説明

イオン源

【課題】プラズマ生成容器に複数の被加熱体が設けられるイオン源において、安定した熱電子の放出が可能であり、被加熱体を交換するまでのイオン源の運用時間を長くする。
【解決手段】イオン源は、ガスが供給されてプラズマを生成する、導体面を有する内部空間を備えたプラズマ容器と、このプラズマ容器と電気絶縁され、内部空間の内壁面から突出し、通電することにより前記内部空間に熱電子を放出する一対の熱電子放出素子と、 一対の熱電子放出素子のそれぞれに電流を流す電源と、を有する。プラズマ容器内のプラズマに曝される内壁面の材料と、一対の熱電子放出素子の、プラズマに曝され、熱電子を放出する部分の材料が、同じ金属を主成分とする材料で構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスを供給してアーク電圧を印加することによりプラズマを生成し、このプラズマからイオンビームを生成するイオン源、例えば、半導体用イオン注入装置やFPD(Flat Panel Display)製造用イオン注入装置に用いるイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン源においてプラズマを発生させるとき、減圧環境下のプラズマ容器内に動作ガスを供給し、プラズマ容器内において、2000℃以上に加熱したフィラメント等の被加熱体を、熱電子を放出するカソードとして用い、プラズマ容器内の導体層からなる内張り部材(ライナー)または容器自体をアノードとして用いる。上記カソードとアノードとの間には数十〜数百Vの電圧を印加してアーク放電を発生させて動作ガスを電離させる。
【0003】
このようなプラズマを発生させてイオンビームを取り出すイオン源の運用中、プラズマ容器内ではプラズマ中のイオンの衝突によるスパッタと、プラズマ中の化学的活性種により浸食作用及び化学的気相反応が生じる。これにより、アノード、カソード及びプラズマ容器内表面が摩耗・浸食され、この摩耗・浸食した材質が、上記アノード、カソード及び容器内表面に堆積する。この摩耗・浸食と堆積がイオン源の運用中に頻繁かつ複雑に発生する。
また、カソードの上記摩耗・浸食によって熱電子の放出効率は変化するため、イオン源から取り出されるイオンビーム電流が安定しない場合も多い。この場合、カソードとして機能する被加熱体の加熱量を調整してイオンビーム電流が制御される。
【0004】
下記特許文献1には、一対の対向する被加熱体であるフィラメントで単一のプラズマを発生させるイオン源が記載されている。
下記特許文献2には、プラズマ容器内に使用するフィラメント(被加熱体)と予備のフィラメント(被加熱体)とを設け、予備のフィラメントは、使用するフィラメントの寿命時に切り換えて使用することが記載されている。これによりフィラメントを交換するまでのイオン源の運用時間を長期間にできるとされている。
【0005】
【特許文献1】特開平11−273580号公報
【特許文献2】特開平6−349433号公報
【0006】
上記特許文献1に記載される、対向する一対の被加熱体であるフィラメントで単一のプラズマを発生させるイオン源では、一対のフィラメント間で発熱温度に偏りがあるためフィラメントの熱電子放出量が偏る場合が多い。この場合、被加熱体の発熱温度を計測し制御することが必要であるが、フィラメントは2000℃以上の高温の発熱状態にあり、しかも、容器と被加熱体の間には数十〜数百Vの電位差があるため、温度を計測する計測センサを設けることは難しい。また、数〜数百mA以上と大きく変化させるイオンビーム電流を、被加熱体の加熱量の操作により制御しているので、発熱温度の偏りのための制御を更に加えることは、安定した制御を行う点で難しい。
一方、上述した摩耗・浸食作用と堆積作用とにより、被加熱体の表面には、アノード、カソード及び容器内表面の材質が膜となって堆積する。被加熱体の温度変化により、一時的に温度が低下した場合、上記堆積作用が助長されて被加熱体の表面には多くの堆積物が付着する。このような被加熱体の堆積層は、熱電子放出のために被加熱体を加熱しても熱電子放出の障害となり、場合によっては被加熱体を溶損させるといった不具合が生じる。
【0007】
一方、上記特許文献2に記載されるイオン源のように、プラズマを発生させる運用中のプラズマ容器内に予備のフィラメントを設けておくと、実際、上述した堆積層がフィラメントに多量に付着する。多量の堆積層が付着したフィラメントを熱電子放出のために使用すると、上述したようにこの堆積層が熱電子放出の障害となり、場合によっては堆積層が被加熱体を溶損させるといった不具合が生じる。
このため、上記特許文献1,2に記載のイオン源は、安定した熱電子の放出ができず、被加熱体を交換するまでのイオン源の運用時間を長くするとはいえない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、上記問題点を解決するために、プラズマ生成容器に複数の被加熱体が設けられるイオン源において、安定した熱電子の放出が可能であり、被加熱体を交換するまでのイオン源の運用時間を長くすることのできるイオン源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、ガスを供給してアーク電圧を印加することによりプラズマを生成し、このプラズマからイオンビームを生成するイオン源であって、ガスが供給されてプラズマを生成する、導体面を有する内部空間を備えたプラズマ容器と、前記プラズマ容器と電気絶縁され、前記内部空間の内壁面から突出し、通電することにより前記内部空間に熱電子を放出する一対の熱電子放出素子と、前記一対の熱電子放出素子のそれぞれに電流を流す電源と、を有し、前記プラズマ容器内のプラズマに曝される内壁面の材料と、前記一対の熱電子放出素子の、プラズマに曝され、熱電子を放出する部分の材料とが、同じ金属を主成分とする材料で構成されていることを特徴とするイオン源を提供する。
【0010】
なお、前記金属は、タンタル、タングステン、モリブデン、及びこれらの金属のうち2つ以上の金属で作られた合金の中から選択されたものであることが好ましい。
【0011】
また、前記電源は、前記一対の熱電子放出素子に対応して設けられるそれぞれ制御可能な一対の電源であり、前記一対の熱電子放出素子うち、一方の熱電子放出素子のみが、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低を調整できるように、前記一対の電源のうち一方の電源は、熱電子を放出させる程度に加熱するように電流が調整されていることが好ましい。その際、前記一対の電源のうち、他方の電源は、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない程度に弱く加熱するように電流が調整されていることが好ましい。
【0012】
また、前記一対の熱電子放出素子は、例えば、前記プラズマ容器内の対向する内壁面に、対向するように設けられていることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明のイオン源は、プラズマ容器内のプラズマに曝される内壁面の材料と、一対の熱電子放出素子の、プラズマに曝され、熱電子を放出する部分の材料が、同じ金属を主成分とする材料で構成されている。このため、イオン源の運用によって熱電子放出素子に付着する堆積層の成分は、熱電子放出素子の熱電子を放出する部分と同じ金属を主成分とする。したがって、この堆積層は、熱電子の放出の障害とならず、安定した熱電子の放出が可能となる。従来のように、熱電子放出素子と成分の異なる堆積層が熱電子放出素子に付着して安定した熱電子の放出ができず、これによって熱電子放出素子の運用時間が短いのに対して、本発明はイオン源の運用時間を長くすることができる。
また、一方の熱電子放出素子を用いておもに熱電子を放出させつつ、他方の熱電子放出素子を、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱することにより、他方の熱電子放出素子に付着する堆積層の量を抑制し、かつ、付着する堆積層を密の構造とすることができる。これにより、より安定した熱電子の放出が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明のイオン源について、添付の図面に示される好適実施例を基に詳細に説明する。図1は、本発明のイオン源の一実施形態の構成を示す断面図である。
イオン源1は、原料ガスを供給し放電することによりプラズマPを生成し、このプラズマPからイオンを取り出すことによりイオビームBを生成するバーナス源である。イオン源1は、図1に示す様に、プラズマ容器10、フィラメント12,14、カソード反射板16,18、絶縁部材20、原料ガス供給口22、イオンビーム取出口24、引き出し電極26,28、および磁石30,32を有する。プラズマ容器10は、図示されないイオン注入装置の減圧容器内に収納され、プラズマ容器10内で10−2〜10−3(Pa)に減圧された状態となっている。
【0015】
プラズマ容器10は、直方体形状の内部空間を有する放電箱である。
プラズマ容器10の内部空間は、耐高温性を有する導電性材料で構成され、特にプラズマPに曝される部分の内壁面、例えばフィラメント12,14の先端の間に位置する内壁面は、タングステン、モリブデン、タンタルの中から選択される金属、またはこれらの金属の合金からなる部材により構成されている。プラズマ容器10の容器全体が、タングステン、モリブデン、タンタルの中から選択される金属、またはこれらの金属の合金によって構成されてもよいが、プラズマ容器10の内部空間の、プラズマPに曝される部分の内壁面、例えばフィラメント12,14の先端の間に位置する内壁面が内張り部材(ライナー)で形成され、この内張り部材がタングステン、モリブデン、タンタルの中から選択される金属、またはこれらの金属の合金によって構成されたものであってもよい。
【0016】
プラズマ容器10の内部空間の内壁面には、互いに対向する壁面から内部空間に突出するフィラメント12,14が設けられている。フィラメント12,14の背面側には、カソード反射板16,18が設けられている。カソード反射板16,18は、絶縁部材20を介してプラズマ容器10に固定されて設けられる。図2(a),(b)は、フィラメント12とカソード反射板16の配置を示す部分断面図である。フィラメント14とカソード反射板18も同様に構成される。図2(a),(b)に示すように、カソード反射板16は、プラズマ容器10の内部空間の断面を略占有するように設けられている。さらに、カソード反射板16は、脚部16a及び孔16bを有し、脚部16aに設けられた孔を貫通した一方のフィラメント12の端はプラズマ容器10の外側に引き出されている。孔16bを貫通した他方のフィラメント12の端は、スリーブ34を通り抜けてプラズマ容器10の外側に引き出されている。脚部16aとスリーブ34は、絶縁部材20を介してプラズマ容器10に固定されている。孔16bの、フィラメント12とカソード反射板16との隙間には、絶縁部材20が充填されている。このように絶縁部材20を用いて、フィラメント12及びカソード反射板16は、プラズマ容器10に対して絶縁されている。
【0017】
フィラメント12,14は、プラズマ容器10内のプラズマPに曝される部分の内壁面の材料と、同じ金属を主成分とする材料で構成されている。さらに、カソード反射板16,18もプラズマ容器10内のプラズマPに曝される部分の内壁面の材料と、同じ金属を主成分とする材料で構成されている。
例えば、フィラメント12,14は、タングステン、モリブデン、タンタルの中から選択される金属、またはこれらの金属の合金によって構成されている。ここで主成分とは、質量比率で90%以上を占める最大成分をいう。フィラメント12,14の材料は、プラズマ容器10の内部空間のプラズマPに曝される部分の内壁面の材料、すなわちタングステン、モリブデン、タンタルの中から選択される金属、またはこれらの金属の合金と同一の材料で構成されている。カソード反射板16,18の材料も、フィラメント12,14の材料と同様である。
【0018】
フィラメント12,14には、フィラメント12,14から熱電子を放出可能なように、フィラメント12,14の両端間に所定の電圧、例えば数V〜10数Vを印加して電流を流すフィラメント電源(図1には不図示)が設けられ、2000℃程度に加熱されたフィラメント12,14から内部空間に熱電子を放出する。後述するように、フィラメント12,14の一方は熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に予備加熱するように、フィラメント電流を制御し、後述するイオンビームBの強度制御を単純化、効率化することができる。
また、フィラメント12,14の負極側の端と導電性を有するプラズマ容器10との間にアーク電圧を印加するようにアーク電源(図1には不図示)が設けられている。アーク電圧は、プラズマ容器10の電位がフィラメント12,14の電位に対して高くなるようにアーク電圧が数10〜100V印加される。
フィラメント12,14から放出された熱電子は、磁石30,32の磁力線に沿ってらせん状に運動して原料ガスGを分離させプラズマPを励起させる。フィラメント電源及びアーク電源については、後述する。
【0019】
カソード反射板16,18は、お互いに対向するように設けられ、一方のカソード反射板に向かって移動する熱電子を反射する。カソード反射板16,18は、フィラメント電源の正極と接続され、フィラメント電源の正極の電位と同電位となっている。
一方、プラズマ容器10の外側には、互いに対向するフィラメント12,14の配置方向に沿って磁場が形成されるようにN極、S極の磁石30、32が、プラズマ容器10の細長く延びた両端の外側に対向するように設けられている。対向した磁石30,32の外側を電磁軟鉄等の透磁率の高い材料で、図示されないつなぎヨークを構成する。また、プラズマ容器10の内部空間の内壁面には、原料ガス供給口22が設けられ、供給管を介してガス供給源36と接続され、原料ガス調整バルブ38を介して原料ガスGの供給が調整されるようになっている。
【0020】
プラズマ容器10の側壁には、プラズマ容器10の長手方向に沿ってスリット状に延びたイオンビーム取出口24が設けられ、引き出し電極26,28の電位によってプラズマP中のイオンがイオンビームBとして引き出される。プラズマ容器10のスリット24が設けられた壁面は、グランドに対して所定の電圧が印加されるように電源8と接続されている。引き出し電極26と引き出し電極28との間には、電源9によって、引き出し電極28の電位が高くなるように電圧が印加される。
イオンビーム取出口24のプラズマ容器10の外側壁面は、所定の形状でイオンビームBが引き出されるようにプラズマ容器10の内部空間側に凸になるように湾曲形状を成している。引き出し電極26,28も同様に、所定の形状でイオンビームBが引き出されるようにプラズマ容器10の側の面がプラズマ容器10に向けて凸になるように湾曲形状を成している。イオンビームBの強度は、フィラメント12,14のいずれか一方の熱電子の放出量、つまりはフィラメント電流の調整で制御される。引き出し電極として引き出し電極26を用いるのは、引き出し電極28及びさらにイオンビームBの下流から低速の電子が逆流してプラズマ容器10のスリット24を設ける面に照射するのを防止するために、上記電子の逆流を阻止する電場勾配を作るためである。
【0021】
なお、本発明においては、プラズマ容器10内のプラズマPに曝される部分の内壁面の材料と、一対のフィラメント12,14の材料が、同じ金属を主成分とする材料で構成されていることを特徴とする。
従来技術の問題点として説明したように、プラズマ容器10に一対のフィラメント12,14が設けられた場合、アノード、カソード及び容器内表面の材料成分が堆積層としてフィラメントに多量に付着する。この多量の堆積層が付着したフィラメントを熱電子放出のために使用すると、堆積層が熱電子放出の障害となり、場合によっては堆積層が被加熱体を溶損させるといった不具合が生じる。しかし、本実施形態では、フィラメント12,14の材料と、プラズマ容器10内のプラズマPに曝される部分の内壁面の材料とは、同じ金属を主成分とする材料で構成されているので、フィラメント12,14に付着した堆積層は、フィラメント12,14と同じ金属を主成分とするものである。したがって、フィラメント12,14に堆積層が付着しても熱電子放出に障害を与えない。従来のように、フィラメントを耐久性に優れているタングステンで構成し、プラズマに曝される内壁面の材料にモリブデンを用いた場合、フィラメントには、モリブデンを主成分とする堆積層が付着する。この場合、フィラメントに十分な熱電子の放出が可能なように高温に加熱した場合、タングステンに比べて融点の低いモリブデンで構成された堆積層は溶融する。さらに、溶融したモリブデンがタングステンと合金化し、このときの合金もタングステンに比べて融点が低いので、溶融した液体のモリブデンがあたかも固体のタングステンを浸食するように溶融させ、最終的にフィラメントは溶損する。
【0022】
一方、フィラメントをモリブデンで構成し、プラズマ容器内のプラズマに曝される部分の内壁面の材料にタングステンを用いた場合、フィラメントにはタングステンを主成分とする堆積層が付着する。この場合、モリブデンに合わせてフィラメントを加熱していた温度では、表面を覆うタングステンを主成分とする堆積層から、十分な熱電子は放出されない。すなわち、モリブデンのフィラメントの加熱温度では、タングステンを主成分とする堆積層から熱電子は放出されない。このため、熱電子の放出のために、更に加熱温度を高めるとモリブデンは溶融し、フィラメントは溶損する。
このため、上述したように、プラズマ容器10内のプラズマに曝される部分の内壁面の材料と、一対のフィラメント12,14の材料を、同じ金属を主成分とする材料で構成する。
【0023】
以下、上記イオン源1に、フィラメント電源及びアーク電源を配線した、本発明の種々の実施形態の構成について説明する。
【0024】
図3は、上記構成のイオン源1のフィラメント電源、アーク電源の一例を示す図である。
図3に示すイオン源1は、2つのフィラメント12,14の一方が交互に熱電子放出のために加熱され、他方のフィラメントが予備加熱のために加熱される形態である。予備加熱とは、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱することをいう。
図3に示すイオン源1では、フィラメント12にフィラメント電流を流すフィラメント電源40と、フィラメント14にフィラメント電流を流すフィラメント電源42とが並列に設けられ、フィラメント12,14へ流すフィラメント電流を切り換えるスイッチ60,62が設けられている。フィラメント電源40は、熱電子放出のための百〜数百アンペアのフィラメント電流を流すための電源であり、フィラメント電源42は、熱電子の放出でプラズマの濃度の高低を調整できる程度の熱電子の放出はせず、予備加熱を行うために、百アンペア程度のフィラメント電流を流す電源である。
【0025】
図3に示すスイッチ60、62の第1の状態、すなわち、スイッチ60,62が図中左側端子に接続された状態のとき、フィラメント12には、フィラメント電源40から百〜数百アンペアのフィラメント電流が流れて2000℃に加熱され、熱電子を放出する。このとき、フィラメント14は、フィラメント電源42から百アンペア程度のフィラメント電流が流れ、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に予備加熱される。
【0026】
一方、図3に示すスイッチ60、62の第2の状態、すなわち、スイッチ60,62が図中右側端子に接続された状態のとき、フィラメント14には、フィラメント電源40から百〜数百アンペアのフィラメント電流が流れ、熱電子を放出する。このとき、フィラメント12は、フィラメント電源42から百アンペア程度のフィラメント電流が流れ、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に予備加熱される。
スイッチ60,62の、第1の状態及び第2の状態の切り換えは、同時に行われるように図示されない制御ユニットにより制御されている。これにより、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱するフィラメントは、常に予備加熱される。一方のフィラメントが摩耗して寿命になるまで、上記スイッチ60,62による切り替えは行われなくてもよい。しかし、フィラメントの寿命期間に対して十分に短い期間に、例えば、寿命期間の10分の1の期間に、スイッチ60,62による切り換えを行うことが、長期間安定的に運用できる点で好ましい。
【0027】
このように、一方のフィラメントから十分に熱電子を放出させるとき、他方のフィラメントを、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に予備加熱するのは、フィラメントを予備加熱しない場合、上述したように温度の低いフィラメント表面に堆積層が多数付着し、しかもそのときできる堆積層は空隙を多数有するからである。堆積層に空隙が多数できると、フィラメントと同一の成分の金属の堆積層が付着したとしても、空隙が熱電子の放出の障害となる。熱電子を放出しない程度に加熱することによって、堆積層の付着の量を抑え、しかも、空隙の少ないより密な構造の堆積層とすることができる。
なお、フィラメント電源40のフィラメント電流は、プラズマ容器10から取り出されたイオンビームBのイオン電流の高低に応じて制御され、アーク電圧は、アーク電流が所定の値となるように制御される。
【0028】
図4(a)は、図3とは異なるイオン源1の例を示す図である。
図4(a)に示すイオン源1は、フィラメント12,14から同時に熱電子を放出させるように加熱する形態である。
フィラメント12,14は、熱電子放出のために百〜数百アンペアの電流を流すフィラメント電源40,42にそれぞれ接続されている。アーク電源50は、その負極がフィラメント電源40,42の負極と接続され、正極は、プラズマ容器10と接続され、アーク電圧を印加するように構成されている。さらに、アーク電源50を流れるアーク電流が一定となるように、フィラメント12とプラズマ容器10との間のアーク電流を計測する電流計64と、フィラメント14とプラズマ容器10との間のアーク電流を計測する電流計66が設けられている。この電流計64,66の計測値が等しくなるように、図示されない制御ユニットからフィラメント電源40,42に制御信号が供給される。
この他に、フィラメント電源40,42の出力電圧が等しくなるように図示されない制御ユニットからフィラメント電源40,42に制御信号が供給されるように構成することもできる。このようにフィラメント12,14の加熱温度の偏りを一定以下に制御することができる。
【0029】
図4(b)は、図4(a)とは異なるイオン源1の例を示す図である。
図4(b)に示すイオン源1は、図4(a)に示すイオン源1と同様に、フィラメント12,14から同時に熱電子を放出させるように加熱する形態である。
フィラメント12,14は、百〜数百アンペアのフィラメント電流を流すフィラメント電源40に並列に接続されている。アーク電源50は、その負極がフィラメント電源40の負極に接続され、正極がプラズマ容器10と接続される。フィラメント12,14を流れる電流は、イオン源1から引き出されるイオンビームBのイオン電流が一定になるように、フィラメント電源40は制御される。図4(b)の例では、フィラメント12,14が同じように摩耗する場合、フィラメント12,14の加熱温度も同程度になるので、イオン源1を効率よく運用することができる。
【0030】
図5は、さらにイオン源1の別の例を示す図である。
図5に示すイオン源1は、フィラメント12,14のうち、一方のフィラメントで熱電子の放出を行い、他方のフィラメントは、予備加熱しない形態である。フィラメント電源40は、スイッチ60によって、フィラメント12またはフィラメント14のいずれか一方を選択するように切り換えられる。フィラメント電源40は、百〜数百アンペアのフィラメント電流を流し、選択されたフィラメント12またはフィラメント14を2000℃以上に加熱する。アーク電源50は、その負極がフィラメント電源40の負極に接続し、正極はプラズマ容器10に接続されるように構成される。
【0031】
スイッチ60は、フィラメント12,14の一方を熱電子放出のための加熱に用いるように切り換えることができる。この切り換えは、一方のフィラメントが摩耗し寿命となったとき、他方のフィラメントを熱電子放出のための加熱対象とするために切り換えてもよいが、一方のフィラメントが寿命になるまでの寿命期間に対して十分に短い期間中に、例えば、寿命期間の10分の1の期間中に、スイッチ60を切り換えることが、長期間安定的に運用できる点で好ましい。
【0032】
なお、上述の実施形態及び例では、いずれも、熱電子を放出する熱電子放出素子として抵抗加熱により熱電子を放出するフィラメントを用いて構成したものであるが、本発明では、以下のように、フィラメント12,14に替えて、図6に示すような傍熱カソード68を設けてもよい。
【0033】
傍熱カソード68は、通電することで加熱するヒータ70とプラズマに曝されながら熱電子を放出する被加熱体72とを有する。被加熱体72とヒータ70とプラズマ容器10の3つは相互に絶縁されて設けられる。ヒータ70は熱電子を放出する程度に加熱される。被加熱体72は、ヒータ70に比べて数百V高電位に電位が与えられ、ヒータ70から放出される熱電子は、被加熱体72の高電位により引張られて加速し、電子ビームとなって被加熱体72に照射される。被加熱体72はヒータ70からの輻射熱あるいは加速した電子ビームの照射により加熱され、これによって被加熱体72のプラズマ容器10の内部空間の面から熱電子を放出する。この熱電子の放出は、ヒータ70の電流の制御、または、電子ビームの加速のために与える被加熱体72の電位の制御によって、制御される。本発明においては、被加熱体72がプラズマに曝されつつ熱電子を放出する熱電子放出素子の部分に対応する。ヒータ70はプラズマに曝されない。したがって、本発明では、被加熱体72の、プラズマに曝される、熱電子を放出する面の材料と、プラズマ容器10内のプラズマに曝される部分の内壁面の材料とが、同じ金属を主成分とする材料で構成される。例えば、タンタル、タングステン、モリブデン、及びこれらの金属のうち2つ以上の金属で作られた合金の中から選択されたものである。
【0034】
図7は、このような傍熱カソードを用いたイオン源1の例を示す図である。
図7に示すイオン源1は、図3に示すイオン源1に対して、フィラメント12,14の替わりに傍熱カソード80,82が設けられ、それに対応した電源が複数設けられた装置である。傍熱カソード80はヒータ84及び被加熱体88を有し、傍熱カソード82はヒータ86及び被加熱体90を有する。ヒータ電源92,94がヒータ84,86に対応して設けられ、ヒータ電源92,94の負極は、被加熱体88,90に電位を与える制御電源100の負極と接続されている。制御電源100の正極は、被加熱体88,90に接続されている。さらに、アーク電源102は、その負極が制御電源100の正極と接続され、アーク電源の正極はプラズマ容器10に接続されている。ヒータ電源92は、ヒータ84またはヒータ86から熱電子を放出する程度に電流を流す。一方、ヒータ電源94は、ヒータ84またはヒータ86から熱電子を放出しない程度に電流を流して加熱する。
【0035】
さらに、ヒータ電源92,94とヒータ84,86の間にはスイッチ96,98が設けられている。
スイッチ96,98は、図3に示すスイッチ60、62と同様の作用をする。第1の状態、すなわち、スイッチ96,98が図中左側端子に接続された状態のとき、ヒータ84には、ヒータ84から熱電子を放出する程度の電流がヒータ電源92から流れ、この熱電子の放出が加速されて被加熱体88を照射する。また、ヒータ84の加熱によって、被加熱体88が加熱される。これらの作用によって、被加熱体88から熱電子が放出する。このとき、ヒータ86は、ヒータ電源94から電流が流れ、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱される。すなわち、ヒータ84の被加熱体88からのみプラズマの濃度の高低を調整できる程度に熱電子が放出される。
【0036】
一方、図7に示すスイッチ96、98の第2の状態、すなわち、スイッチ96,98が図中右側端子に接続された状態のとき、ヒータ86には、ヒータ電源92から電流が流れ、熱電子を放出する。このとき、ヒータ84は、ヒータ電源94から電流が流れ、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱される。すなわち、ヒータ86側の被加熱体90からのみプラズマの高低を調整できる程度に熱電子が放出される。
スイッチ96,98の、第1の状態及び第2の状態の切り換えは、同時に行われるように図示されない制御ユニットにより制御されている。これにより、熱電子を十分に放出しない被加熱体は、常にヒータによる予備加熱により加熱されている。一方の被加熱体が摩耗して寿命になるまで、上記スイッチ96,98による切り替えは行われなくてもよいが、被加熱体の寿命になるまでの寿命期間に対して十分に短い期間中に、例えば、寿命期間の10分の1の期間中に、スイッチ96,98を切り換えることが、長期間安定的に運用できる点で好ましい。
【0037】
図8は、図7とは別のイオン源1の例を示す図である。
図8に示すイオン源1では、傍熱カソード80,82のヒータ84,86に、ヒータ電源93,95が接続され、被加熱体88,90に、スイッチ97,99を介して制御電源103,104が接続されている。ヒータ電源93,95は、被加熱体88,90に適正な電位を与えたとき、被加熱体88,90から熱電子を放出する程度にヒータ84,86を加熱し、かつヒータ84,86から熱電子を放出させる。制御電源103は、被加熱体88,90がプラズマ容器10の内部空間に熱電子を放出するように、被加熱体88,90に電位を与える。一方、制御電源104は、被加熱体88,90が熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に、被加熱体88,90に電位を与える。スイッチ103,104では、図8に示すように左端子に接続した第1の状態と、右端子に接続した第2の状態との切り換えが同時に行われるように、図示されない制御ユニットにより制御されている。これにより、一方の被加熱体は熱電子を放出し、他方の被加熱体は常に熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱される。
すなわち、図8に示す例では、被加熱体88,90からの熱電子の放出は、制御電源103を被加熱体88,90のどちらに接続するかによって制御される。一方、先に説明した図7に示す例では、被加熱体88,90からの熱電子の放出は、ヒータ電源92をヒータ84,86のどちらに接続するかによって制御される。この点で図8の例は、図7の例と相違する。
【0038】
さらに、傍熱カソードは、図4(a),(b)、図5、及び図6に示す例のイオン源1に用いるフィラメントに替えて用いることもできる。本発明は、このようなイオン源も含む。
【0039】
このように、上記種々の例で示すイオン源は、プラズマ容器10内のプラズマPに曝される内壁面の部分の材料と、一対の熱電子放出素子(フィラメント、被加熱体)のプラズマPに曝される部分の材料が、同じ金属を主成分とする材料で構成されているので、一方の熱電子放出素子を加熱せず休止するときでも、表面に付着する堆積層の成分は、熱電子放出素子の材料と同一成分であるので、熱電子放出のために使用するときでも、熱電子を放出する障害とならず、安定した熱電子の放出が可能である。このため、被加熱体を交換するまでのイオン源の運用寿命が長くなる。従来のように、プラズマ容器内のプラズマに曝される内壁面の材料と一対の熱電子放出素子の、プラズマに曝されつつ熱電子を放出する部分の材料が異なる場合、熱電子放出素子の表面に付着する堆積層は、熱電子放出素子のプラズマに曝されつつ熱電子を放出する部分の材料と成分を異なるので、熱電子の放出が困難になる。万が一、熱電子を放出することができたとしても、堆積層の材料が熱電子放出素子の材料と異なるので、安定した熱電子の放出を持続できない。
さらに、プラズマの濃度の高低の調整に用いない一方の熱電子放出素子を、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない弱い程度に加熱することにより、堆積層の付着量を抑えることができる他、この加熱により、堆積物は空隙を有することなく密に堆積した構成となるので、より安定した熱電子の放出が可能となる。
【0040】
以上、本発明のイオン源について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明のイオン源の一形態の構成を示す断面図である。
【図2】(a),(b)は、図1に示すイオン源のフィラメントとカソード反射板の配置を示す部分断面図である。
【図3】本発明のイオン源の電源の配置の一例を示す図である。
【図4】(a),(b)は、本発明のイオン源の電源の配置の他の例を示す図である。
【図5】本発明のイオン源の電源の配置の他の例を示す図である。
【図6】(a),(b)は、本発明のイオン源に用いる熱電子放出素子の別の例を示す図である。
【図7】図6に示す熱電子放出素子を用いた、本発明のイオン源の電源の配置の一例を示す図である。
【図8】図6に示す熱電子放出素子を用いた、本発明のイオン源の電源の配置の他の例を示す図である。
【符号の説明】
【0042】
1 イオン源
8,9 電源
10 プラズマ容器
12,14 フィラメント
16,18 カソード反射板
16a 脚部
16b 孔
20 絶縁部材
22 原料ガス供給口
24 イオンビーム取出口
26,28 引き出し電極
30,32 磁石
36 ガス供給源
38 原料ガス調整バルブ
40,42 フィラメント電源
50,102 アーク電源
60,62,96,98 スイッチ
64,66 電流計
68,80,82 傍熱カソード
70,84,86 ヒータ
72,88,90 被加熱体
92,94 ヒータ電源
100 制御電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスを供給してアーク電圧を印加することによりプラズマを生成し、このプラズマからイオンビームを生成するイオン源であって、
ガスが供給されてプラズマを生成する、導体面を有する内部空間を備えたプラズマ容器と、
前記プラズマ容器と電気絶縁され、前記内部空間の内壁面から突出し、通電することにより前記内部空間に熱電子を放出する一対の熱電子放出素子と、
前記一対の熱電子放出素子のそれぞれに電流を流す電源と、を有し、
前記プラズマ容器内のプラズマに曝される内壁面の材料と、前記一対の熱電子放出素子の、プラズマに曝され、熱電子を放出する部分の材料とが、同じ金属を主成分とする材料で構成されていることを特徴とするイオン源。
【請求項2】
前記金属は、タンタル、タングステン、モリブデン、及びこれらの金属のうち2つ以上の金属で作られた合金の中から選択されたものである請求項1に記載のイオン源。
【請求項3】
前記電源は、前記一対の熱電子放出素子に対応して設けられるそれぞれ制御可能な一対の電源であり、
前記一対の熱電子放出素子うち、一方の熱電子放出素子のみが、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低を調整できるように、前記一対の電源のうち一方の電源は、熱電子を放出させる程度に加熱するように電流が調整されている請求項1または2に記載のイオン源。
【請求項4】
前記一対の電源のうち、他方の電源は、熱電子を放出することでプラズマの濃度の高低が影響されない程度に弱く加熱するように電流が調整されている請求項3に記載のイオン源。
【請求項5】
前記一対の熱電子放出素子は、前記プラズマ容器内の対向する内壁面に、対向するように設けられている請求項1〜4のいずれか1項に記載のイオン源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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