説明

インクジェット記録ヘッドの製造方法

【課題】インク流路の変形が少なく、接合強度の安定性に優れ、容易かつ安価に生産できるインクジェット記録ヘッドの製造方法を提供する。
【解決手段】凹溝が形成されたキャビティ板10と、平板状の振動板20とを、前記凹溝を覆うように気密に接合してインクジェット記録ヘッドの製造方法において、キャビティ板及び振動板が非結晶性熱可塑性樹脂からなり、前記非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する有機溶剤を、少なくとも一方の接合面に塗布し、互いの接合面を重ね合わせてキャビティ板と振動板とを接合し、その接合の際にインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を、該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体をインク流路内に通して排出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファックス,カラ−プリンタなどの印刷装置に使用されるインクジェット記録ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録ヘッドは、数10μmという微細なインク流路を内包したインク噴射容器部と、圧電素子などが配置された振動板とで主に構成されたものが広く用いられている。この種のインクジェット記録ヘッドは、圧電素子に電界を印加して伸縮させ、その伸縮運動によりインク噴射容器の内容積を変化させることによりインクを噴射するもので、ヘッド寿命が半永久的でランニングコストが低いなどの点に特長がある。このようなインクジェット記録ヘッドは、流路精度の安定性と生産性の点から、インク流路となる凹溝が形成されたキャビティ板の表面に、該凹溝を覆うように平板状の振動板を気密に接合して製造している。
【0003】
上記キャビティ板の表面に、平板状の振動板を接合する方法としては、キャビティ板及び振動板を感光性ガラスで製作しこれらを熱融着して接合する方法や、キャビティ板及び振動板をシリコン基板で製作しこれらを静電結合して接合する方法が、従来より行われている。しかし、これらの方法では、材料コストが著しく高いために、製造コストが嵩むという問題があった。
【0004】
そこで、製造コストを抑えるため、インクジェット記録ヘッドの材料として、非結晶性熱可塑性樹脂を用いる試みが近年なされており、非結晶性熱可塑性樹脂を成形加工して、インク供給部、フィルタ流路部,インク加圧室部、インクノズル部等からなるインク流路をなす凹溝が表面に形成されたキャビティ板を作製し、該キャビティ板と同じ材質からなる振動板を、キャビティ板の凹溝を覆うように気密に接合して、インクジェット記録ヘッドを製造している。
【0005】
非結晶性熱可塑性樹脂からなるキャビティ板と振動板との接合方法としては、キャビティ板と振動板とを加圧した状態で、直接加熱又は超音波加熱により熱融着する方法や、キャビティ板と振動板と接合部分に溶剤あるいは振動板と同質のドープセメントを塗布して接合面を溶融して接合する方法や、キャビティ板と振動板とを、接着剤を用いて接着する方法などがある。
【0006】
また、下記特許文献1には、キャビティ板及び振動板が非結晶性熱可塑性樹脂からなり、キャビティ板、振動板の少なくとも一方の部材を一定温度に予熱する工程と、その接合部平面を非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有し予熱温度より高い温度の有機溶剤蒸気中に暴露して膨潤層を形成する工程と、一方の部材の膨潤層を他方の部材の接合部平面に重ねて加圧接合する工程と、接合面を加圧した状態で一定温度に加熱して有機溶剤蒸気を蒸発させる乾燥工程と、を含むインクジェット記録ヘッドの製造方法が開示されている。
【特許文献1】特開平8−118661号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非結晶性熱可塑性樹脂からなるキャビティ板と振動板とを熱融着により接合する方法では、非結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度付近、もしくは、それ以上の温度での熱処理を施す必要がある。インク流路は、数10μmという微細な寸法であることから、キャビティ板を成形した際に生じた残留応力が熱融着時に開放されて、インク流路が変形することがあった。
また、溶剤あるいはドープセメントを塗布して接合面を溶着する方法では、接合後にインク流路内に溶剤やドープセメントが残留し易く、これによってインク流路が変形し易いという問題があった。
また、接着剤を用いて接合する方法では、接合面からはみ出た接着剤がインク流路内に露出することがあるので、環境変化を伴う長期の使用に際して接着剤層が剥離してインク流路を閉塞することがあった。
【0008】
また、上記特許文献1では、溶剤蒸気温度と基板温度との差に基づく微小量の溶剤結露過程と、それに続く温度平衡状態での溶剤拡散過程とに因って接合面を溶剤で膨潤させた後、キャビティ板と振動板とを加圧接合している。接合面を溶剤蒸気で膨潤させるには、基板温度と溶剤蒸気温度との制御が必要であり、手間や時間を要するものであった。また、蒸気の発生装置や蒸気暴露装置などの付帯設備が別途必要になるので、装置コストがかかるという問題があった。また、キャビティ板側の接合面を溶剤蒸気で膨潤させた場合、インク流路に溶剤蒸気が付着して流路が変形することがあった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、インク流路の変形が少なく、接合強度の安定性に優れ、容易かつ安価に生産できるインクジェット記録ヘッドの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明は、インク供給部、フィルタ流路部、加圧室部、及びノズル部が凹溝として形成されたキャビティ板と、平板状の振動板とを前記凹溝を覆うように気密に接合して、前記インク供給部、前記フィルタ流路部、前記加圧室部、及び前記ノズル部が互いに連通したインク流路を内包したインク噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドの製造方法において、前記キャビティ板及び前記振動板が非結晶性熱可塑性樹脂からなり、前記非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する有機溶剤を、前記キャビティ板の接合面及び前記振動板の接合面の少なくとも一方の接合面に塗布し、互いの接合面を重ね合わせて該キャビティ板と該振動板とを接合する工程(A)と、その接合の際にインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を、該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体をインク流路内に通して排出する工程(B)と、を含むことを特徴とする。
【0011】
上記発明によれば、非結晶性熱可塑性樹脂からなるキャビティ板及び振動板を、これと相溶性を有する有機溶剤で、その接合界面が相溶状態になるようにして接合するので、簡便な方法でコスト安くインク噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドを製造することができる。また、接合後の余剰の有機溶剤は、これと混和性を有し且つ非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性が無い溶液をインク流路内に通して排出するので、接合後に繊細なインク流路内に溶剤が残留することがない。このため、接合不良,流路変形,あるいは流路閉塞などの欠陥が無く、高い流路寸法精度と、強固で安定した接合強度とを有している。
【0012】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、前記工程(A)において、キャビティ板及び振動板の少なくとも一方を他方の部材の接合部平面に圧接し、その圧接を継続しつつ前記工程(B)においてインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を排出することが好ましい。この態様によれば、キャビティ板及び振動板の少なくとも一方を他方の部材の接合部平面に圧接し、その圧接を継続しつつインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を排出するので、相溶状態となった接合界面の溶解層を均一に滞留させておきながら接合することができる。また、その圧接を継続しつつインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体をインク流路内に通して排出するので、その圧接圧により当該液体が接合界面の溶解層に入り込んでこれを乱すことを防ぐことができる。その結果、強固で安定した欠陥のない接合部を形成することができる。
【0013】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、更に、インク流路内に残る有機溶剤を加熱して該有機溶剤を蒸発させる工程(C)を含むことが好ましい。この態様によれば、加熱により接合界面が完全に相溶状態となるので、両基板を強固に接合することができる。
【0014】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、前記非結晶性熱可塑性樹脂の樹脂構成材料が、ポリエステル、ポリエステルカーボネート、ポリフェニレンオキサイド、ポリフェニレンサルファイド、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、及びこれらの変成体、並びにこれらの共重合体からなる群から選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。この態様によれば、その非結晶性熱可塑性樹脂が、成形性,耐候性,耐水性などに加え、製造工程上の要求性能、例えば検査工程のための透明性、加熱工程のための高温安定性などに優れているので、噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドのキャビティ板及び振動板の構成材料として好適である。
【0015】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、前記非結晶性熱可塑性樹脂材料と相溶性を有する有機溶剤が、クロロホルム、トリクロロエタン、及びジクロロメタンからなる群から選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。この態様によれば、その有機溶剤は、種々の非結晶性熱可塑性樹脂に対して用いることができ、汎用性が高い。また、揮発性が高く残留したものの乾燥が容易である。
【0016】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、前記有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体が、アルコール類、エーテル類及びベンゼンからなる群から選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。この態様によれば、当該液体は、種々の非結晶性熱可塑性樹脂と有機溶媒の組み合わせに対して用いることができ、汎用性が高い。また、揮発性が高く残留したものの乾燥が容易である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、非結晶性熱可塑性樹脂からなるキャビティ板及び振動板を、これと相溶性を有する有機溶剤で、その接合界面が相溶状態になるようにして接合するので、簡便な方法でコスト安くインク噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドを製造することができる。また、接合後の余剰の有機溶剤は、これと混和性を有し且つ非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性が無い溶液をインク流路内に通して排出するので、接合後に繊細なインク流路内に溶剤が残留することがなく、接合不良,流路変形,あるいは流路閉塞などの欠陥が無く、高い流路寸法精度と、強固で安定した接合強度とを有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を用いて本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法を説明する。図1は、本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法に用いられるキャビティ板10の平面図であり、図2は、キャビティ板10と振動板20とを接合した状態の側断面図である。
【0019】
図1,2に示すように、キャビティ板10の表面には、ノズル部2A、加圧室部2B、フィルタ流路部2C及びインク供給部2Dからなるインク流路2をなす凹溝が、複数本(この実施形態では4本)形成されている。また、ノズル部2Aの先端側には、貫通穴3が形成されている。また、キャビティ板1の側部には、インク供給部2Dに連通するインク供給口4が形成されている。
【0020】
このキャビティ板10は、非結晶性熱可塑性樹脂を射出成形、加圧成形、ブロー成形等の成形加工によって製作される。非結晶性熱可塑性樹脂としては、特に限定はなく、成形性、耐候性、耐水性、透明性、耐熱性などの性能を備えたものが好ましく挙げられる。なかでも、ポリエステル,ポリエステルカーボネート,ポリフェニレンオキサイド,ポリフェニレンサルファイド,ポリサルホン,ポリエーテルサルホン,ポリアリレート,ポリエーテルイミド及びこれらの変成体、並びに共重合体を含む合成樹脂材料が特に好ましい一例として挙げられる。これらの樹脂は、成形性、耐候性、耐水性などに加え、製造工程上の要求性能、例えば検査工程のための透明性、加熱工程のための高温安定性などに優れている。
【0021】
また、振動板20は、平板状のシート状物からなり、キャビティ板10と同じ材質の非結晶性熱可塑性樹脂を、押出成形、カレンダ成形などのシート成形法によって作製される。また、振動板20の表面には、導電性ペーストの塗膜などからなる共通電極21が形成されており、該共通電極21の表面に形成された接着剤層22を介して圧電素子23が接着されている。
【0022】
このインクジェット記録ヘッド30は、キャビティ板10と振動板20とが気密に接合されて形成されており、キャビティ板10と振動板20との間の空間が、インク流路2をなしている。振動板20の表面に配置された圧電素子23に適正波形の電圧を印加して電界誘起歪みを生じさせることで、インク加圧室部2Bの体積が変化し、その変化量に相当する量のインク滴が、ノズル部2Aから記録紙などに向けて噴射されて印字が行われる。
【0023】
次に、本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法について説明する。
【0024】
本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、キャビティ板10側の振動板20との接合面及び/又は振動板20側のキャビティ板10との接合面に、非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する有機溶剤を塗布する有機溶剤塗布工程と、互いに接合面を重ね合わせてキャビティ板10と振動板20とを加圧接合する加圧接合工程と、加圧接合時にインク流路2内に余剰に流出した有機溶剤を該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体をインク流路内に通して排出する排出工程と、インク流路2内に残る有機溶剤を加熱して該有機溶剤を蒸発させる乾燥工程とで、主に構成されている。以下、各工程について説明する。
【0025】
(有機溶剤塗布工程)
有機溶剤塗布工程では、まず、キャビティ板10及び振動板20を、中性洗剤やエタノールなどで洗浄して、表面に付着している油脂や可塑剤などを除去する前処理を行う。洗浄方法としては、特に限定はなく、超音波洗浄などが挙げられる。なお、表面状態が清浄であれば特に前処理は行う必要はない。
【0026】
次に、キャビティ板10側の振動板20との接合面、及び/又は、振動板20側のキャビティ板10との接合面に、非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する有機溶剤(以下、「樹脂相溶性有機溶剤」と記す)を塗布する。
【0027】
樹脂相溶性有機溶剤としては、特に限定はなく、キャビティ板10及び振動板20の材料として用いた非結晶性熱可塑性樹脂の種類によって適宜変更でき、非結晶性熱可塑性樹脂の溶解性と、乾燥の容易性などを考慮して適宜選定できる。例えば、非結晶性熱可塑性樹脂としてポリエーテルイミド樹脂を用いた場合には、塩素系溶剤のクロロホルム,トリクロロエタン,ジクロロメタンが好ましく採用できる。
【0028】
樹脂相溶性有機溶剤は、接合面の全面に塗布してもよいが、接合面の一部に塗布した場合であっても、キャビティ板10と振動板20とを重ね合わせることで、毛細管現象により接合面に樹脂相溶性有機溶剤が広がる。このため、接合界面から、過剰な樹脂相溶性有機溶剤の流出を抑制できるという理由から、接合面の表面に流動可能な溶剤層が十分に行き渡る量の樹脂相溶性有機溶剤を塗布することが好ましい。例えば、図1の各×印の有機溶剤滴下位置5に、樹脂相溶性有機溶剤を所定量塗布するなどの方法が好ましい一例として挙げられる。なお、この実施形態では、キャビティ板10側の接合面に樹脂相溶性有機溶剤を塗布したが、振動板20側の接合面に塗布するようにしてもよく、両方の接合面にそれぞれ塗布してもよい。
【0029】
(加圧接合工程)
加圧接合工程では、キャビティ板10と、振動板20とを重ね合わせ、一定荷重で加圧する。加圧力は0.1kg/cm〜1kg/cmが好ましい。加圧力を前記範囲に収めることにより、相溶状態となった接合界面の溶解層を均一に滞留させておきながら接合することができる。加圧力が小さいと、後述する排出工程において、接合界面から流出した余剰の有機溶剤を該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体を流通させて排出する際に、該液体によって接合界面上に滞留していた樹脂相溶性有機溶が洗い流されてしまうことがあるので接合不良を生じやすい。また、加圧力が大きすぎると、接合界面に溶解層が均一に滞留しないことがあり、一部接着されない部分が生じて、接合不良が生じることがある。また、加圧力過大による部材の変形が生じることがある。
【0030】
加圧時間は0.5分以上が好ましい。加圧時間が短すぎると、接合界面に、樹脂相溶性有機溶が均一に広がらないことがあり、均一な溶融層が形成されないことがある。
【0031】
(排出工程)
加圧接合工程において、キャビティ板10と、振動板20との互いの接合面を重ね合わせて加圧すると、接合界面から余剰量の樹脂相溶性有機溶剤が流出する。この流出した樹脂相溶性有機溶剤が、インク噴射容器内に流入して滞留すると、インク流路2などが変形する。そこで、本発明では、有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体(以下、「混和性溶液」と記す)を、インク流路2に通流して、インク流路2に余剰に流入した樹脂相溶性有機溶剤を外部に排出する。
【0032】
混和性溶液としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類、ジエチルエーテルなどのエーテル類、ベンゼンなどが好ましく挙げられる。
【0033】
混和性溶液は、キャビティ板10と振動板20とを圧接した状態で通流することが好ましい。圧接状態を継続しつつ混和性溶液を通流することで、その圧接圧により混和性溶液が接合界面の溶解層に入り込んでこれを乱すことを防ぐことができ、インク流路2内に余剰に流出した樹脂相溶性有機溶剤を速やかに外部に排出できる。また、インク流路2の変形を防止するため、混和性溶液は、接合界面から余剰の樹脂相溶性有機溶剤が流出するとほぼ同時に通流することが好ましい。
【0034】
混和性溶液の通流時間は、0.5分以上が好ましい。通流時間が短すぎると、インク流路2内に接合界面から流出した樹脂相溶性有機溶剤を排出しきれないことがある。
【0035】
そして、混和性溶液を所定時間通流したのち、インク供給口4からインク流路2内にエアーを送り、インク流路2内に残留している液体(主に樹脂相溶性有機溶剤と混和性溶液との混和液)を外部に排出する。
【0036】
なお、前記加圧工程において、インク噴射容器の外、つまりキャビティ板10及び振動板20の外表面側にも余剰の樹脂相溶性有機溶剤が排出される。外表面側に排出された樹脂相溶性有機溶剤は、その部分で溶解層を作り一定時間後は自然に揮発する。この際に溶解した痕跡が残るので、機能面では問題ないが外観上好ましくない。このため、外表面側に流出した樹脂相溶性有機溶剤は、混和性溶液で噴流などして洗浄することが好ましい。
【0037】
(乾燥工程)
乾燥工程では、インク流路2内に流入した樹脂相溶性有機溶剤を排出した後、接合面を加圧した状態で一定温度に加熱して、接合面の滞留している樹脂相溶性有機溶剤を蒸発させる。これにより、接合界面は完全に相溶状態となり、キャビティ板10と振動板20とが強固に接合される。
【0038】
加熱乾燥温度の下限値は、次工程で、振動板20の表面に圧電素子23を接着する時点で行われる接着剤の加熱硬化温度より高い温度とすることが好ましい。また、上限値は、キャビティ板10及び振動板20を構成する非結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度未満とする。
【0039】
そして、このようにしてキャビティ板10と振動板20とを接合した後、振動板20の表面に導電性ペースト(好ましくは、硬化条件が非結晶性熱可塑性樹脂のガラス転移温度未満の導電性ペースト)を塗布し、乾燥して共通電極21を形成し、この共通電極21の表面に接着剤(好ましくは反応硬化型の接着剤)を塗布して、圧電素子23を接着し、接着剤を硬化してインクジェット記録ヘッドが製造される。
【0040】
本発明によれば、キャビティ板10と振動板20とが非結晶性熱可塑性樹脂で構成されているので、材料コストが低く経済的である。また、非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する樹脂相溶性有機溶剤で、その接合界面が相溶状態になるようにして接合するので、簡便な方法でコスト安くインク噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドを製造することができる。そして、接合後の余剰の樹脂相溶性有機溶剤は、混和性溶液をインク流路2内に通して排出するので、接合後に繊細なインク流路2内に樹脂相溶性有機溶剤が残留せず、接合不良,流路変形,あるいは流路閉塞などの欠陥が無く、高い流路寸法精度と、強固で安定した接合強度とを有している。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
ポリエーテルイミド樹脂(商品名「ウルテム1000」 日本ジーイープラスチック社製)を射出成形し、最小寸法が50μm、深さ35μmの凹溝からなるインク流路2を備えたキャビティ板10を作製した。次に、厚さ200μmのポリエーテルイミド樹脂シート(商品名「スミライトFS−1400」 住友ベークライト社製)を、キャビティ板10に相応する寸法に切断して振動板20を作製した。次に、図1の各×印の有機溶剤滴下位置5に、有機溶剤としてクロロホルムを、キャビティ板10の表面に十分に行き渡る量滴下した後、振動板20を重ね合わせた。次に、振動板20を、その全面を全面をカバーする加圧板とヒータとを兼ねた平坦な板状のエアーチャックでつかみ、重ね合わせて0.5kg/cmで加圧して、接合面の全面に有機溶剤を進入させるとともに、余剰の有機溶剤を接合面から排出した。そして、接合面からインク流路2に流入したクロロホルムは、加圧と同時にインク供給口4からエタノールを通流して排出した。そして、インク供給口4からエアーを30秒間流し、インク流路2に残留しているエタノールを排出した。以上の加圧接合工程及び溶剤排出工程においては、加圧時間を1分、エタノールの通流による溶剤排出時間を1分とした。次に、加圧力を上げて約5kg/cmの加圧状態とし、ヒータのパワーを上げて120℃、2時間の加熱乾燥を行った。
乾燥工程終了後、接合面を切り出し、光学顕微鏡で観察したところ、キャビティ板10と振動板20とが完全に一体化されており、殆ど変形の無いインク流路2を内包したインク噴射容器部が形成されていたことが確認された。また、このキャビティ板10及び振動板20は、湾曲などの変形が生じていないことが確認された。
したがって、インク流路2の寸法精度がよく確保されると同時に、接合界面が実用上十分に相溶した状態となって強固に一体化したインク噴射容器部が得られることが実証された。
【0042】
(実施例2)
実施例1において、有機溶剤として、クロロホルムの代わりに1−1−2トリクロロエタンを、キャビティ板10の表面に十分に行き渡る量滴下し、振動板20を重ね合わせた。そして、実施例1と同様にして加圧工程を行い、加圧と同時にインク供給口4からジエチルエタノールを通流して、接合面からインク流路2に流入した1−1−2トリクロロエタンをインク流路2から排出し、その後、インク供給口4からエアーを30秒間流して、インク流路2に残留しているジエチルエタノールを排出した。次に、加圧力を上げて約5kg/cmの加圧状態とし、ヒータのパワーを上げて150℃、2時間の加熱乾燥を行った。
乾燥工程終了後、接合面を切り出し、光学顕微鏡で観察したところ、キャビティ板10と振動板20とが完全に一体化されており、殆ど変形の無いインク流路2を内包したインク噴射容器部が形成されていたことが確認された。また、このキャビティ板10及び振動板20は、湾曲などの変形が生じていないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法に用いられるキャビティ板の平面図である。
【図2】キャビティ板と振動板とを接合した状態の側断面図である。
【符号の説明】
【0044】
10:キャビティ板
2:インク流路
2A:ノズル部
2B:加圧室部
2C:フィルタ流路部
2D:インク供給部
3:貫通穴
4:インク供給口
5:有機溶剤滴下位置
20:振動板
21:共通電極
22:接着剤層
23:圧電素子
30:インクジェット記録ヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インク供給部、フィルタ流路部、加圧室部、及びノズル部が凹溝として形成されたキャビティ板と、平板状の振動板とを前記凹溝を覆うように気密に接合して、前記インク供給部、前記フィルタ流路部、前記加圧室部、及び前記ノズル部が互いに連通したインク流路を内包したインク噴射容器部を有するインクジェット記録ヘッドの製造方法において、
前記キャビティ板及び前記振動板が非結晶性熱可塑性樹脂からなり、
前記非結晶性熱可塑性樹脂と相溶性を有する有機溶剤を、前記キャビティ板の接合面及び前記振動板の接合面の少なくとも一方の接合面に塗布し、互いの接合面を重ね合わせて該キャビティ板と該振動板とを接合する工程(A)と、
その接合の際にインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を、該有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体をインク流路内に通して排出する工程(B)と、
を含むことを特徴とするインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記工程(A)において、キャビティ板及び振動板の少なくとも一方を他方の部材の接合部平面に圧接し、その圧接を継続しつつ前記工程(B)においてインク流路内に余剰に流出した有機溶剤を排出する請求項1記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項3】
更に、インク流路内に残る有機溶剤を加熱して該有機溶剤を蒸発させる工程(C)を含む請求項1又は2記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項4】
前記非結晶性熱可塑性樹脂の樹脂構成材料が、ポリエステル、ポリエステルカーボネート、ポリフェニレンオキサイド、ポリフェニレンサルファイド、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、及びこれらの変成体、並びにこれらの共重合体からなる群から選ばれた少なくとも1種である請求項1〜3のいずれか1つに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記非結晶性熱可塑性樹脂材料と相溶性を有する有機溶剤が、クロロホルム、トリクロロエタン、及びジクロロメタンからなる群から選ばれた少なくとも1種である請求項1〜4のいずれか1つに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項6】
前記有機溶剤と混和性を有し且つ実質的に前記非結晶性熱可塑性樹脂との相溶性が無い液体が、アルコール類、エーテル類及びベンゼンからなる群から選ばれた少なくとも1種である請求項1〜5のいずれか1つに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−30180(P2010−30180A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−195796(P2008−195796)
【出願日】平成20年7月30日(2008.7.30)
【出願人】(591083244)富士電機システムズ株式会社 (1,717)
【Fターム(参考)】