イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド
【課題】イヌアレルギーのペプチド療法に有用なイヌアレルゲンCan f1タンパク質のペプチドフラグメントを提供すること。
【解決手段】イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するアミノ酸配列GluGlyGluProHisGlyArgGlnIleArgMetAlaLysLeuLeuGlyArgAspProGluGlnArgからなるポリペプチド。
【解決手段】イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するアミノ酸配列GluGlyGluProHisGlyArgGlnIleArgMetAlaLysLeuLeuGlyArgAspProGluGlnArgからなるポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家庭における動物の飼育が増加しているが、これらの動物が産生・分泌するタンパク質がアレルゲンとなり引き起こされるアレルギーが問題になってきている。
【0003】
家庭で飼育されている動物のうち、最も一般的な動物はイヌ(Canis familiaris)である。現在、日本では20%近くの家庭でイヌが飼育されており、飼育頭数は約1千万頭にのぼる(日本ペットフード工業会による調査、2003年、http://www.jppfma.org/)。更に、非飼育家庭の約2割がイヌの飼育意向を有していることから、今後ますます飼育頭数は増加していくと考えられる。
【0004】
また、2002年に身体障害者補助犬法が施行されたことにより、イヌの社会的進出が進み、広く一般の人がイヌと接する機会が増えると考えられる。
【0005】
このように、好むと好まざるとに関わらず、イヌと直接に接する機会又はイヌが滞在した場所に立ち入る機会が増え、イヌアレルギーは今後大きな問題になると考えられる。
【0006】
これまでに、イヌアレルギー患者の血清中のIgEと反応するイヌの皮屑や上皮に由来する多種の物質が報告されている(非特許文献1、2、3及び4)。このうち、唾液腺由来で分子量約17kDaのタンパク質Canis familiaris allergen 1(Can f1)は、70%のイヌアレルギー患者の血清と反応することが報告されており、主要アレルゲンとして位置づけられている(非特許文献3及び5)。
【0007】
唾液中のCan f1は、毛繕いなどによって被毛や塵埃などに吸着し、空中に飛散、拡散する。ダニアレルゲンと異なり、空気中のCan f1は小さな粒子として拡散し、空中滞留時間が長い(非特許文献6)。Can f1はまた衣服に付着しても移動する。このため、イヌを飼育していない家庭や公共施設内の細塵においてもCan f1は検出されている(非特許文献6、7及び8)。被毛が拡散することに加えて、イヌが口を使って補助をすることが多いため、唾液も様々な場所に付着することになる。このことから、さらに多くのCan f1が環境中に拡散浸透することになる。
【0008】
因みに、飼育室内環境中のCan f1量は、細塵中及び空気中にそれぞれ1,180μg/g及び14.5μg/m3と報告されている。この値は喘息の主要な原因とされているダニアレルゲンDer 1及びDer 2のそれぞれ50倍及び463倍も多い(非特許文献9)。
このように、日常生活において、Can f1による曝露は避け難く、イヌの公の場への進出の機会の増加に伴い、イヌアレルギーは公衆衛生上大きな問題になり得る。
【0009】
イヌアレルギーが属するI型アレルギーは、アレルゲン特異的IgE抗体を介して引き起こされる。体内に侵入したアレルゲンは、抗原提示細胞に取り込まれ、ペプチドに分解される。このペプチドが、ヘルパーT細胞に提示されるとT細胞の活性化、B細胞の分化、抗原特異的IgE抗体の産生が起こる。
【0010】
組織内のマスト細胞や血中の好塩基球は、親和性の高いIgE抗体のFc受容体(FcεRI)を発現しており、産生されたIgE抗体は速やかにこの受容体を介してこれらの表面に結合し、長期間にわたって細胞表面に存在する。この状態が感作状態である。
【0011】
その後、再度アレルゲンが侵入すると、マスト細胞上のIgE抗体とアレルゲンが結合し、FcεRIが架橋されることで、マスト細胞や好塩基球から種々のケミカルメディエータ(例えばヒスタミン、セロトニン)が放出される。このケミカルメディエータの作用により、血管透過性の亢進、平滑筋の強い収縮などがおき、その結果、くしゃみ、鼻水、喘息のようなアレルギー症状に留まらず、血圧降下などの末梢循環障害、全身性蕁麻疹、呼吸困難などの全身性のアナフィラキシー症状が起こる。
【0012】
現在、主として行われているアレルギー治療には、ステロイド薬や抗アレルギー薬によりケミカルメディエータの生成・遊離を抑制するという薬物療法がある。これは対症療法であり、一時的にアレルギー症状を緩和するに過ぎず、アレルゲンが存在する限りアレルギー反応が消失することはない。したがって、対処療法では、継続した薬の服用が必要とされ、アレルギーを根治することはできない。
【0013】
他方、根治療法としては免疫療法が挙げられる。これは、アレルゲンを低用量より始めて徐々に高用量にしながら定期的に注射する治療法で、アレルゲンに対する反応性を低下・消失させることを目的とする。減感作療法とも呼ばれるこの治療法は、根治を期待できる唯一の方法であるが、時に起こるアナフィラキシー反応と、用いる抗原の精度管理が大きな問題となる。
【0014】
アレルゲン自体を投与する従来の減感作療法では、アナフィラキシー反応の危険を回避するため、アレルゲンはアナフィラキシー発症閾値以下の用量でしか投与できない。よって、治療効果を得るまでには、最低でも約1年もの長期の継続的な投与が必要であるという欠点がある。
【0015】
近年、これらの問題を解決するために、ペプチド療法の開発が進んでいる。これは、アレルゲンのT細胞抗原決定基にあたるペプチド部分を投与してT細胞の寛容状態を誘導する方法である。この場合、T細胞抗原決定基のみではアナフィラキシーを起こすことはない。動物アレルギーではネコアレルギーに対するペプチド療法の研究が実用化に向けて進んでいる(非特許文献10)。
【0016】
イヌアレルギーの研究としては、特許文献1が挙げられる。特許文献1は、Can f1タンパク質のT細胞エピトープを含むペプチドフラグメントがイヌアレルギー反応を予防又は治療し得る可能性を示唆している。
しかし、特許文献1は、ヒトT細胞増殖分析によりT細胞刺激活性を有する(すなわちT細胞エピトープを含む)ペプチドフラグメントをいくつか同定しているに過ぎず、肝心のイヌアレルギーに対する治療有効性を実証する実験データを示していない。
【0017】
更に、ペプチド療法の最大の利点であるアナフィラキシー反応を生じさせいない点に関しては、「T細胞応答を誘導する能力と別に若しくはそれに加えて、減少した若しくは無視し得る犬鱗屑アレルギー性IgEと結合する能力を有する。かかるペプチドは、特に、治療剤として有用である。」(下線は引用者による)と一般的に記載するのみであり、同定したペプチドフラグメントについてIgE抗体との反応性に関するデータを全く示していない。また、引用した記載は、「T細胞応答を誘導する能力」を有さずとも、「減少した若しくは無視し得る犬鱗屑アレルギー性IgEと結合する能力」を有しさえすれば、イヌアレルギーの治療に有効であることを示唆しているようにもみえる。
【0018】
結局、特許文献1は、ペプチド療法に有用なCan f1タンパク質のペプチドフラグメントを記載しておらず、又そのようなペプチドフラグメントの開発に必要十分な情報も記載していない。
【非特許文献1】Lindgrenら(1988) J. Allergy Clin. Immunol. 82: 196-204
【非特許文献2】Fordら(1989) Clin. Exp. Allergy 19: 183-190
【非特許文献3】Schouら(1991) Clin. Exp. Allergy 21: 321-328
【非特許文献4】Spitzauerら(1993) Int. Arch. Allergy Immunol. 100: 60-67
【非特許文献5】de Grootら(1991) J. Allergy Clin. Immunol. 87: 1056-1065
【非特許文献6】Custovicら(1997) Am. J. Respir. Care Med. 155: 94-98
【非特許文献7】Arbesら(2004) J. Allergy Clin. Immunol. 114: 111-117
【非特許文献8】Custovicら(1996) Clin. Exp. Allerty 26: 1246-4252
【非特許文献9】坂口(2002) アレルギーの臨床 22(9): 670-674
【非特許文献10】駒瀬(2002) アレルギーの臨床 22(9): 686-691
【特許文献1】特表平8−507436号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
したがって、本発明は、イヌアレルギーの治療に有用なペプチドフラグメントを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明によれば、イヌアレルゲンCan f1タンパク質に関連する、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドが提供される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、イヌアレルギーに対する予防又は治療において、アナフィラキシー発症の危険が回避される。
本発明によれば、イヌアレルギーに対する予防又は治療において、イヌアレルゲンCan f1タンパク質全体を使用する場合に比べて高用量を投与できるので、比較的短期間で治療効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
<ポリペプチド>
本発明のポリペプチドは、Can f1タンパク質のアナフィラキシー誘発能を中和するIgG抗体産生誘導能を有し、かつアナフィラキシー反応を誘導しないことによって特徴付けられる、Can f1タンパク質関連のポリペプチドである。
上記特徴により本発明のポリペプチドは、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する。
【0023】
IgG抗体産生誘導能及びIgE抗体産生誘導能は、当該分野で公知の方法により決定できる。例えば、哺乳動物(例えばウサギ、ラット、マウス、サル、モルモットなど)に試験物質を、単回又は複数回(例えば皮下及び/又は腹腔内)投与して当該動物の血清中にIgG抗体又はIgE抗体が生ずるか否かを観察することにより決定する。
このとき、試験ポリペプチドは、単独で投与してもよいし、アジュバント(例えば水酸化アルミニウム、RIBIアジュバント系など)と共に投与してもよい。
【0024】
Can f1タンパク質のアナフィラキシー誘発能を中和する能力は、例えば、アナフィラキシー反応試験(例えば下記の試験)、又はアレルギーモデル動物(下記の実施例で使用したモデル動物)において確認することができる。
【0025】
血清中の特異抗体の存在は、当該分野で公知の方法によって容易に決定できる。例えば、血清を、固相化した当該試験ポリペプチド又はこれを含むより長いポリペプチド(例えば全長のCan f1タンパク質)と反応(接触)させ、特異抗体が存在する場合に形成される免疫複合体を検出することによって決定できる。
【0026】
IgE抗体結合能もまた、当該分野で公知の方法で決定できる。例えば、イヌアレルギーを患っているヒト患者に由来する血清を試験ポリペプチドと接触させ、当該ポリペプチドと当該血清中のIgE抗体とが免疫複合体を形成するか否かを観察することによって決定できる。ヒト患者に由来する血清の代わりに、イヌアレルゲン(Can f1タンパク質)で感作させた哺乳動物(例えばラット、マウス、モルモットなど)に由来する血清を用いてもよい。免疫複合体の存在は、例えば酵素免疫アッセイ(ELISA)や放射性免疫アッセイ(RIA)などにより決定できる。
【0027】
アナフィラキシー反応を誘導しないとは、任意のアナフィラキシー反応試験において、アナフィラキシー反応非誘導物質(例えば生理食塩水、生理学的緩衝液など)と同程度(例えば+10%以内、好ましくは+5%以内、より好ましくは+1%以内)若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により誘導される反応の10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下の反応を示すことを意味する。
アナフィラキシー反応試験としては、当該分野において公知である任意の試験を用いることができるが、例えばインビボでの負荷試験、インビトロ試験が挙げられる。
【0028】
負荷試験は、試験物質を個体に負荷してアナフィラキシー反応が誘導されるか否かを観察する試験である。負荷試験としては、皮膚試験(スクラッチテスト、プリックテスト、パッチテスト)、食物負荷試験が挙げられる。
皮膚試験は、哺乳動物(ヒト、サル、ウサギ、ラット、ネズミ、マウス、モルモット)の皮下又は皮内に試験物質を投与(注射)して、投与部位に局所アナフィラキシー反応(発赤、腫脹又は膨疹、局所の熱感)が生じるか否かを観察する。
この場合、例えば、試験物質により生じる発赤又は腫脹のサイズが、アナフィラキシー反応非誘導物質と同程度若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により生じるサイズの10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下であれば、当該試験物質は、アナフィラキシー反応を誘導しないといえる。
【0029】
インビトロ試験としては、例えばマスト細胞又は好塩基球からのケミカルメディエータ遊離アッセイなどが挙げられる。
ケミカルメディエータ遊離アッセイは、試験物質を、当該試験物質で予め感作したマスト細胞又は好塩基球に接触させて、ケミカルメディエータ(例えばヒスタミンなど)の遊離が誘導されるか否か、及び遊離が誘導される場合にはその量を観察するアッセイである。
この場合、例えば、試験物質により遊離されるヒスタミンの量が、アナフィラキシー反応非誘導物質と同程度若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により遊離されるヒスタミンの量の10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下検出限界以下であれば、当該試験物質は、アナフィラキシー反応を誘導しないといえる。
【0030】
本発明のポリペプチドは、配列番号6のアミノ酸配列からなってもよい(本明細書中で、このポリペプチドを「Can f1-2ポリペプチド」と呼ぶこともある)。配列番号6のアミノ酸配列は、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。配列番号6のアミノ酸配列はまた、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端及び/又はC末端を短縮されていてもよい。N末端及び/又はC末端短縮型アミノ酸配列は、更に、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。
【0031】
或いは、このポリペプチドは、配列番号5の塩基配列からなる核酸分子とストリンジェントな条件(下記参照)下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされるアミノ酸配列からなってもよい。
このストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされるアミノ酸配列は、更に、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。このアミノ酸配列はまた、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端及び/又はC末端を短縮されていてもよく、更に、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。
【0032】
本発明のポリペプチドは、組換え発現法により製造された組換えポリペプチドであっても、化学合成法により製造された合成ポリペプチドであってもよい。
【0033】
本発明のポリペプチドはまた、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端又はC末端に直接又はリンカー若しくはスペーサーを介してタグポリペプチド又はキャリアタンパク質が結合されていてもよい。
【0034】
キャリアタンパク質としては、当該分野において公知の任意のキャリアタンパク質を用いることができ、例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、卵アルブミン(オボアルブミン:OVA)、フィブリノゲン、コレラトキソイド、破傷風トキソイドが挙げられる。
キャリアタンパク質は、本発明のポリペプチドのIgG抗体及び/又はIgE抗体産生誘導能を増大させ得、及び/又は、本発明のポリペプチドの安定性を増大させ得る。
【0035】
タグポリペプチドとしては、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、β−ガラクトシダーゼ、ポリヒスチジン、ポリアルギニン、ポリシステイン、ポリフェニルアラニン、プロテインA、プロテインG、アルカリホスファターゼ、糖結合ポリペプチド(例えばマルトース結合ポリペプチド)が挙げられる。
タグタンパク質又はポリペプチドと結合された本発明のポリペプチドは、アフィニティー精製により容易に回収できるので有用である。タグポリペプチドは、適切なプロテアーゼにより切断可能であるように結合されていてもよい。
【0036】
キャリアタンパク質又はタグポリペプチドは、本発明のポリペプチドに、リンカー又はスペーサーを介して結合していてもよい。
リンカー又はスペーサーがオリゴペプチドである場合、その長さは、代表的には1〜30アミノ酸であり、例えば10アミノ酸、9アミノ酸、8アミノ酸、7アミノ酸、6アミノ酸5アミノ酸、4アミノ酸、3アミノ酸、2アミノ酸、1アミノ酸である。
【0037】
本発明のポリペプチドは、イヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物に製剤され得る。
本発明のポリペプチドを含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、イヌアレルギーに対するワクチンとしての使用に有用である。
【0038】
本発明のポリペプチドはアナフィラキシー反応を誘導しないので、1回当たりの投与量をCan f1タンパク質全体を投与する場合に比べて顕著に多くすることが可能であり、その結果、本発明のイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、顕著に高いイヌアレルギー予防又は治療効果を奏する。
【0039】
本発明の医薬組成物は、医薬的に許容される他の物質、例えば担体、賦形剤、希釈剤、ビヒクル、溶解補助剤、乳化剤、緩衝剤、安定化剤、防腐剤、浸透圧調節剤を含み得る。
【0040】
本発明の医薬組成物は、通常の投与経路、例えば、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内、経皮、経粘膜、経口、吸入等により個体に投与することができる。
【0041】
本発明の医薬組成物の剤形は、上記経路での投与に適切な形態であり得、例えば、注射剤、パッチ剤、パップ剤、点眼剤、点鼻剤、噴霧剤、錠剤、カプセル剤、トローチ、舌下錠、クリーム剤、ローション剤、粉剤などであり得る。
本発明の医薬組成物は、例えば生分解性のリポソーム、マイクロカプセル又はマイクロスフェア内に封入されていてもよい。本発明の医薬組成物はまた、凍結乾燥形態で製剤化されていてもよい。
【0042】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与頻度は、個体の年齢、体重、アレルギー症状、一般健康状態等に依存して、従来から行なわれている方法と同様に適宜設定することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物は、ワクチンとしての使用のためには、例えば、成人1回当り約0.1μg〜約1,000μgの範囲、約1μg〜約1,000μgの範囲の量(本発明のポリペプチドとして)を、皮内又は皮下への投与の場合には例えば0.05ml〜0.5mlの液量で、単回若しくは複数回(例えば2回、3回)又は定期的に(例えば1年に1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回、10回、11回、12回)、好ましくは予防状態(又は免疫記憶)の成立まで投与する。或いは、本発明の医薬組成物は、随時に、例えばイヌとの長期間又は密接な接触が予測されるときに予め投与する。
本発明の医薬組成物は、イヌアレルギーの発症前に予め投与してイヌアレルギーの発症を予防するため(罹患予防)に使用されてもよいし、イヌアレルギーを発症後にイヌアレルゲン暴露に対するアレルギー症状を抑制又は緩和するため(症状発現の予防)に使用されてもよい。
【0044】
本発明の医薬組成物は、本発明のポリペプチドに対する免疫応答を増強し、IgG抗体及び/又はIgE抗体の産生効率を増大させるために、アジュバントを含むことができる。
使用し得るアジュバントは、当該分野において公知であるが、例えば、アジュバントとしては、油中水エマルジョン(例えば、完全フロイントアジュバント、不完全フロイントアジュバント);サポニン及びサポニンの誘導体(例えばQuil A(Superfos Biosector A/S社,デンマーク);ミョウバン;水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウム酸化アルミニウムのようなミネラルゲル;リソレシチンのような表面活性物質;プルロニックポリオール;ポリアニオン;ペプチド;油または炭化水素エマルジョン;ジニトロフェノール;およびBCG(bacille Calmette−Guerin)、RIBIアジュバント系(Corixa Corp., Seattle, WA,米国)、MPL(商標)(3-Q-デスアシル-4'-モノホスホリル脂質A)(Corixa, 同)が挙げられる。
【0045】
特に、ワクチンとしての使用のためには、アレルギー反応を誘導してしまう能力が大幅に低減されたアジュバント、例えばRIBIアジュバント系及びMPL(商標)が好ましい。
RIBIアジュバント系は、2%スクアレン/Tween 80(商標)中の、モノホスホリル脂質A(MPL)+トレハロースジミコレート(TDM)+細胞壁骨格(CWS)、MPL+TDM又はTDMの水中油型エマルジョンである。
【0046】
本発明の医薬組成物は、本発明のポリペプチドに加えて、イヌアレルギーに対する予防又は治療効果を有する別のイヌアレルゲン由来ポリペプチドを含み得る。このような医薬組成物は、イヌアレルギーに対する予防又は治療効果が増強される。
【0047】
本発明の医薬組成物に含ませ得るイヌアレルゲン由来ポリペプチドとしては、例えば、Can f1タンパク質に由来する配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチド(以下、「Can f1-1ポリペプチド」とも呼ぶ)が挙げられる。
【0048】
Can f1-1ポリペプチドは、IgG抗体産生誘導能及び/又はIgE抗体産生誘導能及び/又はIgE抗体結合能を有し、かつアナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減していることによって特徴付けられる、Can f1タンパク質関連のポリペプチドである。Can f1-1ポリペプチドはアナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減しているので、1回当たりの投与量をCan f1タンパク質全体を投与する場合に比べて顕著に多くすることが可能であり、その結果、Can f1-1を含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、顕著に高いイヌアレルギー予防又は治療効果を奏する。特に、減感作療法においては、アナフィラキシーショックを誘発してしまう恐れなく1回当たりの投与量を多くできることにより、減感作の樹立に要する時間も、例えば約1/2〜1/10に短縮できる。
【0049】
本発明の医薬組成物において、本発明のポリペプチドと追加のイヌアレルゲン由来ペプチドとは、直接又はリンカー若しくはスペーサーのオリゴペプチドを介して結合していてもよく、例えば融合ポリペプチドの形態であってもよい。
【0050】
本発明の医薬組成物はまた、本発明のポリペプチドに加えて、イヌアレルゲン以外のアレルゲン又はアレルゲン由来ペプチドを含み得る。このような医薬組成物は、イヌアレルギーと共に他のアレルギーをも示す個体(患者)において、その複数のアレルギーを別々に治療する場合に比べて、例えばアレルゲン(又はそのペプチドフラグメント)の投与回数又は治療期間についての患者負担が軽減されるので有用である。
【0051】
本発明の医薬組成物に含ませ得るイヌアレルゲン以外のアレルゲン又はアレルゲン由来ポリペプチドの例としては、スギ花粉アレルゲン、ダニアレルゲン、卵アレルゲン(オボアルブミン)、牛乳アレルゲン(β-ラクトグロブリン)が挙げられる。
【0052】
スギ花粉アレルゲンとしては、例えばCry j1(例えば特表平6-508994号公報、PCT国際公開WO94/01560パンフレットを参照)、Cry j2(例えば特開平8-47392を参照)、CJP-6(例えば特開2002-58487号公報を参照)が挙げられる。
【0053】
ダニアレルゲンとしては、例えばDer pI(例えば特表平9-501043号公報、特表平9-512014号公報を参照)、Der pII(例えば特表平9-501043号公報、特表平9-512014号公報、特表平8-504179号公報を参照)、Der pIII(特表平9-510083号公報を参照)、Der pVII(特表平9-501042号公報を参照)、Der fI(例えば特表平9-501043号公報を参照)、Der fII(例えば特表平9-501043号公報を参照)、その他(特開平7-112999号公報;特開平6-88059号公報;特開平6-256393号公報)が挙げられる。
【0054】
本発明の医薬組成物において、本発明のポリペプチドとイヌアレルゲン以外のアレルゲン(又はアレルゲン由来ペプチド)とは、直接又はリンカー若しくはスペーサーのオリゴペプチドを介して結合していてもよく、2種又はそれ以上のアレルゲンのマルチマーの形態であってもよい。
【0055】
本発明のポリペプチドは、組換え発現法又は化学合成法により製造され得る。
本発明のポリペプチドの組換え発現は、本明細書中に記載されるアミノ酸配列情報又は塩基配列情報を利用して当該分野において公知の組換え発現法により容易に行い得る。簡潔には、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する核酸分子を発現ベクターに組込み、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換し、この形質転換細胞を該ポリペプチドの発現に適切な条件下で培養して、当該ポリペプチドを発現させ、発現ポリペプチドを細胞から又は培養液中から回収することによって製造できる。
【0056】
発現ベクターは、当該分野において公知の任意の発現ベクターを用いることができ、用いようとする宿主細胞との適切な組合せを考慮して容易に選択される。
宿主細胞としては、ポリペプチドの発現に適切な宿主細胞を用いることができ、例えば、大腸菌(Escherichia coli)細胞のような原核細胞、酵母(例えばSaccharomyces cerevisiae)、昆虫、植物細胞及び動物細胞のような真核細胞が挙げられる。
【0057】
本発明のポリペプチドの発現に適切な条件(例えば培地、培養温度など)は、宿主細胞、発現に用いたベクター(例えばプラスミド)などを考慮して適切に決定できる。
発現した本発明のポリペプチドの宿主細胞から細胞外への分泌を促進するために、本発明のポリペプチドが、シグナル配列(シグナルペプチド)、例えばα−接合因子シグナル配列を有するように、発現ベクターに組み込む塩基配列を設計してもよい。
【0058】
本発明に関連して必要となる遺伝子組換え/発現技術の詳細は、標準的な教科書(例えば、Ausubel, F.A.ら編(1988)、Current Protocols in Molecular Biology、 John Wiley and Sons、 New York、 NY;Sambrook,J.ら(1989)、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、NY)に記載されている。
【0059】
本発明のポリペプチドは、無細胞発現系において発現させてもよい。無細胞発現系におけるポリペプチド発現の詳細については、例えば、Leslyら(Methods in Molecular Biology, 37, 265-278, 1995)、特開2000-175695号公報に記載されている。無細胞発現は、市販のキット及び装置を用いて行うことできる。
【0060】
本発明のポリペプチドの化学合成は、当該分野において公知の方法によって行い得る。用いる化学合成法としては、例えばMerrifieldの固相合成法が挙げられる。本発明のポリペプチドはまた、市販のポリペプチド合成機を用いて合成することもできる。
【0061】
本発明のポリペプチドとキャリアタンパク質又はこれと結合したスペーサーとの間の結合には、当該分野において公知の方法を用いることができ、例えば、両者間にアミド結合を形成させるカルボジイミド法、カルボニルジイミダゾール法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、グルタルアルデヒド法、ジフェニルホスホリルアジド法など、又は両者間にエステル結合を形成させる方法などを用いることができる。
【0062】
本発明のポリペプチドは、組換え発現又は化学合成の後、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、透析、限外ろ過、遠心分離、凍結乾燥等の慣用の方法により単離精製することができる。
【0063】
本発明のポリペプチドを組換え発現法により製造する場合、本発明のポリペプチドとタグポリペプチド又は他のアレルゲンペプチド(及びリンカー又はスペーサーペプチド)との融合タンパク質として発現させてもよい。
【0064】
<核酸分子>
本発明の核酸分子は、上記のイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドのいずれかのアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる核酸分子である。本発明において、核酸分子はDNA分子であってもRNA分子であってもよい。
本発明の核酸分子は、配列番号5の塩基配列からなってもよい。
【0065】
本発明の核酸分子は、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列に加えて、タグポリペプチドをコードする塩基配列も有していてもよい。この場合、本発明の核酸分子は、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列と、タグポリペプチドをコードする塩基配列との間に、スペーサーオリゴペプチドをコードする塩基配列を更に有していてもよい。
【0066】
本発明の核酸分子は、配列番号5の塩基配列を有する核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子であってもよい。
本発明において、ストリンジェントな条件とは、例えば、5×又は6×SSC(50%ホルムアミドを含んでもよい)中での少なくとも60℃(例えば63℃、65℃、68℃、70℃)でのハイブリダイゼーションをいう。このストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、0.1〜1×SSC中での約40℃〜60℃での洗浄処理を伴ってもよい。1×SSCは、0.15M NaCl、0.015Mクエン酸ナトリウムを含有する溶液を意味する。
【0067】
本発明の核酸分子はベクター中に組み込まれていてもよい。ベクターは、適切な選択マーカー(例えば薬剤耐性遺伝子)、及び/又はプロモーター、他の種々の発現調節エレメント(例えばターミネーター、エンハンサー)を含んでもよい。更に、このベクターを用いて細胞を形質転換してもよい。形質転換された宿主細胞は、例えば本発明の核酸分子の維持・増殖又は本発明のポリペプチドの発現に有用である。
【0068】
以下に、本発明を実施例によって、より詳細に説明する。
なお、以下の実施例では、統計処理は、F検定の後t検定を用いて行い、p<0.05を有意とした。
【実施例】
【0069】
<イヌアレルゲンCan f1タンパク質をコードするcDNAのクローニング>
ビーグル犬の耳下腺から標準的方法によりRNAを抽出し、これを鋳型として逆転写によりcDNAを合成した。cDNAを、イヌ唾液由来の主要アレルゲンタンパク質Can f1の塩基配列(Koniecznyら、Immunology, 92(4): 577-586, 1997)に基づいて設計したプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。
センス鎖(5'側にSma I制限部位を含む)
5'ACG ACC CGG GGA CAC TGT GGC TGT GTC AGG GAA 3'(配列番号17)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
5'GAA CCT CGA GCC TAC TGT CCT CCT GGA GAG CAG G 3'(配列番号18)
【0070】
PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて1分間、68℃にて1分間及び72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。
増幅cDNAを発現ベクターpGEX4T-2(Amersham)中にクローニングした。ジデオキシ法での配列決定及びKoniecznyらのCan f1塩基配列との比較により、このcDNAがCan f1タンパク質をコードしていることが確認できた(配列番号1)。このcDNAの塩基配列に基づく推定アミノ酸配列(配列番号2)は、KoniecznyらのCan f1アミノ酸配列と2アミノ酸(96位及び114位)で異なっていた。このベクターを「Can f1/pGEX4T-2」と命名した。
【0071】
<Can f1タンパク質のポリペプチドの作製>
Can f1タンパク質のポリペプチド断片として、それぞれのアミノ酸配列がCan f1タンパク質のアミノ酸1〜27位(AspThrValAlaValSerGlyLysTrpTyrLeuLysAlaMetThrAlaAspGlnGluValProGluLysProAspSerVal:配列番号4)、93〜114位(GluGlyGluProHisGlyArgGlnIleArgMetAlaLysLeuLeuGlyArgAspProGluGlnArg:配列番号6)及び126〜148位(ArgAlaLysGlyLeuAsnGlnGluIleLeuGluLeuAlaGlnSerGluThrCysSerProGlyGlyGln:配列番号8)からなる3つのポリペプチド(それぞれCan f1-1、Can f1-2及びCan f1-3ポリペプチドと呼ぶ)を設計した。
【0072】
1.インサートの調製
Can f1-2ポリペプチド発現用のインサートのために、上記Can f1/pGEX4T-2を鋳型にして、以下の一対のプライマー
センス鎖(5'側にEcoR I制限部位を含む)
Can f1(93-114)S 5'GGA ATT CCC GAG GGC GAG CCC CAT 3'(配列番号11)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(93-114)AS 5'CCG CTC GAG CCT CTG CTC AGG ATC CCT 3'(配列番号12)
を用いたPCRにより、DNA断片を増幅した。
PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて30秒間、50℃にて30秒間及び72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。
【0073】
Can f1-1及びCan f1-3ポリペプチド発現用のインサートのためには、それぞれ以下のプライマー対:
センス鎖(5'側にEcoR I制限部位を含む)
Can f1(1-27)S 5'GGA ATT CCC GAC ACT GTG GCT GTG TCA 3'(配列番号9)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(1-27)AS 5'CCG CTC GAG CAC TGA GTC AGG CTT CTC 3'(配列番号10)
及び
センス鎖(5'側にEco RI制限部位を含む)
Can f1(126-149)S 5'GGA ATT CCC AGA GCC AAA GGA TTG AAC CAG 3'(配列番号13)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(126-149)AS 5'CCG CTC GAG CTA CTG TCC TCC TG GAGA GCA 3'(配列番号14)
を用いて同様の手順を行った。
【0074】
それぞれのPCR産物を、2.0%核酸電気泳動用アガロースゲル(nacalai tesque)中で電気泳動した(図1)。泳動槽溶液中に0.5μl/mlになるようにエチジウムブロミドを加え、20分間の染色後、トランスイルミネーター(UVP)を用いてUV照射下でバンドを確認し、予測されるサイズのDNAを含むバンドを切り出した。予測されるサイズは、Can f1-1、Can f1-2及びCan f1-3の各ポリペプチドについて、それぞれ、付加した制限酵素部位も含めて99bp、84bp及び90bpである。Ultra Clean GelSpin(MO BIO)を用いて、切り出したバンドから、マニュアルに従ってDNA断片を精製した。次いで、DNA断片1μgにXho I及びEcoR Iを各5U加えてベクターへの挿入のための制限酵素処理を行い、エタノール沈殿により制限酵素処理DNAを回収し、これらを各ポリペプチド発現用のインサートとした。
【0075】
2.ベクターの調製
発現ベクターとしてpGEX 4T-2(Amersham)を用いた。pGEX 4T-2ベクター中のGlutathione S-transferase(GST)遺伝子の下流に上記cDNAを挿入するため(すなわち、目的のポリペプチドをGSTとの融合タンパク質として発現させるため)に、ベクターpGEX 4T-2を制限酵素処理した。簡潔には、pGEX 4T-2ベクター10μgに10UのXho I(Takara)、10×K Buffer(Takara)を加えて30μlの反応溶液を調製し、30℃にて一晩反応させた。次いで、エタノール沈殿させた後、沈殿物に10UのEcoR I(New England Biolabs)、10×EcoR I Buffer(New England biolabs)を加えて30μlの反応溶液を調製し、37℃にて1時間反応させた。この反応溶液からエタノール沈殿により制限酵素処理ベクターを回収した。その後、回収したベクター9μgにCalf Alkaline Phosphatase(以下「CIAP」、TOYOBO) 30Uを加え、10×Reaction Buffer for CIAP(TOYOBO)で200μlになるよう調整し、37℃にて15分間、50℃にて15分間反応させて、ベクターを脱リン酸化した。再び、エタノール沈殿により、ベクターを回収した。回収したベクターを上記の各インサートとのライゲーションに使用した。
【0076】
3.ライゲーション及び形質転換
Ligation-Convenience Kit(Nippon gene)をマニュアルに従って用い、上記の各インサート70ngとベクター250ngとのライゲーションを行った。
ライゲーション後、サイクルシーケンス法によって各インサート部分の塩基配列の決定を行った。簡潔に述べると、ライゲーション後のベクターを鋳型にして、pGEX-5(配列:5'GGG CTG GCA AGC CAC GTT TGG TG 3'(配列番号15))とpGEX-3(配列:5'CCG GGA GCT GCA TGT GTC AGA GG 3'(配列番号16))をプライマーとして用いてPCRを行った。PCR産物の塩基配列を、Thermo Sequenase Cy5 Dye Terminator Cycle sequencing Kit (Amersham)及びLong-Read Tower DNAシーケンサー(Amersham)をマニュアルに従って用いて決定した。
【0077】
PCR産物の塩基配列に基づいて、それぞれCan f1-1、Can f1-2及びCan f1-3ポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列:
gacactgtgg ctgtgtcagg gaaatggtat ctgaaggcca tgacagcaga ccaggaggtg cctgagaagc ctgactcagt g (配列番号3)
gagggcgagc cccatgggag gcagatccga atggccaagc ttctaggaag ggatcctgag cagagg (配列番号5)
agagccaaag gattgaacca ggagattttg gaactcgcgc agagcgaaac ctgctctcca ggaggacagt ag (配列番号7)
を有するインサートが各ベクター中に正確に挿入されていることが検証された。
【0078】
次いで、インサートが挿入されたベクターで大腸菌(E.coli)BL21(DE3)株を形質転換した。その後、LB寒天培地(100μg/mlアンピシリン含有)にて37℃で一晩培養することにより、形質転換クローンを選択した。これらのクローン(以下、「Can f1-1/pGEX」、「Can f1-2/pGEX」及び「Can f1-3/pGEX」)をグリセロールストックとして−80℃で保存した。
【0079】
4.ポリペプチドの発現
Can f1-1/pGEX、Can f1-2/pGEX及びCan f1-3/pGEXをそれぞれ、LB液体培地(アンピシリン含有)5ml中で37℃にて一晩振盪培養した後に、250mlのLB液体培地(アンピシリン含有)に接種し、OD600が0.4になるまで約2時間37℃にて振盪培養した。Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を最終濃度が0.1mMになるように加えてインサートDNA由来タンパク質の発現を誘導し、さらに3時間培養を続けた。各ポリペプチドは、GSTタグとの融合タンパク質として発現される。
【0080】
培養液を4℃にて8,000×gで10分間遠心分離して菌体を回収した。回収した菌体を、0.5mMのPhenylmethylsulfonyl Fluoride(WAKO)を添加した10倍量のLysis buffer(10mMリン酸水素二ナトリウム、1.8mMリン酸水素二カリウム、140mM塩化ナトリウム、2.7mM塩化カリウム、pH7.5)中で超音波処理(ULTRASONIC DISRUPTOR、TOMY SEIKO)により破砕した。破砕物を4℃にて10,000×gで20分間遠心分離し、上清をタンパク質抽出画分として回収した。
【0081】
5.ポリペプチドの精製
各GSTタグ融合ポリペプチドを、タンパク質抽出画分より、Glutathione Sepharose 4B(Pharmacia Biotech)を用いて以下のように精製した。マニュアルに従ってGlutathioneゲルにGSTタグ融合ポリペプチドを吸着させた。これに、還元型Glutathione 10mMを加え、GSTタグ融合ポリペプチドを溶出させた。このようにして得られたGSTタグ融合ポリペプチドをそれぞれGST-Can f1-1、GST-Can f1-2及びGST-Can f1-3とした。
【0082】
コントロールとして用いるGSTは以下の方法で得た。Glutathioneゲルに吸着させたGST-Can f1-3 1mgに対し、10単位のThrombin Protease(SIGMA)を加え、4℃にて16時間反応させた。これにより、融合ポリペプチドは、GSTとCan f1-3との間に存在するトロンビンプロテアーゼ認識部位で切断される。ゲルへの不結合画分(Can f1-3ポリペプチドを含む)を洗浄、除去した後、ゲルに還元型Glutathione 10mMを加えてGSTを溶出させた。
【0083】
得られた各ポリペプチドについて12.5%アクリルアミドゲルによるドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った。GSTは約25kDa、GST-Can f1-1、GST-Can f1-2及びGST-Can f1-3は約29kDaの位置にバンドを示した(図2)。これらのポリペプチドの分子量は、推定アミノ酸配列から予測される値と一致した。各ポリペプチドの回収量は、GST-Can f1-1が約10mg/L culture、GST-Can f1-2が約11mg/L culture、GST-Can f1-3が約11mg/L cultureであった。
【0084】
以下の実験では、各ポリペプチドは全てGSTタグとの融合ポリペプチドとして用いた。GST融合ポリペプチドについて、量は、特に示さない限り、Can f1-1、Can f1-2又はCan f1-3ポリペプチド部分としての量を示した。
【0085】
<ポリペプチドにおけるCan f1タンパク質の抗原決定基の存在>
各ポリペプチドにCan f1タンパク質の抗原決定基が存在するか否かを確認するため、ELISAにより、各GSTタグ融合ポリペプチドと組換え発現Can f1(rCan f1)タンパク質に対するウサギポリクローナル抗体との間の反応性を決定した。
【0086】
簡潔には、96ウェルELISAプレート(IWAKI)に、PBSで10、20及び40μg/mlに希釈した各ポリペプチド又はGSTを100μl/ウェルで加え(各ポリペプチド又はGSTにつき3ウェルを使用)、37℃にて1時間固相化した。PBS−0.05% Tween 20(以下「PBS-T」)で各ウェルを洗浄後、PBS−1%脱脂乳で10μg/mlに希釈したウサギ抗Can f1ポリクローナル抗体を37℃にて1時間インキュベートした。PBS-Tでの洗浄後、PBS-Tで500倍希釈したHorse-radish peroxidase(HRP)標識Goat Anti-Rabbit IgG(BIO-RAD)を加えて37℃にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、過酸化水素とo-phenylenediamine(WAKO)を用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて490nmにおける吸光度を測定した。
【0087】
Can f1-1、Can f1-2及びCan f1-3の各ポリペプチドについては、ウェルに固相化した量の増加に伴って吸光度の上昇が観察され、また、吸光度はいずれもGSTより有意に高かった(図3、p<0.05)。このことは、各ポリペプチドが用量依存的に抗Can f1抗体と特異的に結合したことを示す。すなわち、各ポリペプチドに、イヌアレルゲンCan f1タンパク質の抗原決定基が存在していることが確証された。
【0088】
<ポリペプチドのIgE抗体結合能>
1.手順
各ポリペプチドのIgE抗体結合能を、イヌアレルギー患者血清を用いた結合阻害実験により決定した。結合阻害実験には、各ポリペプチドのほか、rCan f1タンパク質及びGSTタグポリペプチド(単独)も含めた。イヌアレルギー患者血清は、独立行政法人 国立病院機構 南京都病院の宮野前健医師より分与を受けた。いずれの血清もRAST強陽性であった。RAST(radio allergosorbent test)は、現在最も信頼性の高いアレルギー診断法である。RASTにおいて、血清中のアレルゲン特異的IgE抗体価は、強陽性、弱陽性及び陰性で表される。
【0089】
ポリペプチド又はタンパク質については終濃度が0、0.2、2、20及び200μg/mlに、イヌアレルギー患者血清については100倍希釈となるように両者を混合し、室温にて一晩インキュベートした。一方、96ウェルELISAプレート(IWAKI)にPBSで5μg/mlに希釈したrCan f1を100μl/ウェル加え、37℃にて1時間、4℃にて一晩固相化した。PBS-Tで各ウェルを洗浄後、PBS-10%脱脂乳を200μl/ウェル加えて室温にて1時間ブロッキングを行った。PBSでの洗浄後、予め混合しておいた各ポリペプチド−患者血清反応液を100μl/ウェルで加え(各ポリペプチドについて5ウェルを使用)、室温にて一晩インキュベートした。PBSでの洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したGoat Anti-Human IgE(ε)−Biotin(KPL)を100μl/ウェル加え、室温にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したStreptavidin-HRPを100μl/ウェル加えて室温にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、過酸化水素とo-phenylenediamineを用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて450nmでの吸光度を測定した。
【0090】
2.結果
1)イヌアレルギー患者由来血清中のrCan f1タンパク質に対するIgE抗体の存在
いずれの患者血清についても、予め血清と混合したrCan f1量の増加に応じて吸光値が低下した(図4)。吸光値の低下は、患者血清中のIgE抗体と予め混合したrCan f1とが結合し、IgE抗体のELISAプレート上のrCan f1への結合が阻害されたことを表す。このことから、イヌアレルギー患者血清中にCan f1特異的IgE抗体が存在することが明らかとなった。
【0091】
2)各ポリペプチドのIgE抗体結合能
GST-Can f1-1、GST-Can f1-2、GST-Can f1-3の各融合ポリペプチド(Can f1-1、Can f1-2、Can f1-3ポリペプチドとしての量200μg/ml)の吸光値(■)を、GST(それぞれの融合ポリペプチド中のGSTに対応する量)の吸光値(□)と比較して有意差(「*」により示す:p<0.05)を検討した(図5)。Can f1-1については5血清中4つで、Can f1-3については5血清中2血清において吸光値の有意な低下が観察され、IgE抗体の結合阻害作用が確認された。Can f1-2については、全ての血清においてIgE結合阻害は観察されなかった。
このことから、Can f1-1及びCan f1-3ポリペプチドは、抗Can f1タンパク質IgE抗体結合能を有し、Can f1-2ポリペプチドはIgE抗体結合能を有しないことが示された。
【0092】
<各ポリペプチドのIgE抗体及びIgG抗体の産生誘導能>
1.手順
1)各ポリペプチドによるマウスの感作
各ポリペプチド及びGSTを抗原として、アジュバントとして水酸化アルミニウムゲル(WAKO)を用いて雄性マウス(BALB/c、8週齢)を感作させた。各抗原について2匹の動物を使用した。抗原10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射した。コントロールとして、PBSと水酸化アルミニウムゲルの混合物を用いた。1回目の投与から14日目に、抗原25μgと水酸化アルミニウムゲル2.5mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に投与した。25日目にマウスを安楽死させ、直後に全採血を行った。採取した全血から血清を得た。
【0093】
2)ELISAによる感作マウス由来血清中のCan f1特異的IgE抗体価の決定
96ウェルELISAプレート(IWAKI)にPBSで10μg/mlに希釈したrCan f1を100μl/ウェルにて加え、37℃にて1時間、4℃にて一晩固相化した。PBS-Tで洗浄後、PBS-10%脱脂乳を200μl/ウェル加えて室温にて1時間ブロッキングを行った。PBS-Tで洗浄後、PBS-1%脱脂乳で10倍希釈したマウス血清を100μl/ウェルにて加え(各血清について3ウェルを使用)、室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、ビオチンを標識したGoat Anti-Mouse IgE(BETHYL)をPBS-1%脱脂乳で1μg/mlに希釈して100μl/ウェル加え、室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したStreptavidin-HRPを100μl/ウェル加えて室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、ELISA POD基質TMBキット(nacalai tesque)を用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて450nmでの吸光度を測定した。
【0094】
3)ELISAによる感作マウス血清中のCan f1特異的IgG抗体価の決定
Goat Anti-Mouse IgEに代えてGoat Anti-Mouse IgG(BETHYL)を用いた以外は、上記と同じ血清及び試薬並びに手順を用いた。
Goat Anti-Mouse IgGは、ビオチンで標識した後、PBS-1%脱脂乳で1μg/mlに希釈し、さらに10、30、100、300、1000及び3000倍に希釈して用いた。
【0095】
2.結果
1)IgE抗体産生誘導能
GST-Can f1-1で感作したマウス血清において顕著に高い吸光値を示した(図6)。この血清について、希釈率を更に10、20、40及び80倍と高くしてELISAを行ったところ、希釈率の増大に伴って吸光値が低下した(図7において「◇」で示される)。コントロールとして用いたGST又はPBSで感作したマウスの血清は、希釈率の増大に伴う吸光値の変動は観察されなかった(図7において「△」及び「×」で示される)。このことから、GST-Can f1-1で感作したマウス血清中にのみ特異的IgE抗体が存在することが示された。換言すると、Can f1-1は、IgE抗体産生を誘導する能力を有することが確認された。
【0096】
2)IgG抗体産生誘導能
GST-Can f1-1、GST-Can f1-2又はGST-Can f1-3のポリペプチドで感作したマウスの血清はいずれも、希釈率の増大に伴って吸光値が低下した(図8)。各ポリペプチドは、Can f1-1(■)>Can f1-3(○)>Can f1-2(△)の順で、IgG抗体産生を誘導する能力を有することが確認された。
【0097】
<イヌアレルギーモデルの作製及びそのモデルでのアナフィラキシーショックの誘導>
1.イヌアレルギーモデルマウスの作製
rCan f1タンパク質で雄性マウス(BALB/c、8週齢)を感作させてイヌアレルギーモデルを作製した。簡潔には、まず、rCan f1タンパク質10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射した。1回目の投与から21日後、rCan f1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル2mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に注射した(図9を参照)。水酸化アルミニウムゲルは、IgE抗体産生の誘導に適したアジュバントとして用いた。
【0098】
こうして作製したrCan f1タンパク質感作マウスがイヌアレルギーを発症していることを確認するため、その血清を用いて受身皮膚アナフィラキシー(PCA)試験を行った。PCA試験には、同時に、生理食塩水、非イヌアレルギーヒト(すなわち健常ヒト)血清、イヌアレルギー患者血清、及び無処置マウス血清を用いた。PCA試験は、簡潔には、血清又は生理食塩水50μlを雄性ddYマウスの皮内に接種して一晩放置後、トリパンブルーを混合したrCan f1タンパク質400μgを静脈内に注射し、30分後に血清又は生理食塩水接種部位の皮膚を観察した。
【0099】
結果は、rCan f1タンパク質感作マウス由来の血清を接種したマウスにおいて皮膚組織への顕著な色素漏出が観察され(図10)、イヌアレルギー患者血清を接種したマウスにおいても(より低い程度ではあるが)同様な色素漏出が観察された(図10において矢印にて示す)。他方、生理食塩水、健常ヒト血清、又は無処置マウス血清を接種したマウスでは、皮膚組織に変化は認められなかった(図10)。この結果より、上記手順に従って作製したrCan f1タンパク質感作マウスの血清は、ヒトイヌアレルギー患者血清と同様に、受身皮膚アナフィラキシーを引き起こし得ることが示された。したがって、上記手順に従うモデルマウスは、イヌアレルギーを発症することが確認された。
【0100】
2)アナフィラキシーショックの誘導
2回のrCan f1タンパク質投与によりアレルギー状態が確立したマウスに、2回目の投与から7日後(1回目の投与から28日後)、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)を静脈内注射した(図9を参照)。
【0101】
マウスの体温を、サーミスタセンサーを装着した防水型デジタル体温計(モデル SK-1250MC、株式会社佐藤量器製作所)を用い、センサー部分をマウス肛門内に約1cm挿入して直腸温として測定した。
マウス体温は、rCan f1タンパク質の静脈内投与直後から急激に低下し(2分後に約−5℃、5分後には約−6.5℃)、その後も徐々に低下を続けた(15分後には−7.5℃)(図11)。体温の低下は、ほとんどのマウスにおいて、約60分間〜約2時間持続し、その後徐々に回復し、翌日には正常に回復した。
【0102】
体温低下と同時に、マウスは運動量が減少し、更には沈うつとなって無活動となった。このとき、マウスの背部を刺激すると、正常であれば刺激と同時に動き出すのに対し、静止したままであった。また、耳介や尾部がうっ血し、紫色に変色した。
以上の観察の結果から、本モデルマウスにおいて、rCan f1タンパク質の静脈内投与によりアナフィラキシーショックが誘導されることが示された。
【0103】
<Can f1-1及びCan f1-2ポリペプチドのアナフィラキシーショック非誘導性>
1.手順
無処置マウス(雄性BALB/c、8週齢、各ポリペプチドについてN=2)にGST−Can f1-1又はGST−Can f1-2(50μg)を静脈内注射した。上記と同様に、投与直後からマウス体温を測定すると同時にマウスの状態を観察した。
【0104】
2.結果
いずれの融合ポリペプチドについても、マウス体温に変化は観察されなかった(図12及び図13)。また、マウスの運動量に変化はなく、注射部位その他にうっ血や変色は観察されなかった。
この結果は、Can f1-1及びCan f1-2ポリペプチドが、アナフィラキシーショックを誘導しないことを明確に示している。
【0105】
したがって、本発明のCan f1-1ポリペプチドは、IgE抗体結合能を有するにもかかわらず、アナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減している。理論によって本発明は限定されないが、これは、おそらく、Can f1-1ポリペプチドが、IgE抗体結合部位を1つしか有さず、そのためマスト細胞又は好塩基球上のIgE抗体と結合してもFcεRIを架橋することができないためであると考えられた。
【0106】
一方、Can f1-2ポリペプチドがアナフィラキシー反応を誘導しないことは、当該ポリペプチドがIgG抗体産生能は有するがIgE抗体産生能もIgE抗体結合能も有しないことから当然に予測される結果である。
【0107】
<ポリペプチドのイヌアレルギーに対する予防又は治療作用>
1.Can f1-1ポリペプチドの減感作療法剤としての有効性−イヌアレルギー治療作用
1)手順
上記と同様に、rCan f1タンパク質と水酸化アルミニウム(アジュバントとして)で雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=3)を感作して、イヌアレルギーモデルマウスを作製した。1回目の投与から28、31、35及び38日後に、0.1mlのPBS中に溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として10μg)をマウス背部に皮下注射した。続いて、1回目の投与から42、45、49、52、60、63、67、71、74、77、80及び84日後に、0.1mlのPBS中に溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として20μg)をマウス背部に皮下注射した。注射後、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0108】
1回目の投与から56日後及び87日後に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した(それぞれ第1回検定及び第2回検定)。
減感作実験スケジュールの概略を図14に示す。
【0109】
2)結果
i)マウス1
第1回検定では、静脈内投与の直後の急激な体温低下は観察されなかった。体温は、静脈内投与の数分後から徐々に低下し始め、10分後には約−3.5℃となったが、その後の更なる低下は観察されなかった(図15)。
第2回検定では、体温の低下は観察されなかった(図16)。
【0110】
ii)マウス2
第1回検定では、体温は、5分後から徐々に低下し始め、8分後に約−2℃に達した後は、ほとんど低下せず15分後には約−2.5℃であった(図17)。
第2回検定では、体温の低下は観察されなかった(図18)。
iii)マウス3
第1回及び第2回の検定で、体温の低下は観察されなかった(図19及び図20)。
【0111】
なお、いずれのマウスにおいても、減感作期間中のCan f1-1ポリペプチド20μgの皮下注射による局所アナフィラキシー反応(発赤、膨隆)は観察されず、又、体温低下も運動量低下も観察されなかった。
【0112】
結果から明らかなように、Can f1-1ポリペプチドは、イヌアレルギーに対する減感作療法剤として有効である。
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-1ポリペプチドの有効性は、当該ポリペプチドのa)IgE抗体産生誘導能に基づく刺激による、T細胞のイヌアレルゲンに対するIgE抗体産生応答の感受性の低下、及び/又はb)IgG抗体産生能に基づく刺激による、循環IgG抗体量の増加(後述するように、Can f1-1ポリペプチドにより産生されるIgG抗体はイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和する)、及び/又はc)IgE抗体結合能による、イヌアレルゲンCan f1タンパク質によるマスト細胞又は好塩基球上でのIgE抗体を介するFcεRIの架橋阻害に基づくと考えられる。
【0113】
Can f1-1ポリペプチドは、アナフィラキシー反応を誘導しないか又は大幅に低減されたアナフィラキシー反応しか誘導しないので、Can f1タンパク質全体と比較して、より安全で且つより高用量での投与が可能であり、したがってより高い治療効果を発揮する。
【0114】
2.Can f1-1ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症前投与)−イヌアレルギー発症予防作用
1)手順
上記の感作手順の前に2回(0日目及び21日目、それぞれ1回目の感作の35日前及び14日前)、0.1mlのPBSに溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として10μg)を、雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=2)の背部に皮下注射した。この際、アジュバントとしては、IgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系(Corixa Corp.)を用いた。注射後、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0115】
2回目の投与から14日後から感作手順を開始した。すなわち、35日目に、rCan f1タンパク質10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射し、56日目に、rCan f1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル2mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に注射した。次いで、87日目に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した。
ワクチン実験スケジュールの概略を図21に示す。
【0116】
2)結果
i)マウス11
体温は、静脈内投与の直後から徐々に低下し始めたが、10分後に約−4℃に達した後は、更なる低下は観察されず、むしろ回復傾向が見られた(図22)。
ii)マウス12
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、数分後から低下し始めて8分後に約−2℃に達し、その後は更なる低下は観察されなかった(図23)。
【0117】
いずれのマウスにおいても、Can f1-1ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0118】
結果から明らかなように、Can f1-1ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-1ポリペプチドは、アレルギー発症前に投与することにより、投与後におけるイヌアレルゲンへの曝露によるアナフィラキシーショック症状を大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-1ポリペプチドは、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー発症を予防するか又は発症してもその程度を緩和するためにイヌアレルギー発症前に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-1ポリペプチドは、局所アナフィラキシーを生じる危険のないか又はその危険が大幅に減じられているので安全に高容量で使用できる。
【0119】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-1ポリペプチドがIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-1ポリペプチドのワクチンとしての有効性は、Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0120】
3.Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症前投与)−イヌアレルギー発症予防作用
1)手順
事前に投与するポリペプチドを、GST-Can f1-1に代えてGST-Can f1-2を用いた以外は、上記2の手順と同様であった(図24)。
【0121】
2)結果
i)マウス21
体温の低下は、静脈投与の直後から観察されたが、その低下速度は緩やかであり、15分後で約−4℃であった(図25)。
ii)マウス22
体温低下は、観察されなかった(図26)。
【0122】
いずれのマウスにおいても、Can f1-2ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0123】
結果から明らかなように、Can f1-2ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-2ポリペプチドは、アレルギー発症前に投与することにより、投与後におけるイヌアレルゲンへの曝露によるアナフィラキシーショック症状を抑制するか又は大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-2ポリペプチドも、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー発症を予防するか又は発症してもその程度を緩和するためにイヌアレルギー発症前に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-2ポリペプチドもまた、局所アナフィラキシーを生じる危険のないので安全に高容量で使用できる。
【0124】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-2ポリペプチドもIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性もまた、Can f1-2ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0125】
4.Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症後投与)−イヌアレルギー症状の緩和作用
1)手順
雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=2)を、上記の手順に従って、rCan f1タンパク質(10μg s.c.及び20μg i.p.)で感作させた。
1回目の感作から35日後及び56日後に、0.1mlのPBSに溶解したGST-Can f1-2ポリペプチド(Can f1-2ポリペプチドの量として10μg)及びRIBIアジュバント系(Corixa Corporation)を、マウス背部に皮下注射した。次いで、1回目の感作から63日後に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した(図27)。同時に、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0126】
2)結果
i)マウス31
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、5分後から低下し始めて15分後に約−4℃に達した(図28)。
ii)マウス32
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、数分後から低下し始めて7分後に約−4℃に達し、その後は更なる低下は観察されなかった(図29)。
【0127】
いずれのマウスにおいても、Can f1-2ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0128】
結果から明らかなように、Can f1-2ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-2ポリペプチドは、アレルギー発症後に投与することにより、イヌアレルゲンに対するアナフィラキシーショック症状を大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-2ポリペプチドは、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー反応を抑制又は緩和するためにイヌアレルギー発症後に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-2ポリペプチドは、局所アナフィラキシーを生じる危険のないので安全に高容量で使用できる。
【0129】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-2ポリペプチドがIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-2ポリペプチドのイヌアレルギー発症後のワクチンとしての有効性もまた、Can f1-2ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0130】
上記の実施形態および実施例は、本発明の理解を容易にするために例示として記載されたものであって、本発明は本明細書または添付図面に記載された具体的な構成のみに限定されるものではないことに留意すべきである。本明細書に記載した具体的構成、手段、及び方法は、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、当該分野において公知の技術により変更可能であることを、当業者は理解すべきであり、そして容易に認識する。
【図面の簡単な説明】
【0131】
【図1】PCR産物の電気泳動写真である。
【図2】組換え発現ポリペプチドの電気泳動写真である。
【図3】Can f1タンパク質の各部分ポリペプチド(Can f1-1、Can f1-2、Can f1-3ポリペプチド)の抗Can f1ポリクローナル抗体との反応性を示すグラフである。値は、3ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。アスタリスク「*」は、GSTとの有意な差を示す(p<0.05)。
【図4】イヌアレルギー患者由来血清中におけるCan f1タンパク質に対するIgE抗体の存在を示すグラフである。各血清の反応は、rCan f1タンパク質200μg/mlのときを1とする相対値で表す。
【図5】各部分ポリペプチドのイヌアレルギー患者由来血清中の抗Can f1タンパク質に対するIgE抗体との結合能を示すグラフである。値は、5ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。アスタリスク「*」は、GSTとの有意な差を示す(p<0.05)。
【図6】各部分ポリペプチドのIgE抗体産生能を示すグラフである。値は、各マウスからの血清それぞれについての_ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。
【図7】Can f1-1ポリペプチドのIgE抗体産生能を示すグラフである。
【図8】各部分ポリペプチドのIgG抗体産生能を示すグラフである。
【図9】イヌアレルギーモデルマウスの作成手順の概略を示す図である。
【図10】受身皮膚アナフィラキシー(PCA)試験の結果を示す写真である。注射部位を「●」印で示す。
【図11】モデルマウスにおけるアナフィラキシーショック(体温低下)の発現を示す図である。
【図12】Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルギーマウスにおいてアナフィラキシー症状を引き起こさないことを示す図である。
【図13】Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルギーマウスにおいてアナフィラキシー症状を引き起こさないことを示す図である。
【図14】減感作実験スケジュールの概略を示す図である。
【図15】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図16】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図17】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図18】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図19】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図20】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図21】Can f1-1ポリペプチドを用いた発症前投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図22】Can f1-1ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図23】Can f1-1ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図24】Can f1-2ポリペプチドを用いた発症前投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図25】Can f1-2ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図26】Can f1-2ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図27】Can f1-2ポリペプチドを用いた発症後投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図28】Can f1-2ポリペプチドの発症後投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図29】Can f1-2ポリペプチドの発症後投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家庭における動物の飼育が増加しているが、これらの動物が産生・分泌するタンパク質がアレルゲンとなり引き起こされるアレルギーが問題になってきている。
【0003】
家庭で飼育されている動物のうち、最も一般的な動物はイヌ(Canis familiaris)である。現在、日本では20%近くの家庭でイヌが飼育されており、飼育頭数は約1千万頭にのぼる(日本ペットフード工業会による調査、2003年、http://www.jppfma.org/)。更に、非飼育家庭の約2割がイヌの飼育意向を有していることから、今後ますます飼育頭数は増加していくと考えられる。
【0004】
また、2002年に身体障害者補助犬法が施行されたことにより、イヌの社会的進出が進み、広く一般の人がイヌと接する機会が増えると考えられる。
【0005】
このように、好むと好まざるとに関わらず、イヌと直接に接する機会又はイヌが滞在した場所に立ち入る機会が増え、イヌアレルギーは今後大きな問題になると考えられる。
【0006】
これまでに、イヌアレルギー患者の血清中のIgEと反応するイヌの皮屑や上皮に由来する多種の物質が報告されている(非特許文献1、2、3及び4)。このうち、唾液腺由来で分子量約17kDaのタンパク質Canis familiaris allergen 1(Can f1)は、70%のイヌアレルギー患者の血清と反応することが報告されており、主要アレルゲンとして位置づけられている(非特許文献3及び5)。
【0007】
唾液中のCan f1は、毛繕いなどによって被毛や塵埃などに吸着し、空中に飛散、拡散する。ダニアレルゲンと異なり、空気中のCan f1は小さな粒子として拡散し、空中滞留時間が長い(非特許文献6)。Can f1はまた衣服に付着しても移動する。このため、イヌを飼育していない家庭や公共施設内の細塵においてもCan f1は検出されている(非特許文献6、7及び8)。被毛が拡散することに加えて、イヌが口を使って補助をすることが多いため、唾液も様々な場所に付着することになる。このことから、さらに多くのCan f1が環境中に拡散浸透することになる。
【0008】
因みに、飼育室内環境中のCan f1量は、細塵中及び空気中にそれぞれ1,180μg/g及び14.5μg/m3と報告されている。この値は喘息の主要な原因とされているダニアレルゲンDer 1及びDer 2のそれぞれ50倍及び463倍も多い(非特許文献9)。
このように、日常生活において、Can f1による曝露は避け難く、イヌの公の場への進出の機会の増加に伴い、イヌアレルギーは公衆衛生上大きな問題になり得る。
【0009】
イヌアレルギーが属するI型アレルギーは、アレルゲン特異的IgE抗体を介して引き起こされる。体内に侵入したアレルゲンは、抗原提示細胞に取り込まれ、ペプチドに分解される。このペプチドが、ヘルパーT細胞に提示されるとT細胞の活性化、B細胞の分化、抗原特異的IgE抗体の産生が起こる。
【0010】
組織内のマスト細胞や血中の好塩基球は、親和性の高いIgE抗体のFc受容体(FcεRI)を発現しており、産生されたIgE抗体は速やかにこの受容体を介してこれらの表面に結合し、長期間にわたって細胞表面に存在する。この状態が感作状態である。
【0011】
その後、再度アレルゲンが侵入すると、マスト細胞上のIgE抗体とアレルゲンが結合し、FcεRIが架橋されることで、マスト細胞や好塩基球から種々のケミカルメディエータ(例えばヒスタミン、セロトニン)が放出される。このケミカルメディエータの作用により、血管透過性の亢進、平滑筋の強い収縮などがおき、その結果、くしゃみ、鼻水、喘息のようなアレルギー症状に留まらず、血圧降下などの末梢循環障害、全身性蕁麻疹、呼吸困難などの全身性のアナフィラキシー症状が起こる。
【0012】
現在、主として行われているアレルギー治療には、ステロイド薬や抗アレルギー薬によりケミカルメディエータの生成・遊離を抑制するという薬物療法がある。これは対症療法であり、一時的にアレルギー症状を緩和するに過ぎず、アレルゲンが存在する限りアレルギー反応が消失することはない。したがって、対処療法では、継続した薬の服用が必要とされ、アレルギーを根治することはできない。
【0013】
他方、根治療法としては免疫療法が挙げられる。これは、アレルゲンを低用量より始めて徐々に高用量にしながら定期的に注射する治療法で、アレルゲンに対する反応性を低下・消失させることを目的とする。減感作療法とも呼ばれるこの治療法は、根治を期待できる唯一の方法であるが、時に起こるアナフィラキシー反応と、用いる抗原の精度管理が大きな問題となる。
【0014】
アレルゲン自体を投与する従来の減感作療法では、アナフィラキシー反応の危険を回避するため、アレルゲンはアナフィラキシー発症閾値以下の用量でしか投与できない。よって、治療効果を得るまでには、最低でも約1年もの長期の継続的な投与が必要であるという欠点がある。
【0015】
近年、これらの問題を解決するために、ペプチド療法の開発が進んでいる。これは、アレルゲンのT細胞抗原決定基にあたるペプチド部分を投与してT細胞の寛容状態を誘導する方法である。この場合、T細胞抗原決定基のみではアナフィラキシーを起こすことはない。動物アレルギーではネコアレルギーに対するペプチド療法の研究が実用化に向けて進んでいる(非特許文献10)。
【0016】
イヌアレルギーの研究としては、特許文献1が挙げられる。特許文献1は、Can f1タンパク質のT細胞エピトープを含むペプチドフラグメントがイヌアレルギー反応を予防又は治療し得る可能性を示唆している。
しかし、特許文献1は、ヒトT細胞増殖分析によりT細胞刺激活性を有する(すなわちT細胞エピトープを含む)ペプチドフラグメントをいくつか同定しているに過ぎず、肝心のイヌアレルギーに対する治療有効性を実証する実験データを示していない。
【0017】
更に、ペプチド療法の最大の利点であるアナフィラキシー反応を生じさせいない点に関しては、「T細胞応答を誘導する能力と別に若しくはそれに加えて、減少した若しくは無視し得る犬鱗屑アレルギー性IgEと結合する能力を有する。かかるペプチドは、特に、治療剤として有用である。」(下線は引用者による)と一般的に記載するのみであり、同定したペプチドフラグメントについてIgE抗体との反応性に関するデータを全く示していない。また、引用した記載は、「T細胞応答を誘導する能力」を有さずとも、「減少した若しくは無視し得る犬鱗屑アレルギー性IgEと結合する能力」を有しさえすれば、イヌアレルギーの治療に有効であることを示唆しているようにもみえる。
【0018】
結局、特許文献1は、ペプチド療法に有用なCan f1タンパク質のペプチドフラグメントを記載しておらず、又そのようなペプチドフラグメントの開発に必要十分な情報も記載していない。
【非特許文献1】Lindgrenら(1988) J. Allergy Clin. Immunol. 82: 196-204
【非特許文献2】Fordら(1989) Clin. Exp. Allergy 19: 183-190
【非特許文献3】Schouら(1991) Clin. Exp. Allergy 21: 321-328
【非特許文献4】Spitzauerら(1993) Int. Arch. Allergy Immunol. 100: 60-67
【非特許文献5】de Grootら(1991) J. Allergy Clin. Immunol. 87: 1056-1065
【非特許文献6】Custovicら(1997) Am. J. Respir. Care Med. 155: 94-98
【非特許文献7】Arbesら(2004) J. Allergy Clin. Immunol. 114: 111-117
【非特許文献8】Custovicら(1996) Clin. Exp. Allerty 26: 1246-4252
【非特許文献9】坂口(2002) アレルギーの臨床 22(9): 670-674
【非特許文献10】駒瀬(2002) アレルギーの臨床 22(9): 686-691
【特許文献1】特表平8−507436号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
したがって、本発明は、イヌアレルギーの治療に有用なペプチドフラグメントを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明によれば、イヌアレルゲンCan f1タンパク質に関連する、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドが提供される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、イヌアレルギーに対する予防又は治療において、アナフィラキシー発症の危険が回避される。
本発明によれば、イヌアレルギーに対する予防又は治療において、イヌアレルゲンCan f1タンパク質全体を使用する場合に比べて高用量を投与できるので、比較的短期間で治療効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
<ポリペプチド>
本発明のポリペプチドは、Can f1タンパク質のアナフィラキシー誘発能を中和するIgG抗体産生誘導能を有し、かつアナフィラキシー反応を誘導しないことによって特徴付けられる、Can f1タンパク質関連のポリペプチドである。
上記特徴により本発明のポリペプチドは、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する。
【0023】
IgG抗体産生誘導能及びIgE抗体産生誘導能は、当該分野で公知の方法により決定できる。例えば、哺乳動物(例えばウサギ、ラット、マウス、サル、モルモットなど)に試験物質を、単回又は複数回(例えば皮下及び/又は腹腔内)投与して当該動物の血清中にIgG抗体又はIgE抗体が生ずるか否かを観察することにより決定する。
このとき、試験ポリペプチドは、単独で投与してもよいし、アジュバント(例えば水酸化アルミニウム、RIBIアジュバント系など)と共に投与してもよい。
【0024】
Can f1タンパク質のアナフィラキシー誘発能を中和する能力は、例えば、アナフィラキシー反応試験(例えば下記の試験)、又はアレルギーモデル動物(下記の実施例で使用したモデル動物)において確認することができる。
【0025】
血清中の特異抗体の存在は、当該分野で公知の方法によって容易に決定できる。例えば、血清を、固相化した当該試験ポリペプチド又はこれを含むより長いポリペプチド(例えば全長のCan f1タンパク質)と反応(接触)させ、特異抗体が存在する場合に形成される免疫複合体を検出することによって決定できる。
【0026】
IgE抗体結合能もまた、当該分野で公知の方法で決定できる。例えば、イヌアレルギーを患っているヒト患者に由来する血清を試験ポリペプチドと接触させ、当該ポリペプチドと当該血清中のIgE抗体とが免疫複合体を形成するか否かを観察することによって決定できる。ヒト患者に由来する血清の代わりに、イヌアレルゲン(Can f1タンパク質)で感作させた哺乳動物(例えばラット、マウス、モルモットなど)に由来する血清を用いてもよい。免疫複合体の存在は、例えば酵素免疫アッセイ(ELISA)や放射性免疫アッセイ(RIA)などにより決定できる。
【0027】
アナフィラキシー反応を誘導しないとは、任意のアナフィラキシー反応試験において、アナフィラキシー反応非誘導物質(例えば生理食塩水、生理学的緩衝液など)と同程度(例えば+10%以内、好ましくは+5%以内、より好ましくは+1%以内)若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により誘導される反応の10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下の反応を示すことを意味する。
アナフィラキシー反応試験としては、当該分野において公知である任意の試験を用いることができるが、例えばインビボでの負荷試験、インビトロ試験が挙げられる。
【0028】
負荷試験は、試験物質を個体に負荷してアナフィラキシー反応が誘導されるか否かを観察する試験である。負荷試験としては、皮膚試験(スクラッチテスト、プリックテスト、パッチテスト)、食物負荷試験が挙げられる。
皮膚試験は、哺乳動物(ヒト、サル、ウサギ、ラット、ネズミ、マウス、モルモット)の皮下又は皮内に試験物質を投与(注射)して、投与部位に局所アナフィラキシー反応(発赤、腫脹又は膨疹、局所の熱感)が生じるか否かを観察する。
この場合、例えば、試験物質により生じる発赤又は腫脹のサイズが、アナフィラキシー反応非誘導物質と同程度若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により生じるサイズの10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下であれば、当該試験物質は、アナフィラキシー反応を誘導しないといえる。
【0029】
インビトロ試験としては、例えばマスト細胞又は好塩基球からのケミカルメディエータ遊離アッセイなどが挙げられる。
ケミカルメディエータ遊離アッセイは、試験物質を、当該試験物質で予め感作したマスト細胞又は好塩基球に接触させて、ケミカルメディエータ(例えばヒスタミンなど)の遊離が誘導されるか否か、及び遊離が誘導される場合にはその量を観察するアッセイである。
この場合、例えば、試験物質により遊離されるヒスタミンの量が、アナフィラキシー反応非誘導物質と同程度若しくはそれ以下の反応を示すか、又はCan f1タンパク質により遊離されるヒスタミンの量の10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは1%以下検出限界以下であれば、当該試験物質は、アナフィラキシー反応を誘導しないといえる。
【0030】
本発明のポリペプチドは、配列番号6のアミノ酸配列からなってもよい(本明細書中で、このポリペプチドを「Can f1-2ポリペプチド」と呼ぶこともある)。配列番号6のアミノ酸配列は、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。配列番号6のアミノ酸配列はまた、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端及び/又はC末端を短縮されていてもよい。N末端及び/又はC末端短縮型アミノ酸配列は、更に、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。
【0031】
或いは、このポリペプチドは、配列番号5の塩基配列からなる核酸分子とストリンジェントな条件(下記参照)下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされるアミノ酸配列からなってもよい。
このストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされるアミノ酸配列は、更に、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。このアミノ酸配列はまた、そのアミノ酸からなるポリペプチドがイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端及び/又はC末端を短縮されていてもよく、更に、1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されていてもよい。
【0032】
本発明のポリペプチドは、組換え発現法により製造された組換えポリペプチドであっても、化学合成法により製造された合成ポリペプチドであってもよい。
【0033】
本発明のポリペプチドはまた、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する限り、そのN末端又はC末端に直接又はリンカー若しくはスペーサーを介してタグポリペプチド又はキャリアタンパク質が結合されていてもよい。
【0034】
キャリアタンパク質としては、当該分野において公知の任意のキャリアタンパク質を用いることができ、例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、卵アルブミン(オボアルブミン:OVA)、フィブリノゲン、コレラトキソイド、破傷風トキソイドが挙げられる。
キャリアタンパク質は、本発明のポリペプチドのIgG抗体及び/又はIgE抗体産生誘導能を増大させ得、及び/又は、本発明のポリペプチドの安定性を増大させ得る。
【0035】
タグポリペプチドとしては、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、β−ガラクトシダーゼ、ポリヒスチジン、ポリアルギニン、ポリシステイン、ポリフェニルアラニン、プロテインA、プロテインG、アルカリホスファターゼ、糖結合ポリペプチド(例えばマルトース結合ポリペプチド)が挙げられる。
タグタンパク質又はポリペプチドと結合された本発明のポリペプチドは、アフィニティー精製により容易に回収できるので有用である。タグポリペプチドは、適切なプロテアーゼにより切断可能であるように結合されていてもよい。
【0036】
キャリアタンパク質又はタグポリペプチドは、本発明のポリペプチドに、リンカー又はスペーサーを介して結合していてもよい。
リンカー又はスペーサーがオリゴペプチドである場合、その長さは、代表的には1〜30アミノ酸であり、例えば10アミノ酸、9アミノ酸、8アミノ酸、7アミノ酸、6アミノ酸5アミノ酸、4アミノ酸、3アミノ酸、2アミノ酸、1アミノ酸である。
【0037】
本発明のポリペプチドは、イヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物に製剤され得る。
本発明のポリペプチドを含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、イヌアレルギーに対するワクチンとしての使用に有用である。
【0038】
本発明のポリペプチドはアナフィラキシー反応を誘導しないので、1回当たりの投与量をCan f1タンパク質全体を投与する場合に比べて顕著に多くすることが可能であり、その結果、本発明のイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、顕著に高いイヌアレルギー予防又は治療効果を奏する。
【0039】
本発明の医薬組成物は、医薬的に許容される他の物質、例えば担体、賦形剤、希釈剤、ビヒクル、溶解補助剤、乳化剤、緩衝剤、安定化剤、防腐剤、浸透圧調節剤を含み得る。
【0040】
本発明の医薬組成物は、通常の投与経路、例えば、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内、経皮、経粘膜、経口、吸入等により個体に投与することができる。
【0041】
本発明の医薬組成物の剤形は、上記経路での投与に適切な形態であり得、例えば、注射剤、パッチ剤、パップ剤、点眼剤、点鼻剤、噴霧剤、錠剤、カプセル剤、トローチ、舌下錠、クリーム剤、ローション剤、粉剤などであり得る。
本発明の医薬組成物は、例えば生分解性のリポソーム、マイクロカプセル又はマイクロスフェア内に封入されていてもよい。本発明の医薬組成物はまた、凍結乾燥形態で製剤化されていてもよい。
【0042】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与頻度は、個体の年齢、体重、アレルギー症状、一般健康状態等に依存して、従来から行なわれている方法と同様に適宜設定することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物は、ワクチンとしての使用のためには、例えば、成人1回当り約0.1μg〜約1,000μgの範囲、約1μg〜約1,000μgの範囲の量(本発明のポリペプチドとして)を、皮内又は皮下への投与の場合には例えば0.05ml〜0.5mlの液量で、単回若しくは複数回(例えば2回、3回)又は定期的に(例えば1年に1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回、10回、11回、12回)、好ましくは予防状態(又は免疫記憶)の成立まで投与する。或いは、本発明の医薬組成物は、随時に、例えばイヌとの長期間又は密接な接触が予測されるときに予め投与する。
本発明の医薬組成物は、イヌアレルギーの発症前に予め投与してイヌアレルギーの発症を予防するため(罹患予防)に使用されてもよいし、イヌアレルギーを発症後にイヌアレルゲン暴露に対するアレルギー症状を抑制又は緩和するため(症状発現の予防)に使用されてもよい。
【0044】
本発明の医薬組成物は、本発明のポリペプチドに対する免疫応答を増強し、IgG抗体及び/又はIgE抗体の産生効率を増大させるために、アジュバントを含むことができる。
使用し得るアジュバントは、当該分野において公知であるが、例えば、アジュバントとしては、油中水エマルジョン(例えば、完全フロイントアジュバント、不完全フロイントアジュバント);サポニン及びサポニンの誘導体(例えばQuil A(Superfos Biosector A/S社,デンマーク);ミョウバン;水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウム酸化アルミニウムのようなミネラルゲル;リソレシチンのような表面活性物質;プルロニックポリオール;ポリアニオン;ペプチド;油または炭化水素エマルジョン;ジニトロフェノール;およびBCG(bacille Calmette−Guerin)、RIBIアジュバント系(Corixa Corp., Seattle, WA,米国)、MPL(商標)(3-Q-デスアシル-4'-モノホスホリル脂質A)(Corixa, 同)が挙げられる。
【0045】
特に、ワクチンとしての使用のためには、アレルギー反応を誘導してしまう能力が大幅に低減されたアジュバント、例えばRIBIアジュバント系及びMPL(商標)が好ましい。
RIBIアジュバント系は、2%スクアレン/Tween 80(商標)中の、モノホスホリル脂質A(MPL)+トレハロースジミコレート(TDM)+細胞壁骨格(CWS)、MPL+TDM又はTDMの水中油型エマルジョンである。
【0046】
本発明の医薬組成物は、本発明のポリペプチドに加えて、イヌアレルギーに対する予防又は治療効果を有する別のイヌアレルゲン由来ポリペプチドを含み得る。このような医薬組成物は、イヌアレルギーに対する予防又は治療効果が増強される。
【0047】
本発明の医薬組成物に含ませ得るイヌアレルゲン由来ポリペプチドとしては、例えば、Can f1タンパク質に由来する配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチド(以下、「Can f1-1ポリペプチド」とも呼ぶ)が挙げられる。
【0048】
Can f1-1ポリペプチドは、IgG抗体産生誘導能及び/又はIgE抗体産生誘導能及び/又はIgE抗体結合能を有し、かつアナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減していることによって特徴付けられる、Can f1タンパク質関連のポリペプチドである。Can f1-1ポリペプチドはアナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減しているので、1回当たりの投与量をCan f1タンパク質全体を投与する場合に比べて顕著に多くすることが可能であり、その結果、Can f1-1を含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物は、顕著に高いイヌアレルギー予防又は治療効果を奏する。特に、減感作療法においては、アナフィラキシーショックを誘発してしまう恐れなく1回当たりの投与量を多くできることにより、減感作の樹立に要する時間も、例えば約1/2〜1/10に短縮できる。
【0049】
本発明の医薬組成物において、本発明のポリペプチドと追加のイヌアレルゲン由来ペプチドとは、直接又はリンカー若しくはスペーサーのオリゴペプチドを介して結合していてもよく、例えば融合ポリペプチドの形態であってもよい。
【0050】
本発明の医薬組成物はまた、本発明のポリペプチドに加えて、イヌアレルゲン以外のアレルゲン又はアレルゲン由来ペプチドを含み得る。このような医薬組成物は、イヌアレルギーと共に他のアレルギーをも示す個体(患者)において、その複数のアレルギーを別々に治療する場合に比べて、例えばアレルゲン(又はそのペプチドフラグメント)の投与回数又は治療期間についての患者負担が軽減されるので有用である。
【0051】
本発明の医薬組成物に含ませ得るイヌアレルゲン以外のアレルゲン又はアレルゲン由来ポリペプチドの例としては、スギ花粉アレルゲン、ダニアレルゲン、卵アレルゲン(オボアルブミン)、牛乳アレルゲン(β-ラクトグロブリン)が挙げられる。
【0052】
スギ花粉アレルゲンとしては、例えばCry j1(例えば特表平6-508994号公報、PCT国際公開WO94/01560パンフレットを参照)、Cry j2(例えば特開平8-47392を参照)、CJP-6(例えば特開2002-58487号公報を参照)が挙げられる。
【0053】
ダニアレルゲンとしては、例えばDer pI(例えば特表平9-501043号公報、特表平9-512014号公報を参照)、Der pII(例えば特表平9-501043号公報、特表平9-512014号公報、特表平8-504179号公報を参照)、Der pIII(特表平9-510083号公報を参照)、Der pVII(特表平9-501042号公報を参照)、Der fI(例えば特表平9-501043号公報を参照)、Der fII(例えば特表平9-501043号公報を参照)、その他(特開平7-112999号公報;特開平6-88059号公報;特開平6-256393号公報)が挙げられる。
【0054】
本発明の医薬組成物において、本発明のポリペプチドとイヌアレルゲン以外のアレルゲン(又はアレルゲン由来ペプチド)とは、直接又はリンカー若しくはスペーサーのオリゴペプチドを介して結合していてもよく、2種又はそれ以上のアレルゲンのマルチマーの形態であってもよい。
【0055】
本発明のポリペプチドは、組換え発現法又は化学合成法により製造され得る。
本発明のポリペプチドの組換え発現は、本明細書中に記載されるアミノ酸配列情報又は塩基配列情報を利用して当該分野において公知の組換え発現法により容易に行い得る。簡潔には、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する核酸分子を発現ベクターに組込み、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換し、この形質転換細胞を該ポリペプチドの発現に適切な条件下で培養して、当該ポリペプチドを発現させ、発現ポリペプチドを細胞から又は培養液中から回収することによって製造できる。
【0056】
発現ベクターは、当該分野において公知の任意の発現ベクターを用いることができ、用いようとする宿主細胞との適切な組合せを考慮して容易に選択される。
宿主細胞としては、ポリペプチドの発現に適切な宿主細胞を用いることができ、例えば、大腸菌(Escherichia coli)細胞のような原核細胞、酵母(例えばSaccharomyces cerevisiae)、昆虫、植物細胞及び動物細胞のような真核細胞が挙げられる。
【0057】
本発明のポリペプチドの発現に適切な条件(例えば培地、培養温度など)は、宿主細胞、発現に用いたベクター(例えばプラスミド)などを考慮して適切に決定できる。
発現した本発明のポリペプチドの宿主細胞から細胞外への分泌を促進するために、本発明のポリペプチドが、シグナル配列(シグナルペプチド)、例えばα−接合因子シグナル配列を有するように、発現ベクターに組み込む塩基配列を設計してもよい。
【0058】
本発明に関連して必要となる遺伝子組換え/発現技術の詳細は、標準的な教科書(例えば、Ausubel, F.A.ら編(1988)、Current Protocols in Molecular Biology、 John Wiley and Sons、 New York、 NY;Sambrook,J.ら(1989)、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、NY)に記載されている。
【0059】
本発明のポリペプチドは、無細胞発現系において発現させてもよい。無細胞発現系におけるポリペプチド発現の詳細については、例えば、Leslyら(Methods in Molecular Biology, 37, 265-278, 1995)、特開2000-175695号公報に記載されている。無細胞発現は、市販のキット及び装置を用いて行うことできる。
【0060】
本発明のポリペプチドの化学合成は、当該分野において公知の方法によって行い得る。用いる化学合成法としては、例えばMerrifieldの固相合成法が挙げられる。本発明のポリペプチドはまた、市販のポリペプチド合成機を用いて合成することもできる。
【0061】
本発明のポリペプチドとキャリアタンパク質又はこれと結合したスペーサーとの間の結合には、当該分野において公知の方法を用いることができ、例えば、両者間にアミド結合を形成させるカルボジイミド法、カルボニルジイミダゾール法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、グルタルアルデヒド法、ジフェニルホスホリルアジド法など、又は両者間にエステル結合を形成させる方法などを用いることができる。
【0062】
本発明のポリペプチドは、組換え発現又は化学合成の後、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、透析、限外ろ過、遠心分離、凍結乾燥等の慣用の方法により単離精製することができる。
【0063】
本発明のポリペプチドを組換え発現法により製造する場合、本発明のポリペプチドとタグポリペプチド又は他のアレルゲンペプチド(及びリンカー又はスペーサーペプチド)との融合タンパク質として発現させてもよい。
【0064】
<核酸分子>
本発明の核酸分子は、上記のイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドのいずれかのアミノ酸配列をコードする塩基配列からなる核酸分子である。本発明において、核酸分子はDNA分子であってもRNA分子であってもよい。
本発明の核酸分子は、配列番号5の塩基配列からなってもよい。
【0065】
本発明の核酸分子は、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列に加えて、タグポリペプチドをコードする塩基配列も有していてもよい。この場合、本発明の核酸分子は、本発明のポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列と、タグポリペプチドをコードする塩基配列との間に、スペーサーオリゴペプチドをコードする塩基配列を更に有していてもよい。
【0066】
本発明の核酸分子は、配列番号5の塩基配列を有する核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子であってもよい。
本発明において、ストリンジェントな条件とは、例えば、5×又は6×SSC(50%ホルムアミドを含んでもよい)中での少なくとも60℃(例えば63℃、65℃、68℃、70℃)でのハイブリダイゼーションをいう。このストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、0.1〜1×SSC中での約40℃〜60℃での洗浄処理を伴ってもよい。1×SSCは、0.15M NaCl、0.015Mクエン酸ナトリウムを含有する溶液を意味する。
【0067】
本発明の核酸分子はベクター中に組み込まれていてもよい。ベクターは、適切な選択マーカー(例えば薬剤耐性遺伝子)、及び/又はプロモーター、他の種々の発現調節エレメント(例えばターミネーター、エンハンサー)を含んでもよい。更に、このベクターを用いて細胞を形質転換してもよい。形質転換された宿主細胞は、例えば本発明の核酸分子の維持・増殖又は本発明のポリペプチドの発現に有用である。
【0068】
以下に、本発明を実施例によって、より詳細に説明する。
なお、以下の実施例では、統計処理は、F検定の後t検定を用いて行い、p<0.05を有意とした。
【実施例】
【0069】
<イヌアレルゲンCan f1タンパク質をコードするcDNAのクローニング>
ビーグル犬の耳下腺から標準的方法によりRNAを抽出し、これを鋳型として逆転写によりcDNAを合成した。cDNAを、イヌ唾液由来の主要アレルゲンタンパク質Can f1の塩基配列(Koniecznyら、Immunology, 92(4): 577-586, 1997)に基づいて設計したプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。
センス鎖(5'側にSma I制限部位を含む)
5'ACG ACC CGG GGA CAC TGT GGC TGT GTC AGG GAA 3'(配列番号17)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
5'GAA CCT CGA GCC TAC TGT CCT CCT GGA GAG CAG G 3'(配列番号18)
【0070】
PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて1分間、68℃にて1分間及び72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。
増幅cDNAを発現ベクターpGEX4T-2(Amersham)中にクローニングした。ジデオキシ法での配列決定及びKoniecznyらのCan f1塩基配列との比較により、このcDNAがCan f1タンパク質をコードしていることが確認できた(配列番号1)。このcDNAの塩基配列に基づく推定アミノ酸配列(配列番号2)は、KoniecznyらのCan f1アミノ酸配列と2アミノ酸(96位及び114位)で異なっていた。このベクターを「Can f1/pGEX4T-2」と命名した。
【0071】
<Can f1タンパク質のポリペプチドの作製>
Can f1タンパク質のポリペプチド断片として、それぞれのアミノ酸配列がCan f1タンパク質のアミノ酸1〜27位(AspThrValAlaValSerGlyLysTrpTyrLeuLysAlaMetThrAlaAspGlnGluValProGluLysProAspSerVal:配列番号4)、93〜114位(GluGlyGluProHisGlyArgGlnIleArgMetAlaLysLeuLeuGlyArgAspProGluGlnArg:配列番号6)及び126〜148位(ArgAlaLysGlyLeuAsnGlnGluIleLeuGluLeuAlaGlnSerGluThrCysSerProGlyGlyGln:配列番号8)からなる3つのポリペプチド(それぞれCan f1-1、Can f1-2及びCan f1-3ポリペプチドと呼ぶ)を設計した。
【0072】
1.インサートの調製
Can f1-2ポリペプチド発現用のインサートのために、上記Can f1/pGEX4T-2を鋳型にして、以下の一対のプライマー
センス鎖(5'側にEcoR I制限部位を含む)
Can f1(93-114)S 5'GGA ATT CCC GAG GGC GAG CCC CAT 3'(配列番号11)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(93-114)AS 5'CCG CTC GAG CCT CTG CTC AGG ATC CCT 3'(配列番号12)
を用いたPCRにより、DNA断片を増幅した。
PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて30秒間、50℃にて30秒間及び72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。
【0073】
Can f1-1及びCan f1-3ポリペプチド発現用のインサートのためには、それぞれ以下のプライマー対:
センス鎖(5'側にEcoR I制限部位を含む)
Can f1(1-27)S 5'GGA ATT CCC GAC ACT GTG GCT GTG TCA 3'(配列番号9)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(1-27)AS 5'CCG CTC GAG CAC TGA GTC AGG CTT CTC 3'(配列番号10)
及び
センス鎖(5'側にEco RI制限部位を含む)
Can f1(126-149)S 5'GGA ATT CCC AGA GCC AAA GGA TTG AAC CAG 3'(配列番号13)
アンチセンス鎖(5'側にXho I制限部位を含む)
Can f1(126-149)AS 5'CCG CTC GAG CTA CTG TCC TCC TG GAGA GCA 3'(配列番号14)
を用いて同様の手順を行った。
【0074】
それぞれのPCR産物を、2.0%核酸電気泳動用アガロースゲル(nacalai tesque)中で電気泳動した(図1)。泳動槽溶液中に0.5μl/mlになるようにエチジウムブロミドを加え、20分間の染色後、トランスイルミネーター(UVP)を用いてUV照射下でバンドを確認し、予測されるサイズのDNAを含むバンドを切り出した。予測されるサイズは、Can f1-1、Can f1-2及びCan f1-3の各ポリペプチドについて、それぞれ、付加した制限酵素部位も含めて99bp、84bp及び90bpである。Ultra Clean GelSpin(MO BIO)を用いて、切り出したバンドから、マニュアルに従ってDNA断片を精製した。次いで、DNA断片1μgにXho I及びEcoR Iを各5U加えてベクターへの挿入のための制限酵素処理を行い、エタノール沈殿により制限酵素処理DNAを回収し、これらを各ポリペプチド発現用のインサートとした。
【0075】
2.ベクターの調製
発現ベクターとしてpGEX 4T-2(Amersham)を用いた。pGEX 4T-2ベクター中のGlutathione S-transferase(GST)遺伝子の下流に上記cDNAを挿入するため(すなわち、目的のポリペプチドをGSTとの融合タンパク質として発現させるため)に、ベクターpGEX 4T-2を制限酵素処理した。簡潔には、pGEX 4T-2ベクター10μgに10UのXho I(Takara)、10×K Buffer(Takara)を加えて30μlの反応溶液を調製し、30℃にて一晩反応させた。次いで、エタノール沈殿させた後、沈殿物に10UのEcoR I(New England Biolabs)、10×EcoR I Buffer(New England biolabs)を加えて30μlの反応溶液を調製し、37℃にて1時間反応させた。この反応溶液からエタノール沈殿により制限酵素処理ベクターを回収した。その後、回収したベクター9μgにCalf Alkaline Phosphatase(以下「CIAP」、TOYOBO) 30Uを加え、10×Reaction Buffer for CIAP(TOYOBO)で200μlになるよう調整し、37℃にて15分間、50℃にて15分間反応させて、ベクターを脱リン酸化した。再び、エタノール沈殿により、ベクターを回収した。回収したベクターを上記の各インサートとのライゲーションに使用した。
【0076】
3.ライゲーション及び形質転換
Ligation-Convenience Kit(Nippon gene)をマニュアルに従って用い、上記の各インサート70ngとベクター250ngとのライゲーションを行った。
ライゲーション後、サイクルシーケンス法によって各インサート部分の塩基配列の決定を行った。簡潔に述べると、ライゲーション後のベクターを鋳型にして、pGEX-5(配列:5'GGG CTG GCA AGC CAC GTT TGG TG 3'(配列番号15))とpGEX-3(配列:5'CCG GGA GCT GCA TGT GTC AGA GG 3'(配列番号16))をプライマーとして用いてPCRを行った。PCR産物の塩基配列を、Thermo Sequenase Cy5 Dye Terminator Cycle sequencing Kit (Amersham)及びLong-Read Tower DNAシーケンサー(Amersham)をマニュアルに従って用いて決定した。
【0077】
PCR産物の塩基配列に基づいて、それぞれCan f1-1、Can f1-2及びCan f1-3ポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列:
gacactgtgg ctgtgtcagg gaaatggtat ctgaaggcca tgacagcaga ccaggaggtg cctgagaagc ctgactcagt g (配列番号3)
gagggcgagc cccatgggag gcagatccga atggccaagc ttctaggaag ggatcctgag cagagg (配列番号5)
agagccaaag gattgaacca ggagattttg gaactcgcgc agagcgaaac ctgctctcca ggaggacagt ag (配列番号7)
を有するインサートが各ベクター中に正確に挿入されていることが検証された。
【0078】
次いで、インサートが挿入されたベクターで大腸菌(E.coli)BL21(DE3)株を形質転換した。その後、LB寒天培地(100μg/mlアンピシリン含有)にて37℃で一晩培養することにより、形質転換クローンを選択した。これらのクローン(以下、「Can f1-1/pGEX」、「Can f1-2/pGEX」及び「Can f1-3/pGEX」)をグリセロールストックとして−80℃で保存した。
【0079】
4.ポリペプチドの発現
Can f1-1/pGEX、Can f1-2/pGEX及びCan f1-3/pGEXをそれぞれ、LB液体培地(アンピシリン含有)5ml中で37℃にて一晩振盪培養した後に、250mlのLB液体培地(アンピシリン含有)に接種し、OD600が0.4になるまで約2時間37℃にて振盪培養した。Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を最終濃度が0.1mMになるように加えてインサートDNA由来タンパク質の発現を誘導し、さらに3時間培養を続けた。各ポリペプチドは、GSTタグとの融合タンパク質として発現される。
【0080】
培養液を4℃にて8,000×gで10分間遠心分離して菌体を回収した。回収した菌体を、0.5mMのPhenylmethylsulfonyl Fluoride(WAKO)を添加した10倍量のLysis buffer(10mMリン酸水素二ナトリウム、1.8mMリン酸水素二カリウム、140mM塩化ナトリウム、2.7mM塩化カリウム、pH7.5)中で超音波処理(ULTRASONIC DISRUPTOR、TOMY SEIKO)により破砕した。破砕物を4℃にて10,000×gで20分間遠心分離し、上清をタンパク質抽出画分として回収した。
【0081】
5.ポリペプチドの精製
各GSTタグ融合ポリペプチドを、タンパク質抽出画分より、Glutathione Sepharose 4B(Pharmacia Biotech)を用いて以下のように精製した。マニュアルに従ってGlutathioneゲルにGSTタグ融合ポリペプチドを吸着させた。これに、還元型Glutathione 10mMを加え、GSTタグ融合ポリペプチドを溶出させた。このようにして得られたGSTタグ融合ポリペプチドをそれぞれGST-Can f1-1、GST-Can f1-2及びGST-Can f1-3とした。
【0082】
コントロールとして用いるGSTは以下の方法で得た。Glutathioneゲルに吸着させたGST-Can f1-3 1mgに対し、10単位のThrombin Protease(SIGMA)を加え、4℃にて16時間反応させた。これにより、融合ポリペプチドは、GSTとCan f1-3との間に存在するトロンビンプロテアーゼ認識部位で切断される。ゲルへの不結合画分(Can f1-3ポリペプチドを含む)を洗浄、除去した後、ゲルに還元型Glutathione 10mMを加えてGSTを溶出させた。
【0083】
得られた各ポリペプチドについて12.5%アクリルアミドゲルによるドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った。GSTは約25kDa、GST-Can f1-1、GST-Can f1-2及びGST-Can f1-3は約29kDaの位置にバンドを示した(図2)。これらのポリペプチドの分子量は、推定アミノ酸配列から予測される値と一致した。各ポリペプチドの回収量は、GST-Can f1-1が約10mg/L culture、GST-Can f1-2が約11mg/L culture、GST-Can f1-3が約11mg/L cultureであった。
【0084】
以下の実験では、各ポリペプチドは全てGSTタグとの融合ポリペプチドとして用いた。GST融合ポリペプチドについて、量は、特に示さない限り、Can f1-1、Can f1-2又はCan f1-3ポリペプチド部分としての量を示した。
【0085】
<ポリペプチドにおけるCan f1タンパク質の抗原決定基の存在>
各ポリペプチドにCan f1タンパク質の抗原決定基が存在するか否かを確認するため、ELISAにより、各GSTタグ融合ポリペプチドと組換え発現Can f1(rCan f1)タンパク質に対するウサギポリクローナル抗体との間の反応性を決定した。
【0086】
簡潔には、96ウェルELISAプレート(IWAKI)に、PBSで10、20及び40μg/mlに希釈した各ポリペプチド又はGSTを100μl/ウェルで加え(各ポリペプチド又はGSTにつき3ウェルを使用)、37℃にて1時間固相化した。PBS−0.05% Tween 20(以下「PBS-T」)で各ウェルを洗浄後、PBS−1%脱脂乳で10μg/mlに希釈したウサギ抗Can f1ポリクローナル抗体を37℃にて1時間インキュベートした。PBS-Tでの洗浄後、PBS-Tで500倍希釈したHorse-radish peroxidase(HRP)標識Goat Anti-Rabbit IgG(BIO-RAD)を加えて37℃にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、過酸化水素とo-phenylenediamine(WAKO)を用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて490nmにおける吸光度を測定した。
【0087】
Can f1-1、Can f1-2及びCan f1-3の各ポリペプチドについては、ウェルに固相化した量の増加に伴って吸光度の上昇が観察され、また、吸光度はいずれもGSTより有意に高かった(図3、p<0.05)。このことは、各ポリペプチドが用量依存的に抗Can f1抗体と特異的に結合したことを示す。すなわち、各ポリペプチドに、イヌアレルゲンCan f1タンパク質の抗原決定基が存在していることが確証された。
【0088】
<ポリペプチドのIgE抗体結合能>
1.手順
各ポリペプチドのIgE抗体結合能を、イヌアレルギー患者血清を用いた結合阻害実験により決定した。結合阻害実験には、各ポリペプチドのほか、rCan f1タンパク質及びGSTタグポリペプチド(単独)も含めた。イヌアレルギー患者血清は、独立行政法人 国立病院機構 南京都病院の宮野前健医師より分与を受けた。いずれの血清もRAST強陽性であった。RAST(radio allergosorbent test)は、現在最も信頼性の高いアレルギー診断法である。RASTにおいて、血清中のアレルゲン特異的IgE抗体価は、強陽性、弱陽性及び陰性で表される。
【0089】
ポリペプチド又はタンパク質については終濃度が0、0.2、2、20及び200μg/mlに、イヌアレルギー患者血清については100倍希釈となるように両者を混合し、室温にて一晩インキュベートした。一方、96ウェルELISAプレート(IWAKI)にPBSで5μg/mlに希釈したrCan f1を100μl/ウェル加え、37℃にて1時間、4℃にて一晩固相化した。PBS-Tで各ウェルを洗浄後、PBS-10%脱脂乳を200μl/ウェル加えて室温にて1時間ブロッキングを行った。PBSでの洗浄後、予め混合しておいた各ポリペプチド−患者血清反応液を100μl/ウェルで加え(各ポリペプチドについて5ウェルを使用)、室温にて一晩インキュベートした。PBSでの洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したGoat Anti-Human IgE(ε)−Biotin(KPL)を100μl/ウェル加え、室温にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したStreptavidin-HRPを100μl/ウェル加えて室温にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後、過酸化水素とo-phenylenediamineを用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて450nmでの吸光度を測定した。
【0090】
2.結果
1)イヌアレルギー患者由来血清中のrCan f1タンパク質に対するIgE抗体の存在
いずれの患者血清についても、予め血清と混合したrCan f1量の増加に応じて吸光値が低下した(図4)。吸光値の低下は、患者血清中のIgE抗体と予め混合したrCan f1とが結合し、IgE抗体のELISAプレート上のrCan f1への結合が阻害されたことを表す。このことから、イヌアレルギー患者血清中にCan f1特異的IgE抗体が存在することが明らかとなった。
【0091】
2)各ポリペプチドのIgE抗体結合能
GST-Can f1-1、GST-Can f1-2、GST-Can f1-3の各融合ポリペプチド(Can f1-1、Can f1-2、Can f1-3ポリペプチドとしての量200μg/ml)の吸光値(■)を、GST(それぞれの融合ポリペプチド中のGSTに対応する量)の吸光値(□)と比較して有意差(「*」により示す:p<0.05)を検討した(図5)。Can f1-1については5血清中4つで、Can f1-3については5血清中2血清において吸光値の有意な低下が観察され、IgE抗体の結合阻害作用が確認された。Can f1-2については、全ての血清においてIgE結合阻害は観察されなかった。
このことから、Can f1-1及びCan f1-3ポリペプチドは、抗Can f1タンパク質IgE抗体結合能を有し、Can f1-2ポリペプチドはIgE抗体結合能を有しないことが示された。
【0092】
<各ポリペプチドのIgE抗体及びIgG抗体の産生誘導能>
1.手順
1)各ポリペプチドによるマウスの感作
各ポリペプチド及びGSTを抗原として、アジュバントとして水酸化アルミニウムゲル(WAKO)を用いて雄性マウス(BALB/c、8週齢)を感作させた。各抗原について2匹の動物を使用した。抗原10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射した。コントロールとして、PBSと水酸化アルミニウムゲルの混合物を用いた。1回目の投与から14日目に、抗原25μgと水酸化アルミニウムゲル2.5mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に投与した。25日目にマウスを安楽死させ、直後に全採血を行った。採取した全血から血清を得た。
【0093】
2)ELISAによる感作マウス由来血清中のCan f1特異的IgE抗体価の決定
96ウェルELISAプレート(IWAKI)にPBSで10μg/mlに希釈したrCan f1を100μl/ウェルにて加え、37℃にて1時間、4℃にて一晩固相化した。PBS-Tで洗浄後、PBS-10%脱脂乳を200μl/ウェル加えて室温にて1時間ブロッキングを行った。PBS-Tで洗浄後、PBS-1%脱脂乳で10倍希釈したマウス血清を100μl/ウェルにて加え(各血清について3ウェルを使用)、室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、ビオチンを標識したGoat Anti-Mouse IgE(BETHYL)をPBS-1%脱脂乳で1μg/mlに希釈して100μl/ウェル加え、室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、PBS-1%脱脂乳で1,000倍希釈したStreptavidin-HRPを100μl/ウェル加えて室温にて1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、ELISA POD基質TMBキット(nacalai tesque)を用いて30分間発色させた後、1M硫酸を加えて発色を停止させた。各ウェルについて450nmでの吸光度を測定した。
【0094】
3)ELISAによる感作マウス血清中のCan f1特異的IgG抗体価の決定
Goat Anti-Mouse IgEに代えてGoat Anti-Mouse IgG(BETHYL)を用いた以外は、上記と同じ血清及び試薬並びに手順を用いた。
Goat Anti-Mouse IgGは、ビオチンで標識した後、PBS-1%脱脂乳で1μg/mlに希釈し、さらに10、30、100、300、1000及び3000倍に希釈して用いた。
【0095】
2.結果
1)IgE抗体産生誘導能
GST-Can f1-1で感作したマウス血清において顕著に高い吸光値を示した(図6)。この血清について、希釈率を更に10、20、40及び80倍と高くしてELISAを行ったところ、希釈率の増大に伴って吸光値が低下した(図7において「◇」で示される)。コントロールとして用いたGST又はPBSで感作したマウスの血清は、希釈率の増大に伴う吸光値の変動は観察されなかった(図7において「△」及び「×」で示される)。このことから、GST-Can f1-1で感作したマウス血清中にのみ特異的IgE抗体が存在することが示された。換言すると、Can f1-1は、IgE抗体産生を誘導する能力を有することが確認された。
【0096】
2)IgG抗体産生誘導能
GST-Can f1-1、GST-Can f1-2又はGST-Can f1-3のポリペプチドで感作したマウスの血清はいずれも、希釈率の増大に伴って吸光値が低下した(図8)。各ポリペプチドは、Can f1-1(■)>Can f1-3(○)>Can f1-2(△)の順で、IgG抗体産生を誘導する能力を有することが確認された。
【0097】
<イヌアレルギーモデルの作製及びそのモデルでのアナフィラキシーショックの誘導>
1.イヌアレルギーモデルマウスの作製
rCan f1タンパク質で雄性マウス(BALB/c、8週齢)を感作させてイヌアレルギーモデルを作製した。簡潔には、まず、rCan f1タンパク質10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射した。1回目の投与から21日後、rCan f1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル2mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に注射した(図9を参照)。水酸化アルミニウムゲルは、IgE抗体産生の誘導に適したアジュバントとして用いた。
【0098】
こうして作製したrCan f1タンパク質感作マウスがイヌアレルギーを発症していることを確認するため、その血清を用いて受身皮膚アナフィラキシー(PCA)試験を行った。PCA試験には、同時に、生理食塩水、非イヌアレルギーヒト(すなわち健常ヒト)血清、イヌアレルギー患者血清、及び無処置マウス血清を用いた。PCA試験は、簡潔には、血清又は生理食塩水50μlを雄性ddYマウスの皮内に接種して一晩放置後、トリパンブルーを混合したrCan f1タンパク質400μgを静脈内に注射し、30分後に血清又は生理食塩水接種部位の皮膚を観察した。
【0099】
結果は、rCan f1タンパク質感作マウス由来の血清を接種したマウスにおいて皮膚組織への顕著な色素漏出が観察され(図10)、イヌアレルギー患者血清を接種したマウスにおいても(より低い程度ではあるが)同様な色素漏出が観察された(図10において矢印にて示す)。他方、生理食塩水、健常ヒト血清、又は無処置マウス血清を接種したマウスでは、皮膚組織に変化は認められなかった(図10)。この結果より、上記手順に従って作製したrCan f1タンパク質感作マウスの血清は、ヒトイヌアレルギー患者血清と同様に、受身皮膚アナフィラキシーを引き起こし得ることが示された。したがって、上記手順に従うモデルマウスは、イヌアレルギーを発症することが確認された。
【0100】
2)アナフィラキシーショックの誘導
2回のrCan f1タンパク質投与によりアレルギー状態が確立したマウスに、2回目の投与から7日後(1回目の投与から28日後)、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)を静脈内注射した(図9を参照)。
【0101】
マウスの体温を、サーミスタセンサーを装着した防水型デジタル体温計(モデル SK-1250MC、株式会社佐藤量器製作所)を用い、センサー部分をマウス肛門内に約1cm挿入して直腸温として測定した。
マウス体温は、rCan f1タンパク質の静脈内投与直後から急激に低下し(2分後に約−5℃、5分後には約−6.5℃)、その後も徐々に低下を続けた(15分後には−7.5℃)(図11)。体温の低下は、ほとんどのマウスにおいて、約60分間〜約2時間持続し、その後徐々に回復し、翌日には正常に回復した。
【0102】
体温低下と同時に、マウスは運動量が減少し、更には沈うつとなって無活動となった。このとき、マウスの背部を刺激すると、正常であれば刺激と同時に動き出すのに対し、静止したままであった。また、耳介や尾部がうっ血し、紫色に変色した。
以上の観察の結果から、本モデルマウスにおいて、rCan f1タンパク質の静脈内投与によりアナフィラキシーショックが誘導されることが示された。
【0103】
<Can f1-1及びCan f1-2ポリペプチドのアナフィラキシーショック非誘導性>
1.手順
無処置マウス(雄性BALB/c、8週齢、各ポリペプチドについてN=2)にGST−Can f1-1又はGST−Can f1-2(50μg)を静脈内注射した。上記と同様に、投与直後からマウス体温を測定すると同時にマウスの状態を観察した。
【0104】
2.結果
いずれの融合ポリペプチドについても、マウス体温に変化は観察されなかった(図12及び図13)。また、マウスの運動量に変化はなく、注射部位その他にうっ血や変色は観察されなかった。
この結果は、Can f1-1及びCan f1-2ポリペプチドが、アナフィラキシーショックを誘導しないことを明確に示している。
【0105】
したがって、本発明のCan f1-1ポリペプチドは、IgE抗体結合能を有するにもかかわらず、アナフィラキシー反応を誘導しないか又は誘導するアナフィラキシー反応が大幅に低減している。理論によって本発明は限定されないが、これは、おそらく、Can f1-1ポリペプチドが、IgE抗体結合部位を1つしか有さず、そのためマスト細胞又は好塩基球上のIgE抗体と結合してもFcεRIを架橋することができないためであると考えられた。
【0106】
一方、Can f1-2ポリペプチドがアナフィラキシー反応を誘導しないことは、当該ポリペプチドがIgG抗体産生能は有するがIgE抗体産生能もIgE抗体結合能も有しないことから当然に予測される結果である。
【0107】
<ポリペプチドのイヌアレルギーに対する予防又は治療作用>
1.Can f1-1ポリペプチドの減感作療法剤としての有効性−イヌアレルギー治療作用
1)手順
上記と同様に、rCan f1タンパク質と水酸化アルミニウム(アジュバントとして)で雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=3)を感作して、イヌアレルギーモデルマウスを作製した。1回目の投与から28、31、35及び38日後に、0.1mlのPBS中に溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として10μg)をマウス背部に皮下注射した。続いて、1回目の投与から42、45、49、52、60、63、67、71、74、77、80及び84日後に、0.1mlのPBS中に溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として20μg)をマウス背部に皮下注射した。注射後、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0108】
1回目の投与から56日後及び87日後に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した(それぞれ第1回検定及び第2回検定)。
減感作実験スケジュールの概略を図14に示す。
【0109】
2)結果
i)マウス1
第1回検定では、静脈内投与の直後の急激な体温低下は観察されなかった。体温は、静脈内投与の数分後から徐々に低下し始め、10分後には約−3.5℃となったが、その後の更なる低下は観察されなかった(図15)。
第2回検定では、体温の低下は観察されなかった(図16)。
【0110】
ii)マウス2
第1回検定では、体温は、5分後から徐々に低下し始め、8分後に約−2℃に達した後は、ほとんど低下せず15分後には約−2.5℃であった(図17)。
第2回検定では、体温の低下は観察されなかった(図18)。
iii)マウス3
第1回及び第2回の検定で、体温の低下は観察されなかった(図19及び図20)。
【0111】
なお、いずれのマウスにおいても、減感作期間中のCan f1-1ポリペプチド20μgの皮下注射による局所アナフィラキシー反応(発赤、膨隆)は観察されず、又、体温低下も運動量低下も観察されなかった。
【0112】
結果から明らかなように、Can f1-1ポリペプチドは、イヌアレルギーに対する減感作療法剤として有効である。
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-1ポリペプチドの有効性は、当該ポリペプチドのa)IgE抗体産生誘導能に基づく刺激による、T細胞のイヌアレルゲンに対するIgE抗体産生応答の感受性の低下、及び/又はb)IgG抗体産生能に基づく刺激による、循環IgG抗体量の増加(後述するように、Can f1-1ポリペプチドにより産生されるIgG抗体はイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和する)、及び/又はc)IgE抗体結合能による、イヌアレルゲンCan f1タンパク質によるマスト細胞又は好塩基球上でのIgE抗体を介するFcεRIの架橋阻害に基づくと考えられる。
【0113】
Can f1-1ポリペプチドは、アナフィラキシー反応を誘導しないか又は大幅に低減されたアナフィラキシー反応しか誘導しないので、Can f1タンパク質全体と比較して、より安全で且つより高用量での投与が可能であり、したがってより高い治療効果を発揮する。
【0114】
2.Can f1-1ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症前投与)−イヌアレルギー発症予防作用
1)手順
上記の感作手順の前に2回(0日目及び21日目、それぞれ1回目の感作の35日前及び14日前)、0.1mlのPBSに溶解したGST-Can f1-1ポリペプチド(Can f1-1ポリペプチドの量として10μg)を、雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=2)の背部に皮下注射した。この際、アジュバントとしては、IgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系(Corixa Corp.)を用いた。注射後、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0115】
2回目の投与から14日後から感作手順を開始した。すなわち、35日目に、rCan f1タンパク質10μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射し、56日目に、rCan f1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル2mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に注射した。次いで、87日目に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した。
ワクチン実験スケジュールの概略を図21に示す。
【0116】
2)結果
i)マウス11
体温は、静脈内投与の直後から徐々に低下し始めたが、10分後に約−4℃に達した後は、更なる低下は観察されず、むしろ回復傾向が見られた(図22)。
ii)マウス12
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、数分後から低下し始めて8分後に約−2℃に達し、その後は更なる低下は観察されなかった(図23)。
【0117】
いずれのマウスにおいても、Can f1-1ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0118】
結果から明らかなように、Can f1-1ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-1ポリペプチドは、アレルギー発症前に投与することにより、投与後におけるイヌアレルゲンへの曝露によるアナフィラキシーショック症状を大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-1ポリペプチドは、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー発症を予防するか又は発症してもその程度を緩和するためにイヌアレルギー発症前に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-1ポリペプチドは、局所アナフィラキシーを生じる危険のないか又はその危険が大幅に減じられているので安全に高容量で使用できる。
【0119】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-1ポリペプチドがIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-1ポリペプチドのワクチンとしての有効性は、Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0120】
3.Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症前投与)−イヌアレルギー発症予防作用
1)手順
事前に投与するポリペプチドを、GST-Can f1-1に代えてGST-Can f1-2を用いた以外は、上記2の手順と同様であった(図24)。
【0121】
2)結果
i)マウス21
体温の低下は、静脈投与の直後から観察されたが、その低下速度は緩やかであり、15分後で約−4℃であった(図25)。
ii)マウス22
体温低下は、観察されなかった(図26)。
【0122】
いずれのマウスにおいても、Can f1-2ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0123】
結果から明らかなように、Can f1-2ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-2ポリペプチドは、アレルギー発症前に投与することにより、投与後におけるイヌアレルゲンへの曝露によるアナフィラキシーショック症状を抑制するか又は大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-2ポリペプチドも、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー発症を予防するか又は発症してもその程度を緩和するためにイヌアレルギー発症前に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-2ポリペプチドもまた、局所アナフィラキシーを生じる危険のないので安全に高容量で使用できる。
【0124】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-2ポリペプチドもIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性もまた、Can f1-2ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0125】
4.Can f1-2ポリペプチドのワクチンとしての有効性(アレルギー発症後投与)−イヌアレルギー症状の緩和作用
1)手順
雄性マウス(BALB/c、8週齢、N=2)を、上記の手順に従って、rCan f1タンパク質(10μg s.c.及び20μg i.p.)で感作させた。
1回目の感作から35日後及び56日後に、0.1mlのPBSに溶解したGST-Can f1-2ポリペプチド(Can f1-2ポリペプチドの量として10μg)及びRIBIアジュバント系(Corixa Corporation)を、マウス背部に皮下注射した。次いで、1回目の感作から63日後に、rCan f1タンパク質50μg(0.1mlのPBS中に溶解)をマウス静脈内に注射し、体温を測定した(図27)。同時に、注射部位での局所アナフィラキシー反応の有無を観察した。
【0126】
2)結果
i)マウス31
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、5分後から低下し始めて15分後に約−4℃に達した(図28)。
ii)マウス32
静脈内投与の直後からの急激な低下は観察されず、数分後から低下し始めて7分後に約−4℃に達し、その後は更なる低下は観察されなかった(図29)。
【0127】
いずれのマウスにおいても、Can f1-2ポリペプチドの投与による局所アナフィラキシー反応は観察されなかった。
【0128】
結果から明らかなように、Can f1-2ポリペプチドは、体温低下の速度及び/又は程度を減少させた。よって、Can f1-2ポリペプチドは、アレルギー発症後に投与することにより、イヌアレルゲンに対するアナフィラキシーショック症状を大幅に緩和することが示された。したがって、Can f1-2ポリペプチドは、イヌアレルゲン暴露に対するアレルギー反応を抑制又は緩和するためにイヌアレルギー発症後に投与されるワクチンとして使用できる。Can f1-2ポリペプチドは、局所アナフィラキシーを生じる危険のないので安全に高容量で使用できる。
【0129】
理論によって本発明は限定されないが、Can f1-2ポリペプチドがIgG抗体産生能を有し、本実験においてIgG抗体を産生誘導しやすいRIBIアジュバント系と共に投与されたことを考慮すれば、Can f1-2ポリペプチドのイヌアレルギー発症後のワクチンとしての有効性もまた、Can f1-2ポリペプチドがイヌアレルゲンCan f1タンパク質のアナフィラキシー反応誘導を中和するIgG抗体を産生したことに基づくと考えられる。
【0130】
上記の実施形態および実施例は、本発明の理解を容易にするために例示として記載されたものであって、本発明は本明細書または添付図面に記載された具体的な構成のみに限定されるものではないことに留意すべきである。本明細書に記載した具体的構成、手段、及び方法は、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、当該分野において公知の技術により変更可能であることを、当業者は理解すべきであり、そして容易に認識する。
【図面の簡単な説明】
【0131】
【図1】PCR産物の電気泳動写真である。
【図2】組換え発現ポリペプチドの電気泳動写真である。
【図3】Can f1タンパク質の各部分ポリペプチド(Can f1-1、Can f1-2、Can f1-3ポリペプチド)の抗Can f1ポリクローナル抗体との反応性を示すグラフである。値は、3ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。アスタリスク「*」は、GSTとの有意な差を示す(p<0.05)。
【図4】イヌアレルギー患者由来血清中におけるCan f1タンパク質に対するIgE抗体の存在を示すグラフである。各血清の反応は、rCan f1タンパク質200μg/mlのときを1とする相対値で表す。
【図5】各部分ポリペプチドのイヌアレルギー患者由来血清中の抗Can f1タンパク質に対するIgE抗体との結合能を示すグラフである。値は、5ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。アスタリスク「*」は、GSTとの有意な差を示す(p<0.05)。
【図6】各部分ポリペプチドのIgE抗体産生能を示すグラフである。値は、各マウスからの血清それぞれについての_ウェルにおける吸光度の平均±標準偏差で表す。
【図7】Can f1-1ポリペプチドのIgE抗体産生能を示すグラフである。
【図8】各部分ポリペプチドのIgG抗体産生能を示すグラフである。
【図9】イヌアレルギーモデルマウスの作成手順の概略を示す図である。
【図10】受身皮膚アナフィラキシー(PCA)試験の結果を示す写真である。注射部位を「●」印で示す。
【図11】モデルマウスにおけるアナフィラキシーショック(体温低下)の発現を示す図である。
【図12】Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルギーマウスにおいてアナフィラキシー症状を引き起こさないことを示す図である。
【図13】Can f1-1ポリペプチドがイヌアレルギーマウスにおいてアナフィラキシー症状を引き起こさないことを示す図である。
【図14】減感作実験スケジュールの概略を示す図である。
【図15】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図16】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図17】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図18】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図19】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図20】Can f1-1ポリペプチドによる減感作療法の効果を示す図である。
【図21】Can f1-1ポリペプチドを用いた発症前投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図22】Can f1-1ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図23】Can f1-1ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図24】Can f1-2ポリペプチドを用いた発症前投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図25】Can f1-2ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図26】Can f1-2ポリペプチドの発症前投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図27】Can f1-2ポリペプチドを用いた発症後投与ワクチン実験の概略スケジュールを示す図である。
【図28】Can f1-2ポリペプチドの発症後投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【図29】Can f1-2ポリペプチドの発症後投与ワクチンとしての効果を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する、配列番号6のアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【請求項2】
配列番号6のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されたアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項3】
配列番号6のアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端短縮型のアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項4】
請求項3に記載のポリペプチドのアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸配列が置換、挿入、付加及び/又は欠失されたアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項5】
配列番号5の塩基配列からなる核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリペプチド及びそのN末端又はC末端に直接又はリンカー若しくはスペーサーを介して結合されたタグポリペプチド又はキャリアタンパク質からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドを含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物。
【請求項8】
更にアジュバントを含む請求項7に記載のイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物。
【請求項9】
イヌアレルギーに対するワクチンに使用する請求項7又は8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
イヌアレルギー発症後に投与される請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
イヌアレルギー発症前に投与される請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項12】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドをコードする塩基配列からなる核酸分子。
【請求項13】
塩基配列が配列番号5の塩基配列からなる請求項12に記載の核酸分子。
【請求項14】
配列番号5の塩基配列を有する核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドをコードするイヌ由来の核酸分子。
【請求項15】
請求項12〜14のいずれか1項に記載の核酸分子を含むベクター。
【請求項16】
請求項15に記載のベクターで形質転換された宿主細胞。
【請求項17】
請求項16に記載の宿主細胞を適切な条件下で培養することを含む請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドを製造する方法。
【請求項1】
イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有する、配列番号6のアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【請求項2】
配列番号6のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、挿入、付加及び/又は欠失されたアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項3】
配列番号6のアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端短縮型のアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項4】
請求項3に記載のポリペプチドのアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸配列が置換、挿入、付加及び/又は欠失されたアミノ酸配列からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項5】
配列番号5の塩基配列からなる核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするイヌ由来の核酸分子によりコードされる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリペプチド及びそのN末端又はC末端に直接又はリンカー若しくはスペーサーを介して結合されたタグポリペプチド又はキャリアタンパク質からなる、イヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチド。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドを含むイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物。
【請求項8】
更にアジュバントを含む請求項7に記載のイヌアレルギー予防又は治療用医薬組成物。
【請求項9】
イヌアレルギーに対するワクチンに使用する請求項7又は8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
イヌアレルギー発症後に投与される請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
イヌアレルギー発症前に投与される請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項12】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドをコードする塩基配列からなる核酸分子。
【請求項13】
塩基配列が配列番号5の塩基配列からなる請求項12に記載の核酸分子。
【請求項14】
配列番号5の塩基配列を有する核酸分子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつイヌアレルギーに対する予防又は治療作用を有するポリペプチドをコードするイヌ由来の核酸分子。
【請求項15】
請求項12〜14のいずれか1項に記載の核酸分子を含むベクター。
【請求項16】
請求項15に記載のベクターで形質転換された宿主細胞。
【請求項17】
請求項16に記載の宿主細胞を適切な条件下で培養することを含む請求項1〜6のいずれか1項に記載のポリペプチドを製造する方法。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図1】
【図2】
【図10】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図1】
【図2】
【図10】
【公開番号】特開2007−189919(P2007−189919A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−9091(P2006−9091)
【出願日】平成18年1月17日(2006.1.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年8月31日 第140回日本獣医学会学術集会 国立大学法人鹿児島大学農学部獣医学科発行の「第140回日本獣医学会学術集会講演要旨集」に発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年1月17日(2006.1.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年8月31日 第140回日本獣医学会学術集会 国立大学法人鹿児島大学農学部獣医学科発行の「第140回日本獣医学会学術集会講演要旨集」に発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
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