説明

エステル類およびラクトン類の実用的な還元方法

【課題】エステル類およびラクトン類の実用的な還元方法を提供する。
【解決手段】本発明では、8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガス(H2)の存在下に、エステル類またはラクトン類を、それぞれアルコール類またはジオール類に還元することができる。8(VIII)族遷移金属錯体、塩基、塩基の使用量、水素ガスの圧力および反応温度の好適な組み合わせにより、極めて実用的な還元方法を提供できる。本発明は、ヒドリド還元の代替となり、高活性な触媒の設計が比較的容易に行え、高い生産性が期待できる、有用な方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体の製造技術として重要なエステル類およびラクトン類の還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エステル類からアルコール類への還元は、水素化アルミニウムリチウム等のヒドリド還元剤を量論的に用いる方法が多用されている(ラクトン類からジオール類への還元も同様)。一方、遷移金属を触媒とする水素ガス(H2)による還元、特に、再現性が高い均一系触媒を用いる方法は、研究が充分に成されていない(非特許文献1)。最近、均一系のルテニウム錯体を用いる水素化が報告されたが、触媒活性を発現するには特徴的な配位子を必要とする(特許文献1、非特許文献2)。
【0003】
本発明で用いる8(VIII)族遷移金属錯体は、塩基および水素ガスの共存下に、ケトン類、エポキシド類およびイミド類の還元に有効であることが報告されている(非特許文献3から5)。しかしながら、これらの基質に比べて還元が格段に困難なエステル類およびラクトン類への適用は一切報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2006/106484号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chem.Commun.(英国),2007年,p.5134−5142
【非特許文献2】Angew.Chem.Int.Ed.(ドイツ),2007年,第46巻,p.7473−7476
【非特許文献3】Organometallics(米国),2001年,第20巻,p.379−381
【非特許文献4】Organometallics(米国),2003年,第22巻,p.4190−4192
【非特許文献5】J.Am.Chem.Soc.(米国),2007年,第129巻,p.290−291
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、エステル類およびラクトン類の実用的な還元方法を提供することにある。
【0007】
ヒドリド還元剤を量論的に用いる方法は、該還元剤が高価で取り扱いに注意がいること、後処理が煩雑で廃棄物が多いことから大量規模での生産には不向きであった。よって、この様な問題を伴わない水素ガスを用いる還元、特に、工業化に向けたスケールアップが比較的容易に行える均一系触媒を用いる方法が強く望まれていた。
【0008】
さらに、本発明では還元が格段に困難なエステル類およびラクトン類を対象とするため、高活性な触媒を設計する必要がある。この様な場合、多くの知見があり、配位子の変更が比較的容易に行える金属錯体を選択することが得策である。本発明で用いる8(VIII)族遷移金属錯体は、この様な要件を正に備えており好適である。しかしながら、該金属錯体から誘導される触媒系がエステル類およびラクトン類の還元に有効であるかは全く不明であり、この有効性を明らかにすることが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガスの存在下に、エステル類またはラクトン類を、それぞれアルコール類またはジオール類に還元できることを新たに見出した。
【0010】
先ず、8(VIII)族遷移金属錯体としては、“シクロペンタジエニル(Cp)基または1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル(Cp*)基、ハロゲン、一酸化炭素、アセトニトリル、フェニルイソシアニドまたはトリフェニルホスフィン、および、窒素−窒素(N−N)またはリン−窒素(P−N)の二座配位子を有する、Fe、RuまたはOs錯体”を用いることができ、“Cp*基、ハロゲンまたはアセトニトリル、および、リンと窒素が2つの炭素を介して結ばれた二座配位子(P−C2−N)を有する、Ru錯体”が好ましく、特に“Cp*RuCl[Ph2P(CH22NH2](Ph;フェニル基)”がより好ましいことを新たに明らかにした。
【0011】
次に、塩基としては、特に制限はないが、アルカリ金属の水酸化物またはアルコキシドが好ましく、特にアルカリ金属のアルコキシドがより好ましいことを新たに明らかにした。
【0012】
また、塩基の使用量としては、ケトン類、エポキシド類およびイミド類の還元に比べて多く用いることにより、所望の反応を効率良く行うことができる。係る好適な塩基の使用量は、8(VIII)族遷移金属錯体1モルに対して15から90モルである。
【0013】
さらに、水素ガスの圧力としては、ケトン類、エポキシド類およびイミド類の還元に比べて高い条件で行うことにより、所望の反応を効率良く行うことができる。係る好適な水素ガスの圧力は、3から7MPaである。
【0014】
最後に、反応温度としては、ケトン類、エポキシド類およびイミド類の還元に比べて高い条件で行うことにより、所望の反応を効率良く行うことができる。係る好適な反応温度は、80から150℃である。
【0015】
この様に、エステル類およびラクトン類の実用的な還元方法として有用な方法を見出し、本発明に到達した。
【0016】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明6]を含み、エステル類およびラクトン類の実用的な還元方法を提供する。
【0017】
[発明1]
一般式[1]
【0018】
【化1】

【0019】
[式中、Aはシクロペンタジエニル(Cp)基または1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル(Cp*)基を表し、MはFe、RuまたはOsを表す。さらに、Bはハロゲン、一酸化炭素、アセトニトリル、フェニルイソシアニドまたはトリフェニルホスフィンを表し、Cは窒素−窒素(N−N)またはリン−窒素(P−N)の二座配位子を表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガス(H2)の存在下に、一般式[2]
【0020】
【化2】

【0021】
[式中、R1はアルキル基、置換アルキル基、アルケニル基、置換アルケニル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、R2はアルキル基または置換アルキル基を表す]で示されるエステル類、または一般式[3]
【0022】
【化3】

【0023】
{式中、R1−R2は一般式[2]で示されるエステル類のR1とR2が共有結合で結ばれていることを表す}で示されるラクトン類を、それぞれ一般式[4]
【0024】
【化4】

【0025】
{式中、R1は一般式[2]で示されるエステル類のR1と同じである}で示されるアルコール類、または一般式[5]
【0026】
【化5】

【0027】
{式中、R1−R2は一般式[2]で示されるエステル類のR1とR2が共有結合で結ばれていることを表す}で示されるジオール類に還元する方法。
【0028】
[発明2]
発明1において、一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体が一般式[6]
【0029】
【化6】

【0030】
[式中、Cp*は1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基を表し、Xはハロゲンまたはアセトニトリルを表す。さらに、P−C2−Nはリンと窒素が2つの炭素を介して結ばれた二座配位子であることを表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体であり、さらに塩基がアルカリ金属の水酸化物またはアルコキシドであることを特徴とする、発明1に記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【0031】
[発明3]
発明2において、一般式[6]で示される8(VIII)族遷移金属錯体が式[7]
【0032】
【化7】

【0033】
[式中、Cp*は1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基を表し、Phはフェニル基を表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体であり、さらに塩基がアルカリ金属のアルコキシドであることを特徴とする、発明2に記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【0034】
[発明4]
発明1及至発明3の何れかにおいて、塩基の使用量が8(VIII)族遷移金属錯体1モルに対して15から90モルであることを特徴とする、発明1及至発明3の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【0035】
[発明5]
発明1及至発明4の何れかにおいて、水素ガス(H2)の圧力が3から7MPaであることを特徴とする、発明1及至発明4の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【0036】
[発明6]
発明1及至発明5の何れかにおいて、反応温度が80から150℃であることを特徴とする、発明1及至発明5の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【発明の効果】
【0037】
本発明は、還元が格段に困難なエステル類およびラクトン類の還元に適用できる。よって、ヒドリド還元の代替となり、大量規模での生産にも好適に利用できる。
【0038】
本発明で用いる8(VIII)族遷移金属錯体は、従来から多くの知見があり、高活性な触媒の設計が比較的容易に行える。さらに、光学活性なN−NまたはP−Nの二座配位子に変更することで不斉合成への展開も期待できる。一方、特許文献1および非特許文献2で開示されたルテニウム錯体は、配位子の些細な変更で触媒活性が消失し、触媒設計に生かせる知見が限られていた。
【0039】
また、産業上重要なメリットも新たに見出した。本発明で用いる8(VIII)族遷移金属錯体から誘導される触媒系においては、塩基性のイソプロピルアルコールが水素ガスのヘテロリティックな開裂に極めて有効である。そのため、反応溶媒は第一選択的にイソプロピルアルコールが用いられてきた。しかしながら、本発明で対象とするエステル類およびラクトン類の還元では、種々の反応溶媒を用いることができる。よって、イソプロピルアルコールに対する溶解度の低い基質においても、反応溶媒を選択することにより高い基質濃度で反応を行うことができ、高い生産性が期待できる。実際に、ケトン類、エポキシド類およびイミド類の還元に比べて高い基質濃度で反応を行っても、所望の反応を効率良く行うことができる。一方、イソプロピルアルコールに対する溶解度の低いイミド類の還元において、溶解を補助するテトラヒドロフランとの混合溶媒を用いて低い基質濃度で反応を行う例が報告されている(非特許文献5)。
【0040】
この様に、本発明は、ヒドリド還元の代替となり、高活性な触媒の設計が比較的容易に行え、高い生産性が期待できる、実用的な還元方法である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明のエステル類およびラクトン類の実用的な還元方法について詳細に説明する。
【0042】
本発明では、一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガスの存在下に、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類を、それぞれ一般式[4]で示されるアルコール類、または一般式[5]で示されるジオール類に還元することができる。
【0043】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体のAは、Cp基またはCp*基を表す。その中でもCp*基が好ましい。
【0044】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体のMは、Fe、RuまたはOsを表す。その中でもFeおよびRuが好ましく、特にRuがより好ましい。
【0045】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体のBは、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン、一酸化炭素、アセトニトリル、フェニルイソシアニドまたはトリフェニルホスフィンを表す。その中でもハロゲンおよびアセトニトリルが好ましく、特に塩素がより好ましい。Bの種類によってはカチオン性錯体を採ることもあり、係るカウンターアニオンは、塩素、テトラフルオロボラート(BF4-)、トリフラートイオン(CF3SO3-)、ヘキサフルオロホスフェート(PF6-)、ヘキサフルオロアンチモネート(SbF6-)等が挙げられる。その中でもCF3SO3-、PF6-およびSbF6-が好ましく、特にCF3SO3-およびPF6-がより好ましい。
【0046】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体のCは、N−NまたはP−Nの二座配位子を表す。その中でもP−C2−Nが好ましく、特にPh2P(CH22NH2がより好ましい。N−N二座配位子は、公知の方法により製造でき、また多くが市販されている。P−N二座配位子は、Aldrichimica ACTA(米国),2008年,第41巻,第1号,p.15−26等により製造できる。代表的なN−NおよびP−N(P−C2−N)の二座配位子を図−1に示すが、これらの代表例に限定されるものではない(代表例のそれぞれの構造式において、任意の炭素原子上に、任意の数で、低級アルキル基が置換できる)。なお、代表例における略記号は次の通りとする。Me;メチル基、Ph;フェニル基、i−Pr;イソプロピル基、t−Bu;tert−ブチル基、Bn;ベンジル基。*は不斉炭素または軸不斉を表し、R体またはS体を採ることができる。*が複数ある場合には、R体またはS体の任意の組み合わせを採ることができる。
【0047】
【化8】

【0048】
また、上記のAldrichimica ACTAに記載されたP−N二座配位子も同様に用いることができる。
【0049】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体は、非特許文献4およびOrganometallics(米国),1997年,第16巻,p.1956−1961等により製造できる。本発明の請求項は、触媒系がAMBCと塩基から誘導される2成分調製法を基に記載しているが、水素ガスとの作用(反応溶媒が関与することもある)により同じ触媒活性種{AMHC[式中、Hはヒドリドを表す]}が反応系内で調製できる全ての方法が本発明の請求項に含まれるものとする。具体的に補足すると、2成分調製法{Cp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]、塩基/水素ガス(反応溶媒が関与することもある)}で調製される触媒活性種のCp*RuH[Ph2P(CH22NH2]は、3成分調製法{Cp*RuCl(cod)(cod;1,5−シクロオクタジエン)、Ph2P(CH22NH2、塩基/水素ガス(反応溶媒が関与することもある)}でも同様に調製することができる。さらに、非特許文献4で報告されている様に、同じ触媒活性種{Cp*RuH[Ph2P(CH22NH2]}は、イソプロピルアルコール中でCp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]と塩基からも同様に調製できる。予め調製した触媒活性種を用いて水素ガスの存在下に(必要に応じて塩基の共在下に)反応を行うこともできる。具体例以外でもこの様な関係にある全ての調製方法が、本発明の請求項には含まれていることを意味する。
【0050】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体の使用量は、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類1モルに対して触媒量を用いれば良いが、通常は0.1から0.00001モルが好ましく、特に0.05から0.0001モルがより好ましい。
【0051】
塩基は、特に制限はないが、炭酸水素リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属の炭酸水素塩、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム等のアルカリ金属の炭酸塩、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、水酸化テトラn−ブチルアンモニウム、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、リチウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソプロポキシド、リチウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシド、カリウムtert−ブトキシド等のアルカリ金属のアルコキシド、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7−エン(DBU)等の有機塩基、リチウムビス(トリメチルシリル)アミド、ナトリウムビス(トリメチルシリル)アミド、カリウムビス(トリメチルシリル)アミド等が挙げられる。その中でもアルカリ金属の水酸化物およびアルコキシドが好ましく、特にアルカリ金属のアルコキシドがより好ましい。
【0052】
塩基の使用量は、一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体1モルに対して1モル以上を用いれば良いが、所望の反応を効率良く行うには15から90モルが好ましく、実用性を考慮すると特に20から80モルがより好ましい。
【0053】
一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体および塩基の使用量の組み合わせは、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類1モルに対してそれぞれ触媒量、触媒量以上を用いれば良いが、通常はそれぞれ0.1から0.00001モル、9から0.00015モルが好ましく、特にそれぞれ0.05から0.0001モル、4から0.002モルがより好ましい。
【0054】
水素ガス(H2)の使用量は、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類1モルに対して2モル以上を用いれば良いが、通常は大過剰が好ましく、特に加圧下での大過剰がより好ましい。係る水素ガスの圧力は、大気圧より高い条件で行えば良いが、所望の反応を効率良く行うには3から7MPaが好ましく、実用性を考慮すると特に4から6MPaがより好ましい。
【0055】
一般式[2]で示されるエステル類のR1は、アルキル基、置換アルキル基、アルケニル基、置換アルケニル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。その中でも置換アルキル基、置換アルケニル基および置換芳香環基が好ましく、特に該フッ素置換体がより好ましい。
【0056】
アルキル基は、炭素数が1から18の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を採ることができる。アルケニル基は、該アルキル基の、任意の隣り合う2つの炭素原子の単結合が二重結合に、任意の数で置き換わり、該二重結合の立体化学はE体、Z体、またはE体とZ体の混合物を採ることができる。芳香環基は、炭素数が1から18の、フェニル基、ナフチル基、アントリル基等の芳香族炭素水素基、またはピロリル基、フリル基、チエニル基、インドリル基、ベンゾフリル基、ベンゾチエニル基等の窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることができる。
【0057】
該アルキル基、アルケニル基または芳香環基は、任意の炭素原子上に、任意の数でさらに任意の組み合わせで、置換基を有することもできる(それぞれ置換アルキル基、置換アルケニル基および置換芳香環基に対応する)。係る置換基としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素のハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、メチル基、エチル基、プロピル基等の低級アルキル基、フルオロメチル基、クロロメチル基、ブロモメチル基等の低級ハロアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の低級アルコキシ基、フルオロメトキシ基、クロロメトキシ基、ブロモメトキシ基等の低級ハロアルコキシ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基等の低級アルキルアミノ基、メチルチオ基、エチルチオ基、プロピルチオ基等の低級アルキルチオ基、シアノ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基等の低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基(CONH2)、ジメチルアミノカルボニル基、ジエチルアミノカルボニル基、ジプロピルアミノカルボニル基等の低級アミノカルボニル基、アルキニル基、フェニル基、ナフチル基、ピロリル基、フリル基、チエニル基等の芳香環基、フェノキシ基、ナフトキシ基、ピロリルオキシ基、フリルオキシ基、チエニルオキシ基等の芳香環オキシ基、ピペリジル基、ピペリジノ基、モルホリニル基等の脂肪族複素環基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)の保護体、チオール基の保護体、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基の保護体等が挙げられる。なお、本明細書において、次の各用語は、それぞれ次に掲げる意味で用いられる。"低級"とは、炭素数が1から6の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数3以上の場合)を意味する。"ヒドロキシル基、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)、チオール基、アルデヒド基およびカルボキシル基の保護基"としては、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.に記載された保護基等を用いることができる
(2つ以上の官能基を1つの保護基で保護することもできる)。また、"アルキニル基"、"芳香環基"、"芳香環オキシ基"および"脂肪族複素環基"には、ハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、低級アルキルアミノ基、低級アルキルチオ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、低級アミノカルボニル基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)の保護体、チオール基の保護体、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基の保護体等が置換することもできる。
【0058】
本発明は還元反応であるため、置換基の種類によっては置換基自体が還元される場合もある。しかしながら、特に、フッ素置換体の場合は、水素化分解(還元的脱ハロゲン化)等の副反応が起こり難く、エステル基のα位、β位またはγ位にフッ素原子が導入されることで反応速度が向上する。さらに、α位がフッ素原子で置換された炭素数が2以上の置換アルキル基(α位に水素原子も有する)においては、光学活性体を用いても本発明の反応条件下では殆どラセミ化しない。この様にして得られる光学活性含フッ素アルコール類は重要な医農薬中間体であり、本発明の好適な基質と言える。
【0059】
一般式[2]で示されるエステル類のR2は、アルキル基または置換アルキル基を表す。その中でもアルキル基が好ましく、実用性を考慮すると特に低級アルキル基がより好ましい。該アルキル基および置換アルキル基は、一般式[2]で示されるエステル類のR1に記載したアルキル基および置換アルキル基と同じである。
【0060】
一般式[3]で示されるラクトン類のR1−R2は、一般式[2]で示されるエステル類のR1とR2が共有結合で結ばれていることを表す。該共有結合は、R1とR2の任意の炭素原子同士間は当然であるが、窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を介して結ばれることもある。好適なR1およびR2は、一般式[2]で示されるエステル類の場合と同じである。
【0061】
反応溶媒は、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、α,α,α−トリフルオロトルエン、キシレン、エチルベンゼン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、tert−ブチルメチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、アニソール等のエーテル系、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、tert−ブチルアルコール等のアルコール系等が挙げられる。その中でもn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、ジエチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールおよびtert−ブチルアルコールが好ましく、特にテトラヒドロフランおよびイソプロピルアルコールがより好ましい。これらの反応溶媒は、単独または組み合わせて用いることができる。一般式[2]で示されるエステル類の還元にイソプロピルアルコールを用いるとエステル交換反応が問題となる場合がある。この様な場合には、テトラヒドロフランを好適に用いることができる。さらに、本発明の好適な目的物である光学活性含フッ素アルコール類の中でも、特に重要な光学活性2−フルオロプロパノール[CH3*HFCH2OH(*;不斉炭素)]の蒸留において、反応溶媒との分離はテトラヒドロフランの方がイソプロピルアルコールに比べて容易である。一方、一般式[3]で示されるラクトン類の還元にはイソプロピルアルコールが好適である。
【0062】
反応溶媒の使用量は、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類1モルに対して0.01L(リットル)以上を用いれば良いが、通常は0.05から2Lが好ましく、特に0.1から1.5Lがより好ましい。低い基質濃度で反応を行うと反応速度が低下する場合がある。この様な場合は、好適な反応溶媒の使用量を用いることにより反応速度が向上する。
【0063】
反応温度は、50℃以上で行えば良いが、所望の反応を効率良く行うには80から150℃が好ましく、実用性を考慮すると特に85から140℃がより好ましい。
【0064】
反応時間は、特に制限はないが、通常は72時間以内であるが、触媒系、基質および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、原料が殆ど消失した時点を反応の終点とすることが好ましい。
【0065】
後処理は、反応終了液に対して通常の操作を行うことにより、目的とする一般式[4]で示されるアルコール類、または一般式[5]で示されるジオール類を得ることができる。目的物は、必要に応じて、活性炭処理、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等により、高い化学純度に精製することができる。
【0066】
本発明では、一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガスの存在下に、一般式[2]で示されるエステル類、または一般式[3]で示されるラクトン類を、それぞれ一般式[4]で示されるアルコール類、または一般式[5]で示されるジオール類に還元することができる(態様1)。
【0067】
8(VIII)族遷移金属錯体と塩基の、好ましい同士の組み合わせにより、さらに高活性な触媒活性種を調製することができる(態様2)。
【0068】
8(VIII)族遷移金属錯体と塩基の、特により好ましい同士の組み合わせにより、極めて高活性な触媒活性種を調製することができる(態様3)。
【0069】
態様1から3と好適な塩基の使用量の組み合わせにより、さらに実用的な還元方法を提供できる(態様4)。
【0070】
態様1から4と好適な水素ガスの圧力の組み合わせにより、格段に実用的な還元方法を提供できる(態様5)。
【0071】
態様1から5と好適な反応温度の組み合わせにより、極めて実用的な還元方法を提供できる(態様6)。
【実施例】
【0072】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例における略記号は次の通りとする。NaOMe;ナトリウムメトキシド、Me;メチル基、Et;エチル基、Ph;フェニル基、i−Pr;イソプロピル基、Cp*;1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基、Et2O;ジエチルエーテル、ジオキサン;1,4−ジオキサン、THF;テトラヒドロフラン、MeOH;メタノール、IPA;イソプロピルアルコール、t−BuOH;tert−ブチルアルコール、N−C2*−N;2つの窒素が2つの炭素を介して結ばれた光学活性二座配位子、N−C2−N;2つの窒素が2つの炭素を介して結ばれた二座配位子。
[実施例1から7]
実施例3の実験操作を代表例として下に示す。
【0073】
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、下記式
【0074】
【化9】

【0075】
で示されるCp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]5mg(0.01mmol,0.01eq)、ナトリウムメトキシド13.5mg[0.25mmol,25eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、テトラヒドロフラン1mLとエチルベンゾエート150mg(1mmol)を加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、100℃で21時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物であるベンジルアルコールの面積百分率(GCエリア%)は、それぞれ100%、99.6%であった。副生物1から3は検出されなかった。
【0076】
実施例1、2、4から7は、Cp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]の使用量、ナトリウムメトキシドの使用量、反応溶媒、反応温度および反応時間を変えて、実施例3と同様に行った。実施例1から7の結果を表−1に纏めた。
【0077】
【表1】

【0078】
[実施例8から20]
実施例8の実験操作を代表例として下に示す。
【0079】
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、下記式
【0080】
【化10】

【0081】
で示されるCp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]5mg(0.01mmol,0.01eq)、ナトリウムメトキシド13.5mg[0.25mmol,25eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、フタリド134mg(1mmol)とイソプロピルアルコール1mLを加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、100℃で21時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物である1,2−ベンゼンジメタノールの面積百分率(GCエリア%)は、それぞれ99.3%、99.3%であった。
【0082】
実施例9から20は、ナトリウムメトキシドの使用量、水素ガスの圧力、反応溶媒および反応温度を変えて、実施例8と同様に行った。実施例8から20の結果を表−2に纏めた。
【0083】
【表2】

【0084】
[実施例21]
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、下記式
【0085】
【化11】

【0086】
で示されるCp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]5mg(0.01mmol,0.01eq)、ナトリウムメトキシド13.5mg[0.25mmol,25eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、イソプロピルアルコール1mLとγ−ノナノイックラクトン156mg(1mmol)を加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、100℃で21時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物である1,4−ノナンジオールの面積百分率(GCエリア%)は、それぞれ98.8%、98.1%であった。
【0087】
実施例21の結果を下のスキームに示す。
【0088】
【化12】

【0089】
[実施例22]
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、下記式
【0090】
【化13】

【0091】
で示されるCp*RuCl[Ph2P(CH22NH2]5mg(0.01mmol,0.01eq)、ナトリウムメトキシド13.5mg[0.25mmol,25eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、イソプロピルアルコール1mLとε―カプロラクトン114mg(1mmol)を加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、100℃で21時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物である1,6−ヘキサンジオールの面積百分率(GCエリア%)は、それぞれ84.6%、78.6%であった。
【0092】
実施例22の結果を下のスキームに示す。
【0093】
【化14】

【0094】
[実施例23から25]
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、Cp*RuCl(N−C2*−N)(0.03mmol,0.05eq)、カリウムtert−ブトキシド16.8mg[0.15mmol,5eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、イソプロピルアルコール1.5mLとα―フェニル−γ−ブチロラクトン97.3mg[0.6mmol(ラセミ体)]を加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、所定の反応温度で所定の反応時間攪拌した。反応終了液の(キラル)ガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物である2−フェニル−1,4−ブタンジオール(光学活性体)の光学純度を測定した。
【0095】
実施例23から25は、光学活性二座配位子であるN−C2*−N、反応温度および反応時間を変えて同様に行った。実施例23から25の結果を表−3に纏めた。
【0096】
【表3】

【0097】
[実施例26]
アルゴン雰囲気下、シュレンク管に、Cp*RuCl(N−C2−N)(0.01mmol,0.001eq)、ナトリウムメトキシド135mg[2.5mmol,250eq(ルテニウム錯体に対する当量)]、テトラヒドロフラン4.5mLとジフルオロ酢酸エチル1.24g(10mmol)を加え、凍結脱気を3回繰り返した。得られた溶液をカニュラーにより、ガラス製内筒を有するステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に移した。反応容器内を水素ガスで5回置換し、水素圧を5MPaに設定し、100℃で24時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィー分析より、変換率と目的物である2,2−ジフルオロエタノールの面積百分率(GCエリア%)は、それぞれ66%、100%であった。
【0098】
実施例26の結果を下のスキームに示す。
【0099】
【化15】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、Aはシクロペンタジエニル(Cp)基または1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル(Cp*)基を表し、MはFe、RuまたはOsを表す。さらに、Bはハロゲン、一酸化炭素、アセトニトリル、フェニルイソシアニドまたはトリフェニルホスフィンを表し、Cは窒素−窒素(N−N)またはリン−窒素(P−N)の二座配位子を表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体、塩基および水素ガス(H2)の存在下に、一般式[2]
【化2】

[式中、R1はアルキル基、置換アルキル基、アルケニル基、置換アルケニル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、R2はアルキル基または置換アルキル基を表す]で示されるエステル類、または一般式[3]
【化3】

{式中、R1−R2は一般式[2]で示されるエステル類のR1とR2が共有結合で結ばれていることを表す}で示されるラクトン類を、それぞれ一般式[4]
【化4】

{式中、R1は一般式[2]で示されるエステル類のR1と同じである}で示されるアルコール類、または一般式[5]
【化5】

{式中、R1−R2は一般式[2]で示されるエステル類のR1とR2が共有結合で結ばれていることを表す}で示されるジオール類に還元する方法。
【請求項2】
請求項1において、一般式[1]で示される8(VIII)族遷移金属錯体が一般式[6]
【化6】

[式中、Cp*は1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基を表し、Xはハロゲンまたはアセトニトリルを表す。さらに、P−C2−Nはリンと窒素が2つの炭素を介して結ばれた二座配位子であることを表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体であり、さらに塩基がアルカリ金属の水酸化物またはアルコキシドであることを特徴とする、請求項1に記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【請求項3】
請求項2において、一般式[6]で示される8(VIII)族遷移金属錯体が式[7]
【化7】

[式中、Cp*は1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基を表し、Phはフェニル基を表す]で示される8(VIII)族遷移金属錯体であり、さらに塩基がアルカリ金属のアルコキシドであることを特徴とする、請求項2に記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【請求項4】
請求項1及至請求項3の何れかにおいて、塩基の使用量が8(VIII)族遷移金属錯体1モルに対して15から90モルであることを特徴とする、請求項1及至請求項3の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【請求項5】
請求項1及至請求項4の何れかにおいて、水素ガス(H2)の圧力が3から7MPaであることを特徴とする、請求項1及至請求項4の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。
【請求項6】
請求項1及至請求項5の何れかにおいて、反応温度が80から150℃であることを特徴とする、請求項1及至請求項5の何れかに記載のエステル類またはラクトン類の還元方法。

【公開番号】特開2010−37329(P2010−37329A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150401(P2009−150401)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】