説明

イネのジンクフィンガータンパク質転写因子DSTならびに渇水および塩の耐性を調節するためのその使用

配列番号2に示すアミノ酸配列を有するジンクフィンガータンパク質転写因子DST、その保存的変異体および相同ポリペプチドを提供する。また、当該転写因子DSTをコードしているDNA配列、当該DNA配列を含むベクターまたは宿主細胞、DSTと結合するシス作用性要素、当該転写因子DSTまたはそのコード配列の阻害剤または非保存的変異体、ならびに植物における渇水および塩の耐性を改善させるための当該阻害剤または当該非保存的変異体の使用も提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物を改善するための植物生物工学および遺伝子工学の分野に関する。より詳細には、本発明は、植物における渇水および塩の耐性を増加させるための、新規イネジンクフィンガータンパク質転写因子の遺伝子およびそのコードされているタンパク質またはポリペプチドの使用、上述の遺伝子またはその発現されるタンパク質を阻害することによる、植物における塩耐性および/または渇水の耐性を改善させる方法、ならびにトランスジェニック植物に関する。
【背景技術】
【0002】
食糧に対する世界的な要求の増加および縮小され続ける耕地が、国家的な食糧安全保障に対する恒常的な圧力を与えている。食物生産において、渇水および塩は主要な生物学的でない(非生物的)ストレスであり、毎年、作物の量および質の顕著な低下を引き起こしている。さらに、渇水は多くの場合に塩を伴う。たとえば、土壌の塩類化が渇水地域における土壌の劣化の一般的な現象である。
【0003】
入手可能なデータにより、中国における渇水が原因の年間のイネの損失は少なくとも20億ドルの費用がかかっており、また、耕地の塩類化が生産の低下および低い収量の主な原因であることが示されている。渇水および塩は、中国の農業が直面している2つの深刻な問題を表している。
【0004】
したがって、どのようにして作物における渇水および/または塩の耐性を改善させて収量を増加させ、中国および世界の食糧問題を解決するかが、非常に重要である。非生物的ストレスの研究は、植物研究における最も緊急かつやりがいのある分野のうちの1つである。
【0005】
現在までに、いくつかの転写因子を含めた一部の渇水および塩の耐性関連の遺伝子がクローニングされており、植物または作物の一部のストレス耐性株が、遺伝子工学技法を用いることによって得られている。ストレス耐性遺伝子工学の目的は、転写因子が主要な役割を果たす遺伝子の転写および発現を変調させることによって、植物のストレス耐性を改善させることである。
【0006】
現在、ストレス応答性の遺伝子発現に関与している一部の転写因子がクローニングされている。しかし、植物におけるこれらの複雑なストレス応答プロセスに関与している転写因子が非常に多いため、これらの転写因子は氷山の一角を表すのみでしかない。はるかに多くの転写因子が、ストレス耐性を有する作物の育種において、未だ発見、調査、および使用されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、当分野では、ストレス応答性の遺伝子発現に関与している転写因子を調査すること、ストレス耐性作物を育種するための新しい方法を開発すること、およびそのような新しい作物を開発することで、作物の量および質を改善させる、緊急の必要性が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の1つの目的は、植物(特に作物)における塩および渇水の耐性に密に関連している新規遺伝子、イネジンクフィンガータンパク質転写因子DSTを提供すること、ならびにこの転写因子が植物における塩および渇水の耐性の陰性調節因子であることを確認することである。本発明の別の目的は、植物における塩および/または渇水のストレス耐性を増強させるための新規方法を提供することである。本発明の別の目的は、増強された渇水および塩の耐性を有するトランスジェニック植物を作製する方法、ならびにこれらの方法によって作製したトランスジェニック植物を提供することである。本発明の別の目的は、増強された渇水および塩の耐性を有する植物をスクリーニングする方法、ならびにこれらのスクリーニング方法によって得られた植物を提供することである。
【0009】
第1態様では、本発明は、配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチド、前述のポリペプチド中に保存的な突然変異を有するポリペプチド、または前述のポリペプチドの相同体を含めた、単離したジンクフィンガータンパク質転写因子を提供する。
【0010】
好ましい一実施形態では、上記ポリペプチドにはCys−2/His−2型ジンクフィンガー構造的ドメインが含まれる。
【0011】
別の好ましい実施形態では、前記ポリペプチドは、ペルオキシドに作用する酵素に関連する遺伝子の調節、過酸化水素の蓄積の制御および/または気孔開口部の調節に関与しており、それによりイネにおける渇水および塩の耐性に影響が与えられる。
【0012】
本発明の一実施形態では、前記ポリペプチドは、
(a)配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチド、
(b)1つもしくは複数のアミノ酸残基の置換、欠失、もしくは挿入を有し、かつ、植物における渇水および塩の感受性を増加させることができる、(a)に由来するポリペプチド、または
(c)Cys−2/His−2型ジンクフィンガー構造的ドメインを有しており、植物における渇水および塩の感受性を増加させることができる、(a)もしくは(b)のポリペプチドのポリペプチド相同体
の群から選択される。
【0013】
好ましい実施形態では、前記植物は、双子葉の植物または単子葉の植物、好ましくは作物である。
【0014】
別の好ましい実施形態では、前記植物は、イネ科、アオイ科ワタ属、アブラナ科アブラナ属、キク科、ナス科、シソ科、またはセリ科、好ましくはイネ科から選択される。
【0015】
別の好ましい実施形態では、前記植物は、イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、サトウキビ、ソルガム、シロイヌナズナ属、綿またはアブラナ、より好ましくはイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、サトウキビまたはソルガムから選択される。
【0016】
別の好ましい実施形態では、前記塩とは、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムまたは炭酸水素ナトリウムをいう。
【0017】
第2態様では、本発明は、本発明のポリペプチドをコードしているヌクレオチド配列が含まれる、単離したポリヌクレオチドを提供する。
【0018】
好ましい一実施形態では、前記ポリヌクレオチドは、配列番号2のアミノ酸配列またはそのポリペプチド相同体をコードしている。
【0019】
本発明の一実施形態では、前記ポリヌクレオチド配列は、
(a)配列番号1の配列を含むヌクレオチド配列、
(b)配列番号1中のヌクレオチド1〜435を含むヌクレオチド配列、または
(c)(a)〜(b)のヌクレオチド配列のうちの一方に相補的なポリヌクレオチド配列
から選択されるものである。
【0020】
第3態様では、本発明は、本発明のポリヌクレオチドを含有するベクターを提供する。
【0021】
好ましい実施形態では、前記ベクターは、細菌プラスミド、ファージ、酵母プラスミド、植物ウイルス、または哺乳動物ウイルス、好ましくはpCAMBIA1301、pEGFP−1、pBI121、pCAMBIA1300、pCAMBIA2301またはpHB、より好ましくはpCAMBIA1301から選択される。
【0022】
第4態様では、本発明は、本発明のベクターを含有する、または本発明のポリヌクレオチドがゲノム内に組み込まれた、遺伝子操作した宿主細胞を提供する。
【0023】
好ましい実施形態では、前記宿主細胞は、原核細胞、下等真核細胞または高等真核細胞、好ましくは細菌細胞、酵母細胞または植物細胞、より好ましくは大腸菌、ストレプトマイセス属、アグロバクテリウム属、酵母、最も好ましくはアグロバクテリウム属から選択される。前記アグロバクテリウム属には、それだけには限定されないが、EHA105、SOUP1301またはC58、好ましくはEHA105が含まれる。
【0024】
第5態様では、本発明は、本発明の転写因子と結合することができる、配列番号3の配列が含まれるシス作用性要素を提供する。
【0025】
好ましい実施形態では、前記シス作用性要素はTGCTANN(A/T)TTGの配列を有しており、NはA、C、GまたはTから選択される。
【0026】
別の好ましい実施形態では、前記シス作用性要素は、本発明の転写因子のジンクフィンガー構造的ドメインと結合する。
【0027】
別の好ましい実施形態では、前記シス作用性要素と本発明の転写因子との結合は、植物における渇水および塩に対する感受性を増加させることができる。
【0028】
第6態様では、本発明は、ジンクフィンガー転写因子タンパク質またはポリヌクレオチドの拮抗剤を提供する。
【0029】
好ましい実施形態では、拮抗剤は、低分子干渉RNA、抗体またはアンチセンスオリゴヌクレオチドである。
【0030】
第7態様では、本発明は、本発明のジンクフィンガー転写因子を阻害すること、本発明のポリヌクレオチドの発現を阻害すること、またはシス作用性要素と本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子との結合を阻害することが含まれる、植物における渇水および塩の耐性を改善させる方法を提供する。
【0031】
好ましい一実施形態では、前記阻害は、欠失、突然変異、RNAi、アンチセンスまたはドミナントネガティブ調節の方法によって実施する。
【0032】
別の好ましい実施形態では、前記阻害には、1つまたは複数のアミノ酸またはヌクレオチドの置換、欠失、または挿入を本発明の転写因子または本発明のポリヌクレオチドに導入することが含まれ、それにより、改善された渇水および塩の耐性を有する前記植物がもたらされる。
【0033】
配列番号2のアミノ酸配列による別の好ましい実施形態では、前記阻害は、アミノ酸69でアスパラギンをアスパラギン酸に突然変異させること、アミノ酸162でアラニンをスレオニンに突然変異させることを含み、それにより、これらの突然変異配列を有する植物が改善された渇水および塩の耐性を有することとなる。
【0034】
別の好ましい実施形態では、前記方法には、本発明の拮抗剤を植物に施用することが含まれる。
【0035】
別の好ましい実施形態では、前記阻害には、本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子を標的とする低分子干渉RNAを含有するベクターを用いて植物を形質転換させること、または前記ベクターを含有する宿主細胞を用いて植物を形質転換させることが含まれる。
【0036】
別の好ましい実施形態では、前記方法には、上述の方法によって得られた、増強された渇水および塩の耐性を有する植物を、非トランスジェニック植物または他のトランスジェニック植物と交雑させることがさらに含まれる。
【0037】
別の好ましい実施形態では、前記塩とは、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムまたは炭酸水素ナトリウムをいう。
【0038】
第8態様では、本発明は、
(i)候補植物における、本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子のレベル、本発明のポリヌクレオチドの発現レベル、および/または本発明のシス作用性要素と本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子との結合レベルを検出するステップと、
(ii)ステップ(i)で検出された候補植物におけるレベルを、対照植物におけるレベルと比較し、候補植物におけるレベルが対照植物におけるそれよりも低い場合は、前記候補植物が渇水および塩に耐性の植物であるステップと
が含まれる、渇水および塩の耐性を有する植物をスクリーニングする方法を提供する。
【0039】
好ましい実施形態では、前記塩とは、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムまたは炭酸水素ナトリウムをいう。
【0040】
第9態様では、本発明は、
(a)本発明の宿主細胞を発現に適した条件下で培養するステップと、
(b)ジンクフィンガータンパク質転写因子を培養培地から単離するステップと
が含まれることを特徴とする、ジンクフィンガータンパク質転写因子を調製する方法を提供する。
【0041】
別の態様では、本発明は、植物における渇水および塩の耐性を改善させるための、本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子またはヌクレオチド配列の阻害剤または非保存的な突然変異配列の使用を提供する。
【0042】
好ましい一実施形態では、前記阻害剤は、前記転写因子またはヌクレオチド配列を標的とする、低分子干渉RNA、抗体、またはアンチセンスオリゴヌクレオチドである。
【0043】
別の好ましい実施形態では、前記非保存的な突然変異配列は、前記非保存的な突然変異配列を含有する植物において本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子またはヌクレオチド配列の翻訳または発現を阻害し、それにより、非保存的な突然変異配列を含有しない野生型植物のそれよりも良好な渇水および塩の耐性をもたらす。
【0044】
別の好ましい実施形態では、前記非保存的な突然変異配列は、2つの突然変異、すなわち、位置205のAからGへの突然変異および位置484のGからAへの突然変異を有する配列番号1のポリヌクレオチド配列、または、2つの突然変異、すなわち、位置69のアスパラギンからアスパラギン酸への突然変異および位置162のアラニンからスレオニンへの突然変異を有する配列番号2のアミノ酸配列である。
【0045】
本発明の一実施形態では、前記植物における渇水および塩の耐性の改善には、
(i)上述の阻害剤(拮抗剤)を植物に直接施用すること、
(ii)上述の非保存的な突然変異配列を植物内に導入すること、または
(iii)非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計し、前記分子マーカーを用いて、非保存的な突然変異配列を有する突然変異植物を別のイネ種と交雑させることで導いた子孫をスクリーニングし、非保存的な突然変異配列を含有する個々の子孫を選択すること
が含まれる。
【0046】
本発明の好ましい一実施形態では、前記分子マーカーは、配列番号10および配列番号11に示す配列を有するプライマー対、ならびに/または配列番号12および配列番号13に示す配列を有するプライマー対を含む。
【0047】
別の態様では、本発明は、(A)本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子またはポリヌクレオチド配列の阻害剤または非保存的な突然変異配列を提供するステップと、(B)植物を、(i)前記阻害剤を植物に直接施用すること、(ii)非保存的な突然変異配列を植物内に導入すること、(iii)非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計し、前記分子マーカーを用いて、非保存的な突然変異配列を有する突然変異植物を別のイネ株と交雑させることからの子孫をスクリーニングし、非保存的な突然変異配列を含有する個々の子孫を選択することから選択される、1つまたは複数の処理に供するステップとが含まれる、植物における渇水および塩の耐性を改善させる方法を提供する。
【0048】
本発明の好ましい一実施形態では、前記分子マーカーは、配列番号10および配列番号11に示す配列を有するプライマー対、ならびに/または配列番号12および配列番号13に示す配列を有するプライマー対である。
【0049】
別の態様では、本発明は、
(1)植物細胞、植物組織または植物器官を、本発明のジンクフィンガータンパク質転写因子の非保存的な突然変異配列を含有する構築体または本発明のポリヌクレオチドの非保存的な突然変異配列を含有する構築体で形質移入するステップと;
(2)非保存的な突然変異配列を含有する植物細胞、植物組織、または植物器官を選択するステップと、
(3)植物をステップ(2)で得られた植物細胞、植物組織または植物器官から再生するステップと
が含まれ、得られたトランスジェニック植物が非トランスジェニック植物よりも高い渇水および塩の耐性を有する、トランスジェニック植物を調製する方法を提供する。
【0050】
別の好ましい実施形態では、前記方法には、得られたトランスジェニック植物を非トランスジェニック植物または別のトランスジェニック植物と交雑させることで、非保存的な突然変異配列を含有するハイブリッド子孫を得ることも含まれ、前記ハイブリッド子孫は非トランスジェニック植物よりも高い渇水および塩の耐性を有しており、好ましくは、前記ハイブリッド子孫は安定した遺伝形質を有する。
【0051】
別の好ましい実施形態では、前記方法には、非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計し、トランスジェニック植物の交雑から得られた子孫をスクリーニングして、改善された渇水および塩の耐性を有する植物を得ることも含まれる。
【0052】
本説明に基づいて、本発明の他の態様が当業者に明らかとなるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、イネDST遺伝子配列(図1A)およびそのコードされているアミノ酸配列(図1B)を示す図である。
【図2】図2は、渇水および塩の条件下における、イネDST遺伝子突然変異体dstの表現型および野生型イネの表現型の比較を示す図である。それぞれのパネルにおいて、野生型(Zhonghua11、ZH11)を左側に示し、dst突然変異体を右側に示す。
【図3】図3は、渇水および塩の条件下における、野生型、DST遺伝子相補作用によって得られたdst突然変異体、およびRNAiによって低下したDST機能を有する植物の表現型の比較を示す図である。
【図4】図4は、Matchmaker(商標)GAL4酵母二重ハイブリッド系3(Clontech)を用いたDST転写活性化の分析を示す図である。
【図5】図5は、電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)の結果を示す図である。
【図6】図6は、イネ科作物間の相同DSTジンクフィンガータンパク質ドメインの配列アラインメント分析を示す図である。
【発明の態様】
【0054】
長期かつ徹底的な調査の後、本発明者らは新規イネジンクフィンガータンパク質転写因子遺伝子DST(渇水および塩の耐性の遺伝子)を発見し、この遺伝子が、植物における渇水および塩の耐性を制御することができる、渇水および塩の耐性の陰性調節因子であること、ならびに、この遺伝子の発現を阻害することで、植物における塩または渇水のストレスに対する耐性を増加させることができることを確認した。したがって、この遺伝子は、渇水および塩に対して耐性である植物の育種において重要な役割を果たす。これらに基づいて、本発明者らは本発明を実施した。
【0055】
具体的には、イネ突然変異体ライブラリ(EMS突然変異誘発)およびマップに基づくクローニング技法を用いて、本発明者らは塩ストレス条件下で大スケールのスクリーニングを行って、イネにおいて渇水および塩の耐性を制御する新規遺伝子DSTを得た。ゲノムDST遺伝子の長さは906bpであり、これにはイントロンがまったく含まれない。したがって、完全長ORF(オープンリーディングフレーム)は906bpである。この遺伝子は、301個のアミノ酸である、保存的なジンクフィンガードメインが含まれる約29KDaのタンパク質をコードしている。このタンパク質は転写因子である。
【0056】
表現型の同定の結果は、この遺伝子の突然変異体(たとえば、2つのヌクレオチド突然変異を有するDST遺伝子の結果、2つのアミノ酸置換がもたらされる)が、渇水および塩の耐性をどちらも示すことを示している。また、この遺伝子の発現をダウンレギュレーションするためにRNAiを使用することでも、増強された渇水および塩の耐性が生じた。
【0057】
生化学的研究の結果は、DSTが、転写活性化ドメインだけでなく、DNA結合ドメインも含む転写因子であることを示している。遺伝子チップ分析は、DSTが一連の下流遺伝子を調節する転写因子として機能することを示している。
【0058】
機能的研究は、野生型と比較して、突然変異体は、より多くの過酸化水素(H)が気孔の周りに蓄積されており、より小さな気孔開口部を有しており、渇水ストレス下で葉が比較的より高い含水量を維持することを可能にすることを示している。したがって、突然変異体はより高い渇水耐性を有する。さらに、突然変異体において気孔開口部がより小さいため、気孔コンダクタンスがより低く、水分蒸発速度がより遅い。その結果、根から地上部(葉など)へのNaイオンの輸送が低下し、したがってNa毒性がより低く、それにより塩耐性が増強される。この研究は、DSTが、ペルオキシダーゼ関連遺伝子の調節に関与しており、過酸化水素(H)の蓄積を制御し、気孔開口部を調節し、それによりイネにおける渇水および塩の耐性に影響が与えられることを示している。
【0059】
上記研究は、DST遺伝子が渇水耐性および塩耐性の陰性調節因子であり、その発現を阻害することで、植物における塩または渇水のストレスに対する耐性を増強させることができることを示している。この特性を使用して、塩ストレスおよび渇水に対して顕著により高い耐性を有するトランスジェニック植物を生じることができる。したがって、DST遺伝子は、作物が塩ストレスおよび渇水などの有害なストレスに耐性する能力を改善させることにおいて、大きな潜在性を有する。
【0060】
さらに、データベース検索により、ソルガム(モロコシ(Sorghum bicolor))ゲノムにおける1個のDST相同遺伝子(タンパク質類似度は54.3%)、トウモロコシ(Zea mays)ゲノムにおける3個のDST相同遺伝子(タンパク質類似度は51.7%、36.1%、および33.5%)、オオムギ(Hordeum vulgare)ゲノムにおける1個のDST相同遺伝子(タンパク質類似度は38.4%)、ならびにサトウキビ(Saccharum officinarum)ゲノムにおける3個のDST相同遺伝子(タンパク質類似度は38.2%、38.2%および34.5%)が明らかとなる。これらの相同遺伝子はすべて、N末端で高い類似度を有する保存的なC2H2型ジンクフィンガー構造的ドメインを有しており、他の植物(好ましくはイネ科)中のDST相同遺伝子がイネDST遺伝子のそれと同様の機能を有することを示唆している。
【0061】
DSTタンパク質またはポリペプチドおよびそのコード配列
本発明では、用語「DSTタンパク質またはポリペプチド」、「DST遺伝子にコードされるタンパク質またはポリペプチド」、または「ジンクフィンガータンパク質転写因子」とは、本発明のDST遺伝子によってコードされているタンパク質またはポリペプチドをいう。これらの定義には、保存的な突然変異を有する上述のタンパク質またはポリペプチドの突然変異体、またはその相同ポリペプチドが含まれる。これらはすべてCys−2/His−2型ジンクフィンガー構造的ドメインを有しており、前記タンパク質またはポリペプチドの発現を阻害した場合に、植物における渇水または塩のストレスに対する耐性を増加させることができる。
【0062】
本発明の一実施形態では、前記転写因子は、ペルオキシダーゼ関連遺伝子の調節に関与する、過酸化水素の蓄積を制御する、および/または気孔開口部を調節し、それによりイネにおける渇水および塩の耐性に影響が与えられる。
【0063】
前記DSTタンパク質またはポリペプチド配列は、(a)配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチド、(b)配列番号2のアミノ酸配列中に1つもしくは複数のアミノ酸残基の置換、欠失もしくは挿入を有しており、植物における渇水および塩の感受性を増加させることができる、(a)に由来するポリペプチド、または(c)Cys−2/His−2型ジンクフィンガー構造的ドメインを有しており、植物における渇水および塩の感受性を増加させることができる、(a)もしくは(b)のポリペプチドのポリペプチド相同体から選択される。好ましくは、前記タンパク質またはポリペプチドはTGCTANN(A/T)TTGと結合することができ、NはA、C、GまたはTを表す。
【0064】
本発明のタンパク質およびポリペプチドは、精製した天然物もしくは化学合成生成物であるか、または、組換え技術を用いて、原核もしくは真核宿主細胞(たとえば、細菌、酵母、高等植物、昆虫および哺乳動物細胞)から産生させることができる。本発明のDSTタンパク質またはポリペプチドは、好ましくは、イネ科(好ましくはイネ)のDST遺伝子またはその相同遺伝子もしくはファミリー遺伝子によってコードされている。
【0065】
本発明のタンパク質またはポリペプチドの突然変異の種類には、それだけには限定されないが、1個または複数(通常は1〜50、好ましくは1〜30、より好ましくは1〜20、最も好ましくは1〜10、たとえば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、または10個)のアミノ酸の欠失、挿入および/または置換、ならびに1個またはいくつか(通常は20個以下、好ましくは10個未満、最も好ましくは5個未満)のアミノ酸のC末端および/またはN末端での付加が含まれる。たとえば、関連するまたは同様の特性を有するアミノ酸を置換する場合、タンパク質またはポリペプチドの機能は通常は変化しないことが当分野で知られている。別の例として、C末端および/またはN末端での1個またはいくつかのアミノ酸の付加は、通常はタンパク質またはポリペプチドの機能を変化させない。たとえば、本発明のDSTタンパク質またはポリペプチドには、開始メチオニン残基が含まれていても、含まれていなくてもよく、それでも植物における重金属または塩のストレスに対する耐性を増加させる活性を有する。当業者は、当分野の一般的知識および/または日常的な実験に基づいて、タンパク質およびポリペプチドの活性に影響を与えない、これらの様々な種類の突然変異を容易に同定することができる。
【0066】
本発明では、用語「保存的な突然変異ポリペプチド」とは、配列番号2のアミノ酸配列と比較して、20個まで、好ましくは10個まで、より好ましくは5個まで、最も好ましくは3個までのアミノ酸が、関連するまたは同様の特性を有するアミノ酸で置換されたポリペプチドをいう。これらの保存的な突然変異ポリペプチドは、アミノ酸置換の以下の表に従って最良に作製することができる。
【0067】
【表1】

【0068】
前記(b)からのタンパク質およびポリペプチドは、ランダム突然変異誘発を生じさせるために放射線照射もしくは突然変異原に曝露させることによって、または部位特異的突然変異誘発もしくは他の知られている分子生物学技法によって、得ることができる。タンパク質またはポリペプチドをコードしている配列を用いて、トランスジェニック植物を構築して、トランスジェニック植物が変更された特徴を有するかどうかに基づいてタンパク質またはポリペプチドをスクリーニングおよび同定することができる。
【0069】
前記ポリペプチドの突然変異体には、相同配列、保存的な突然変異体、対立遺伝子突然変異体、天然の突然変異体、誘導突然変異体、高または低ストリンジェシーの条件下でDSTタンパク質のコード配列とハイブリダイズすることができる配列によってコードされているタンパク質、および抗DSTタンパク質抗血清を用いて得られるポリペプチドまたはタンパク質が含まれる。また、DSTタンパク質またはその断片を含有する融合タンパク質などの他のポリペプチドも、本発明において使用することができる。また、ほぼ完全長のポリペプチドに加えて、本発明にはDSTタンパク質の可溶性断片も含まれる。一般に、前記可溶性断片は、DSTタンパク質配列中の少なくとも約10個の連続したアミノ酸、通常は少なくとも約30個の連続したアミノ酸、好ましくは少なくとも約50個の連続したアミノ酸、より好ましくは少なくとも約80個の連続したアミノ酸、最も好ましくは少なくとも約100個の連続したアミノ酸を含有する。
【0070】
組換え体を産生させるために使用する宿主に応じて、本発明のタンパク質またはポリペプチドは、グリコシル化されていても、またはグリコシル化されていなくてもよい。また、この用語には、DSTタンパク質の活性断片および活性誘導体も含まれる。
【0071】
本説明中、用語「DST遺伝子」、「植物DST遺伝子」、または「本発明の転写因子のコード配列」は互換性がある。これらはすべて、本発明のDSTタンパク質またはポリペプチドをコードしている配列をいう。これらはイネDST遺伝子配列(配列番号1を参照)に高度に相同的であるか、ストリンジェントな条件下で前記遺伝子配列とハイブリダイズすることができる分子であるか、または前記分子に高度に相同的なファミリー遺伝子分子である。前記遺伝子発現を阻害することにより、植物における渇水または塩のストレスに対する耐性の明確な改善がもたらされる。
【0072】
本発明の一実施形態では、前記ポリヌクレオチドには、(a)配列番号1のヌクレオチド配列、(b)配列番号1のヌクレオチド1〜435を有するヌクレオチド配列、または(c)(a)〜(b)のヌクレオチド配列のうちの一方に相補的なポリヌクレオチドが含まれる。
【0073】
本説明中、用語「ストリンジェントな条件」とは、(1)0.2×SSC、0.1%のSDS、60℃などの低イオン強度および高温下でのハイブリダイゼーションおよび洗浄、または(2)50%(v/v)のホルムアミド、0.1%の仔ウシ血清/0.1%のFicoll、42℃などの変性剤の存在下におけるハイブリダイゼーション、または(3)2つの配列間の相同性が少なくとも50%、好ましくは55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、もしくは90%以上、より好ましくは95%以上に達する場合にのみ起こるハイブリダイゼーションをいう。たとえば、前記配列は、(a)に定義した配列に相補的な配列であることができる。
【0074】
本発明のDST遺伝子ヌクレオチド配列の完全長または断片は、通常、PCR増幅、組換えまたは合成方法によって得ることができる。PCR増幅では、関連配列は、本発明中に開示されている関連ヌクレオチド配列、具体的にはオープンリーディングフレームに基づいてプライマーを設計し、市販のcDNAライブラリまたは当業者によって知られている一般的方法を用いて作製したcDNAライブラリを鋳型として使用することによって得ることができる。長い配列を取り扱う場合、通常は2回以上のPCR増幅が必要であり、その後、増幅から得られた断片を正しい順序に従ってアセンブルする。
【0075】
本発明のDST遺伝子は、好ましくはイネに由来することを理解されたい。また、イネDST遺伝子と高い相同性(たとえば、50%以上、好ましくは55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、より好ましくは85%以上、たとえば、85%、90%、95%またはさらには98%の配列同一性)を共有する他の植物から得られた他の遺伝子も、本発明の範囲内にあるとみなされる。また、BLASTなどの配列同一性を比較するための方法およびツールも当分野で周知である。
【0076】
植物ならびに塩および/または渇水のストレスに対するその耐性
本説明中で使用する前記「植物」には、(それだけには限定されないが)イネ科、アオイ科ワタ属植物、アブラナ科アブラナ属、キク科、ナス科、シソ科植物またはセリ科などが含まれる。好ましくは、前記植物はイネ科植物、より好ましくはイネ科作物である。たとえば、前記植物は、イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、サトウキビ、ソルガム、シロイヌナズナ属、綿またはアブラナ、より好ましくはイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、サトウキビまたはソルガムから選択され得る。
【0077】
本説明中で使用する用語「作物」とは、穀物、綿、油などの農業および工業において経済的価値のある植物をいう。経済的価値は、植物の種子、果実、根、茎、葉および他の有用な部分によって反映される場合がある。作物には、それだけには限定されないが、双子葉植物または単子葉植物などが含まれる。好ましい単子葉植物は、イネ科植物、より好ましくはイネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、ソルガムなどである。好ましい双子葉植物には、それだけには限定されないが、アオイ科の綿植物、アブラナ属などのアブラナ科植物、より好ましくは綿およびアブラナが含まれる。
【0078】
本説明中で使用する用語「塩ストレス」とは、植物が高濃度の塩を含有する土壌または水中で成長した場合、その成長が阻害される、またはさらにはそれらが死滅するという現象をいう。塩ストレスを引き起こす塩には、(それだけには限定されないが)塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムまたは炭酸水素ナトリウムが含まれる。本発明のDST遺伝子またはそのコードされているタンパク質もしくはポリペプチドは、植物における塩ストレスに対する耐性を増加させることができる。増加した耐性は、前記遺伝子、タンパク質、またはポリペプチドで処理していない対照植物との比較によって観察することができる。前記植物の成長および発達は高い塩濃度によって影響を受けないもしくは影響がより少ない、または、前記植物はより高い塩濃度を生き延びることができる。
【0079】
本説明中で使用する用語「渇水ストレス」とは、植物が乾燥土壌または他の渇水環境中で成長した場合、その成長が阻害される、またはさらにはそれらが死滅するという現象をいう。本発明のDST遺伝子またはそのコードされているタンパク質もしくはポリペプチドは、渇水ストレスに対する植物の耐性を増加させることができ、増加した耐性は、前記遺伝子、タンパク質、またはポリペプチドで処理していない対照植物との比較によって観察することができる。前記植物の成長および発達は水不足によって影響を受けないもしくは影響がより少ない、または、前記植物はより厳しい渇水条件を生き延びることができる。
【0080】
ベクター、宿主、およびトランスジェニック植物
また、本発明は、DST遺伝子を含有するベクター、および遺伝子工学によって作製した前記ベクターを含有する宿主細胞、および遺伝子形質移入によって作製し、高レベルのDSTを発現するトランスジェニック植物にも関する。
【0081】
慣用の組換えDNA技術(Science、1984、224:1431)を用いて、本発明のコード配列を使用して組換えDSTタンパク質を発現または産生させることができる。一般に、これらには、
(1)適切な宿主細胞を、本発明のDSTタンパク質をコードしているポリヌクレオチド(もしくは突然変異体)、または前記ポリヌクレオチドを含有する組換え発現ベクターで形質移入または形質転換させるステップと、
(2)宿主細胞を適切な培養培地中で培養するステップと、
(3)タンパク質またはポリペプチドを培養培地または細胞から単離および精製するステップと
が含まれる。
【0082】
本発明では、用語「ベクター」および「組換え発現ベクター」は互換性があるように使用することができ、細菌プラスミド、バクテリオファージ、酵母プラスミド、植物細胞ウイルス、哺乳動物細胞ウイルスまたは当分野で周知の他のベクターをいう。手短に述べると、宿主細胞内で複製されることができ、かつ安定である限りは、任意のプラスミドおよびベクターを使用することができる。発現ベクターの1つの重要な特長は、これらが通常は複製起点、プロモーター、マーカー遺伝子および翻訳制御要素を含有することである。
【0083】
当業者に周知の方法を用いて、DSTコード配列および適切な転写/翻訳制御シグナルを含有する発現ベクターを構築することができる。これらの方法には、in vitro組換えDNA技術、DNA合成技術、およびin vivo組換え技術などが含まれる。前記DNA配列を発現ベクター中で適切なプロモーターと有効に連結させて、mRNAの合成を指示することができる。また、発現ベクターには、翻訳開始のためのリボソーム結合部位および転写終結部位も含まれる。本発明では、pEGFP−1、pBI121、pCAMBIA1300、pCAMBIA1301、pCAMBIA2301またはpHBを使用することが好ましい。
【0084】
さらに、発現ベクターには、好ましくは、真核細胞培養物において使用するためのジヒドロ葉酸還元酵素、ネオマイシン耐性および緑色蛍光タンパク質(GFP)、または大腸菌において使用するためのテトラサイクリンもしくはアンピシリン耐性などの、形質移入した宿主細胞を選択するための表現型を提供する1つまたは複数の選択マーカー遺伝子が含まれる。
【0085】
上述のDNA配列および適切なプロモーターまたは制御要素を含有するベクターを用いて適切な宿主細胞を形質転換させ、これらがタンパク質またはポリペプチドを発現することを可能にすることができる。宿主細胞は、細菌細胞などの原核細胞、または酵母細胞などの下等真核細胞、または植物細胞などの高等真核細胞であることができる。代表的な例には、大腸菌、ストレプトマイセス属、アグロバクテリウム属、酵母などの真菌細胞、植物細胞等が含まれる。本発明では、宿主細胞は、好ましくはアグロバクテリウム属である。
【0086】
本発明のポリヌクレオチドを高等真核細胞中で発現させるために、エンハンサー配列がベクター内に挿入されている場合は転写を増強させることができる。エンハンサーは、DNAシス作用性因子であり、通常は約10〜300bpであり、プロモーターに作用して遺伝子転写を増強させる。当業者は、適切なベクター、プロモーター、エンハンサーおよび宿主細胞をどのように選択するかを知っているであろう。
【0087】
得られた形質転換体を、慣用の方法を用いて培養し、本発明の遺伝子によってコードされているポリペプチドを発現させることができる。宿主細胞に応じて、培養に使用する培養培地は任意の慣用の培地から選択され得る。培養は、宿主細胞の成長に適した条件下で実施することができる。宿主細胞が適切な細胞密度まで成長した際、適切な方法(温度シフトまたは化学誘導など)を用いて選択したプロモーターを誘導し、その後、培養をさらなる期間の間続ける。
【0088】
上記方法から得られた組換えポリペプチドは、細胞中で発現、細胞膜上で発現、または細胞から外分泌されることができる。必要な場合は、組換えタンパク質は、その物理的、化学的、および他の特性に基づいて、様々な単離方法を用いて単離および精製することができる。これらの方法は当業者に周知である。これらの方法の例には、それだけには限定されないが、慣用の再生処理、タンパク質沈降剤を用いた処理(塩析方法)、遠心分離、細菌の浸透圧溶解、超音波処理、超遠心、モレキュラーシーブクロマトグラフィー(ゲル濾過)、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)および様々な他の液体クロマトグラフィー技術ならびにその組合せが含まれる。
【0089】
植物の形質転換は、葉ディスクのアグロバクテリウム属媒介形質転換などの、アグロバクテリウム属形質転換または遺伝子銃形質転換等を用いて達成し得る。形質転換させた植物細胞、組織または器官は、慣用の方法を用いて植物へと再生することができ、それにより、疾患に対する耐性が改善された植物がもたらされる。
【0090】
シス作用性要素
本説明中で使用する用語「シス作用性要素」とは、遺伝子の隣接領域に位置し、遺伝子発現に影響を与えることができる配列をいう。その機能は、遺伝子発現の調節に関与することである。シス作用性要素自体はどのようなタンパク質もコードしておらず、これは作用部位を提供するのみである。これは、トランス作用性因子と相互作用することでその機能がもたらされる。
【0091】
研究により、本発明者らは、本発明のDSTタンパク質がDNA結合能力を有することを見出した。その核心的な結合要素は、シス作用性要素TGCTANN(A/T)TTGであり、NはA、C、GまたはTを表す。本発明のシス作用性要素は、DST転写因子と結合し、植物における渇水および塩に対する感受性を増加させ、それにより植物における渇水および塩の耐性を低下させる。前記シス作用性要素は、好ましくはDSTのジンクフィンガードメインと相互作用する。
【0092】
逆に、シス作用性要素と本発明のDST転写因子との間の相互作用を阻害した場合、これは、植物における増強された渇水および塩の耐性をもたらすであろう。
【0093】
植物における渇水および塩の耐性を増強させる方法
本説明中に記載のように、本発明のDSTタンパク質、そのコード配列またはDSTタンパク質とシス作用性要素との結合は、植物における渇水および塩の耐性と密な関係性を有する。DSTタンパク質、そのコード配列またはDSTタンパク質とシス作用性要素との結合を阻害することは、植物において増強された渇水および塩の耐性をもたらすであろう。
【0094】
したがって、本発明は、DSTタンパク質、そのコード配列、またはDSTタンパク質とシス作用性要素との結合を阻害することによって植物における渇水および塩の耐性を増強させる方法も提供する。
【0095】
本発明の一実施形態では、DSTタンパク質またはそのコード配列の拮抗剤を用いて、その発現を阻害することができる。前記拮抗剤には、それだけには限定されないが、低分子干渉RNA、抗体、ドミナントネガティブ調節因子またはアンチセンスオリゴヌクレオチドが含まれる。当業者には、DSTタンパク質またはそのコード配列が分かれば、前記拮抗剤をスクリーニングおよび得るために、慣用の方法および試験をどのように使用するかが分かるであろう。
【0096】
本発明中で使用する用語「非保存的な突然変異」または「非保存的突然変異」とは、DSTタンパク質またはそのコード配列中の1つまたは複数のアミノ酸またはヌクレオチドの置換、欠失または挿入(好ましくは非保存的)をいい、それにより、植物における増強された渇水および塩の耐性がもたらされる。
【0097】
本発明の別の実施形態では、当分野で知られている方法を用いて、本発明のDSTタンパク質またはそのコード配列中に非保存的な突然変異を導入し得る。たとえば、DSTタンパク質コード配列中のヌクレオチド突然変異を用いて、配列番号2を含有するDSTタンパク質のアミノ酸配列中に非保存的な突然変異を導入し、突然変異配列を含有する植物に増強された渇水および塩の耐性を与え得る。たとえば、アミノ酸69でのアスパラギンからアスパラギン酸への突然変異、またはアミノ酸162でのアラニンからスレオニンへの突然変異である。
【0098】
本発明の別の実施形態では、DST遺伝子またはタンパク質の発現が阻害されたトランスジェニック植物を調製することができ、これらのトランスジェニック植物を、非トランスジェニック植物または他のトランスジェニック植物と任意選択で交雑させ得る。たとえば、植物を、DSTタンパク質もしくはそのコードされているタンパク質または前記ベクターを保有する宿主細胞を特異的に標的とする、低分子干渉RNAを含有するベクター、アンチセンスベクター、ドミナントネガティブ調節ベクターで形質転換させることができる。
【0099】
渇水および塩に耐性の植物をスクリーニングする方法
本発明のDST遺伝子およびそのコードされているタンパク質の独特の特性によれば、本発明には、渇水および塩に耐性の植物をスクリーニングする方法がさらに含まれる。
【0100】
一実施形態では、本発明のスクリーニング方法には、(i)候補植物における、本発明のDSTジンクフィンガータンパク質転写因子のレベル、それをコードしているポリヌクレオチドの発現レベル、および/または本発明のシス作用性要素とDSTジンクフィンガータンパク質転写因子との結合のレベルを評価するステップと、(ii)ステップ(i)で候補植物において検出されたレベルを、対照植物における対応するレベルと比較し、候補植物におけるレベルが対照植物におけるそれよりも低い場合は、候補植物が渇水および塩に耐性の植物であるステップとが含まれる。
【0101】
別の実施形態では、当分野で知られている分子マーカー選択技法を用いて、渇水および塩の耐性のDST遺伝子を他の変異体内に導入し、渇水および塩に耐性のある新しい変異体をスクリーニングおよび培養し得る。前記方法では、慣用の交雑方法を使用し得る。その利点は、遺伝子移入が必要ないため、遺伝子移入の安全性の懸念が回避されることである。前記方法には、非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計すること、前記分子マーカーを用いて、非保存的な突然変異配列を有する突然変異体を他のイネ変異体と交雑させることからの子孫をスクリーニングし、それにより、前記非保存的な突然変異配列を保有する個々の植物を選択することが含まれ得る。
【0102】
本発明の主な利点
本発明の主な利点には、
(1)DST遺伝子およびそのコードされているタンパク質またはポリペプチドを同定し、植物における渇水および塩の耐性とのその関係性を確認し、それにより、植物における渇水および塩の耐性を研究するための新しい方法を提供すること、
(2)増強された塩または渇水のストレス耐性を有するトランスジェニック植物を提供し、それにより、穀物、綿および油を生産および加工するための優れた原材料および生成物を提供すること、ならびに
(3)慣用の交雑方法を用いて、遺伝子移入を必要とせずに実現することができる、分子マーカーを用いて渇水および塩に耐性の子孫をスクリーニングする方法を提供し、それにより、遺伝子移入の安全性の懸念が回避されること
が含まれる。
【0103】
本発明は、応用に大きな潜在性を有する、植物における塩または渇水のストレスに対する耐性を改善させる新しい手法を提供する。
【実施例】
【0104】
以下の説明は、具体的な実施例と組み合わせて本発明をさらに例示する。これらの実施例は、本発明を説明するために使用し、本発明の範囲を限定するために使用されるべきではないことを理解されたい。
【0105】
以下の実施例では、実験方法中に条件が指定されていない場合は、これらは通常は慣用の条件(たとえば、Sambrookら、「Molecular Cloning:A Laboratory Manual」、第3版、2001、Cold Spring Harbor Laboratory Pressを参照されたい)または製造者の提案に従った条件に基づく。別段に指定しない限りは、百分率および比は重量に基づいて計算する。
【0106】
別段に定義しない限りは、本説明中で使用するすべての専門用語および科学用語は、当業者に周知のものと同じ意味を持つ。さらに、本説明中に記載したものと同様または均等の任意の方法および材料を、本発明で使用し得る。本説明中に記載した好ましい方法および材料は、例示のためのみに使用する。
【0107】
実施例中で使用する様々な培地(YEB液体培養培地、AB液体培養培地、AAM液体培養培地、N6D培養培地、N6DC培養培地、同時培養培地、選択培養培地N6DS1、N6DS2、分化前培養培地、分化培養培地、1/2MS0H培養培地、イネ培養培地、SD培養培地など)は、関連文献(Molecular Cloning:Laboratory Manual(New York:Cold Spring Harbor Laboratory Press、1989、Hiei,Y.ら、Plant J.、1994、6、271〜282)中の説明に従って調製する。
【0108】
(実施例1)
イネDST遺伝子移入実験
1.高い渇水および塩の耐性を有するDST突然変異体の作製、その特徴および細胞内局在化
イネ種子を0.6%のEMS(エチルメタンスルホン酸)で処理して、約9,000個のイネ突然変異体系を含有するイネ突然変異体ライブラリを構築する。140mMの塩化ナトリウムの塩ストレス下で、イネ突然変異体ライブラリの大スケールスクリーニングを実施した。候補突然変異体を140mMの塩化ナトリウムの塩ストレスおよび20%のPEG4000の模擬渇水ストレスに繰り返し供することによって、塩および渇水の耐性の表現型を確認した。高度に渇水および塩に耐性の突然変異体(dst)が得られる。
【0109】
分子マーカーを用いて、DST遺伝子をイネ染色体3上に予め配置する。dst突然変異体を塩感受性株と交雑させることによって、大スケールのF2子孫が構築される。分子マーカーを用いて交雑した子孫を群からスクリーニングし、交雑した子孫の遺伝子型および表現型と組み合わせて、マップに基づくクローニングを行った。これにより、DST遺伝子のクローニングの成功がもたらされた。前記DST遺伝子は、保存的なC2H2型ジンクフィンガードメインを有する未知の機能のジンクフィンガータンパク質(転写因子)をコードしている。他のDST相同コピーはイネゲノム中に見つからず、シロイヌナズナ属ゲノム中に相同遺伝子は見つからない。前記ゲノム遺伝子の長さは906bpであり、イントロンを含まない。完全長ORF(オープンリーディングフレーム)の長さは906bpであり、301個のアミノ酸をコードしている。タンパク質産物の分子量は29KDaであると推定される(図1)。配列比較分析は、この突然変異体中のDST遺伝子は2つのヌクレオチド突然変異を含有しており、これが2つのアミノ酸置換(アミノ酸69はアスパラギンからアスパラギン酸へと突然変異しており、アミノ酸162はアラニンからスレオニンへと突然変異している)をもたらし、その結果、渇水および塩の耐性の表現型がもたらされることを示している。この観察は、DSTが渇水および塩の耐性の陰性調節因子であることを示している。
【0110】
DSTの細胞内局在化を決定するために、DSTおよびGFP(緑色蛍光タンパク質)の融合構築体を生成し、一過性発現のために遺伝子銃方法を用いてタマネギ表皮細胞内に移す。蛍光共焦点顕微鏡を用いて、細胞内の蛍光の位置を調査する。この細胞内局在化研究によって、DSTは核中に特異的に位置することが見出される。
【0111】
2.DSTゲノム断片を含有する導入遺伝子プラスミドの構築:
野生型イネBACクローンをApaLI制限酵素で消化し、次いでT4 DNAポリメラーゼで平滑末端を生じさせ、その後、これをSalI制限酵素で消化する。したがって、4.6kbの野生型ゲノム断片(DST、プロモーター領域、およびストップコドンと共に下流領域を有する完全長ORFを含有する)が回収される。植物発現バイナリーベクターpCAMBIA1301(CAMBIAから購入)をEcoRIで消化し、次いでT4 DNAポリメラーゼで平滑末端を生じさせ、その後、これをSalIで消化し、その後、上述の回収した断片とライゲーションさせて、p−DSTプラスミドの構築を成功させ、これを突然変異体の形質転換および相補性実験の実施に使用する。すべての酵素はNew England Biolabsから購入する。
【0112】
3.DST−RNAi発現プラスミドの構築:
5’および3’末端のオリゴヌクレオチドをプライマー(配列番号4および5)として使用して、独特のコード領域(535bp)を有するDST断片をPCRによって増幅する。この断片をp1300RNAiベクター(カタラーゼイントロンをリンカーとして挿入し、両末端をポリAおよびポリTによって隣接させることで、pCAMBIA1300を改変することによって得られる)とライゲーションさせて、DST−RNAiプラスミドを構築する。
【0113】
5’オリゴヌクレオチドプライマー配列は5’−AAGCTTTCCTTGCGAAGCCAAATAGC−3’(配列番号4)であり、3’プライマー配列は5’−GGATCCCGAGGCTCAAGTTGAGGTCGA−3’(配列番号5)である。
【0114】
4.DSTトランスジェニックイネ:
上述の2つの組換えプラスミドを、凍結溶融方法を用いてアグロバクテリウム属株EHA105内に移す。0.5〜1μg(約10μl)のプラスミドDNAをそれぞれ200μlのEHA105コンピテント細胞に加え、混合し、その後、氷上、液体窒素中および37℃の水浴中に次々、それぞれ5分間ずつ入れる。反応混合物を新鮮なYEB液体培養培地で1mlまで希釈し、その後、振盪しながら28℃で2〜4時間インキュベーションする。200μlのアリコートをとり、カナマイシン(Kan)抗生物質(50μg/ml)を含有するYEBプレート上に薄く塗る。プレートを28℃で2〜3日間インキュベーションする。得られたコロニーを、Kan(50μg/ml)を含有するYEBプレート上に3回画線して、単一コロニーを選択する。
【0115】
単一のアグロバクテリウム属コロニーをYEBプレートから拾い、50μg/mlのKan抗生物質を含有する3mlのYEB液体培養培地に接種し、振盪しながら28℃で終夜インキュベーションする。2日目に、1%の接種液を、50μg/mlのKan抗生物質を含有する50mlのAB液体培地に移し、振盪しながら200rpmで、OD600が約0.6〜0.8に達するまでインキュベーションを続ける。新鮮なアグロバクテリウム属培養物を5000rpm、4℃で5分間遠心分離する。ペレットを収集し、1/3倍体積のAAM液体培養培地に再懸濁させる。この懸濁液を用いて、様々なイネレシピエント物質を形質転換させることができる。
【0116】
この実験では、慣用のアグロバクテリウム属媒介形質転換方法を使用して、イネZhonghua11(またはその突然変異体)の胚カルスを形質転換させる。Zhonghua11の未成熟種子(受粉後12〜15日間)を70%のエタノールに1分間浸し、NaClO溶液(水と1:3で混合、2〜3滴のTween20を加える)中で90分間以上滅菌し、種子を滅菌水で4〜5回すすぐ。その後、メスおよびピンセットを用いて種子からの胚を拾い出し、N6D培養培地上にプレートし、26±1℃、暗所で培養することによってカルス組織の形成を誘導する。4日間後、形質転換の準備が整う。
【0117】
得られた胚カルス組織を、新鮮なAAMアグロバクテリウム属液体培地中に、頻繁に振盪しながら浸す。20分後にイネ物質を除去し、無菌的濾紙を用いて過剰の細菌溶液を除去し、その後、無菌的濾紙で覆ったN6DC培養培地上に移し、26℃で3日間同時培養する。アセトシリンゴンを、アグロバクテリウム属Vir遺伝子活性化剤として100μmol/Lの濃度で同時培養培地に加える。
【0118】
3日後、カルス組織を同時培養培地から取り出し、胚芽を切り離し、選択のためにN6DS1選択培地(25mg/lのHygを含有するN6D培地)に移す。7〜12日後、耐性カルス組織をN6DS2(50mg/lのHygを含有するN6D培地)選択培地に移し、選択を続ける。
【0119】
10〜12日後、活発に成長中の耐性カルス組織を分化前培養培地に移し、約1週間インキュベーションする。その後、これらを分化培養培地に移して分化させる(12時間の光/日)。再生した実生が1/2MS0H培養培地中で根を伸ばした後、これらをポットの土壌に移し、気候制御したチャンバ中で成長させる。
【0120】
再生した植物が移植を生き延びた後、当分野で知られている方法を用いて、β−グルコシダーゼ(ベータ−グルクロニダーゼ、GUS、Jeffersonら、EMBO J.、6、3901〜3907、1987を参照)を検出することによって、または葉に0.1%の除草剤をスメアすることによって、陽性トランスジェニック植物を同定する。全DNAを陽性トランスジェニック植物の葉から抽出し、PCRを用いてこれらのトランスジェニック植物をさらに検証する。
【0121】
続く実験では、上記方法によって得られたT2世代のトランスジェニック植物を用い、渇水および塩のストレス(140mMのNaCl)処理下で渇水および塩の耐性の表現型を調査して、DST遺伝子の機能を確認する。
【0122】
(実施例2)
トランスジェニック植物の栽培ならびに渇水および塩のストレスの試験
実施例1で得られたトランスジェニックイネの種子をとり、45℃のオーブン中で1週間インキュベーションして、休眠状態を中断させる。その後、これらを水道水に室温で3日間浸し、刺激して37℃で2日間発芽させる。発芽後、これらを96ウェルプレート中にスポット播種する。その後、これらを光インキュベーターに移し、30℃でインキュベーションし、1日13時間露光させた。1日後、温度を28℃および26℃まで徐々に下げ、これらをそれぞれ1日間インキュベーションし、20℃で夜に培養する。実生がすべて成長した後、水道水をイネ培養培地に置き換え、培養を続ける。
【0123】
約14日間の培養後、実生は2枚の葉および1つのハート(heart)の状態まで成長する。これらを、140mMのNaClを含有するイネ培養培地中での塩処理に12日間、または渇水(draught)ストレスを模倣するために20%(m/v)のPEG−4000を含有するイネ培養培地中でのPEG処理に7日間供する。
【0124】
PVPパイプ(ポリビニルピロリドン製パイプ、高さ1.2m、直径20cm、パイプの底部に2つの排水穴)中での渇水処理に関して、水インキュベーター中で25日間成長させた実生を、土壌を含有するPVPパイプ内に移植し、実生を気候制御したチャンバ中で培養する。温度は24℃〜30℃であり、湿度は50%〜60%である。移植の30日後に排水し、底部の排水穴を開いて排水し、渇水処理を12日間行う。
【0125】
図2および図3は実験結果を示す。図2に示すように、イネ突然変異体dstは、野生型(Zhonghua11、ZH11)よりも顕著に高い渇水および塩の耐性を有する。観察および比較により、野生型と比較して、突然変異体は、より多くの過酸化水素(H)が気孔の周りに蓄積されており、より小さな気孔開口部を有しており、渇水ストレス下で葉中に比較的より高い含水量を有することも判明した。したがって、突然変異体はより高い渇水耐性を有する。さらに、突然変異体は、より小さな気孔開口部、より低い気孔コンダクタンス、およびより遅い水分蒸発速度を有することが理由で、根から地上部(葉など)へのNaイオンの輸送が低下され、Na+毒性が軽減されるため、増加した塩耐性を有する。
【0126】
図3に示すように、野生型イネ(Zhonghua11、ZH11)からのDSTゲノム断片をdst突然変異体内に形質移入することで、トランスジェニック補完植物において野生型の渇水および塩の感受性の表現型が回復する一方で、DSTの発現レベルをRNAi(Zhonghua11の形質転換させる)によって低下させた場合は、Zhonghua11のける渇水および塩の耐性は顕著に増強される。
【0127】
これらの結果は、DST遺伝子のクローニングが成功し、DSTに関与する遺伝子工学を用いて、イネにおけるストレス耐性を顕著に増加させることができることを示している。
【0128】
(実施例3)
DST転写活性化の活性の分析
Matchmaker GAL4酵母二重ハイブリッド系3(Clontech)を用いてDST転写活性化を分析する。陽性対照ベクターpADを構築するために、NLSおよびGAL4活性化ドメイン(AD)配列をPCRによって増幅し、pGBKT7(Clontechから購入)のBamHI/SalI切断部位内に挿入して(プライマーは配列番号6および7である)、pGBKT7中のGAL4 DNA結合ドメイン(BD)と融合させる。
【0129】
その後、PCRを用いてDST完全長ORFを増幅する(プライマーは配列番号8および9である)。配列決定による確認の後、PCR産物をpGBKT7ベクター内にBamHIおよびSalI部位で構築し、GAL4 DNA結合ドメインと融合させて、pGBKT7−DSTベクターが得られる。その後、様々なベクターを酵母AH109内に形質転換させる。終夜成長させた後、培養物を希釈し、Trpを含まないまたは3つのアミノ酸を含まない(−Trp/−His/−Ade)SD培養培地上にプレートする。その後、酵母の成長を観察し、DST転写活性化の活性を決定する。
【0130】
オリゴヌクレオチドプライマー配列は、
5’−AAAGGATCCAAGCGGAATTAATTCCCGAG−3’(配列番号6)、
5’−AAAGTCGACCCTCTTTTTTTGGGTTTGGTGG−3’(配列番号7)、
5’−AAAGGATCCTGATGGACTCCCCGTCGCCT−3’(配列番号8)、
5’−AAAGTCGACCGAGGCTCAAGTTGAGGTCGAG−3’(配列番号9)
である。
【0131】
結果を図4に示す。図に示すように、イネDSTタンパク質は転写活性化の活性を有する一方で、突然変異体DSTタンパク質およびN末端欠失を有するタンパク質は転写活性化の活性を失う。
【0132】
結果は、pGBKT7−DSTがより強力な転写活性化の活性を有しており、転写活性化ドメインがN末端に位置することを示しており、DSTが転写活性化の活性を有する転写因子であることを示している。
【0133】
(実施例4)
DSTタンパク質の分析および電気泳動移動度シフトアッセイ
1.原核タンパク質発現:
pGBKT7−DSTベクターをEcoRIおよびSalIで消化してDST完全長cDNAを得て、その後、これをpET32a(+)内に再構築する。組換えDSTを含有する原核発現ベクターpET32a(+)をBL21内に形質移入し、IPTGを用いて原核発現を誘導し、その後、Hisタグカラム(ビーズ)を用いてタンパク質を精製する。
【0134】
2.抗体の産生:
慣用の方法を用いてウサギを上述の精製したタンパク質で免疫化して、抗DST抗体を産生させる。
【0135】
3.プローブを合成し、ビオチンで標識し、PAGEゲル上で精製し、標識したプローブを電気溶出によって回収する。
【0136】
4.標識したプローブを精製した原核発現させたDSTタンパク質と反応させた。その後、複合体をネイティブPAGE電気泳動に供し、セミドライ転写法(semi−dry membrane transger methods)を用いてナイロン膜上に移す。その後、オートラジオグラフィーのためにナイロン膜をX線フィルムに曝露させて、シフトバンドを観察する。
【0137】
図5は実験結果を示す。図5に示すように、DSTはDNA結合能力を有する。DST結合の核心的な要素は、シス作用性要素TGCTANN(A/T)TTG(配列番号3)である。
【0138】
本研究は、DSTと前記シス作用性要素との結合が下流遺伝子の発現を調節し、それにより植物における渇水および塩の耐性に影響が与えられることを示している。したがって、DSTとシス作用性要素との結合は、渇水および塩の耐性の陰性調節において重要な役割を果たす。
【0139】
(実施例5)
様々な植物におけるDST遺伝子相同体の存在
データベース検索(http://plantta.jcvi.org/index.shtml)により、ソルガム(モロコシ(Sorghum bicolor))ゲノムにおける1個のDST遺伝子相同体(54.3%のタンパク質類似度)、トウモロコシ(Zea mays)ゲノムにおける3個の遺伝子相同体(51.7%、36.1%、および33.5%のタンパク質類似度)、オオムギ(Hordeum vulgare)ゲノムにおける1個のDST遺伝子相同体(38.4%のタンパク質類似度)、サトウキビ(Saccharum officinarum)ゲノムにおける3個の遺伝子相同体(38.2%、38.2%および34.5%のタンパク質類似度)が明らかとなる。
【0140】
これらの遺伝子相同体はすべて保存的なC2H2型ジンクフィンガードメインを有する。これらは同一のジンクフィンガードメインを共有する。同時に、類似度はN末端ドメイン中で高い(図6はこれらの遺伝子相同体の共有配列を示す。共有配列は、DGKDVRLFPCLFCNKKFLKSQALGGHQNAHKKERSIGWNPYFYM、すなわち配列番号2中の位置42〜85である)。C2H2型ジンクフィンガータンパク質は、ジンクフィンガードメインを介してシス作用性要素と結合する。したがって、これらの遺伝子相同体とシス作用性要素との間に対応する関係性が存在し、他のイネ科作物のDST遺伝子相同体がイネDST遺伝子のそれと同様の機能を共有し得ることを示している。
【0141】
(実施例6)
イネおよび他の作物のDST遺伝子分子マーカーの応用−作物における耐性を改善させるための、作物育種における補助的選択技法
化学的突然変異誘発(EMS)によって、DST遺伝子中の2つのヌクレオチド突然変異を生じさせ(ヌクレオチド205でAがGに突然変異しており、ヌクレオチド484でGがAに突然変異している)、2つのアミノ酸置換を生じさせ(位置69でアスパラギンがアスパラギン酸に突然変異しており、位置162でアラニンがスレオニンに突然変異している)、それにより、渇水耐性および塩耐性の表現型がもたらされる。増幅産物に第1の点突然変異および第2の点突然変異がそれぞれ含まれるように、以下の2つのプライマー対、SNP5およびSNP3を前記遺伝子中で設計する。
SNP−5S:ATGGACTCCCCGTCGCCT(配列番号10)
SNP−5A:GTGCGCCGGGAGAAGCCC(配列番号11)
SNP−3S:GCGGTGCCGACGTCGTTCCC(配列番号12)
SNP−3A:GCCGCCGTCGTCGTCGTCTTC(配列番号13)
【0142】
第1の点突然変異はScrFI制限酵素の切断部位を生じる一方で、第2の点突然変異はBstUI制限酵素の切断部位を破壊する。プライマーSNP5を用いて得られた増幅産物をScrFIで消化することで、野生型では311bp、85bp、および31bpの断片が得られる一方で、突然変異体の増幅産物では202bp、109bp、85bp、および31bpの断片が得られ、それにより多型性が生じる。SNP3プライマーを用いて得られた増幅産物をBstUIで消化することで、野生型では66bp、40bp、および25bpの断片が得られる一方で、突然変異体の増幅産物では91bpおよび40bpの断片が得られ、それによりやはり多型性が生じる。したがって、これら2つのプライマー対、SNP5およびSNP3は、分子マーカー補助の選択的育種で使用するための分子マーカーとして使用することができる。
【0143】
渇水および塩に耐性のdst突然変異体を用いてイネ変異体と交雑させ、子孫を1つの分子マーカーまたは2つの分子マーカーについてスクリーニングして、DST突然変異体遺伝子を保有する個体を選択する。その後、渇水および塩の耐性が増加した新しい変異体(系)を培養する。
【0144】
前記方法では、慣用の交雑方法を、遺伝子移入を用いずに使用し、それにより、遺伝子移入に関連する安全性の懸念が回避される。したがって、そのような方法が有利である。
【0145】
本発明中で引用したすべての文献は、それぞれの文献を単独で参照した場合と同様に、本出願の参考文献として使用する。さらに、当業者は、上述の本発明の説明を読んだ上で、本発明の様々な態様を変化または変更できることを理解されたい。これらの均等物は、本出願中の添付の特許請求の範囲の範囲内にある。
【図1A】

【図1B】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2のアミノ酸42〜85の配列を含むポリペプチド、その保存的な突然変異ポリペプチド、または、そのポリペプチド相同体を含むことを特徴とする、ジンクフィンガータンパク質転写因子。
【請求項2】
前記ポリペプチドが、
(a)配列番号2のアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b)1つもしくは複数のアミノ酸残基が置換、欠失、もしくは挿入されており、植物における渇水および塩に対する感受性を増加させることができる、(a)に由来するポリペプチド、または
(c)Cys−2/His−2型ジンクフィンガー構造的ドメインを含み、植物における渇水および塩に対する感受性を増加させることができる、(a)〜(b)のポリペプチドのポリペプチド相同体
から選択されることを特徴とする請求項1に記載の転写因子。
【請求項3】
請求項1に記載のポリペプチドをコードしているポリヌクレオチド配列を含むことを特徴とするポリヌクレオチド。
【請求項4】
前記ポリヌクレオチドの配列が、
(a)配列番号1の配列を含む配列、
(b)配列番号1の1〜435の配列を含む配列、または
(c)(a)〜(b)の配列のうちのいずれか一方に相補的な配列
から選択されることを特徴とする、請求項3に記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項3に記載のポリヌクレオチドを含むことを特徴とするベクター。
【請求項6】
請求項5に記載のベクターまたはその中に請求項3に記載のポリヌクレオチドが組み込まれているゲノムを含むことを特徴とする、遺伝子操作した宿主細胞。
【請求項7】
配列番号3の配列を含み、かつ、請求項1に記載の転写因子と結合することができるシス作用性要素。
【請求項8】
請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子または請求項3に記載のポリヌクレオチドの、阻害剤または非保存的な突然変異配列。
【請求項9】
植物における渇水および塩の耐性を改善させる方法であって、前記方法は、
請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子を阻害すること、
請求項3に記載のポリヌクレオチドの発現を阻害すること、または
請求項7に記載のシス作用性要素と請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子との間の結合を阻害すること
を含み、
前記方法は、好ましくは、前記植物において請求項8に記載の阻害剤を使用すること、または、請求項8に記載の非保存的な突然変異配列を生じさせることを含み、より好ましくは、配列番号1のヌクレオチド配列もしくは配列番号2のアミノ酸配列中に非保存的な突然変異を導入すること、または、前記ヌクレオチド配列もしくは前記アミノ酸配列の阻害剤を使用することを含み、より好ましくは、配列番号1のヌクレオチド配列中において、ヌクレオチド205のAからGへの突然変異、および、484位のGからAへの突然変異を導入すること、または、配列番号2のアミノ酸配列中において、アミノ酸69のアスパラギンからアスパラギン酸への突然変異、および、アミノ酸162のアラニンからスレオニンへの突然変異を導入することを含む、方法。
【請求項10】
渇水および塩に耐性の植物を選択する方法であって、
(i)候補植物における、請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子のレベル、請求項3に記載のポリヌクレオチドの発現レベル、および/または、請求項7に記載のシス作用性要素と請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子との間の結合のレベルを決定するステップと、
(ii)ステップ(i)で決定された、候補植物におけるレベルを対照植物における対応するレベルと比較するステップであって、候補植物におけるレベルが対照植物におけるレベルのそれよりも低い場合は、候補植物が渇水および塩に耐性の植物である、ステップと
を含む、方法。
【請求項11】
植物における渇水および塩の耐性を改善させることにおける、請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子または請求項3に記載のヌクレオチド配列の、阻害剤または非保存的な突然変異配列の使用であって、
前記阻害剤が、好ましくは、前記転写因子または前記ヌクレオチド配列を標的とする、低分子干渉RNA、抗体、またはアンチセンスオリゴヌクレオチドである、使用。
【請求項12】
請求項11に記載の使用であって、
前記植物における渇水および塩の耐性を改善させることが、
(i)前記植物を前記阻害剤と直接接触させること、
(ii)前記非保存的な突然変異配列を前記植物内に導入すること、または
(iii)前記非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計し、、前記非保存的な突然変異配列を含有する突然変異体とイネ変異体との間のハイブリダイゼーションの子孫から、前記非保存的な突然変異配列を含有する個々の植物を選択するために、前記分子マーカーを使用すること
を含むことを特徴とし、
前記分子マーカーが、配列番号10および配列番号11のプライマー対、ならびに/または配列番号12および配列番号13のプライマー対を含む、使用。
【請求項13】
植物における渇水および塩の耐性を改善させる方法であって、前記方法は、
(A)請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子または請求項3に記載のヌクレオチド配列の、阻害剤または非保存的な突然変異配列を提供するステップと、
(B)(i)前記植物を阻害剤と直接接触させること、
(ii)前記非保存的な突然変異配列を前記植物内に導入すること、または
(iii)前記非保存的な突然変異配列に特異的な分子マーカーを設計し、前記分子マーカーを用いて、前記非保存的な突然変異配列を含有する突然変異体とイネ変異体との間のハイブリダイゼーションの子孫から、前記非保存的な突然変異配列を含有する個々の植物を選択すること
から選択される1つまたは複数の処理に前記植物を供するステップと
を含み、
前記分子マーカーが、配列番号10および配列番号11のプライマー対、ならびに/または、配列番号12および配列番号13のプライマー対を含む、方法。
【請求項14】
トランスジェニック植物を生成する方法であって、前記方法は、
(1)植物細胞、植物組織、または、植物器官を、請求項1に記載のジンクフィンガータンパク質転写因子の非保存的な突然変異配列または請求項3に記載のポリヌクレオチドの非保存的な突然変異配列を含有する構築物で形質転換させるステップと、
(2)前記非保存的な突然変異配列によって形質転換させた植物細胞、植物組織または植物器官を選択するステップと、
(3)ステップ(2)からの前記植物細胞、前記植物組織、または、前記植物器官から植物を再生させるステップと、
を含むことを特徴とし、
再生した植物が形質転換していない植物よりも高い渇水および塩の耐性を有する、方法。

【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−523219(P2012−523219A)
【公表日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−503851(P2012−503851)
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【国際出願番号】PCT/CN2010/071587
【国際公開番号】WO2010/115368
【国際公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(508323056)
【氏名又は名称原語表記】SHANGHAI INSTITUTES FOR BIOLOGICAL SCIENCES, CAS
【住所又は居所原語表記】320 Yue Yang Road, Shanghai 200031 China
【Fターム(参考)】