説明

エレベータ装置及びその非常止め試験方法

【課題】本発明は、釣合おもりの位置によらず、かつ緩衝器の長さに影響されずに、非常止め試験時に必要なモータトルクを低減し、巻上機を小型化することを目的とするものである。
【解決手段】昇降路1の底部には、釣合車装置22を持ち上げるジャッキアップ装置25が設置されている。ジャッキアップ装置25は、非常止め装置14の作動試験時に、釣合車装置22を上方へ変位させることにより、綱車4を空転させるためのモータ5のトルクを低減する。非常止め装置14の作動試験を実施する場合、非常止め装置14によりかご8を停止させた後に、かご8が下降する方向に巻上機3を運転する。このとき、ジャッキアップ装置25により、釣合車装置22を持ち上げる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ガイドレールに係合してかごを非常停止させる非常止め装置が設けられたエレベータ装置、及びその非常止め装置の作動試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、トラクション式のエレベータ装置においては、非常止め装置の作動試験を実施する際に、調速機のロープキャッチを作動させ、かごを停止させた後に、かごが下降する方向に巻上機を運転する。そして、綱車が回転してもかごが下降しない(綱車が空転する)ことを確認することで、非常止め装置が正常に作動していると判断する。
【0003】
この試験方法においては、エレベータ装置のトラクション限界を超えて巻上ロープが完全にスリップするまで綱車を空転させる必要がある。このため、かご側の全質量をW1、釣合おもり側の全質量をW2、トラクション限界のときのトラクション能力をΓs(ガンマs)とすると、次の条件が必要となる。
W2/W1≧Γs ・・・(1)
【0004】
また、綱車の直径をDとすると、ロープスリップを発生させるために必要な綱車部分でのトルクTs1は、次式で求められる。
Ts1=(D/2)×(W2−W1) ・・・(2)
【0005】
(2)式に(1)式を代入すると次式のように表される。
Ts1=(D/2)×W2×(1−1/Γs) ・・・(3)
【0006】
従って、釣合おもり側の全質量が大きい場合には、空転させるために必要なトルクが大きくなることが分かる。
【0007】
特に、釣合ロープ及び釣合車装置が用いられている高揚程のエレベータ装置において、釣合ロープは、巻上ロープの質量を補償する分の質量を有し、釣合車装置は、釣合ロープの緊張を保持するために、釣合ロープの質量に近い質量を有している。このため、釣合おもり側の全質量W2が大きくなり、ロープスリップを発生させるために必要なトルクTs1が大きくなり、巻上機のモータが大型化する。
【0008】
ここで、エレベータ装置の定格質量をCAPとすると、エレベータ装置のアンバランストルクは以下の通り計算される(50%バランスとして、W2=W1+0.5CAP)。
=(D/2)×{(W1+CAP)−W2}=0.25CAP×D ・・・(4)
【0009】
これに対して、例えば、綱車の溝形状による形状係数をK2=1.25、綱車と巻上ロープとの間の摩擦係数μ=0.2、綱車と巻上ロープとの接触角度θ=330°とすると、次式が求められる。
Ts1=(D/2)×W2×{1−1/(e1.25×0.2×(330/180)×π)}
=0.763×W2×(D/2) ・・・(5)
【0010】
このとき、かごの質量を1.5×CAPとすると、W2=2.0CAP(実際にはロープ類の質量があるが省略)であるから、次式となる。
Ts1=0.763CAP×D ・・・(6)
【0011】
このように、非常止め試験時の綱車の空転に必要なトルクは、アンバランストルクTの3倍程度であり、エレベータの加減速時に必要なトルク(一般的にはアンバランストルクの2倍程度)を考慮しても、非常止め試験のためのみに多大なモータトルクが必要とされる。
【0012】
これに対して、従来のエレベータ装置では、非常止め試験時に、釣合おもりをジャッキアップすることで、釣合おもり側の全質量が低減される(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2006−168846号公報
【特許文献2】特開2008−189430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、上記のような従来のエレベータ装置では、釣合おもりを昇降路下部に移動させた位置で非常止め試験を実施する場合に制限される上に、定格速度が速く緩衝器が長い場合には、釣合おもりをジャッキアップするためのジャッキがかなり長くなり、実用化が困難となる。
【0015】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、釣合おもりの位置によらず、かつ緩衝器の長さに影響されずに、非常止め試験時に必要なモータトルクを低減することができ、巻上機を小型化することができるエレベータ装置及びその非常止め試験方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明に係るエレベータ装置は、綱車と、綱車を回転させるモータとを有する巻上機、綱車に巻き掛けられている懸架手段、懸架手段により吊り下げられ、巻上機により昇降路内を昇降されるかご及び釣合おもり、昇降路に設置され、かご及び釣合おもりの昇降を案内する複数本のガイドレール、かごに設けられ、ガイドレールに係合してかごを非常停止させる非常止め装置、かごと釣合おもりとの間に吊り下げられている可撓性の釣合ロープ、昇降路の下部に設けられ、かつ釣合ロープが巻き掛けられており、釣合ロープに張力を与える釣合車装置、及び非常止め装置の作動試験時に、釣合車装置を上方へ変位させ、綱車を空転させるためのモータのトルクを低減する釣合車上動装置を備えている。
【発明の効果】
【0017】
この発明のエレベータ装置は、非常止め装置の作動試験時に、釣合車上動装置により釣合車装置を上方へ変位させ、綱車を空転させるためのモータのトルクを低減することができるので、釣合おもりの位置によらず、かつ緩衝器の長さに影響されずに、非常止め試験時に必要なモータトルクを低減することができ、巻上機を小型化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明の実施の形態1によるエレベータ装置を示す構成図である。
【図2】この発明の実施の形態2によるエレベータ装置を示す構成図である。
【図3】この発明の実施の形態3によるエレベータ装置を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、この発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1によるエレベータ装置を示す構成図である。図において、昇降路1の上部には、機械室2が設けられている。機械室2には、巻上機3が設置されている。巻上機3は、綱車4と、綱車4を回転させるモータ5と、綱車4の回転を制動するブレーキとを有している。
【0020】
巻上機3の近傍には、そらせ車6が設けられている。綱車4及びそらせ車6には、懸架手段としての複数本(図では1本のみ示す)の巻上ロープ(主ロープ)7が巻き掛けられている。巻上ロープ7の第1の端部には、かご8が接続されている。巻上ロープ7の第2の端部には、釣合おもり9が接続されている。かご8及び釣合おもり9は、巻上ロープ7により吊り下げられており、巻上機3により昇降路1内を昇降される。
【0021】
昇降路1内には、かご8の昇降を案内する一対のかごガイドレール10と、釣合おもり9の昇降を案内する一対の釣合おもりガイドレール11とが設置されている。昇降路1の底部(ピット)には、かご緩衝器12及び釣合おもり緩衝器13が立設されている。
【0022】
かご8の下部には、非常止め装置14が搭載されている。非常止め装置14は、かごガイドレール10に係合してかご8を非常停止させる。
【0023】
機械室2には、かご8の過速度を検出する調速機15が設置されている。調速機15は、調速機シーブ16、過速度検出スイッチ(図示せず)、及びロープキャッチ17を有している。調速機シーブ16には、無端状の調速機ロープ18が巻き掛けられている。
【0024】
調速機ロープ18は、連結棒19を介して非常止め装置14の作動レバーに連結されている。昇降路1内の下部には、調速機ロープ18が巻き掛けられた張り車20が設けられている。張り車20は、かごガイドレール10に取り付けられている。
【0025】
かご8が昇降されると、調速機ロープ18が循環され、調速機シーブ16がかご8の走行速度に応じた速度で回転される。かご8の走行速度が予め設定された第1の過速度に達すると、過速度検出スイッチが操作され、モータ5への通電が遮断されるとともに、ブレーキにより綱車4の回転が摩擦制動されて、かご8が急停止される。
【0026】
また、かご8の下降速度が予め設定された第2の過速度(第2の過速度>第1の過速度)に達すると、ロープキャッチ17により調速機ロープ18が把持され、調速機ロープ18の循環が停止される。これにより、連結棒19を介して非常止め装置14が機械的に操作され、非常止め装置14によりかご8が非常停止される。
【0027】
かご8と釣合おもり9との間には、巻上ロープ7の質量を補償する複数本(図では1本のみ示す)の釣合ロープ21が吊り下げられている。釣合ロープ21の第1の端部は、かご8の下部に接続されている。釣合ロープ21の第2の端部は、釣合おもり9の下部に接続されている。
【0028】
昇降路1の下部には、釣合ロープ21に張力を与える釣合車装置22が設けられている。釣合車装置22は、釣合ロープ21が巻き掛けられた釣合車23と、着脱可能な負荷用おもり24とを有している。
【0029】
昇降路1の底部には、釣合車装置22を持ち上げる釣合車上動装置としてのジャッキアップ装置25が設置されている。ジャッキアップ装置25は、非常止め装置14の作動試験時に、釣合車装置22を上方へ変位させることにより、綱車4を空転させるためのモータ5のトルクを低減する。ジャッキアップ装置25は、非常止め装置14の作動試験時に昇降路1に設置されるが、常時設置しておくことも可能である。
【0030】
次に、非常止め試験方法について説明する。非常止め装置14の作動試験を実施する場合、ロープキャッチ17を作動させ、非常止め装置14によりかご8を停止させた後に、かご8が下降する方向に巻上機3を運転する。このとき、ジャッキアップ装置25により、釣合車装置22を所定量だけ持ち上げる。そして、綱車4が回転してもかご8が下降しない(綱車4が空転する)ことを確認することで、非常止め装置14が正常に作動していると判断する。
【0031】
この試験方法においては、エレベータ装置のトラクション限界を超えて巻上ロープ7が完全にスリップするまで綱車を空転させる必要がある。また、ロープスリップを発生させるために必要な綱車4でのトルクTs1は、上述の式(3)により求められる。
【0032】
このとき、釣合おもり9側の全質量W2、つまりは釣合おもり9側の巻上ロープ7に作用する張力の合計値は、釣合おもり9の質量をWw、釣合おもり9側の巻上ロープ7の質量をw2a、釣合おもり9側の釣合ロープ21の質量をw2b、釣合車装置22の質量をWCとすると次式のように表される。
W2=Ww+w2a+w2b+(WC/2) ・・・(7)
【0033】
揚程が大きくなると、巻上ロープ7の質量が大きくなるため、それを補償する釣合ロープ21の質量も増加し、それに伴って、釣合車装置22の質量も増加する。このため、W2が大きくなり、ロープスリップを発生させるために必要なトルクTs1も大きくなる。
【0034】
これに対して、実施の形態1のエレベータ装置では、非常止め装置14の作動試験時に、釣合車装置22がジャッキアップされることにより、釣合おもり9側の巻上ロープ7に作用する張力がWC/2分だけ軽減されるので、トルクTs1を低減することができ、巻上機3を小型化することができる。また、ジャッキアップ装置25は、釣合おもり9の位置によらず、かつ釣合おもり緩衝器13の長さに影響されずに設置することができる。
【0035】
実施の形態2.
次に、図2はこの発明の実施の形態2によるエレベータ装置を示す構成図である。この例では、釣合車上動装置として、昇降路1内のエレベータ機器(例えばガイドレール10,11又はレールブラケット等)から釣合車装置22を吊り上げる吊上装置26が用いられている。吊上装置26としては、例えばチェーンブロックが用いられる。吊上装置26は、非常止め装置14の作動試験時に、釣合車装置22を上方へ変位させることにより、綱車4を空転させるためのモータ5のトルクを低減する。他の構成及び非常止め試験方法は、実施の形態1と同様である。
【0036】
このようなエレベータ装置においても、非常止め装置14の作動試験時に、トルクTs1を低減することができ、巻上機3を小型化することができる。また、吊上装置26は、釣合おもり9の位置によらず、かつ釣合おもり緩衝器13の長さに影響されずに設置することができる。
【0037】
実施の形態3.
次に、図3はこの発明の実施の形態3によるエレベータ装置を示す構成図である。実施の形態3では、非常止め装置14の作動試験時に、釣合車装置22から負荷用おもり24を取り外すことにより、綱車4を空転させるためのモータ5のトルクを低減する。他の構成及び非常止め試験方法は、実施の形態1と同様である。
【0038】
このようなエレベータ装置では、釣合車装置22から負荷用おもり24を取り外すことにより、釣合おもり9側の巻上ロープ7に作用する張力が負荷用おもり24の質量分だけ軽減されるので、トルクTs1を低減することができ、巻上機3を小型化することができる。また、負荷用おもり24の着脱は、釣合おもり9の位置によらず、かつ釣合おもり緩衝器13の長さに影響されずに行うことができる。
【0039】
なお、実施の形態1、3を組み合わせたり、実施の形態2、3を組み合わせたりすることもできる。即ち、釣合車装置22から負荷用おもり24を取り外した後、釣合車装置22を上方へ変位させてもよく、ジャッキアップ装置25や吊上装置26の能力を小さくすることが可能である。
また、上記の例では、懸架手段として巻上ロープ7を示したが、ベルトを用いてもよい。同様に、釣合ロープ21もベルト状のものであってもよい。
さらに、上記の例では1:1ローピングのエレベータ装置を示したが、ローピング方式はこれに限定されるものではなく、例えば2:1ローピングのエレベータ装置にもこの発明は適用できる。
さらにまた、エレベータ機器のレイアウト(巻上機3や釣合おもり9の数や位置等)も図1の例に限定されるものではない。
また、この発明は、機械室を持たない機械室レスエレベータや、種々のタイプのエレベータ装置に適用できる。
【符号の説明】
【0040】
1 昇降路、3 巻上機、4 綱車、5 モータ、7 巻上ロープ(懸架手段)、8 かご、9 釣合おもり、10 かごガイドレール、11 釣合おもりガイドレール、14 非常止め装置、21 釣合ロープ、22 釣合車装置、24 負荷用おもり、25 ジャッキアップ装置(釣合車上動装置)、26 吊上装置(釣合車上動装置)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
綱車と、前記綱車を回転させるモータとを有する巻上機、
前記綱車に巻き掛けられている懸架手段、
前記懸架手段により吊り下げられ、前記巻上機により昇降路内を昇降されるかご及び釣合おもり、
前記昇降路に設置され、前記かご及び前記釣合おもりの昇降を案内する複数本のガイドレール、
前記かごに設けられ、前記ガイドレールに係合して前記かごを非常停止させる非常止め装置、
前記かごと前記釣合おもりとの間に吊り下げられている釣合ロープ、
前記昇降路の下部に設けられ、かつ前記釣合ロープが巻き掛けられており、前記釣合ロープに張力を与える釣合車装置、及び
前記非常止め装置の作動試験時に、前記釣合車装置を上方へ変位させ、前記綱車を空転させるための前記モータのトルクを低減する釣合車上動装置
を備えていることを特徴とするエレベータ装置。
【請求項2】
前記釣合車上動装置は、前記昇降路の下部に設置され、前記釣合車装置を持ち上げるジャッキアップ装置であることを特徴とする請求項1記載のエレベータ装置。
【請求項3】
前記釣合車上動装置は、前記昇降路内の機器から前記釣合車装置を吊り上げる吊上装置であることを特徴とする請求項1記載のエレベータ装置。
【請求項4】
綱車と、前記綱車を回転させるモータとを有する巻上機、
前記綱車に巻き掛けられている懸架手段、
前記懸架手段により吊り下げられ、前記巻上機により昇降路内を昇降されるかご及び釣合おもり、
前記昇降路に設置され、前記かご及び前記釣合おもりの昇降を案内する複数本のガイドレール、
前記かごに設けられ、前記ガイドレールに係合して前記かごを非常停止させる非常止め装置、
前記かごと前記釣合おもりとの間に吊り下げられている可撓性の釣合ロープ、及び
前記昇降路の下部に設けられ、かつ前記釣合ロープが巻き掛けられており、前記釣合ロープに張力を与える釣合車装置
を備え、
前記釣合車装置は、着脱可能な負荷用おもりを有していることを特徴とすることを特徴とするエレベータ装置。
【請求項5】
非常止め装置をガイドレールに係合させてかごを停止させた状態で、前記かごが下降する方向へ綱車を空転させることにより、前記非常止め装置が正常に作動しているかどうかを試験するエレベータ装置の非常止め試験方法であって、
前記かごと釣合おもりとの間に吊り下げられている釣合ロープに張力を与える釣合車装置を上方へ変位させることにより、前記綱車を空転させるための前記モータのトルクを低減することを特徴とするエレベータ装置の非常止め試験方法。
【請求項6】
非常止め装置をガイドレールに係合させてかごを停止させた状態で、前記かごが下降する方向へ綱車を空転させることにより、前記非常止め装置が正常に作動しているかどうかを試験するエレベータ装置の非常止め試験方法であって、
前記かごと釣合おもりとの間に吊り下げられている釣合ロープに張力を与える釣合車装置から負荷用おもりを取り外すことにより、前記綱車を空転させるための前記モータのトルクを低減することを特徴とするエレベータ装置の非常止め試験方法。
【請求項7】
前記釣合車装置から前記負荷用おもりを取り外した後、前記釣合車装置を上方へ変位させることにより、前記綱車を空転させるための前記モータのトルクをさらに低減することを特徴とする請求項6記載のエレベータ装置の非常止め試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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