説明

イチイ種(Taxussp.)における二次代謝を刺激するための、インダノイルアミドの使用

本発明は、インダノイルアミノ酸を含む栄養培地においてイチイ種の懸濁細胞を培養することによって、タキサンを生産するための方法を対象とする。インダノイルアミノ酸は、培養中の任意の時点に回分式で、または供給流中に添加してもよい。詳細には、合成化合物6−エチル−インダノイル−イソロイシン、6−ブロモインダノイルイソロイシン、および1−オキソ−インダン−カルボキシ−(L)−イソロイシン−メチルエステルアミド(1−OII)が、イチイ細胞培養物からのタキサン生産を増大させることが判明している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インダノイルアミド、およびコロノロン(coronolone)などのインダノイルアミノ酸コンジュゲートの使用、ならびに薬剤組成物の生産に有用なタキサン生産種の植物細胞培養物においてタキサンを蓄積するための方法、および治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パクリタキセル、およびドセタキセルなどの類似体は、癌治療における開発の最前線にあり、これらの製品に対する世界的な需要が高まりつつある。パクリタキセルの全化学合成は、複雑かつ不経済であるため、パクリタキセルおよびその類似体は、現在、半合成法または生合成法によって商業的に生産されている。半合成は、(パクリタキセル構造に密接な関係がある)天然の、高度なタキサン前駆物質の使用を必要とし、これらの前駆物質の、パクリタキセルまたは関連したタキサンへの構造変換を完了させるための複雑な化学反応を伴う。これらの前駆物質としては、10−デアセチルバッカチンIII、バッカチンIII、N−アシル化タキサンなどが挙げられる。様々な特許および論文では、ジテルペノイドコアの合成経路、生合成遺伝子、酵素または所望のタキサンへの化学的変換を開示している。これらの開示の具体例として、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、非特許文献1、非特許文献2を参照せよ。
【0003】
パクリタキセルの生合成は、イチイ種の植物細胞培養物の使用によって達成される。生合成経路の利点は、付加的な化学反応を必要とせずに、比較的純粋な形で目的の化合物または組成物を直接生成できることである。いくつかの刊行物では、生合成方法によるタキサンの生産方法を開示している。特許文献6(Christen他、1991年)には、タイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia)の細胞培養による、パクリタキセルおよびタキサン様化合物の生産および回収が記載されている。特許文献7(Bringi他、1993年)および特許文献8(Bringi他、1995年)には、イチイ種の細胞培養による、パクリタキセルおよび他のタキサンの向上された生産および回収が説明されている。Bringi他は、タキサン生産のための、採算の合う植物細胞培養プロセスを最も早く開示している。
【0004】
特許文献9(Choi他、2001年)は、糖、または糖とともにAgNOを添加することによって、イチイ細胞の半連続培養の過程における培地中にパクリタキセルを生産させるための方法が説明されている。他の関連特許としては、例えば、特許文献10および特許文献11が挙げられる。
【0005】
特許文献12(Yukimune、1995年)、特許文献13(Yukimune他)、特許文献14(Bringi他、1997年)には、重金属化合物、重金属錯イオン、重金属イオン、アミン、または抗エチレン剤など、プロセスを増強する作用物質の存在下で、かつ管理された酸素濃度下で組織または細胞を培養することによるタキサンの生産が記載されている。また、これらの特許出願は、イチイ細胞の細胞培養物におけるタキサン収率を高めるための、ジャスモン酸および関連化合物の有益な効果も開示する。これらの特許出願中のプロセスを増強する化合物には、芳香族環がない。
【0006】
ジャスモン酸に関連した化合物およびそれらの用途は、例えば、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、Yamada他の"Process for Production of Oxime Derivatives"という名称のEP86102811.6の特許文献15、非特許文献7に記載されている。
【0007】
Haider他は、ジャスモン酸の類似体が、メカノトランスダクションを誘発するが、多くの場合、二次代謝産物の生産をも誘発することはないことを教示している。さらに、非特許文献1(p.744、第2欄、第1段落)には、コロナチンを芳香族化すると、平面状になり生物学的な効果がなくなることも報告された。Haider他は、以下のことを指摘している:
防御遺伝子の活性化およびメカノトランスダクションのための遺伝子の活性化は、ジャスモン酸の生合成経路の過程に存在する様々な化合物によって調節されているようである。コロナチン、12−オキソ−フィトジエン酸の閉じた構造の類似体、およびオクタデカノイドは、巻ひげの巻きつきの強力な誘導物質である。一方、ジャスモン酸メチルは、ベンゾ[c]フェナントリジンアルカロイド蓄積の活性化において、オクタデカノイドまたはコロナチンよりもはるかに効果的である。これらの結果は、植食または病原体に対するものなど様々な生理学的応答、特にメカノトランスダクションは、オクタデカノイド経路によって活性化され、誘導物質分子の化学的誘導体化によって分けることができるという仮説への裏付けを加える(Blechert他、1997年)。例えば、[ジャスモン酸の3種の類似体](いずれも、ハナビシソウ(E.californica)におけるベンゾ[c]フェナントリジンアルカロイド蓄積の強力な誘導物質)を用いた、本論文中での防御遺伝子活性化に関して得られた様々な結果、ならびに、Blechert他(1999年)の閉じた類似体による、これらと同一の化合物がブリオニア(Bryonia)におけるメカノトランスダクションの誘発に失敗することより、この仮説は強く実証されている。
【0008】
Boland他は、ジャスモン酸および/またはコロナチンに曝露された植物の生理機能に関連した態様を記述している。例えば、非特許文献8、非特許文献9、非特許文献10、非特許文献11、Schuler他の"6-Substituted Indanoyl Amino Acid Conjugates as Mimics to the Biological Activity of Coronatine"という名称の特許文献16を参照せよ。
【0009】
特許文献16には、植物の調節因子として6位置換型インダノイルアミノ酸が記載されている。Schuler他(特許文献16)は、「6−エチル−1−オキソ−インダノイルイソロイシンメチルエステルが、ブリオニア・ディオシア(Bryonia diocia)の接触に敏感に反応する巻ひげの巻きつき応答の強力な誘発物質である」ことを指摘している。しかし、特許文献16には、タキサン生産を改善するための細胞培養およびイチイ種を用いた用途は開示されなかった。
【0010】
したがって、コロナチンがパクリタキセルおよびタキサン生合成を誘導することが示された、特許文献13(Yukimune他)の教示を考慮すると、コロナチンの平面の芳香族化類似体はこの目的に対して生物学的に有効ではないであろうことが予想される。
【0011】
これらの植物細胞培養に基づく方法はいずれも、懸濁培養細胞、より具体的にはイチイ種の細胞のタキサン生産を改善または改変する用途のための、例えば、6−エチル−インダノイル−イソロイシン(6−EII)の使用を開示していないことが重要である。インダノイルアミノ酸コンジュゲートが巻ひげの巻きつき(メカノトランスダクション)の強力な誘発物質であったというSchuler他(特許文献16)の観察結果を考えると、これらの特定の類似体がイチイ細胞培養物からのタキサン二次代謝産物の生産を誘発することは驚くべきことである。さらに、Haider他は、コロナチン類似体を平面状に変える芳香族化もまた、それらを生物学的に不活性に変えることを示唆している。しかし、6−EII(芳香族環を有する)は、平面状でもあり、活性でもある。したがって、平面状のコロナチン類似体インダノイルアミノ酸コンジュゲートがイチイ細胞培養物におけるタキサン産生の効果的な誘発物質となるということは一層驚くべきことである。
【0012】
【特許文献1】米国特許第5994114号明細書
【特許文献2】米国特許第5200534号明細書
【特許文献3】米国特許第6437154号明細書
【特許文献4】米国特許第6287835号明細書
【特許文献5】米国特許第6265639号明細書
【特許文献6】米国特許第5019504号明細書
【特許文献7】国際公開第93/171121号パンフレット
【特許文献8】米国特許第5407816号明細書
【特許文献9】米国特許第6248572号明細書
【特許文献10】米国特許第5665576号明細書
【特許文献11】米国特許第6428989号明細書
【特許文献12】欧州特許出願公開第0683232号明細書
【特許文献13】欧州特許出願公開第0727492号明細書
【特許文献14】国際公開第97/44476号パンフレット
【特許文献15】欧州特許第0194554号明細書
【特許文献16】国際公開第02/055480号パンフレット
【特許文献17】米国特許第6452024号明細書
【特許文献18】米国特許第6215000号明細書
【特許文献19】米国特許第6136989号明細書
【特許文献20】米国特許第6124482号明細書
【特許文献21】米国特許第5281727号明細書
【特許文献22】米国特許第5380916号明細書
【特許文献23】米国特許第5969165号明細書
【特許文献24】米国特許第5900367号明細書
【特許文献25】米国特許第5393896号明細書
【特許文献26】米国特許第5393895号明細書
【特許文献27】米国特許第5549830号明細書
【特許文献28】米国特許第5654448号明細書
【特許文献29】米国特許第5723635号明細書
【特許文献30】米国特許第5736366号明細書
【特許文献31】米国特許第5744333号明細書
【特許文献32】米国特許第5756098号明細書
【特許文献33】米国特許第6008385号明細書
【非特許文献1】"Synthetic Routes to the Diterpenoid Cores of Phorbol and Resiniferatoxin," Eckelbarger, J.D. 2001
【非特許文献2】"Taxol biosynthetic genes," Walker, K. et al., Phytochemistiy 58 (2001) 1-7
【非特許文献3】Haider, et al., "Structure-Activity Relationships of Synthetic Analogs of Jasmonic Acid and Coronatine on Induction of Benzo[c]phenanthridine Alkaloid Accumulation in Eschscholzia californica Cell Cultures," Biol. Chem., Vol. 381, pp. 741-748, August 2000
【非特許文献4】Krumm, et al., "Leucine and Isoleucine Conjugates of 1-Oxo-2,3-dihydro-indene-4-carboxylic Acid: Mimics of Jasmonate Type Signals and the Phytotoxin Coronatine," Molecules 1996, 1, 23-26
【非特許文献5】Miersch, et al., "Structure-activity Relations of Substituted, Deleted or Stereospecifically Altered Jasmonic Acid in Gene Expression of Barley Leaves," Phytochemistry 50 (1999) 353-361
【非特許文献6】Schuler, et al., "Coronalon: a Powerful Tool in Plant Stress Physiology"
【非特許文献7】Boudier, et al., "Stereoselective Preparation and Reactions of Configurationally Defined Dialkylzinc Compounds," Chem. Eur. J. 2000, Vol. 6, No. 15, 2748-2761
【非特許文献8】Boland, et al., "Jasmonic acid and Coronatine Induce Odor production in plants", Angewandte Chemie-International Edition, 43: 1600-1602 (1995)
【非特許文献9】Krumm, et al., "Induction of volatile biosynthesis in the Lima bean (Phaseolus lunatus) by lucine- and isoleucine conjugates of 1-oxo- and 1-hydroxyindan-4-carboxylic acid: Evidence for amino acid conjugates of jasmonic acid as intermediates in the octadecanoid signaling pathway", FEBS Lett. 377: 523-529 (1995)
【非特許文献10】Schuler, et al., "Synthesis of 6-azido-1-oxo-indan-4-oyl isoleucine; a photoaffinity approach to plant signaling", Tetrahedron, 55: 3897-3904 (1999)
【非特許文献11】Lauchli, et al., "Indanoyl Amino Acid Conjugates: Tunable Elicitors of Plant Secondary Metabolism," The Chemical Record, Vol. 3, 12-21 (2003)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一実施形態は、インダノイルアミノ酸を含む栄養培地においてイチイ種の懸濁細胞を培養することによって、タキサンを生産するための方法を対象とする。本発明の別の実施形態は、インダノイルアミノ酸を含む、植物細胞培養用栄養培地を対象とする。インダノイル化合物は、培養中の任意の時点に、流加供給流(fed batch feed stream)中に添加してもよい。好ましい実施形態では、懸濁培養時の栄養培地は、追加の炭素源が供給流中に含められる前は、炭素源が部分的に欠乏している。
【0014】
本発明の各実施形態では、複数の増強物質および/または阻害物質を栄養培地に加えてもよい。好ましい実施形態では、インダノイルアミノ酸がない場合に比べて培養物によって産生されるタキサンのプロファイルを変えるのに効果的な量で、インダノイルアミノ酸を加える。別の実施形態では、インダノイルアミノ酸がない場合に比べてバッカチンIIIを選択的に増加させるのに効果的な量で、インダノイルアミノ酸を供給する。
【0015】
列挙される各実施形態において、インダノイルアミノ酸は、特許文献16で記載されている化合物から選択される。より好ましくは、インダノイルアミノ酸は、非置換のインダノイルアミノ酸(1−オキソ型)または6位置換型インダノイルイソロイシンおよびその誘導体である。最も好ましくは、インダノイルアミノ酸は、6−エチルインダノイルイソロイシン(6−EII)、6−ブロモインダノイルイソロイシン(6−BII)、1−オキソ−インダン−カルボキシ−(L)−イソロイシン−メチルエステルアミド(1−OII)、またはその混合物から選択される。所望のタキサンの生産を誘発するために、インダノイルアミノ酸化合物のうちの任意のものを単独で使用してもよいことを理解されたい。
【0016】
列挙される各実施形態において、タキサン生産を増加させる好ましい方法は、付加的な増強物質の使用を含み、それは、より好ましくは、銀化合物および錯体、ジャスモン酸メチルの関連化合物、ならびにフェニルプロパノイド阻害物質から選択される。同様に、これらタキサンの様々な生合成前駆物質を適切な段階に培地に供給することによって、好ましいタキサン生成物の生産を刺激してもよい。さらに、迅速なバイオマス増大と迅速な生成物生産を分けてもよいこと、ならびに、増殖段階および生産段階に対して様々な配合の栄養培地および様々な培養条件を使用してもよいことが、当技術分野において認識されている。
【0017】
別の実施形態では、栄養培地は、オーキシン、オーキシン様の増殖調節活性を有する化合物、またはそれらの混合物を含む。別の実施形態では、栄養培地は、銀イオン、銀化合物、銀錯体、またはそれらの混合物を含む。別の実施形態では、栄養培地は、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質を含む。好ましい実施形態では、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質は、メチレンジオキシ基を有する化合物であり、より好ましくは、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質は、MDCA(3,4−メチレンジオキシケイ皮酸)、または、メチレンジオキシニトロケイ皮酸、3,4−メチレンジオキシフェニル酢酸、メチレンジオキシフェニルプロピオン酸などの関連化合物である。別の実施形態では、栄養培地はさらにアミノ酸を含み、より好ましくは、このアミノ酸はグルタミンである。
【0018】
好ましい実施形態では、銀の毒性に対して保護的な量でインダノイルアミノ酸を供給する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、タキサン生産種の植物細胞培養物におけるタキサン蓄積を増加させるための方法、ならびにそれらを単離および精製するための方法を提供する。本発明は、パクリタキセル、バッカチンIII、および他のタキサン類似体としてのタキサンの収率を改善するために、単独でまたは他の増強物質と組み合わせて使用される、特定の増強物質(インダノイルアミド)を対象とする。
【0020】
本明細書の全体にわたって記載した各文献は、本明細書の開示内容と矛盾しない範囲に限って、その全体を参照により本明細書に組み込まれる。具体的には、これらの参考文献は、収率を改善するために培養条件を追加および操作することを含めて、タキサンの高収率をもたらす増殖培地および生産用培地の双方を、カルス培養から発達させる好ましい方法を提供する。
【0021】
タキサンは、タキソイドまたはタキサン・ジテルペノイドとしても知られている化合物のある一群の一員である。タキサンは、三環のジテルペン・タキサン環系を特徴とする。現在、300を超えるタキサンが知られている。「パクリタキセル様化合物」または「タキサン」という用語は、タキサン環を有するジテルペノイド化合物を説明するために同義的に使用される。タキサンは、それ自体が抗腫瘍活性を有することもあれば、生物活性を有する化合物を生じるように修飾することもできる。様々な特定のタキサンが、特許文献14(Bringi他、1997年)、特許文献12(Yukimune、1995年)、特許文献13(Yukimune他)にも記載されている。
【0022】
「タキサン生産細胞」という用語は、少なくとも1組の培養条件下でタキサン分子を生産することができる任意の細胞を意味する。「タキサン生産種」という用語は、少なくとも1組の培養条件下でタキサン分子を生産することができる任意の種を意味する。「タキサン生産細胞培養物」という用語は、「タキサン生産細胞」を含む任意の培養物を意味する。生合成組織(すなわち、タキサン生産細胞)は、当業者には公知であるように、任意のタキサン生産種(またはその組合せ)から選択することができる。組織の選択元のイチイ種は、タイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia)、タクサス・カナデンシス(Taxus canadensis)、イチイ(Taxus cuspidata)、ヨーロッパイチイ(Taxus baccata)、タクサス・グロボーサ(Taxus globosa)、タクサス・フロリダナ(Taxus floridana)、ヒマラヤイチイ(Taxus wallichiana)、タクサス・メディア(Taxus media)、チュウゴクイチイ(Taxus chinensis)、およびタクサス・ゲナ(Taxus gena)が好ましい。より好ましくは、イチイ組織は、チュウゴクイチイ(T.chinensis)から選択される。あるいは、1種または複数のカヤ(Torreya)種から組織を選択してもよい。カヤ種は、好ましくは、トレヤ・グラディホリア(Torreya gradifolia)またはトレヤ・カリフォルニカ(Torreya californica)である。また、1種または複数のハシバミ(Corylus)種から組織を選択してもよい。ハシバミ種は、セイヨウハシバミ(Corylus avellana)が好ましい。本発明は、任意の方式での、様々な種、変種、系統、および/または属に由来する細胞の組合せの使用を意図するものである。例えば、それだけには限らないが、イチイ種の細胞の1種または任意の組合せを、カヤ種の1種または任意の組合せと併用してもよい。また、ハイブリッド植物、遺伝子改変された植物などに由来する組織の使用も意図するものである。
【0023】
「カルス」という用語は、構造的に未分化であり、固化培地上で培養される、培養植物細胞の塊を説明するのに使用される。「懸濁培養」という用語は、液体栄養培地中に分散された構造的に未分化の細胞を説明するのに使用される。懸濁培養物は、様々な集合段階の細胞を含むことが理解されよう。ある範囲の集合体サイズが懸濁液中で生じ、そのサイズは、直径数十ミクロン(単一の細胞または集合した数個の細胞)から、何千もの細胞からなる直径何ミリメートルもの集合体まで及ぶ。
【0024】
「栄養培地」という用語は、植物細胞カルスおよび懸濁培養物の培養に適した培地を説明するのに使用される。「栄養培地」という用語は、一般的であり、「増殖培地」と「生産用培地」の双方を包含する。「増殖培地」という用語は、培養細胞の迅速な増殖を促進する栄養培地を説明するのに使用される。「生産用培地」という用語は、培養細胞におけるパクリタキセル、バッカチンIII、またはタキサン全体の生合成を促進する栄養培地を意味する。生産用培地において増殖が起こり得ること、増殖培地において生産が起こり得ること、および単一の栄養培地において増殖と生産の双方が起こり得ることが理解されよう。好ましくは、タキサン生産細胞培養の増殖段階および生産段階は識別可能であり、栄養培地は独立に最適化される。
【0025】
すべての栄養素が最初に供給され、細胞および生成物を含む培養内容物が培養期の最後に回収される場合、この実施様式は「1段階の回分法」と呼ばれる。回分法が2つの連続した段階、すなわち、増殖段階と生産段階とに分けられ、その際の培地が2つの段階の間で変更される場合、この実施様式は「2段階の回分法」と呼ばれる。本発明の意図の範囲内で、増殖培地から生産用培地への移行は、急激な段階的変更によって、または一連の工程によって漸進的に、または、漸進的な連続的変更によって起こってもよい。1つの極端な手段(extreme)では、漸進的変更は、徐々に組成が変化する培地を漸進的に取り替えることによって達成される。別の代替方法では、漸進的変更は、生産用培地の1種または複数の成分を増殖段階の培養物中に供給することによって達成される。これは、流加法(fed−batch process)の一例である。「流加」操作では、栄養素および/または1種もしくは複数の増強物質など特定の培地成分が、1段階培養または2段階培養の期間のすべてまたはある期間に、定期的にまたは連続的に供給される。栄養素および増強物質の説明は表Aまたは特許文献14(Bringi他、1997年)の表1および2で確認することができる。さらに、急激な変更および漸進的変更の組合せを使用することもできる。一実施例では、他の成分をゆっくりと供給している間に、栄養培地のいくらかの部分を急激に変更してもよい。
【0026】
本発明の実施形態によれば、すべてではないが、回分培養物の内容物のかなりの部分が回収され、連続している細胞増殖および生産のための新鮮な培地が加えられる場合、この方法は、「汲出しおよび注入(draw and fill)の繰り返し」操作に似ており、「半連続的方法」と呼ばれる。
【0027】
新鮮な培地が連続的に供給され、流出する培地が連続的または反復的に取り除かれる場合、本発明の実施形態によれば、この方法は、「連続的」と呼ばれる。別の実施例によれば、細胞が反応器内で保持される場合、この方法は、「潅流式」と呼ばれる。流出する培地とともに細胞が連続的に除去される場合、本発明の別の実施例によれば、この連続的方法は、「ケモスタット」と呼ばれる。
【0028】
インダノイルアミド
タキサン生産を改善または改変するための特に有用な増強物質として本発明によって意図されるインダノイルアミドを以下に説明する。化合物およびこれらの化合物を作る方法は参照により組み込まれる特許文献16に記載されている。
【0029】
コロナチンは以下の式を有する。
【0030】
【化1】

【0031】
Boland他によって説明されているように、インダノイルアミドはコロナチンの類似体として考えられていた。特許文献16に記載されている化合物のうちで、好ましくは、この化合物は、インダノイルアミノ酸コンジュゲート(インダノイルアミノ酸とも呼ばれる)である。好ましくは、本発明は、例えば、以下に再現するBoland他の一般式(特許文献16)によって示すことができる化合物の使用を意図するものである。
【0032】
【化2】

【0033】
BolandはR基の様々な置換基を記載しており、それぞれ本発明とともに使用することを意図されるが、好ましいR基には以下のものが含まれる:
=二重結合した酸素、
=メチル基やエチル基などの低級アルキル基、または、好ましくはブロミドであるハロゲン、
=メチルまたは水素、
=アミノ酸の側鎖。好ましくは、このアミノ酸は非極性の天然または合成アミノ酸である。より好ましくは、このアミノ酸は、グリシン、バリン、アラニン、ロイシン、イソロイシン、およびプロリンから選択される。特に好ましい実施形態では、このアミノ酸はイソロイシンである。
【0034】
本発明によれば、インダノイルアミドは、後述の誘発物質の代わりに、またはそれらに追加して使用される。好ましくは、インダノイル誘導体および類似体は、10〜500μmol/リットル、より好ましくは50〜250μmol/リットルの範囲で使用される。
【0035】
細胞培養法および培地:培養条件の操作および増強物質
所望のタキサンの生産を促進するように培養条件を操作することができる。例えば、温度、pH、暗さ、栄養素もしくは他の作用物質の除去もしくは添加、栄養素もしくは作用物質の濃度の変更、またはそれらの組合せなどの反応条件を操作することができる。
【0036】
これらの組成物は、栄養素や増強物質など、いくつかの付加的成分のうちの任意のものをさらに含んでもよい。好ましくは、この組成物は、以下に考察するように、誘発物質、ジャスモン酸関連化合物、エチレン生合成または作用に影響を及ぼす化合物、特に阻害物質、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質、抗老化物質、前駆物質、およびオーキシンに関連した増殖調節因子などの増強物質を含む。
【0037】
細胞培養を開始する前に、特定の条件下で特定のタキサンまたはタキサン前駆物質の形成を促進できることなど他のパラメータに基づいて組織を選択してもよく、あるいは、形成を促進するように、(例えば、化学的に、遺伝学的に、または別の方法で)組織を処理してもよい。
【0038】
二次代謝産物の生産は複雑なプロセスであり、最終的に目的の二次代謝産物に変換される前駆物質を生成し、順次修飾する多くの異なる酵素の協調作用を必要とする。同時に、他の酵素が所望の代謝産物の前駆物質を代謝して、二次代謝産物を形成するのに必要な前駆物質プールを欠乏させる場合、二次代謝産物の生産は低減されると考えられる。
【0039】
タキサンは、一連の多くの酵素的段階を通じて生産される二次代謝産物であり、タキサン生合成を増進するいくつかの種類の増強物質が公知である(例えば、表A、特許文献14(Bringi他、1997年)、特許文献12(Yukimune、1995年)、特許文献13(Yukimune他)参照)。タキサン生産細胞の培養物にこれらの増強物質のうちの1種を添加すると、タキサンの生産速度が速められると考えられる。さらに、増強物質の使用は、多くのタキサン生産培養物において少なくともいくらかの増強効果を有すると考えられ、これは、全体の生産速度が、単一の律速段階によってではなく、複数の律速因子の間の複雑な相互作用によって決まることを示唆する。律速因子のうちの任意の1つを取り除くと、タキサンの生産は増進されると考えられるが、増強の大きさは、ある特定の制約が取り除かれた後に、タキサン生合成の他の段階の相対的な律速効果を決定する個々の培養条件に応じて変動すると考えられる。
【0040】
様々な律速因子間の相互作用に影響を及ぼす培養条件には、細胞の遺伝的構成、培地の組成物、およびガス環境、温度、照明、ならびにプロセスの手順が含まれる。特定の培養物に加えられる増強物質は、通常、本明細書において示す個々の増強物質の効果を比較することによって実験的に決定することができる、その培養物中の律速因子を考慮して、選択される。タキサン生産の増強は、複数の増強物質がその培養物中に存在する場合に達成することができる。増強物質の種類は、褐変防止物質、抗老化物質、抗エチレン剤、植物成長調節因子、前駆物質、阻害物質、誘発物質、および刺激物質である。代表的な増強物質および一般的な必要量は、例えば、上記の背景技術のセクションで引用した参考文献に記載されている。好ましい実施形態では、増殖またはタキサン生産を促進するように、特異的に培地を調整することができる。本明細書において提供した手引きに基づき、また、一般に理解されている、植物細胞の生理学および代謝の原理を考慮して、当業者は、増殖またはパクリタキセル/タキサン生産を促進するための培地を容易に独力で開発することができる。
【0041】
カルス形成およびタキサン生産組織のカルス増殖のための方法は、増殖形態、生産力、生産物のプロファイル、および他の特徴を変えるための好ましい手段とともに、当技術分野では公知である。カルス培養物を構築した後、次いで、生産用培地および/または増殖培地中で細胞を培養する。特に、タキサンの大量生産は、懸濁培養においてタキサン生産細胞を培養することによって促進される。一般に、懸濁培養は、カルス培養に成功した培地を用いて開始することができる。しかし、懸濁培養のための要件、特にタキサンの高度に効率的な生産のための要件は、培地の改良によってより良く満たすことができる。改良された培地および処理パラメータにおいてタキサン生産細胞を培養すると、その培養物からの1種または複数のタキサンの収量が実質的に増加することが判明している。タキサンを生産する懸濁培養は、適切な栄養素および反応条件が使用される場合、迅速な増殖速度および高い細胞密度を実現することができる。本明細書、および参照によりその全体が組み込まれる特許で提供される手引きに基づいて、最適な成果を実現するために、特定の種類の成分、および所与の種類内のものに由来する成分を組み込み、修飾し、操作することは、当業者にとって通常の事柄である。
【0042】
本発明は、所望の結果を得るために改良された生合成プロセスの使用を意図する。本発明のある実施形態によれば、タキサン生産細胞は、タキサンを生産することができる条件のもとで培養される。これらには、バイオマス蓄積および/またはタキサン生産を促進する条件が含まれる。タキサン生産細胞の培養は、例えば、特許文献8(Bringi他、1995年)および特許文献14に詳細に説明されており、これらのタキサン生産条件の改良を、以下に説明し、以下の実施例1から8において例示する。しかし、本発明は、それらに限定されないものとする。当業者なら、参照により組み込まれる参考文献とともに本明細書において提供される手引きに従って、適切なタキサン生産細胞培養物を調製することができる。
【0043】
本出願の全体にわたって記載される参考文献においてなど、様々な培養条件および増強物質が当技術分野では公知であるが、好ましい条件を後述する。
【0044】
好ましい細胞培養実施形態
細胞培養の開始は、例えば、清浄な水で入念に洗浄すること、次亜塩素酸塩などの殺菌薬の使用、TweenやTritonなどの湿潤剤の使用、抗生物質の使用、および場合によっては抗真菌薬の使用など、植物供給源物質の表面の滅菌を含む。次いで、その植物部分をそのまま使用してもよく、または、種子から取り出した胚などその一部分を使用してもよい。次に、培養条件として、当技術分野において公知である、イチイカルス形成に適した標準的な栄養培地、温度範囲、およびpH範囲を使用する。同様に、ゲル化剤、色素沈着の低減、活性炭などおよび標準の明暗周期が使用される。
【0045】
カルス増殖とは、注意深く取り出され、未分化の培養物として増殖させられる、植物部分に付着した、実質的に未分化の細胞塊の発達である。好ましい培地、pH範囲、好ましい炭素源、窒素供給源、マクロ塩およびマイクロ塩、ビタミン、ならびに増殖調節因子に関する培養条件は、例えば、特許文献14にすべて記載されている。それらの文献に説明されている手順に加えて、好ましいゲル化剤としては、寒天、ヒドロゲル、ゼラチン、およびゲルライト(gelrite)を含む。同様に、好ましくは、不要な副産物および望ましくない有機化合物を除去するために木炭が使用される。接種材料は、通常、約0.01〜10g/25mlの範囲である。さらに、好ましくは、複数のカルス部分を新鮮な栄養素供給源中に定期的に連続して移すために、継代培養技術を利用する。
【0046】
懸濁培養の条件は、例えば、特許文献14に記載されている。その文献に説明されている手順に加えて、開始した後、培地から実質的に細胞を分離し(通常ろ過による)、次いで一部分を、栄養素含有培地に再導入することによって、または、ある体積の培養ブロス(細胞および培地)を、栄養素含有培地に移すことによって、もしくは、細胞を沈降させ、次いで、既に存在する培地の任意の部分を取り出し、栄養素含有培地を再導入することによって、懸濁培養物をさらに培養してもよい。細胞を分離し、別の栄養素含有培地に移す場合、移動させる量は、湿重量(fresh weithgt)を基準として0.3%から30%の範囲をとってよいが、湿重量の1%〜25%が好ましい。細胞は順化および/または増殖するため、この比率は変わり得ることに留意されたい。体積測定によって細胞および培地を移す場合、移動させる体積の最終体積に対する比率は、体積の1%からほぼすべてでもよい。この場合、少しの体積増加しか生じないように、濃縮された形で新鮮な栄養素を供給してもよい。このようにして、培養物を複数の部分に分けることができる。各部分を随意にタキサン生産に使用することができる。栄養素含有培地の組成物は、それらの様々な部分に対して同じである必要はない。元の培地に含有されていない他の成分を加えてもよく、または、元の培地に由来する品目を除外し、もしくはその濃度を変更してもよい。培養期間は、通常、少なくとも2日間である。さらに、部分的に欠乏した培地に追加の栄養素を補充することによって、増殖期間を延長してもよい。
【0047】
すべての濃度は、細胞外培地における平均初期値を指す。供給溶液中での濃度、およびそれによる細胞と接触する濃度が、局所的に示される濃度より高くなることがあり得る。植物細胞培養において通常使用される栄養素に加えて、タキサン生産を支援するために他の成分を加えてもよい。タキサン生産に特に適した成分としては、誘発物質、刺激物質、前駆物質、阻害物質、増殖調節因子、重金属、および/またはエチレン阻害性化合物から選択される1種または複数のものを含む。誘発物質としては、ジャスモン酸および関連化合物、ツベロン酸および関連化合物、ククルビン酸および関連化合物、コロナチンおよび関連化合物、6−エチル−インダノイルイソロイシンおよび関連化合物、12−オキソ−フィトジエン酸および関連化合物、システミンおよび関連化合物、ボリシチンおよび関連化合物、オリゴ糖、キトサン、キチン、グルカン、環状多糖類、細菌、真菌、酵母、植物、昆虫、または昆虫の唾液もしくは分泌物などに含まれる物質に由来する細胞物質を含有する調製物、植物におけるエチレン生合成または作用の阻害物質、特に、銀を含有する化合物もしくは錯体、コバルト、アミノエトキシビニルグリシンなど、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ、ケイ皮酸ヒドロキシラーゼ、クマル酸CoAリガーゼを阻害することが知られている化合物などフェニルプロパノイド代謝の阻害物質、メチレンジオキシケイ皮酸、メチレンジオキシニトロケイ皮酸、メチレンジオキシフェニルプロピオン酸、一般に、メチレンジオキシフェニル酢酸、メチレンジオキシ安息香酸などメチレンジオキシ官能基を含む他の化合物が挙げられる。増殖調節因子および/または阻害物質ならびにその組合せの非限定的な例は、それだけには限らないが、表Aおよび特許文献14(Bringi他、1997年)で開示される表に含まれる。アミノ酸には、グルタミン、グルタミン酸、アスパラギン酸、α−もしくはβ−フェニルアラニンなど、細胞培養において利用される任意の一般的なアミノ酸が含まれる。
【0048】
ジャスモン酸関連化合物などの誘発物質は、一般的に、0.01μmol/リットル〜1mmol/リットルの範囲の用量で使用してもよい。好ましくは、この値は、1〜500μmol/リットルの間となる。細胞性物質を含有する調製物は、その調製物の個々の構成成分の濃度に基づいて、または培養物体積のいくらかの割合として加えてもよい。銀塩または錯体などの重金属およびエチレン阻害物質は、最大1mmol/リットルの濃度で使用してもよいが、通常、その範囲は0.01〜500μmol/リットルとなる。他の阻害物質は、1μmol/リットル〜5mmol/リットルの濃度で使用してもよい。メチレンジオキシ官能基を含む芳香族化合物は、0.1μmol/リットル〜5mmol/リットルの濃度で含めてもよいが、より一般的には、1μmol/リットル〜2mmol/リットルである。増殖調節因子は、0.001μmol/リットル〜2mmol/リットルの範囲の値で使用してもよいが、より一般的には、0.01μmol/リットル〜1mmol/リットルの範囲の濃度でこれらを使用することができる。アミノ酸またはテルペノイド前駆物質などの前駆物質は、1μmol/リットル〜20mmol/リットルの範囲の濃度で使用してもよいが、より一般的には、10μmol/リットル〜10mmol/リットルの範囲の濃度でこれらを使用する。本明細書において提供する手引きに従うことにより、当業者は、示された有用な範囲外で、単独または組み合わせて物質を使用することの個々の利点を常用の実験手法によって見出すことが可能である。これらの知見は、本発明の範囲内であるとみなされる。
【0049】
細胞に供給する成分は、いくつかの異なる方法で提供することができる。遅滞期、対数期、または静止期など特定の増殖段階に諸成分を加えてもよい。すべての成分を同時に供給してもよく、次いで、適切な時間をおいて、タキサンを回収してもよい。あるいは、すべての成分を同時に提供しなくてもよい。逆に、それらのうちの1種または複数を培養中の異なる時点に供給してもよい。さらに、添加は、最初の接触に対して非連続的に、または時間をずらして行ってよく、このような供給の持続期間は、様々な成分に応じて変動してもよい。複数の部分に成分を供給してもよい。次いで、タキサンを回収することができる。1種または複数の成分は、細胞培養物またはそれらの一部分と別々に接触させられる溶液の一部分として提供してもよい。タキサンは、培養物全体または培養物の一部分(培地のみ、細胞のみ、もしくはある量の細胞と培地の両方)から回収することができる。タキサンは、培養中の任意の時点で、または培養期間の完了後に回収することができる。培養物の一部分は、任意の時点で、または定期的に取り出し、タキサンの生産および/もしくは回収のために、または細胞をさらに増殖させるために使用することができる。必要に応じて、このような細胞含有部分を、さらに栄養素または他の成分に曝露してもよい。
【0050】
一実施形態では、取り除かれた体積の一部分またはすべてを補充するために、栄養素または他の成分を含有する培地を加えてもよい。補充(希釈)速度(容器中の液体体積で除した、体積添加速度)は、細胞の個々の増殖速度の0.1〜10倍の間で変動してもよい。このような取り出した物質の一部分を元の培養物中に加え戻してもよく、例えば、細胞および培地を取り出し、それらの培地または細胞をタキサン回収に使用してもよく、また、残っている細胞または培地を戻してもよい。諸成分の培養物への供給速度、および培養物中の様々な成分のレベルは、タキサンを有利に生産し回収できるように調節することができる。培養物の別々の部分を、前述した態様のうちの任意のものにおける成分に曝露し、次いで、タキサン生産に有利になるように決定した比率で混合してもよい。培養物の細胞含有量もまた、有利にタキサンを生産し、または細胞を増殖させるように調整することができる。細胞含有量の調整は、有利には、栄養素または他の成分と接触させるための方法と併用することができる。
【0051】
1種または複数のタキサンを有利に生産するように、または、バイオマス蓄積を促進するように、酸素、二酸化炭素およびエチレンなどの気体のレベルを調節することができる。シート、プラグ、またはキャップなど通常の密閉器具(closure)を用いて空気雰囲気中で実施される、実験室規模の培養槽での常法による培養は、空気飽和より低い溶存酸素レベル、ならびに大気中に存在するよりも高いCOおよびエチレンのレベルを生じる。したがって、通常、培養物のヘッドスペースの二酸化炭素レベルは、約0.03%より概して高い。しかし、二酸化炭素および/またはエチレンの濃度は、有利にタキサンを生産し、または細胞を増殖させるように調整することができる。すなわち、本発明者らは、より優れたタキサン生産のためには、このCOレベルが0.1%(大気の約3倍)より高く10%まで、好ましくは0.3〜7%の間であることが好ましいことを見出した。エチレンは、好ましくは、その温度で液相と平衡状態にある気相中での測定において100ppm未満、好ましくは20ppm未満でもよい。攪拌速度、通気ガスの組成、通気ガスの供給もしくは排出速度を変更することを含む1つまたは複数の方法によって、または培養槽の全圧を調整することによって、溶解される気体を調節することができる。
【0052】
各気体はそれぞれ独立に供給してもよい。例えば、酸素およびCOの供給源は異なってもよい。攪拌速度は、(攪拌基の回転もしくは振動、または流体の循環で)1分当たり1〜500回に調節してもよい。気体の供給速度は、1分当たり培養ブロスの単位体積当たり0.01〜10体積の気体でよく、培養液に直接供給しても、分離した液体部分に供給し、その後でその部分を培養物の残りと混合しても、培養物のヘッドスペース中に供給してもよい。通常、タキサン生産およびイチイ細胞増殖に有利な溶存酸素濃度は、作業温度での空気飽和の10〜200%、好ましくは空気飽和の20〜150%に調節することができる。当然、様々な作業上の理由、例えば、通気の一時的な減少のために、溶存酸素レベルが、数分から数時間の範囲の期間、ゼロと同じくらい低くなることもある。これらの範囲を外れる、酸素、二酸化炭素、およびエチレンの個々の有用な組合せは、ごく普通の実験によって見出すことができ、本発明の範囲内にあるとみなされる。
【0053】
一実施形態では、増殖またはタキサン生産を促進するように、特異的に培地を調整できる。上記に提供した手引きに基づき、また、一般に理解されている、植物細胞の生理学および代謝の原理に基づいて、当業者は、増殖またはパクリタキセル/タキサン生産を促進するための培地を考え出すことができるであろう。例えば、温度範囲を変えてもよい(例えば、0〜35℃、好ましくは15〜35℃、より好ましくは20〜30℃)。同様に、明暗周期の期間を変更してもよい。
【0054】
好ましい実施形態では、タキサン生産細胞を、増殖培地から、より高濃度の主要炭素源を含む生産用培地中に移す。生産用培地はまた、銀を含有する化合物または錯体、およびメチレン−ジオキシを含有する化合物も含む。さらに、細胞と生産用培地を最初に接触させてから0〜3日後に、インダノイルアミノ酸化合物(例えば、6−EII)、グルタミン、およびNAA(ナフタレン酢酸)を培養物中に導入する。さらにより好ましくは、これらの成分を供給流中に供給する。好ましくは、必要に応じて、追加のグルコースまたはマルトースを培養物に添加する。
【0055】
細胞培養物、植物組織、または様々なタキサンを含む混合物からタキサンを精製、再結晶、単離、分離、抽出するための方法は、文献に記載されている(例えば、特許文献17、特許文献18、特許文献19、特許文献20、特許文献21、特許文献22、特許文献23、特許文献24、特許文献25、特許文献26、特許文献27、特許文献28、特許文献29、特許文献30、特許文献31、特許文献32、特許文献33を参照のこと)。
【0056】
流加法を使用する際、細胞を生産力の高い状態で長期間維持できることが判明しており、実際に、細胞の生産性を増強することができた。タキサン収率を上昇させるために生産段階を長くすることや、より高いバイオマス密度を実現するために増殖段階を長くすることなど、所望の結果を得るために、供給の構成を変えてもよいことは、当業者には明らかであろう。最適な生産性および成果を実現するのに適した条件の選択は、本明細書で説明した教示を考慮すれば、十分に当業者の能力の範囲内である。同様に、所望の結果を実現するために、添加の時期および持続期間や流加成分の添加速度など、他の作業パラメータを変更することも、本明細書に記載した教示を考慮すれば、当業者の能力の届く範囲内である。
【0057】
例えば、Bringiの特許文献14に実証されているように、使用済み培地の除去、および定期的、例えば数日毎の新鮮な培地の補充は、タキサンおよびパクリタキセルの生産全体の有意な増強、ならびに、細胞外生成物の量の増加に寄与する。
【0058】
培地交換の促進作用は、フィードバック阻害および生成物分解を妨げると考えられるin situの生成物の除去が理由である可能性がある。in situの生成物除去が、二次代謝産物の生産および無関係な植物の懸濁培養物中における分泌に与えるこのような好ましい効果は、特に、RobinsおよびRhodes(1986年)ならびにAsadaおよびShuler(1989年)によって実証されている。使用済み培地の定期的な除去は、上記の利点を含み、さらに、他の非タキサン阻害性成分(フェノール化合物など)を培地から除去することによって、第2次の生合成を活性化するのに役立つこともできる。
【0059】
活性な生合成が起こっている細胞への新鮮な培地の補充もまた、欠乏した必須栄養素を提供することによって、生産を増強することができる。例えば、Miyasaka他(1986年)は、タンジン(Salvia miltiorhiza)の静止期細胞を刺激して、培地にスクロースを加えるだけで、ジテルペン代謝産物、クリプトタンシノン、およびフェルギノールを生産することができた。おそらく、生合成は、静止期の炭素の制限が原因で止まっていた。本発明で使用する定期的な培地交換プロトコルは、上記の因子のいずれかが原因で、有益になり得る。欠乏した培地成分の補充もまた、それらの成分を含む供給流(流加)によって、実現することができる。
【0060】
交換される培地の量、交換頻度、および補充される培地の成分は、本発明の様々な実施形態に従って変更してよいことが予想される。
【0061】
培地交換によって生合成および分泌を促進できることは、連続式、半連続式、または流加式の効率的な大量生産プロセスの設計および操作のために重要な意味を有する。
【0062】
培養においてタキサンを生産するための前述した実施形態のうちのいずれも、単独で使用してもよいが、これらの技術は、互いに組み合わせて使用してもよい。
【実施例1】
【0063】
以下の実施例は、非限定的な実施例である。本明細書において説明する本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく、多くの変更および修正を加えることができることは、当業者には明らかであろう。
【0064】
実施例1:イチイ細胞の培養
植物細胞培養の一般に認められている技術を用いて、イチイ植物の適切な任意の部分からイチイ細胞培養を開始する。固化栄養培地または液体栄養培地上で、固化培地で培養する細胞は攪拌を必要しないということを除いては後述の条件下で、実質的に未分化の細胞を増殖させる。22〜28℃の温度、pH4〜7、暗所で、攪拌によって培養物を混合し、酸素および他の気体を供給し、酸素含有ガスを細胞懸濁液と接触させることによって通気して、イチイ細胞を培養する。酸素は、作業温度での空気飽和の10〜150%の間に維持し、二酸化炭素は0.05%より高濃度に維持する。酸素および他の気体のレベルは、攪拌、圧力、気体の組成、通気速度、または気体の供給速度を調整することによって制御する。培地は、イチイ細胞の増殖を支援することができる成分、例えば、1〜100g/リットルの範囲の糖、1〜100mmol/リットルの範囲の累積的な量の窒素源を含有し、また、オーキシンおよび/またはシトキニン様化合物、例えばナフタレン酢酸(NAA)、フェノキシ酢酸、ハロゲン置換フェノキシ酢酸、ピクロラム、ジカンバ、ベンジルアミノプリン、キネチン、ゼアチン、チジアズロン、インドール酢酸などの増殖調節因子を含んでもよい。培地は、場合によっては、バッカチンIIIや10−デアセチルバッカチンIIIなどのタキサン物質、グルタミン、α−もしくはβ−フェニルアラニンなどのアミノ酸、メチレンジオキシケイ皮酸(MDCA)、またはメチレンジオキシニトロケイ皮酸もしくはメチレンジオキシフェニル酢酸、またはα−アミノフェニル酢酸もしくは関連化合物、例えば硝酸銀もしくはチオ硫酸銀の形の銀イオン供給源、あるいは、エチレンの生合成または作用に影響を及ぼすことができる他の成分を含有してもよい。イチイ細胞の接種濃度は、10g湿細胞重量(fresh cell weight)/リットルから300g湿細胞重量/リットルの範囲でもよい。
【0065】
この培地はまた、任意選択的に1種または複数のジャスモン酸関連物質とともに、本出願に記載するインダノイルアミドも含有し、また、これらの物質は、培養の開始時、対数増殖期の後、または培養期間を通じて断続的に加えてもよい。培地の他の成分は、一度にすべて加えても培養中の様々な時点で加えてもよく、また、連続的または断続的に供給してもよい。これらの成分は、培養ブロス中に植物細胞を含める前または後のいずれかに加えてもよい。さらに、有用と考えられる場合は、培養期間中に栄養素または他の成分を追加で加えてもよい。任意選択的に、適切な培養期間の後に培地を交換してもよく、それによって細胞は、上述したのと同様の成分を含有する培地に新たに曝露される。このような変更には、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトースなどの糖、硝酸塩、アンモニウム、またはアミノ酸もしくはカザミノ酸などの窒素源の量の変更が含まれ得る。培養期間の後、培養物を回収し、タキサンのレベルをHPLCによって定量し、個々のタキサンをLC/MS/MSを用いて同定する。タキサンは、適切な抽出および精製手順によってこれらの培養物から回収することができる。
【0066】
実施例2〜8では、イチイ細胞を、固形培地上でカルス培養物として培養し、次いで、液体培地において細胞集合体の懸濁液としてさらに培養した。固形培地での培養によってもタキサンを生産させることができるが、液体培地の使用が好ましい。培養温度は、20〜30℃の間に調整した。
【実施例2】
【0067】
実施例2:6−EIIの流加添加
この実験は、以下の条件に従って実施した。12日間の流加処理の結果が表1に示され、6−EIIおよびジャスモン酸メチルが類似した活性を有することを示している。前述の方法に従って、1%マルトースおよびB5塩を含有する増殖培地(表Bに示す培地A)において、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、約20%(v/v)の使用済み増殖培地と、初期pHが5.8であり、20μmol/リットルのMDCAおよび50μmol/リットルのSLTS(チオ硫酸銀)を含有する80%(v/v)の基本の生産用培地(表Bに示す培地B、ただし、1.25倍に濃縮したもの)とからなる生産用培地に播いた。NAA(ナフタレン酢酸)、GLN(グルタミン)、およびMJS(ジャスモン酸メチル)、または6−EII(6−エチル−インダノイル−イソロイシン)を、供給流の一部分として以下の速度で供給した:1.66μmol/リットル/日(NAA)、0.84mmol/リットル/日(GLN)、およびMJS(2.51μmol/リットル/d)または6−EII(0.832、1.665、4.17、または6.25μmol/リットル/日)。気相は、25%酸素および4.5%CO(残りは窒素)に調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、100〜150rpmで攪拌した。生産用培地における培養の12日後に、タキサンを得るために培養物を回収した。
【0068】
以下の結果は、6−EII(すなわち、20〜100μmol/リットルの累積的用量)増強剤(increment)またはジャスモン酸メチル(MJS)を供給された培養物においては、タキサンの生産が、ジャスモン酸メチルと同様に6−EIIに応答することを実証する。
【0069】
【表1】

【実施例3】
【0070】
実施例3:他の培地成分と組み合わせた6−EIIの回分添加
実施例2に対して使用したのと同様の手順によって、イチイ細胞を培養した。培地は、6−EII(またはジャスモン酸メチル−MJS)、NAA、SLTS、MDCA、およびグルタミンの様々な組合せから構成された。すべての成分を回分式で、すなわち、すべてを1度に加えた。
【0071】
データは、6−EIIおよびMJSが、タキサン生産を改善する上で類似した活性を有することを示した。したがって、6−EIIは、単独で使用した場合でもおそらく有効である。しかし、データは、培地の成分とのいくつかの好ましい相互作用も示唆した。データは、6−EIIが銀と相乗的に働いて、タキサンの総合的な生産を増大させることを示した。特に、これらの結果は、6−EIIが、パクリタキセルの生産量を減少させることなく、バッカチンIIIの生産を改善できることを実証している。同様に、6−EIIおよびオーキシン型の増殖調節因子NAAも、正の方向に相互作用して、タキサン生産を改善する。6−EIIおよびオーキシン型増殖調節因子の組合せは、予想外に、個々の成分を使用するより優れている。データは、6−EIIおよびアミノ酸グルタミンが好都合に相互作用してタキサン生産を改善することを示した。驚くべきことに、データは、6−EII、銀(SLTSとして供給される)、およびオーキシン型の増殖調節因子NAAが相互作用して、タキサン生産を改善することも示した。したがって、適切に調製した培地(表Bの培地Bなど)とともに、オーキシン型増殖調節因子であるNAA、銀含有化合物/錯体の例(エチレン作用の阻害物質)であるSLTS、メチレンジオキシ含有化合物(フェニルプロパノイド代謝の阻害物質)、およびグルタミン(アミノ酸の例)などの他の増強物質と6−EIIとの組合せを適用すると、タキサン生産が改善される。
【実施例4】
【0072】
実施例4:他の培地成分と組み合わせた6−EIIの効果
この実験は、以下の条件に従って実施した。前述の方法に従って、増殖培地A(表B)上で、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、初期pHが5.8の基本の生産用培地(培地B、表B)中に播いた。培地Bにおいて記載した成分に加えて、この培地は、5mmol/リットルのグルタミンをさらに含有した。気相は、大気中での値の90〜97%の酸素および2.5〜6%のCOに調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、150〜200rpmで攪拌した。生産用培地における培養の14日後に、タキサンを得るために培養物を回収した。
【0073】
培地の特定の成分の組合せに応じたタキサンの収量を試験し、特定の成分がない場合、または、特定の成分の組合せがない場合に得られる収量と比較した。
【0074】
5〜500μmol/リットルの範囲で6−EIIを含有することにより、それだけで、タキサン収量が増加することが見出された。しかし、20μmol/リットルのNAA(オーキシン型増殖調節因子)と組み合わせた場合には、収量は著しく多い量に改善された。6−EIIおよびNAAの組合せに50μmol/リットルの銀(エチレン作用の阻害物質、チオ硫酸錯体として供給される)を加えた場合、収量はさらに増加した。また、この組合せに20μmol/リットルのMDCA(フェニルプロパノイド代謝の阻害物質であることが公知の3,4−メチレンジオキシケイ皮酸)を加えた場合、収量はさらに一層増加した。これらの驚くべき活性は、個々の成分の活性から予測することはできなかった。20μmol/リットルのNAA、または、20μmol/リットルのNAAと50μmol/リットルのSLTS、または、20μmol/リットルのNAAと50μmol/リットルのSLTSと20μmol/リットルのMDCAと組み合わせて、50〜200μmol/リットルの、6−EIIなどのインダノイルアミノ酸を使用するなど、特定の条件のもとで調整することによって、諸成分の濃度を最適化して所望の結果を最大化することも可能である。
【実施例5】
【0075】
実施例5:タキサン生産に対する硝酸銀および6−EIIの効果
実施例1および2で前述した方法に従って、増殖培地(表Bに示す培地A)上で、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、初期pHが5.8の培地B(表B)中に播いた。表Bで記載した成分に加えて、20μmol/リットルのNAA、20μmol/リットルのMDCA、5mmol/リットルのGLN、MJSもしくは6−EII、および硝酸塩もしくはチオ硫酸錯体としての銀を、様々なレベルで培地に加えた。気相は、大気中でのレベルの90〜97%の酸素および2.5〜6%のCOに調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、150〜200rpmで攪拌した。生産用培地における培養の14日後に、タキサンを得るために培養物を回収した。
【0076】
データは、6−EIIおよび銀が、相乗的に作用することを実証した。すなわち、6−EIIおよび銀はいずれも、単独で使用された場合には、これらの作用物質が組み合わせて存在するものに細胞を曝露させた場合に認められる大きさの効果をもたらさない。本実施例では、銀含有化合物または錯体の例示的な例として、硝酸銀およびチオ硫酸銀を使用する。本発明者らは、他のいくつかの銀含有化合物または錯体を使用してもよいことを見出した。他の適切な銀錯体の例は、例えば、背景技術のセクションで考察した特許文献14および特許文献11などの開示内容において確認することができる。
【実施例6】
【0077】
実施例6:タキサン生産に対する6−ブロモインダノイルイソロイシン(6−BII)の効果
この実験は、以下の条件に従って実施した。前述の方法に従って、増殖培地(培地A、表B)上で、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、初期pHが5.8の基本の生産用培地(培地B、表B)中に播いた。表Bで記載した成分に加えて、この培地は、20μmol/リットルのNAA、20μmol/リットルのMDCA、5mmol/リットルのGLN、およびチオ硫酸錯体としての50μmol/リットルの銀を含有した。以下の表2に示したレベルで、生産用培地に6−BIIを加えた。気相は、大気中でのレベルの90〜97%の酸素および2.5〜6%のCOに調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、150〜200rpmで攪拌した。生産用培地における培養の14日後に、タキサンを得るために培養物を回収した。
【0078】
データは、6−EIIと同様に、6−BII(ハロゲン置換された誘導体)もまた、チュウゴクイチイ細胞培養物によるタキサン生産の有効な誘導物質であったことを示す。データは、同様に、タキサン生産細胞培養物において他のインダノイルアミドを滴定することによって決定することができるであろう最適な6−BIIレベルの決定も例示している。
【0079】
【表2】

【実施例7】
【0080】
実施例7:イチイ細胞懸濁培養によるタキサン全体の蓄積に対する1−オキソ−インダン−カルボキシ−(L)−イソロイシン−メチルエステルアミド(1−OII)の効果
この実験は、以下の条件に従って実施した。前述の方法に従って、増殖培地(培地A、表B)上で、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、初期pHが5.8の基本の生産用培地(培地B、表B)中に播いた。表Bで記載した成分に加えて、この培地は、20μmol/リットルのNAA、20μmol/リットルのMDCA、5mmol/リットルのGLN、およびチオ硫酸錯体としての50μmol/リットルの銀も含有した。以下の表に示したレベルで、基本の生産用培地に1−OIIを加えた。気相は、大気中での値の90〜97%の酸素および2.5〜6%のCOに調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、150〜200rpmで攪拌した。生産用培地における培養の14日後に、タキサンを得るために培養物を回収した。
【0081】
データは、6位置換型誘導体、すなわち、上述の6−EIIおよび6−BIIと同様に、6位が置換されていないインダノイルイソロイシンもまた、イチイ懸濁培養におけるタキサン生産の有効な誘導物質であることを示す。
【0082】
【表3】

【実施例8】
【0083】
実施例8:6−EIIの流加供給の効果、および培養物への追加の糖の補充を組み合わせることの効果
前述の方法に従って、増殖培地A(表B)において、チュウゴクイチイ細胞をカルスとして、次いで、懸濁させた細胞として培養した。この培地で7日間培養した後に、懸濁させた細胞をこの培地から実質的に分離し、新鮮な細胞が約20%(w/v)となるように、初期pHが5.8の1.25倍に濃縮した培地B(表B)中に播き、そこに、培地Aにおける培養の終わりから得た20%(v/v)の使用済み培地を加えた。さらに、20μmol/リットルのMDCA、およびチオ硫酸錯体としての50μmol/リットルの銀も加えた。NAA、GLN、および6−EIIを、供給流の一部分として以下の速度で供給した:1.66μmol/リットル/日(NAA)、0.84mmol/リットル/日(GLN)、および4μmol/リットル/日(6−EII)。気相は、25%酸素および4.5%CO(残りは窒素)に調節し、温度は、25±2℃に維持した。暗所で細胞を培養し、実験期間中、100〜150rpmで攪拌した。これらの条件下での培養期間(この事例では12日間)後、培養物は、部分的に主要炭素源が欠乏していた。この時、炭素源の適切な供給が細胞に与えられるように、また、タキサン生産の持続期間を延長できるように、NAA、GLN、および6−EIIを含む供給流に400g/リットルのグルコースを補充した。このようにして、培養をさらに16日間継続した。この時点でタキサンを得るために培養物を回収し、確立されている分析手順を用いて、タキサンの量を定量した。
【0084】
この結果は、培地成分の有効性がタキサン生産の持続期間を制限することがある回分式の培養と対照的に、流加回分法における追加の糖の供給は、この持続期間の延長を可能にすることを示唆する。さらに、全体量を1度に急に添加するのではなく、流加回分法で少量添加によって糖を補充することにより、タキサンの多量の生産を実現することができる。
【0085】
以上の内容は、いくつかの可能な代替方法とともに、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、これらの実施形態は例に過ぎず、本発明はこれらに限定されない。したがって、実施例の結果は、一般的にイチイ種に適用することができ、チュウゴクイチイに限定されない。さらに、添加した成分の濃度など、実施例の条件は限定されない。
【0086】
【表4−1】

【0087】
【表4−2】

【0088】
【表4−3】

【0089】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
懸濁培養において栄養培地中でイチイ種の細胞を培養することによってタキサンを生産するための方法において、インダノイルアミノ酸は前記栄養培地に加えられることを改良点とする方法。
【請求項2】
前記インダノイルアミノ酸は、流加供給流中で供給されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記懸濁培地は、追加の炭素源が供給流中に含まれる前は、炭素源が部分的に欠乏していることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記インダノイルアミノ酸は、インダノイルアミノ酸の不在下で得られる比率に比べて、培養物によって生産されるタキサン間の比率を変えるのに有効な量で、栄養培地に加えられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記インダノイルアミノ酸は、インダノイルアミノ酸の不在下で得られる量に比べて、バッカチンIIIを選択的に増加させるのに有効な量で、栄養培地に加えられることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記インダノイルアミノ酸は、6位置換型インダノイルアミノ酸であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記インダノイルアミノ酸は、6−エチルインダノイルイソロイシン(6−EII)、6−ブロモインダノイルイソロイシン(6−BII)、および1−オキソ−インダン−カルボキシ−(L)−イソロイシン−メチルエステルアミド(1−OII)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記栄養培地は、少なくとも1種の増強物質および/または阻害物質を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記栄養培地は、オーキシン、オーキシン様の増殖調節活性を有する化合物、またはそれらの双方を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記栄養培地は、銀イオン、銀化合物、銀錯体、またはそれらの混合物を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記インダノイルアミノ酸は、銀の毒性に対して保護的な量で供給されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記栄養培地は、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記阻害物質は、メチレンジオキシ基を有する化合物であることを特徴とする請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記化合物は、3,4−メチレンジオキシケイ皮酸、メチレンジオキシニトロケイ皮酸、メチレンジオキシフェニルプロピオン酸、または3,4−メチレンジオキシフェニル酢酸であることを特徴とする請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記栄養培地は、アミノ酸をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記アミノ酸はグルタミンであることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項17】
インダノイルアミノ酸を含むことを特徴とする植物細胞培養用の栄養培地。
【請求項18】
前記インダノイルアミノ酸は、インダノイルアミノ酸の不在下で生じる比率に比べて、培地中で培養される細胞によって生産されるタキサン間の比率を変えるのに有効な量で、培地に加えられることを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項19】
前記インダノイルアミノ酸は、インダノイルアミノ酸の不在下で得られる量に比べて、バッカチンIIIを選択的に増加させるのに有効な量で、培地に加えられることを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項20】
前記インダノイルアミノ酸は、6−エチルインダノイルイソロイシン(6−EII)、6−ブロモインダノイルイソロイシン(6−BII)、1−オキソ−インダン−カルボキシ−(L)−イソロイシン−メチルエステルアミド(1−OII)からなる群から選択されることを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項21】
前記栄養培地は、少なくとも1種の増強物質および/または阻害物質を含むことを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項22】
前記培地は、オーキシン、オーキシン様の増殖調節活性を有する化合物、またはそれらの双方を含むことを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項23】
前記培地は、銀イオン、銀化合物、銀錯体、またはそれらの混合物を含むことを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項24】
前記インダノイルアミノ酸は、銀の毒性に対して保護的な量で供給されることを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項25】
前記培地は、フェニルプロパノイド代謝の阻害物質を含むことを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項26】
前記阻害物質は、メチレンジオキシ基を有する化合物であることを特徴とする請求項25に記載の培地。
【請求項27】
前記化合物は、3,4−メチレンジオキシケイ皮酸、メチレンジオキシニトロケイ皮酸、メチレンジオキシフェニルプロピオン酸、または3,4−メチレンジオキシフェニル酢酸であることを特徴とする請求項26に記載の培地。
【請求項28】
前記培地は、アミノ酸をさらに含むことを特徴とする請求項17に記載の培地。
【請求項29】
前記アミノ酸はグルタミンであることを特徴とする請求項28に記載の培地。

【公表番号】特表2007−527713(P2007−527713A)
【公表日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−553308(P2006−553308)
【出願日】平成17年2月14日(2005.2.14)
【国際出願番号】PCT/US2005/004569
【国際公開番号】WO2005/079355
【国際公開日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(506277144)フィトン バイオテック インコーポレイテッド (1)
【Fターム(参考)】