説明

イネ変異体、澱粉の製造方法、澱粉、及びイネ変異体の製造方法

【課題】イネスターチシンターゼ及びイネ枝作り酵素の変異した新規イネ変異体を提供する。
【解決手段】
イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)及びイネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の遺伝子座が劣性ホモであり、遺伝的に固定されているイネ変異体を得る。このイネ変異体は、SSIIIa活性が野生型に比べて低下している。また、野生型や親系統と比べて、種子重量が8割以上維持され、農業形質が維持されている。さらに、このこのイネ変異体により生成される澱粉は、イネでは類い希な高アミロースの澱粉であり、アミロースの割合が40%以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ変異体、澱粉の製造方法、澱粉、及びイネ変異体の製造方法に係り、特にイネスターチシンターゼ及びイネ枝作り酵素に変異をもったイネ変異体、澱粉の製造方法、澱粉、及びイネ変異体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
澱粉は不溶性であり、植物に特有の貯蔵多糖である。また、地球上のほとんどの生物が炭水化物源として、澱粉を利用している。
化学物質としての澱粉は、グルコースのα1,4による直鎖およびα1,6グルコシド結合による枝分かれ構造を含むグルコースポリマーである。
また、澱粉は、主として直鎖からなるアミロースと枝分かれ構造をもつアミロペクチンの高分子の集合体でもある。
【0003】
澱粉の生合成には、少なくとも4種類の酵素が関与していることが分かっている。この4種類の酵素は、基質供給酵素であるADPグルコースピロホスホリラーゼ(AGPase)、α1,4グルコシド結合を伸長するスターチシンターゼ(SS)、α1,6グルコシド結合からなる枝分かれ構造を形成する枝作り酵素(BE)、アミロペクチンの特徴であるクラスター構造を維持するためにBEが付加した余分な枝分かれ構造をトリミングする枝切り酵素(DBE)である。
しかしながら、澱粉生合成に関与する酵素は、他にもあると考えられている(非特許文献1参照)。
【0004】
このように、植物の澱粉生合成には少なくとも4種類の酵素が関与している。
加えて、高等植物の場合、これらの酵素には多数のアイソザイムが存在し、澱粉生合成に関与している。アイソザイムは、同様の酵素反応を触媒するアミノ酸配列の異なる酵素群のことである。たとえば、イネには、10種類ものSS、3種類ものBE、4種類ものDBEが存在する。
近年、これらのアイソザイムは、組織特異性や、微妙な基質特異性によって、役割分担をしていることが分かってきた。
このようなアイソザイムの働きや役割を解明することは、アイソザイムの機能解明につながる。そして、アイソザイムの機能解明は、植物の澱粉生合成メカニズムの全体像の解明には欠かせない。
このため、従来から各アイソザイムの変異体が開発されてきた。特定のアイソザイムが欠失した変異体の表現型を調べることで、そのアイソザイムの働きや役割を知ることができる。
【0005】
たとえば、各アイソザイムの機能を明確にするために、イネにおいて既に単離され、分析されている変異体には、SSI(非特許文献2、特許文献1)、SSIIa(非特許文献3、特許文献2)、SSIIIa(非特許文献4、特許文献3)、GBSSI(非特許文献5)、BEI(非特許文献6)、BEIIb(非特許文献7、特許文献2)、ISA1(非特許文献8)、PUL(非特許文献9、特許文献4)、PHO(非特許文献10)などがある。
これらの変異体は、胚乳に蓄積する澱粉の構造が野生型とは異なることがある。その構造の違いに伴い、澱粉粒の大きさが異なる等の物性を示すことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−79260号公報
【特許文献2】特許第4358006号
【特許文献3】特開2006−51023号公報
【特許文献4】特開2007−20475号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Y. Nakamura、Towards a better understanding of the metabolic system for amylopectin biosynthesis in plants: rice endosperm as a model tissue.、Plant Cell Physiol.、日本、Japanese Society of Plant Physiology、2002年、43、、p.718−725
【非特許文献2】N. Fujita他、Function and characterization of starch synthase I using mutants in rice.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist, 2006年、140、、p.1070−1084
【非特許文献3】Y. Nakamura他、Essential amino acids of starch synthase IIa differentiate amylopectin structure and starch quality between japonica and indica rice cultivars. 、Plant Mol Biol.、、、2005年、58、、p.213−227
【非特許文献4】N. Fujita他、Characterization of SSIIIa−deficient mutants of rice (Oryza sativa L.); the fucntion of SSIIIa and pleiotropic effects by SSIIIa deficiency in the rice endosperm.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2007年4月、144、4、p.2009−2023
【非特許文献5】Y. Sano、Differential regulation of waxy gene expression in rice endosperm.、Theor Appl Genet、、、1984年、68、、p.467−473
【非特許文献6】H. Satoh他、Starch−branching enzyme I−deficient mutation specifically affects the structure and properties of starch in rice endosperm.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2003年、133、、p.1111−1121
【非特許文献7】A. Nishi他、Biochemical and genetic analysis of the effects of amylose−extender mutation in rice endosperm.、Plant Physiol.、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2001年、127、、p.459−472
【非特許文献8】Y. Nakamura他、Correlation between activities of starch debranching enzyme and α−polyglucan structure in endosperms of sugary−1 mutants of rice.、Plant J.、イギリス、Blackwell、1997年、12、、p.143−153
【非特許文献9】N. Fujita他、Characterization of PUL−deficient mutants of rice (Oryza sativa L.) and the function of PUL on the starch biosynthesis in the rice endosperm.、J Exp Bot.、イギリス、Oxford University Press、2009年3月、60、3、p.1009−1023
【非特許文献10】H. Satoh他、Plastidic α−glucan phosphorylase mutation dramatically affects the synthesis and structure of starch in rice endosperm.、Plant Cell、アメリカ合衆国、American Society of Plant Biologist、2003年、20、、p.1833−1849
【非特許文献11】T. Hirose他、A comprehensive expression analysis of the starch synthase gene family in rice (Oryza sativa L.).、Planta、、、2004、220、、p.9−16
【非特許文献12】T. Ohdan他、Expression profiling of genes involved in starch synthesis in sink and source organs of rice.、J Exp Bot.、イギリス、Oxford University Press、2005年12月、56、422、p.3229−3244
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、従来の澱粉生合成に関与する酵素に変異を持つイネ変異体において、それぞれの単一の変異体の効果については、明らかになりつつあった。
しかしながら、複数の変異体を組み合わせた劣性ホモの作成は難しいものの、特に特別な表現型を示すとは考えられていなかった。
このうち、イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)及びイネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の組み合わせについても知られていなかった。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のイネ変異体は、イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)及びイネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の遺伝子座が劣性ホモであり、遺伝的に固定されていることを特徴とする。
本発明のイネ変異体は、更に、SSIIIa活性及びBEIIb活性が野生型に比べて低下したことを特徴とする。
本発明のイネ変異体は、野生型、SSIIIaの遺伝子座が劣性の親系統、又はBEIIbの遺伝子座が劣性の親系統と比べて、種子重量が8割以上維持され、農業形質が維持されていることを特徴とする。
本発明の澱粉の製造方法は、前記イネ変異体を用いたことを特徴とする。
本発明の澱粉の製造方法は、前記イネ変異体の胚乳を用いたことを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記澱粉の製造方法により製造されたことを特徴とする。
本発明の澱粉は、野生型イネ、SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉とは形状が異なることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、大きさに差異のある澱粉粒が含まれ、該大きさに差異のある澱粉粒の表面がなめらかであることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、アミロペクチンの鎖長分布が異なることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、糊化粘度特性が異なることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記澱粉は、アミロースの割合が40%以上であることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記澱粉のアミロペクチンは、B形結晶であることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記澱粉の糊化粘度パターンが低粘度であることを特徴とする。
本発明の澱粉は、前記澱粉は、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、老化性が高いことを特徴とする。
本発明のイネ変異体の製造方法は、イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)変異体とイネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)変異体との二重劣性ホモであることを特徴とする。
本発明のイネ変異体は、前記イネ変異体の製造方法により製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、SSIIIaとBEIIbの両方の遺伝子座が劣性ホモであることで、SSIIIa単独の変異体、BEIIb単独の変異体、野生型とは形状や性質が違う澱粉を製造できるイネ変異体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴、金南風)の完熟玄米および切片の形態を示す写真である。
【図2】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)との完熟胚乳のアミロペクチンの鎖長分布(A,Molar %)と、それぞれから野生型(日本晴)のパターンを引いた差分(B,ΔMolar %)を示すグラフである。
【図3】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉および精製アミロペクチンのゲル濾過パターンを示すグラフである。
【図4】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉粒を走査型電子顕微鏡で観察した写真である。
【図5】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉粒のX線回折パターンを示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉懸濁液の糊化特性パターン(動的粘弾性)を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉糊の粘度特性パターンを示す図である。
【図8】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉糊の冷却時の貯蔵弾性率を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)のNative−PAGE/SS活性染色法およびウエスタンブロッティングによる酵素活性およびタンパク質の欠失の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<実施の形態>
以下で図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
従来、いくつかの澱粉生合成に係るアイソザイムの変異体については、研究が進んでいる。たとえば、SSIIIaの変異体(ΔSSIIIa)と、BEIIbの変異体(ΔBEIIb)においては、既に澱粉の構造、物性が分かってきていた。
しかしながら、SSIIIaの変異体とBEIIbの変異体を組み合わせた二重変異体(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)は存在しなかった。この理由として、二重変異体は、通常、2つの変異体の表現型を合わせたものになるだけであり、また作成が難しいため、当業者においては二重変異体を作成するという動機付けがなかったためである。
これに対して、本発明の発明者は、イネの澱粉の代謝系を網羅的に研究し、有益な表現型をもつ二重変異体を探索し、SSIIIaとBEIIbの二重変異体(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)には予想できない効果が得られることを見いだした。
本発明の発明者が作出したSSIIIaとBEIIbの二重変異体(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)は、両親変異体及び野生型と比べて、以下の特徴があった。
【0014】
まず、図1を参照して、SSIIIaとBEIIbの二重変異体(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)のクローン#4019、その親変異体であるSSIIIaの単一変異体(ΔSSIIIa)のクローンe1、もう1つの親変異体であるBEIIbの単一変異体(ΔBEIIb)のクローンEM10と、コントロールである日本晴の野生型(Wild type)のクローンの完熟玄米および切片の形態について説明する。各クローンにおいて、左図は完熟玄米の全体形状の写真、右図は切片の形態の写真である。以下、同一の符号を付したクローンは、同一のものを示す。
なお、EM10は、胚の突然変異源であるMNU(メタンニトロソウレア)処理を用いて選抜した。MNU処理は、文献(Yano, M., Okuno, K., Kawakami, J., Satoh, H. and Omura, T. (1985) High amylose mutants of rice, Oryza sativa L. Theor Appl Genet 69: 253−257.)に記載された方法に従って行った。
【0015】
図1において、SSIIIa単一変異体(ΔSSIIIa)のクローンであるe1の種子は、玄米の中央が白く濁る「心白」形態を示した。一方、BEIIb単一変異体(ΔBEIIb)のクローンであるEM10の種子は白濁し、野生型より小さかった。
これに対して、SSIIIaとBEIIbの二重変異体(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)のクローンである#4019の種子は、BEIIb単一変異体のEM10と同様、玄米全体が白く濁る「白濁」の形態を示したが、種子の大きさはEM10と比べて大きかった。また、#4019の種子は、種子断片は、中央が白濁しているが、種皮に近い外側は透明であるという特徴を備えていた。
【0016】
また、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの種子重量を測定したところ、野生型の8割以上であった。この測定結果を以下の表1に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
表1は、SSIIIaとBEIIbの二重変異体のクローンである#4019(ΔSSIIIa/ΔBEIIb)、それらの親変異体のクローンであるe1(ΔSSIIIa)及びEM10(ΔBEIIb)、野生型(Wild type)の日本晴と金南風の玄米重量(mg)について計測したデータを示している。
この表1に示すように、SSIIIa単一変異体のクローンであるe1は、日本晴や金南風の野生型とほぼ同一の大きさであった。
一方、BEIIb単一変異体のクローンであるEM10は、野生型の6割程度の種子重量であった。
また、SSIIIaとBEIIbの二重変異体のクローンである#4019の玄米重量は、野生型の8割以上の83%と、やや小さかったが、EM10よりは大きかった。
【0019】
次に、図2を参照して、SSIIIa変異体のアミロペクチンの鎖長分布について説明する。
図2Aは、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)、それらの親変異体であるΔSSIIIa(e1)及びΔBEIIb(EM10)、コントロールの日本晴(野生形)の完熟胚乳のアミロペクチンの鎖長分布を示すグラフである。
図2Bは、それぞれから野生型である日本晴のMolar %を引いた差分をモル比(ΔMolar %)にて示すグラフである。DP(degree of polymerization)は、グルコースの重合度を示す値である。
まず、SSIIIaの単一変異体のクローンであるe1は、代表的な特徴として、鎖長DP≧37の長鎖が野生型と比べて7割程度に減少していた。一方、BEIIbの単一変異体のクローンであるEM10は、DP≦13の短鎖が野生型と比べて激減し、その代わりDP≧14の長鎖が増加していた。
また、ΔSSIIIa/ΔBEIIbのクローン#4019は、EM10のパターンに類似してDP6〜12の短鎖の減少が大きいのが特徴であったが、DP10〜15でEM10より増加しており、DP≧17の長鎖は、EM10より減少していた。長鎖の量に関しては、両親の性質を受け継ぎ、二重変異体では両親系統の中間的な量であり、結果的に、野生型よりやや増加していた。
【0020】
次に、図3を参照して、ゲル濾過パターンについて説明する。図3は、それぞれΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)、親変異体であるΔSSIIIa(e1)及びΔBEIIb(EM10)、野生型である日本晴の各クローンのゲル濾過パターンである。それぞれのクローンにおいて、黒い実線は、澱粉を枝切りしたもののゲル濾過パターンのグラフである。また、黒の波線「AP」は、澱粉からアミロペクチンをブタノール法で精製し、これらを澱粉と同様に枝切したものの、ゲル濾過パターンのグラフである。また、灰色の点線「λ max」は、澱粉をゲル濾過した際の澱粉ヨウ素複合体の最大吸光度の波長(λ max(nm))を示すグラフである。
澱粉を枝切りしたもののゲル濾過パターンは、3つのピークにわかれ、最も速く検出されるピーク(Fraction I)が見かけのアミロース、2番目に検出されるピーク(Fraction II)がクラスターを連結するB2鎖より長いアミロペクチンの長鎖、3番目に検出されるピーク(Fraction III)がアミロペクチンのクラスター内の短鎖である。
これらを数値化したものを、以下の表2に示す。この表2では、各フラクションの割合と、アミロペクチンの長鎖に対する短鎖の割合(III/II)を示す。
【0021】
【表2】

【0022】
非特許文献4を参照すると、SSIIIa単一変異体(ΔSSIIIa)は、枝切りした澱粉のゲル濾過の結果、見かけのアミロース含量が日本晴に比べて約1.5倍高い。本実施形態の実験結果においても、日本晴の見かけのアミロース含量は23.5%であるのに対し、ΔSSIIIaのクローンe1は32.5%と約1.4倍の値を示した。
これに対して、ΔSSIIIa/ΔBEIIbのアミロース含量は46.6%と、ΔSSIIIaのクローンe1よりもさら1.4倍高かった。また、ΔBEIIbでは、短鎖の割合であるIII/II値が1.1と非常に小さいことから、アミロペクチンの長鎖の割合が非常に大きかった。ΔSSIIIa/ΔBEIIbはΔBEIIbほどアミロペクチンの長鎖の割合が大きくはなかったが、日本晴やΔSSIIIaよりは高いことが分かった。この結果は、鎖長分布でDP≧37の長鎖が、ΔSSIIIaのクローンe1よりは増加していたことと一致する。
澱粉から精製したアミロペクチンのゲル濾過から得られたフラクションIは、アミロペクチン超長鎖(Extra long chain. ELC)量を示す。ΔSSIIIaおよびΔSSIIIa/ΔBEIIbは、日本晴やEM10よりこの値がやや高かかった。
また、見かけのアミロース含量からELC量を引いた値が、真のアミロース含量を示す。ΔSSIIIa/ΔBEIIbでは、この真のアミロース含量が46.6%−2.4%=44.2%であり、高い値を示した。
以上のことから、ΔSSIIIa/ΔBEIIbのアミロース含量は、これまでのイネでは類い希に高い値を示すことが明らかとなった。
これにより、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は、独特の食感が得られ、食品加工分野や添加剤および工業資材として特徴的な製品を製造できると考えられる。
【0023】
次に、図4を参照して、ΔSSIIIa/ΔSSIVbの澱粉粒の形状と粒径について説明する。
図4は、走査型電子顕微鏡で観察したΔSSIIIa/ΔBEIIbのクローン#4019、それらの親変異体のクローンe1、EM10、及び野生型の日本晴の澱粉粒の写真である。
図4を参照すると、野生型(Wild type)である日本晴の澱粉粒は、約3〜5μmの多角形であった。これに対して、ΔSSIIIaであるクローンe1の澱粉粒は、日本晴のそれよりやや小さく、丸みを帯びた澱粉粒が混入していた。一方、ΔBEIIbの澱粉粒は、大小さまざまで表面がごつごつした特徴があった。ΔSSIIIa/ΔBEIIbのクローン#4019は、ΔBEIIbと同様に大小さまざまな澱粉粒が存在したが、表面がなめらかであり、ピーナッツ状の澱粉粒が見られた。
このピーナッツ状の澱粉粒は、高アミロース澱粉に特徴的な形状である。たとえば、文献(Jiang H, Campbell M, Blanco M, Jane J−L (2010) Characterization of maize amylase−extender (ae) mutant starches: Part II. Strucuture and properties of starch residues remaining after enzymatic hydrolysis at boiling−water temperature. Carbohydrate Polymers 80: 1−12)を参照すると、トウモロコシの高アミロース澱粉も、ピーナッツ状の澱粉粒を備えていた。
【0024】
次に、図5を参照して、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの胚乳澱粉の結晶性について説明する。
図5の澱粉粒のX線回折パターンによると、野生型である日本晴は、典型的なA形結晶の特徴を示し、ΔSSIIIaであるクローンe1も同様にA形結晶の特徴を示すが、後者の方が高アミロースであることから、結晶性が低い。なお、高アミロースの澱粉では結晶性が低くなることが、非特許文献4に記載されている。
一方、ΔBEIIbであるEM10の結晶性は、ジャガイモ澱粉等にみられる典型的なB形結晶の特徴を示す。なお、B形結晶の定義については、文献(Tanaka N, Fujita N, Nishi A, Satoh H, Hosaka Y, Ugaki M, Kasawaki S, Nakamura Y. (2004) The structure of starch can be manipulated by changing the expression levels of starch branching enzyme IIb in rice endosperm. Plant Biotechnology Journal 2: 507−516.)に記載されている。
ΔSSIIIa/ΔBEIIbの胚乳澱粉の結晶性は、ΔBEIIbと同様のB形結晶の特徴を示したが、ピークの鋭さがΔBEIIbと比べて低かったため、高アミロースになったことで結晶性が低下したと考えられる。
【0025】
次に、図6を参照して、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉懸濁液の糊化特性パターンについて説明する。この糊化特性パターンの測定は、所定の温度プログラムにより、動的粘弾性、すなわち粘度特性値の変化をグラフ化することで行う。
野生型である日本晴の粘度特性パターンは、加熱時における明瞭なピークと直後の急激な低下を示した。一方、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)は、粘度特性値の立ち上がり温度が最も高く、ピークを持たず、粘度特性値も低いまま推移した。親変異体であるΔSSIIIa(e1)およびΔBEIIb(EM10)も野生型よりもピーク粘度は低かったが、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)よりも大きかった。
ピーク粘度の低下は澱粉粒の膨潤・糊化が抑制されることを示す(高橋徹、篠田和雄、三浦靖、金哲、小林昭一、加熱処理が米粉の物理化学的特性に及ぼす影響(2002) 日本食品科学工学会、49、757−764.を参照)。
【0026】
次に、図7を参照して、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)及びそれらの親変異体(e1、EM10)と野生型(日本晴)の澱粉糊の粘度特性パターンについて説明する。
35℃の一定温度で10分間、一定速度での撹拌した際、野生型である日本晴とΔBEIIb(EM10)の粘度特性パターンは、平坦であった。
一方、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)とΔSSIIIa(e1)の粘度特性パターンは、時間の経過にしたがって上昇し、粘度特性値はΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)のほうが大きかった。このことから、この温度条件におけるΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)の粘度特性パターンは、ΔSSIIIa(e1)の形質に由来していることが示唆された。
【0027】
次に、図8を参照して、冷却時における動的粘弾性測定による貯蔵弾性率について説明する。
具体的には、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)、これらの親変異体ΔSSIIIa(e1)及びΔBEIIb(EM10)、野生型である日本晴の各澱粉糊試料を30℃から一定速度(毎分1℃)で下降させ、貯蔵弾性率を測定した。
野生型である日本晴は、温度を下降させても貯蔵弾性率は平坦であり、硬化しなかった。一方、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)、ΔSSIIIa(e1)、ΔBEIIb(EM10)の貯蔵弾性率は、温度下降にしたがって急激に増大し、中でも、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)は基の値の3倍以上となり、速やかに硬化することがわかった。これは、ΔSSIIIa/ΔBEIIb(#4019)のアミロース含量が極めて高いことに起因するものである。
【0028】
また、ΔSSIIIa/ΔBEIIbは、ΔBEIIbに比べて、老化が著しかった。実際に、図8を参照すると、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの二重変異体が他の系統よりも貯蔵弾性率が高いことは、老化が著しいことを示すことを裏付けるデータである。
【0029】
以上のような本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIbから、以下のような性質、効果を得ることができる。
従来の澱粉生合成に関与する酵素に変異を持つイネ変異体において、ΔSSIIIaとΔBEIIbにおいては、澱粉の構造、物性が明らかになっており、各酵素の機能もある程度明確になっている。
しかしながら、ΔSSIIIaとΔBEIIbを組み合わせた二重変異体は存在せず、両酵素を欠損させた場合の影響については、不明であった。
ここで、通常の場合、二重変異体を作成しても、各変異体のそれぞれの形質がそのまま現れるだけである。たとえば、古典的な遺伝学のメンデルの法則においては、「しわ」の豆の変異体と、「緑色」の豆の変異体を掛け合わせると、「しわ」があり「緑」の変異体となる。また、変異体の作成については、かなりの手間を要する。このような理由から、通常、当業者は二重変異体を作成する動機をもたない。
ところが、本発明の発明者らは、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの二重変異体を作成して両酵素を欠損させた場合の澱粉性質に対する影響を解明したところ、上述したように予期しない効果が得られた。
【0030】
具体的には、本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIbの変異体からは、特に通常のイネの澱粉とは異なった性質と形状をもつ特性の澱粉を得られる。
これらの特性の中で、特にユニークであるのは、両親変異体より遙かに高いアミロース含量であり、これまで報告されたイネの中では類をみない。また、高いアミロースに起因するであろう老化性の高さから、ピラフやリゾット等の食品に好適に用いることができる。
また、アミロースの含量が高くなると難消化性になるため、各種健康食品やダイエット食品に利用可能である。
また、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの変異体の種子を粉砕した米粉は、パンや麺等に混合させて利用することができる。これにより、通常の米粉のパンとは味わいが異なる風味、口触りの、食感のパンや麺等を製造することができる。
さらに、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの変異体の粉砕物や澱粉は、アミロースの含量が高いことにより、工業的な用途にて使用可能である。これは、生分解性プラスチックなど、整形が必要な場合は、老化性が高い方が有利であるためである。たとえば、アミロースは温水に溶けるため、フィルム状に成形して、生分解性フィルム、医療用材料、縫合糸のような用途に用いることができる。また、体内で吸収分解される性質を用いて、再生医療の「足場」用の部材として用いることが可能である。
さらに、グラスファイバー作成時の資材、工業用糊、建築材料の配合剤、植物栽培用の資財等、様々な工業用途に利用可能である。
このように、ΔSSIIIa/ΔBEIIbである二重変異体は産業上利用することができる。
【0031】
また、本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIbのイネ変異体から作成された澱粉は、アミロペクチンの構造も独特であった。
アミロース含量と異なり、アミロペクチンの構造は、両親変異体の性質を受け継いだ特徴をもっていたものの、それぞれの親変異体の特質を単に組み合わせた以上の顕著な特性をもっていた。
たとえば、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は、ΔBEIIbの澱粉と同様に短鎖が大きく減少する特徴があるため、澱粉結晶性はΔBEIIbと同様のB形結晶であった。このB形結晶は、通常のイネ澱粉では見られず、ジャガイモ澱粉等が示す種類の結晶形態である。
しかしながら、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は、ΔBEIIbとは澱粉粒の形態が異なっていた。具体的には、大小さまざまな粒が混じることについてはΔBEIIbと類似していたが、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は表面がなめらかである点が異なっていた。
さらに、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は、糊化粘度パターンが通常のイネの澱粉とは全く異なり、非常に低粘度であり、老化性も著しく高かった。
これらの特性は、これらの構造及び澱粉粒の特徴に由来すると考えられ、単独の変異体であるΔSSIIIa及びΔBEIIbとは大きく異なっている。
これにより、通常とは食感が違う食品、加工品、工業用製品にΔSSIIIa/ΔBEIIbである二重変異体を用いることが考えられる。
また、本実施形態のΔSSIIIa/ΔBEIIbの澱粉は、これらの特性から、微粉化して醸造用に用いることで、従来よりも糖化、発酵の時間を短縮できると考えられる。
【0032】
さらに、本発明の実施の形態に係るΔSSIIIa/ΔBEIIbのイネ変異体は、既に遺伝的に固定された系統であり、この種子を植えて自殖によって稔った種子は、全て同型質になる。
また、片親であるΔBEIIbの種子が野生型に比べて6割程度であるのに対し、ΔSSIIIa/ΔBEIIbのイネ変異体は、二つの酵素を欠失しているにもかかわらず、種子重量は8割以上を維持しており、稔性、生育も野生型と遜色ない。すなわち、農業的形質に低下がみられず、農業形質が維持されている。さらに、遺伝子組換体ではないので、一般の水田に植えることが可能であり、大規模栽培も可能である。
【0033】
以上のように、本発明の実施の形態に係るイネ変異体の製造方法においては、類い希な高アミロース澱粉をもつジャポニカ米品種のイネ(Oryza sativa)変異体およびその製造方法、並びに該イネ変異体に由来する澱粉およびその製造方法を得ることができる。さらに、本発明は、当該澱粉を利用する飲食品及び工業製品に用いることができる。
【0034】
以下で、図を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0035】
(SSIIIaとBEIIbが欠損した二重変異体の単離)
SSIIIa変異体とBEIIb変異体を交配することで、二重変異体を作出し、その性質を調べた。
【0036】
以下で、図9を参照して二重変異体の交配について説明する。本発明の発明者らは、BEIIb変異体であるEM10(白濁種子)にSSIIIa変異体(心白種子)であるe1を交配し、交配当代のF1種子を次年度に播種し、F2種子を得た。この中には、白濁種子が約25%含まれていた。次年度に白濁種子を播種し、その後、SSIIIa遺伝子が劣性ホモである種子をPCR法(非特許文献4参照)で選抜した。これらの登熟種子から得た可溶性画分のSSIIIa活性をNative−PAGE/SS活性染色法(Activity staining)およびBEIIbタンパク質の有無をウエスタンブロッティング法を用いて検討した(図9参照)。これにより、SSIIIa活性とBEIIbタンパク質の両方の欠損が認められたクローンを得て、#4019のクローンと名付けた。なお、BEIIbタンパク質の欠損は、即ちBEIIb活性の欠損を意味する。
【0037】
具体的に、SSIIIa活性およびBEIIbタンパク質の検出は、非特許文献2に記載の方法に従って、以下のように行った。
開花後10〜15日くらいの登熟種子1粒のもみ、胚、果皮を除去し、3倍体積の抽出バッファー[50mMのImidazol(pH7.4)、12.5%のglycerol、8mMの塩化マグネシウム、500mMの2−メルカプトエタノール]を加え、マイクロチューブ内でプラスチック製ホモジナイザー(グライナー社製)を用いてホモジナイズし、15,000rpm、10分、4℃で遠心分離して得た上清にNative−PAGE用サンプルバッファー[0.3MのTris−HCl(pH7.0)、0.1%のブロモフェノールブルー、50%のグリセロール]を1/2体積加えて電気泳動に用いた。
Native−PAGE/SS活性染色法の電気泳動にはグルコシルトランスフェラーゼ反応に必要なプライマーとしてカキグリコーゲンを60℃で溶かし込んだ7.5%のアクリルアミドゲルを用いた。フロントが濃縮ゲルを通過するまで7.5mA、通過してから15mAの定常電流で4℃下で電気泳動し、フロントが出てから60分で電流を止めた。
その後、基質であるADPグルコースを除いた反応液[クエン酸ナトリウム緩衝液(pH7.5)、0.5MのCitrate−Na、100mMのBicine−NaOH(pH7.5)、0.5mMのEDTA、10%のGlycerol、2mMのジチオスレイトール、1mMのADPグルコース]で2回洗浄し(各15分)、ADPGを加えて20時間、30℃でシーソーで反応させた。反応後、ヨード・ヨードカリ液(1%のKI/0.1%のI2)で染色した。
ウエスタンブロッティングのためのSDS−PAGE電気泳動には、0.1%のSDSを含んだ7.5%のアクリルアミドゲルを用いた。SDS−PAGE後、ゲル上に分離されたタンパク質を転写するためのメンブレン(PVDF膜)1枚と、ろ紙6枚とをゲルとほぼ同じ大きさに切断し、メンブレンは100% methanolに一度浸してから、ろ紙はそのまま、transfer buffer (25mM tris、192mM glycine、20%methanol、0.1% SDS)に30分以上浸した。SDS−PAGEを行ったゲルをtransfer bufferの入ったプラスチックケースに移して15分間浸とうした。ブロッティング用電極の陽極側にtransfer bufferに浸したろ紙を3枚泡が入らないように重ね、その上にメンブレンを泡が入らないように重ね、次にゲルを泡が入らないように重ね、更にろ紙3枚を泡が入らないように重ねた。上部電極板(陰極)をセットし、10 Vにて1時間、通電した。1時間後、通電を止めてメンブレンをプラスチック容器に移し、TBST2(50mM NaCl、1mM tris−HCl(pH 7.5)、1% Tween20)で浸とうしながら15分間メンブレンを洗浄した。その後TBS(10mM tris−HCl(pH 7.5)、500mM NaCl)で浸とうしながら5分間洗う作業を2回行った。TBSを除き、3% geratin/TBSを入れて1時間浸とうした。1時間後、3% geratin/TBSを除き、1% geratin/TBSと共に1次抗体(抗BEIIb血清(非特許文献7)を1% geratin/TBSで1000倍希釈したもの)を添加して一晩ゆっくり浸とうさせた。翌日、メンブレンをTBST2で15分間ずつ3回洗い、TBSで5分間ずつ3回洗った。TBSを除き1% geratin/TBSと共に2次抗体(抗ウサギ血清(Bio Rad社製)を1% geratin/TBSで2000倍希釈したもの)を添加して約6時間ゆっくり浸とうさせた。その後メンブレンをTBST2で15分間ずつ3回洗い、TBSで5分間ずつ3回洗浄した。TBSを除き、発色液(4−chlro−1−naphtol 15mgをmethanol 5mlに溶かしてからTBS 20mlを加えてよく混ぜ、使用直前にH22 25μlを加えたもの)を加えてしばらく浸し、メンブレンを蒸留水で十分に洗浄した後よく水分をふき取り乾燥させた。
以上のようにして、ΔSSIIIa/ΔBEIIbの系統を確立できた。
【実施例2】
【0038】
〔RVAおよび動的粘弾性等の測定〕
(ラピッドビスコアナライザー(RVA)による熱糊化粘度特性の測定)
精製した胚乳澱粉の水分含量を赤外線水分含量測定器(ザルトリウス・メカトロニクス・ジャパン株式会社製、ベーシック水分計MA150)で測定し、実質の乾燥重量が2.5gになるように計算し、RVA用アルミカップに測りとる。これに合計25.0gになるように蒸留水を加えた。
プラスチック製の羽を入れ、RVA(フォスジャパン社製、RVA3D)で粘度特性値を測定した。温度プログラムは、図6に示したような温度(℃)にて行った。これは、非特許文献4に記載の方法と同様である。
測定終了後、澱粉糊の入ったRVA用アルミカップの重量を秤量し、蒸発した分の蒸留水を加えて試料の重量を補正した。再度、RVA(フォスジャパン社製、RVA3D)にアルミカップを装着し、35℃で10分間だけ撹拌して粘度特性値を測定した。
【実施例3】
【0039】
(動的粘弾性測定装置による澱粉糊の貯蔵弾性率及び損失弾性率の測定)
RVA測定で調製した澱粉糊を動的粘弾性測定装置(サーモサイエンティフィック・ハーケ製、MARS)の30℃に制御した下部円板にのせ、直径35mmのチタン製上部平行円板で間隙を1.00mmとなるように挟み込んだ。事前にひずみ依存性測定にて各糊試料の線形範囲を求め、弾性限界の80%に相当するひずみ(振幅)を角速度(周波数)が毎秒1.0radで印加して、30℃〜4℃の範囲において毎分1℃で温度下降時の貯蔵弾性率を測定した。
【実施例4】
【0040】
(走査型電子顕微鏡(SEM)による澱粉粒の観察)
精製した胚乳澱粉を銀製両面テープを貼り付けた真鍮製ステージの上に貼り付け、金蒸着した。
SEM(IET社製、Jeol 5600)で1000倍および4000倍に拡大して観察した。具体的には非特許文献4に記載の方法に従って観察を行った。
【実施例5】
【0041】
(X線回折装置による胚乳澱粉の結晶性の観察)
精製した胚乳澱粉0.5gを蒸留水の入った密封容器の中で、24時間100%湿度にさらした。
その後、深さ0.5mmのスリットに澱粉を貼り付けて、X線回折装置(理学RINT2000)で2θ=4〜40°の回折パターンを検出した。
具体的には、非特許文献4に記載の方法に従って同様に観察を行った。
【実施例6】
【0042】
(澱粉の精製方法)
澱粉の精製は、冷アルカリ浸せき法(Yamamoto他、Denpun Kagaku 28:241−244(1981))を用いた。10gの玄米を80%まで精米し、0.1%のNaOHを200ml加えて一晩4℃で放置した。
翌日、上清を捨て、乳鉢ですりつぶし、150μmのメッシュに通して、3,000g、4℃で10分間遠心分離した。
沈殿に0.1%のNaOHを600ml加えて氷中で3時間振とうし、一晩4℃で放置した。翌日、上清を捨て、蒸留水でけん濁し、1Nの酢酸で中和した。さらに、蒸留水で5回洗浄し、乾燥させ、乳鉢で粉体にした。
【0043】
(澱粉からのアミロペクチンの精製方法)
アミロペクチンの精製法は、ブタノール沈殿法(例えば、「Schoch TJ (1954) Purification of starch and the starch fractions. Methods Enzymol 3:5−6」を参照)を用いた。フラスコに精製澱粉1gを量りとり、Dimethyl sulfoxide(DMSO)を100ml加えよく攪拌した。フラスコにN2を充填しフラスコ内の空気とN2と置換した。N2を充填しつつ、80〜85℃で2時間ゆっくりで攪拌した。温度を60℃まで徐々に下げ、エタノール500mlを加えフラスコの口をラップで閉じ、4℃で一晩置いた。50mlチューブに移し、2,000 G、5℃、15minで遠心分離して沈殿を集め、フラスコに移した。沈殿にDMSO 100ml加え攪拌し、同様の方法でN2を充填し80〜85℃で2時間ゆっくり攪拌した。反応後、4℃で一晩置いた。これを50mlチューブに移し、2,000 G、5℃、15minで遠心分離した。60℃の蒸留水170mlで沈殿を溶かし、フラスコに移した。N2を充填しながら70〜80℃でゆっくり攪拌し、沈殿を溶かした。フラスコにn−ブタノール(n−Butyl Alcohol)、イソミルアルコール(3−Methyl−1−Butanol)をそれぞれ10ml加え、80℃で3時間ゆっくり攪拌した。温度を60℃まで徐々に下げ、フラスコの口をラップで閉じ、発泡スチロール容器にいれ、常温で一晩置いた。翌日発泡スチロール容器を4℃冷蔵庫に移し、二日間置いた。溶液をよく攪拌し、50mlチューブに移し8,500 G、5℃、20minで遠心分離した。沈殿に20mlエタノールを加え、乳鉢で細かくすりつぶした。溶液を50mlチューブに移し2,000 G、5℃、10minで遠心分離を行った。上清を捨て、エタノール20mlを加えて攪拌し、同様の条件で遠心分離した。上清を捨て、アセトン20mlを加えて攪拌し、同様の条件で遠心分離した。これをもう一度くり返した。上清を捨て、ジエチルエーテル20mlを加えて攪拌し、同様の条件で遠心分離した。これをもう一度くり返した。上清を捨て、チューブのふたにキムワイプをかぶせ輪ゴムで固定し、沈殿をドラフトチャンバー内で自然乾燥させた。乾燥サンプルは使用するまで−30℃で保存した。
【実施例7】
【0044】
(澱粉の枝切り及びゲル濾過)
精製した澱粉およびアミロペクチン22.5mgに蒸留水0.25ml加えて混合し、2NのNaOHを0.25ml加えて37℃で2時間糊化させた。
これに蒸留水3.26mlを加え、5NのHClを90μl加えて中和させた。次に、100mMの酢酸緩衝液(pH3.5)を5ml加え、P.amyloderamosaイソアミラーゼ(EC3.2.1.68、林原生物化学研究所製)を12.5μl(約875unit)加え、40℃で24時間揺らしながら反応させた。
そして、エタノールを5ml加え、ロータリーエバポレーターで乾固させた。これに蒸留水を0.4ml及び2NのNaOHを0.4ml加えて、5℃で30分間糊化させ、5μmのフィルターで濾過した後、ろ液をゲル濾過カラムにアプライした。
【0045】
使用したカラムは、TSKgel toyopearl HW55S(300×20mm)1本にTSKgel toyopearl HW50S(300×20mm)3本(両カラムともTOSOH社製)を直列に接続したものであり、溶離液は0.2%のNaCl/0.05NのNaOHを用いた。試験管1本あたり3mlずつ分取し、68本に分画し、各フラクションの澱粉ヨウ素複合体のλ maxを求めた。糖量は、カラムに接続したRIディテクター(TOSOH RI8020)で検出した。
【実施例8】
【0046】
(鎖長分布解析)
鎖長分布解析について、図2を参照して説明する。
試料は、完熟種子1粒から外内穎及び胚を取り除き、ペンチで胚乳を粉砕した後、エッペンドルフチューブ内でプラスチック製ホモジナイザー(グライナー社製)を用いてさらに磨砕した粉末を用いた。
各々に5mlのメタノールを加え、10分間煮沸した。次に、2、500xgで10分間遠心分離し、上清を除去し、90%のメタノールを5ml加え2度洗浄した。
さらに、沈殿に5Nの水酸化ナトリウムを15μl加え、5分間煮沸して澱粉を糊化させた。
その糊化液を氷酢酸9.6μlで中和した後、蒸留水を1089μl、0.6Mの酢酸緩衝液(pH4.4)を100μl、2%のアジ化ナトリウムを15μl、P.amyloderamosaイソアミラーゼ(EC3.2.1.68、林原生物化学研究所)を2μl(約210unit)加え、スターラーバーで撹拌しながら37℃で8時間以上反応した。
次に、イソアミラーゼを2μl追加して8時間以上反応した後、常温で10,000xgで遠心分離し、上清を脱イオンカラム(AG501−X8(D)、Bio−Rad)で濾過した。
次に、α−グルカン鎖の非還元末端を蛍光標識するため、Hizukuriら(Carbohydrate Research、94、205−213(1981)参照)の方法により試料中の糖含量を定量し5nmol相当の還元末端をもつα−グルカン鎖を遠心濃縮機で乾燥させ、1−アミノピレン−3,6,8−三硫酸塩(APTS)溶液[2.5%のAPTS、15%の酢酸]を2μl、シアン化ホウ素ナトリウム溶液[1Mのシアン化ホウ素ナトリウム、100%のテトラヒドロフラン]を2μl添加し、55℃で90分間反応させた。
分析時には12.5倍に蒸留水で希釈して用いた。鎖長分布解析は、キャピラリー電気泳動装置(P/ACE MDQ、Beckman Coulters)を用いて行った。
グルコース重合度(DP)3以上の各ピーク面積を数値化し、DP60までのピーク面積の合計を100%としたときの各DPの割合(Mole %)を算出した。また、各変異体イネから野生型イネのパターンを引いた差分(ΔMole %)のグラフを作成した。
【0047】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)活性と、イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の活性とが低下したイネ変異体を提供でき、このイネ変異体の澱粉はイネでは類い希な高アミロース澱粉であり、産業上利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)及びイネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)の遺伝子座が劣性ホモであり、遺伝的に固定されている
ことを特徴とするイネ変異体。
【請求項2】
更に、SSIIIa活性及びBEIIb活性が野生型に比べて低下した
ことを特徴とする請求項1に記載のイネ変異体。
【請求項3】
野生型、SSIIIaの遺伝子座が劣性の親系統、又はBEIIbの遺伝子座が劣性の親系統と比べて、種子重量が8割以上維持され、農業形質が維持されている
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のイネ変異体。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のイネ変異体を用いた
ことを特徴とする澱粉の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のイネ変異体の胚乳を用いた
ことを特徴とする澱粉の製造方法。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の澱粉の製造方法により製造された
ことを特徴とする澱粉。
【請求項7】
野生型イネ、SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉とは形状が異なる
ことを特徴とする請求項6に記載の澱粉。
【請求項8】
前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、大きさに差異のある澱粉粒が含まれ、該大きさに差異のある澱粉粒の表面がなめらかである
ことを特徴とする請求項6又は7に記載の澱粉。
【請求項9】
前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、アミロペクチンの鎖長分布が異なる
ことを特徴とする請求項6乃至8のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項10】
前記野生型イネ、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ、又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、糊化粘度特性が異なる
ことを特徴とする請求項6乃至9のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項11】
前記澱粉は、アミロースの割合が40%以上である
ことを特徴とする請求項6乃至10のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項12】
前記澱粉のアミロペクチンは、B形結晶である
ことを特徴とする請求項6乃至11のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項13】
前記澱粉の糊化粘度パターンが低粘度である
ことを特徴とする請求項6乃至12のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項14】
前記澱粉は、前記SSIIIaの活性低下に起因する親系統イネ又は前記BEIIbの活性低下に起因する親系統イネを用いて製造される澱粉と比べて、老化性が高い
ことを特徴とする請求項6乃至13のいずれか1項に記載の澱粉。
【請求項15】
イネスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)変異体と
イネ枝作り酵素IIb型(BEIIb)変異体との二重劣性ホモである
ことを特徴とするイネ変異体の製造方法。
【請求項16】
請求項15に記載のイネ変異体の製造方法により製造する
ことを特徴とするイネ変異体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−19742(P2012−19742A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160660(P2010−160660)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】