説明

アルツハイマー病治療薬

【課題】脳内アセチルコリン量を増加させる新たなアルツハイマー病治療薬を提供する。
【解決手段】2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール又はそれらの塩を有効成分とするアルツハイマー病治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳内アセチルコリン量を増加させるアルツハイマー病治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病の最も重要な症状が認知症である。このアルツハイマー型認知症は、神経伝達物質であるアセチルコリンの脳内濃度が異常に低下しており、その結果認知機能が低下した状態である。従って、アルツハイマー病の治療には、脳内アセチルコリン量を増加させればよい。アセチルコリン量を増加させる手段には、アセチルコリン合成を促進させる手段、アセチルコリン遊離を促進させる手段あるいはアセチルコリンの分解を抑制する手段等が考えられる。アセチルコリンの分解を抑制する手段として、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤があり、この作用機序を有するアルツハイマー治療薬としてはタクリン、ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンが知られている(非特許文献1、2)。
【0003】
一方、ベンゾイルアミノチアゾール誘導体は、優れた消化管運動亢進作用を有し、上腹部不定愁訴、悪心、嘔吐、胸やけ等の症状を改善するための医薬として有用であることが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3181919号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】薬学雑誌 119(2)101−113(1999)
【非特許文献2】日薬理誌 124,163−170(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、脳内アセチルコリン量を増加させる新たなアルツハイマー病治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、種々の化合物を対象として、脳組織を用いて脳内アセチルコリン量を増加させる作用を有する薬物をスクリーニングしてきたところ、前記消化管運動亢進作用を有することが知られているベンゾイルアミノチアゾール誘導体の中の特定の3種の化合物が、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用は極めて弱いにもかかわらず、アルツハイマー病治療薬として広く用いられているドネペジルよりも顕著に優れた脳内アセチルコリン量増加作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール又はそれらの塩を有効成分とするアルツハイマー病治療薬を提供するものである。
また、本発明は、2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール又はそれらの塩を有効成分とする脳内アセチルコリン量増加剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアルツハイマー治療薬は、ドネペジルに比べてアセチルコリンエステラーゼ阻害作用は明確に弱いにもかかわらず、脳組織内のアセチルコリン量を顕著に増加させる作用を有することから、アルツハイマー型認知症の認知能力を改善する医薬として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のアルツハイマー治療薬の有効成分は、2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール(化合物1)、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール(化合物2)、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール(化合物3)又はそれらの塩であり、これらの化合物は次式で表される(以下、本発明化合物ともいう)。
【0011】
【化1】

【0012】
本発明化合物の塩としては、酸付加塩が挙げられ、より具体的には塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩等の有機酸塩が挙げられる。このうち、無機酸塩、特に塩酸塩が好ましい。また、本発明においては、これらの化合物の水和物も用いられる。
【0013】
本発明化合物は、前記特許文献1に記載の方法により製造することができる。
【0014】
本発明化合物又はその塩は、後述の実施例に示すように、脳組織におけるアセチルコリンエステラーゼ阻害作用をほとんど示さない用量で、顕著に優れた脳内アセチルコリン量を増加させる作用を有する。一方、ドネペジルは、本発明化合物と同じ用量で強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を示すが、脳内アセチルコリン量の増加作用は本発明化合物よりも明らかに低かった。また、特許文献1に記載の化合物であって、消化管運動亢進作用が優れており、機能性ディスペプシア治療作用を有するアコチアミド(2−[N−(4,5−ジメトキシ−2−ヒドロキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール)の脳内アセチルコリン増加作用は本発明化合物に比べて明らかに弱かった。本発明化合物の脳内アセチルコリン増加作用は、本発明化合物に特有の作用であり、その作用機序はアセチルコリンエステラーゼ阻害以外の作用によるものと考えられる。
【0015】
本発明のアルツハイマー病治療薬は、アルツハイマー型認知症における認知機能を改善し、アルツハイマー病の進行を抑制する。認知機能の改善としては、記憶、見当識、学習、注意、空間認知、問題解決力、などの改善がある。
【0016】
本発明のアルツハイマー病治療薬は、薬学的に許容されている担体や補助剤を配合して、経口的にも非経口的にも投与することができ、経口投与の形態としては、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のごとき固形製剤とすることができる。固形製剤においては、例えば乳糖、マンニット、トウモロコシデンプン、結晶セルロースなどの賦形剤;セルロース誘導体、アラビアゴム、ゼラチンなどの結合剤;カルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤;タルク、ステアリン酸マグネシウムなどの滑沢剤等、適当な添加剤と組み合わせることができる。
また、これらの固形製剤をヒドロキシメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、セルロースアセテートフタレート、メタアクリレートコーポリマーなどの被覆用基剤を用いて放出制御製剤とすることができ、さらに、液剤、懸濁剤、乳濁剤のごとき液体製剤とすることもできる。
【0017】
非経口投与の形態としては、注射剤とすることができる。この場合、例えば水、エタノール、グリセリン、慣用されている界面活性剤などと組み合わせることができる。また、適当な基剤を用いて坐剤とすることもできる。
【0018】
本発明のアルツハイマー病治療薬における本発明化合物の投与量は、その投与方法、製剤形態、患者の症状、年令、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定される。通常、成人に対する1日の経口投与量は、10〜1000mgであり、好ましくは50〜600mgであり、さらに好ましくは180〜500mgである。これを1日1回または2〜3回に分けて投与することが好ましい。
【実施例】
【0019】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0020】
試験例1
(ラット摘出脳を用いたアセチルコリンエステラーゼ(AChE)活性阻害作用)
ラット脳より調製したAChE標本を用いてAChE活性を測定した。測定法はGeorge,L.Eらの方法を基に一部変更して行った(Ellman et al.,Biochemical Pharmacol.,7:88−95、1961)。
ラットはエーテル過量吸入により麻酔し大脳を摘出した。大脳を湿重量の20倍量の0.5%トリトンX−100を含むリン酸緩衝液(PBS)中で氷冷下、ホモジナイズした。調製したホモジネートを5℃で3,000gxg、10分間の遠心分離を行い、得られた上清を酵素標本とした。
AChE活性は、発色基質である5,5’−ジチオビス−2−ニトロベンゾエート(DTNB)溶液(10mM DTNB及び0.15% NaHCO3を含むPBS)、200μM AthCh(Acetylthiocholine)、450μgプロテイン/mL酵素標本を含むPBS(酵素反応液)を混合し、37℃で30分間の反応を行い測定した。化合物のAChE阻害作用は、溶媒を添加した時の酵素活性と化合物を添加(最終濃度1μM)した時の酵素活性から阻害率を算出しAChE阻害作用とした。結果を表1に示す。
【0021】
試験例2
(ラット摘出脳スライスを用いたACh遊離促進作用)
ラットをエーテル過量吸入により麻酔し全脳を摘出した。全脳を脳スライサーにて幅2mmに切り分け脳スライスとした。脳スライスは37℃の人工脳脊髄液(124mM NaCl、3.0mM KCl、1.5mM CaCl2、1.3mM MgCl2、1.0mM NaHPO4、26mM NaHCO3、20mM グルコース含有)中でインキュベートし、電圧100V、頻度20Hz、刺激持続時間1.25msecで処理時間1分として電気刺激を行った。電気刺激後、脳スライスを急冷し100μM EDTAを含む0.1M 過塩素酸(PCA)溶液で反応を停止させた。反応停止後、内部標準液を添加し超音波破砕機でホモジネートを調製し、20,000xg、10分間の遠心分離を行い、得られた上清をpH5.0に調整し0.45μmマイクロフィルターにて濾過し、HPLC用サンプルとし、ACh分析用HPLCシステムにてACh量を測定した。化合物は電気刺激前に人工脳脊髄液中に添加(最終濃度1μM)した。電気刺激時の化合物による脳スライスからのACh量を、電気刺激のみ施行した脳スライスからのACh量から電気刺激しない脳スライスからのACh量を差し引いたACh量を100%として、化合物によるACh量上昇率を算出し化合物のACh遊離促進作用とした。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1から明らかなように、本発明化合物又はその塩は、脳組織におけるアセチルコリンエステラーゼ阻害作用をほとんど示さない用量で、顕著に優れた脳内アセチルコリン量を増加させる作用を有する。一方、ドネペジルは、本発明化合物と同じ用量で強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を示すが、脳内アセチルコリン量の増加作用は本発明化合物よりも明らかに低かった。また、アコチアミドの脳内アセチルコリン増加作用は本発明化合物に比べて明らかに弱かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール又はそれらの塩を有効成分とするアルツハイマー病治療薬。
【請求項2】
2−[N−(3,4−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[2−[(2−イミダゾリジニデン)イミノ]エチルアミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−ヒドロキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[[2−(N−イソプロピル−N−n−プロピルアミノ)エチル]アミノカルボニル]−1,3−チアゾール、2−[N−(2−アセチルオキシ−4,5−ジメトキシベンゾイル)アミノ]−4−[(2−ジイソプロピルアミノエチル)アミノカルボニル]−1,3−チアゾール又はそれらの塩を有効成分とする脳内アセチルコリン量増加剤。

【公開番号】特開2011−20957(P2011−20957A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167500(P2009−167500)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000108339)ゼリア新薬工業株式会社 (30)
【出願人】(592019213)学校法人昭和大学 (23)
【Fターム(参考)】