説明

エンジンバルブの製造方法

【課題】スイング特性と放熱性に優れた内燃機関を構成するエンジンバルブの製造方法を提供する。
【解決手段】内燃機関の燃焼室に臨む傘部1と、傘部1と一体となって吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部2と、からなり、鉄系材料から形成されてなるエンジンバルブ10の製造方法であって、エンジンバルブ3の全周にアルミニウムめっき被膜4を形成する第1のステップ、陽極酸化処理してアルミニウムめっき被膜4を陽極酸化被膜5とする第2のステップ、傘部1において、陽極酸化被膜5の表面に封孔処理をおこなって封孔被膜6を形成する第3のステップからなり、第1のステップでは、アルミニウムめっき被膜4の膜厚t1を、形成したい陽極酸化被膜6の膜厚t2の1/2以下に調整しておく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関を構成するエンジンバルブの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関は、主にエンジンブロックとシリンダヘッドから構成されており、その燃焼室は、シリンダブロックのボア面と、このボアに組み込まれたピストン頂面と、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッド内に配設された吸入用および排気用の各エンジンバルブの頂面から画成されている。昨今の内燃機関に要求される高出力化にともなってその冷却損失を低減することが重要になってくるが、この冷却損失を低減する方策の一つとして、燃焼室の内壁にセラミックスからなる断熱被膜を形成する方法を挙げることができる。
【0003】
しかし、上記するセラミックスは一般に低い熱伝導率を有し、かつ高い熱容量を有することから、定常的な表面温度上昇による吸気効率の低下やノッキング(燃焼室内に熱が篭ることに起因する異常燃焼)が発生するために燃焼室の内壁への被膜素材として普及していないのが現状である。
【0004】
このことから、燃焼室の壁面に形成される断熱被膜は、耐熱性と断熱性は勿論のこと、低熱伝導率と低熱容量の素材から形成されるのが望ましい。さらに、この低熱伝導率および低熱容量であることに加えて、燃焼室内での燃焼時の爆発圧や噴射圧、熱膨張と熱収縮の繰り返し応力に耐え得る素材から被膜が形成されること、およびシリンダブロック等の母材への密着性が高い素材から被膜が形成されることが望ましい。
【0005】
ここで、従来の公開技術に目を転じるに、シリンダヘッドの底面とこのシリンダヘッド内に画成されたウォータージャケットの内面の双方にミクロ的に多孔質で二酸化珪素系もしくは酸化アルミニウム系の被膜が陽極酸化にて形成されたシリンダヘッドが特許文献1に開示されている。このシリンダヘッドによれば、ヘッド底面とジャケット内面の双方にミクロ的に多孔質な被膜が設けられていることで、ヘッド底面およびジャケット内面の表面積がこの被膜によって拡大され、燃焼室で発生する熱を被膜を介して内部へ効率よく吸収することができ、ジャケット内面では内部に吸収された熱が被膜を介して冷却水へ効率よく放出されることになる。そのため、吸熱によって暖まり易く、放熱によって冷め易いものであって、温度上昇が抑えられたシリンダヘッドとなるというものである。
【0006】
ところで、内燃機関を構成するエンジンバルブは特に熱負荷が大きいことから、SUH1,3(SUH:Steel Heat Resisting)などの耐熱鋼から形成されているのが一般的である。中でも排気用のエンジンバルブにおいては、曝される排ガスの雰囲気温度が900℃以上とアルミニウムの融点である600〜660℃よりもかなり高い温度であることから、バルブ素材にアルミニウムを適用できないのがその理由となっており、そのために、エンジンバルブの表面に上記する陽極酸化被膜を形成するのは極めて困難である。
【0007】
そこで、エンジンバルブに陽極酸化被膜を形成する方法として、特許文献2に開示の方法を適用することが考えられる。特許文献2で開示される技術は、母材が炭素鋼からなるボルトやナットの表面にアルミニウムめっきを施してアルミニウムコーティング層を形成した後、陽極酸化法によってこのアルミニウムコーティング層を酸化することによって陽極酸化被膜を形成する方法である。
【0008】
このように鋼製素材のエンジンバルブに対しては、その表面にアルミニウムめっきを施すことによって陽極酸化被膜を形成することはできる。しかしながら、エンジンバルブの表面に単に陽極酸化被膜を形成しただけでは、エンジンバルブが放熱性とスイング特性の双方を満足することはできない。ここで、「スイング特性」とは、断熱性能を具備しながらも、燃焼室内のガス温度に陽極酸化被膜の温度が追随する特性のことである。
【0009】
エンジンバルブは、内燃機関の燃焼室に臨む傘部と、該傘部と一体となって吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部と、から構成されるものであるが、内燃機関に臨む傘部に上記するスイング特性を要求しようとした際には、その表面に陽極酸化被膜のみが存在していてアルミめっきが残存していないこと、さらには、空隙を具備する陽極酸化被膜を遮熱用被膜とするための措置が講じられていることが望ましい。
【0010】
その一方で、エンジンバルブの軸部に上記する放熱性能を要求しようとした際には、その表面の陽極酸化被膜の有する空隙を外部に開放するといった措置が講じられていることが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−113737号公報
【特許文献2】特開2008−232366号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記する問題に鑑みてなされたものであり、スイング特性と放熱性に優れた内燃機関を構成するエンジンバルブの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成すべく、本発明によるエンジンバルブの製造方法は、内燃機関の燃焼室に臨む傘部と、該傘部と一体となって吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部と、からなり、鉄系材料から形成されてなるエンジンバルブの製造方法であって、前記エンジンバルブの全周にアルミニウムめっき被膜を形成する第1のステップ、陽極酸化処理して前記アルミニウムめっき被膜を陽極酸化被膜とする第2のステップ、傘部において、陽極酸化被膜の表面に封孔処理をおこなって封孔被膜を形成する第3のステップからなり、前記第1のステップでは、アルミニウムめっき被膜の膜厚を、形成したい陽極酸化被膜の膜厚の1/2以下に調整しておくものである。
【0014】
本発明の製造方法が製造対象とするエンジンバルブは鉄系材料からなるが、この鉄系材料とは、耐熱鋼や炭素鋼、チタン材料などを意味している。また、エンジンバルブが適用される内燃機関は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのいずれを対象としたものであってもよく、その構成は既述するように、エンジンブロックとシリンダヘッドから主として構成され、その燃焼室は、シリンダブロックのボア面と、このボアに組み込まれたピストン頂面と、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッド内に配設された吸入用および排気用の各エンジンバルブの頂面から画成されており、エンジンバルブ以外の構成部材は一般にその母材がアルミニウムやその合金からなり、したがってアルミニウムめっき被膜を形成することなく陽極酸化被膜を表面に形成することが可能となる。
【0015】
このように、鉄系材料からなり、かつ、内燃機関の燃焼室に臨む傘部と、該傘部と一体となって吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部と、からなるエンジンバルブの表面に陽極酸化被膜を形成するために、まず第1のステップとしてエンジンバルブの全周にアルミニウムめっき被膜を形成する。
【0016】
ここで、このアルミニウムめっき被膜の膜厚は、最終的に形成したい陽極酸化被膜の膜厚の1/2以下に調整しておくことにより、最終的に製造されたエンジンバルブの表面にアルミニウムめっき被膜が残存しないことが本発明者等によって特定されている。なお、より具体的には、エンジンバルブのうち、スイング特性が要求される傘部においてアルミニウムめっき被膜が残存していなければよい。なお、このアルミニウムめっきは、アルミニウムもしくはその合金のいずれかがめっき処理されるものである。
【0017】
第1のステップでエンジンバルブの全周にアルミニウムめっき被膜が形成されたら、第2のステップとして、これに陽極酸化処理を施してアルミニウムめっき被膜を陽極酸化被膜とする。
【0018】
この陽極酸化被膜により、低熱伝導率と低熱容量を有し、さらには、燃焼室内での燃焼時の爆発圧や噴射圧、熱膨張と熱収縮の繰り返し応力に耐え得るエンジンバルブとなる。
【0019】
次に、第3のステップとして、傘部においては陽極酸化被膜の表面に封孔処理をおこなって封孔被膜を形成することにより、エンジンバルブが製造される。ここで、封孔処理とは、空隙(気孔)の表面が封孔被膜にて封止されるものであり、その深部の空隙はそのままの状態を維持し、このように表面が封孔処理されながら多数の空隙を具備する内部構造によって傘部の陽極酸化被膜は優れたスイング特性を発揮することができる。
【0020】
ここで、この封孔処理の方法としては、沸騰水または水蒸気による封孔処理、もしくは耐熱性封止材のコーティング処理、もしくは双方の処理を施すことなどの方法形態を挙げることができる。
【0021】
傘部にのみ封孔処理を施すことにより、傘部の表面の陽極酸化被膜の空隙が封孔被膜で封孔され、エンジンバルブの遮熱性能が保証される。
【0022】
一方、軸部には封孔処理がなされないことからエンジンバルブの放熱性が保証される。
【0023】
また、軸部の放熱性を重視する場合には、前記傘部の陽極酸化被膜に比して前記軸部の陽極酸化被膜の膜厚が薄く形成されているのが好ましい。
【0024】
軸部の陽極酸化被膜を相対的に薄くする方法としては、傘部に比して軸部の陽極酸化処理時間を相対的に短くする方法や、傘部と軸部を同じ処理時間で陽極酸化処理した後で軸部の陽極酸化被膜の一部を削り取って相対的に膜厚を薄くする方法などが挙げられる。
【0025】
ここで、陽極酸化被膜のミクロ構造を概説すると、陽極酸化被膜がその厚みを有する多数のセルから構成され、各セル間に空隙が設けられた構造や、セル自体の内部に別途の空隙が設けられた構造となっている。
【0026】
特に傘部の陽極酸化被膜に関しては、スイング特性の関係からその厚みが100〜500μmの範囲に調整されるのがよい。断熱性能を有する陽極酸化被膜の厚みが100μmを下回ると燃焼サイクル中の被膜表面の温度上昇が不十分で断熱性能が不十分となり、後述する燃費改善を達成できない。一方、陽極酸化被膜の厚みが500μmを超えてしまうと、今度はその熱容量が大きくなってしまい、陽極酸化被膜自体が熱を溜め易くなってしまうことで、スイング特性が阻害されることになる。尤も、500μmより厚い陽極酸化被膜を成膜すること自体極めて困難である。
【0027】
また、第2のステップの陽極酸化処理においては、エンジンバルブを酸性電解液内に浸漬して陽極とし、該酸性電解液内に陰極を形成して両極間に最大電圧が130〜200Vの範囲に調整された電圧を印加し、かつ、1.6〜2.4cal/s/cmの範囲に調整された抜熱速度で電気分解をおこなうこともできる。
【0028】
これは、陽極酸化被膜が空隙を有するセル同士がさらにその内部に空隙を有するミクロ構造の陽極酸化被膜をエンジンバルブ表面に形成するための陽極酸化処理の一手法である。エンジンバルブが浸漬される酸性電解液内の陽極および陰極間に最大電圧が50〜200Vの範囲に調整された電圧を印加し、かつ、1.6〜2.4cal/s/cmの範囲に調整された抜熱速度で電気分解をおこなうのがよい。すなわち、上記する条件の下で電気分解をおこなうことにより、成膜される陽極酸化被膜の底部(深部)まで酸を浸透させることができ、陽極酸化被膜の底部に至る空隙を所望の大きさで生成することができる。なお、「抜熱速度」とは、電解液が単位時間、単位面積当たりに奪う熱量のことであり、1.6〜2.4cal/s/cmの範囲の抜熱速度とすることで、電解液の温度がたとえば−5〜15℃の範囲に調整されることとなる。
【発明の効果】
【0029】
以上の説明から理解できるように、本発明のエンジンバルブの製造方法によれば、鉄系材料から形成されてなるエンジンバルブに対して形成したい陽極酸化被膜の膜厚の1/2以下の厚みのアルミニウムめっき被膜を形成し、次いでアルミニウム被膜を陽極酸化被膜とするとともに、エンジンバルブの傘部においてはさらに陽極酸化被膜の表面に封孔処理をおこなって封孔被膜を形成することにより、耐熱性能と断熱性能は勿論のこと、さらに、スイング特性と放熱性の双方に優れた内燃機関を構成するエンジンバルブを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のエンジンバルブの製造方法を説明するフロー図である。
【図2】製造方法の第1のステップを説明する模式図である。
【図3】(a)は製造方法の第2のステップを説明する模式図であり、(b)は(a)のb部の拡大図である。
【図4】(a)は製造方法の第3のステップを説明する模式図であり、(b)は(a)のb部の拡大図である。
【図5】(a)は冷却試験の概要を説明する模式図であり、(b)は冷却試験結果に基づく冷却曲線とこれから割り出される40℃降下時間を示す図である。
【図6】燃費向上率と冷却試験における40℃降下時間の相関グラフを示す図である。
【図7】冷却試験を示すグラフである。
【図8】放熱性試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図面を参照して本発明のエンジンバルブの製造方法の実施の形態を説明する。
【0032】
図1は本発明のエンジンバルブの製造方法を説明するフロー図であり、図2は製造方法の第1のステップを説明する模式図である。また、図3aは製造方法の第2のステップを説明する模式図であり、図3bは図3aのb部の拡大図であり、図4aは製造方法の第3のステップを説明する模式図であり、図4bは図4aのb部の拡大図である。
【0033】
本発明の製造方法が対象とするエンジンバルブは耐熱鋼や炭素鋼、チタン材料などを母材としたものであり、このエンジンバルブが適用される内燃機関は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのいずれを対象としたものであってもよい。
【0034】
図1で示すように、このエンジンバルブの製造方法では、まず、エンジンバルブの全周にアルミニウムめっき被膜を形成する(第1のステップS1)。
【0035】
ここで、図2で示すように、エンジンバルブ3は不図示の内燃機関の燃焼室に臨む傘部1と、この傘部1と一体となって不図示の吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部2とから構成されている。
【0036】
この傘部1および軸部2の全周(より詳細には、図示例では軸部2の上端領域はめっき処理していない)に、アルミニウムもしくはその合金からなるアルミニウムめっき被膜4を形成する。なお、このアルミニウムめっき被膜4の膜厚はt1である。
【0037】
図1に戻り、エンジンバルブ3の全周に膜厚t1のアルミニウムめっき被膜4が形成されたら、このアルミニウムめっき被膜4を陽極酸化処理して陽極酸化被膜を形成する(第2のステップS2)。
【0038】
図3aで示すように、この陽極酸化処理により、膜厚t1のアルミニウムめっき被膜4はその2倍以上の膜厚t2を有する陽極酸化被膜5となるように、すなわち、t2≧2×t1の条件を満たす膜厚の陽極酸化被膜5が形成されることにより、その表面にアルミニウムめっき被膜4が残存せず、陽極酸化被膜5のみによって被覆されたエンジンバルブ3を製造することができる。
【0039】
陽極酸化被膜5のミクロ構造は、図3bで示すように、多数のセル5a,…と、セル5a,5a間の空隙5bから構成されるものであり、セル5aの内部にも不図示の空隙が形成される形態もある。
【0040】
このようなミクロ構造の陽極酸化被膜5をその表面に具備することにより、耐熱性能と断熱性能は勿論のこと、さらに、放熱性に優れたエンジンバルブとなる。
【0041】
図1に戻り、エンジンバルブ3の表面に陽極酸化被膜5が形成されたら、エンジンバルブの傘部1にのみ封孔処理をおこなう(第3のステップS3)。
【0042】
この封孔処理は、沸騰水または水蒸気による封孔処理や、水ガラスのような耐熱性封止材のコーティング処理、もしくはそれらの双方の処理を施すものであり、図4a,bで示すように、傘部1の表面、すなわち、傘部1が燃焼室に臨む前面から軸部2に繋がる後面までの全表面における陽極酸化被膜5の表面にのみ封孔被膜6が形成される。
【0043】
ここで、図4bで示すように、陽極酸化被膜5を構成するセル5aの表面からセル5a、5a間の空隙5bの一部に亘って封孔被膜6が形成されるが、それよりも深部の空隙5bはそのまま保持された被膜構造を呈していることで、傘部1表面の陽極酸化被膜5は遮熱性能を有し、スイング特性に優れたエンジンバルブ10となる。
【0044】
製造されたエンジンバルブ10は不図示の内燃機関に適用できる。この内燃機関の具体的な構成は、その内部に冷却水ジャケットが形成されたシリンダブロックと、シリンダブロック上に配設されたシリンダヘッドと、シリンダヘッド内に画成された吸気ポートおよび排気ポートとそれらが燃焼室に臨む開口に昇降自在に装着された吸気用のエンジンバルブ10および排気用のエンジンバルブ10と、シリンダブロックの下方開口から昇降自在に形成されたピストンからなるものである。
【0045】
[冷却試験とその結果]
本発明者等は、以下の方法で実施例1,2、比較例および参考例の4種の試験体を作成し、これらに冷却試験を実施した。
【0046】
バルブ母材はJIS規格のSUH3を図5aで示すようにφ25mm×厚み1mmの試験体とし、その表面の酸化層を除去し、脱脂処理をおこなった後、純度99%以上の純アルミニウムを700℃以上で十分に熔解し、この溶湯に試験体を2分間浸漬した後に引き上げた。
【0047】
次いで室温にて冷却し、マスキングとアルミニウムめっき表面の不純物層を除去し、アルミニウムめっき被膜表面を研磨によって滑らかに仕上げた(表面粗度Ra=1μm以下)。
【0048】
実施例1,2の試験体に関しては、さらに陽極酸化処理をおこない、最後に封孔処理をおこなって試験体を作成した。
【0049】
一方、比較例は陽極酸化被膜を具備しない試験体であり、参考例は陽極酸化被膜を具備するものの傘部が封孔処理されていない試験体である。
【0050】
アルミニウムめっき処理によるアルミニウムめっき被膜の膜厚、陽極酸化処理の詳細な条件、封孔処理の有無、最終的に製作された試験体に残存するアルミニウムめっき被膜の膜厚に関する結果を以下の表1,2に示す。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
この冷却試験の概要は、図5aで示すように、片面のみに陽極酸化被膜を施した試験体TPを用い、背面(陽極酸化被膜を施していない面)を750℃の高温噴射で加熱して(図中のHeat)テストピースTPの全体を250℃程度に安定させ、予め所定の流速で室温噴流を流しておいたノズルをリニアモーターでテストピースTPの正面(陽極酸化被膜を施している面)に移動させて冷却を開始する(25℃の冷却エアー(図中のAir)を提供するものであり、この際に背面の高温噴射は継続する)。テストピースTPの陽極酸化被膜表面の温度をその外部にある放射温度計で測定し、その冷却時の温度低下を測定して、図5bで示す冷却曲線を作成する。この冷却試験は燃焼室内壁の吸気行程を模擬した試験方法であり、加熱された断熱被膜表面の冷却速度を評価するものである。なお、低熱伝導率で低熱容量の断熱被膜の場合には急冷速度が速くなる傾向を示す。
【0054】
作成された冷却曲線から40℃低下するのに要する時間を読み取り、40℃降下時間として被膜の熱特性を評価する。
【0055】
一方、本発明者等によれば、実験の際に、計測誤差として埋もれることなく燃費向上率を明確に証明でき、かつ、排気ガス温度の上昇によってNO低減触媒の暖気時間を短縮し、NO低減を実現できる値としてディーゼルエンジンの燃焼最良点において燃費改善率(燃費向上率)5%を本発明中の陽極酸化被膜を燃焼室内壁面全体に形成した際に達成される一つの目標値としている。ここで、図6には、本発明者等によって特定されている燃費向上率と冷却試験における40℃降下時間の相関グラフを示している。
【0056】
燃費向上率8%、5%、2.5%、1.3%に対応する40℃降下時間を求めた結果に基づいて図6で示すごとく近似曲線(2次曲線)が作成される。なお、燃費向上率5%に対応する40℃降下時間は図5bで特定された45msに一致している。
【0057】
冷却試験結果を図7に示している。同図より、比較例は燃費改善率5%を満足できず、実施例1,2では、燃費改善率5%を十分に満足する結果が得られている。
【0058】
これは、表2で示すように、実施例1,2の試験体は空隙を有する陽極酸化被膜を有することに加えて、封孔処理によって陽極酸化被膜の空隙の表面が封孔されていることによるものである。なお、実施例1,2においては、アルミニウムめっき被膜の厚みが陽極酸化被膜の厚みの1/2以下となっていることも確認でき、このようにアルミニウムめっき被膜の厚みを調整しておくことにより、最終的に得られるエンジンバルブの表面にアルミニウムめっき被膜が残存しなくなることもまた実証されている。
【0059】
また、アルミニウムめっき被膜の厚みが陽極酸化被膜の厚みの1/2よりも厚い場合は、陽極酸化処理後にアルミニウムめっき被膜が残存することが本発明者等によって分かっている。より具体的には、アルミニウム母材と陽極酸化被膜の間に陽極酸化処理しきれずに残ったアルミニウムめっき被膜が介在することになる。このようにアルミニウムめっき被膜が残っていると、燃焼室内がアルミニウムの融点よりも高い高温雰囲気下に置かれた際に残存するアルミニウムめっき被膜が溶け出し、このことによって陽極酸化被膜がアルミニウム母材から剥がれ易くなるという問題があることもまた本発明者等によって特定されている。この知見に基づいて、アルミニウムめっき被膜の厚みを陽極酸化被膜の厚みの1/2以下とするものである。
【0060】
[放熱性試験とその結果]
本発明者等はさらに、実施例2、比較例および参考例の各試験体に対し、その母材側を発熱源(100W)であるセラミックヒータに密着させ、試験体表面の温度を測定した。ここで、ヒータ周囲は自然対流状態とし、熱電対を陽極酸化被膜表面とヒータ加熱面にそれぞれ接触させて測定した。試験結果を図8に示す。
【0061】
同図より、たとえばヒータ温度200℃程度において、比較例の表面温度が190℃程度であるのに対して、実施例2の表面温度は150〜160℃程度と、40℃程度も温度低下することが実証されている。これは、実施例2の試験体がその表面に熱伝導率の低い陽極酸化被膜を有しているためである。なお、放熱性のみを勘案した場合には、傘部が封孔処理されていない参考例の表面温度が130℃程度と最も優れていることが確認されている。
【0062】
[耐熱性試験とその結果]
本発明者等はさらに、実施例1,2の各試験体を900℃に加熱した高温炉内に載置して5時間保持し、高温炉から取り出した試験体を室温放置して自然冷却した際の試験体の状態を観察する実験をおこなった。
【0063】
観察結果、実施例1,2の試験体はいずれもその表面に何等の変化も観察されなかった。これは、実施例1,2の試験体においては、それらの表面にアルミニウムめっき被膜が残存していないことによるものである。
【0064】
以上で説明した各種試験結果より、耐熱鋼や炭素鋼などを母材とするエンジンバルブに対して陽極酸化被膜を成膜するに当たり、アルミニウムめっき被膜をその表面に形成することを要するものの、最終的に得られるエンジンバルブの表面にアルミニウムめっき被膜が残存しないようにアルミニウムめっき被膜の膜厚を陽極酸化被膜の膜厚の1/2以下に調整しておくことにより、放熱性および耐熱性の良好なエンジンバルブとなる。
【0065】
また、エンジンバルブを構成する傘部の表面の陽極酸化被膜には封孔被膜を形成しておくことにより、エンジンバルブの冷却性能に起因するスイング特性が向上し、燃費向上率の上昇に寄与できるものとなる。
【0066】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0067】
1…傘部、2…軸部、3…エンジンバルブ、4…アルミニウムめっき被膜、5…陽極酸化被膜、5a…セル、5b…空隙(気孔)、6…封孔被膜、10…エンジンバルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の燃焼室に臨む傘部と、該傘部と一体となって吸気バルブもしくは排気バルブ内に延設する軸部と、からなり、鉄系材料から形成されてなるエンジンバルブの製造方法であって、
前記エンジンバルブの全周にアルミニウムめっき被膜を形成する第1のステップ、
陽極酸化処理して前記アルミニウムめっき被膜を陽極酸化被膜とする第2のステップ、
傘部において、陽極酸化被膜の表面に封孔処理をおこなって封孔被膜を形成する第3のステップからなり、
前記第1のステップでは、アルミニウムめっき被膜の膜厚を、形成したい陽極酸化被膜の膜厚の1/2以下に調整しておくエンジンバルブの製造方法。
【請求項2】
前記傘部の陽極酸化被膜に比して前記軸部の陽極酸化被膜の膜厚が薄く形成されている請求項1に記載のエンジンバルブの製造方法。
【請求項3】
前記封孔処理は、沸騰水または水蒸気による封孔処理、もしくは耐熱性封止材のコーティング処理、もしくは双方の処理を施すことからなる請求項1または2に記載のエンジンバルブの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2013−14830(P2013−14830A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−150326(P2011−150326)
【出願日】平成23年7月6日(2011.7.6)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】