説明

イソプレノイド化合物およびその製造方法

【課題】 本発明は、放線菌が産生する新規化合物を提供することを目的とする。また本発明は、該新規化合物を製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、下記式(1)で表わされる化合物である。
【化1】


式(1)中、Xは、水素原子、カルボキシル基または炭素数1〜20のアルキル基を示す。Yはイソプレノイド化合物若しくはその類縁体から誘導される一価の置換基を示す。
また本発明は、放線菌を培養しその産出物を精製することからなる、式(1)で表わされる化合物の製造方法を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規化合物に関する。さらに詳しくは、上皮細胞成長因子レセプター(EGFR)のprotein tyrosine kinaseに対して阻害活性を有する新規化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物は、抗生物質、酵素阻害剤等の様々な生理活性物質を生産することが知られている。この生理活性物質は、生物の持つ生合成経路により合成される。このような生合成経路の代表的なものとしてはイソプレノイド化合物の生合成経路が知られている。この生合成は、酢酸やブドウ糖等の細胞内に存在する基本的な物質を原料として、複数の酵素蛋白質が関与することにより行なわれている。
ここで、イソプレノイド化合物とは、炭素数5のイソプレン単位を基本骨格に持つ化合物の総称で、イソペンテニルピロリン酸(IPP)およびその異性体であるジメチルアリルピロリン酸(DMAPP)の重合反応により生成される。自然界には多種多様なイソプレノイド化合物が存在しており、産業上有用なものが多い。
【0003】
イソプレノイド化合物の基本骨格単位であるイソペンテニルピロリン酸(IPP)は、動物や酵母等の真核生物の細胞質内ではアセチルCoA(酢酸)からメバロン酸を経由して生合成されることが知られてる(メバロン酸経路)。
一方、原核生物である放線菌は、一般にメバロン酸経路を有しておらず、生命維持に必要なイソプレノイド化合物は非メバロン酸経路により供給されていると考えられていた。
しかし、近年、非メバロン酸経路に加えてメバロン酸経路を持つ放線菌が見いだされている。この種の放線菌では、メバロン酸経路が生命維持に関与せず、2次代謝産物としてイソプレノイド化合物を生合成していると考えられる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、新規イソプレノイド化合物を提供することを目的とする。また本発明は、該新規化合物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、メバロン酸経路を持ち、イソプレノイド化合物を2次代謝産物として生合成している放線菌が、新規イソプレノイド化合物の供給源として有用であることに着目し、この種の放線菌の産出する化合物およびその生理活性について鋭意検討した。
その結果、特定の放線菌の産出物から単離した下記一般式(1)で示されるイソプレノイド化合物がEGFレセプターのprotein tyrosine kinaseを良好に阻害することを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明は、下記式(1)で表わされる化合物である。
【0006】
【化1】

式(1)中、Xは、水素原子、カルボキシル基または炭素数1〜20のアルキル基を示す。Yはイソプレノイド化合物若しくはその類縁体から誘導される一価の置換基を示す。
【0007】
また本発明は、
(1)Streptomyces sp. KO-3988 株(FERM P-10369)を培養する工程、
(2)培養した菌体から有機物を抽出する工程、および
(3)得られた抽出物を精製する工程、
からなる上記式(1)で表わされる化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の化合物は、上皮細胞成長因子レセプター(EGFR)のprotein tyrosine kinase(プロテインチロシンキナーゼ)阻害活性を有する。本発明の製造方法によれば、式(1)で表わされる新規化合物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
<式(1)で表わされる化合物>
本発明の式(1)で表わされる化合物において、Xは、水素原子、カルボキシル基または炭素数1〜20のアルキル基である。炭素数1〜20のアルキル基としてメチル基、プロピル基、ブチル基などが挙げられる。
Yはイソプレノイド化合物若しくはその類縁体から誘導される一価の置換基を示す。イソプレノイド化合物とは、炭素数5のイソプレン単位を基本骨格に持つ化合物の総称である。
イソプレノイド化合物には、テルペノイド、イリドイド、セコイリドイド、ステロイド、カロテノイド等が包含される。テルペノイド(C5n)として、モノテルペン(n=2)、セキステルペン(n=3)、ジテルペン(n=4)、トリテルペン(n=6)等が挙げられる。
具体的には、Yとして、以下の置換基が例示される。
【0010】
【化2】

これらはカルボキシル基またはメチル基、プロピル基、ブチル基などの炭素数1〜20のアルキル基で置換されていてもよい。
【0011】
イソプレノイド化合物の類縁体から誘導される一価の置換基としては、以下の置換基が例示される。
【0012】
【化3】

これらはカルボキシル基またはメチル基、プロピル基、ブチル基などの炭素数1〜20のアルキル基で置換されていてもよい。
Yとして、以下に示す置換基が好ましい。
【0013】
【化4】

【0014】
<式(1)で表わされる化合物の製造方法>
本発明の式(1)で表わされる化合物は、放線菌であるStreptomyces sp. KO-3988 株が産生する化合物である。KO-3988 株は、微生物工業技術研究所(Fermentation Research Institute)にFERM P-10369として寄託されている(Komiyama et al, The Journal of Antibiotics, Mar. 1990, Vol.XLIII No.3, p.247-252)。
従って、本発明の化合物は、KO-3988 株を培養して、菌体が産生する物質を精製することにより得られる。即ち、本発明の製造方法は、
(1)Streptomyces sp. KO-3988 株(FERM P-10369)を培養する工程、
(2)培養した菌体から有機物を抽出する工程、および
(3)得られた抽出物を精製する工程からなる。
【0015】
(培養工程)
培養は、前培養と本培養に分けて行なうことが好ましい。前培養培地は、スターチ(Starch)、ポリペプトン(Polypepton)、肉エキス(meat extract)および廃糖みつ(Molasses)を含有するpH7.0〜7.2の培地が好ましい。前培養は、27〜29℃で、2日間程度、振盪しながら行うことが好ましい。
【0016】
本培養培地は、グルコース(glucose)、大豆粉(soybean meal)、NaClおよびCaCOを含有するpH7.0〜7.2の培地が好ましい。前培養は、27〜29℃で、7日間程度、振盪しながら行うことが好ましい。
(抽出工程)
抽出工程は、培養した菌体から有機物を抽出する工程である。抽出工程は以下の手順で行うことが好ましい。
(i)菌体を含有する培養液を濾過し、菌体と培養濾液とに分別する。
(ii)菌体をアセトン水溶液に浸漬し、菌体内容物をアセトンに溶出させた溶出液を得る。
(iii)溶出液から菌体を分別する。
(iv)溶出液中のアセトンを減圧下で除去する。
(v)残った水層を酢酸エチルで抽出する。
(vi)酢酸エチル画分を分離し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させる。
(vii)無水硫酸ナトリウムを濾過して除き、酢酸エチル溶液を減圧下で除去する。
培養濾液中の有機物も酢酸エチルで抽出することが好ましい。
【0017】
(精製工程)
抽出物は、フラッシュクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を組み合わせて行なうことが好ましい。
【0018】
a.フラッシュクロマトグラフィー
充填剤はシリカゲルが好ましい。使用する溶媒は、以下の溶媒が好ましい。
混合液(1);ヘキサン:酢酸エチル(EtOAc)=1:1混合液。
混合液(2);酢酸エチル:メタノール=3:1混合液。
本発明の化合物を含む画分は、抽出工程で得られた抽出物を、混合液(1)で溶出させた後、混合液(2)で溶出させることにより得ることができる。
【0019】
b.薄層クロマトグラフィー
フラッシュクロマトグラフィーで得られた画分をさらに、薄層クロマトグラフィーで展開させ精製することが好ましい。本発明の化合物を含む画分は、バニリン硫酸で発色するバンドである。
【0020】
c.高速液体クロマトグラフィー
薄層クロマトグラフィーで得られた画分をさらに高速液体クロマトグラフィーで精製を行なうことが好ましい。本発明の化合物はUV検出器を用いて200nmで検出される。
【0021】
(結晶化)
高速液体クロマトグラフィーで精製された化合物は、水とメタノールで溶解し、室温で放置し、結晶化させることができる。
【実施例】
【0022】
<培養>
放線菌Streptomyces sp. KO-3988 株、FERM P-10369を下記表1に示す組成の培地を用いて培養した。培地成分中、肉エキスはDIFCO社製を使用した。
作成した培地はpHを調整し、各試験管またはフラスコに分注して121℃、15分間オートクレーブで滅菌を行った。
【0023】
【表1】

【0024】
前培養は試験管(18φ×180mm)に前培養培地を各5mlずつ分注して滅菌したものを用いた。試験管には菌体が塊になって生育が遅くなるのを防ぐため、ガラスビーズを数個入れておいた。KO−3988株はクリーンベンチ内でスラントより培地に接種し、28℃、200rpmで2日間振盪培養した。この培養液を滅菌した等量の80%ショ糖と混合し、凍結保存した。用事この保存液を解凍して1mlずつ接種した。
本培養は500ml容三角フラスコ(好気性菌培養用、こぶ付)に各100ml分注して滅菌したものを用いた。各フラスコに前培養で十分に生育させたKO−3988株を培養液ごと1mlずつ接種し、28℃、170rpmで7日間、ロータリーシェーカーで振盪培養した。この条件で十分生育したものより抽出を行った。
【0025】
<抽出>
KO−3988株を十分に生育させた後(7日間培養)、培養液を吸引濾過し、培養濾液と菌体に分別した。吸引する際は濾過助剤としてセライト(No.545、国産化学)を適当量添加した。菌体は濾液と分別後、菌体が浸る程度の量の60%アセトン水溶液に2時間浸漬して菌体内容物を溶出させた。その後、吸引濾過し、菌体と菌体抽出液を分別し、菌体抽出液中のアセトンを減圧下で除去した。残った水層は酢酸エチルで抽出した。培養濾液は等量の酢酸エチルで抽出し、溶媒区分を、菌体抽出酢酸エチル画分と混合した。この画分を少量の水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。乾燥させた有機層を減圧下で濃縮し、ガラス製サンプルチューブ(1ml容)に採取し、抽出物を得た。
【0026】
<精製>
(フラッシュクロマトグラフィーによる精製)
カラム管(2.5φ×480mm)にカラム下端より25cmになるようにhexane:EtOAc=1:1混合液(混合液(1))で膨潤させたシリカゲル50g(Wakogel C−200)を詰めた。
【0027】
抽出物は混合液(1)を少量加えて溶解させ、ゲルにアプライした。溶媒で満たしたカラム管上部に市販のエアポンプを繋ぎ、空気で溶媒を押し出すようにセットした。溶媒の液面が1分間で5cm下がるように調節しながら溶出を行った。混合液(1)で500ml溶出した後、EtOAc:MeOH=3:1混合液(混合液(2))で溶出し、混合液(2)の画分を得た。
更に同じ条件下で混合液(2)の画分をCHCl:MeOH=20:1混合液(混合液(3))で溶出して粗抽出物41.3mgを得た。
(分取TLCによる精製)
フラッシュクロマトグラフィー後、粗抽出物を濃縮し、分取用TLCプレート(PLC plate 20×20cm silica gel 60 F254, 0.5 mm 濃縮ゾーン付き, MERCK)にアプライし、混合液(1)で展開させた。十分に展開させた後にバニリン硫酸で発色する部分(Rf=0.4)のバンドを掻き取り、CHClで溶出させた。溶出液を濾過した後に減圧下で濃縮し、ガラス製サンプルチューブに採取し、溶媒を除去し、11.8mgの粗抽出物を得た。
【0028】
(HPLCによる精製)
さらに化合物の純度を上げるためHPLCを用いて精製を行った。カラムはPEGASIL ODS 60-5 4.6φ×250 mm (SSC)を用いた。HPLC装置はC-R4A CHROMATOPAC (Shimadzu)を用い、脱気装置としてSSC-3215 (SSC)を用いた。
化合物の検出はSPD-6A UV検出器(Shimadzu)を用い、200nmで検出される化合物(Rt=10.5分)を化合物−1とした。分析は90%CHCNで行い、流速1.0ml/分になるように設定した。分取する際も、90%CHCNで、流速1.0ml/分になるように設定した。サンプルは100%CHCNに溶解し、数百〜数千μg/ml程度に希釈して、分析は10μl、分取は200μlずつシリンジで注入した。単離した化合物−1の重量は4.8mgであった。
【0029】
<結晶化>
単離した化合物−1に、水とメタノールを少量加え、上澄みを除去し洗浄した。その後、更に水、メタノール混合液を加え、40℃のウォーターバスで温め溶かし込み、室温で放置することで結晶化させた。
以上の工程の概要を図1に示す。
【0030】
<化合物−1の同定>
化合物−1は、表2に示すとおり、分子式C2435NOで表わされ、融点58℃の白色粉末であった。IR分析結果を表2に示す。NMRのスペクトル分析結果も以下に示す。これらの結果より、化合物−1は下記に示す構造を有することが分かった。
【0031】
【化5】

【0032】
【表2】

【0033】
<化合物−1の生理活性>
化合物−1の生理活性を以下の条件で測定した。
(EGF Receptor由来Protein Tyrosine Kinaseの阻害活性)
由来:ヒトA431細胞
基質:10μg/mL Poly(Glu:Tyr)
ビークル:1%DMSO
前培養時間/温度:15分、25℃
培養時間/温度:60分、25℃
培養緩衝液:50mM HEPES, pH7.4, 20mM MgCl2, 0.2mM Na3VO4
定量法:Poly(Glu:Tyr-P)のELISAによる定量
基準:50%以上の阻害率
その結果、下記表3に示すように、本発明の化合物−1は、EGF Receptor10μg/mLの濃度で、EGF Receptorのprotein tyrosine kinaseに対して96%の阻害率を示すことが分かった。
【0034】
(Benzodiazepine,Peripheral 阻害活性)
由来:Wistar Rat heart
リガンド:0.3nM[3H]PK-11195
ビークル:1%DMSO
培養時間/温度:15分、25℃
培養緩衝液:50mM Tris-HCl, pH7.5, 10mM MgCl2,at 25℃
非特異性リガンド:100μM Dipyridamole
KD:2.3nM
BMAX:0.17pmole/mg Protein
特異結合:90%
定量法:Radioligand Binding
基準:50%以上の阻害率
その結果、下記表3に示すように、本発明の化合物−1は10μg/mLの濃度で、Benzodiazepine(Peripheral)に対して、64%の阻害率を示すことが分かった。
【0035】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の化合物は、上皮細胞成長因子レセプター(EGFR)のprotein tyrosine kinase阻害活性を有するので、抗腫瘍剤などの種々の薬剤としての利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施例の概要を示すフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表わされる化合物。
【化1】

式(1)中、Xは、水素原子、カルボキシル基または炭素数1〜20のアルキル基を示す。Yはイソプレノイド化合物若しくはその類縁体から誘導される一価の置換基を示す。
【請求項2】
下記式(2)で表わされる請求項1記載の化合物。
【化2】

【請求項3】
(1)Streptomyces sp. KO-3988 株(FERM P-10369)を培養する工程、
(2)培養した菌体から有機物を抽出する工程、および
(3)得られた抽出物を精製する工程、
からなる請求項1記載の化合物の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−232695(P2006−232695A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−47029(P2005−47029)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】