説明

エレクトレット

【課題】簡便で安価に生産でき、無機圧電体並みの圧電性能を有するエレクトレットを提供すること
【解決手段】有機高分子に中空粒子を配合してなる成形体に電荷を注入してなるエレクトレットであって、下記式(1)によって求められる成形体密度の理論値ρ(calc)に対する成形体密度の実測値ρ(real)の比が0.95以上であるエレクトレット。
ρ(calc)=ρA×ρB(WA+WB)/(ρB×WA+ρA×WB) (1)
(ただし、ρAは、有機高分子の密度(g/cm3)、ρBは、中空粒子の密度(g/cm3)、WAは、有機高分子の配合量(重量部)、WBは、中空粒子の配合量(重量部)をあらわす。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機圧電材料に匹敵する高い圧電性を有し、加工性に優れたエレクトレットに関する。
【背景技術】
【0002】
電気的なエネルギーを機械的エネルギーに、または機械的なエネルギーを電気的なエネルギーに変換するものとして、圧電体が知られている。圧電体はスピーカーやマイクロフォンなどの音響機器や圧力センサーなどに利用されている。圧電体には無機系、有機系があり、前者の代表的なものはチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、後者の代表的なものとしてフッ素系ポリマーが挙げられる。無機系圧電体は高い圧電性を示すが硬くて、脆く、形状の自由度も低い。
【0003】
一方、有機系圧電体の場合、成形性に優れるが、圧電性が低く、ポリフッ化ビニリデン系フィルムの場合で最大40pC/Nしか示さない。
【0004】
こういった、無機系、有機系の圧電体の欠点を補う技術として、有機高分子材料中に無機圧電材料の微粒子を分散させる技術(特許文献1)や有機高分子圧電体中に無機材料、無機圧電材料を分散させる技術など(特許文献2)が提案されている。これらの技術は、有機高分子材料中に無機系圧電材料を配したものであり、圧電性能は、非常に小さい。また、特許文献2では、圧電性有機高分子材料中に無機圧電材料が混合されているため、特許文献1記載の技術よりは、高い圧電性能を示すが、加えられた力に伴う歪が有機高分子側に生じるため、さほど大きな圧電性は得られず、試料作成時に無機圧電材料を電場や磁場で配向させる必要があるなど工程が複雑である。
【0005】
一方、有機系圧電体については、フィンランドの国立研究所(VTT)がポリオレフィン多孔質体にコロナ放電によって電荷注入すると高い圧電性を示すエレクトレットとなることを発表して以来(非特許文献1)、改善が重ねられ、最近では多孔質体のセル形状を工夫することによって高い圧電性を示すようになることも報告されている。また、VTTの技術を導入したEMfit社がポリプロピレン多孔質体エレクトレットフィルム(圧電性能100pC/N程度)を実用化している。
【0006】
ポリプロピレン多孔質体エレクトレットフィルムの性能発現には厚み方向のセル径を小さくすることが必要であり、フィルムの繰り返し延伸によるセルの微細化(非特許文献2)や微細発泡化により、高い圧電性能を得る試みが報告されている。
【0007】
非特許文献1、特許文献3などでは確かに比較的高い圧電性能が得られるようになっているが無機系圧電体には及ばない。また、非特許文献2では、形状をさらに工夫することによって高い圧電性能を得ることに成功しているが、製法が複雑で実用性に乏しく、中空粒子は配合していない。
【0008】
また、多孔質製造時に添加物とし結晶核剤および中空ガラス粒子を配合しておき、発泡後に高倍率で延伸して中空ガラス粒子とマトリックス樹脂との間にボイド(空隙)を作りそこに蓄積される電荷量を増大させることによって圧電性を示すようになったという報告もあるが、延伸というプロセスを必要とする点では他の先行技術と変わらず、圧電性能も従来のものと比して大差がない(非特許文献3)。
【特許文献1】特開昭和59−27584号公報
【特許文献2】特開2008−47693号公報
【特許文献3】特開2007−145960号公報
【非特許文献1】VTT Publications, 436
【非特許文献2】Journal of Electrostatics, 65,94−100(2007)
【非特許文献3】IEEE Transactions on Dielectrics Insulation, 13(5), 992−1000(2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、簡便で安価に生産でき、無機圧電体並みの圧電性能を有するエレクトレットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは有機高分子中に中空粒子を配合してなる成形体に電荷を注入する簡便な方法によって、無機圧電体並みの圧電性能を有するエレクトレットが得られることを見出し、本発明を完成させるにいたった。
【0011】
すなわち、本発明は、有機高分子に中空粒子を配合してなる成形体に電荷を注入してなるエレクトレットであって、下記式(1)によって求められる成形体密度の理論値ρ(calc)に対する成形体密度の実測値ρ(real)の比が0.95以上であるエレクトレットに関する。
【0012】
ρ(calc)=ρA×ρB(WA+WB)/(ρB×WA+ρA×WB) (1)
(ただし、ρAは有機高分子の密度(g/cm3)、ρBは中空粒子の密度(g/cm3)、WAは有機高分子の配合量(重量部)、WBは中空粒子の配合量(重量部)をあらわす。)
【0013】
好ましい態様としては、
(1)有機高分子が熱可塑性樹脂であることを特徴とする、
(2)中空粒子が二酸化珪素を主たる成分とする無機物質から構成され、かつ粒子内部が密閉状態であることを特徴とする、
前記記載のエレクトレットに関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明のエレクトレットは、簡便で安価に生産でき、かつ、無機圧電体並みの圧電性能を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のエレクトレットは、有機高分子中に中空粒子を配合してなる成形体に電荷を注入することによって得られるものであって、成形体密度の理論値ρ(calc)に対する成形体密度の実測値ρ(real)の比が0.95以上である。好ましくは、測定精度の範囲内で実質的に1である。ここで、成形体密度の理論値ρ(calc)は下記式(1)によって求められる。
ρ(calc)=ρA×ρB(WA+WB)/(ρB×WA+ρA×WB) (1)
(ただし、ρAは有機高分子の密度(g/cm3)、ρBは中空粒子の密度(g/cm3)、WAは成形体に配合する有機高分子の配合量(重量部)、WBは成形体に配合する中空粒子の配合量(重量部)をあらわす。)
【0016】
成形体密度の理論値と成形体密度の実測値の比が0.95以上であるということは、成形体内にボイド等の空隙を実質的に含まないことを意味する。
【0017】
本発明に用いる有機高分子は特に限定されないが、たとえば、ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリ(メタ)アクリル酸エステル、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンなどのビニル系重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネートアジペートなどのポリエステル系重合体、6−ナイロン、6−6ナイロン、11ナイロン、12ナイロンなどのポリアミド類、ポリカーボネート、シクロオレフィン類など多くのエンジニアリングプラスチック類等の熱可塑性樹脂、不飽和ポリエステル、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン、ケイ素系樹脂、ポリイミド、アルキド樹脂、フラン樹脂、ジクロペンタジエン樹脂、アクリル樹脂、アリルカーボネート樹脂等の熱硬化性樹脂等が挙げられるが、中空粒子を均一に分散させる作業の容易さという観点から、熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。
【0018】
中でも、ポリオレフィン系樹脂を使用することがより好ましく、電気絶縁性や電荷保持に影響を与える吸湿性の点から、ポリプロピレンを用いることがもっとも好ましい。有機高分子の選択にあたっては、配合する中空粒子が配合条件下で破壊されないことが重要である。
【0019】
本発明に用いる中空粒子は、マトリックスとして用いる有機高分子の加工条件で破壊されなければ特に限定されない。例えば、シリコーン中空粒子、スチレン−アクリル中空粒子等の有機物質から構成される中空粒子、ガラス中空粒子、セラミックス中空粒子、シリカ中空粒子等の無機物質から構成される中空粒子などが挙げられる。中でも、二酸化珪素を主たる成分とする無機物質から構成される中空粒子であることが好ましく、かつ粒子内部が密閉状態であり、外部から独立した空間有する中空粒子であることが好ましい。このような中空粒子としては、ガラス中空粒子が挙げられ、これを好適に使用することが出来る。
【0020】
本発明で用いる中空粒子の粒子径は特に限定はないが、粒子径の下限値は、成形途中で粒子が破壊されない強度を保持しつつ内部の空隙を保つために0.3μm以上であることが好ましい。二酸化珪素を主たる成分とする無機物質からなる中空粒子を用いる場合は1μm以上であることが好ましい。また、所望のフィルム厚みよりも大きいとフィルムの表面が平滑でなくなったり、成形時に中空粒子が破壊されたりするので、中空粒子の粒子径は、フィルム厚みよりも小さいことが好ましい。具体的には作製しようとするフィルム厚みの95%以下であることが好ましく、より好ましくは80%以下である。
【0021】
本発明の成形体は、単軸・二軸押出機等の成形機により有機高分子と中空粒子を混合し、加圧成形機やTダイ等で例えばシート状に成形することが出来る。
【0022】
以上のようにして得られた成形体に、電荷を注入することによって、本発明のエレクトレットは得られる。電荷を注入する方法としては特に限定はなく、一般的に知られている方法、例えば、直流コロナ放電、交流コロナ放電、電子線照射等が挙げられる。本発明においては直流コロナ放電によって電荷を注入することが好ましい。
【0023】
このようにして得られたエレクトレットは好ましくは、800pC/N以上の高い圧電係数を示し、かつ経時安定性が良好である。
【0024】
なお、本発明において圧電係数は、成形体から50mm×50mmの大きさのサンプルを切り出し、これをエレクトレット化したのち同サイズの剛性の高いアルミ板(1mm)で挟みこみ電極部とし、サンプルに錘を乗せて静的応力を与え、そのときにアルミ板間に発生する電位差を計測する。圧電係数(d)は、電位差Q、錘の重さFより
d=Q/F
より算出した。
【実施例】
【0025】
(成形体密度の実測値)
測定サンプルは、作製した成形体から1cm×1cmのサイズで切り出し、厚みt(cm)とその重量(g)を測定し、下記式に従い計算した。
成形体密度の実測値(g/cm3)=重量(g)/(1(cm)×1(cm)×測定厚みt(cm))
【0026】
(成形体密度の理論値)
有機高分子の密度ρAは、成形体密度の実測値をマトリックス樹脂の理論値として用い、中空粒子の密度ρBは、データシート記載の値を用いた。
【0027】
成形体を作製した有機高分子の配合量WA(重量部)、密度ρA(g/cm3)、中空粒子の配合量WB(重量部)、密度ρB(g/cm3)から成形体密度の理論値ρ(calc)を下記式(1)により求め、成形体密度の理論値ρ(calc)に対する成形体密度の実測値ρ(real)の比を求めた。
ρ(calc)=ρA×ρB(WA+WB)/(ρB×WA+ρA×WB) (1)
【0028】
(圧電係数の測定方法)
成形体から50mm×50mmの大きさのサンプルを切り出し、これをエレクトレット化したのち同サイズの剛性の高いアルミ板(1mm)で挟みこみ電極部とした。そして、サンプルに錘を乗せて静的応力を与え、そのときにアルミ板間に発生する電位差を計測した。電位差の計測には、電気化学測定装置(ソーラトロン社製)を使用した。
【0029】
圧電係数(d)は、
d=Q/F
より算出した。ここで、Qは、電位差から算出される電荷量、Fは錘の重さから算出される荷重である。
【0030】
(安定性評価法)
25℃、50%RHの雰囲気下で放置し、圧電性能の経時変化を評価した。
【0031】
(実施例1)
日本ポリプロ(株)製のアイソタクチックポリプロピレン(iPP、品番E111G)90重量部に対して住友スリーエム製グラスバブルズS60HSを10重量部配合し、ラボプラストミル(東洋精機(株)製)で220℃で溶融混練した。この溶融混練した物を200℃でプレス成形して急冷し、厚さ200μmのシートを得た。成形体密度の理論値と実測値の比較を行い、理論値が0.841g/cm3に対して、実測値が0.832g/cm3であり、その比は0.989であった。このシートを春日電機(株)製コロナ放電装置を用いて電極間距離12.5mm、電極間電圧8kV、室温下で3分コロナ放電を行い、圧電係数1209pC/Nのエレクトレットを得た。
【0032】
(比較例1)
日本ポリプロ(株)製のアイソタクチックポリプロピレン(iPP、品番E111G)をラボプラストミルに単軸押出機、Tダイを取り付け(東洋精機(株)製)で200℃で押出、2m/minで引き取り、厚さ200μmのシートを得た。成形体密度の理論値と実測値の比較を行い、理論値が0.88g/cm3に対して、実測値が0.88g/cm3であり、その比は1であった。実施例1と同じ操作を行い、圧電係数1624pC/Nのエレクトレットを得た。
【0033】
(比較例2)
中空粒子グラスバブルズS60HSの代わりにユニチカ製ユニビーズ(UB01MF)を用いた以外は実施例1と同じ操作を行い、圧電係数489pC/Nのエレクトレットを得た。成形体密度の理論値と実測値の比較を行い、理論値が0.942g/cm3に対して、実測値が0.951g/cm3であり、その比は0.991であった。
【0034】
(比較例3)
コロナ放電前にフィルムを150℃に加温して縦横各々3.5倍に延伸した以外は実施例1と同様の方法で圧電係数420pC/Nの圧電体を得た。延伸後のフィルムの密度はρ(real)は0.337g/cm3であり、ρ(calc)は0.841g/cm3であり、その比は0.4であった。
【0035】
実施例1、比較例1〜3のエレクトレットについて圧電係数の経時変化の確認を行った。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例1、比較例1〜3のエレクトレットについて圧電係数の経日変化を絶対値で表したグラフである。
【図2】実施例1、比較例1〜3のエレクトレットについて圧電係数の経日変化を相対値で表したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機高分子に中空粒子を配合してなる成形体に電荷を注入してなるエレクトレットであって、下記式(1)によって求められる成形体密度の理論値ρ(calc)に対する成形体密度の実測値ρ(real)の比が0.95以上であるエレクトレット。
ρ(calc)=ρA×ρB(WA+WB)/(ρB×WA+ρA×WB) (1)
(ただし、ρAは有機高分子の密度(g/cm3)、ρBは中空粒子の密度(g/cm3)、WAは有機高分子の配合量(重量部)、WBは中空粒子の配合量(重量部)をあらわす。)
【請求項2】
有機高分子が熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項1記載のエレクトレット。
【請求項3】
中空粒子が二酸化珪素を主たる成分とする無機物質から構成され、かつ粒子内部が密閉状態であることを特徴とする請求項1または2に記載のエレクトレット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−80743(P2010−80743A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−248548(P2008−248548)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】