説明

エアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法、および圧電セラミック材料

【課題】エアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミックの製膜方法において、600℃以下でのアニールでも十分な圧電特性が得られる製膜プロセスを提供する。
【解決手段】基板2面に形成された電極3上に圧電セラミック膜4を形成するための方法であって、圧電セラミックの粉体を、エアロゾル・デポジション法により前記電極上に噴射して、圧電セラミック膜を形成する製膜ステップs3と、前記圧電セラミックの膜面に紫外線レーザー光を照射するレーザー照射ステップs4と、前記レーザー光線の照射後に600℃以下で前記基板を熱処理するアニールステップs5とを含み、前記レーザー照射ステップと前記アニールステップとにより、前記圧電セラミック膜を結晶化させるエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、エアロゾル・デポジション法によって基板上に圧電セラミック膜を形成するための方法、および圧電セラミック材料に関する。具体的には、エアロゾル・デポジション法によって製膜された圧電セラミック膜の特性改良技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子セラミック材料として、基板上に圧電セラミック膜を形成した圧電セラミックス材料がある。そして、マイクロアクチュエータや光デバイスなどを用途とした圧電セラミックス材料には、特性に優れた良質な膜を形成する必要がある。近年、数μm から数百μmの厚さをもつ電子セラミックス膜を得るための優れた手法として、エアロゾル・デポジション(AD)法という製膜技術が注目されている。このAD法は、結晶性微粒子をエアロゾル化し,これを高速ジェットに乗せて基板に堆積させることで基板上に電子セラミックス膜を形成する方法である。そして、本発明が対象とする圧電セラミックでは、1〜10μm程度の膜厚を得る際の製膜方法としてAD法が採用されつつある。
【0003】
図7に、AD法により圧電セラミック材料を作製する手順の従来例を示した。(例えば、シリコンからなる)基板上に原料となる圧電材料(PZT:チタン酸ジルコン酸鉛など)の粉体を窒素ガスなどを媒質としてエアロゾル化し(s1)、その一方で、基板上に電極を形成しておく(s2)。そして、真空雰囲気中で、エアロゾル化された粉体を基板上に噴射し、基板上に圧電セラミックスを堆積させる(ADステップ:s3)。必要とする膜厚の圧電セラミック膜を形成したら、基板を600℃より高温で熱処理(アニール)し(アニールステップ:s5)、圧電材料に圧電性を発現させる。そして、膜の上面に対向電極を形成し(s6)、圧電セラミック材料を完成させる。
【0004】
なお、光デバイスとしての圧電セラミック材料には、例えば、磁気光学結晶であるガーネットの単結晶からなる基板上に圧電セラミック膜を形成した電圧駆動型の磁気光学空間光変調器(MOSLM)がある。このMOSLMは、入射光の振幅、位相あるいは偏光の状態を空間的に変調するデバイスであり、電圧駆動型のMOSLMは、圧電効果による応力によって基板を構成するガーネット単結晶の磁化方向を制御することで、従来の電流駆動型のMOSLMと比較して消費電力と発熱とを低減することができる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−315756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の圧電セラミック材料は、図7に示したアニールステップs5において、600℃より高温での熱処理が必要であり、基板上に形成する電極は、この高温に耐える必要があることから、貴金属であるPt(白金)や、電子材料用としては希少金属となるTi(チタン)、あるいはこれらの合金などを使用する必要があった。また、上記のMOSLMなどの光デバイス用途では、これらの金属では、光の反射率が低く、光学的特性を向上させることが難しかった。
【0007】
電子材料用としては一般的なAg(銀)やAl(アルミニウム)、あるいはこれらを含む合金では、安定的な供給が期待でき、反射率も高い。しかし、PtやTiに比べると融点が低く、アニールの際に電極が損傷する可能性がある。とくに、Alは融点が約660℃であり、AD法を採用することが不可能であった。
【0008】
本発明は、上記課題になされたもので、その目的は、AD法を用いた圧電セラミックの製膜方法において、600℃以下でのアニールでも十分な圧電性が得られる製膜プロセスを提供することになる。また、そのプロセスにより製造された圧電セラミック材料を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための本発明は、基板面に形成された電極上に圧電セラミック膜を形成するための方法であって、圧電セラミックの粉体を、エアロゾル・デポジション法により前記電極上に噴射して、圧電セラミック膜を形成するADステップと、前記圧電セラミックの膜面に紫外線レーザー光を照射するレーザー光照射ステップと、前記レーザー光の照射後に600℃以下で前記基板を熱処理するアニールステップとを含み、前記レーザー光照射ステップと前記アニールステップとにより、前記圧電セラミック膜を結晶化させるエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法としている。
【0010】
また、前記レーザー光照射ステップでは、65mJ/cm以下のエネルギー密度のエキシマレーザー光を照射することがより望ましい。
【0011】
前記電極は、アルミニウムまたは銀、あるいはこれらの金属を含む合金からなり、前記アニールステップでは500℃以下の温度であるエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法とすることもできる。前記基板は、ガーネット単結晶からなるエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法としてもよい。
【0012】
また、本発明は上記何れかの方法で製膜された圧電セラミック膜を備えた圧電セラミック材料にも及んでおり、当該圧電セラミック材料は、基板と、当該基板面に形成された電極と、当該電極上に形成された圧電セラミック膜と、当該圧電セラミック膜の上面に形成された対向電極とを備えている。
【発明の効果】
【0013】
本発明のエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミックの製膜方法では、600℃以下でのアニールでも圧電セラミック膜に十分な圧電性が得られる。それによって、例えば、融点が高い従来のPtやTiなどの希少金属に代えて、一般的な電極材料であるAlやAgを主体にした、安定供給が期待できるとともに融点の低い金属を電極とし、その電極上に特性に優れた圧電セラミック膜を形成することができる。そのため、安価で高性能な圧電セラミック材料を提供することが可能となる。
【0014】
また、AlやAgは、従来の電極用金属と比較して反射率が高いことから、例えば、基板にガーネット単結晶を用いれば、優れた特性の電圧駆動型の磁気光学空間光変調器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のエアロゾル・デポジション法を用いて圧電セラミック材料を作製するための手順の一例を示す図である。
【図2】エアロゾル・デポジション法で製膜した圧電セラミック膜を備えた圧電セラミック材料の断面図である
【図3】本発明の実施例1に係る圧電セラミック材料と従来の手順で作製した比較例1に係る圧電セラミック材料における、アニール温度と圧電31係数との関係を示す図である。
【図4】本発明の実施例2に係る圧電セラミック材料と、アニールを施さないで製膜した圧電セラミック膜を備えた比較例2に係る圧電セラミック材料について、レーザー照射エネルギーと誘電率との関係を示す図である。
【図5】上記実施例2におけるレーザー照射エネルギーと残留分極との関係を示す図である。
【図6】上記実施例2におけるレーザー照射エネルギーと圧電d31定数との関係を示す図である。
【図7】エアロゾル・デポジション法を用いて圧電セラミック材料を作製するための従来の手順を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
===圧電セラミック材料===
本発明の製膜方法を評価するために、ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板面に形成されたPtとTiとの合金(Pt/Ti合金)からなる電極上に圧電セラミック膜をAD法により形成し、その圧電セラミック膜上にAu(金)の対向電極を形成し、圧電セラミック材料を作製した。そして、圧電セラミック膜の形成条件を変えた各種圧電セラミック材料をサンプルとして作製、各サンプルについて特性を評価した。なお、各サンプルの圧電セラミック膜の膜厚は、3μmとした。
【0017】
図1に本発明の実施例における製膜方法を含む圧電セラミック材料の作製手順を示した。図7に示した従来の作製手順では、AD法によって圧電セラミック膜を形成した後にアニールを行っていたが、本実施例では、ADステップs3にて基板面の電極上に形成された圧電セラミック膜の膜面に紫外線レーザー光を照射し(レーザー光照射ステップ:s4)、このレーザー光照射ステップs4の後にアニールステップs5を実行している。そして、ADステップs3からアニールステップs5までのプロセスによって形成された圧電セラミック膜の膜面に対向電極を形成し(s6)、圧電セラミック材料を完成させる。
【0018】
図2に完成した圧電セラミック材料1の概略構造を断面図にして示した。GGG基板2の基板面に、Pt/Ti合金からなる電極(下地電極)3、圧電セラミック膜4、対向電極5がこの順に積層された構造となっている。
【0019】
===アニール温度による特性評価===
まず、図1に示した手順で作製した圧電セラミック材料と図7に示した従来の手順で作製した圧電セラミック材料とについて、アニールステップs5における熱処理温度に対する圧電特性を評価した。図3は、圧電セラミック材料1におけるアニールの温度と圧電d31定数(pm/V)との関係を示すグラフであり、従来の手順で作製した圧電セラミック材料(比較例1)と、図1に示した本発明の製膜方法を含む手順で作製した圧電セラミック材料(実施例1)とを比較している。なお、実施例1は、レーザー光照射ステップs4において、波長248nmでエネルギー密度が50mJ/cmのエキシマレーザー光を圧電セラミック膜4の膜面に照射している。また、アニールステップs5では、実施例1と比較例1は、ともに各温度での熱処理を大気中で1h行った。そして、圧電d31定数を周知のカンチレバー法を用いて測定した。もちろん、実施例1と比較例1は、レーザー光照射ステップs4の有無以外はすべて同じ条件で作製している。
【0020】
図3に示したグラフでは、d31方向、すなわち、下地電極3と対向電極5との間に電圧を印加した際の基板2面方向の変位を示している。一般的に、d31定数が40(pm/V)以上で、圧電セラミック材料として実用可能となり、比較例1では、アニールステップs5において600℃近い温度が必要であった。一方、実施例1では500℃ですでに実用可能な特性が得られている。すなわち、本発明の方法で圧電セラミック膜を形成すれば、500℃以下で実用上十分な特性を得ることができる。これは、従来、下地電極5として使用できなかったAgやAlが使用可能であることを示している。また、従来と同じように600℃の温度でアニールすれば、極めて優れた圧電特性を有する圧電セラミック材料を得ることができる。ただし、600℃より高温になるとエキシマレーザー光を照射することによる効果が小さくなる。
【0021】
なお、圧電d31定数は、低温側で圧電セラミック膜に圧電性が発現する結晶化温度から、温度の増加に従ってほぼ横ばいで推移しつつ、約550℃以上で急激に増加する。そして、約600℃をピークとして急激にその値が低下する。これは、下地電極3が剥離などの劣化を起こすためと推定されるが、この劣化は、毎回必ず起きるものではなく、試料となる圧電セラミック材料の作製条件によって起きない場合もある。ところで、結晶化の温度や各部位の劣化温度は、アニールステップs5以前のプロセスの条件に応じて異なる。例えば、ADステップs3におけるエアロゾルの噴射速度などの条件やエアロゾル化s2の条件(粉体濃度、粉体粒度など)に応じて異なる。また、実施例1では、当然、レーザー光の波長やエネルギー密度などの条件にも依存する。したがって、アニールステップs5における温度、とくに温度の下限値を特定することは難しい。いずれにしても、発明の特定に際しては、アニールステップs5の実行後に圧電体セラミック膜における圧電体が結晶化されていることが要件となる。
【0022】
===レーザー光照射条件による特性評価==
先のアニール温度による特性評価では、ADステップs3とアニールステップs5との間にレーザー照射ステップs4を挿入することで圧電セラミック膜4の特性が向上することが分かった。次に、レーザー光照射ステップs3における条件について検討する。図4は、レーザー光の照射エネルギー密度と誘電率との関係を示す図であり、レーザー光照射ステップs4の後にアニールステップs5を行わないで作製した圧電セラミック材料(比較例2)と、圧電セラミック膜を本発明の方法で形成した圧電セラミック材料(実施例2)のそれぞれについての特性を示している。なお、レーザー光照射ステップs4では、上記した波長248nmのエキシマレーザー光を使用した。また、実施例2では、大気中で500℃/1hの条件でアニールした。
【0023】
図4より、紫外線レーザー光を照射した後にアニールすることで誘電率が増加していることが確認できた。これは、レーザー光照射ステップs4とアニールステップs5とにより圧電セラミック膜4が十分に結晶化することを意味している。なお、照射エネルギー密度が130mJ/cmを超えたあたりから、レーザー光照射ステップs4による誘電率向上が認められなくなった。これは、高いエネルギー密度でレーザー光を照射したことによって、圧電セラミック膜4が蒸散してしまったためと推定される。この蒸散が発生するレーザー光のエネルギー密度は、ADステップs3やエアロゾル化ステップs1における条件や、アニールステップs5における熱処理の条件(温度、時間)に応じて変化するため、より高いエネルギー密度でも蒸散しない場合もあり得る。いずれにしても、AD法によって形成した圧電セラミック膜4に対し、アニールステップs5の前にレーザー光を照射することで十分に結晶化させることができる。
【0024】
ここで、上記実施例2について、レーザー光照射ステップs4における紫外線レーザー光の照射条件を変えたときの残留分極と圧電d31定数を測定した。残留分極については圧電セラミック材料1のC−V特性を測定し、その測定値におけるヒステリシスから求めた。図4と図5に、それぞれ、レーザー光の照射エネルギー密度に対する残留分極特性と圧電d31定数特性を示した。残留分極と圧電d31定数は、レーザー光を照射した場合、ともに、その照射エネルギーが50mJ/cm程度までは高い数値で推移し、その後、20mJ/cm付近まで緩やかに値が低下し、当該65mJ/cm近辺を変曲点としてレーザー光を照射しないときの値を漸近線(10,11)として減衰していく。したがって、これらの特性からレーザー光照射ステップs4では、65mJ/cm以下のエネルギーで紫外線レーザー光を照射すれば、より優れた特性の圧電セラミック膜4を形成することができる、と言える。
【0025】
なお、レーザー光として、赤外線レーザー光を用いても、圧電セラミック膜4それ自体に対しては、同様な効果が期待できるが、赤外線レーザーを含む波長の長いレーザー光は、圧電セラミック膜4を透過してしまうため、下地電極3がある圧電セラミック材料1では、その透過したレーザー光により下地電極3が損傷し、デバイスとしての機能が損なわれる可能性がある。
【符号の説明】
【0026】
1 圧電セラミック材料
2 基板
3 下地電極
4 圧電セラミック膜
5 対向電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板面に形成された電極上に圧電セラミック膜を形成するための方法であって、
圧電セラミックの粉体を、エアロゾル・デポジション法により前記電極上に噴射して、圧電セラミック膜を形成するADステップと、
前記圧電セラミックの膜面に紫外線レーザー光を照射するレーザー光照射ステップと、
前記レーザー光の照射後に600℃以下で前記基板を熱処理するアニールステップと、
を含み、
前記レーザー光照射ステップと前記アニールステップとにより、前記圧電セラミック膜を結晶化させる
ことを特徴とするエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法。
【請求項2】
前記レーザー光照射ステップでは、65mJ/cm以下のエネルギー密度のエキシマレーザー光を照射することを特徴とする請求項1に記載のエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法。
【請求項3】
前記電極は、アルミニウムまたは銀、あるいはこれらの金属を含む合金からなり、前記アニールステップでは500℃以下の温度であることを特徴とする請求項1または2に記載のエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法。
【請求項4】
前記基板は、ガーネット単結晶からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のエアロゾル・デポジション法を用いた圧電セラミック膜の製膜方法。
【請求項5】
基板と、当該基板面に形成された電極と、当該電極上に形成された圧電セラミック膜と、当該圧電セラミック膜の上面に形成された対向電極とを備えた圧電セラミック材料であって、当該圧電セラミック膜は、請求項1〜4のいずれかに記載の製膜方法によって形成されていることを特徴とする圧電セラミック材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−189741(P2010−189741A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37534(P2009−37534)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:電気学会研究会資料、発行日:2009年1月8日発行、編者:社団法人 電気学会、該当ページ:第41−第45ページ
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願、(「文部科学省浜松地域知的クラスター事業における発明」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000237721)FDK株式会社 (449)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【Fターム(参考)】