0.5倍容量以上とされる。
【0031】
また、エステル交換反応用の触媒としては、水酸化アルカリが用いられる。水酸化アルカリとしては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどが用いられるが、価格の点からは水酸化ナトリウムが好ましい。またその量は、触媒として働く量であればよく、特に限定されるものではないが、通常植物油或いは動物性油脂の重量に対し3%程度以下、好ましくは0.5〜2%程度の量である。
【0032】
反応温度は、原料として用いられる植物油或いは動物性油脂が液状であり、またエステル交換反応がスムースに行える温度であればよく、特に限定されるものではないが、通常25〜85℃程度の温度で行われる。
【0033】
一方、本発明では、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンの相分離の促進のために、反応液は完全乱流状態とされる。完全乱流状態とは、動力特性(動力数とレイノルズ数の関係)において、動力数が一定になる強い攪拌状態をいう(化学工学会編、化学工学便覧 改定第四版、丸善、昭和53年、第1717頁、図18.10参照)。このような完全乱流状態とするには、例えば反応容器内に邪魔板を設け、攪拌翼を用いて大きなせん断応力がかかるように高速で攪拌することが挙げられる。このような攪拌槽の一例を図2に示す。図2(a)は攪拌槽1の断面図であり、図2(b)は図2(a)の攪拌槽の平面図である。図2の攪拌槽1においては、反応容器2の内壁に邪魔板が4枚取り付けられており、反応容器内に収納された反応原料である植物油あるいは動物性油脂6とアルキルアルコール5が、6枚のインペラー4を有する攪拌装置により攪拌される。このとき、完全乱流状態とするには、0.02Pa程度以上のせん断応力が必要とされる。せん断応力は、例えば次式から求められる。
【0034】
【数2】

ここで、μは連続流体の粘性係数、Δuは翼先端の回転速度、Δyは翼先端と邪魔板先端の間隔である。
【0035】
また、完全乱流条件を満たすための攪拌装置条件としては、邪魔板条件Lが挙げられる。邪魔板条件Lは次の式から求められる。完全乱流条件を満たすための邪魔板条件Lとしては、L>0.14であることが必要とされる。
【0036】
【数3】

【0037】
式中、Bは図2に示される邪魔板の幅であり、Dは図2(a)に示される攪拌槽の内径であり、nBは邪魔板の数である。
【0038】
本発明においては、完全乱流状態とするには上記邪魔板付き反応容器を用いた攪拌槽でなくともよく、ホモジナイザー等によってもよい。また、完全乱流状態とできれば上記の如き攪拌槽によるバッチ式でなくとも、邪魔板を有する管の中を、反応液を高速で流すような他の方法によってもよい。本発明において、邪魔板付き攪拌槽が用いられる場合には、プロペラ型などの軸流型翼より平羽根タービン型のような放射流型翼が好ましい。このような平羽根タービン型のような放射流型翼により邪魔板付き攪拌槽を攪拌する場合、邪魔板の幅などにより異なるものの、完全乱流状態とするには、通常少なくとも450rpm程度以上の攪拌を行うことが必要とされる。さらに、反応液を攪拌するために用いられる攪拌翼は、反応液中にあり、反応液を完全乱流状態とすることができる位置であれば反応容器のどの位置に設けられていてもよいし、反応液のどの深さに設けられてもよい。しかし、通常、前記攪拌翼の位置は、相分離の後において長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリン含有アルコールの液液界面にあるか、あるいはグリセリン含有アルコール相中に浸っている状態になるような深さであることが好ましい。
【0039】
また、反応液を完全乱流状態とするのは、エステル交換反応により生成された長鎖脂肪酸アルキルエステルを形成した後であってもよいが、エステル交換反応を行う際に完全乱流状態でエステル交換反応を行うことが好ましい。これにより、反応終了後、例えば攪拌を止めると、反応生成物である長鎖脂肪酸のアルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相が20秒以内、例えば10秒程度で相分離するため、直ちに反応生成物を取り出し、次の工程に送ることができる。なお、長鎖脂肪酸アルキルエステル相には、長鎖脂肪酸アルキルエステル、未反応のトリグリセリドやジあるいはモノグリセリド、メタノールなどのアルコール、触媒として用いた水酸化アルカリ成分の一部、メタノールなどのアルコールの一部、長鎖脂肪酸塩などが、一方グリセリン含有アルコール相にはグリセリン、過剰量に用いたメタノールや触媒として用いた水酸化アルカリ成分などが含まれている。
【0040】
エステル交換反応は、アルカリ触媒法においては数分以内程度で反応が平衡に達し、反応が終了する。反応液の相分離を行うためには、前記したように反応液を完全乱流状態としてやればよいが、相分離を促進するためには、完全乱流状態を1分程度維持するようにすることが必要とされる。例えば攪拌槽の大きさ、形状、攪拌速度、羽根の形状などによっても異なるが、平羽根タービン型のような放射流型翼により邪魔板付き攪拌槽を攪拌する場合、邪魔板の幅などにより異なるものの、1分程度の攪拌時間とすることが好ましい。前記したように、反応時間は数分以内程度で終了するため、エステル交換反応中の反応液の攪拌条件を完全乱流状態として行えば、反応終了後攪拌を止めれば、反応生成物の相分離が始まり前記したように10秒程度で相分離が起こる。反応終了後に相分離のみを目的として反応終了後の反応液を攪拌する場合には、反応液を前記したとおりの時間攪拌し、攪拌停止後静置することにより、10秒程度で相分離が起こる。
【0041】
本発明において短時間で相分離が起こる理由は次のような理由によるものと考えられるが、本発明がこれにより限定されるものでない。すなわち、従来、植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行う際には乳化が起こり、反応生成物の長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリン含有アルコールとの相分離が長時間起こらない。このため、従来、乳化が進まないように攪拌速度を遅くして対応することが行われていた。この反応液の乳化は、植物油あるいは動物性油脂中に存在するフリーの脂肪酸と触媒として用いた水酸化アルカリの反応により形成された石鹸によるものであるとされている。このとき反応開始時の乳化は、粘度の高いトリグリセリド相(オイル相)にアルキルアルコール、例えばメタノールが分散したM/O型である。また、反応の進行とともに生成したグリセリンはアルキルアルコール、例えばメタノール相に現れ、トリグリセリドは長鎖脂肪酸アルキルエステルに変わってゆき、反応終了時には、グリセリンを含むメタノール相が長鎖脂肪酸アルキルエステル相に分散したM/O型となっている。M/O型になるのは、オイル相中のアルコール滴の合一速度が、アルコール相中のオイル滴の合一速度より遅いためである。その原因は、オイル相の高い粘性などのためにアルコール滴が容易には沈降・合一しないためと予想される。一方、本発明における強い攪拌条件下では、分散滴は小さくなって分散相と連続相の区分が明確ではなくなる。このような状況下で、系のエネルギーを最初にする状態(現実に現れる状態)は、連続相の粘性を低くして粘性によるエネルギー散逸を小さくする状態であるから、粘性の低いアルコール相が連続相となってO/M型に転相すると考えられる。アルコール相中のオイル滴の合一は速いので、M/O型分散に比べて短時間のうちに相分離が完了することになる。
【0042】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
図2に記載の攪拌槽を用いてコーン油のエステル交換反応を行った。攪拌槽1の反応容器2は容量500mlのガラス製容器で、その内径Dは74mmであり、深さは150mmである。反応容器2内には、邪魔板3が反応容器壁面に90°間隔で4箇所設けられている。邪魔板の幅Bは10mmであり、高さは120mmである。また反応容器の中央には直径40mm高さ10mmのインペラー4が6枚設けられた攪拌機が装備されている。
【0044】
反応容器2中にコーン油200mlを入れ、次いでメタノール100mlとコーン油に対し2重量%のKOHをその上に入れた。このときインペラーは下相のコーン油中に且つコーン油とメタノールの相界面の下40mmにインペラー中央がくるように配置した。この条件下で、5分間攪拌を行った。攪拌機の回転を停止した後静置し、相分離までの時間を測定した。攪拌機の回転数は、毎分400、500、550、600、700、800、850回転とした。結果は次の表1のとおりであった。
【0045】
【表1】

【0046】
上記結果を図で示すと、図3となる。上記表1及び図3から明らかなように、550回転(rpm)と600回転(rpm)の間で、相分離時間(秒)が劇的に変化している。N(回転速度)=10(1/s)に対するメタノールを連続相とするレイノルズ数は、次式から20,500であった。なお、邪魔板付き且つタービン型攪拌翼で攪拌したときに完全乱流になる限界レイノルズ数は、R=10,000である。また、何れの攪拌速度においても、相分離のあとにはグリセリン含有アルコール相が下部、エステル相が上部に位置しており、インペラーはエステル/アルコール相界面から下10mmの位置(アルコール相中)にあった。
【0047】
【数4】

ここで、ρはメタノール密度(0.78g/cm3)であり、nは回転速度(10/s)であり、dはインペラー直径(4cm)であり、μはメタノールの粘度(0.0061g/cm・s)である。
【0048】
また、n=10に対するメタノールを連続相とする攪拌では、せん断応力は、次の式から0.11Paであった。
【0049】
【数5】

【0050】
さらに、このときの反応槽の邪魔板条件Lは、次のとおりであり、完全邪魔板条件であるL=0.35を満たしている。
【0051】
【数6】

【実施例2】
【0052】
実施例1の回転数800rpmにおいて、メタノール体積とコーン油の体積比を下記表2のように変えることを除き、他は実施例1と同条件として、相分離時間を測定した。結果を表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
表2の結果を図4に示す。表2及び図4から、メタノール/コーン油体積比が0.2を越えると、O/M型分散が得られて相分離時間が著しく短縮することが分かる。この結果は、体積割合が増えると連続相になり易いという経験則と合致している。
【実施例3】
【0055】
実施例1の回転数800rpmにおいて、インペラー高さを下記表3のように変えることを除き、他は実施例1と同様にして、相分離時間を測定した。結果を表3に示す。なお、表3において、インペラー高さは、メタノール/コーン油の相界面からインペラー中央までの距離を、カッコ内の相分離後のインペラー高さは、相分離後のエステルとグリセリン含有メタノールの相界面からインペラー中央までの距離を表す。
【0056】
【表3】

【0057】
表3の結果より、メタノール/コーン油界面から−40、−35、−30mmのいずれのインペラー高さから反応を開始しても、攪拌停止後に20秒未満の短い時間で相分離が完了することが分かる。分散の型はいずれもO/M型であった。相分離の後、下部にアルコール相(メタノールとグリセリン)、上部に脂肪酸メチルエステル相が位置していた。
【実施例4】
【0058】
実施例1の800rpmにおいて、攪拌時間を表4に記載のように変えてエステル化反応を行い、攪拌時間と相分離時間および分散の型の関係を測定した。攪拌時間を除く条件は、実施例1と同じにした。結果を表4に示す。
【0059】
【表4】

【0060】
表4の結果から、攪拌初期にはM/O型分散であり、攪拌時間が1分を超えて初めてO/M型に転相することが分かる。表4には、攪拌を停止してから2.5分の後に上部にどれだけのメタノール相が累積したかも示されている。M/O型分散のときには、上部にメタノールが累積することから、短時間の攪拌では、攪拌による相分散が十分にすすまないことが分かる。
【実施例5】
【0061】
実施例1において、コーン油を菜種油に変え、また、攪拌速度とインペラー高さ、およびメタノール体積/菜種油体積比を表5のように変化させて、相分離時間を測定した。なお、攪拌速度とインペラー高さを除くその他の条件は、実施例1と同じにした。結果を表5に示す。
【0062】
【表5】

【0063】
表5より、菜種油を原料とする場合でも、18秒という短時間のうちに相分離を完了させ得ることが分かる。相分離後には、アルコール相が上部に位置した。菜種油は、コーン油に比べて攪拌速度を高め、メタノールを多量に使わないと転相が生じないことも分かる。
【実施例6】
【0064】
異なる2つの攪拌槽を用いて、転相が生じる攪拌速度を調べた。一つは実施例1で用いた攪拌槽(槽A)であり、完全邪魔板条件が満たされている。他の一つは、内径15.5cm、高さ30cmの反応容器で、幅11mmの4枚の邪魔板を持ち、インペラー直径8cmの6枚平羽タービン型攪拌翼を持つ攪拌槽(槽B)である。槽Bの邪魔板条件はL=0.17である。槽A、Bを用いて、コーン油のメチルエステル化反応を行った。結果を表6に示す。表6に示した条件以外の条件は、実施例1と同じにした。
【0065】
【表6】

【0066】
表6から、完全邪魔板条件L=0.35を満たさなくとも十分に攪拌速度を高めるとO/M型に転送することが分かる。このとき槽A、Bともに、完全乱流状態(R>10,000)にある。
【産業上の利用可能性】
【0067】
鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法は、バイオディーゼル燃料の製造において有用に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】長鎖脂肪酸メチルエステルの製造方法の一例を説明する説明図である。
【図2】攪拌槽の説明図である。
【図3】実施例1でのエステル交換反応における、攪拌速度と相分離までの時間の関係を示す図である。
【図4】実施例2でのエステル交換反応における、メタノール体積/コーン油体積と相分離までの時間との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1 攪拌槽
2 反応容器
3 邪魔板
4 インペラー
5 アルキルアルコール
6 植物油あるいは動物性油脂
B 邪魔板の幅
D 攪拌槽の内径
d 攪拌翼の直径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物油あるいは動物性油脂とアルキルアルコールを水酸化アルカリの存在下にエステル交換反応を行うことにより、長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリンを製造し、反応液を静置して長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相を相分離する方法において、前記反応液を完全乱流状態とした後静置することを特徴とする長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項2】
前記反応液が前記エステル交換反応中に完全乱流状態とされることを特徴とする請求項1記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項3】
前記反応液が前記エステル交換反応後に完全乱流状態とされることを特徴とする請求項1記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項4】
前記反応液の完全乱流状態が、邪魔板付き攪拌槽内で攪拌翼により反応液を攪拌することにより形成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項5】
前記反応液の攪拌の際のせん断応力が0.02Pa以上であることを特徴とする請求項4記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項6】
前記反応液の攪拌の際の下記式(1)で示される邪魔板条件Lが0.14より大きいことを特徴とする請求項4又は5に記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【数1】

(式中、Bは邪魔板の幅、Dは攪拌槽の内径、nBは邪魔板の数である。)
【請求項7】
前記攪拌翼の位置が、相分離の後において長鎖脂肪酸アルキルエステルとグリセリン含有アルコールの液液界面にあるか、あるいはグリセリン含有アルコール相中に浸っていることを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項8】
前記アルキルアルコールの量が植物油あるいは動物性油脂の容量に対し0.2倍容量を超える量であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項9】
前記アルキルエステルがメチルエステルであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。
【請求項10】
前記完全乱流状態あるいは前記攪拌の時間が1分以上とされることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の長鎖脂肪酸アルキルエステル相とグリセリン含有アルコール相との相分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−1706(P2009−1706A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−164941(P2007−164941)
【出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】