説明

インスリン分泌促進剤

【課題】膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進する化合物を見出し、高血糖に起因する疾患、例えば糖尿病の予防及び/又は治療剤の提供。
【解決手段】N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とするインスリン分泌促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進し、高血糖に起因する疾患、例えば糖尿病を予防及び/又は治療する薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓は内胚葉由来の内分泌・外分泌腺組織で、内分泌細胞・腺房細胞・導管細胞から構成される。内分泌細胞である膵ランゲルハンス氏島(膵ラ氏島)は膵全体の1%を構成し主に4つの細胞に分類される。グルカゴンを分泌するα細胞、インスリンを分泌するβ細胞、ソマトスタチンを合成・分泌するδ細胞、膵性ポリペプチドを合成・分泌するF細胞である。このうち、β細胞から分泌されるインスリンの主な生理機能は血糖を低下させることであり、血糖降下作用を示す唯一のホルモンでもある。
インスリンは、膵β細胞において血糖の上昇を感知することのより分泌され、門脈内に放出される。放出されたインスリンは肝臓においては糖新生や糖放出を抑制、末梢組織である脂肪・筋肉組織では糖取り込みを促進することにより生体の血糖レベルは保たれる。
【0003】
糖尿病は、インスリン欠乏、あるいは、その作用不足により引き起こされる持続的高血糖状態である。糖尿病は主に、自己免疫疾患などにより膵インスリン分泌異常によって生じるインスリン依存型糖尿病(IDDM)と、インスリン作用不足(インスリン抵抗性)により持続的高インスリン状態を招き、それに伴う膵疲弊によるインスリン分泌能低下が原因となるインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)の二つの種類に分けられる。糖尿病による持続的高血糖は、血管障害を引き起こし、多臓器に合併症を引き起こす。代表的な合併症として、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経症などがあげられ、生活の質(QOL)の低下、医療費の増大、生存率の低下などが問題視されている。
【0004】
糖尿病の治療には、運動療法、食事療法、薬物療法が行われる。薬物療法に用いられる薬剤としては、例えば、膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進する薬剤、インスリン抵抗性を改善する薬剤、糖の吸収を抑制する薬剤、糖の利用を促進する薬剤などがある。中でもインスリン分泌促進剤は、血中インスリン濃度を上昇させ、血糖を低下させる効果が期待出来ることから、高血糖を抑制し、糖尿病を改善させることが期待されており、スルホニルウレア製剤(SU薬)、速攻型インスリン分泌促進薬、DPPIV阻害薬(非特許文
献1参照)、GLP−1アナログ(非特許文献2参照)などが糖尿病治療の現場で実際に用いられている。しかしながら、日本において最も繁用されているSU薬は、膵β細胞を刺激し内因性インスリン分泌を促進するが(非特許文献3参照)、副作用として低血糖を呈する場合があり、特に高齢者、腎機能低下者や食事が不規則な場合の使用においては注意が必要となる。また、体重増加等の副作用も報告されている。さらに、初期投与時から効果が見られない一次無効や、投与期間中に臨床効果がなくなる二次無効が起こることがあり(非特許文献4参照)、これらの副作用を軽減し、またインスリン分泌能力を損なわないよう膵β細胞にできるだけ負担の少ないインスリン分泌促進剤の開発が望まれている。
【0005】
一方、次式(1):
【0006】
【化1】

【0007】
で表される、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン(以下、「K−7174」と記載する場合がある)、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物は、脳機能障害の改善や進展防止に有効な脳保護剤(特許文献1参照)、細胞接着阻害作用及び細胞浸潤阻害作用による抗アレルギー剤、抗炎症剤(特許文献2参照)、及びアポトーシス抑制作用によるシェーグレン症候群、結膜障害等の治療剤(特許文献3参照)、エリスロポエチン産生促進剤(特許文献4参照)、前駆脂肪細胞分化抑制剤(特許文献5参照)として有用であることが知られているが、当該K−7174が膵臓β細胞からのインスリン分泌にどのような作用をするかは全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3−2144号公報
【特許文献2】特開平9−143075号公報
【特許文献3】WO02/20477号パンフレット
【特許文献4】WO04/02493号パンフレット
【特許文献5】特開2009−051796号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J Clin Endocrinol Metab.2004 May 89;(5):2078−84
【非特許文献2】Regul Pept.2004 Feb 15;117(2):77−88
【非特許文献3】The Lancet.1985 Aug 31;2(8453):474−5
【非特許文献4】The Lancet.1998 Sep 12;352(9131):837−53
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進する化合物を見出し、高血糖に起因する疾患、例えば糖尿病を予防、治療する薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、インスリン分泌促進活性を有する化合物を見出す研究の一環として、ハムスター膵β細胞株HIT−T15細胞を用いて、インスリン分泌を促進する化合物の探索を行ったところ、全く意外にもN,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン(K−7174)が、膵臓β細胞からのインスリン分泌を促進する作用を有していることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とするインスリン分泌促進剤を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とする血糖低下剤を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とする、糖尿病の予防及び/又は治療剤を提供するものである。
【0015】
さらに、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の有効量を投与することを特徴とするインスリン分泌促進方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の有効量を投与することを特徴とする血糖低下方法を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の有効量を投与することを特徴とする、糖尿病の予防及び/又は治療方法を提供するものである。
【0018】
さらに、本発明は、インスリン分泌促進剤を製造するための、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の使用を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、血糖低下剤を製造するための、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の使用を提供するものである。
【0020】
また、本発明は、糖尿病の予防及び/又は治療剤を製造するための、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物の使用を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の、N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物は、膵臓β細胞からインスリン分泌を強力に促進する作用を有する経口投与可能な低分子性化合物であり、ヒトを含む哺乳類の高血糖に起因する疾患、例えば糖尿病の予防及び/又は治療剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】HIT−T15細胞にK−7174を添加した時のインスリン分泌促進効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に用いるN,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン(K−7174)は、例えば、特開平3−2144号公報及び特開平9−143075号公報に記載の方法に従って製造することができる。
【0024】
また、本発明ではK−7174の酸付加塩若しくは溶媒和物を用いることもできる。酸付加塩及び溶媒和物は、常法により製造することができる。
【0025】
本発明の、酸付加塩を形成する酸としては、薬学的に許容できるものであれば特に制限はないが、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、臭化水素酸等の無機酸;酢酸、乳酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸、マレイン酸、クエン酸、フマール酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機酸等が挙げられる。
【0026】
本発明の溶媒和物としては、水和物、アルコール和物(例えば、エタノール和物)等が挙げられる。
【0027】
後記実施例に示すとおり、K−7174は、ハムスター膵β細胞株HIT−T15細胞におけるインスリン分泌を有意に促進する作用を示した。従って、K−7174、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物は、血糖低下剤として、また、ヒトを含む哺乳類の高血糖に起因する疾患、例えば糖尿病の予防及び/又は治療剤として有用である。ここで、糖尿病としては、より詳細にはインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)が挙げられる。
【0028】
本発明の医薬は、単独又は他の薬学的に許容される溶解剤、賦形剤、結合剤、希釈剤等の担体を用いて、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、粉末剤、ローション剤、軟膏剤、注射剤、座剤等の剤型とすることができる。これらの製剤は、公知の方法で製造することができる。例えば、経口投与用製剤とする場合には、トラガントガム、アラビアガム、ショ糖エステル、レシチン、オリーブ油、大豆油、PEG400等の溶解剤;澱粉、マンニトール、乳糖等の賦形剤;カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース等の結合剤;結晶セルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤;タルク、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤;軽質無水ケイ酸等の流動性向上剤;トウモロコシデンプン等の希釈剤等を適宜組み合わせて処方することにより製造することができる。
【0029】
本発明の医薬は、経口投与又は非経口投与により投与される。本発明の医薬の投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状等によって異なるが、通常成人の場合、K−7174として一日0.01〜1000mg、好ましくは0.1〜100mgを1〜3回に分けて投与するのが好ましい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0031】
実施例1 インスリン分泌促進作用
ハムスター膵β細胞株HIT−T15細胞をペニシリン(100単位/mL)、ストレプトマイシン(100μg/mL)及び10%胎児ウシ血清を含むHam’s F−12K培地を用いて継代培養した。24穴培養プレートに細胞を適量播種し、48時間37℃で培養後、0.1%アルブミン含有KRBHバッファーにて洗浄した。次いで、同バッファーにて1時間、37℃で静置した。これに、ブドウ糖を最終濃度で2mMになるように添加し、さらに図1に記載する各濃度の1000倍の濃度でDMSOにて溶解したK−7174を、バッファー中0.1体積%含有となる条件で添加した。K−7174添加後、1時間、37℃で静置した後、上清を回収しインスリン濃度をレビスインスリンキットマウスT(株式会社シバヤギ)により測定した。コントロールとしてDMSOのみを添加したものを用いた。
【0032】
HIT−T15細胞におけるK−7174のインスリン分泌促進効果を図1に示す。各ポイントは平均±標準誤差で示し、統計処理にはDunnett型多重比較検定を用い、コントロールとの比較を行った。
図1からわかるように、K−7174を0.03〜1.0μMとなるよう添加したところ、インスリン分泌が有意に増加し、濃度依存的なインスリン分泌促進作用が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とするインスリン分泌促進剤。
【請求項2】
N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの溶媒和物を有効成分とする血糖低下剤。
【請求項3】
N,N’−ビス[5−(3,4,5−トリメトキシフェニル)−4−ペンテニル]ホモピペラジン、若しくはその酸付加塩又はこれらの水和物を有効成分とする、糖尿病の予防及び/又は治療剤。

【図1】
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【公開番号】特開2011−1296(P2011−1296A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−145492(P2009−145492)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】