説明

エキソヌクレアーゼ活性増強DNAポリメラーゼ変異体

【課題】DNA複製における忠実度の向上したDNAポリメラーゼ、特に、耐熱性を有し、かつDNA複製における忠実度の向上したDNAポリメラーゼを得る。
【解決手段】DNAクランプと協働させた場合に増強された3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼ変異体であって、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されていることを特徴とするDNAポリメラーゼ変異体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNAポリメラーゼ変異体に関する。詳細には、DNAポリメラーゼに存する706位のアルギニンを電荷を持たないアミノ酸(例えばアラニン)、もしくは、負の電荷を持つアミノ酸(例えばグルタミン酸)に置換することにより得られる、エキソヌクレアーゼ活性を上昇させたDNAポリメラーゼ変異体、それをコードするDNA、ならびにかかる変異体の用途等に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAポリメラーゼは、テンプレート鎖上にハイブリダイズしたプライマー鎖の3’−OH基と新生鎖として導入する塩基の5’−リン酸基をホスホジエステル結合で連結する活性を有する酵素であり、生体内ではDNAの複製や修復に関与している。従来遺伝子増幅技術として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法が開発され、用いられている。PCR法は、耐熱性DNAポリメラーゼを用いて温度サイクリング反応を行って、標的遺伝子を増幅あるいは検出する方法である。PCR法の効率を上げるためにさらなる耐熱性ポリメラーゼが検索され、市販もされている。
【0003】
DNAポリメラーゼは数千塩基以上にも及ぶテンプレートに対して、精確にテンプレート上の各塩基に対合する塩基を順番に一つずつプライマー鎖に結合して行き、二本鎖DNAを作成する。その合成速度は、in vivoで毎秒数千塩基にも及ぶとされている。特に、細胞分裂の際には核内のDNAを全て複製する必要があるが、このとき主要な役割を果たすのが複製型DNAポリメラーゼという種類のDNAポリメラーゼである。膨大な遺伝情報を短い時間で複製する必要があるため、時折テンプレートに対合しない誤った塩基(ミスマッチ塩基)が導入されることがある。そのため複製型DNAポリメラーゼには上に述べた塩基を導入する二本鎖DNA合成(5’→3’ポリメラーゼ機能)の働きのほかに誤って導入されたミスマッチ塩基を取り除く3’→5’エキソヌクレアーゼ機能がある。ミスマッチ塩基はDNA配列情報を次世代に誤って伝えるため取り除かれなければならず、複製型DNAポリメラーゼは5’→3’ポリメラーゼ機能と3’→5’エキソヌクレアーゼ機能のバランスをとりながら、エラーを最小化し、精確なDNA複製を行う。
【0004】
ところが、この複製型DNAポリメラーゼを用いても、複製の忠実度(fidelity)は100%にならない。今後、より長尺なDNA合成が求められるようになり、また、並列化も進むことで一つ一つのDNAポリメラーゼの働きの正確さが求められるようになる。本発明は、複製型DNAポリメラーゼの変異体と、その反応補助因子DNAクランプ(PCNA)を併用することにより、5’→3’ポリメラーゼ機能と3’→5’エキソヌクレアーゼ機能の平衡を3’→5’エキソヌクレアーゼ側に偏らせて、より忠実度の高いDNA複製を行うものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決すべき課題は、反応補助因子DNAクランプ(PCNA)と協働させることにより3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を増強したDNAポリメラーゼ、特に、耐熱性を有するDNAポリメラーゼを得ることであった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記事情に鑑みて鋭意研究を重ね、DNAクランプ/DNAポリメラーゼ複合体の結晶構造解析を行い、その相互作用部位と、それにより安定化される両分子の相対配置、可動範囲を決定することに成功した。その結果、DNAクランプ/DNAポリメラーゼ間に主に二箇所の相互作用部位が存在することを見出し、うち一方の相互作用を不活化することで、DNAクランプとDNAポリメラーゼを協働させた場合において、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が相対的に上昇することを見出した。
【0007】
3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を上昇させるため、不活化する方の相互作用部位で主要な役割を果たしているアミノ酸はDNAポリメラーゼでは706位のアルギニンである。アルギニンは正の静電荷を持つアミノ酸であるが、このアミノ酸を電荷を持たないアミノ酸(アラニン)、負の静電荷を持つアミノ酸(グルタミン酸)、同じ正の静電荷を持つアミノ酸(リジン)に置換した際、前二者(アラニン、グルタミン酸)において反応補助因子との相互作用強度が大きく変化することを確認し、かつ正の静電荷を持つアミノ酸(リジン)に置換した場合は大きな相互作用強度変化が見出されなかったことから、706位のアルギニンの正の静電荷がこの相互作用部位で重要であること見出した。
【0008】
更にこれまでの研究から、5’→3’ポリメラーゼ機能を果たす場合のDNAポリメラーゼ分子内の基質DNAの結合角と、3’→5’エキソヌクレアーゼ機能を果たす場合のDNAポリメラーゼ分子内の基質DNAの結合角は共に明らかにされている。これらをわれわれの解明したDNAクランプ/DNAポリメラーゼ複合体に重ね合わせて比較すると、5’→3’ポリメラーゼ機能を果たす場合の基質のみが複合体内でDNAクランプと適正な位置関係になる一方、3’→5’エキソヌクレアーゼ機能を果たす場合の基質は複合体内でDNAクランプと適正な位置関係となりえない。ところが上述の不活化すべき相互作用部位を解消した場合、基質DNAはDNAクランプと適正な位置関係となりえる。よって我々は706位のアルギニンに変異を導入した変異体について3’→5’エキソヌクレアーゼを野生型と比較してみた。その結果、DNAクランプ・DNAポリメラーゼ変異体を協働させた場合において、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が相対的に上昇することを見出したのである。図1に、複合体結晶構造解析により明らかとなった、上述の相互作用の不活化による3’→5’エキソヌクレアーゼ活性上昇のメカニズムについて概念図を示した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)DNAクランプと協働させた場合に増強された3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼ変異体であって、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されていることを特徴とするDNAポリメラーゼ変異体。
(2)706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、中性アミノ酸、親水性アミノ酸、または酸性アミノ酸に置換されている、(1)に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(3)中性アミノ酸がアラニン、グリシン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンおよびシステインから選択され、親水性アミノ酸がセリン、アスパラギン、グルタミンおよびトレオニンから選択され、酸性アミノ酸がチロシン、アスパラギン酸およびグルタミン酸から選択される、(2)に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(4)706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、アラニンまたはグルタミン酸に置換されている、(1)に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(5)706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、アスパラギン酸に置換されている、(1)に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(6)ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンが正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されている、(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(7)好熱性細菌、超好熱性細菌、好熱性古細菌または超好熱性古細菌由来の野生型DNAポリメラーゼのDNAポリメラーゼ変異体である、(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体。
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体をコードするDNA。
(9)(8)記載のDNAを組み込んだ組換えベクター。
(10)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするPCR法。
(11)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体を含むPCR用キット。
(12)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするDNAシーケンシング法。
(13)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体を含むDNAシーケンシング用キット。
(14)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を用いることを特徴とするPCR法。
(15)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を含むPCR用キット。
(16)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を用いることを特徴とするDNAシーケンシング法。
(17)(1)〜(7)のいずれかに記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を含むDNAシーケンシング用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、DNAクランプと併用した場合、3’→5’エキソヌクレアーゼが相対的に上昇し、結果的にDNA複製の忠実度が上昇する。好熱性の生物に由来するDNAポリメラーゼの変異体を用いた場合には、忠実度が高く、かつ耐熱性が優れたDNA複製系が得られる。さらに、それらをコードするDNA、ならびにかかるDNAポリメラーゼ、および好ましくはDNAクランプを用いるPCR法、DNAシーケンシング法およびそのためのキットが提供される。したがって、より迅速かつ正確なPCR法を行うことができ、効率的な遺伝子増幅、点突然変異の検出等を行うことができる。また本発明のDNAポリメラーゼ変異体を用いると、より長尺なDNAをテンプレートとした系での遺伝子操作を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
1.DNAポリメラーゼ変異体
本発明は、ピロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来の野生型DNAポリメラーゼとDNAクランプの相互作用部位に存するアルギニン、もしくは他のポリメラーゼの相当するアミノ酸を正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換することによって得られるDNAポリメラーゼ変異体を提供するものである。この相互作用部位は複合体の構造を堅固にしていると考えられるが、その反面、3’→5’エキソヌクレアーゼ反応に関しては抑制的に機能しており、そのことによりDNA複製における忠実度が低減されている。そこで、この相互作用部位に存するDNAポリメラーゼの正電荷アミノ酸に上記の変異を導入し、DNAクランプと併用することにより、酵素の3’→5’エキソヌクレアーゼ活性および忠実度を向上させることができる。
【0012】
すなわち、本発明のDNAポリメラーゼ変異体は、DNAクランプと協働させた場合に増強された3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼ変異体であって、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されていることを特徴とするDNAポリメラーゼ変異体である。
【0013】
DNAクランプと協働させた場合に増強された3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有するとは、本発明のDNAポリメラーゼ変異体をDNAクランプと協働させた場合に、野生型のDNAポリメラーゼとDNAクランプと協働させた場合と比較して、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が増強されていることをさす。換言すれば、DNAクランプ共存下の本発明のDNAポリメラーゼ変異体が、DNAクランプ共存下の野生型のDNAポリメラーゼと比較して、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が増強されていることをさす。
【0014】
DNAクランプは、増殖細胞核抗原(PCNA)とも称され、DNAポリメラーゼの合成持続性を増大させる因子としてが知られている。PCNAはDNAを囲む形でトライマーを形成し、DNAポリメラーゼと結合してその合成持続性を高める。
【0015】
本発明にかかるピロコッカス・フリオサスの野生型DNAポリメラーゼの塩基配列およびアミノ酸配列は、それぞれ配列番号1および配列番号2に示される。
【0016】
本発明において「ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸」は、ホモロジー解析に基づいて特定される。より具体的には、「配列番号2のアミノ酸配列を参照配列としたときの706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸」を意味し、任意のDNAポリメラーゼのアミノ酸配列Zを配列番号2のアミノ酸配列とアラインメントしたときに、配列番号2のアミノ酸配列の1番目の塩基から数えて706番目のアミノ酸に対してアラインされる(すなわち、アラインメントにおいて同じ縦列に整列される)、アミノ酸配列Z中のアミノ酸を意味する。なお、ホモロジー解析としては、例えばLimpan-Pearson法のような任意の公知のホモロジー解析法を利用することができる。
【0017】
本発明のDNAポリメラーゼ変異体のもととなるDNAポリメラーゼは、ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸としてアルギニンまたはリジンを有するものであればよく、その起源はいずれのものであってもよい。好ましくは複製型DNAポリメラーゼを用いる。PCR法の効率および信頼性を向上させること等を考慮すると、反応性および耐熱性がいずれも向上したDNAポリメラーゼを用いることが好ましい。したがって、本発明のDNAポリメラーゼ変異体を得るためのDNAポリメラーゼ、およびこれと併用するDNAクランプとしては、例えば好熱性細菌、超好熱性細菌、好熱性古細菌または超好熱性古細菌に由来するDNAポリメラーゼおよびDNAクランプが好ましい。このような耐熱性DNAポリメラーゼにおいて、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定される正電荷アミノ酸(アルギニンまたはリジン)を、正電荷を持たない他のアミノ酸、とりわけ負電荷を持つアミノ酸(アスパラギン酸またはグルタミン酸)に置換しDNAクランプと併用することにより、DNA複製における忠実度ならびに耐熱性が優れたDNA複製系を得ることができる。
【0018】
特に好ましいDNAポリメラーゼおよびDNAクランプとしては好熱性細菌(例えば、バチルス・ステアロサーモフィルス(Bacillus stearothermophilus)等)、超好熱性細菌(例えば、サーモトガ・マリテマ(Thermotoga maritima)等)、好熱性古細菌(例えば、サーモプラズマ・ボルカニウム(Thermoplasma volcanium)等)または超好熱性古細菌(例えば、アエロパイラム・ペルニクス(Aeropyrum pernix)等)由来のものが挙げられ、超好熱性細菌または超好熱性古細菌由来のDNAポリメラーゼおよびDNAクランプが最も好ましい。最も好ましいDNAポリメラーゼおよびDNAクランプの例としては、ピロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来の野生型DNAポリメラーゼおよびDNAクランプが挙げられる。
【0019】
ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定される正電荷アミノ酸を置換するアミノ酸は、正電荷を有しないアミノ酸(正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸)であれば特に制限されない。例えば、中性アミノ酸(アラニン、グリシン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン、システイン)、親水性アミノ酸(セリン、アスパラギン、グルタミン、トレオニン)、または酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸、チロシン)である。アミノ酸置換は当業者に公知の方法を用いて行うことができるが、好ましくは部位特異的突然変異法を用いて行う。アミノ酸置換については変異導入アミノ酸のコドンを変異後のアミノ酸のコドンに置換することによって行うことができる。
【0020】
本発明のDNAポリメラーゼ変異体の具体例としては、ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列(配列番号2)の706位のアルギニンが正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸、特に、電荷を有しないアミノ酸(中性アミノ酸、例えばグリシン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン、システイン、特にアラニン)または負電荷を有するアミノ酸(酸性アミノ酸、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸、チロシン、特にグルタミン酸)に置換されているDNAポリメラーゼ変異体が挙げられる。
【0021】
2.DNAポリメラーゼ変異体をコードするDNA
本発明は、本発明のDNAポリメラーゼ変異体をコードするDNAを提供する。このDNAの塩基配列では、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸をコードする塩基配列が別のアミノ酸をコードする塩基配列に置換されている。具体的には、ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼをコードするDNAにおいて、当該野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンをコードする塩基配列が、正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸をコードする塩基配列に置換されている。
【0022】
塩基配列の置換は、野生型のDNAポリメラーゼをコードするDNAに部位特異的に変異を導入することにより、行うことができる。部位特異的な変異導入は既知のどのような方法を用いてもよく、例えばインビトロジェン社のGeneTailor Site−Directed Mutagenesis Systemのような市販のキットを用いて実施することができる。
【0023】
3.DNAポリメラーゼ変異体をコードするDNAを組み込んだ組換えベクター
本発明は、前記DNAポリメラーゼ変異体DNAをプラスミドDNAやファージDNAなどのベクターDNAに挿入した組換えベクターを提供する。
【0024】
前記プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC119等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5、pHY300PLK等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50、pYE52等)などが、ファージDNAとしてはM13ファージ、λファージ等が挙げられる。
【0025】
前記ベクターへの本発明のDNAの挿入は、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの適当な制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法が採用される。この時挿入されるDNA断片はPCR法等を利用して作製することが可能である。
【0026】
宿主内で外来遺伝子を発現させるためには、構造遺伝子の前に、適当なプロモーターを配置させる必要がある。前記プロモーターは特に限定されず、宿主内で機能することが知られている任意のものを用いることができる。なおプロモーターについては、後述する形質転換体において、宿主ごとに異なる。また、必要であればエンハンサー(例えば、CMVエンハンサー、SV40エンハンサー)等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、ターミネーター配列等を配置させてもよい。また、市販の発現ベクターシステム、例えばノバジェン社のpETベクターシステムやポストゲノム研究所のpUREベクターシステムなども利用できる。
【0027】
このようなDNAポリメラーゼ変異体を発現しうるプラスミドの例としては、本発明により得られたpET15b−PfuPolR706A、pET15b−PfuPolR706Eが挙げられ、これらとDNAクランプを併用して、耐熱性ならびにDNA複製における忠実度の優れたDNAポリメラーゼ変異体を製造することができる。
【0028】
4.DNAポリメラーゼ変異体の合成
次いで、前記ベクターをDNAポリメラーゼが発現しうるように宿主中に導入し、DNAポリメラーゼ変異体発現系を作製する。ここで宿主としては、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されず、大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞など既知の宿主のいずれでも発現ベクターのシステムを適合させることにより利用できる。
【0029】
例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロテイ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌、またサッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cervisiae)、チゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces. pombe)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)等の酵母、その他COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf19、Sf21等の昆虫細胞を挙げることができる。
【0030】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明のDNA、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12株、B株等が挙げられ、枯草菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)MI 114、207−21等が挙げられる。プロモーターとしては、大腸菌等の上記宿主中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、Pプロモーター、Pプロモーター等の、大腸菌やファージに由来するプロモーターが挙げられる。また、tacプロモーター等のように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。また、アクチンプロモーターも使用できる。細菌への組換えベクターの導入方法は、特に限定されず、エレクトロポレーション法などが利用できる。
【0031】
酵母を宿主とする場合は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ、シゾサッカロミセス・ポンベ、ピキア・パストリス等が用いられる。プロモーターとしては、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショック蛋白質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等を挙げることができる。酵母へのベクターの導入方法は、特に限定されず、エレクトロポレーション法などが利用できる。
【0032】
またT7プロモーター等を利用して試験管内で蛋白質を合成する無細胞蛋白質合成系も利用できる。無細胞蛋白質合成系としては、例えばPURE SYSTEM(ポストゲノム研究所)などが使用できる。細胞系での蛋白質合成は、細胞培養が必要であるため、操作が煩雑でバイオハザードの問題があることに加えて、合成蛋白質による培養細胞系の生育阻害の問題もある。これに対して無細胞蛋白質合成系には、(1)生細胞取扱い時に生じる全ての問題(細胞の培養の煩雑さ等)から開放される、(2)細胞にとって有害となる蛋白質も生産できる、(3)操作が比較的簡単で、短時間で目的蛋白質を得ることができるため、ハイスループット化が可能である、(4)簡単に非天然型アミノ酸の導入ができるので目的蛋白質の標識も容易である、という利点がある。
【0033】
5.合成DNAポリメラーゼの精製
合成したDNAポリメラーゼ変異体を精製回収するためには透析、限外ろ過、各種のカラムクロマトグラフィーなど既存の精製システムが利用できる。合成したDNAポリメラーゼ変異体の量が少量(500ng程度)の場合、DNAポリメラーゼ変異体蛋白質にタグ配列を導入し、このタグ配列に対するアフィニティーを利用してDNAポリメラーゼ変異体を回収する方法が望ましい。例えば、無細胞蛋白質合成系であるPURE SYSTEMでDNAポリメラーゼを合成した場合、タグ配列としてStrep−tag配列やFlag−tag配列などを導入すればDNAポリメラーゼ変異体を回収することができる。回収されたDNAポリメラーゼ変異体の3’→5’エキソヌクレアーゼ活性は、DNAクランプと協働させて(DNAクランプの存在下で)測定することにより評価することができる。
【0034】
6.本発明のDNAポリメラーゼ変異体を用いるPCR法、DNAシーケンシング法およびそのためのキット
本発明は、さらなる態様において、本発明のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするPCR法、および本発明のDNAポリメラーゼ変異体を含むPCR用キットを提供する。上述のごとく、本発明のDNAポリメラーゼ変異体、特に耐熱性に優れたものはPCR法に用いることにより威力を発揮する。すなわち、耐熱性ならびにDNA複製における忠実度が優れた本発明のDNAポリメラーゼ変異体をDNAクランプと併用すれば、より迅速かつ信頼性に富むPCR法を行うことができ、効率的な遺伝子増幅、点突然変異の検出等を行うことができる。DNAポリメラーゼ変異体と併用するDNAクランプは、用いるDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のものであることが好ましい。同生物種由来とは、DNAポリメラーゼ変異体のもととなったDNAポリメラーゼが由来する生物種と同じ生物種に由来することをさす。
【0035】
例えば、DNAポリメラーゼ変異体として、ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンが正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されているアミノ酸配列を有するDNAポリメラーゼ変異体を用いる場合、DNAクランプとしてピロコッカス・フリオサス由来のものを併用するのが好ましい。ピロコッカス・フリオサス由来のDNAクランプとしては、例えば、配列番号10または12のアミノ酸配列からなるDNAクランプが挙げられる。配列番号10または12のアミノ酸配列において、1または数個(2個または3個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、DNAクランプとしての活性を有する蛋白質も用いることができる。かかるPCR法を行うためのキットは、その必須構成成分として本発明のDNAポリメラーゼ変異体を含み、好ましくはさらに該DNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプを含む。
【0036】
本発明は、さらなる態様において、本発明のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするDNAシーケンシング法、および本発明のDNAポリメラーゼ変異体を含むDNAシーケンシング用キットを提供する。DNA複製における忠実度が優れた本発明のDNAポリメラーゼ変異体をDNAクランプと併用すれば、より迅速かつ信頼性に富むPCR法を行うことができ、結果として迅速かつ信頼性に富むDNAシーケンシングを行うことができる。DNAポリメラーゼ変異体と併用するDNAクランプは、用いるDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のものであることが好ましい。かかるDNAシーケンシング法を行うためのキットは、その必須構成成分として本発明のDNAポリメラーゼ変異体を含み、好ましくはさらに該DNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプを含む。
【0037】
本発明のPCR用キットおよびDNAシーケンシング用キットには、通常、キットの取扱説明書が添付され、さらに、dNTP、塩化マグネシウム、反応液を適正なpHに保つための緩衝成分などのDNAポリメラーゼの反応に必要な試薬が含まれていてもよい。
【0038】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものと解してはならない。
【0039】
(実施例1)706位アミノ酸変異導入DNAポリメラーゼの調製
(1)ピロコッカス・フリオサス(P.furiosus)ゲノムDNAの調製
P.furiosus DSM3638はDeutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zelkulturen GmbHより入手し、文献(Nucleic Acids Research、第21巻、259−265ページ)の方法に従って培養した。500mlの培養液から約1.2gの菌体を得た。これを緩衝液L(10mMトリス−塩酸(pH8.0)、1mM EDTA、100mM NaCl)10mlに懸濁し、10% SDSを1ml加えた。撹拌の後、プロテイナーゼK(20mg/ml)を50ml加えて、55℃で60分静置した。その後反応液を順次フェノール抽出、フェノール/クロロホルム抽出、クロロホルム抽出した後、エタノールを加えてDNAを不溶化した。回収したDNAを1mlのTE液(10mMトリス−塩酸(pH8.0)、1mM EDTA)に溶解し、0.75mgのRNase Aを加えて37℃で60分反応させた。その後反応液をもう一度フェノール抽出、フェノール/クロロホルム抽出、クロロホルム抽出した後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。0.75mgのDNAが得られた。
【0040】
(2)pol遺伝子・pcna遺伝子のクローン化
P.furiosusのゲノムDNAからpol遺伝子と予想される領域をPCRで増幅した。pol遺伝子の翻訳開始コドンと予想されるATGに合わせてNcoI認識配列をフォワードプライマー内に組込んだ。リバースプライマーには終止コドンの直後にSphI認識配列を導入した。PyroBEST DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社)を用いて、熱変性95℃、アニーリング55℃、伸長反応72℃を30サイクル行うPCR条件で目的の遺伝子を増幅した。1st PCR産物を鋳型として、同じ条件で2nd PCRを行い、その産物をpGEM−T easyベクター(プロメガ社)に組み込み、DNAシークエンサー(Beckman Coultar社)を用いてその挿入断片領域の塩基配列の確認を行った。その後、NcoI−SphIで切断してpGEM−T easyベクターから切り出したpol遺伝子をpET15bベクター(EMD Bioscience社)に挿入し、プラスミドpET15b−polを得た。
【0041】
プラスミドpET21a−pcnaも同様の手順にて取得した。
【0042】
このプラスミドpET15b−polを鋳型として706位のアルギニンをアラニンに置換した変異体(R706A)を作製するべく、部位特異的突然変異法により、以下の手順で変異点導入を行った。変異体(R706A)作製用プライマーセット5’−GGATACATAGTACTTGCAGGCGATGGTCCA−3’(配列番号15)、5’−TGGACCATCGCCTGCAAGTACTATGTATCC−3’(配列番号16)と、PyroBEST DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社)を用いて、熱変性95℃、アニーリング55℃、伸長反応72℃を20サイクル行うPCR条件で目的の遺伝子を増幅し、目的のR706Aプラスミド(pET15b−polR706A)を得ることができた。
【0043】
つぎに、706位のアルギニンをグルタミン酸に置換させた変異体(R706E)を作成するべく、部位特異的突然変異法により、以下の手順で変異点導入を行った。プラスミドpET15b−polを鋳型として変異体(R706E)作製用プライマーセット5’−GGATACATAGTACTTGAAGGCGATGGTCCA−3’(配列番号17)、5’−TGGACCATCGCCTTCAAGTACTATGTATCC−3’(配列番号18)と、PyroBEST DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社)を用いて、熱変性95℃、アニーリング55℃、伸長反応72℃を20サイクル行うPCR条件で目的の遺伝子を増幅し、目的のR706Eプラスミド(pET15b−polR706E)を得ることができた。
【0044】
(3)P.furiosus由来野生型ポリメラーゼ、および706位のアルギニンに変異を導入したポリメラーゼ(R706A、R706E)の大量発現系の構築および精製
以下、無処理(野生型)ポリメラーゼについての大量発現系の構築および精製について記すが、706位のアルギニンに変異を導入したポリメラーゼ(R706A、R706E)についても、最初に用いるプラスミドがpET15b−polR706AおよびpET15b−polR706Aになるだけで他の手順は全く同じで、同様に大量発現させ、精製することができた。
【0045】
プラスミドpET15b−polによってコンピータントセルSTRATAGENE社BL21 コドンプラスRILをトランスフォーム(形質転換)して、100μg・mL−1のアンピシリンおよび20μg・mL−1のクロラムフェニコール存在下のLuria−Bertani培地を用いて37℃にて培養を行った。培養液濁度(660nm吸光度)が0.6に到達した時点で、終濃度1mMになるようイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドを添加し、蛋白質の発現を誘導した。さらに6時間培養を行った後、遠心分離器で菌体を回収した。菌体はトリス塩酸緩衝液(pH8)に懸濁して超音波破砕を行い、遠心分離した。上清を80℃、20分間加熱処理を行い遠心分離した。上清に終濃度0.15%(w/v)になるようポリエチレンイミンを添加し、遠心分離にて核酸成分を除去した。この溶液に80%飽和になるよう硫酸アンモニウムを添加した後、遠心分離し、沈殿を採取した。
【0046】
沈殿はトリス塩酸緩衝液(pH8)に溶解して、陽イオン交換クロマトグラフィー(HiTrap SP、5ml;GEヘルスケア社)を用いて分離操作を行い、NaCl濃度0.1−0.2Mでの溶出画分を採取した。つぎにこの画分を陰イオン交換クロマトグラフィー(HiTrap Q、5ml;GEヘルスケア社)を用いて分離操作を行い、同じくNaCl濃度0.1−0.2Mでの溶出画分を採取した。この溶液を濃縮し、ゲル濾過カラム(Superdex 200 HiLoad 26/60、GEヘルスケア社)を用いて、流速1ml/分で分離操作を行い、80分辺りに溶出されるメインピークを採取した。この溶液について電気泳動を行ったところ、蛋白質の純度としては99%以上の純度であることを確認することができた。このように、本発明のDNAポリメラーゼ変異体を容易に得られることがわかった。
【0047】
天然のピロコッカス・フリオサスのDNAポリメラーゼをコードするDNAの塩基配列を配列番号1に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。実施例1で得られた野生型のDNAポリメラーゼをコードするDNAの塩基配列を配列番号3に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号4に示す。実施例1で得られた変異体R706Aをコードする塩基配列を配列番号5に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号6に示す。実施例1で得られた変異体R706Eをコードする塩基配列を配列番号7に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号8に示す。
【0048】
(4)P.furiosus由来野生型DNAクランプ(PCNA)の大量発現系の構築および精製
プラスミドpET21a−pcnaによってコンピータントセルSTRATAGENE社BL21 コドンプラスRILを形質転換して、100μg・mL−1のアンピシリンおよび20μg・mL−1のクロラムフェニコール存在下のLuria−Bertani培地を用いて37℃にて培養を行った。培養液濁度(660nm吸光度)が0.6に到達した時点で、終濃度1mMになるようイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドを添加し、蛋白質の発現を誘導した。さらに6時間培養を行った後、遠心分離器で菌体を回収した。菌体はトリス塩酸緩衝液(pH8)に懸濁して超音波破砕を行い、遠心分離した。上清を80℃、20分間加熱処理を行い遠心分離した。上清に終濃度0.10%(w/v)になるようポリエチレンイミンを添加し、遠心分離にて核酸成分を除去した。この溶液に80%飽和になるよう硫酸アンモニウムを添加した後、遠心分離し、沈殿を採取した。
【0049】
沈殿はトリス塩酸緩衝液(pH8)に溶解して、アフィニティークロマトグラフィー(HiTrap Heparin、5ml;GEヘルスケア社)を用いて分離操作を行い、NaCl濃度0.5〜0.6Mでの溶出画分を採取した。つぎにこの画分を陰イオン交換クロマトグラフィー(HiTrap Q、5ml;GEヘルスケア社)を用いて分離操作を行い、NaCl濃度0.4〜0.5Mでの溶出画分を採取した。この溶液について電気泳動を行ったところ、蛋白質の純度としては99%以上の純度であることを確認した。このように、DNAクランプ(PCNA)を得た。
【0050】
天然のピロコッカス・フリオサスのDNAクランプ(PCNA)をコードするDNAの塩基配列を配列番号9に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号10に示す。実施例1で得られた野生型のDNAクランプをコードするDNAの塩基配列を配列番号11に、それによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列を配列番号12に示す。
【0051】
(実施例2)706位のアルギニンに変異導入したDNAポリメラーゼ変異体の反応活性の野生型との比較
野生型DNAポリメラーゼと変異体のプライマー伸長活性をDNAクランプ存在・非存在下で比較した。M13mp18一本鎖DNAを鋳型とし、これに20merのオリゴDNAをハイブリダイズさせたものを基質として用いた。反応溶液は20mM TrisHCl(pH8.8)、100mM NaCl、2mM MgSO、10mM (NHSO、50mM KCl、0.1% Triton X−100、200μM deoxyribonucleoside triphosphates(5μCi of [α32P]dTTP}])を含み、70℃、1分間予め熱しておいて、10nM DNAポリメラーゼを添加して反応を開始した。70℃、2分間反応を行った後、アガロースゲルを用いて泳動し、オートラジオグラフィーにより泳動パターンの解析を行った。
【0052】
図2に、DNAクランプ(PCNA)非存在下での野生型DNAポリメラーゼのプライマー伸長反応の結果(レーン1)と、DNAクランプ(PCNA)存在下での野生型DNAポリメラーゼおよび各種変異体(R706A、R706E)の伸長反応の結果を示す(レーン2〜4)。DNAクランプ添加によるプライマー伸長反応の上昇は野生型、各変異体とも大差なく5’→3’ポリメラーゼ活性には変異による影響は大きくないことがわかった。
【0053】
野生型DNAポリメラーゼと変異体の3’→5’エキソヌクレアーゼ活性をDNAクランプ存在・非存在下で比較した。基質としてはHpaI処理を行ったpET21aを用いた。反応溶液は20mM TrisHCl (pH8.8)、100mM NaCl、2mM MgSO、10mM (NHSO、5%v/vグリセロール、0.5nM 基質pET21aで、これに1.5nMのDNAポリメラーゼを添加して反応を開始した。60℃、1時間反応を行った後、反応停止溶液として、98%脱イオン化ホルムアミド、1mM EDTA、0.1%キシレンシアノール、0.1%ブロムフェノールブルーを含んだ溶液を添加することにより反応を停止し、反応産物を、アガロースゲルで泳動した。ゲルをSYBRgreen(インビトロジェン社)染色後、フルオロイメージャー595(GEヘルスケア社)を用いて泳動パターンの解析を行った。
【0054】
図3にDNAクランプ(PCNA)存在・非存在下での野生型DNAポリメラーゼおよび変異体(R706E)の、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性の変化を示す。DNAクランプ(PCNA)非存在下では両者とも同等で非常に弱い活性を示すが(レーン2、4)、DNAクランプ(PCNA)存在下では、野生型では活性の僅かな増強しか見られないのに対し、変異体(R706E)では3’→5’エキソヌクレアーゼ活性増強の度合いは変異体の数倍以上と見積もられた。このことからこのDNAポリメラーゼ変異体(R706E)とDNAクランプ(PCNA)を協調させてDNA複製を行うことで通常より3’→5’エキソヌクレアーゼ機能が亢進した状態で、DNA複製を継続できるため、従来より信頼性の高いDNAを高速で行うことが可能となる。
【0055】
(実施例3)本発明のDNAポリメラーゼ変異体の耐熱性
実施例2で使用したDNAポリメラーゼおよびDNAクランプは、野生型、変異体共に精製の初期段階において、非耐熱性蛋白質を故意に変性させ、その後の精製操作を簡便化することを目的として、85℃、20分間の加熱処理を行ったものである。かかる加熱処理において、変異体は野生型に遜色のない耐熱性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により、DNA複製において高信頼性で、高速に複製反応を行うことができる系が得られるので、本発明は、生化学の研究分野、研究用試薬分野、診断用試薬分野、製薬分野などにおいて利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】DNAクランプ/DNAポリメラーゼ複合体の結晶構造解析を行った結果、その相互作用部位と、それにより安定化される両分子の相対配置、可動範囲を決定した。その結果、DNAクランプ・DNAポリメラーゼ間に主に二箇所の相互作用部位が存在することを見出した。図1は両相互作用を維持した状態は5’→3’ポリメラーゼ機能を発現しやすい相対配置を呈するのに対し(図上段)、うち一方の相互作用(2nd interacting site)を不活化することで、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が発現しやすい相対配置を惹き起こす。これは、2nd interacting siteを不活化したDNA複製系においては忠実度が上昇することを示唆する(図下段)。
【図2】DNAクランプ(PCNA)非存在下での野生型DNAポリメラーゼのプライマー伸長反応の結果(レーン1)と、DNAクランプ(PCNA)存在下での野生型DNAポリメラーゼおよび各種変異体(R706A、R706E)の伸長反応の結果を示す(レーン2〜4)。DNAクランプがない場合(レーン1)に比べてプライマー伸長はDNAクランプの添加により大幅に促進される。うち、野生型における促進効果が一番高く(レーン2)、変異体ではR706A(レーン3)、R706E(レーン4)の順に少しずつ効果が低くなるが、DNAクランプ(PCNA)による促進の程度に比べて殆ど無視できる程度の減少である。
【図3】DNAクランプ(PCNA)存在・非存在下での野生型DNAポリメラーゼおよび変異体(R706E)の、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性の変化を示す。レーン1はポリメラーゼを入れないnullレーンで未反応基質DNAの長さを表す。図中下方が、よりエキソヌクレアーゼ活性が高いことを示す。DNAクランプ(PCNA)を入れない場合、野生型(レーン2)、R706E(レーン4)共に、同程度の低いエキソヌクレアーゼ活性しか示さない一方で、DNAクランプ(PCNA)を添加すると、共に活性は増大し(レーン3、5)、特に変異体R706Eでは野生型の二倍程度のエキソヌクレアーゼ活性を呈する(レーン5)。これはR706Eで有意にエキソヌクレアーゼ活性がより増大し、この系でより忠実度の高い複製を行うことが可能であることを示している。
【0058】
配列表フリーテキスト
配列番号1は野生型のPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼをコードする塩基配列である。
配列番号2は野生型のPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼのアミノ酸配列である。
配列番号3は実施例1で得られた野生型のPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼをコードする塩基配列である。
配列番号4は実施例1で得られた野生型のPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼのアミノ酸配列である。
配列番号5は実施例1で得られたPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706A)をコードする塩基配列である。
配列番号6は実施例1で得られたPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706A)のアミノ酸配列である。
配列番号7は実施例1で得られたPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706E)をコードする塩基配列である。
配列番号8は実施例1で得られたPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706E)のアミノ酸配列である。
配列番号9は野生型のPyrococcus furiosusのDNAクランプ(PCNA)をコードする塩基配列である。
配列番号10は野生型のPyrococcus furiosusのDNAクランプ(PCNA)のアミノ酸配列である。
配列番号11は実施例1で得られた野生型のPyrococcus furiosusのDNAクランプ(PCNA)をコードする塩基配列である。
配列番号12は実施例1で得られた野生型のPyrococcus furiosusのDNAクランプ(PCNA)のアミノ酸配列である。
配列番号13はPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706A)をコードするDNAを増幅するためのプライマーである。
配列番号14はPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706A)をコードするDNAを増幅するためのプライマーである。
配列番号15はPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706E)をコードするDNAを増幅するためのプライマーである。
配列番号16はPyrococcus furiosusのDNAポリメラーゼ変異体(R706E)をコードするDNAを増幅するためのプライマーである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNAクランプと協働させた場合に増強された3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼ変異体であって、ホモロジー解析によりピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されていることを特徴とするDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項2】
706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、中性アミノ酸、親水性アミノ酸、または酸性アミノ酸に置換されている、請求項1に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項3】
中性アミノ酸がアラニン、グリシン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンおよびシステインから選択され、親水性アミノ酸がセリン、アスパラギン、グルタミンおよびトレオニンから選択され、酸性アミノ酸がチロシン、アスパラギン酸およびグルタミン酸から選択される、請求項2に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項4】
706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、アラニンまたはグルタミン酸に置換されている、請求項1に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項5】
706位のアルギニンに相当すると特定されるアミノ酸が、アスパラギン酸に置換されている、請求項1に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項6】
ピロコッカス・フリオサス由来の野生型DNAポリメラーゼのアミノ酸配列の706位のアルギニンが正電荷を有するアミノ酸以外のアミノ酸に置換されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項7】
好熱性細菌、超好熱性細菌、好熱性古細菌または超好熱性古細菌由来の野生型DNAポリメラーゼのDNAポリメラーゼ変異体である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体をコードするDNA。
【請求項9】
請求項8記載のDNAを組み込んだ組換えベクター。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするPCR法。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体を含むPCR用キット。
【請求項12】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体を用いることを特徴とするDNAシーケンシング法。
【請求項13】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体を含むDNAシーケンシング用キット。
【請求項14】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を用いることを特徴とするPCR法。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を含むPCR用キット。
【請求項16】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を用いることを特徴とするDNAシーケンシング法。
【請求項17】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のDNAポリメラーゼ変異体と同生物種由来のDNAクランプ(PCNA)を含むDNAシーケンシング用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−104304(P2010−104304A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280392(P2008−280392)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】