説明

イオン化率の計測方法及びイオン化率計測装置

【課題】 プラズマを用いた表面処理の生産性、効率性向上を図ることのできるイオン化率の計測方法及び装置を提供する。
【解決手段】 プラズマ6を用いて表面処理を行う真空チャンバ1内に、少なくとも一つのイオン化率計測用基材ホルダー8に複数個のイオン化率計測用基材4を配置し、該イオン化率計測用基材4に略プラズマ電位以下の電位を印加した場合とプラズマ電位より高い電位を印加した場合について、同一時間、成膜を実施し、その後それぞれのイオン化率計測用基材4の膜厚を測定して、その膜厚測定結果からイオン化率を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプラズマを用いて基材に成膜等の表面処理を施すにあたり、該プラズマ中のイオン化率の計測方法及びイオン化率計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマを用いた表面処理、例えばプラズマCVD法や真空蒸着法、スパッタリング法、真空アーク蒸着法等は工具、金型、摺動部品、電子部品等の皮膜の成膜に利用されている。
【0003】
中でも、真空アーク蒸着法は、陽極と陰極の間にアーク放電を生じさせ、陰極材料を蒸発させて基材に蒸着するという成膜方法であり、プラズマ密度が高いだけでなく、イオン化率が極めて高いために、膜応力の制御がしやすく、また表面処理用基材と所望の膜との間の界面に混合層を有効に形成することによって、極めて密着性の高い膜形成が可能な成膜方法である。また、生産性に優れているという特徴をもち、切削工具、摺動部品等への利用が著しく多くなっている。
【0004】
しかし、一方で、アーク放電によってプラズマを発生させる際、イオンや電子以外にも、陰極からパーティクル(あるいは、マクロパーティクル)と呼ばれる数ミクロン以上の巨大粒子が発生し易く、これらの粒子が表面処理用基材に付着したり、混入して膜特性を劣化させたり、膜剥離が生じやすくなることが知られている。
【0005】
このパーティクルは、アーク放電電流を大きくすると、その粒子径が大きくなり、数も増えるため、膜の適用分野によってはアーク放電電流をある一定値以下にする必要がある。
【0006】
しかし、アーク放電電流をあまり小さくするとプラズマのイオン化率が低くなり、膜応力の制御が困難になって、表面処理用基材と膜との界面に混合層を有効に形成することができなくなり、密着性の高い膜形成が出来なくなるという問題が生じる。
【0007】
したがって、これらの問題を生じさせないようにするためには、イオン化率のモニタリング機能が必要になってくる。
【0008】
さらに、従来のプラズマを用いた表面処理装置では、ラングミュアプローブなどを用いてプラズマ密度計測をしているのが一般的である(例えば、特許文献1参照。)が、これでは中性粒子の密度を計測することができない。
【0009】
したがって、全粒子中に占めるイオンの割合、すなわちイオン化率が分からず、異常原因等によりイオン化率が低下し、その表面処理に支障が出ている場合でもそのまま表面処理を実施し続けてしまい、その結果、不良な表面処理用基材を多量に生み、膨大な損失を生むことになる。
【0010】
また、例えば特許文献2では、定性的にイオン化率を向上させる方法や装置が開示されているが、イオン化率を定量的に把握する計測方法や装置は未だ提案されていないようである。
【0011】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】2009−105431号公報
【特許文献2】2010−159498号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記した問題点やイオン化率の測定法や装置の現状に鑑み、本発明は、プラズマを用いた表面処理のイオン化率をモニタリング(計測)し、上記問題点を解決する、あるいは定量的に把握することのできるイオン化率の測定方法および装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記課題を解決するため、プラズマを用いて表面処理を行う表面処理装置内に、少なくとも一つのイオン化率計測用基材ホルダーに複数個のイオン化率計測用基材を載置し、該イオン化率計測用基材に略プラズマ電位以下の電位とプラズマ電位より高い電位の二通りの電圧を個々に印加して、所望の成膜処理を実施した後、前記イオン化率計測用基材に成膜された膜の膜厚を測定し、それらの測定結果から所定の算出式によりイオン化率を算出することを特徴としている。
【0015】
また、本発明は、プラズマを用いて表面処理を行う表面処理装置内に、少なくとも一つのイオン計測用基材を載置するイオン化率計測用基材ホルダーと、該イオン化率計測用基材ホルダーに載置された複数個のイオン化率計測用基材と、該イオン化率計測用基材に略プラズマ電位より以下の電位とプラズマ電位より高い電位の二通りの電圧を個々に印加する電源とを具備し、前記二通りの電圧のうち、所定の電圧を前記イオン化率計測用基材に印加して成膜する際に所望のイオン化率計測用基材のみが成膜処理されるように、他の前記イオン化率計測用基材を遮蔽するシャッター機構を配設したことを特徴としている。
【0016】
また、本発明はプラズマCVD法や真空蒸着法、スパッタリング法、真空アーク蒸着法等にできるのは勿論であるが、アーク蒸着法及びその装置に特に有効に適用できることを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明によると、上記真空アーク蒸着法に代表される、プラズマを用いた表面処理について、効率性かつ生産性を向上させて操業することができるようにするためのプラズマ中のイオン化率を定量的に把握するイオン化率測定方法及び装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る真空表面処理装置の実施形態である真空アーク蒸着装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態について、添付図面を参照して説明する。 図1は本発明の一実施形態である真空アーク蒸着装置を示している。 以下図1を用いて成膜処理を行う場合を例にとって説明する。
【0020】
本装置による成膜は次のように行われる。
真空チャンバ1は図示しないターボ分子ポンプ、ロータリーポンプなどの排気系によって所定の真空度まで排気される。その後、蒸発材料で構成される陰極2と真空チャンバ1との間に、図示しない直流電源によってアーク放電を開始させ、陰極2から蒸発材料を蒸発させ、表面処理用基材ホルダー7に載置された表面処理用基材3に成膜を行う。通常、表面処理用基材が多数の場合、陰極2を他の真空チャンバ壁に複数個設けたり、多段に設けたりして、表面処理用基材ホルダー7を陰極に対して公転させる。
【0021】
このとき、例えば、陰極材料をグラファイトとすれば、基材ホルダー7に保持された複数個の表面処理用基材3表面にDLC膜(ダイアモンドライクカーボン膜)が形成される。
【0022】
本実施形態では複数個のイオン化率計測用基材4が載置されるイオン化率計測用基材ホルダー8は、表面処理用基材3を載置する表面処理用基材ホルダー7の下方に設けられている。そして、成膜されるイオン化率計測用基材4は陰極2に対向した表面処理用基材3とほぼ同一面上になるように配置されている。 イオン化率計測用基材ホルダー8は表面処理用基材ホルダー7の上方に設けてもよいし、両方に設けてもよい。
【0023】
(イオン化率算出のための膜厚の測定)
まず、図1に示す装置においてアーク放電によりプラズマを発生させ、例えばシングルプローブ法によってプラズマ電位を測定する。この測定は成膜中に行ってもよい。
【0024】
次に、イオン化率計測用基材4の1個に、電源5により前記シングルプローブ法によって測定したプラズマ電位に基づいて、略プラズマ電位以下の電位(電圧)をイオン化率計測用基材4に印加して成膜を実施する。その際、成膜されるイオン化率計測用基材4の他の基材には膜が形成されないようにする。
【0025】
この成膜が終了すると、次に別のイオン化率計測用基材4に電源5によりプラズマ電位より高い電位を印加して成膜を実施する。その際、成膜済み及び未成膜のイオン化率計測用基材4には成膜されないようにする。
【0026】
なお、所定のイオン化率計測用基材4の成膜される以外のイオン化率計測用基材4が成膜されないようにするにはイオン化率計測用基材4前面に図示しないシャター機構を設けてプラズマ中のイオンや中性粒子等を遮蔽すればよい。
【0027】
また、所定のイオン化率計測用基材4以外の他のイオン化率計測用基材4が成膜されないようにするには、プラズマ領域(表面処理領域)から隔離するようにしてもよい。
【0028】
以上のような二通りの成膜は順序が入れ替わってもよいが、同一時間実施される(成膜される)必要がある。また、これら二通りの成膜は、表面処理用基材3への成膜中に実施すればよい。
【0029】
表面処理用基材3への成膜が終了すると、これらイオン化率計測用基材4を取り出し、段差計などによって膜厚を測定する。
【0030】
なお、イオン化率計測用基材4に電源5により略プラズマ電位以下の電位を印加する場合、その差分電圧をあまり大きくしすぎると、イオンのエネルギーが大きくなりすぎ、膜がスパッタリングされることになるので、略プラズマ電位以下の電位としては、通常は大きくても100V程度を挙げることができるが、このスパッタリングの現象は膜の材質やイオン種によって異なるので、略プラズマ電位以下の電位としては、膜厚の電圧依存性を測定しておき、スパッタリングされない、あるいはスパッタリングされても無視できるような電圧以下に設定すればよい。
【0031】
イオン化率計測用基材4に電源5によりプラズマ電位より高い電位を印加する場合、その差分電圧がイオンの持っている運動エネルギー相当量より小さい場合はイオンも成膜されてしまうことになるので、差分電圧はイオンの持っている運動エネルギー相当量よりも大きな電圧を印加する必要がある。例えば、プラズマ電位より高い電位としてはプラズマ電位よりも50V以上高い電位であり、好ましくは100V以上高い電位を挙げることができる。
【0032】
次に、測定した膜厚をそれぞれt-、+ とする。ここで、t- はイオン化率計測用基材4に電源5により略プラズマ電位以下の電位を印加して成膜をした場合、t+ はイオン化率計測用基材4に電源5によりプラズマ電位より高い電位を印加して成膜をした場合である。
【0033】
(イオン化率の算出式)
以上の、2種類によって得られた膜厚t-、+ は、それぞれ次のように考えられる。
【0034】
イオン化率計測用基材4に略プラズマ電位以下の電位を印加して成膜を実施した場合、イオンと中性粒子によって膜が形成されるので、膜厚はイオンと中性粒子の密度を反映したものとなる。
【0035】
一方、イオン化率計測用基材4にプラズマ電位より高い電位を印加して成膜を実施した場合は、イオン(正イオン)はイオン化率計測用基材4から電界によって反射されて、イオン化率計測用基材4に付着しないと考えられる。
【0036】
したがって、この場合は中性粒子のみによって膜が形成されているので、膜厚は中性粒子の密度を反映したものになる。
【0037】
したがって、イオン化率をRとすると、次の(1)式が成り立つ。
【0038】
[数1]
R=(t--t+ )/t-・・・・・・(1)

【0039】
(1)式により、イオン化率を算出することができる。
【0040】
以上のような計測を成膜のたびに実施すれば、その成膜におけるイオン化率の状況をロット毎に把握することができ、その成膜の良・不良の判定ができる。
【0041】
このような計測は成膜を実施する度に実施することが望ましいが、イオン化率の低下がもし装置内の汚れなどに起因するような場合は、例えば成膜10回に1回の割合で実施していき、イオン化率の変化を把握することによって、装置メンテナンスの時期を予測することが可能になり、装置の効率的な運用をすることができる。
【0042】
イオン化率は(1)式のように、同一時間、成膜された膜厚から算出されるが、もし成膜が同一時間でされなかった場合は、膜厚を成膜時間で割った値、すなわち、成膜速度に置き換えて、(1)式によってイオン化率を算出すればよい。
【0043】
以上の実施形態では真空アーク蒸着法及び装置の場合について説明したが、本発明はこれに限らず、スパッタリング等のPVD法やプラズマCVD法等CVD法の成膜プロセス及びそれらの装置等にも適用可能である。
【0044】
以上、本発明の実施形態を説明したが、これらはあくまで一つの実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、プラズマを用いた表面処理のうち、膜の成膜を行う場合の効率性、生産性向上を図る方法及び装置に利用できる。
【符号の説明】
【0046】
1 真空チャンバ
2 陰極
3 表面処理用基材
4 イオン化率計測用基材
5 電源
6 プラズマ
7 表面処理用基材ホルダー
8 イオン化率計測用基材ホルダー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマを用いて表面処理を行う表面処理装置内に、少なくとも一つのイオン化率計測用基材ホルダーに複数個のイオン化率計測用基材を載置し、該イオン化率計測用基材に略プラズマ電位以下の電位とプラズマ電位より高い電位の二通りの電圧を前記イオン化率計測用基材に個々に印加して所望の成膜処理を実施した後、前記イオン化率計測用基材に成膜された膜の膜厚を測定し、それらの測定結果からイオン化率を算出することを特徴とするイオン化率の計測方法。
【請求項2】
前記所定の成膜処理が真空アーク蒸着法による成膜である請求項1に記載のイオン化率の計測方法。
【請求項3】
プラズマを用いて表面処理を行う表面処理装置内に、少なくとも一つのイオン計測用基材を載置するイオン化率計測用基材ホルダーと、該イオン化率計測用基材ホルダーに載置された複数個のイオン化率計測用基材と、該イオン化率計測用基材に略プラズマ電位以下の電位とプラズマ電位より高い電位の二通りの電圧を前記イオン化率計測用基材に個々に印加する電源とを具備し、前記二通りの電圧のうち、所定の電圧を前記イオン化率計測用基材に印加して成膜する際に所望のイオン化率計測用基材のみが成膜処理されるように、他の前記イオン化率計測用基材を遮蔽するシャッター機構を配設したことを特徴とするイオン化率の計測装置。
【請求項4】
前記表面処理装置が真空アーク蒸着装置である請求項3に記載のイオン化率の計測装置。












【図1】
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