説明

エンボス加工用革素材の製造方法

【課題】 過酷な条件のエンボス加工に耐え得るとともに、加工後に緻密な立体模様を長期にわたって確実に保持することのできるようにしたエンボス加工用革素材の製造方法を提供する。
【解決手段】 原皮に対し、クロム鞣、クロム鞣剤を用いた再鞣及び加脂の各工程における処理を行って革素材を製造するにあたり、再鞣工程において、鞣工程で得られた革に対してクロム鞣剤に代え又はクロム鞣剤とともにジルコニウム鞣剤を用いて再鞣することによりエンボス加工時に革素材がクロム鞣剤によって再鞣した場合に比較して小さな伸びとなるように鞣工程で得られた革の柔軟性を調整するとともに、植物タンニン及び合成タンニンを用いて鞣工程で得られた革に浸透させることにより該革の豊満性と弾力性を高め、型押によるエンボス加工に適した革素材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はエンボス加工用革素材の製造方法に関し、特に過酷な条件のエンボス加工に耐えることができ、しかも加工後に緻密な立体模様を長期にわたって確実に保持できるようにした方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、バッグ、装飾品、財布、キーホルダーなどの革製品ではその表面に立体的な模様を施すと、革製品の商品性を高めることができることから、エンボス加工は革製品における重要な製造技術の1つとなっている。
【0003】
従来、押型を革素材の表面に押しつけることによって革製品にエンボス加工を施す方法(特許文献1、特許文献2)、雌雄の金型によってプレスすることによって革製品にエンボス加工を施す方法(特許文献3)、等が知られている。
【0004】
【特許文献1】特開平06−100900号公報
【特許文献2】特公平07−2958号公報
【特許文献3】特開平07−138600号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、押型を用いるエンボス加工方法では革を凹凸に加工できるものの、レリーフのような緻密な立体模様を得ることは難しい。
【0006】
他方、金型を用いるエンボス加工方法ではレリーフのような立体模様を得ることができるものの、雌雄の金型で長時間にわたってプレスする必要があるので、エンボス加工時に金型がずれると、革が損傷を受けあるいは模様に狂いが生じ、又大きな凹凸の立体模様を施す場合には革が大きな伸展に耐えきれず、革切れや破断のおそれがあった。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑み、過酷な条件のエンボス加工に耐え得るとともに、加工後に緻密な立体模様を長期にわたって確実に保持することのできるようにしたエンボス加工用革素材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明に係るエンボス加工用革素材の製造方法は、原皮に対し、クロム鞣剤を用いた鞣工程、クロム鞣剤を用いた再鞣工程及び加脂油を用いた加脂工程における処理を順次行って革素材を製造するにあたり、上記再鞣工程において、上記鞣工程で得られた革に対してクロム鞣剤の全部又は大部分に代えてジルコニウム鞣剤を用いて再鞣することによりエンボス加工時に革素材がクロム鞣剤によって再鞣した革素材に比較して小さな伸びとなるように上記鞣工程で得られた革の柔軟性を調整するとともに、植物タンニン及び合成タンニンを上記鞣工程で得られた革に浸透させることにより該革の豊満性と弾力性を高め、型押によるエンボス加工に適した革素材を製造するようにしたことを特徴とする。
【0009】
クロム鞣剤を用いて皮の鞣を行うと、クロム鞣剤が皮に浸透して皮中のコラーゲンと結合し、皮を革に変化させる。クロム鞣を行った革は柔軟で伸びが大きい。かかるクロム鞣を行った革に対して型押によって大きな立体模様のエンボス加工を施すと、革が伸び過ぎ、エンボス加工した立体模様が時間の経過とともにその立体形状を維持できず、形崩れするおそれがある。
【0010】
本発明の特徴の1つはクロム鞣剤の全部又は大部分に代えてジルコニウム鞣剤を用いて再鞣を行うようにした点にある。これにより、ジルコニウム鞣剤が革中のコラーゲンと結合し、クロム鞣を行った革の柔軟性を抑制してその伸びが小さくなるので、エンボス加工した立体模様が長期にわたって維持される。
【0011】
他方、厳しい条件の型押をすると、革の伸びを抑えただけでは革切れが発生し、革が偏平になって破断のおそれがある。
【0012】
本発明の第2の特徴は再鞣時に植物タンニン及び合成タンニンをクロム鞣を行った革に浸透させるようにした点にある。これにより、クロム鞣を行った革中にタンニンが浸透してその革の豊満性(革質の緻密さを維持しつつ厚みを増大させるという特性)と弾力性を高めることができるので、過酷な条件で型押を行っても革切れや革破断のおそれを少なくできる。その結果、革素材が押型によって加工しやすく、しかも押型を革素材に対して型押し位置に保持して精密なエンボス加工が可能となる。
【0013】
植物タンニンにはミモザ、ケブラチョ、チェストナットの組合せを採用し、合成タンニンにはアクリル樹脂及びアミン縮合樹脂の組合せを採用するのがよい。その量は特に限定されず、原皮の物性などによって選定する必要があるが、原皮の重さを基準とし、原皮の重量を100%としたときに、ミモザ8重量%〜13重量%、ケブラチョ8重量%〜13重量%、チェストナット8重量%〜13重量%、アクリル樹脂3重量%〜8重量%、アミン縮合樹脂3重量%〜8重量%の範囲内の量を用いたときに革の豊満性に関して優れた効果を発揮することが確認された。
【0014】
クロム鞣をした革に対して加脂油を用いて加脂を行うと、革に豊満性とともに柔軟性が付与される。しかし、革に柔軟性が付与されると、エンボス加工後における革の伸びが大きくなり、エンボス加工による模様の立体感が時間の経過と共に次第に少なくなる。
【0015】
そこで、エンボス加工後の革素材の伸びが小さくなるように、加脂工程において加脂油の全部又は大部分に代えてシリコン系柔軟剤を用いるのがよい。このシリコン系の柔軟剤は革中に浸透し、革に豊満性を与えるが、柔軟性をほとんど増加させず、かえって抑制する傾向にある。シリコン系の柔軟剤の量は特に限定されず、原皮の物性などに応じて選定する必要があるが、原皮の重さを基準とし、原皮の重量を100%とした時に例えば3重量%〜8重量%の範囲内の量を用いることで十分な効果を発揮することが確認された。
【0016】
加脂工程の後で革の伸びをより抑えるために、加脂工程の後に第2の再鞣工程を設け、エンボス加工時に革素材の伸びがさらに小さくなるように、ジルコニウム鞣剤を用いて第2の再鞣を行うのが好ましい。ジルコニウム鞣剤の量は特に限定されないが、原皮の重さを100%とした時に例えば3重量%〜8重量%の範囲内の量を用いることにより十分な効果を発揮することが確認された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を図面に示す具体例に基づいて詳細に説明する。図1は本発明に係るエンボス加工用革素材の製造方法の好ましい実施形態を示す。原皮は牛馬その他の動物の皮であって、生皮の場合を除き、腐敗を防ぐため塩漬けにされている。
【0018】
この原皮に対し、パドルやドラムを用いて水漬け(Soaking)を行った(工程S10)。水漬けは浸漬液に、24時間浸漬することによって行った。浸漬液は原皮の重量を100%としたとき0.5〜10重量%のソーダ液(Na2CO3)、0.2重量%の界面活性剤及び防腐剤からなり、pH7〜8に調整した。水漬けによって皮に付着している血液や汚物等を取り除くことができるとともに、脱水された水分を補い生皮の状態に戻すことができる。(なお、以下では同様に重量%は原皮の重量を100%としたときの重量%を意味する。)
【0019】
水漬された皮に対し、裏打ち(Fleshing)を行った後、脱毛・石灰漬(Liming & Unhairin)を行った(工程S11、S12)。脱毛・石灰漬には、4.0重量%の消石灰、1.0重量%の水硫化ソーダ、1.0重量%の硫化ソーダ、0.5重量%の界面活性剤を用いた。pHは12〜13に調整し、48時間浸漬した。アルカリによって皮を膨潤させ、コラーゲン繊維をほぐすとともに、毛、脂肪、表皮層を分解除去することができる。
【0020】
次に、スプリッティングマシンを用い、脱毛・石灰漬を行った皮に対して銀面(表面)と肉面(床皮)とに分割(Splitting)する(工程S13)。分割後の銀面の厚さは約1.7mmとした。
【0021】
さらに、必要に応じて垢出し(Scudding)を行い、脱毛・石灰漬の段階(S12)で除去しきれなかった毛根などを取り除いた後、再石灰漬(Reliming)を行った(工程S14)。再石灰漬には1.0重量%の消石灰、0.1重量%の水硫化ソーダ、0.3重量%の界面活性剤からなる浸漬液を用い、pH12〜13に調整した。浸漬時間は12時間とした。これにより、コラーゲン繊維の絡みを解くことができる。
【0022】
再石灰漬を行った皮に対し、脱灰・酵解 (Deliming & Bating)を行った(工程S15)。脱灰・酵解には2.0重量%の脱灰剤(例えば、BASF社製、商品名デカールチルR.BASF)、0.3重量%の界面活性剤、0.5重量%の酵解剤(例えば、コーケン社製、商品名リパブロンSR コーゲン)を用い、pHを8〜9に調整した。浸漬時間は3時間程度とした。これにより、皮中に残存している石灰を取り除き、石灰漬裸皮を中和し、鞣剤が容易に浸透できるようになる。
【0023】
脱灰・酵解後の皮に対し、浸酸(Picking) を行った(S16)。浸酸には8.0重量%の塩、1.0重量%の蟻酸、0.5重量%の硫酸、0.1重量%の界面活性剤を用いた。pHは2〜3に調整し、1分間浸漬した。鞣は酸性領域で行うので、皮を酸性溶液に浸漬し、鞣剤が浸透しやすい状態にできる。
【0024】
次に、鞣(Tanning) を行った(工程S17)。鞣には、1.0重量%の合成油(例えば、クラリアント社、商品名カタリックスGS)、2.0重量%のアルデヒド鞣剤、1.0重量%のクロム鞣剤、1.0重量%のソーダ灰、0.5重量%の酸化マグネシウム、0.2重量%の防腐剤を用い、pHを3〜4に調整し、浸漬時間は16時間とした。鞣剤が皮に浸透してコラーゲン繊維と結合し、皮を革に変化させることができる。
【0025】
こうしてクロム鞣をした皮に対し、公知の水絞り機械を用いて水絞り(Squeezing) を行い、革中の余分な水分を取り除き(工程S18)、シェービング(Shaving) を行った後(工程S19)、中和(Neutralization)を行った(工程S20)。中和には1.0重量%の蟻酸ソーダ、5.0重量%の合成浸透中和剤を用いた。
【0026】
次に、再鞣・染色(Retanning & Dying)を行った(工程S21)。再鞣・染色には2.0重量%の合成油、5.0重量%のジルコニウム鞣剤、3.0重量%の浸透助剤、30.0重量%の植物タンニン(ミモザ10重量%、ケブラチョ10重量%、チェストナット10重量%)、10重量%の合成タンニン(アクリル樹脂5重量%、アミン縮合樹脂5重量%)、1.0重量%の染料、及び1.0重量%の蟻酸を用いた。クロム鞣された革はジルコニウム鞣剤によって再鞣されることにより、エンボス加工時に革素材が小さな伸びとなるように柔軟性が抑制されるとともに、タンニンが浸透して革の豊満性と弾力性が高められ、革素材が押型によって加工しやすくかつ押型を革素材に対して型押し位置に保持し得るようになる。
【0027】
再鞣後、加脂(Oiling)を行った(工程S22)。加脂には10.0重量%の混合合成油(5.0重量%の加脂油、5.0重量%のシリコン系柔軟剤)、0.5重量%の生ニートオイル、0.5重量%の蟻酸を用いた。一般的に加脂によって革の豊満性と柔軟性を高めることができるが、シリコン系柔軟剤が革に浸透することによって革の伸びが抑制され、エンボス加工による模様の立体感を保持しやすくなる。
【0028】
その後、第2の再鞣(Retanning)を行った(工程S23)。第2の再鞣には5.0重量%のジルコニウム鞣剤を用いた。これによって加脂等の革の伸びを抑制し、エンボス加工時に革素材の伸びがさらに小さくなるようにできた。
【0029】
第2の再鞣工程の後、水絞り・伸ばし(Summing& Setting) 、乾燥(Drying)を行うと、エンボス加工用革素材が得られた(工程S25、S26)。
【0030】
こうして革素材が得られると、次に味入れ(Conditioning)を行い(工程S26)、革に適当な水分を与え、ステーキンク(Staking) によって革を揉みほぐして柔軟性と弾性を付与し(工程S27)、張り乾燥(Toggling & Tacting) 縁打ち(Trimming)を行った(工程S28、S29)。
【0031】
次に、180番のサンドペーパーを用いてバフィング(Buffing & Corecting) を行った後、10重量%のアクリルバインダー、10重量%のイソプロピルアルコール(IPA)、10重量%の浸透剤、70重量%の水を用いて含浸コート(Impregnation)を行い、5kg/cm2、100°C、0.5秒の条件で、アイロン(Pressing)を行った(工程S30)。
【0032】
そして、400番のサンドペーパーを用いてリバフ(ReBuffing) を行い、全体を550重量部としたとき、顔料100重量部、水100重量部、アクリルバインダー重量100部、ウレタンバインダー150重量部、ワックス重量30部、カセイン20重量部、発泡バインダー(ウレタン)50重量部を用いて発泡・ベースコート(Form Base Coat)を行った。
【0033】
次に、全体を440重量部としたとき、顔料100重量部、水100重量部、アクリルバインダー100重量部、ウレタンバインダー100重量部、ワックス20重量部、カゼイン20重量部を用い、スプレーによってベースコート(Base Coat) を行った。
【0034】
その後、全体を250重量部としたとき、IPA50重量部、水100重量部、O/Wエマルジョン100重量部を用いて水性エマルジョン(Water Emulsion)の処理を行った。
【0035】
こうしてエンボス加工の準備ができると、型押(Embossing) を行った(工程S31)。型押の条件は加圧力30kg/cm2 、温度100°C、加圧時間20秒〜30秒とした。これによって革素材に緻密で大きな凹凸の立体模様を加工することができ、革素材に革切れや破断が起こることはなかった。
【0036】
次に、全体を460重量部としたとき顔料100重量部、水100重量部、アクリルバインダー100重量部、ウレタンバインダー100重量部、助剤30重量部、ワックス20重量部、カゼイン10重量部を用い、スプレーによって顔料コート(Pigment Coat)を行った後(工程S32)、全体を340重量部としたときブロンズ粉20重量部、水100重量部、ウレタンバインダー150重量部、アクリルバインダー50重量部、助剤20重量部を用い、スプレーによってラッカーコート(Lacquer Coat)を行い、さらに全体を120重量部としたときに染料20重量部、水100重量部を用い、スプレーによってシェード液(Shade) 処理を行った。
【0037】
最後に、拭き取り(Wipe up) を行った後、水200重量部、ウレタントップコート100重量部を用い、スプレーによってトップコート(Top Coat)を行うと、製品革が得た。
【0038】
こうして得られた革製品は加工された緻密な立体模様を長期間にわたって保持されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係るエンボス加工用革素材の製造方法の好ましい実施形態を示す工程図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原皮に対し、クロム鞣剤を用いた鞣工程、クロム鞣剤を用いた再鞣工程及び加脂油を用いた加脂工程における処理を順次行って革素材を製造するにあたり、
上記再鞣工程において、上記鞣工程で得られた革に対してクロム鞣剤の全部又は大部分に代えてジルコニウム鞣剤を用いて再鞣することによりエンボス加工時に革素材がクロム鞣剤によって再鞣した革素材に比較して小さな伸びとなるように上記鞣工程で得られた革の柔軟性を調整するとともに、植物タンニン及び合成タンニンを上記鞣工程で得られた革に浸透させることにより該革の豊満性と弾力性を高め、
型押によるエンボス加工に適した革素材を製造するようにしたことを特徴とするエンボス加工用革素材の製造方法。
【請求項2】
エンボス加工後の革素材の伸びが小さくなるように、上記加脂工程において加脂油の全部又は大部分に代えてシリコン系柔軟剤を用いるようにした請求項1記載のエンボス加工用革素材の製造方法。
【請求項3】
上記植物タンニンにミモザ、ケブラチョ及びチェストナットを用い、上記合成タンニンにアクリル樹脂及びアミン縮合樹脂を用いるようにした請求項1記載のエンボス加工用革素材の製造方法。
【請求項4】
上記加脂工程の後に第2の再鞣工程を設け、エンボス加工時に革素材の伸びがさらに小さくなるように、ジルコニウム鞣剤を用いて第2の再鞣を行うようにした請求項1又は2記載のエンボス加工用革素材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−114244(P2009−114244A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285925(P2007−285925)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(507363325)
【Fターム(参考)】