説明

アーク溶接方法

【課題】 よりきれいなビードを形成できるアーク溶接方法を提供すること。
【解決手段】 消耗電極15と母材との間にアークを発生させることにより溶滴移行させる第1工程と、アークを発生させつつ上記母材に形成される溶融池を冷却する第2工程とを交互に繰り返すアーク溶接方法であって、上記第1工程は、消耗電極15の極性が+となるEP期間Tepおよび消耗電極15の極性が−となるEN期間Tenからなる単位周期Teを繰り返す交流パルス電流を消耗電極15と母材との間に流すことによって行われ、上記交流パルス電流は、EP期間Tenにおいてピーク値iw1pを有する波形であり、EP期間Tepは、ピーク値iw1pに達する前の前半期間Tuと、ピーク値iw1pに達した後の後半期間Td,Tbとを有しており、後半期間Td,Tbの間に第1工程から第2工程に移行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステッチパルス溶接法を用いたアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図8は、従来の溶接システムの一例を示す図である。同図における溶接システム91は、いわゆるステッチパルス溶接法を用いて溶接を行う。ステッチパルス溶接法とは、溶接時の入熱と冷却をコントロールすることにより、母材に与える熱影響を抑えやすい溶接法である。このステッチパルス溶接法を用いると、従来の薄板溶接に比べ、溶接外観を向上させ、溶接歪み量を低減させることができるとされている(たとえば特許文献1参照)。
【0003】
マニピュレータ9Mは、ワーク9Wに対してアーク溶接を自動で行うものであり、上アーム93、下アーム94及び手首部95と、これらを回転駆動するための複数のサーボモータ(図示せず)とによって構成されている。
【0004】
アーク溶接トーチ9Tは、マニピュレータ9Mの手首部95の先端部分に取り付けられており、ワイヤリール96に巻回された直径1mm程度の溶接ワイヤ97をワーク9Wの教示された溶接位置に導くためのものである。溶接電源9WPは、アーク溶接トーチ9Tとワーク9Wとの間に溶接電圧を供給する。ワーク9Wに溶接を行う際は、溶接ワイヤ97をアーク溶接トーチ9Tの先端から所望の突き出し長だけ突き出した状態で行われる。
【0005】
コイルライナ92は、溶接ワイヤ97を案内するためのものであり、アーク溶接トーチ9Tに接続されている。
【0006】
操作手段としてのティーチペンダント9TPは、いわゆる可搬式操作盤であって、マニピュレータ9Mの動作、ステッチパルス溶接を行わせるために必要な条件等を設定するためのものである。
【0007】
ロボット制御装置9RCは、マニピュレータ9Mに溶接動作の制御を実行させるためのものであり、内部に主制御部、動作制御部およびサーボドライバ(いずれも図示せず)等を備えている。そして、作業者がティーチペンダント9TPによって教示した作業プログラムに基づき、サーボドライバからマニピュレータ9Mの各サーボモータに動作制御信号を出力し、マニピュレータ9Mの複数の軸をそれぞれ回転させる。ロボット制御装置9RCは、マニピュレータ9Mのサーボモータに備えられたエンコーダ(図示せず)からの出力によって現在位置を認識しているのでアーク溶接トーチ9Tの先端位置を制御することができる。そして溶接部においては、以下に説明する溶接、移動、冷却を繰り返しながらステッチパルス溶接を行う。
【0008】
図9は、ステッチパルス溶接を行っているときの状態を説明するための図である。溶接ワイヤ97はアーク溶接トーチ9Tの先端から突出している。シールドガスGは、溶接開始時から溶接終了時まで常に一定の流量でアーク溶接トーチ9Tから吹き出される。以下、ステッチパルス溶接時の各状態について説明する。
【0009】
同図(a)は、アーク発生時の様子を示している。設定された溶接電流および溶接電圧に基づいて、溶接ワイヤ97の先端とワーク9Wとの間にアークaが発生し、溶接ワイヤ97が溶融してワーク9Wに溶融池Yが形成される。アークaが発生してから、教示された溶接時間が経過した後に、アークaを停止する。
【0010】
同図(b)は、アーク停止後の様子を示している。アーク停止後は、設定された冷却時間が経過するまで溶接後の状態を維持させる。すなわち、マニピュレータ9Mおよびアーク溶接トーチ9Tは溶接時の状態と同様に停止した状態で、アーク溶接トーチ9TからシールドガスGが吹き出されるだけとなるので、溶融池YがシールドガスGによって実質的に冷却されて凝固する。
【0011】
同図(c)は、アーク溶接トーチ9Tを次の溶接位置に移動させる様子を示している。冷却時間の経過後は、アーク溶接トーチ9Tを溶接進行方向に予め設定された移動ピッチMpだけ離間した位置であるアーク再開始点に移動させる。このときの移動速度は、設定された移動速度である。上記移動ピッチは、同図(c)で示すように溶融池Yが凝固した後の溶接痕Y’の外周側に溶接ワイヤ97を位置づけるように調整された距離である。
【0012】
同図(d)は、アーク再開始点においてアークaを再発生する様子を示している。溶接痕Y’の前端部に新たに溶融池Yが形成されて溶接が行われるようになる。このように、ステッチパルス溶接システム91では、アークを発生させて溶接を行っている状態と、冷却、移動を行っている状態とが交互に繰り返されることになる。そして、溶接痕であるウロコが重ね合わさるように溶接ビードが形成される。
【0013】
図10は、溶接施工後に形成される溶接ビードを説明するための図である。同図に示すように、最初のアーク開始点P1において溶接痕Scが形成され、溶接進行方向Drに向けて移動ピッチMpだけ離間した再アーク開始点P2においても同様の溶接痕Scが形成される。再アーク開始点P3以降においてもさらなる溶接痕Scが順次形成されていく。このように、溶接痕Scであるウロコが重なり合うように形成された結果、ウロコ状の溶接ビードBが形成されるのである。
【0014】
上述した方法では、図9(b)、図9(c)等に示したように、アークaを停止させ、その後アークaを再発生させる工程を繰り返している。アークaを再発生させるたびに、スパッタが発生し、溶接ビードBの外観が悪化するといった問題があった。そこで、図11に示すように、アークaを停止させずアークaの再発生を不要にする溶接法が提案されている(たとえば特許文献2参照)。
【0015】
図11(b)、図11(c)によく表れているように、図9(b)、図9(c)に示した場合と異なり、溶融池Yを冷却する際にもアークaを停止させておらず、アークaが発生している状態を保っている。アークaを再発生させる必要がなくなっているため、スパッタの発生を抑制することが可能になっている。この場合、たとえば、溶接を行う際には交流パルス電流を用い、冷却、移動を行う際には微弱な直流電流を用いる方法が知られている。この方法によると、溶接ワイヤ97の極性が−であるときに溶滴が形成され、溶接ワイヤ97の極性が+であるときには、比較的強い電磁ピンチ力が作用することにより、溶滴がワーク9Wへ落下する傾向がある。また、直流電流を流す際には、溶接ワイヤ97の極性は+に固定されている。
【0016】
しかしながら、交流パルス電流から直流電流に切り替える際に、溶接ワイヤ97の極性が−であると、溶接ワイヤ97の先端に比較的大きな溶滴が形成された状態で微弱な直流電流に切り替わることになる。この微弱な直流電流では、電磁ピンチ力が足らずに、溶滴がワーク9Wへ落下しないことがある。さらに、直流電流を流している間にもアークaが生じているため、溶接ワイヤ97の先端の溶滴は徐々に成長する。このため、直流電流を流す期間が終わり、再度交流パルス電流を流す期間に入ったときに、溶接ワイヤ97の先端に不当に大きな溶滴が形成されている状態となることがあった。このような不当に大きな溶滴がワーク9Wに落下すると、スパッタが生じたり、溶接ビードが大きく乱れたりするという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開平6−55268号公報
【特許文献2】特開平11−267839号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、よりきれいなビードを形成できるアーク溶接方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明によって提供されるアーク溶接方法は、消耗電極と母材との間にアークを発生させることにより溶滴移行させる第1工程と、上記消耗電極と上記母材との間にアークを発生させつつ上記母材に形成される溶融池を冷却する第2工程とを交互に繰り返すアーク溶接方法であって、上記第1工程は、上記消耗電極の極性が+となるEP期間および上記消耗電極の極性が−となるEN期間からなる単位周期を繰り返す交流パルス電流を上記消耗電極と上記母材との間に流すことによって行われ、上記第2工程は、上記消耗電極の極性が+となるように、上記消耗電極と上記母材との間に直流電流を流すことによって行われ、上記交流パルス電流は、上記EP期間においてピーク値を有する波形であり、上記EP期間は、上記ピーク値に達する前の前半期間と、上記ピーク値に達した後の後半期間とを有しており、上記後半期間の間に上記第1工程から上記第2工程に移行することを特徴とする。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記第1工程において、上記交流パルス電流の標準出力時間を設定可能であり、上記標準出力時間の終了予定時刻から、上記単位周期だけ前後する期間内に含まれる上記後半期間中に上記第1工程から上記第2工程に移行する。
【0021】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記第2工程から上記第1工程に移行する際に、上記交流パルス電流は上記前半期間から開始される。
【0022】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記交流パルス電流は、上記後半期間において、電流値が上記ピーク値から減少する減少区間と、この減少区間の後に、電流値が一定となる一定区間とを有している。
【0023】
このような方法では、主に、上記EN期間中に上記消耗電極の先端に溶滴が成長し、上記EP期間中に上記消耗電極から上記母材へ上記溶滴が落下する。本発明のアーク溶接方法によると、上記後半期間において、上記第1工程から上記第2工程へ移行するため、上記第1工程から上記第2工程へ切り替えるときに、上記消耗電極から上記母材への上記溶滴の落下が完了している。このため、上記第2工程の開始時に、上記消耗電極に過度に大きな溶滴が形成されるのを防ぐことができる。従って、本発明のアーク溶接方法によれば、第1工程を再開するときに、上記消耗電極に不当に大きな溶滴が形成されることを防ぎ、スパッタの発生や溶接ビードの乱れを防いでより美しい溶接ビードを形成することができる。
【0024】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明にかかるアーク溶接方法を行うための溶接システムの一例の構成を示す図である。
【図2】図1に示した溶接システムの内部構成を示す図である。
【図3】図1に示した溶接システムの溶接条件値の変化状態を示す図である。
【図4】本発明にかかるアーク溶接方法の一例における溶滴移行期間からアーク継続期間へ移行する際の溶接電流の変化状態を示す図である。
【図5】本発明にかかるアーク溶接方法の一例におけるアーク継続期間から溶滴移行期間へ移行する際の溶接電流の変化状態を示す図である。
【図6】溶滴移行期間からアーク継続期間へ移行する時間の調整を行った場合の溶接電流の変化状態を示す図である。
【図7】本発明にかかるアーク溶接方法の別の実施形態における溶滴移行期間からアーク継続期間へ移行する時間の調整を行った場合の溶接電流の変化状態を示す図である。
【図8】従来の溶接システムの一例の構成を示す図である。
【図9】ステッチパルス溶接を行っているときの状態を説明する図である。
【図10】溶接施工後に形成される溶接ビードを説明するための図である。
【図11】ステッチパルス溶接を行っているときの状態を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0027】
図1は、本発明にかかるアーク溶接方法を実施するのに適した溶接システムの一例の構成を示す図である。図1に示された溶接システムAは、溶接ロボット1、ロボット制御装置2、および溶接電源装置3を備える。溶接ロボット1は、溶接母材Wに対してたとえばアーク溶接を自動で行うものである。溶接ロボット1は、ベース部材11、複数のアーム12、複数のモータ13、溶接トーチ14、ワイヤ送給装置16、およびコイルライナ19を備える。
【0028】
ベース部材11は、フロア等の適当な箇所に固定される。各アーム12は、ベース部材11に軸を介して連結されている。
【0029】
溶接トーチ14は、溶接ロボット1の最も先端側に設けられた手首部12aの先端部に設けられている。溶接トーチ14は、消耗電極としてのたとえば直径1mm程度の溶接ワイヤ15を、溶接母材W近傍の所定の位置に導くものである。溶接トーチ14には、Arなどのシールドガスを供給するためのシールドガスノズル(図示略)が備えられている。モータ13は、アーム12の両端または一端に設けられている(一部図示略)。モータ13は、ロボット制御装置2により回転駆動する。この回転駆動により、複数のアーム12の移動が制御され、溶接トーチ14が上下前後左右に自在に移動できるようになっている。
【0030】
モータ13には、図示しないエンコーダが設けられている。このエンコーダの出力は、ロボット制御装置2に与えられる。この出力値により、ロボット制御装置2では、溶接トーチ14の現在位置を認識するようになっている。
【0031】
ワイヤ送給装置16は、溶接ロボット1における上部に設けられている。ワイヤ送給装置16は、溶接トーチ14に対して、溶接ワイヤ15を送り出すためのものである。ワイヤ送給装置16は、送給モータ161、ワイヤリール(図示略)、およびワイヤプッシュ手段(図示略)、を備えている。送給モータ161を駆動源として、上記ワイヤプッシュ手段が、上記ワイヤリールに巻かれた溶接ワイヤ15を溶接トーチ14へと送り出す。
【0032】
コイルライナ19は、その一端がワイヤ送給装置16に、その他端が溶接トーチ14に、それぞれ接続されている。コイルライナ19は、チューブ状に形成されており、その内部には、溶接ワイヤ15が挿通されている。コイルライナ19は、ワイヤ送給装置16から送り出された溶接ワイヤ15を、溶接トーチ14に導くものである。送り出された溶接ワイヤ15は、溶接トーチ14から外部に突出して消耗電極として機能する。
【0033】
図2は、図1に示した溶接システムAの内部構成を示す図である。
【0034】
図1、図2に示したロボット制御装置2は、溶接ロボット1の動作を制御するためのものである。図2に示すように、ロボット制御装置2は、動作制御回路21、インターフェイス回路22、演算部23、およびティーチペンダントTPを備える。
【0035】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータおよびメモリを有している。このメモリには、溶接ロボット1の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。また動作制御回路21は、後述のロボット移動速度VRを設定する。動作制御回路21は、上記作業プログラム、上記エンコーダからの座標情報、およびロボット移動速度VR等に基づいて、溶接ロボット1に対して動作制御信号Mcを与える。この動作制御信号Mcにより、各モータ13は回転駆動し、溶接トーチ14を溶接母材Wの所定の溶接開始位置に移動させたり、溶接母材Wの面内方向に沿って移動させたりする。
【0036】
ティーチペンダントTPは、動作制御回路21および演算部23に接続されている。ティーチペンダントTPは、ユーザによって各種動作を設定するためのものである。
【0037】
演算部23には、ティーチペンダントTPから、ティーチペンダントTPにおいてユーザが入力した設定値が送られる。演算部23は、当該設定値について演算し、その結果を動作制御回路21に送る。
【0038】
インターフェイス回路22は、溶接電源装置3と各種信号をやり取りするためのものである。インターフェイス回路22には、動作制御回路21から、電流設定信号Is、出力開始信号On、および送給速度設定信号Wsが送られる。
【0039】
溶接電源装置3は、溶接ワイヤ15と溶接母材Wとの間に、溶接電圧Vwを印加し、溶接電流Iwを流すための装置であるとともに、溶接ワイヤ15の送給を行うための装置である。図2に示すように、溶接電源装置3は、出力制御回路31、電流検出回路32、送給制御回路34、インターフェイス回路35、および電圧検出回路36を備えている。
【0040】
インターフェイス回路35は、ロボット制御装置2と各種信号をやり取りするためのものである。具体的には、インターフェイス回路35には、インターフェイス回路22から、電流設定信号Is、出力開始信号On、および送給速度設定信号Wsが送られる。
【0041】
出力制御回路31は、複数のトランジスタ素子からなるインバータ制御回路を有する。出力制御回路31は外部から入力される商用電源(たとえば3相200V)をインバータ制御回路によって高速応答で精密な溶接電流波形制御を行う。
【0042】
出力制御回路31の出力は、一端が溶接トーチ14に接続され、他端が溶接母材Wに接続されている。出力制御回路31は、溶接トーチ14の先端に設けられたコンタクトチップを介して、溶接ワイヤ15と溶接母材Wとの間に溶接電圧Vwを印加し、溶接電流Iwを流す。これにより、溶接ワイヤ15の先端と溶接母材Wとの間にアークaが発生する。このアークaによりもたらされる熱で溶接ワイヤ15が溶融する。そして、溶接母材Wに対して溶接が施されるようになっている。
【0043】
出力制御回路31には、インターフェイス回路35,22を介して、動作制御回路21からの電流設定信号Is、および出力開始信号Onが送られる。
【0044】
電流検出回路32は、溶接ワイヤ15に流れる溶接電流Iwを検出するためのものである。電流検出回路32は、溶接電流Iwに対応する電流検出信号Idを、出力制御回路31、および動作制御回路21に出力する。
【0045】
電圧検出回路36は、出力制御回路31の出力端の電圧である溶接電圧Vwを検出するためのものである。電圧検出回路36は、溶接電圧Vwに対応する電圧検出信号Vdを出力制御回路31に出力する。
【0046】
送給制御回路34は、溶接ワイヤ15の送給を行うための送給制御信号Fcを送給モータ161に出力するものである。送給制御信号Fcは、溶接ワイヤ15の送給速度を示す信号である。また、送給制御回路34には、インターフェイス回路35,22を介して、動作制御回路21からの出力開始信号On、および送給速度設定信号Wsが送られる。
【0047】
次に、溶接システムAを用いたアーク溶接方法について説明する。以下では、まずステッチパルス溶接の一般的な方法について説明する。その後に、よりきれいなウロコ状のビードが形成されるアーク溶接方法について具体的に説明する。
【0048】
まず図3を用いて、ステッチパルス溶接の一般的な溶接方法について説明する。同図(a)はロボット移動速度VRの変化状態を示し、(b)は溶接電圧Vwの絶対値の時間平均値の変化状態を示し、(c)は溶接電流Iwの絶対値の時間平均値の変化状態を示す。ロボット移動速度VRは、溶接母材Wの面内方向のうちの所定の溶接進行方向(図10に示した溶接進行方向Drに対応する)に沿った溶接トーチ14の移動速度である。
【0049】
まず、ティーチペンダントTPからの溶接開始信号St(図2参照)が入力されることにより、一般的には、過渡的な溶接開始処理が行われる。溶接開始処理においては、動作制御回路21は、出力開始信号Onを出力制御回路31および送給制御回路34に出力する。出力制御回路31は、溶接ワイヤ15と溶接母材Wとの間に溶接電圧Vwを印加する。これにより、アークaが点弧される。そして、図3に示すように、溶滴移行期間T1とアーク継続期間T2とを含む単位溶接期間Tαを繰り返すことにより溶接を行う。溶滴移行期間T1においては、溶接電圧Vw1を印加し、溶接電流Iw1を流すことにより溶滴移行を行い、溶融池を形成する。一方、アーク継続期間T2においては、溶接電圧Vw2を印加し、溶接電流Iw2を流すことにより、溶滴移行をほとんどさせることなく、且つ、アークaを維持しつつ溶接トーチ14を移動させる。以下、詳細に説明する。
【0050】
(1)溶滴移行期間T1(時刻t1〜t2)
溶滴移行期間T1では、従来技術の説明において図9(a)、図11(a)で示した、溶融池Yを形成する処理を行う。本発明における第1工程は、この溶滴移行期間T1に行われる工程である。溶滴移行期間T1においては、図3(a)に示すように、ロボット移動速度VRを0に設定する。そのため溶接トーチ14は溶接母材Wに対して停止している。同図(b)に示すように、溶接電圧Vwとして、絶対値の時間平均値が電圧値vw1である溶接電圧Vw1が、印加されている。同図(c)に示すように、溶接電流Iwとして、電流値iw1p〜iw1nの間を振幅する交流パルス電流である溶接電流Iw1が流れている。溶滴移行期間T1においては、定電圧制御がなされている。定電圧制御では、溶接電流Iwは、溶接ワイヤ15の材質、直径、溶接ワイヤ15の突出し長さ、電極極性等の溶接条件が決定されれば、溶接ワイヤ15の送給速度により定まる。すなわち、溶接電流Iw1は、送給速度設定信号Wsにより設定される。
【0051】
図4および図5では、溶接電流Iw1の時間変化を詳細に示している。図4および図5における時間のスケールは、図3における時間のスケールに比べ極めて小さい。図4および図5において、溶接電流Iwを示す縦軸は、溶接ワイヤ15が陽極となったときに流れる電流をプラスとしている。なお、図4では溶滴移行期間T1の終了時を、図5では溶滴移行期間T1の開始時を示している。
【0052】
図4および図5に示すように、溶接電流Iw1は、溶接ワイヤ15の極性が+となるEP期間Tepおよび溶接ワイヤ15の極性が−となるEN期間Tenからなる単位周期Teを繰り返している。EP期間Tepにおいて、溶接電流Iw1は、電極プラス極性電流Iepとなる。EN期間Tenにおいて、溶接電流Iw1は、電極マイナス極性電流Ienとなる。電極マイナス極性電流Ienは、一定の値iw1nで流れる。一方、電極プラス極性電流Iepは、ピーク値iw1pをとるように増減する。
【0053】
EP期間Tepは、電極プラス極性電流Iepがピーク値iw1pをとるピーク期間Tpと、ピーク期間Tpよりも前の前半期間である増加期間Tuと、ピーク期間Tpよりも後の後半期間である減少期間Tdおよび一定期間Tbと、で構成されている。増加期間Tuは、電極マイナス極性電流Ienから電極プラス極性電流Iepに切り替わったときから開始される。増加期間Tuの間、溶接電流Iw1は増加する。溶接電流Iw1の電流値がピーク値iw1pに到達した時点で増加期間Tuは終了し、ピーク期間Tpの開始となる。ピーク期間Tpの間、溶接電流Iw1の値はピーク値iw1pのままである。ピーク期間Tpの終了後、減少期間Tdが開始される。減少期間Tdの間、溶接電流Iw1は減少する。溶接電流Iw1の電流値が、所定の値iw1dまで減少した時点で減少期間Tdは終了し、一定期間Tbが開始される。一定期間Tbの間、溶接電流Iw1の電流値は、一定の値iw1dで流れる。この一定期間Tbの終了後に、電極プラス極性電流Iepから電極マイナス極性電流Ienへの切り替えが行われる。
【0054】
ピーク値iw1p、値iw1n,iw1d、ピーク期間Tp、および、EN期間Tenは、所定値に設定される。一定期間Tbは、溶接電圧Vwの平均値が予め定められた溶接電圧設定値と等しくなるようにフィードバック制御される。この制御によってアークaの長さが適正値に制御される。
【0055】
EN期間Tenにおいては、溶接ワイヤ15が陰極側となっているため、溶接ワイヤ15の先端で溶滴が成長しやすい傾向がある。逆にEP期間Tepにおいては、ピーク値iw1pをとり、溶接ワイヤ15に大きな電磁ピンチ力が働きくため、溶滴が落下しやすい傾向がある。溶滴が落下した後に、EN期間Tenに入り、再度溶滴が成長する。このように、1単位周期Teの間に1個の溶滴が溶接ワイヤ15から溶接母材Wへ移行する。
【0056】
(2)アーク継続期間T2(時刻t2〜t3)
図3に示すアーク継続期間T2では、従来技術の説明において図11(b),(c)で示した、溶融池Yを冷却する処理を、アークaを継続させつつ行う。本発明における第2工程は、このアーク継続期間T2に行われる工程である。
【0057】
図3(a)に示すように、アーク継続期間T2の開始時である時刻t2において、ロボット移動速度VRをV2に設定する。これにより溶接トーチ14は、所定の溶接進行方向に沿って移動を開始する。同図(b)に示すように、溶接電圧Vwとして、絶対値の時間平均値がvw2である溶接電圧Vw2が、印加されている。アーク継続期間T2においては、溶滴移行期間T1と異なり、定電流制御がなされている。同図(c)に示すように、溶接電流Iwとして、絶対値の時間平均値が電流値iw2である一定の溶接電流Iw2が流れている。電流値iw2は、溶滴移行が行われにくい程度の小さい値である。また、溶接電流Iw2は、溶接ワイヤ15が陽極、溶接母材Wが陰極となった状態で流れる、いわゆる電極プラス極性電流である。なお溶接ワイヤ15は、溶接母材Wに向かって溶滴移行期間T1における値より小さな値の送給速度で送給されている(図示略)。
【0058】
その後、時刻t3からは、再度、溶滴移行期間T1が開始する。このようにして、溶滴移行期間T1とアーク継続期間T2とを含む単位溶接期間Tαが繰り返される。
【0059】
一般的なステッチパルス溶接は上述のように行う。次に、よりきれいなウロコ状のビードが形成されるアーク溶接方法について具体的に説明する。
【0060】
溶滴移行期間T1は、たとえば交流パルス電流の標準出力時間として予め設定可能であり、その終了予定時刻である時刻t2も具体的に設定可能である。本実施形態のアーク溶接方法では、時刻t2を基準として溶滴移行期間T1の終了時刻の調整を行う。
【0061】
図4に示すように、時刻t2において、溶接電流Iw1が減少期間Tdまたは一定期間Tbであるときには、時刻t2に溶滴移行期間T1からアーク継続期間T2への切り替えを行う。図6に示すように、時刻t2において、溶接電流Iw1がEN期間Ten、増加期間Tu、または、ピーク期間Tpであるときには、時刻t2’に溶滴移行期間T1からアーク継続期間T2への切り替えを行う。時刻t2’は、時刻t2よりも後であり、かつ、時刻t2から単位周期Te以内である減少期間Tdの終了時刻である。
【0062】
このようにすると、溶接電流Iw1から溶接電流Iw2への移行時の状況が、常に、減少期間Tdから一定期間Tbへの移行時と似たような状況となる。このため、図4に示すように、減少期間Tdにおいて電磁ピンチ力によって絞られた溶接ワイヤ15の先端部分が、溶接電流Iw2に切り替わる前後に溶滴として落下すると推測される。従って、アーク継続期間T2の最中に、不当に大きな溶滴が形成されて落下することがなくなり、よりきれいなウロコ状のビードが形成される。
【0063】
なお、図7に示すように、時刻t2’を、時刻t2よりも前であり、かつ、時刻t2から単位周期Te以内である減少期間Tdの終了時刻としてもよい。
【0064】
さらに、本実施形態では、アーク継続期間T2から溶滴移行期間T1へ移行する際に、溶接電流Iw1が増加期間Tuから開始されるように出力制御回路31は波形制御を行う。たとえば、図5に示すように、時刻t3に溶接電流Iw2から溶接電流Iw1に切り替えられる場合、時刻t3から増加期間Tuが開始される。
【0065】
アーク継続期間T2中にも溶接電流Iw2が流れているため、図5に示すように、時刻t3の前に溶接ワイヤ15の先端は少し溶けた状態となっている。仮に、この状態で時刻t3にEN期間Tenを開始した場合、不当に大きな溶滴が形成されることになる。さらに、EP期間Tepの経過とともに、その不当に大きな溶滴が溶接母材Wに落下して、溶接ビードを大きく乱すことになる。一方、時刻t3から増加期間Tuを開始する場合には、溶滴が成長しやすいEN期間Tenを経過しないため、溶滴の成長は抑制される。このため、溶滴移行期間T1の最初のEP期間Tepで落下する溶滴は比較的小さなものとなる。従って、本実施形態のアーク溶接方法によれば、よりきれいなウロコ状のビードが形成される。
【0066】
また、このようなアーク溶接方法によれば、時刻t3において、極性が変化しないため、溶接電流Iw2から溶接電流Iw1への移行をより円滑に行うことができる。
【0067】
本発明の範囲は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明で用いる溶接システムの各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在であり、本発明によるアーク溶接方法の細部も適宜変更可能である。たとえば、上記実施形態では、図5に示す時刻t3から始まる増加期間Tuにおいて、電流値iw2から電流値iw1pまで徐々に電流値が増加するようになっている。これを、電流値iw2〜iw1p間の任意の値から徐々に電流値が増加するように変更しても構わない。
【符号の説明】
【0068】
A 溶接システム
1 溶接ロボット
11 ベース部材
12 アーム
12a 手首部
13 モータ
14 溶接トーチ
15 溶接ワイヤ(消耗電極)
16 ワイヤ送給装置
161 送給モータ
2 ロボット制御装置
21 動作制御回路
22 インターフェイス回路
23 演算部
3 溶接電源装置
31 出力制御回路
32 電流検出回路
34 送給制御回路
35 インターフェイス回路
36 電圧検出回路
Fc 送給制御信号
Iep 電極プラス極性電流
Ien 電極マイナス極性電流
Is 電流設定信号
Iw,Iw1,Iw2 溶接電流
iw1n,iw1p,iw1d,iw2 電流値
Mc 動作制御信号
On 出力開始信号
St 溶接開始信号
T1 溶滴移行期間
T2 アーク継続期間
Te 単位周期
Ten EN期間
Tep EP期間
Tu 増加期間(前半期間)
Tp ピーク期間
Td 減少期間(後半期間)
Tb 一定期間(後半期間)
TP ティーチペンダント
Tα 単位溶接期間
VR ロボット移動速度
Vw,Vw1,Vw2 溶接電圧
vw1,vw2 電圧値
W 溶接母材(母材)
Ws 送給速度設定信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極と母材との間にアークを発生させることにより溶滴移行させる第1工程と、上記消耗電極と上記母材との間にアークを発生させつつ上記母材に形成される溶融池を冷却する第2工程とを交互に繰り返すアーク溶接方法であって、
上記第1工程は、上記消耗電極の極性が+となるEP期間および上記消耗電極の極性が−となるEN期間からなる単位周期を繰り返す交流パルス電流を上記消耗電極と上記母材との間に流すことによって行われ、
上記第2工程は、上記消耗電極の極性が+となるように、上記消耗電極と上記母材との間に直流電流を流すことによって行われ、
上記交流パルス電流は、上記EP期間においてピーク値を有する波形であり、
上記EP期間は、上記ピーク値に達する前の前半期間と、上記ピーク値に達した後の後半期間とを有しており、
上記後半期間の間に上記第1工程から上記第2工程に移行することを特徴とする、アーク溶接方法。
【請求項2】
上記第1工程において、上記交流パルス電流の標準出力時間を設定可能であり、
上記標準出力時間の終了予定時刻から、上記単位周期だけ前後する期間内に含まれる上記後半期間中に上記第1工程から上記第2工程に移行する、請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
上記第2工程から上記第1工程に移行する際に、上記交流パルス電流は上記前半期間から開始される、請求項1または2に記載のアーク溶接方法。
【請求項4】
上記交流パルス電流は、上記後半期間において、電流値が上記ピーク値から減少する減少区間と、この減少区間の後に、電流値が一定となる一定区間とを有している、請求項1ないし3のいずれかに記載のアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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