説明

イオン伝導体及びエネルギーデバイス

【課題】膜形状に固定化しても良好なイオン伝導度やプロトン伝導度を発現し得るイオン伝導体、これを用いたエネルギーデバイス及び燃料電池を提供すること。
【解決手段】塩基性を示す官能基を側鎖に備えるポリマーと、カチオン成分とアニオン成分を含む電解質とが共存しているイオン伝導体である。塩基性官能基が、−NR(R:H又はアルキル基)や非共有電子対を持つヘテロ原子を含む構造である。カチオン成分及びアニオン成分が、それぞれ分子性である。塩基性官能基が、分子性カチオンから誘導される誘導体に相当する。キャリアーイオンがプロトンである。モルフラクションが、0.5超0.9以下である。
上記イオン伝導体を電極で挟持した構造部位を備えたエネルギーデバイスである。
イオン伝導体を固体電解質として用い、それを電極で挟持した燃料電池である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン伝導体及びエネルギーデバイスに係り、更に詳細には、特定のポリマーと所定の電解質を有するイオン伝導体、これを用いたエネルギーデバイス及び燃料電池に関する。
【0002】
かかるイオン伝導体は、燃料電池、リチウムイオン電池、電気二重層キャパシタ、色素増感型太陽電池、水電解、ハロゲン化水素酸電解、食塩電解、酸素濃縮器、湿度センサー及びガスセンサーなどに、固体高分子電解質膜として用いるのに有用である。
【背景技術】
【0003】
プロトン伝導体を利用した燃料電池は、ゼロエミッションを実現するエネルギー源として着目され、なかでも固体高分子形燃料電池(PEFC)は、定置型電源、パーソナルユースの携帯型電子機器類電源、あるいは移動体用電源としての開発が活発になっている。PEFCは、基本的に電解質の両側をアノード(燃料極)、カソード(空気極)で挟み込む形で構成され、アノードに還元剤=燃料(水素)を、カソードに酸化剤(酸素又は空気)を供給することで発電が行われる。
【0004】
現在、プロトン伝導体としてはパーフルオロスルホン酸系の高分子電解質膜(Nafion(登録商標)に代表される)が使用されるが、これらの電解質膜は、ガラス転移温度が低いためガラス転移温度以上での高温運転ができず、加えてプロトン伝導性は膜の含水量に依存するため、運転温度が高くなるほど水の蒸散によって電解質膜のプロトン伝導度が極端に低下する。さらに、氷点下以下では膜中の水分が凍結するといったことから、燃料電池システムの作動を大きく制限している。このような課題を解決するため、水を伴わない新しいプロトン伝導体の開発が試みられている。
【0005】
一方、ここ数年、イオン伝導性を有する低融点である“塩”が、新しい材料として脚光を浴びてきており、これらはイオン性液体、イオン液体又は常温溶融塩と呼称される。その多くはカチオンとしての有機オニウムイオン、アニオンとして、有機又は無機アニオンを組み合わせることで得られる、比較的低融点の特性を示すものを指している。これらの多くは、ヘテロ原子を含む塩基性化合物を含有するプロトン伝導体も多く含まれており、水に依存することなく高いプロトン伝導性を発現することが知られている(例えば、特許文献1,2参照)。
【特許文献1】WO 03/083981
【特許文献2】特許公開公報2003−123791号
【0006】
なお、これらは、英語ではIonic Liquid と表現されることと、最近『イオン液体』との呼称に有識者の間で統一する動きができていているため、本明細書内では、イオン液体での呼称に統一して記載する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1,2に記載の技術では、ヘテロ原子を含む塩基性化合物のヘテロ原子に結合する水素原子を利用して、プロトン伝導性の発現を実現している。また、それらの水素移動能力(水素移動度:プロトンポンプの原理で評価)は、交流インピーダンス計測で得られるイオン伝導度と比べて、同等又はそれ以下の値を示す。
従って、これらの液状電解質は、一般に、モノマーなどを用いてゲル化又は膜状に固定化を行うと、そのイオン伝導度は元々の値に比べて低下するといった挙動を示す。
【0008】
これより、液状の電解質を各種エネルギーデバイスへ適用することを目的にゲル化・固定化を行うと、イオン伝導度が低下してしまい、結果としてイオン伝導度が低いプロトン伝導体では、水素移動度が低くなってしまうことがあった。
【0009】
また、PEFCへこれらの電解質を適用することを考えると膜形状へ電解質を固定化することが望まれるが、固定化された電解質膜のイオン伝導度、プロトン伝導度が低下するため、本来持つ特性を十分発揮できていなかった。
【0010】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、膜形状に固定化しても良好なイオン伝導度やプロトン伝導度を発現し得るイオン伝導体、これを用いたエネルギーデバイス及び燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、所定のポリマーをカチオン成分とアニオン成分を含む電解質と併用することにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明のイオン伝導体は、塩基性を示す官能基を側鎖に備えるポリマーと、カチオン成分とアニオン成分を含む電解質とが共存していることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のイオン伝導体の好適形態は、上記塩基性官能基が、当該ポリマーの繰り返し単位内に少なくとも1つ存在することを特徴とする。
【0014】
更に、本発明のイオン伝導体の他の好適形態は、上記塩基性官能基が、−NR(R:H又はアルキル基)、及び/又は非共有電子対を持つヘテロ原子を含む構造であることを特徴とする。
【0015】
更にまた、本発明のイオン伝導体の更に他の好適形態は、上記電解質が、分子性カチオンと分子性アニオンの常温溶融塩であり、
上記ポリマーの側鎖に存在する塩基性官能基が、電解質を構成する分子性カチオンの誘導体に相当し、
以下の一般式(1)
モルフラクション=(分子性カチオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数)/(分子性カチオンのモル数+分子性アニオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数) …(1)
で表されるモルフラクションが、0.5超0.9以下であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明のエネルギーデバイスは、上記イオン伝導体を電極で挟持した構造部位を備えることを特徴とする。
【0017】
更に、本発明の燃料電池は、上記イオン伝導体を固体電解質として用い、当該固体電解質を電極で挟持した構造部位を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、イオン液体を主体とする電解質の固定化の際、電解質の持つイオン伝導度の低下を抑制できる。
また、従来のPEM型燃料電池の形態を維持したまま、電解質のハンドリングが容易な膜化形態とすることができる。
【0019】
更に、電解質を構成する分子性カチオン種と相当する塩基性を示す分子構造を側鎖として備える高分子マトリックスを電解質と共存させ、且つ電解質保持のマトリックスとして用いることで、電解質とポリマー側鎖間の協同的イオン伝導パスを新たに形成し、固定化電解質でのイオン伝導度の低下を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明のイオン伝導体について詳細に説明する。なお、本明細書において「%」は、特記しない限り質量百分率を示す。
【0021】
上述の如く、本発明のイオン伝導体は、塩基性を示す官能基を側鎖に備えるポリマー(A)と、カチオン成分とアニオン成分を含む電解質(B)とを共存させて成るものである。
【0022】
このような形態をとることで、非共有電子対をもつヘテロ原子からなるポリマーと電解質の間での協同作用により新たなイオン伝導パスを形成する。
これにより、従来の高いイオン伝導度を発現でき、エネルギーデバイスでのIR低下分を抑制することで、より高いエネルギー性能を得ることができる。
【0023】
[1]塩基性を示す官能基を側鎖に備えるポリマー
まず、(A)成分である所定ポリマーについて説明する。
上記ポリマーとしては、例えば、耐熱性に優れているエンジニアリングプラスチックなどを使用できる。このときは、高温領域まで適用することが可能となり、100℃以上での温度域での稼動に向けた電解質として利用できる。
【0024】
また、塩基性を示す官能基としては、非共有電子対を有するヘテロ原子をその骨格部内に含むものを使用できる。
ここで、「ヘテロ原子」とは、炭素原子及び水素原子以外の原子を意味し、複素環(ヘテロ環)を構成する炭素原子以外の原子に限定されないものとする。
また、非共有電子対を有するヘテロ原子としては、酸素原子(O)、窒素原子(N)、硫黄原子(S)、リン原子(P)、セレン原子(Se)、錫原子(Sn)、インジウム原子(In)又はアンチモン原子(Sb)及びこれらの任意の組合せを挙げることができる。
【0025】
また、上記塩基性官能基は、当該ポリマーの繰り返し単位内に少なくとも1つ存在することが好適である。
本発明は、後述するように、イオン伝導体におけるキャリアーイオンの伝導性を向上することを骨子とするものであるが、かかる塩基性官能基が繰り返し単位内に存在すれば、キャリアーイオンがルイス酸(キャリアーイオン)−ルイス塩基(非共有結合電子対を持つヘテロ原子)の水素結合及びその乖離を行うことが可能となる結合部位が、化学構造式的に等間隔で且つ多く提供されることになるので、キャリアーイオン伝導性を向上させるのに有効である。
なお、上記ポリマーは、当該ポリマーの繰り返し単位内に1種又は1個の塩基性官能基が存在する構成に限定されず、2種以上又は2個以上の塩基性官能基が存在していてもよい。
【0026】
更に、上記塩基性官能基は、−NR(R:H、アルキル基のいずれか一方又は双方)及非共有電子対のいずれか一方又は双方を持つヘテロ原子を含む構造であることが好適である。上記アルキル基としては、メチル基(−CH)やエチル基(−C)などが挙げられる。
【0027】
特に、上記塩基性官能基がヘテロ原子を有する骨格部位から成るときは、ヘテロ環を形成していることが好ましい。
このようなヘテロ環を有するポリマーは、一般に耐熱性に優れるので、イオン伝導体のキャリアーイオン伝導性を改善するだけではなく、高温安定性も向上できる。
従って、かかるヘテロ環を有するポリマーを含む本発明のイオン伝導体を、例えば燃料電池の電解質に適用すれば、従来のPEFCでは発電が困難な100〜150℃程度においても発電を行える可能性が生ずる。
【0028】
上述した塩基性官能基の具体例としては、例えば、−NR基(RはH,CH,Cなど)を有する化合物、図1〜3に示すような複素環化合物が挙げられる。
【0029】
[2]カチオン成分とアニオン成分を含む電解質
また、(B)成分である電解質について説明する。
上記電解質に含まれるカチオン成分及びアニオン成分としては、単独の原子から形成される単原子性(原子性)のものと、複数個の原子から形成される多原子性(例えば、分子性)のものに大別でき、本発明ではいずれも使用可能である。
【0030】
原子性のカチオン成分とアニオン成分を含有する電解質としては、代表的に塩化ナトリウム(NaCl)などが挙げられ、これらは高温で溶融塩状体となってイオン伝導性を発揮する。
なお、原子性アニオン成分としては、代表的にハロゲンイオン、例えばCl、Br及びIを挙げることができる。
【0031】
一方、分子性のカチオン成分とアニオン成分を含む電解質としては、以下に示すカチオン成分及びアニオン成分の具体例を含むものが挙げられる。
本発明では、分子性カチオン及び分子性アニオンを任意に組み合わせて使用することが好適である。
このときは、原子性カチオン、原子性アニオンと比べ、材料の選択性の幅が広がる。また、目的とするエネルギーデバイスに応じて、構成を最適化できる。
【0032】
まず、カチオン成分としては、例えば、以下の化学式1〜3に示すイミダゾリウム誘導体(Imidazolium Derivatives、1〜3置換体)、化学式4に示すピリジニウム誘導体(Pyridinium Derivatives)、化学式5に示すピロリジニウム誘導体(Pyrrolidinium Derivatives)、化学式6に示すアンモニウム誘導体(Ammonium Derivatives)、化学式7に示すホスフォニウム誘導体(Phosphonium Derivatives)、化学式8に示すグアニジニウム誘導体(Guanidinium Derivatives)、化学式9に示すイソウロニウム誘導体(Isouronium Derivatives)、化学式10に示すチオウレア誘導体(Thiourea Derivatives)、などが挙げられる。
【0033】
【化1】

【0034】
式中のRは、炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、Rがメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基のものを好適に使用できる。
【0035】
【化2】

【0036】
式中のR、Rは、それぞれ個別に炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、Rが水素原子、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ペンチル基、ノニル基、ヘキシル基、オクチル基、デシル基、テトラデシル基、オクタデシル基、ベンジル基のものを好適に使用できる。
【0037】
【化3】

【0038】
式中のR、R、Rは、それぞれ個別に水素原子、炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、Rがメチル基、Rが水素原子、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基又はヘキシル基であるものを好適に使用できる。
【0039】
【化4】

【0040】
式中のRは、炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。また、式中のR、R、Rは、少なくとも1つのRが水素(H)であり、残りのRがそれぞれ個別に炭素数1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、Rがエチル基、ブチル基、ヘキシル基又はオクチル基であり、R、R、Rのうち全てが水素原意であるもの、又は1つ若しくは2つがメチル基のものを好適に使用できる。
【0041】
【化5】

【0042】
式中のR、Rは、それぞれ個別に炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、Rがメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基又はオクチル基のものを好適に使用できる。更には、Rのうちの1つが水素原子であっても好適に使用できる。
【0043】
【化6】

【0044】
式中のR、R、R、Rは、それぞれ個別に炭素数1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、R、R、Rのすべてがメチル基又はブチル基であるものや、更には少なくとも1つ又は2つの官能基がエチル基、ブチル基、メトキシエチル基であるものを好適に使用できる。
【0045】
【化7】

【0046】
式中のR、R、R、Rは、それぞれ個別に炭素数1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、R、R、Rのすべてがブチル基であるものや、ヘキシル基と少なくとも1つ以上のテトラデシル基を備えるものを好適に使用できる。
【0047】
【化8】

【0048】
式中のR、R、R、R、R、Rは、それぞれ個別に水素原子、炭素数1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、R、R、R、R、Rのすべてが水素原子であるものや、R、R、R、R、R、Rのうちのいずれか1つがメチル基、イソプロピル基、フェニル基であるものを好適に使用できる。
【0049】
【化9】

【0050】
式中のR、R、R、R、Rは、それぞれ個別に水素原子、炭素数1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、R、R、R、Rのすべてがメチル基であるもの、R、R、R、Rがメチル基であり、Rがエチル基であるものを好適に使用できる。
【0051】
【化10】

【0052】
式中のR、R、R、R、Rは、水素原子、炭素数が1〜18の、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アルコキシアルキル基又は複素環式基を示す。
特に、R、R、R、Rがメチル基であり、Rがエチル基であるものを好適に使用できる。
【0053】
一方、アニオン成分としては、例えば、以下の化学式11、12に示すスルフェート類及びスルホン酸類(Sulfates and sulfonates)、化学式13に示すアミド類及びイミド類(Amides and imides)、化学式14に示すメタン類(Methanes)、化学式15〜20に示すホウ酸塩類(Borates)、化学式21、22に示すリン酸塩類及びアンチモン類(Phosphates and Antimonates)、化学式23に示すその他の塩類、などが挙げられる。
【0054】
【化11】

【0055】
【化12】

【0056】
【化13】

【0057】
【化14】

【0058】
【化15】

【0059】
【化16】

【0060】
【化17】

【0061】
【化18】

【0062】
【化19】

【0063】
【化20】

【0064】
【化21】

【0065】
【化22】

【0066】
【化23】

【0067】
また、多価アニオンとして、例えば、以下の化学式24に示すものなども使用できる。
【0068】
【化24】

【0069】
上述のような分子性イオン成分を含む電解質を採用すれば、カチオン成分とアニオン成分の組合せの自由度が大きい外、材料選択の幅も拡大できる。
また、イオン伝導体を適用するエネルギーデバイスに応じて、当該電解質を好適化することが容易となり、エネルギーデバイスへの実際の適用性を向上できる。
【0070】
所定の電解質(B)が、上述の如き分子性カチオンと分子性アニオンが構成する常温溶融塩であるときは、電解質を溶解する処理を省略でき、取り扱い性や製造工程も簡略化できるので便利である。
かかる常温溶融塩は、一般にイオン液体と称されており、常温溶融塩であるがゆえに蒸気圧が極めて低く、蒸発し難い。また、難燃性で、熱分解温度が通例250℃以上と高く、凝固点も通例は−20℃以下であり、安定性に優れた材料である。
【0071】
なお、本発明においては、所定の電解質(B)を上述の如きイオン液体のみで構成することができるが、水などの極性溶媒を加えて、当該イオン液体におけるプロトン伝導性を向上させることができ、このような極性溶媒を加えたイオン液体を電解質(B)に用いてイオン伝導体を構成することにより、キャリアーイオン伝導性を向上することも可能である。
【0072】
ここで、「キャリアーイオン」とは、プロトン(H)又はアルカリ金属イオンを意味するものとする。
本発明のイオン伝導体をPEFCの電解質膜に適用する場合には、プロトン伝導性が直接の技術対象となる。
なお、これが他のエネルギーデバイス、例えばリチウムイオン電池になれば、そのキャリアーイオンはLiとなり、目的とするエネルギーデバイスの形態によってキャリアーイオンは適宜変更することが可能である。
【0073】
また、本発明においては、上記分子性カチオンが、非共有電子対を有するヘテロ原子を含むことが好適である。
特定ヘテロ原子を有する分子性カチオンを含むイオン液体では、以下の化学式25に示すグロータス機構(Grotthuss Mechanism)及び化学式26に示すビークル機構(Vehicle Mechanism)によって、良好なプロトン伝導性を示すことが知られている。
【0074】
【化25】

【0075】
【化26】

【0076】
特定ヘテロ原子を有する分子性カチオンを用いることによって、電解質(B)中のイオン(特にプロトン)伝導物質として、イオンキャリアとなりえるカチオン分子やアニオン分子のビークル機構と、イオンキャリア間をキャリアーイオンがホッピングしてイオン伝導を行うグロータス機構の両者を活用できる。グロータス機構とビークル機構の寄与の割合は選択するカチオン分子、アニオン分子によって大きく異なるが概してビークル機構が支配的であると考えられる。
本発明の系では、系に共存する支持体と電解質(B)の界面に介在する非共有電子を利用して、電解質とのイオン伝導の共同作用を発揮できるため、イオン伝導度がより早いグロータス機構の寄与を増加させることができるため、固定化に伴うイオン伝導度の低下を抑制することが可能となる。
【0077】
[3]所定ポリマー(A)と所定電解質(B)との共存
上述のように、本発明のイオン伝導体は、以上に説明した所定ポリマー(A)と所定電解質(B)を混在させて成るものであり、図4に示すようなメカニズムによって、キャリアーイオンの伝導性に優れるものである。
【0078】
即ち、ポリマー(A)の塩基性官能基や電解質(B)のヘテロ原子が相互に近距離に存在するため、キャリアーイオン(特にプロトン)のイオン伝導において、上述のグロータス機構又はビークル機構によってキャリアーイオンが伝達されるのであるが、本発明の形態をとることで当該塩基性官能基やヘテロ原子の間をキャリアーイオンが移動し易くなり、中でもイオン伝導度がより早いグロータス機構の寄与を増加させることができるため、良好なプロトン伝導性を示すこととなる。
【0079】
また、プロトン伝導性を向上させる観点から、上記ポリマー(A)の塩基性官能基は、分子性カチオンから誘導される誘導体に相当することが好適である。
このときは、両者の立体的な構造が近似し得るので、ポリマーの塩基性官能基とカチオン分子とをより近接させることでよりプロトン伝導性を向上できる。
【0080】
具体的には、以下の一般式(1)
モルフラクション=(分子性カチオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数)/(分子性カチオンのモル数+分子性アニオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数) …(1)
で表されるモルフラクション(無次元数)が、0.5超0.9以下であることが好適である。
また、イミダゾール基のモルフラクションとイオン伝導度の関係を図5に示す。
【0081】
なお、かかるイオン伝導体は、まず所定の分子性カチオンを規定し、この分子性カチオンと同種の誘導体をポリマー(A)が塩基性官能基として備えるように、当該ポリマー(A)を合成すればよい。また、まず支持体となるポリマー(A)を規定し、このポリマー(A)が側鎖として備える塩基性官能基と同種の構造を有する分子性カチオンを適宜選択してもよい。
【0082】
代表的には、所定ポリマー(A)を支持体とし、これに所定電解質(B)を固定化することができる。
このときは、電解質を保持する支持体と、新たなイオン伝導場形成の物質を兼用して用いることができる。また、電解質(B)側から見れば、優れたキャリアーイオン伝導性を発現できる電解質の固定化や膜状化が実現できる。
よって、本発明によれば、固体高分子型燃料電池(PEFC)などへの適用性に優れたイオン伝導体を提供できる。
【0083】
なお、電解質(B)をポリマー(A)に有効に固定化する観点からは、ポリマー(A)をフィルム化することが好ましく、これにより、成形が容易となり支持体としての機能を発揮し易くなる。また、均質な支持体の形成が容易となり、この支持体に保持した電解質のエネルギーデバイスへの適用範囲が広がる。
【0084】
フィルム(膜)厚は、10〜500μmのものが適用できる。デバイス内のイオン伝導に起因する電気抵抗として検出される抵抗分はフィルム厚に伴って大きくなることと、あまりにも薄くすると、ハンドリング性が低下するため、好ましくは15〜200μm、とりわけ20〜150μmとすることが好ましい。
【0085】
また、ポリマー(A)を多孔質化してもよく、これにより、多孔体であるポリマー(A)の空孔(細孔)を利用して、大量の電解質(B)を固定化できるようになり、ひいてはキャリアーイオン伝導性を更に向上できることになる。
なお、ポリマー(A)の多孔質化に際し、多孔体ポリマーの気孔率、細孔径や細孔分布を調整することが可能であり、これにより、キャリアーイオン伝導度や電解質保持力を設計できるので、用途などに応じた所望のイオン伝導体を得られるようになる。
【0086】
電解質保持量が大きくなるため、空孔率は高いものほど好ましく、50〜90%が望ましい。空孔率は高くなるほど、支持体の強度が低下するため好ましくは 60〜85%、より好ましくは、電解質保持量と支持体の強度のバランスがとりやすい 65〜80%のものが好適である。
【0087】
多孔質体の細孔径は、0.01〜50μmのものが使用できる。電解質の保持能力向上の面からは、細孔径は小さくなるほど好ましく、0.02〜20μm、さらに好ましくは0.05〜10μmである。
【0088】
次に、本発明のエネルギーデバイスについて説明する。
上述の如く、本発明のエネルギーデバイスは、上記のイオン伝導体を電極で挟持した構造部位を有するものである。
上記イオン伝導体がキャリアーイオン伝導性に優れるので、このエネルギーデバイスは電圧降下(IR降下)に伴うエネルギー損失が小さく、従って、高エネルギー性能を発揮し得る。
【0089】
かかるエネルギーデバイスの具体例としては、燃料電池、リチウムイオン電池、電気二重層キャパシタ、色素増感型太陽電池を挙げることができる。
なお、水電解、ハロゲン化水素酸電解、食塩電解、酸素濃縮器、湿度センサー及びガスセンサーに用いられる固体高分子電解質膜にも適用することができる。
【0090】
次に、本発明の燃料電池について説明する。
この燃料電池は、上記のエネルギーデバイスを単セルとするものであり、上述のIR降下抑制能から、高い発電力を発揮するものである。
【0091】
これにより、従来のPEM用電解質では稼動が困難な100℃以上の運転を可能とする。
また、外気との気温差が大きくなることで燃料電池発電時に発生する熱の排出負荷を低減できるため、ラジエターの負荷を従来のPEFC型燃料電池より低下させることができる。その結果、ラジエターサイズを低減でき、容積低減、軽量化などが可能となる。
【0092】
更に、電解質が分子性イオンで構成されるときは、従来のPEFCのように高いイオン伝導性を発現するために水を必要としないので、移動体自体に水を備えなくて良くなるため、移動体に適用すれば軽減化が図れる。
【0093】
なお、この燃料電池をスタッキングすることなどにより、燃料電池(発電)システムを構築することも可能であるが、このシステムが高い発電力を発揮することはいうまでもない。
【実施例】
【0094】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0095】
1.イオン伝導体の調製
(実施例1)
支持体としてポリ−N−ビニルイミダゾールを用い、電解質として1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフレート(EMImOTf)とのコンポジット化によるイオン伝導体を以下の手順で調整を行った。
【0096】
N−ビニルイミダゾールモノマーとメチルメタクリレート(MMA)、EMImOTfがモル比1:4:2となるようにアセトンに溶解し、ここへ2,2−アゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤としてビニルユニットの5モル%となるように添加し、薄膜上にキャストした後、70℃で12時間重合反応を行い乾燥後膜状のイオン伝導体を得た。
【0097】
ここで使用したEMImOTfは、市販されている1−エチル−3−メチルイミダゾリウムルクロライドとトリフルオロメタンスルホン酸を等モル量混合し、室温で12時間混合撹拌して得られたものを減圧乾燥にて予備乾燥を行い、さらに得られたものをヘキサン/酢酸エチル混合溶媒(容量比 1/1)で洗浄を行った後、減圧乾燥したものを使用した。
【0098】
(実施例2)
実施例1使用したN−ビニルイミダゾールモノマーと2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、EMImOTfをモル比1:8:4とし、重合開始剤として過酸化ベンゾイルをポリマー重量に対して5%となるように添加し、キャストしたものを80℃で24時間重合反応を行い、乾燥後膜状のイオン伝導体を得た。それ以外は実施例1と同様の操作を繰返して、イオン伝導体を作製した。
【0099】
(実施例3)
実施例1使用したN−ビニルイミダゾールモノマーとEMImOTfをモル比4:1とし、それ以外は実施例1と同様の操作を繰返して、イオン伝導体を作製した。
【0100】
(実施例4)
実施例3で使用したN−ビニルイミダゾールモノマーに平均粒径約70〜100nmのシリカ微粒子をポリマーに対して重量比4:1となるように添加し、キャスト成型した後に実施例1に従って重合・乾燥を行い膜形状とした。製膜後に10重量%フッ酸水溶液で処理することで、中に含まれているシリカ微粒子を取り除き、フッ酸(HF)処理にてシリカ微粒子を溶解して多孔質化した後、EMImOTfを含浸することで、イオン伝導体を作製した。
【0101】
(比較例1)
実施例1で作製した電解質膜のモノマーをポリ−N−ビニルイミダゾールからメチルメタクリレート(MMA)に置き換え、それ以外は実施例1と同様の操作を繰返して、イオン伝導体を作製した。
【0102】
2.イオン伝導度の計測
イオン伝導度は、表面に白金黒を形成したPt電極を備える専用セルを用いた。電解質容器にゾル電解質を流し込み、室温で静置しながら自然冷却を行い、ゲル化したものを用いて、交流インピーダンス法により電解質のイオン伝導度を計測した。
この結果を表1に示す。また、実施例1と比較例1で得たイオン伝導体について、温度変化に対するイオン伝導度の変化をグラフ図6に示す。
【0103】
【表1】

【0104】
表1に示すように、実施例1から実施例4では、いずれの場合でも良好なイオン伝導度を示したことから、本発明の効果が認められた。一方、比較例1では、40℃にて0.085mS/cmの値を示し、本発明を適用した実施例1〜4に比べて著しくイオン伝導度が低下していた。
【0105】
なお、図5は、EMImOTfへN−エチルイミダゾールを添加して、電解質溶液内におけるイミダゾール基モルフラクションに対するイオン伝導度変化を示すグラフである。
このように、系内でのイミダゾール成分が多くなるとイオン伝導度の向上が認められることは、渡邉らの発表と符合する(「Chem.commun、p.938,2003」参照)。
【0106】
以上、本発明を好適実施例と比較例により、詳細に説明したが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において、種々の変形が可能である。
例えば、ここでは単一組成のイオン液体を電解質として用いたが、2種類以上のイオン液体を混合して使用しても良い。
また、イミダゾールのようなオニウム塩となっていないものを混合しても良い。この場合、イミダゾールの比共有結合電子対を持つNもイオン伝導に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】本発明で使用するポリマーが備える塩基性側鎖の一例を示す化学式である。
【図2】本発明で使用するポリマーが備える塩基性側鎖の他の例を示す化学式である。
【図3】本発明で使用するポリマーが備える塩基性側鎖の更に他の例を示す化学式である。
【図4】キャリアーイオンの流れの一例を示す概念図である。
【図5】モルフラクションとイオン伝導度の関係を示すグラフである。
【図6】実施例1と比較例1のイオン伝導体について、各温度域でのイオン伝導度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性を示す官能基を側鎖に備えるポリマーと、カチオン成分とアニオン成分を含む電解質とが共存していることを特徴とするイオン伝導体。
【請求項2】
上記塩基性官能基が、当該ポリマーの繰り返し単位内に少なくとも1つ存在することを特徴とする請求項1に記載のイオン伝導体。
【請求項3】
上記塩基性官能基が、−NR(R:H又はアルキル基)、及び/又は非共有電子対を持つヘテロ原子を含む構造であることを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン伝導体。
【請求項4】
上記電解質に含まれるカチオン成分及びアニオン成分が、それぞれ分子性カチオン及び分子性アニオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項5】
上記電解質が、分子性カチオンと分子性アニオンの常温溶融塩を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項6】
上記電解質に含まれる分子性カチオンが、非共有電子対を持つヘテロ原子を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項7】
上記塩基性官能基が、分子性カチオンから誘導される誘導体に相当することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項8】
上記ポリマーが、上記電解質の支持材として機能することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項9】
上記ポリマーがフィルム状をなすことを特徴とする請求項1〜8のイオン伝導体。
【請求項10】
上記ポリマーが多孔体を形成することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項11】
キャリアーイオンがプロトンであることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体。
【請求項12】
上記電解質が、分子性カチオンと分子性アニオンの常温溶融塩であり、
上記ポリマーの側鎖に存在する塩基性官能基が、電解質を構成する分子性カチオンの誘導体に相当し、
以下の一般式(1)
モルフラクション=(分子性カチオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数)/(分子性カチオンのモル数+分子性アニオンのモル数+ポリマー全体に含まれる官能基数) …(1)
で表されるモルフラクションが、0.5超0.9以下であることを特徴とするイオン伝導体。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体を電極で挟持した構造部位を備えることを特徴とするエネルギーデバイス。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1つの項に記載のイオン伝導体を固体電解質として用い、当該固体電解質を電極で挟持した構造部位を備えることを特徴とする燃料電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2007−59235(P2007−59235A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−244081(P2005−244081)
【出願日】平成17年8月25日(2005.8.25)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】