説明

ウイルス不活化組成物

【課題】低濃度かつ短時間の作用で、従来の消毒薬が無効であったノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対しても優れた不活化効果を有し、安全性が高く、低刺激性であり、さらに経済性にも優れるウイルス不活化組成物を提供する。
【解決手段】式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイドおよびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、式(2)で示される第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを含有させて、ウイルス不活化組成物とする。


[式中、Rはアルキレン基、nは2〜18の整数を示す。]


[式中、RおよびRは、炭素数8〜18のアルキル基、RおよびRは、炭素数1〜4のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノロウイルス等のウイルスに対し、優れた不活化効果を有するウイルス不活化組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
食品を取扱う施設、病院、介護施設といった日常的に衛生管理を行う必要のある施設においては、食器、調理器具、医療用具等の器材、器具、施設内の設備等、対象物の表面を洗浄あるいは消毒するために、種々の消毒薬が使用されている。
かかる消毒薬としては、消毒用エタノール、イソプロパノール等のアルコール製剤;次亜塩素酸ナトリウム等の塩素製剤、ヨードチンキ、複方ヨードグリセリン、ポビドンヨード等のヨード製剤といったハロゲン化合物;オキシドール等の過酸化物製剤;塩化ベンゼトニウム、塩化ベンザルコニウム等の陽イオン性界面活性剤;アルキルジアミノエチルグリシン等の両性界面活性剤;グルコン酸クロルヘキシジン等のクロルヘキシジン;フェノール、クレゾール石鹸等のフェノール類;グルタラール、フタラール等のアルデヒド類などが一般的に用いられている。
【0003】
しかしながら、上記した汎用される消毒薬のうち、陽イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、クロルヘキシジンおよびフェノール類はウイルスに対してほとんど効果がなく、消毒用エタノールはB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスには効果がない。また、感染症や食中毒の原因となるウイルスであって、エンベロープを持たない非エンベロープ型ウイルスに対しても、ウイルス不活化効果は十分ではない。とりわけ、ノロウイルスによる感染症や食中毒は冬季に多発し、食中毒では事件数の約30%、患者数の約50%を占めるに至っており、社会的な問題となっている。
【0004】
ノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスの不活化には、煮沸消毒や次亜塩素酸ナトリウムの使用が推奨されているが、煮沸消毒は消毒対象物の材質の耐熱性や、作業環境の湿度の上昇などにより実施できない場合があり、次亜塩素酸ナトリウムの使用についても、消毒対象物に対して腐食などの悪影響を及ぼすという問題がある。また、グルタラール等のアルデヒド類はきわめて強力な消毒薬であり、ウイルスに対しても幅広く有効であるが、人体には適さないため、施設内や居室等の環境の消毒や、取扱いには注意が必要である。
【0005】
かかる状況の下、ノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスを不活化する成分の探求も進められており、ポリヘキサメチレンビグアナイドが、特にアルカリ性領域において、ノロウイルスと同じカリシウイルス科のネコカリシウイルスに対して、優れた不活化効果を有することが開示されている(特許文献1)。
【0006】
また、特定の鎖長のアルキル基を有する第4級アンモニウム塩が、pH5〜9において、カリシウイルス科、ピコルナウイルス科、パルボウイルス科、パピローマウイルス科、ポリオーマウイルス科、アデノウイルス科に属するウイルスなど、ノロウイルスと同様の非エンベロープ型ウイルスに対して不活化効果を有することが示されている(特許文献2)。
【0007】
しかしながら、上記の抗ウイルス成分単独で十分な不活化効果を得るためには、比較的高濃度で使用することを要したり、作用時間を長くしたりする必要があった。特許文献1に記載された消毒液においては、ノロウイルスに対して十分な不活化効果を得るには、ポリヘキサメチレンビグアナイドの含有量は0.05重量%以上であることを要し、さらに、ウイルス不活化効果を向上させるには、アルコールを40重量%〜80重量%併用することが好ましいとされている。抗ウイルス成分やアルコールの高濃度での使用は、消毒対象物の材質に対する腐食、皮膚等に対する刺激といった悪影響を及ぼしたり、経済的な負担が増す可能性が考えられる。また、特許文献2に記載された非エンベロープ型ウイルスの不活化剤においては、十分な不活化効果を得るためには20分の作用時間を要している。抗ウイルス成分の作用時間が長いと、実用に適さないことが多いと予想される。かかる問題点を改善するため、抗ウイルス成分を併用することにより不活化効果を向上させる試みもなされており、アミンおよび/または第4級アンモニウム塩と、アルカノールアミンまたはその塩とを、特定の質量比で含有する消毒薬組成物が開示されている(特許文献3)。しかし、本文献に記載された消毒薬組成物においても、抗ウイルス成分の低濃度化と作用時間の短縮は、十分に達成されているとはいえない。
【0008】
一方、アルキルグリコシド型界面活性剤とビグアナイド系化合物を併用した抗菌剤が開示されている(特許文献4)が、本文献においてウイルス不活化作用については全く触れられていない。また、ポリヘキサメチレンビグアナイド等ビグアナイド系化合物と第4級アンモニウム塩とを併用した場合に奏される効果について、具体的に言及しているものはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−045732号公報
【特許文献2】特開2010−053091号公報
【特許文献3】特表2005−514427号公報
【特許文献4】特開2006−143620号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、使用可能な消毒対象物の制限が少なく、取扱いが簡便で、短時間の作用で有効であり、安全性が高く、かつヒトや動物に対して低刺激性であり、しかも経済的なウイルス不活化組成物が望まれている。そこで、本発明は、低濃度かつ短時間の作用で、従来の消毒薬が無効であったノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対して優れた不活化効果を有し、安全性が高く、低刺激性であり、さらに低コストで製造することができ、経済性に優れるウイルス不活化組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、ポリヘキサメチレンビグアナイド等ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、特定の化学構造を有する第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを併用することにより、特にノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対する不活化効果が相乗的に向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、次の[1]〜[11]に関する。
[1]式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、式(2)で示される第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを含有する、ウイルス不活化組成物。
【0013】
【化1】

【0014】
[式中、Rは炭素数2〜8のアルキレン基、nは2〜18の整数を示す。]
【0015】
【化2】

【0016】
[式中、RおよびRは同一または異なって、炭素数8〜18のアルキル基、RおよびRは同一または異なって、炭素数1〜4のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]
【0017】
[2]ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを、質量比にして1:2以上となるように含有する、上記[1]に記載のウイルス不活化組成物。
[3]ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上が、ポリヘキサメチレンビグアナイドおよびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上である、上記[1]または[2]に記載のウイルス不活化組成物。
[4]ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上を、これらの総量にして0.005質量%〜0.02質量%含有する、上記[1]〜[3]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
[5]組成物のpHが6〜11である、上記[1]〜[4]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
[6]第4級アンモニウム塩の1種または2種以上が、式(3)で示される第4級アンモニウム塩の1種または2種以上である、上記[1]〜[5]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
【0018】
【化3】

【0019】
[式中、RおよびRは同一または異なって、炭素数8〜18のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]
【0020】
[7]第4級アンモニウム塩の1種または2種以上を、これらの総量にして0.02質量%〜0.2質量%含有する、上記[1]〜[6]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
[8]組成物が液状である、上記[1]〜[7]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
[9]ウイルス不活化組成物が、非エンベロープ型ウイルスを対象とする、上記[1]〜[8]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物。
[10]上記[1]〜[7]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物を含有する、消毒剤。
[11]上記[1]〜[7]のいずれかに記載のウイルス不活化組成物を含有する、殺菌洗浄剤。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ウイルス不活化効果の相乗的な向上が得られることから、低濃度かつ短時間の作用において、良好なウイルス不活化効果を有し、消毒対象物の制限が少なく、安全性および取扱い性に優れ、経済的にも有利なウイルス不活化組成物を得ることができる。本発明のウイルス不活化組成物は、ノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対して、特に優れた不活化効果を示し、消毒剤、殺菌洗浄剤の有効成分として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のウイルス不活化組成物は、ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを含有してなる。
【0023】
本発明において用いるポリアルキレンビグアナイド化合物は、下記の式(1)で示される。
【0024】
【化4】

【0025】
[式中、Rは炭素数2〜8のアルキレン基、nは2〜18の整数を示す。]
【0026】
上記式(1)において、Rで示される炭素数2〜8のアルキレン基には、エチレン、プロピレン、ブチレン、ペンチレン、ヘキシレン(ヘキサメチレン)、ヘプチレン(ヘプタメチレン)、オクチレン(オクタメチレン)等の直鎖状のものの他、イソプロピレン、イソブチレン、イソペンチレン、ジメチルプロピレン、ジメチルブチレン等の分岐鎖状のものも含まれるが、直鎖状のアルキレン基が好ましい。また、ウイルス不活化効果の点からは、炭素数4〜8のアルキレン基が好ましく、ヘキサメチレン基が特に好ましい。なお、式(1)におけるnは2〜18であり、ウイルス不活化効果、取扱い性等を考慮すると、好ましくは10〜14、より好ましくは11〜13である。
【0027】
式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイド化合物は、塩酸、硝酸、硫酸等の無機酸との塩、または酢酸、乳酸、グルコン酸等の有機酸との塩の形態でも用いることができる。かかる塩の中では、塩酸塩、酢酸塩、グルコン酸塩が好ましく、塩酸塩が最も好ましく用いられる。本発明のウイルス不活化組成物には、式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から、1種または2種以上を選択して用いる。
【0028】
本発明において、ポリアルキレンビグアナイド化合物またはその塩としては、公知の方法、たとえば英国特許第702,268号等に記載された方法に従って製造したものを用いることができるが、市販の製品を用いてもよい。市販製品としては、「エクリンサイドBG」(理工協産株式会社製)、「プロキセルIB」(アーチ・ケミカルズ社製)、「ロンザバックBG」(ロンザジャパン株式会社製)等が挙げられる。
【0029】
本発明のウイルス不活化組成物には、上記ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上は、これらの総量にして、通常0.001質量%〜0.1質量%、好ましくは0.003質量%〜0.05質量%、より好ましくは0.005質量%〜0.02質量%含有させる。
【0030】
本発明において用いる第4級アンモニウム塩は、下記の式(2)で示される。
【0031】
【化5】

【0032】
[式中、RおよびRは同一または異なって、炭素数8〜18のアルキル基、RおよびRは同一または異なって、炭素数1〜4のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]
【0033】
上記式(2)において、RまたはRで示される炭素数8〜18のアルキル基としては、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル(ラウリル)、テトラデシル(ミリスチル)、テトラヘキシル(パルミチル)、テトラオクチル(ステアリル)等の直鎖状のアルキル基、1−メチルヘプチル(sec−オクチル)、6−メチルヘプチル(イソオクチル)、1,1−ジメチルヘキシル、2−エチルヘキシル、1−メチルトリデシル、12−メチルトリデシル(イソミリスチル)、1−メチルペンタデシル、14−メチルペンダデシル(イソパルミチル)、1−メチルヘプタデシル、16−メチルヘプタデシル(イソステアリル)等の分岐鎖状のアルキル基が挙げられる。また、式(2)において、RまたはRで示される炭素数1〜4のアルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、2−プロピル(イソプロピル)、ブチル、1−メチルプロピル(sec−ブチル)、2−メチルプロピル(イソブチル)、1,1−ジメチルエチル(tert−ブチル)が挙げられる。
【0034】
ウイルス不活化効果等の点で、上記式(2)のRおよびRがともにメチルである、下記の式(3)で示される第4級アンモニウム塩が好ましい。さらに式(3)で示される第4級アンモニウム塩のうち、ジデシルジメチルアンモニウム塩が特に好ましい。
【0035】
上記式(2)において、Aで示される無機または有機の陰イオンとしては、ハロゲンイオン、無機酸イオン、有機酸イオン等が挙げられる。
ハロゲンイオンとしては、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン等が挙げられる。無機酸イオンとしては、硝酸イオン、硫酸イオン、リン酸イオン等が挙げられる。有機酸イオンとしては、メチル硫酸イオン等の炭素数1〜3程度のアルキル硫酸エステルイオン;酢酸イオン、プロピオン酸イオン、酪酸イオン、カプロン酸イオン等の炭素数2〜6程度のモノカルボン酸イオン;乳酸イオン、リンゴ酸イオン、クエン酸イオン等の炭素数3〜6程度のヒドロキシカルボン酸イオン;シュウ酸イオン、マロン酸イオン、コハク酸イオン、フマル酸イオン、マレイン酸イオン、アジピン酸イオン等の炭素数2〜6程度のジカルボン酸イオンなどが挙げられる。
これらのうち、ハロゲンイオン、硫酸イオン、アルキル硫酸エステルイオン、ジカルボン酸イオンが好ましく、塩素イオン、アジピン酸イオンが特に好ましい。
【0036】
本発明のウイルス不活化組成物には、上記した式(2)で示される第4級アンモニウム塩より、1種または2種以上を選択して用いる。かかる第4級アンモニウム塩は、公知の方法に従って製造して用いることもできるが、「コータミンD10P」、「コータミンD86P」、「コータミンD2345P」(以上花王株式会社製)、「バーダック2280/2250」、「コーボクオート」(以上ロンザジャパン株式会社製)、「カチオーゲンDDM−PG」(第一工業製薬株式会社製)、「カチオンDDC−50」、「オスモリンDA−50」(以上三洋化成工業株式会社製)等の市販の製品を用いることもできる。
【0037】
本発明のウイルス不活化組成物には、上記第4級アンモニウム塩より選択した1種または2種以上は、これらの総量にして、通常0.002質量%〜0.5質量%、好ましくは0.02質量%〜0.2質量%、より好ましくは0.04質量%〜0.1質量%含有させる。
【0038】
本発明のウイルス不活化組成物においては、式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、式(2)で示される第4級アンモニウム塩より選択される1種または2種以上とは、質量比にして1:2以上となるように含有させることが好ましく、1:4以上となるように含有させることがより好ましい。これらをかかる質量比で含有させることにより、より良好なウイルス不活化効果の向上を得ることができる。ウイルス不活化効果の向上は、ポリアルキレンビグアナイド化合物および/またはその塩の含有質量に対する第4級アンモニウム塩の含有質量の比が大きくなるほど顕著となるが、組成物の取扱い性や経済性等を考慮すると、1:20以下とすることが好ましく、1:15以下とすることがより好ましい。
【0039】
また、特にノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対する不活化効果および取扱い性等を考慮すると、本発明のウイルス不活化組成物のpHは6〜11であることが好ましく、6.5〜10であることがより好ましく、9〜10であることが特に好ましい。組成物のpHの調整は、常法により、適宜緩衝液やpH調整剤を用いて行うことができる。緩衝液としては、クエン酸−リン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液等が挙げられ、pH調整剤としては、乳酸、クエン酸、グルコン酸、コハク酸、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化ナトリウム等が挙げられる。
【0040】
本発明のウイルス不活化組成物には、上記したポリアルキレンビグアナイド化合物および/またはその塩、ならびに第4級アンモニウム塩以外に、本発明の特徴を損なわない範囲で、アシクロビル等の一般的な抗ウイルス成分、フェノキシエタノール、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン等の一般的な抗菌成分を含有させることもできる。
【0041】
本発明のウイルス不活化組成物は、液状担体、ゲル状担体、エマルション、固体担体等を用いて、液状、ペースト状、ゲル状、乳状、固形状等の種々の形態で提供することができるが、短時間に広範囲の消毒対象物に作用させるには、液状の組成物とすることが好ましい。液状担体としては、水;エタノール、イソプロパノール、ブタノール等の低級アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ブチレングリコール等の多価アルコールなどの有機溶媒を用いることができるが、消毒対象物に対する腐食性等の取扱い性および経済性等を考慮すると、水または水と前記有機溶媒との混合物を用いることが好ましい。
【0042】
さらに本発明のウイルス不活化組成物には、ウイルスに対する不活化効果や組成物の安定性等に影響を与えない範囲において、洗浄性や起泡性の付与を目的として、上記第4級アンモニウム塩以外の界面活性剤を添加することができる。かかる界面活性剤としては、第1級〜第3級の脂肪アミン塩、2−アルキル−1−アルキル−1−ヒドロキシエチルイミダゾリニウム塩等の他の陽イオン性界面活性剤;N,N−ジメチル−N−アルキル−N−カルボキシメチルアンモニウムベタイン等のアルキルベタイン型、N,N−ジアルキルアミノアルキレンカルボン酸等のアミノカルボン酸型、N,N,N−トリアルキル−N−スルホアルキレンアンモニウムベタイン等のアルキルスルホベタイン型、2−アルキル−1−ヒドロキシエチル−1−カルボキシメチルイミダゾリニウムベタイン等のイミダゾリン型両性界面活性剤などを用いることができる。また、増泡、製剤安定性の向上、着色、着香等を目的として、アラビアゴム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシセルロース、ポリアクリル酸ナトリウム等の水溶性高分子;エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、トリポリリン酸、ヘキサメタリン酸塩等の金属イオン封鎖剤;塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウム等の無機塩;色素;香料などを添加してもよい。
【0043】
本発明のウイルス不活化組成物は、第I群2本鎖DNAウイルス、第II群1本鎖DNAウイルス、第III群2本鎖RNAウイルス、第IV群1本鎖RNA+鎖ウイルス、第V群1本鎖RNA−鎖ウイルス、第VI群1本鎖RNAウイルス+鎖逆転写ウイルス、第VII群2本鎖DNA逆転写ウイルスのウイルス全般に対して、特に制限されることなく不活化効果を示すが、非エンベロープ型ウイルスに対して良好な不活化効果を示す。かかる非エンベロープ型ウイルスとしては、ノーウォークウイルス (Norwalk virus:NV) 等のノロウイルス属 (Norovirus)、サッポロウイルス (Sapporo virus:SV)等のサポウイルス属 (Sapovirus)、ウサギ出血熱ウイルス(Rabbit hemorrhagic disease virus)等のラゴウイルス属(Lagovirus)、ネコカリシウイルス (Feline calicivirus)、ブタ水疱疹ウイルス(Swine vesicular exanthema virus)等のベシウイルス属 (Vesivirus)などのカリシウイルス科(Caliciviridae)ウイルス;ポリオウイルス(Poliovirus)、コクサッキーウイルス(Coxsackievirus)、エコーウイルス(Echovirus)、エンテロウイルス(Enterovirus)等のエンテロウイルス属(Enterovirus)、風邪ウイルス(Common cold virus)等のライノウイルス属(Rhinovirus)、A型肝炎ウイルス(Hepatitis A virus)等のヘパトウイルス属(Hepatovirus)、ヒトパレコウイルス(human parechovirus)等のパレコウイルス属(parechovirus)、アイチウイルス(Aichi virus)等のコブウイルス属(Kobuvirus)、口蹄疫ウイルス(Foot-and-mouth disease virus)等のアフトウイルス属(Aohthovirus)などのピコルナウイルス科(Picornaviridae)ウイルス;パルボウイルスB19(Parvovirus B19)等のエリスロウイルス属(Erythrovirus)、ヒトボカウイルス(Human Bocavirus:HBoV)等のボカウイルス属(Bocavirus)、アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus)等のディペンドウイルス属(Dependovirus)、デンソウイルス属(Densovirus)、ブレビデンウイルス属(Aedes aegypti densovirus:AaDNV)などのパルボウイルス科(Parvoviridae)ウイルス;ヒト乳頭腫ウイルス(Human papillomavirus:HPV)、ウシ乳頭腫ウイルス(Bovine papillomavirus:BPV)、ウサギ乳頭腫ウイルス(Cottontail rabbit papillomavirus:CRPV)等のパピローマウイルス属(Genus papillomavirus)などのパピローマウイルス科(papillomaviridae)ウイルス;JCポリオーマウイルス(Polyomavirus JC)、BKポリオーマウイルス(Polyomavirus BK)、アフリカミドリザルポリオーマウイルス(African green monkey polyomavirus:AGMPyV)、シミアンウイルス40(Simian virus 40:SV-40)等のポリオーマウイルス属(Polyomavirus)などのポリオーマウイルス科(Polyomaviridae)ウイルス;ヒトアデノウイルス(Human adenovirus)、ウシアデノウイルス(Bovine adenovirus)、ブタアデノウイルス(Porcine adenovirus)等のマストアデノウイルス属(Mastadenovirus)などのアデノウイルス科(Adenoviridae)ウイルスが挙げられる。
本発明のウイルス不活化組成物は、カリシウイルス科ウイルスに対する不活化効果に優れており、カリシウイルス科ウイルスの中でも、ノロウイルス属及びサポウイルス属に属するウイルスに対する不活化効果に優れ、特にノロウイルス属に属するウイルスに対する不活化効果に優れている。
【0044】
本発明において「ウイルス不活化組成物」とは、上記したウイルスの感染能力または増殖能力を除去または低下させる組成物をいう。従って、必ずしもウイルス粒子や核酸の変性作用や崩壊作用を有する必要はなく、ウイルスまたは宿主細胞の表面への吸着や、ウイルスの酵素との結合等を介して、ウイルスの宿主細胞への感染能力または宿主細胞での増殖能力を低減または阻害し得るものであればよい。
【0045】
本発明のウイルス不活化組成物は、そのまま、または各種担体、他の界面活性剤、殺菌剤等の添加成分等を加えて、消毒剤または殺菌洗浄剤とすることができる。本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、液状、ゲル状、粉末状等の種々の形態で提供することができるが、短時間に広範囲の消毒対象物に作用させる上で、液状とすることが好ましい。液状の消毒剤または殺菌洗浄剤は、ローション剤、スプレー剤等として提供することができ、計量キャップ付きボトル、トリガータイプのスプレー容器、スクイズタイプもしくはディスペンサータイプのポンプスプレー容器等に充填し、散布または噴霧等して用いることができる。
【0046】
本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、病室、居室、調理室、浴室、洗面所、トイレ等の施設内の消毒、殺菌洗浄、テーブル、椅子、寝具等の家具類、食器、調理器具、医療用品等の器具または機器、装置などの消毒、殺菌洗浄など、ウイルスが存在する可能性のある場所、またはウイルスに汚染されている可能性のある物の消毒、殺菌洗浄などに幅広く用いることができる。
【0047】
本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、消毒対象物の表面がまんべんなく濡れる程度の量を用いればよい。また、消毒対象物に対する本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤の作用時間は短時間でよく、3分〜5分で十分な消毒または殺菌洗浄効果を得ることができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、以下において、「%」は特に記載のない限り、質量%を意味する。
【0049】
[実施例1〜3、比較例1〜5]
表1に示す各成分を順次イオン交換水に添加溶解し、実施例1〜3および比較例1〜4の各ウイルス不活化組成物を調製した。なお、これら組成物のpHは、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液により、9〜10とした。比較例5は、該緩衝液のみの組成物である。
【0050】
[ノロウイルス不活化効果の評価]
ノロウイルスに対する不活化効果の評価は、ノロウイルス自体を培養することができないため、その代替として、ノロウイルスと同じカリシウイルス科に属するネコカリシウイルス(以下、「FCV」と表記する)を用いて、ウイルス感染価を測定することにより評価した。
すなわち、供試ウイルスとしてFCV−F9株を用いた。また、宿主細胞として、1%ウシ胎仔血清加最少必須培地(MEM(F1))にて2×10細胞/mLに調整したネコ腎由来株化細胞(CRFK細胞)を96穴マイクロプレートの各穴に0.1mLずつ分注し、36℃、5%COの条件下で一晩培養し、単層培養細胞としたものを使用した。
【0051】
[感染価の測定]
供試ウイルス液としては、FCV−F9株を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)とMEM(F1)の体積比9:1の混合液により、下記log10TCID50として4〜6となるように調製した懸濁液を用いた。
実施例1〜3および比較例1〜5の各組成物0.5mLをとって試験液とし、これに供試ウイルス液0.5mLを加え、室温で5分間感作させた後、この液の0.1mLをMEM(F1)0.9mLに加え、10倍段階希釈を行った。この段階希釈液を0.1mLずつ4穴に接種して、36℃、5%COの条件下で7日間培養した。
培養後、細胞変性の出現の有無を判定し、ウイルス感染価(TCID50/0.1mL)をリード−メンチ(Reed−Muench)法により算出した。対照としてPBSを用いて測定した場合の感染価との差(Δlog10TCID50/0.1mL)により、各試験液についてウイルス不活化効果を評価した。
【0052】
実施例1〜3および比較例1〜5のウイルス不活化組成物について、ノロウイルス不活化効果の評価結果を表1に併せて示した。
【0053】
【表1】

【0054】
ノロウイルス不活化効果についての本評価では、Δlog10 TCID50/0.1mL値において1以上の上昇が見られた場合、すなわち、ウイルス感染価が1/10以下となった場合に、ウイルス不活化効果の相乗的な向上が認められるものと判断した。表1において、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩0.01質量%と、塩化ジデシルジメチルアンモニウム0.02〜0.04質量%とを併用した実施例1〜3の各ウイルス不活化組成物において、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩または塩化ジデシルジメチルアンモニウムを単独で含有する比較例1〜4の各組成物に比べ、Δlog10TCID50/0.1mL値は1.7以上上昇しており、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩と塩化ジデシルジメチルアンモニウムとを併用することにより、ウイルス不活化効果の相乗的な向上が認められた。
【0055】
[実施例4、5、比較例6〜9]
表2に示す各成分を順次イオン交換水に添加溶解し、実施例4、5および比較例6〜8のウイルス不活化組成物を調製した。なお、これら組成物のpHは、リン酸緩衝液により、6〜7とした。比較例9は該緩衝液のみの組成物である。
【0056】
実施例4、5および比較例6〜9の各組成物について、上記と同様にノロウイルス不活化効果を評価した。評価結果を表2に併せて示した。
【0057】
【表2】

【0058】
表2において、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩0.01質量%と、塩化ジデシルジメチルアンモニウム0.04質量%または0.1質量%とを併用した実施例4または5のウイルス不活化組成物において、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩0.01質量%、または塩化ジデシルジメチルアンモニウム0.04質量%もしくは0.1質量%をそれぞれ単独で含有する比較例6〜8の各組成物に比べ、Δlog10TCID50/0.1mL値は0.9または1.0上昇しており、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩と塩化ジデシルジメチルアンモニウムとを併用することにより、ウイルス不活化効果の相乗的な向上が認められた。
【0059】
[実施例6、比較例10〜15]
表3に示す各成分を順次イオン交換水に添加溶解し、実施例6および比較例10〜15のウイルス不活化組成物を調製した。なお、これら組成物のpHは、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液により、9〜10とした。
【0060】
実施例6および比較例10〜15の各ウイルス不活化組成物について、上記と同様にノロウイルス不活化効果を評価した。評価結果を表3に併せて示した。
【0061】
【表3】

【0062】
表3において、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩0.01質量%と、ジデシルジメチルアンモニウムアジピン酸塩0.1質量%とを含有する実施例6のウイルス不活化組成物においては、ポリヘキサメチレンビグアナイド塩酸塩0.01質量%のみを含有する比較例15のウイルス不活化組成物に比べて、顕著なウイルス不活化効果の上昇が認められた。しかし、ジデシルジメチルアンモニウムアジピン酸塩の替わりに、上記式(2)で示される第4級アンモニウム塩に該当しない第4級アンモニウム塩である塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、オクチルジメチルエチルアンモニウム硫酸塩またはラウリルジメチルエチルアンモニウム硫酸塩をそれぞれ用いた比較例10〜14の各組成物においては、ウイルス不活化効果のかかる向上は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
以上詳述したように、本発明により、低濃度かつ短時間の作用により有効なウイルス不活化効果を有し、消毒対象物の制限が少なく、安全性および取扱い性に優れ、経済的にも有利で、消毒剤、殺菌洗浄剤の有効成分として有用なウイルス不活化組成物を提供することができる。本発明のウイルス不活化組成物は、ノロウイルス等の非エンベロープ型ウイルスに対して、特に有用な組成物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で示されるポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、式(2)で示される第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを含有する、ウイルス不活化組成物。
【化1】

[式中、Rは炭素数2〜8のアルキレン基、nは2〜18の整数を示す。]
【化2】

[式中、RおよびRは同一または異なって、炭素数8〜18のアルキル基、RおよびRは同一または異なって、炭素数1〜4のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]
【請求項2】
ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上と、第4級アンモニウム塩の1種または2種以上とを、質量比にして1:2以上となるように含有する、請求項1に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項3】
ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上が、ポリヘキサメチレンビグアナイドおよびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上である、請求項1または2に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項4】
ポリアルキレンビグアナイド化合物およびその塩よりなる群から選択される1種または2種以上を、これらの総量にして0.005質量%〜0.02質量%含有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項5】
組成物のpHが6〜11である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項6】
第4級アンモニウム塩の1種または2種以上が、式(3)で示される第4級アンモニウム塩の1種または2種以上である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【化3】

[式中、RおよびRは同一または異なって、炭素数8〜18のアルキル基を示し、Aは無機または有機の陰イオンを示す。]
【請求項7】
第4級アンモニウム塩の1種または2種以上を、これらの総量にして0.02質量%〜0.2質量%含有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項8】
組成物が液状である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項9】
ウイルス不活化組成物が、非エンベロープ型ウイルスを対象とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物を含有する、消毒剤。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のウイルス不活化組成物を含有する、殺菌洗浄剤。

【公開番号】特開2013−14551(P2013−14551A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149576(P2011−149576)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(397056042)攝津製油株式会社 (4)
【Fターム(参考)】