説明

アンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬投与有効群の選別方法

【課題】心筋梗塞発症患者の予後改善に、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与が有効な患者を選別する方法を提供する。また当該方法を簡便に実施するために有用な試薬および試薬キットを提供する。
【解決手段】被験者の生体試料を対象として、β1-アドレナリン受容体遺伝子(B1AR遺伝子)のコード領域1165番目の遺伝子型を検出して、Cのホモ接合体である場合にACEIまたはARBの投与が生命予後改善に有効であると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者固有の遺伝情報に基づいて、降圧薬として知られるアンギオテンシン変換酵素阻害薬(angiotensin converting enzyme inhibitor:以下「ACEI」ともいう)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blocker:以下「ARB」ともいう)の、心筋梗塞を発症した患者の予後リスク低減(予後改善)に対する有効性を検査するための方法およびその実施に使用する材料に関する。
【0002】
本発明の方法は、心筋梗塞を発症した患者の予後を改善する(予後リスクを低減する)ための有効且つ的確な治療指針を与えるものであり、個々の患者に応じて適切な治療方法が選択できる結果、治療が不要な患者に対して無効な治療をすることを避けると共に、必要な患者に対しては有効且つ的確な治療を施すことができる点で有用なものである。
【背景技術】
【0003】
心筋梗塞は欧米諸国において最も死亡率の高い疾患であり、また我が国でも心筋梗塞を含む循環器系の疾患患者にかかる医療費は、一般診療医療費の20%以上を占めている。心筋梗塞は、たとえ致死的ではないにしても、心不全や狭心症・難治性不整脈を合併するため発症後の患者の生活の質を著しく低下させ、また再発や上記の合併症などの発症によって、1年後の生存率が低い(予後リスクが高い)という事情から、発症を予防することは勿論のこと、予後を改善するための方法を確立することも急務とされている。
【0004】
心筋梗塞の予防や予後改善に、降圧薬であるアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が有効であることが海外のいくつもの大規模臨床試験で明らかになっている(例えば、非特許文献1〜3など参照)。
【0005】
アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)は、血管収縮ホルモンであるアンギオテンシンの生合成あるいは受容体への結合を阻害することによりその作用を減弱させ、心負荷を軽減させる薬剤である。さらに、これらの薬物では血圧の低下のみならず、心筋梗塞後の左室リモデリングと呼ばれる一連の変化を抑制し、心機能の保持に有効であるとされる。
【0006】
このように、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与が、心筋梗塞発症後の患者の生命予後を全体として改善することは明らかになっているものの、具体的にどのような患者群に対して有効であるのか未だ明らかになっていない。特に、近年は、Evidence Based Medicine (EBM)という理念のもと、医師の専門知識、経験および技術に加えて、科学的方法で確かめられた最新、最良の医療技術に関するエビデンス(証拠)をもとに、個々の患者に対して最も効果的で且つ安全な医療を施すことが求められるようになっているため、HMG-CoA還元酵素阻害薬の投与に対して有効な患者群を科学的根拠に基づいて明らかにすることは重要なことであると考えられる。また、そうすることが、医療費の効率的運用にもつながる。
【0007】
ところで、心筋梗塞の発症には、生活習慣等の非遺伝的因子のみならずいくつかの遺伝的因子が関わっていることが報告されている(非特許文献4及び5)。心筋梗塞の発症率は一般に高血圧、糖尿病、高脂血症などの危険因子の数に比例して高くなるものの(非特許文献6)、これらの危険因子を全く持たなくても心筋梗塞を発症する例があることは、心筋梗塞が遺伝的因子と関連する疾患であることを強く示唆するものである。
【0008】
心筋梗塞と関連する遺伝子(心筋梗塞関連遺伝子)として、従来、アンギオテンシン変換酵素(非特許文献7)、血小板糖タンパクIIIa(非特許文献8)、第7血液凝固因子、コレステロールエステル移送タンパク(非特許文献9)、リンホトキシンα遺伝子(LTA遺伝子)、NFKBIL1遺伝子およびBAT1遺伝子(以上、非特許文献10)、ヒトプロスタサイクリン合成酵素遺伝子(特許文献1)、コネキシン37遺伝子、腫瘍壊死因子α因子遺伝子、NADH/NADPHオキシダーゼp22フォックス遺伝子、アポリポプロテインE遺伝子、アポリポプロテインC-III遺伝子、血小板活性因子アセチルヒドラーゼ遺伝子、トロンボスポンジン4遺伝子、及びインターロイキン10遺伝子(以上、特許文献2)が同定され、その遺伝子多型〔例えば、SNPs(single nucleotide polymorphisms;単一塩基多型)〕と心筋梗塞との関連が報告されている。
【0009】
しかしながら、これらの心筋梗塞関連遺伝子の遺伝子多型が、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)有効群の選別指標になることについては知られておらず、心筋梗塞発症者の生命予後を改善するという目的で、これらの遺伝子多型を指標としてアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)投与有効群を抽出し、個別医療を行うという発想はまだない。
【非特許文献1】Swedberg K et al on behalf of the CONSENSUS II study group., N Engl J Med. 1992; 327: 678-684
【非特許文献2】Dickstein K, Kjekshus J and the OPTIMAAL steering committee, Lancet. 2002; 360: 752-60
【非特許文献3】Pfeffer MA et al, N Engl J Med. 2003; 349: 1893-906
【非特許文献4】Marenberg ME, et al., N Engl J Med 1994, 330, 1041-1046
【非特許文献5】Nara JJ, et al., Circulation, 1980, 61,503-508
【非特許文献6】Cambien F, et al., Nature 1992, 359, 641-644
【非特許文献7】Weiss EJ, et al., N Engl J Med 1996, 334, 1090-1094
【非特許文献8】Kuiven hoven JA, et al., N Engl J Med 1998, 338, 86-93
【非特許文献9】Ozaki,K., et al: Nature Genet 32, 650-654 (2002)
【特許文献1】特開2002-136291号公報
【特許文献2】特開2004-24036号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述するように、近年、ゲノム全領域からSNPを対象として、心筋梗塞患者と一般集団とのSNPのアレル頻度の違い(SNPタイピング)が検討され、有意差のある候補SNPが複数同定されている(例えば、非特許文献9等)。しかしながら、心筋梗塞を発症した患者の予後改善に対するアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の有効性を判定する因子としてβ1-アドレナリン受容体(Beta 1-adrenergic receptor:以下「B1AR」ともいう)の遺伝子多型を用いるという方法は知られていない。
【0011】
本発明の目的は、心筋梗塞発症患者に対するアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の有効性に関わる遺伝子(以下、「ACEI/ARB感受性遺伝子」という)、並びに心筋梗塞発症後の予後改善に対する有効性の判定指標となる遺伝子多型を提供し、さらにこの情報をもとにして、心筋梗塞発症後の予後改善にアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が有効に作用する心筋梗塞発症患者(ACEIまたはARB有効群、以下「ACEI/ARB有効群」という)を選別する方法を提供することを目的とする。さらに本発明の目的は、当該方法を簡便に実施するために有用な試薬および試薬キットを提供することである。
【0012】
さらに本発明は、心筋梗塞発症患者の予後リスクを低減する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、β1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子のコード領域1165位にC(シトシン)をホモ接合体(C/C)として有する被験者(CCゲノタイプ保有者)は、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)による予後改善効果が顕著であり、ACEIまたはARB投与によってその予後が著しく改善すること、一方、当該コード領域1165位にG(グアニン)をホモ接合体(G/G)またはヘテロ接合体(C/G)として有する被験者(Gアレル保有者)は、ACEIまたはARBによる予後改善効果は低く、ACEIまたはARBを投与してもそれ以上の予後の改善が認められないことを見いだした。なお、B1AR遺伝子のコード領域1165位の塩基の違い(CであるかGであるか)によってB1ARのアミノ酸配列上のアミノ酸が相違する。具体的には、B1AR遺伝子のコード領域1165位がC(シトシン)である場合、B1ARの389位はArg(アルギニン)となり、B1AR遺伝子のコード領域1165位がG(グアニン)である場合、B1ARの389位はGly(グリシン)となる。
【0014】
すなわち、B1AR遺伝子のコード領域1165位がCのホモ接合体(C/C型)であるか、またはB1ARの389位がArgのホモ接合体(Arg/Arg型)である被験者は、「ACEI/ARB有効群」として分類することができ、一方、B1AR遺伝子のコード領域1165位がGのホモ接合体(G/G型)またはヘテロ接合体(G/C型若しくはC/G型)(総じて「Gアレル型」ともいう)であるか、またはB1ARの389位がGlyのホモ接合体(Gly/Gly型)またはヘテロ接合体(Gly/Arg若しくはArg/Gly)である被験者は、「ACEI/ARB非有効群」として分類することができる。
【0015】
以上の知見から、本発明者らは、心筋梗塞を発症した患者についてB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型またはB1ARの389位のアミノ酸を検出することにより、当該患者について、心筋梗塞の再発やそれに関連する疾患を発症して死に至り得る潜在的な危険度を低減する治療法としてアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)投与が有効な群(ACEI/ARB有効群)と、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)投与が有効でない群(ACEI/ARB非有効群)とに、高い精度をもって分類することができること、そして、選別されたACEI/ARB有効群に対して選択的にACEIまたはARBを投与することによって、当該心筋梗塞発症患者に対して効率的に有効且つ的確な治療が可能になることを確信して、本発明を完成するにいたった。
【0016】
すなわち、本発明は、下記の態様を有するものである。
【0017】
(I)第一の態様において、本発明は心筋梗塞を発症した患者について、心筋梗塞発症後の予後の改善に対してアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与が有効であるか(ACEI/ARB有効群であるか)否かを判定し、ACEI/ARB有効群を選別するための方法に関する。
【0018】
この方法は、心筋梗塞を発症した患者について、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を検出し同定すること、またはB1ARの389位のアミノ酸を検出し同定することを含む。その結果、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型がC(シトシン)のホモ接合体(C/C型)である場合、またはB1ARの389位のアミノ酸がArg(アルギニン)のホモ接合体(Arg/Arg型)である場合を、ACEI/ARB有効群として選別する。一方、上記1165位の遺伝子型がGのホモまたはヘテロ接合体(G/G型またはG/C若しくはC/G型)である場合、またはB1ARの389位のアミノ酸がGlyのホモまたはヘテロ接合体(Gly/Gly型、またはGly/Arg若しくはArg/Gly型)である場合は、ACEI/ARB非有効群として判定される。
【0019】
当該本発明の方法は、具体的には、下記の工程(a)および(b)を行うことによって実施することができる:
(a)心筋梗塞患者の生体試料を対象として、β1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を検出する工程、
(b)B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、Cのホモ接合体であるか否かを識別する工程。
【0020】
当該方法は、上記工程(a)および(b)に加えて下記の工程(c)を含むことができ、これらの工程(a)〜(c)を行うことにより実施することができる:
(c)B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、Cのホモ接合体である場合に当該患者をACEI/ARB有効者として判定する工程。
【0021】
また本発明は、下記の工程(a’)および(b’)を行うことによっても実施することができる:
(a’)心筋梗塞患者の生体試料を対象として、β1-アドレナリン受容体(B1AR)の389位のアミノ酸を検出する工程、
(b’)B1ARの389位のアミノ酸が、Argのホモ接合体であるか否かを識別する工程。
【0022】
当該方法は、上記工程(a’)および(b’)に加えて下記の工程(c’)を含むことができ、これらの工程(a’)〜(c’)を行うことにより実施することができる:
(c’)B1ARの389位のアミノ酸が、Argのホモ接合体である場合に当該患者をACEI/ARB有効者として判定する工程。
【0023】
(II)第二の態様において、本発明は心筋梗塞を発症した患者についてACEI/ARB有効者であるか否かを選別するための試薬または試薬キットに関する。当該試薬は、下記(1)に記載するプライマー、または下記(2)に記載するプローブのいずれかを含むものである。また試薬キットは、下記の(1)プライマーと(2)プローブとを別個に包装された形で含むものである:
(1) ヒト第10染色体(10q24-q26)のβ1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子を含む塩基配列において、B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16塩基長以上の連続したオリゴ若しくはポリヌクレオチドにハイブリダイズし、当該オリゴ若しくはポリヌクレオチドを特異的に増幅するために用いられる15〜35塩基長のオリゴヌクレオチドまたはその標識物からなるプライマー、
(2) ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列において、B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16〜500塩基長の連続したオリゴ若しくはポリヌクレオチドまたはその相補配列にハイブリダイズする16〜500塩基長のオリゴ若しくはポリヌクレオチドまたはその標識物からなる固相に固定されていてもよいプローブ。
【0024】
(III)第三の態様において、本発明は心筋梗塞を発症した患者に対して、個別に治療方針を選択し決定して、心筋梗塞発症後の予後リスクを低減する方法に関する。当該方法は、具体的には、上記(1)に記載する方法(ACEI/ARB有効群の選別方法)により、心筋梗塞発症後の予後改善にアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与が有効であると判定された心筋梗塞患者(ACEI/ARB有効者)に対して、予後改善のための治療指針としてACEIまたはARBの投与を選択することによって行われる。かかる本発明の方法で決定した治療方針(投与薬の選択)に従って、ACEI/ARB有効群にACEIまたはARBが処方されることによって、心筋梗塞発症患者の心筋梗塞発症後の予後リスクを効率的かつ的確に低減することが可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、心筋梗塞を発症した患者について、ACEI/ARB感受性遺伝子であるβ1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子を対象として、そのコード領域1165位に位置する遺伝子型を測定し、当該遺伝子型がCのホモ接合体であるか否かを判定することにより、またはB1ARを対象として、その389位に位置するアミノ酸を測定し、当該アミノ酸がArgのホモ接合体であるか否かを判定することにより、当該患者の心筋梗塞発症後に投与されたアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の有効性を判定することができる。具体的には、その有効性が高いと判断された患者(B1AR遺伝子のコード領域1165位がCのホモ接合体またはB1ARの389位がArgのホモ接合体である患者)に対しては、ACEI/ARB有効群であるとして、治療方針としてACEIまたはARBを積極的に投与するという選択を行うことができる。
【0026】
これは逆に、本発明を利用してB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を測定し、Cのホモ接合体でないこと(すなわち、Gのホモまたはヘテロ接合体であること)、またはB1ARの389位のアミノ酸を測定し、Argのホモ接合体でないこと(すなわち、Glyのホモまたはヘテロ接合体であること)を指標とすることにより、ACEIまたはARBの有効性が低い患者(ACEI/ARB非有効群)を選択することができる。当該患者は、心筋梗塞の予後改善にACEIまたはARBの投与が有効ではないことから、ACEIまたはARBを投与する治療を施さないか、ACEIまたはARB投与以外の治療を施すという選択肢を与えることができる。このことは、不必要(無効)な治療を行うことによって生じる治療の費用(保健)の負担増を低減するとともに、ACEIまたはARBの投与によって生じ得る副作用を低減するという両面において有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
1.本発明で使用する用語の定義
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)や核酸またはアミノ酸などの略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAc-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0028】
本明細書中において「遺伝子」は、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが含まれる、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0029】
なお、本明細書に記載するβ1-アドレナリン受容体(B1AR)(beta1-adrenergic receptor)やその遺伝子〔β1-アドレナリン受容体遺伝子、または単に「B1AR遺伝子」という〕の配列や位置情報は、いずれも米国のNCBI(the National Center for Biotechnology Information)のデータベースに基づくものである。
【0030】
また、本明細書中において、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は、核酸と同義であって、DNAおよびRNAの両方を含むものとする。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。さらに、「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)がRNAである場合、配列表に示される塩基記号「T」は「U」と読み替えられるものとする。
【0031】
本明細書において「遺伝子多型」とは、2つ以上の遺伝的に決定された対立遺伝子がある場合にそれらの対立遺伝子を指す。具体的には、ヒトの集団において、ある一個体のゲノム配列を基準として、他の1または複数の個体ゲノム中の特定部位に、1又は複数のヌクレオチドの置換、欠失、挿入、転移、逆位などの変異が存在するとき、その変異が当該1または複数の個体に生じた突然変異でないことが統計学的に確実か、または当該個体内特異変異でなく、1%以上の頻度で集団内に存在することが家系的に証明される場合、その変異を「遺伝子多型」とする。本明細書で用いる「遺伝子多型」の意味には、単一のヌクレオチドの変化によって引き起こされる多型であるいわゆる1塩基多型〔Single Nucleotide Polymorphism:SNP(又はSNPs)〕が含まれる。「一塩基多型」とは、単一の核酸の変化によって引き起こされる多型である。多型は選択された集団の1%より大きな頻度、好ましくは10%以上の頻度で存在する。
【0032】
本発明において「遺伝子型を検出する」または「遺伝子型を判定する」とは、解析対象の被験者のB1AR遺伝子が、そのコード領域の塩基番号1165位においてどのような遺伝子型を有するかを調べることを意味する。具体的には、被験者の生体試料から得られるB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、C/C型(1165位の塩基が両アレルともにCであるホモ接合体)〔本発明において「Cのホモ接合体」という〕、C/GまたはG/C(1165位の塩基がCのアレルとGのアレルとのヘテロ接合体)、G/G(1165位の塩基が両アレルともにGのホモ接合体)〔本発明においてこれらの場合をまとめて「Gアレル型」という〕のいずれであるかを調べることを意味する。
【0033】
また本発明において「アミノ酸を検出する」または「アミノ酸を判定する」とは、解析対象の被験者のβ1-アドレナリン受容体(B1AR)のアミノ酸配列の389位がどのようなアミノ酸であるかを調べることを意味する。具体的には、被験者の生体試料から得られるB1ARの389位のアミノ酸が、Arg/Arg型(対立遺伝子のアレル型に基づいて389位のアミノ酸がともにArgであるホモ接合体)〔本発明において「Argのホモ接合体」という〕、Gly/ArgまたはArg/Gly(対立遺伝子のアレル型に基づいて389位のアミノ酸がGlyとArgとのヘテロ接合体)、Gly/Gly(対立遺伝子のアレル型に基づいて389位のアミノ酸がともにGlyであるホモ接合体)〔本発明においてこれらの場合をまとめて「Glyのホモまたはアレル接合体」という〕のいずれであるかを調べることを意味する。
【0034】
本明細書において「ACEI/ARB感受性遺伝子」とは、心筋梗塞発症患者について、心筋梗塞の予後改善に対するアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の有効性に関わる遺伝子のことをいう。
【0035】
本発明において「心筋梗塞患者」または「心筋梗塞発症患者」とは、1)30分以上持続する胸痛、2)心電図におけるST部分の変化、3)心筋逸脱酵素の上昇のうち少なくとも2つを満たし、心筋梗塞と診断された患者を意味する(WHOの診断基準、1979年)
本発明において「予後リスク」とは、心筋梗塞を発症した患者が、生存退院した後、心筋梗塞を再発するか、または心筋梗塞に関連する疾患(例えば狭心症、鬱血性心不全、致死性不整脈などの心血管疾患、脳卒中などの脳血管疾患、その他の臓器不全など)を発症することに基づいて、死に至る確率を意味する。本発明において「予後が不良」または「予後リスクが高い」とは、心筋梗塞生存退院から1年以内に、上記原因によって死亡する確率が2%以上であることを意味し、逆に「予後が良好」または「予後リスクが低い」とは、心筋梗塞生存退院から1年以内に、上記原因によって死亡する確率が2%未満であることを意味する。
【0036】
本発明において「予後改善」とは、心筋梗塞を発症した患者が、生存退院した後に、心筋梗塞を再発するか、または心筋梗塞に関連する疾患を発症する確率(危険度)が低減することを意味する。
【0037】
2.ACEI/ARB感受性遺伝子
本発明者らは、β1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子のコード領域1165位がCのホモ接合体である患者は、降圧薬であるアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)による生命予後改善または心血管イベント抑制効果が大きく、心筋梗塞発症後、ACEIまたはARBを投与することによって予後が良好に改善すること(予後リスクが低減すること)、それに対して、B1AR遺伝子のコード領域1165位がGのホモまたはヘテロ接合体の患者はACEIまたはARBによる生命予後改善または心血管イベント抑制効果が小さく、心筋梗塞発症後、ACEIまたはARBを投与しても予後に影響しない(現状以上の改善効果が認められない)ことを確認し、上記B1AR遺伝子およびそのコード領域1165位の遺伝子型がACEIまたはARBの有効性と有意に関係していることを確信した。
【0038】
このことから、本発明者らは、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型またはそれに対応するB1ARの389位のアミノ酸を指標とすることによって、心筋梗塞を発症した患者の心筋梗塞発症後の予後改善(予後リスク低減)にACEIまたはARBの投与が有効であるか否かを判断することができることを確信した。
【0039】
斯くして得られた知見に基づいて、本発明はACEIまたはARBの感受性遺伝子(ACEI/ARB感受性遺伝子)として、B1AR遺伝子(1723bp)を提供する。なお、B1AR遺伝子(gene)の塩基配列を配列番号1に示す。当該B1AR遺伝子は、前述するようにヒト第10染色体上の10q24-q26遺伝子座の115793796〜115795518領域に位置する〔ヒト第10染色体(Genbank Accession No. NC_000010.9)の115793796位から115795518位に位置する〕。なお、当該B1AR遺伝子のコード領域は87〜1518位に位置する。
【0040】
3.ACEI/ARB有効群選別マーカー
本発明は、心筋梗塞発症患者の中から、心筋梗塞発症後の予後改善にACEIまたはARBの投与が有効な患者(ACEI/ARB有効群)を選別するためのマーカー(ACEI/ARB有効群選別マーカー)として、心筋梗塞発症患者の予後改善に対するACEIまたはARB投与の有効性を決定する遺伝子(またはオリゴもしくはポリヌクレオチド)を提供する。
【0041】
心筋梗塞発症患者を対象として、当該ACEI/ARB有効群選別マーカーを検出することにより、当該患者についてACEIまたはARB投与による治療が心筋梗塞発症後の予後(再発や心筋梗塞に関連する疾患の発症によって死にいたる潜在的可能性)の改善に有効どうかを評価することができる。
【0042】
かかるACEI/ARB有効群選別マーカーとして、具体的には、ヒト第10染色体(Genbank Accession No. NC_000010.9)の115793796位から115795518位に位置するB1AR遺伝子(Accession No. J03019)の塩基配列(配列番号1)において、ハプロタイプブロックに存在する遺伝子多型(B1AR遺伝子のコード領域1165位、以下、これを「SNP1165」ともいう)(塩基CまたはG)を含むオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる。なお、当該コード領域1165位は、B1AR遺伝子の全領域(1723bp)の1251位に相当する。これらのオリゴまたはポリヌクレオチドの長さ(塩基長)は、ヒトゲノム上で特異的に認識される長さであればよく、その限りにおいて特に制限されない。通常10塩基長以上、好ましくは20塩基長以上である。
【0043】
具体的には、ヒト第10染色体(10q24-q26)の塩基配列において、B1AR遺伝子(NC_000010.9の115793796位から115795518位)の遺伝子多型部位「SNP1165」(B1AR遺伝子のコード領域1165位)(ACEI/ARB感受性SNP)を中心として塩基長51〜601のオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる〔例えば、51塩基(SNP1165 の5’側及び3’側に各25塩基を有する:配列番号2)、201塩基(SNP1165の5’側及び3’側に各100塩基を有する:配列番号3)、または601塩基(SNP1165の5’側及び3’側に各300塩基を有する:配列番号4〕。
【0044】
また、上記のようなACEI/ARB有効性を決定する遺伝的素因マーカー(SNP1165)を含む遺伝子(またはオリゴもしくはポリヌクレオチド)そのものでなく、遺伝的素因を反映した遺伝子産物(例えば、mRNAまたはその派生物(cDNA)、蛋白質)も、ACEI/ARB有効群を選別するマーカーとして利用することができる。
【0045】
かかる選別マーカーの一例として、B1AR遺伝子の発現産物であるβ1-アドレナリン受容体(B1AR)、またはこれをコードするオリゴまたはポリヌクレオチド(mRNAまたはcDNA)を挙げることができる。B1ARのアミノ酸配列(477アミノ酸)を配列番号5に、それをコードするcDNA配列(1431bp)を配列番号6に記載する。
【0046】
4.ACEI/ARB有効群の選別方法
本発明は、心筋梗塞を発症した患者に対して、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与が、心筋梗塞の再発や関連疾患の発症によって死にいたる予後リスクの低減に有効であるか否かを判定し、ACEI/ARB有効群を選別する方法を提供する。
【0047】
心筋梗塞を発症した患者のうち、先天的に(遺伝的に)B1AR遺伝子の1165位がCのホモ接合体である患者は、前述するようにACEIまたはARBに対する感受性が高く、ACEIまたはARBの投与が、予後改善(予後リスクの低減)に有効に作用する。一方、心筋梗塞を発症した患者のうち、先天的に(遺伝的に)B1AR遺伝子の1165位がGのホモまたはヘテロ接合体である患者は、前述するようにACEIまたはARBに対する感受性が低く、ACEIまたはARBの投与が、現状以上の予後改善(予後リスクの現状以上の低減)にさほど有効に作用しない。
【0048】
心筋梗塞患者が、ACEI/ARB有効者であるか(ACEI/ARB有効群に属するか)、それともACEI/ARB非有効者であるか(ACEI/ARB非有効群に属するか)を検出する方法としては、心筋梗塞患者の生体試料を対象として、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を検出する方法を挙げることができる。
【0049】
当該検出方法は、具体的には、心筋梗塞患者のB1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)の遺伝子型がCのホモ接合体(C/C型)であるか、Gのホモ接合体(G/G型)またはヘテロ接合体(G/C若しくはC/G型)であるかを同定する方法である。
【0050】
B1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)の遺伝子型がCのホモ接合体である場合は、当該患者はACEIまたはARBに対して感受性が高く、これら薬物の投与は心筋梗塞予後改善に有効である(ACEI/ARB有効者)と判定することができる。一方、B1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)の遺伝子型がGのホモまたはヘテロ接合体である場合は、当該患者はACEIまたはARBに対して感受性が低く、これらの薬物の投与は心筋梗塞予後改善に有効でない(ACEI/ARB非有効者)と判定することができる。
【0051】
かかる遺伝子型の検出は、具体的には、(1)被験者のゲノムDNAを対象として、B1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)を含む領域でPCRを行い、SSCP法で検出する方法、(2) 被験者のゲノムDNAを対象として、B1AR遺伝子のSNP1165を含む領域でPCRを行い、PCR産物に対する制限酵素の切断様式から検出する方法、(3)同PCR産物を直接シーケンシングして、配列を決定する方法、(4) 被験者のゲノムDNAを対象として、B1AR遺伝子のSNP1165を有する領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用し、個体のDNAとハイブリダイズさせるASO(allele specific oligonucleotide)法、(5) 被験者のゲノムDNAを対象として、B1AR遺伝子のSNP1165を有する領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用して、質量分析装置等で検出する方法など、公知の方法を用いることにより行うことができる。
【0052】
より具体的な検出方法として、B1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)の遺伝子型(C/C、C/GまたはG/G)を識別する方法を例示することができる。当該検出方法は、以下の工程(a)及び(b)を行うことによって実施することができる:
(a)心筋梗塞患者の生体試料を対象として、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を検出する工程、
(b)上記B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、Cのホモ接合体であるか否かを識別する工程。
【0053】
なお、(a)の工程は、具体的には心筋梗塞患者の生体試料から抽出したゲノムDNAを対象として行うことができる。ここでコード領域1165位の遺伝子型の検出は、実際は抽出したゲノムDNA上においてB1AR遺伝子を特定して対象とする必要はなく、抽出したゲノムDNAそのものを対象として、その塩基配列に存在する、例えば配列番号7記載の塩基配列と配列番号8記載の塩基配列により挟まれた塩基を識別することによって行うことができる。
【0054】
ここで、配列番号7で示される塩基配列は、ヒト第10染色体(10q24-q26)の塩基配列において、前述するACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)のコード領域1165番目の塩基(SNP1165)(Genbank Sequence Accession IDs: NC_000010.9の115793796..115795518領域に位置する1251番目の塩基)(ACEI/ARB感受性SNP)の5’側(上流側)に位置する300塩基長の塩基配列に該当し、配列番号8で示される塩基配列は、ヒト第10染色体(10q24-q26)の塩基配列において、上記ACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)の1251番目の塩基(SNP1165)の3’側(下流側)に位置する300塩基長の塩基配列に該当する。ここで検出する対象の塩基は、配列番号7及び配列番号8で示される各塩基配列に挟まれた、ACEI/ARB感受性SNPに相当するSNP1165(Genbank Sequence Accession IDs: NC_000010.9の115793796.. 115795518領域に位置する1251番目の塩基)である。
【0055】
当該検出によって、SNP1165の塩基がC(シトシン)のホモ接合体(C/C)である場合、当該ゲノムDNA試料を提供した心筋梗塞患者は、心筋梗塞を発症して生存退院した後、ACEIまたはARBに対する感受性が相対的に高く、これらの投薬が予後改善に有効である(ACEI/ARB有効者)と判断することができる。逆に、SNP1165の塩基がC(シトシン)とG(グアニン)のヘテロ接合体(C/G型またはG/C型)であるか、またはG(グアニン)のホモ接合体(G/G型)である場合(すなわち、Gアレル型である場合)、当該ゲノムDNA試料を提供した心筋梗塞患者は心筋梗塞を発症して生存退院した後、ACEIまたはARBに対する感受性が相対的に低く、これらの投薬は予後改善に有効ではない(ACEI/ARB非有効者)と判断することができる。
【0056】
上記本発明の方法は、さらに下記の工程(c)を有することが好ましい:
(c)上記(b)の結果に基づいて、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型(すなわち、配列番号7記載の塩基配列と配列番号8記載の塩基配列により挟まれた塩基の遺伝子型)が、Cのホモ接合体(C/C型)である場合に、当該被験者をACEI/ARB有効者として判定する工程。
【0057】
なお、上記工程(a)と工程(b)は、公知の方法〔例えば、Bruce, et al., Geneme Analysis/A laboratory Manual (vol.4), Cold Spring Harbor Laboratory, NY., (1999)〕を用いて行うことができる。
【0058】
工程(a)で対象とする生体試料としては、前述するように具体的にはゲノムDNAを挙げることができる。かかるゲノムDNAは、心筋梗塞患者および臨床検体等から単離されたあらゆる細胞(培養細胞を含む。但し生殖細胞は除く)、組織(例えば、肝臓等。培養組織を含む)、または体液(例えば、血液、唾液、リンパ液、気道粘膜、精液、汗、尿等)などの生体試料を材料として調製することができる。該材料としては末梢血から分離した白血球または単核球が好ましく、特に白血球が最も好適である。これらの材料は、臨床検査において通常用いられる方法に従って単離することができる。
【0059】
例えば白血球を材料とする場合、まず心筋梗塞患者より単離した末梢血から常法に従って白血球を分離する。次いで、得られた白血球にプロティナーゼKとドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を加えてタンパク質を分解、変性させた後、フェノール/クロロホルム抽出を行うことによりゲノムDNA(RNAを含む)を得る。RNAは、必要に応じてRNaseにより除去することができる。なお、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook J. et. al., “Molecular Cloning: A Laboratry Manual (2nd Ed.)”Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行なうことができる。さらに必要に応じて、ヒト第10染色体上のB1AR遺伝子またはそのイントロン1を含むDNAを単離してもよい。当該DNAの単離は、B1AR遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用いて、ゲノムDNAを鋳型としたPCR等によって行うことができる。
【0060】
工程(b)において、上記のようにして得られたヒトゲノムDNAを含む抽出物から、ACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)、すなわちB1AR遺伝子のコード領域1165位に位置するSNP1165の塩基を識別する。なお、当該塩基の識別は、ヒトゲノムDNAを含む試料からさらに単離したヒト第10染色体上のB1AR遺伝子、好ましくはその塩基配列を直接決定し、当該B1AR遺伝子のコード領域1165番目(Genbank Sequence Accession IDs: NC_000010.9の115793796.. 115795518領域の1251番目)に位置する塩基の種類(CまたはG)を調べる方法によってもよい。
【0061】
例えば目的の塩基を識別する方法としては、上記のように該当領域の遺伝子配列を直接決定する方法の他に、多型配列が制限酵素認識部位である場合は、制限酵素切断パターンの相違を利用して遺伝子型を決定する方法(以下、RFLPという)、多型特異的なプローブを用いハイブリダイゼーションを基本とする方法(TaqMan)(例えば、チップやガラススライド、ナイロン膜上に特定なプローブを張り付け、それらのプローブに対するハイブリダイゼーション強度の差を検出することによって、多型の種類を決定する、または、特異的なプローブのハイブリダイゼーションの効率を、鋳型2本鎖増幅時にポリメレースが分解するプローブの量を検出することにより遺伝子型を特定する方法、ある種の2本鎖特異的な蛍光色素が発する蛍光を、温度変化を追うことにより2本鎖融解の温度差を検出し、これにより多型を特定する方法、多型部位特異的なオリゴプローブの両端に相補的な配列を付け、温度によって該当プローブが自己分子内で2次構造をつくるか、ターゲット領域にハイブリダイズするかの差を利用して遺伝子型を特定する方法など)がある。また、さらに鋳型特異的なプライマーからポリメレースによって塩基伸長反応を行わせ、その際に多型部位に取り込まれる塩基を特定する方法(ダイデオキシヌクレオタイドを用い、それぞれを蛍光標識し、それぞれの蛍光を検出する方法、取り込まれたダイデオキシヌクレオタイドをマススペクトロメトリーにより検出する方法)、さらに鋳型特異的なプライマーに続いて変異部位に相補的な塩基対または非相補的な塩基対の有無を酵素によって認識させる方法などがある。
【0062】
以下、従来公知の代表的な遺伝子多型の検出方法を列記するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0063】
(a)RFLP(制限酵素切断断片長多型)法、(b)PCR−SSCP法(一本鎖DNA高次構造多型解析)〔Biotechniques, 16, 296-297 (1994)、及びBiotechniques, 21, 510-514 (1996)〕、(c)ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189, 153-157 (1990)〕、(d)ダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11, 246-249 (1991)〕、(e)ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nuc. Acids. Res., 19, 3561-3567 (1991);Nuc. Acids. Res., 20, 4831-4837 (1992)〕、(f)変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis;DGGE)法〔Biotechniques, 27, 1016-1018 (1999)〕、(g)RNaseA切断法〔DNA Cell. Biol., 14, 87-94 (1995)〕、(h)化学切断法〔Biotechniques, 21, 216-218 (1996)〕、(i)DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8, 549-556 (1998)〕、(j)TaqMan−PCR法〔Genet. Anal., 14, 143-149 (1999);J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996)〕、(k)インベーダー法〔Science, 5109, 778-783 (1993);J.Biol.Chem., 30,21387-21394 (1999);Nat. Biotechnol., 17, 292-296 (1999)〕、(l)MALDI−TOF/MS法(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7, 378-388 (1997);Eur.J.Clin.Chem.Clin.Biochem., 35, 545-548 (1997)〕、(m)TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 10756-10761 (1997)〕、(n)モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol., 1, p49-53 (1998);遺伝子医学、4, p46-48 (2000)〕、(o)ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション(Dynamic Allele-Specific Hybridization;DASH)法〔Nat.Biotechnol.,1.p.87-88 (1999);遺伝子医学,4, 47-48 (2000)〕、(p)パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet.,3,p225-232 (1998) ;遺伝子医学,4, p50-51 (2000)〕、(q)UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームぺージ(
1162201896890_0
)参照〕、(r)DNAチップまたはDNAマイクロアレイ(「SNP遺伝子多型の戦略」松原謙一・榊佳之、中山書店、p128-135)、(s)ECA法〔Anal. Chem., 72, 1334-1341, (2000)〕。
【0064】
以上は代表的な遺伝子多型検出方法であるが、本発明のACEI/ARB有効群の選別には、これらに限定されず、他の公知または将来開発される遺伝子多型検出方法を広く用いることができる。また、本発明の遺伝子多型検出に際して、これらの遺伝子多型検出方法を単独で使用してもよいし、また2以上を組み合わせて使用することもできる。
【0065】
一例として、PCR−RFLP法を用いる場合のsenseプライマー、antisenseプライマーおよび制限酵素の組み合わせの例示と、各ケースにおけるB1AR遺伝子のコード領域1165位(またはB1ARの389位)の相違に基づく制限酵素切断パターン(切断片の長さまたは切断の有無)の違いを表1に示す。
【0066】
【表1】

【0067】
また他の例として、TaqManPCR法を用いる場合のsenseプライマー、antisenseプライマーおよびプローブの組み合わせの例示を表2に示す。
【0068】
【表2】

【0069】
なお、本発明の方法は、B1AR遺伝子のコード領域1165番目(SNP1165)の遺伝子型の別を直接検出する方法に限らず、当該遺伝子型の違いによって生じる、遺伝子産物(β1-アドレナリン受容体:B1AR)のアミノ酸の相違を検出する方法であってもよい。具体的には、B1AR遺伝子のコード領域1165番目(SNP1165)がCのホモ接合体である場合には、B1ARの389位のアミノ酸はArgのホモ接合体となり、B1AR遺伝子のコード領域1165番目(SNP1165)がGのホモまたはヘテロ接合体(G/G型またはG/C型若しくはC/G型)である場合には、B1ARの389位のアミノ酸はGlyのホモまたはヘテロ接合体(Gly/Gly型またはGly/Arg型若しくはArg/Gly型)となる。従って、B1ARの389位のアミノ酸を検出し同定することによっても、心筋梗塞発症患者についてACEI/ARB有効者とACEI/ARB非有効者の別を選別することができる。
【0070】
本発明の方法により、ACEI/ARB有効群と判断された心筋梗塞発症患者に対しては、心筋梗塞発症後に早期からACEIまたはARBを投与することによって、心筋梗塞の再発や関連疾患の発症による予後の悪化を改善し、生存率を高めることができる。
【0071】
ACEIまたはARBは、アンギオテンシンIIの生合成阻害(血管収縮物質であるアンギオテンシンIIの生合成の過程で必要なアンギオテンシン変換酵素を阻害してアンギオテンシンIIの生合成を抑制する作用)または受容体結合阻害作用を有する薬物である。ACEIの例として、制限されないが、具体的にはカプトプリル(商品名:カプトリル)、エナラプリル(商品名:ロンゲス)、トランドラプリルを例示することができる。またARBの具体例として、制限されないが、具体的にはロサルタン(商品名:ニューロタン)、バルサルタン(商品名:ディオバン)、カンデサルタン(商品名:ブロプレス)、オルメサルタン(商品名:オルメテック)及びテルミサルタン(商品名:ミカルディス)を例示することができる。
【0072】
5.ACEI/ARB有効群を選別するための試薬、これを含むキット
(1)プローブ
目的とする遺伝子多型(ACEI/ARB感受性SNP、SNP1165)並びに当該塩基を含むオリゴまたはポリヌクレオチドの検出には、ヒト第10染色体(10q24-q26)の塩基配列において、ACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)のコード領域1165番目に位置するACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)を含むオリゴまたはポリヌクレオチドまたはその相補配列に特異的にハイブリダイズし、当該SNP(SNP1165)を検出することができるオリゴまたはポリヌクレオチドが用いられる。かかるオリゴまたはポリヌクレオチドは、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列において、上記SNP1165を含む16〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長の連続した遺伝子領域と特異的にハイブリダイズするように、上記塩基長を有するオリゴまたはポリヌクレオチドとして設計される。
【0073】
ここで「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbour Laboratory Press, New York, USA, 第2版、1989に記載の条件)において、他のDNAとクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。好適には当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、上記検出するSNP(SNP1165)を含む遺伝子領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有することが望ましいが、かかる特異的なハイブリダイゼーションが可能であれば、完全に相補的である必要はない。
【0074】
かかるオリゴまたはポリヌクレオチドとして、ヒト第10染色体(10q24-q26)のACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)を含む塩基配列において、当該B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)を含むオリゴまたはポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズし、当該SNPを検出することができるオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる。具体的には、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列において、当該B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16〜500塩基長の連続したオリゴまたはポリヌクレオチドにハイブリダイズする16〜500塩基長のオリゴまたはポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0075】
当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、心筋梗塞を発症して生存退院した患者について、心筋梗塞の再発や関連疾患の発症によって死に至り得る潜在的危険性(予後リスク)を改善するためにACEIまたはARBの投与が有効であるか否かを選別する(ACEI/ARB有効群の選別)ための「プローブ」として設計される。なお、これらのオリゴまたはポリヌクレオチドは、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0076】
さらに好ましくは、当該プローブは、SNP1165を含むオリゴヌクレオチドが検出できるように、放射性物質、蛍光物質、化学発光物質、または酵素等で標識される(後述)。
【0077】
上記プローブ(オリゴまたはポリヌクレオチド)は任意の固相に固定化して用いることもできる。このため本発明はまた、上記プローブ(オリゴまたはポリヌクレオチド)を固定化プローブ(例えばプローブを固定化した遺伝子チップ、cDNAマイクロアレイ、オリゴDNAアレイ、メンブレンフィルター等)として提供するものである。当該プローブは、好適にはACEI/ARB有効群選別用のDNAチップとして利用することができる。
【0078】
固定化に使用される固相は、オリゴまたはポリヌクレオチドを固定化できるものであれば特に制限されることなく、例えばガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、キャピラリーまたはその他の基板等を挙げることができる。固相へのオリゴまたはポリヌクレオチドの固定は、予め合成したオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上に載せる方法であっても、また目的とするオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上で合成する方法であってもよい。固定方法は、例えばDNAマイクロアレイであれば、市販のスポッター(Amersham社製など)を利用するなど、固定化プローブの種類に応じて当該技術分野で周知である〔例えば、photolithographic技術(Affymetrix社)、インクジェット技術(Rosetta Inpharmatics社)によるオリゴヌクレオチドのin situ合成等〕。
【0079】
例えば、ASO法の一例であるTaqMan PCR法〔Livak KJ. Gene Anal 14, 143 (1999), Morris T et al., J Clin Microbiol 34, 2933 (1996)〕の場合、ACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)を含む領域に相補的な20塩基長程度のオリゴヌクレオチドがプローブとして設計される。当該プローブは、5’末端を蛍光色素、3’末端を消光物質により標識され、検体DNAと特異的にハイブリダイズするが、そのままでは発光せず、別に加えられたPCRプライマーの上流からの伸長反応により5’側の蛍光色素結合が切断され、遊離した蛍光色素により検出される。
【0080】
ASO法の別の1例であるInvade法〔Lyamichev V. et al., Nat Biotechnol 17, 292 (1999)〕では、多型部位に隣接する配列(3’側と5’側の2種)に相補的なオリゴヌクレオチドがプローブとして設計される。検出は、これら2種のプローブと検体とは無関係な第3のプローブによって達成される。
【0081】
(2)プライマー
本発明は、またヒト第10染色体(10q24-q26)にあるACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)を含む塩基配列において、当該B1AR遺伝子のACEI/ARB感受性SNP(B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するSNP1165)を含む配列領域を特異的に増幅するためのプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドを提供する。このようなプライマー(オリゴヌクレオチド)は、ACEI/ARB感受性遺伝子において、ACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)部位のヌクレオチドを含む連続したオリゴまたはポリヌクレオチドの1部に特異的にハイブリダイズし、当該オリゴまたはポリヌクレオチドを特異的に増幅するための15〜35塩基長、好ましくは18〜30塩基長程度のオリゴヌクレオチドとして設計される。増幅するオリゴまたはポリヌクレオチドの長さは、用いられる検出方法に応じて適宜設定されるが、一般的には15〜1000塩基長、好ましくは20〜500塩基長、より好ましくは20〜200塩基長である。
【0082】
かかるプライマーとして、ヒト第10染色体(10q24-q26)のACEI/ARB感受性遺伝子(B1AR遺伝子)を含む塩基配列において、当該B1AR遺伝子のコード領域1165番目(SNP1165)のヌクレオチドを含む連続したオリゴまたはポリヌクレオチドの1部に特異的にハイブリダイズし、当該オリゴまたはポリヌクレオチドを特異的に増幅するための15〜35塩基長、好ましくは18〜30塩基長程度のオリゴヌクレオチドを例示することができる。具体的には、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列において、当該B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16塩基長以上の連続したオリゴまたはポリヌクレオチドにハイブリダイズし、当該オリゴまたはポリヌクレオチドを特異的に増幅するための15〜35塩基長、好ましくは18〜30塩基長程度のオリゴヌクレオチドを例示することができる。
【0083】
なお、これらのオリゴヌクレオチドは、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子を含む塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0084】
Mass Array法にMALDI-TOF/MS(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization Time-Of-Flight Mass Spectrometry)を応用した方法〔Haff LA et al. Genome Res 7, 378 (1997), Little DP et al., Nature Medicine vol.3, No.12, 1413-1416, (1997)〕を例にとって、プライマーの具体的な利用方法を説明する。この場合、シリコンチップ上に固定した検体DNAに前記プライマーをハイブリダイズさせ、ddNTPを添加して一塩基だけを伸長させる。次いで、一塩基伸長産物を分離し、質量分析法により多型を検出する。この方法では、プライマーは通常15塩基長以上で可能な限り短く設計することが望ましい。
【0085】
(3)標識物
上記本発明のプローブまたはプライマーには、遺伝子多型(SNP1165)検出のための適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等が付加されたものが含まれる。
【0086】
なお、本発明において用いられる蛍光色素としては、一般にヌクレオチドを標識して、核酸の検出や定量に用いられるものが好適に使用でき、例えば、HEX(4,7,2’,4’,5’,7’-hexachloro-6-carboxylfluorescein、緑色蛍光色素)、フルオレセイン(fluorescein)、NED(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄色蛍光色素)、あるいは、6−FAM(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄緑色蛍光色素)、ローダミン(rhodamin)またはその誘導体〔例えば、テトラメチルローダミン(TMR)〕を挙げることができるが、これらに限定されない。蛍光色素でヌクレオチドを標識する方法は、公知の標識法のうち適当なものを使用することができる〔Nature Biotechnology, 14, 303-308 (1996)参照〕。また、市販の蛍光標識キットを使用することもできる(例えば、アマシャム・ファルマシア社製、オリゴヌクレオチドECL 3’−オリゴラベリングシステム等)。
【0087】
また、本発明のプライマーには、その末端に多型検出のためのリンカー配列が付加されたものも含まれる。このようなリンカー配列としては、例えば、前述したインベーダー法で用いられるオリゴヌクレオチド5’末端に付加される、フラップ(多型近傍の配列とは全く無関係な配列)等が挙げられる。
【0088】
本発明の1つの実施形態である、遺伝子多型検出法としてTaqMan−PCR法を用いる場合、ヒト第10染色体(10q24-q26)のB1AR遺伝子上の、ACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)を含む塩基配列を検出するためのフォワードプライマー(順方向のプライマー)としては、好適には配列番号9に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドの他、配列番号4に示す塩基配列において1〜300番の領域に位置する塩基配列にハイブリダイズする15塩基長以上(好ましくは15〜35塩基長)の連続した塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを例示することができる。また、リバースプライマー(逆方向のプライマー)としては、好適には配列番号10に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドの他、配列番号4に示す塩基配列において302〜601番の領域に位置する塩基配列にハイブリダイズする15塩基長以上(好ましくは15〜35塩基長)の連続した塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを例示することができる。
【0089】
以上の、プローブ(標識されていてもよい)またはプライマー(標識されていてもよい)は、心筋梗塞を発症した患者を対象として、予後の改善または生存率のアップ(予後リスクの低減)にACEIまたはARBが有効であるか否かを判定するための試薬、言い換えると、心筋梗塞患者をACEIまたはARB投与の有効群と非有効群とに選別するための試薬として利用することができる。すなわち、上記のプローブ(標識されていてもよい)またはプライマー(標識されていてもよい)は、別の角度から、心筋梗塞患者について、ACEIまたはARB有効者であるか、または非有効者であるかを選別するための試薬として規定することができる。
【0090】
(4)ACEI/ARB有効群選別用の試薬キット
本発明はまた、上記のACEI/ARB有効群を選別するための試薬を、キットとして提供するものである。当該キットは、上記プローブまたはプライマーとして用いられるオリゴまたはポリヌクレオチド(なお、これらは標識されていても、また固相に固定化されていてもよい)を少なくとも1つ含むものである。本発明のキットは上記プローブまたはプライマーの他、必要に応じてハイブリダイゼーション用の試薬、プローブの標識、ラベル体の検出剤、緩衝液など、本発明の方法の実施に必要な他の試薬、器具などを適宜含んでいてもよい。さらに本発明の試薬キットには、プライマーやプローブなどの試薬の使用方法や、それを用いたACEI/ARB有効群の選別方法(判定基準)を説明する書面が含まれていても良い。
【0091】
6.心筋梗塞発症患者について予後リスクを低減する方法
上記に説明するように、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型(Cのホモ接合体か、Gのホモまたはヘテロ接合体か)が、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)による治療の有効性に深く関わっており、当該遺伝子型(SNP1165)がCのホモ接合体である患者は、ACEIまたはARBに感受性であり、ACEIまたはARBによる治療が有効に作用し、一方、当該遺伝子型(SNP1165)がGのホモまたはヘテロ接合体(Gアレル型)である患者は、ACEIまたはARBに非感受性(抵抗性)でありACEIまたはARBによる治療の有効性が認められない(現状以上に改善しない)ことが判明した。
【0092】
このことから、B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型(SNP1165)がCのホモ接合体であると判定された患者(当該患者は同時にB1ARの389位のアミノ酸がArgのホモ接合体である)またはB1ARの389位のアミノ酸がArgのホモ接合体であると判定された患者(当該患者は同時にB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型(SNP1165)がCのホモ接合体である)に対しては、治療指針として早期からACEIまたはARBの投薬を選択することによって、心筋梗塞の再発や関連疾患の発症を抑制し、これらの疾患発症によって死に至る危険度(予後リスク)を低減することができる。
【0093】
こうした考えのもとで、本発明は心筋梗塞を発症した患者のうち、上記の遺伝的素因を有すると判定された患者に対して心筋梗塞発症後の予後リスクを低減する方法、並びに当該心筋梗塞発症後の予後リスクの低減に有効な材料を提供するものでもある。
【実施例】
【0094】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0095】
実施例1 心筋梗塞発症患者に対するアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)投与による生命予後リスク改善効果
(1)被験者
急性心筋梗塞を発症し、大阪地区の心臓救急病院25施設に入院し、遺伝子を含む調査研究に対する同意および予後に関する情報が得られた生存退院2370例を対象とした。平均年齢は64±11歳、男性77.6%、糖尿病33.6%、高血圧53.0%、高脂血症47.1%、喫煙歴65.9%、心筋梗塞の既往は11.7%であった。また、梗塞重症度の指標であるKillip分類でII型以上に分類される中等度以上の重症度は12.7%であり、前壁梗塞の割合は48.4%であった。さらに、24時間以内に再灌流治療を施行された割合は88.5%であった。
【0096】
(2)被験試料およびDNAの調整
被験者の末梢静脈より凝固剤(EDTA50nmol/L)入りの採血管に採血し、市販のDNA精製キットを用いて、定法に従ってゲノムDNAを調整した。調整したゲノムDNAを鋳型としてIFP(Intercalater mediated FRET Probe)法を用いてB1AR遺伝子のコード領域1165位(SNP1165)の塩基を同定した。
【0097】
具体的には、まずDNA (20ng)、各プライマー(5pmol)、XTP(0.2nmol/L)、塩化マグネシウム(1-4mmol/L)、DNAポリメラーゼ(1U)を含む反応液25μlを調整し、PCR法(annealing temperature 55℃、denaturation temperature 95℃)を用いて遺伝子を増幅した。順方向プライマーおよび逆方向プライマーとして以下の塩基配列を用いた:
順方向プライマー:5’-AGCCCCGACTTCCGCAAG-3’(配列番号9) 、
逆方向プライマー:5’-GTCTCCGTG GGTCGCGTG-3’(配列番号10)、
次いで、下記のプローブを用いて、IFP(Intercalater mediated FRET Probe)法により増幅された遺伝子の遺伝子型を同定した:
プローブ:5’-CAGCAGAGCAGTCCCTGGAAG-3’(配列番号11)。
【0098】
具体的には、一方のSNPタイプに完全にマッチし、他方のSNPタイプとは1箇所のミスマッチを生じるように蛍光標識されたプローブを用い、温度を上昇させ二本鎖DNAを一本鎖DNAに融解する課程で、SNPによって当該プローブと鋳型の解離温度に差が生じることを利用して多型を検出した。
【0099】
(3)統計学的解析
各遺伝子群の累積生存曲線をKapran-Meier法により作成し、その差異をLog-rank testにより検討した。各群間の背景因子(年齢, 性別 , Body Mass Index, 糖尿病, 高血圧, 高脂血症, 喫煙, 心筋梗塞の既往, 前壁梗塞, Killip II型以上, 再潅流治療)の差異を補正するため、Cox比例ハザードモデルを用いてCアレル保持者のC/Cゲノタイプに対するハザード比および95%信頼区間を算出した。
【0100】
被験者(全2370例)について調べたB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を表3に示す。
【0101】
【表3】

【0102】
(4)上記で遺伝子型を判定した被験者〔心筋梗塞既往者2370例(Cホモ接合体保持者1505名、Gアレル型(G/G、C/G)保持者865名〕を対象として、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の投与による心筋梗塞発症後の生命予後リスク改善効果を調べた。
【0103】
具体的にはCホモ接合体保持者(1505名)とGアレル型保持者(865名)を、それぞれACEI/ARB投与群(+)とACEI/ARB非投与群(−)の2群に分け、累積生存曲線をKapran-Meier法により作成し、その差異をLog-rank testにより検討して、1165位遺伝子多型の違いによる予後リスクに対するACEIまたはARBの投与の影響について検討した。なお、ACEI/ARB投与群(+)には、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)とアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)のいずれか一方、または両方を投与した。
【0104】
Cホモ接合体保持者とGアレル型保持者について、心筋梗塞発症後1200日間の累積生存率を経時的に評価した結果を図1に示す。B1AR遺伝子のコード領域1165位がCのホモ接合体である群(Cホモ接合体保持者)において、ACEI/ARB投与群の生命予後はACEI/ARB非投与群(−)に比し有意に良好な改善された(図1B)。一方、B1AR遺伝子のコード領域1165位がGのホモまたはヘテロ接合体である群(Gアレル型保持者)において、ACEI/ARB投与群(+)の生命予後は非投与群に比し有意な差異は認められなかった(図1A)。
【0105】
この結果は、B1AR遺伝子のコード領域1165位がCのホモ接合体である心筋梗塞発症患者に対してACEIまたはARBの投与が有効であり、予後を改善することができることを示している。一方、B1AR遺伝子のコード領域1165位がGのホモまたはヘテロ接合体である群(Gアレル型保有者)は、ACEIまたはARBの投与をおこなってもこれ以上の改善(生存率の増加)が認められないことが示された。
【図面の簡単な説明】
【0106】
【図1】被験者〔心筋梗塞既往者2370例(Cホモ接合体保持者1505名(図B)、Gアレル型保持者865名(図A))〕を対象として、アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を投与した場合(ACEI/ARB(+))と投与しない場合(ACEI/ARB(−))とで、心筋梗塞発症後1200日生存率を比較し、心筋梗塞発症後の生命予後リスク改善効果を評価した結果を示す。縦軸は生存率を、横軸は心筋梗塞発症から数えた日数を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0107】
配列番号9はACEI/ARB感受性SNP(SNP1165)を含む塩基配列を検出するためのフォワードプライマー(順方向のプライマー)を、配列番号10リバースプライマー(逆方向のプライマー)を意味する。
配列番号11はプローブを意味する。
配列番号12および13は表1のカラム1に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマー;配列番号14および15は表1のカラム2に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマー;配列番号16および17は表1のカラム3に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマー;配列番号18および19は表1のカラム4に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマー;配列番号20および21は表1のカラム5に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマー;配列番号22および23は表1のカラム6に記載するそれぞれsenseプライマーおよびanti senseプライマーを意味する。
配列番号24、25および26は表2のカラム7に記載するそれぞれsenseプライマー、anti senseプライマーおよびプローブ;配列番号27、28および29は表2のカラム8に記載するそれぞれsenseプライマー、anti senseプライマーおよびプローブを意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を有する、アンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効群の選別方法:
(a)心筋梗塞患者の生体試料を対象として、β1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型を検出する工程、
(b)上記B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、シトシン(C)のホモ接合体であるか否かを識別する工程。
【請求項2】
さらに下記の工程(c)を有する、請求項1に記載するアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効群の選別方法:
(c)B1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型が、シトシン(C)のホモ接合体である場合に当該患者をアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効者として判定する工程。
【請求項3】
下記の工程を有する、アンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効群の選別方法:
(a’)心筋梗塞患者の生体試料を対象として、β1-アドレナリン受容体(B1AR)の389位のアミノ酸を検出する工程、
(b’)上記B1ARの389位のアミノ酸が、アルギニンのホモ接合体であるか否かを識別する工程。
【請求項4】
さらに下記の工程(c’)を有する、請求項3に記載するアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効群の選別方法:
(c’)B1ARの389位のアミノ酸が、アルギニンのホモ接合体である場合に当該患者をアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効者として判定する工程。
【請求項5】
下記(1)に記載するプライマーまたは(2)に記載するプローブのいずれかを含む、心筋梗塞患者についてアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効者を選別するための試薬:
(1) ヒト第10染色体(10q24-q26)のβ1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子を含む塩基配列において、B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16塩基長以上の連続したオリゴ若しくはポリヌクレオチドにハイブリダイズし、当該オリゴ若しくはポリヌクレオチドを特異的に増幅するために用いられる15〜35塩基長のオリゴヌクレオチドまたはその標識物からなるプライマー、
(2) ヒト第10染色体(10q24-q26)のβ1-アドレナリン受容体(B1AR)遺伝子を含む塩基配列において、B1AR遺伝子のコード領域1165番目に位置するヌクレオチドを含む16〜500塩基長の連続したオリゴ若しくはポリヌクレオチドまたはその相補配列にハイブリダイズする16〜500塩基長のオリゴ若しくはボリヌクレオチドまたはその標識物からなる固相に固定されていてもよいプローブ。
【請求項6】
少なくとも請求項5に記載する(1)プライマーと(2)プローブとを、別個の包装形態で含む、心筋梗塞患者についてアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬有効者を選別するための試薬キット。
【請求項7】
請求項2の方法によりB1AR遺伝子のコード領域1165位の遺伝子型がCのホモ接合体であると判定されるか、または請求項4の方法によりB1ARの389位のアミノ酸がアルギニンのホモ接合体であると判定された心筋梗塞患者に対して、予後改善のための治療指針としてアンギオテンシン変換酵素阻害薬またはアンギオテンシン受容体拮抗薬の投与を選択する、心筋梗塞発症後の予後リスク低減方法。




【図1】
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【公開番号】特開2008−109887(P2008−109887A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−294966(P2006−294966)
【出願日】平成18年10月30日(2006.10.30)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】