説明

オイルシールの圧入方法

【課題】この種のオイルシールのハウジングに対する圧入位置精度を高めた圧入方法を提供する。
【解決手段】シールリップ12を内周に設けると共に、ハウジング3に圧入される圧入部13を外周に設けたもので、圧入部13を、芯部14と、芯部14の少なくとも外周を被覆する弾性材料で形成された被覆部15とで構成してなるオイルシール1の圧入方法は、被圧入面となるハウジング3の内周面6に水を塗布する塗布工程と、水を塗布した状態のハウジング3の内周面6に、オイルシール1の圧入部13を圧入する圧入工程と、圧入部13をハウジング3の内周面6に圧入した状態を保持する圧入保持工程とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オイルシールの圧入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンのクランクシャフト等の軸部を駆動させる際、当該軸部とハウジングとの間をシールし、内部からのオイル漏れを防ぐ目的で、オイルシールが一般的に使用されている。
【0003】
この種のシールは、通常、軸部と摺接可能なシールリップと、このシールリップを一体的に形成したシールリテーナとで構成されており、ゴム等の弾性材料で形成されたシールリップを軸部の外周面に当接させると共に、シールリップから外径側に伸びる金属製のシールリテーナをシリンダブロック等のハウジングに固定することで、軸部の駆動時、シールリップが軸部に対して摺接するようになっている(例えば、下記特許文献1を参照)。
【0004】
また、シールリテーナのハウジングへの固定方法としては、下記特許文献1に記載のようにボルト締めや溶接の他、固定作業に要するコストや作業時間の短縮を図る目的から、圧入を採用する場合も多い。例えば、下記特許文献2には、圧入面となるオイルシールの外周面に貼着性の高いオイルを塗布した後、オイルシールを圧入する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−233216号公報
【特許文献2】特開平10−43966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、オイルシールをハウジングに圧入固定すれば、固定作業が簡便であり、またボルト締めのようにハウジング側にボルト穴を設けるといった特別な加工も必要ないことから、加工コストの低減化に有用である。その一方で、オイルシールを圧入固定する場合には、圧入部からのオイル漏れを防止するための対策が必要になる場合もある。例えば図6(a)は、その一例に係るオイルシールの取り付け構造を示したものであり、この図に示すオイルシール1は、シールリップと同様に、金属製のシールリテーナ11の外周端にゴム等の弾性材料で形成される被覆部15を焼付け等により一体化した構造を呈している。そして、このオイルシール1をパンチ16によりハウジング3の内周面6に圧入することにより、オイルシール1がハウジング3に固定されると共に、弾性材料で形成された被覆部15がハウジング3の内周面6に密着することで、圧入領域を介したオイル漏れの防止を図っている。
【0007】
しかしながら、上記構造を有するオイルシール1を圧入した際、弾性材料で形成された被覆部15がオイルシール1の圧入方向(図6(a)の矢印が示す向き)とは逆向きの変形を生じ、パンチ16による押し込み力(圧入力)を解除した後、この変形を打ち消す向き(図6(b)の矢印が示す向き)に金属製のシールリテーナ11を含むオイルシール1全体が移動する現象(いわゆるスプリングバック)が生じることがある。この場合、パンチ16により圧入を伴って押し込んだ位置(図6(a))からオイルシール1が所定寸法分浮き上がった位置で固定されることになる(図6(b))。そのため、実際の作業現場においては、スプリングバックによる浮き上り量を想定して、パンチ16によるオイルシール1の圧入時の押し込み量を設定する必要が生じる。
【0008】
しかしながら、このスプリングバック量は、圧入に係る部品の形状やこれらの部品間の摩擦係数(ハウジング内周面6の面粗度など)によっても左右される。そのため、仮に同一部品の異なるロットごとに押し込み量を細かく設定したとしても、安定した圧入状態を確保することが難しい、との問題があった。
【0009】
以上の事情に鑑み、この種のオイルシールのハウジングに対する圧入位置精度を高めた圧入方法を提供することを、本発明により解決すべき技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題の解決は、本発明に係るオイルシールの圧入方法により達成される。すなわち、この固定方法は、シールリップを内周に設けると共に、ハウジングに圧入される圧入部を外周に設けたもので、圧入部を、芯部と、芯部の少なくとも外周を被覆する弾性材料で形成された被覆部とで構成してなるオイルシールの圧入方法であって、被圧入面となるハウジングの内周面に水を塗布する塗布工程と、水を塗布した状態のハウジングの内周面に、オイルシールの圧入部を圧入する圧入工程と、圧入部をハウジングの内周面に圧入した状態を保持する圧入保持工程とを具備する点をもって特徴付けられる。なお、ここでいう「芯部」には、金属に限らず、被覆部に比べて剛性の高い(弾性率の大きい)材料で形成されたものが含まれる。
【0011】
本発明者らは、今回の課題に係るオイルシールの浮き上がり現象について、弾性材料で形成されたオイルシールの圧入部(被覆部)が押し込みに伴いハウジングの内周面をスムーズに滑らないことが原因であると考え、オイルシールの圧入部とハウジングの被圧入面との間の潤滑性を高めるための手段を鋭意検討した。その結果、例えば使用環境下に存在する潤滑油や薬液成分と反応し難い潤滑剤の中から、比較的粘度の高い潤滑油や石鹸成分、洗浄剤成分を含んだ揮発性の液体を選択して用いた場合に、スプリングバック(圧入後の浮き上がり)を生じることなく、オイルシールを圧入できることがわかった。しかしながら、この種の潤滑剤を用いた場合には、本来必要とされる圧入強度が確保できず、リークテスト程度の内圧でオイルシールが抜けてしまう不具合が生じた。一方で、潤滑剤として水を使用し、圧入した場合には、スプリングバックを生じることなくオイルシールを圧入することができ、かつ、その場合にもハウジングとの間で所要の圧入強度を確保できることがわかった。
【0012】
本発明は、以上の知見に鑑みなされたもので、通常、この種のオイルが存在する環境下においては使用が避けられる水を敢えて使用している点を特徴とする。すなわち、被圧入面となるハウジングの内周面に水を塗布してから、オイルシールを被圧入面に圧入し、かつ、圧入した状態を保持することで、オイルシールの押し込み時(圧入時)に生じた被覆部の盛り上がり(図6(a)を参照)が解消され、見かけ上、圧入前のオイルシールの形状に戻る。そのため、従来、押し込み力を解除した後に生じていたオイルシール全体のスプリングバックが回避ないしは抑制され、最終的な押し込み位置(パンチ等を最終的に保持した位置)にオイルシールが固定される。これにより、オイルシールのハウジングに対する圧入位置(押し込み位置)精度を高めることができ、所要のシール性能を安定的に得ることが可能となる。また、水を介在させることで、圧入面と被圧入面間の摩擦状態(摺動状態)のばらつきが小さくなるので、オイルシールの圧入位置が安定する。加えて、上述の通り、水を介在させた状態で圧入した場合、リークテスト等の内圧を受けてもオイルシールはハウジングから抜けることはなく、所要の圧入強度を確保することができるので、固定強度の面でも好適である。さらに、水であれば他の潤滑剤に比べて非常に安価に入手でき、また、潤滑油とも反応しないため、コスト面及び環境面でも好適である。
【0013】
また、本発明に係る塗布工程において、ハウジングの内周面に水を霧状に塗布するようにしてもよい。
【0014】
水の被圧入面(ハウジングの内周面)への塗布手段は特に問わず、例えばハウジングの内周面を水に浸漬させることで行ってもよいが、好ましくは、水を霧状に塗布するのがよい。霧状で塗布することで、ハウジングの内周面に供給する水の量を極力少なくしつつ、当該内周面の全域にわたって漏れなく水を供給することができる。また、霧状に供給するのであれば、塗布した後に水が被圧入面以外の領域に垂れてくることも無いので、作業面でも好ましい。
【0015】
また、圧入部を圧入した状態において、圧入部と、この圧入部と圧入方向で対向するハウジングの底面との間に、圧入部を圧入した状態を保持することにより被覆部の圧入方向前方側に向けて生じた変形を吸収可能な大きさの隙間を設けるようにしてもよい。
【0016】
本発明に係る圧入方法によれば、オイルシールの押し込み時(圧入時)に生じた被覆部の盛り上がりが解消され、見かけ上、圧入前のオイルシールの形状に戻るが、この際、ハウジング内周面の開口側端部(圧入開始側の端部)に生じた盛り上がりは、圧入方向前方側に向けて被覆部が変形することで解消されるものと考えられる。よって、オイルシールをハウジングの底面に当接するまで押し込むと、被覆部が圧入方向前方側に向けて変形できないために、スプリングバックが十分に解消されずに残る可能性がある。この点、上述のように、圧入部とハウジングの底面との間に、圧入状態の保持時に上記被覆部の圧入方向前方側に向けて生じた変形を吸収可能な大きさの隙間を設けることで、上記変形を常に吸収して、スプリングバックを確実に回避することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明に係るオイルシールの圧入方法によれば、この種のオイルシールのハウジングに対する圧入位置精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係るオイルシールの取り付け構造の一例を示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るオイルシールの圧入方法のうち、塗布工程を説明するための塗布装置の正面図である。
【図3】図2に示す塗布装置のA−A断面図である。
【図4】各工程におけるハウジングの内周面周辺、ないしこの内周面に圧入されるオイルシールの要部断面図であって、(a)は塗布工程終了時におけるハウジングの内周面周辺の断面図、(b)は圧入工程終了時におけるハウジングの内周面周辺とオイルシールの圧入部の断面図、(c)は圧入保持工程終了時におけるハウジングの内周面周辺とオイルシールの圧入部の断面図である。
【図5】圧入保持工程終了時におけるオイルシール被覆部の圧入方向後方側の一例を示す拡大断面図である。
【図6】従来の圧入方法を説明するための断面図であって、(a)はオイルシールの押し込み終了時におけるハウジングの内周面周辺とオイルシールの圧入部の断面図、(b)は押し込み力を解除した後のハウジングの内周面周辺とオイルシールの圧入部の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係るオイルシールの圧入方法の一実施形態を図面に基づき説明する。なお、以下では、説明の便宜のため、オイルシールの圧入方向前方側を下側、圧入方向後方側を上側として説明する。
【0020】
図1は、本発明に係る圧入方法で圧入したオイルシール1の取り付け構造の一例を示すもので、この図では、エンジンのクランクシャフト2を駆動軸とし、このクランクシャフト2の一端部にオイルシール1のシールリップ12を摺接することで、当該一端部をシールするようになっている。また、この図示例において、ハウジング3は、シリンダブロック4とオイルパン5とで構成されており、そのため、被圧入面となるハウジング3の内周面6についてもシリンダブロック4の半円筒内周面とオイルパン5の半円筒内周面とで構成されている。
【0021】
また、このオイルシール1は環状をなすもので、金属製のシールリテーナ11の内周側端部に弾性材料で形成されたシールリップ12を焼付け等により一体に設けると共に、シールリテーナ11の外周側端部にハウジング3に対する圧入部13を一体に設けてなる。ここで、圧入部13は、シールリテーナ11の外周側端部を屈曲させてなる円筒状の芯部14と、この芯部14の少なくとも外周に、弾性材料で形成された被覆部15を一体に形成したものであって、この実施形態では、被覆部15は芯部14の外周、内周、先端、およびシールリテーナ11の屈曲部(芯部14となる領域とシールリテーナ11本体との間の部分)を被覆した形態をなしている。
【0022】
上記構成のオイルシール1の取り付け構造は、本発明に係るオイルシールの圧入方法、すなわち、被圧入面となるハウジング3の内周面6に水を塗布する塗布工程(A)と、水を塗布した状態のハウジング3の内周面6に、オイルシール1の圧入部13を圧入する圧入工程(B)と、圧入部13をハウジング3の内周面6に圧入した状態を保持する圧入保持工程(C)とを具備する圧入方法により得ることができる。以下、各工程を順に説明する。
【0023】
(A)塗布工程
図2は、塗布工程の一形態を示すもので、この図示例では、所定の塗布装置20を用いて被圧入面となるハウジング3の内周面6に水Wを塗布する。ここで、この塗布装置20は、ベースプレート21と、ベースプレート21から下方に突出させたノズル22と、ノズル22と同じくベースプレート21から下方に伸びるリブ23と、リブ23の下端に接続されることでリブ23を介してベースプレート21と連結されるカバー24と、カバー24の下面に取り付けられるピン25とを具備する。
【0024】
ここで、ノズル22は、図3に示すように、その軸心が被圧入面となるハウジング3の内周面6の中心(中心軸)に一致するよう、ベースプレート21の所定位置に取り付けられる。また、このノズル22は、ノズル22の下方に広がる略円錐状空間(図2中、クロスハッチングで示す領域)の全域にわたって水Wを放射状に噴射できるようになっており、この実施形態では水Wを霧状に噴射できるものが使用される。
【0025】
リブ23は、薄肉状を呈する。この実施形態では、ノズル22の軸心を中心とする対称な位置に2本のリブ23が設けられており、これら2本のリブ23でもってベースプレート21とカバー24とが連結されている。
【0026】
カバー24は、この実施形態では略円盤状をなし(図3を参照)、その外周縁に環状の溝部26を有する。また、カバー24の下面中央にはピン25が取り付けられており、クランクシャフト2のインロー部7に設けられた孔8にピン25を嵌合することで、インロー部7を含むクランクシャフト2の一端部がカバー24で覆われるようになっている。また、ハウジング3の内周面6(被圧入面)のみに水Wが塗布されるように、水Wの噴射領域(図2中、クロスハッチングで示す領域)が設定されている。言い換えると、クランクシャフト2を含め、被圧入面以外の領域については水Wが付着しないように、カバー24の位置、形態、大きさが設定されている。
【0027】
また、この実施形態では、ピン25をクランクシャフト2の孔8に嵌合することで、ノズル22の軸心とクランクシャフト2の孔8の軸心とが一致するよう位置決めがなされるようになっている。この場合、クランクシャフト2の孔8は、ハウジング3の内周面6の中心(軸心)と一致するように配置されているので、上述のようにノズル22をクランクシャフト2の孔8に対して位置決めすることで、結果的に、被圧入面(ハウジング3の内周面6)に対するノズル22の位置決めがなされることになる。
【0028】
上記構成の塗布装置20を用いた水Wの塗布工程の一例を説明すると、まず、カバー24の下面に取り付けたピン25をクランクシャフト2のインロー部7に形成されている孔8に嵌合することで、上述の理由より、被圧入面となるハウジング3の内周面6の中心軸とノズル22の軸心とが一致し、これにより、内周面6に対するノズル22の半径方向位置および軸方向位置が定められる。このように塗布装置20をクランクシャフト2に取り付けた状態で、ノズル22から水Wを放射状に噴射することで、被圧入面となるハウジング3の内周面6に水Wが塗布される(図4(a)を参照)。この際、被圧入面となるハウジング3の内周面6の中心(軸心)とノズル22の軸心とが一致しているので、ノズル22から水Wを内周面6の中心から放射状に噴射することができ、これにより内周面6に水Wを均等に塗布することができる。また、リブ23は薄肉であることから、水Wの塗布品質には特に悪影響を及ぼすことはない。
【0029】
また、クランクシャフト2を含め、被圧入面(ハウジング3の内周面6)以外の領域については水Wが付着しないように、カバー24が取り付けられているため、図2に示すように、水Wは被圧入面のみに塗布される。よって、ハウジング3の内部(この図示例ではエンジンの内部)に水Wが浸入することはない。また、この際、カバー24に噴射された水Wは、カバー24の外周縁に設けた環状の溝26に溜められる。よって、カバー24の表面を伝って水Wがハウジング3の内部に浸入することもない。特に、この実施形態のように、水Wを霧状に塗布することによって、内周面6に塗布する水Wの量は必要最小限で足り、また、霧状に塗布したのであれば、ハウジング3の内部に向けて垂れてくることもない。よって、図2に示すように、ハウジング3の内周面6と塗布装置20(のカバー24)との間に所定の隙間を設けることができ、これにより位置決めが容易となる。また、誤って内周面6を傷つけずに済む。
【0030】
(B)圧入工程
上述のようにしてハウジング3の内周面6に水Wを塗布した後、この内周面6にオイルシール1を圧入する。ここでは、パンチ16で圧入部13の上面を押圧することで、圧入部13を含むオイルシール1全体をハウジング3の開口側から内部側に向けて(図4(b)矢印の方向に向けて)押し込む。
【0031】
(C)圧入保持工程
そして、内周面6の軸方向所定位置まで押し込んだ時点でパンチ16による押し込み動作を終了し、パンチ16をその位置に停止させることで、オイルシール1を内周面6に圧入した状態を所定時間(例えば5〜20秒程度)保持する。ところで、上記(B)圧入工程においては、パンチ16がハウジング3の内周面6に接触しないよう、パンチ16の押圧面の外径を内周面6の内径よりも小さくすることにより、押し込みに伴い、弾性材料で形成された被覆部15がオイルシール1の圧入方向とは逆向きの変形を生じ、オイルシール1の圧入動作が終了した時点で、圧入方向後方側の端面に盛り上がり17を生じることがある。これに対して、本発明では、被圧入面となるハウジング3の内周面6に水Wを塗布してから、オイルシール1を被圧入面に圧入し、かつ、圧入した状態を保持するようにしたので、オイルシール1の押し込み時(圧入時)に生じた被覆部15の盛り上がり17が解消され、見かけ上、圧入前のオイルシール1の形状に戻る。そのため、オイルシール1全体のスプリングバックが回避され、(C)圧入保持工程においてパンチ16を最終的に保持した軸方向位置にオイルシール1が固定される。これにより、オイルシール1のハウジング3に対する圧入位置精度を高めることができ、所要のシール性能を安定的に得ることが可能となる。また、圧入時および圧入保持時に水を介在させることで(図4(b)(c)を参照)、圧入面(被覆部15の外周面)と被圧入面(内周面6)間の摺動状態のばらつきが抑えられるので、オイルシール1の圧入位置が安定する。
【0032】
特に、この実施形態のように、ハウジング3を異なる2部品(シリンダブロック4とオイルパン5)で構成した場合には、個々の部品の製造方法の違い等から、内周面6を構成する各面の表面状態(例えば面粗度)が異なるため、オイルシール1を平行に保った状態で押し込んだつもりであっても、結果的に押し込み量が両者で異なり、結果、傾いた状態でオイルシール1が取り付けられる場合も生じていた。これに対して、本発明によれば、被圧入面に水Wを塗布しておくことにより、上述のように2部品間で押し込み易さが異なる点を解消して(押し込み易さの差を緩和して)、オイルシール1を高精度かつ安定的に圧入固定することが可能となる。
【0033】
また、既述の通り、水Wを介在させた状態で圧入すれば、リークテスト等の内圧を受けてもオイルシール1はハウジング3から抜けることはなく、所要の圧入強度を確保することができる。さらに、水Wであれば他の潤滑剤に比べて非常に安価に入手でき、また、潤滑油とも反応しないため、コスト面および環境面でも好適である。
【0034】
また、この実施形態では、所定の塗布装置20を用いて水Wを内周面6の全周にわたって均等に塗布するようにしたので、内周面6に水Wを塗布済みの領域と塗布無しの領域とが混在する事態を避けることができ、これにより圧入位置精度を一層安定させることが可能となる。
【0035】
なお、上述のように圧入作業(およびその後の圧入保持作業)を行うことで、オイルシール1の押し込み時(圧入時)に生じた被覆部15の盛り上がり17が解消され、見かけ上、圧入前のオイルシール1の形状に戻るが、この際、ハウジング内周面6の開口側端部(圧入開始側の端部)に生じた盛り上がり17は、圧入方向前方側に向けて被覆部15が変形することで解消されるものと考えられる。よって、この場合、ハウジング3の内周面6と底面との間に段差9を設け、圧入部13とハウジング3との間に、圧入状態を保持することで被覆部15の圧入方向前方側に向けて生じた変形(図4(c)に示す変形部分18)を吸収可能な大きさの軸方向隙間を設けることで、上記変形部分18を常に吸収して、スプリングバックを確実に回避することができる。
【0036】
なお、上記隙間に関し、圧入保持時に生じる圧入方向前方側の変形部分18を吸収でき、かつ、当該変形部分18がハウジング3の底面(段差9の上端面)と当接する程度の大きさに設定してもよい。すなわち、この実施形態のように、ハウジング3をシリンダブロック4とオイルパン5とで構成する場合には、たとえ被圧入面に水Wを塗布しておき、かつ圧入後に当該圧入状態を保持してスプリングバックを解消できたとしても、押し込み量の差が完全に解消されない場合もある。ここで、上述のように圧入部13とハウジング3との軸方向隙間を設定することで、圧入方向前方側への変形が生じ、かつ、シリンダブロック4とオイルパン5の一方の側が奥深くに入り込む事態、言い換えるとオイルシール1が傾いて固定される事態を防止することができる。
【0037】
なお、本発明に係るオイルシール1の圧入方法は、あくまでも圧入負荷(押し込み力)を取り除いた後のスプリングバックを防止できればよく、オイルシール1の押し込み時(圧入時)に生じた被覆部15の盛り上がり17が必ずしも完全に解消されていなくてもよい。例えば図5に示すように、除荷後の被覆部15の端面は面一となっていなくてもよく、盛り上がり17が僅かに残っていても構わない。あるいは、被覆部15の角部に面取り19を施した場合、実際には盛り上がり17が残っていても面取り19に吸収されるので、見かけ上、被覆部15の端面は面一あるいは若干凹んだ状態となることもある。
【0038】
以上、本発明に係るオイルシールの圧入方法の一例を示したが、この圧入方法は上記例示の形態に限定されることなく任意の形態を採ることができる。例えば、塗布装置20は図示した形態以外のものを用いることもできる。また、適用範囲についても同様であり、クランクシャフト2のシール用途以外に用いられるオイルシールにも適用可能なことはもちろんである。
【符号の説明】
【0039】
1 オイルシール
2 クランクシャフト
3 ハウジング
4 シリンダブロック
5 オイルパン
6 内周面
7 インロー部
8 孔
11 シールリテーナ
12 シールリップ
13 圧入部
14 芯部
15 被覆部
16 パンチ
17 盛り上がり(圧入方向後方側)
18 変形部分(圧入方向前方側)
20 塗布装置
21 ベースプレート
22 ノズル
23 リブ
24 カバー
25 ピン
26 溝部
W 水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールリップを内周に設けると共に、ハウジングに圧入される圧入部を外周に設けたもので、前記圧入部を、芯部と、該芯部の少なくとも外周を被覆する弾性材料で形成された被覆部とで構成してなるオイルシールの圧入方法であって、
被圧入面となる前記ハウジングの内周面に水を塗布する塗布工程と、
前記水を塗布した状態のハウジングの内周面に、前記オイルシールの圧入部を圧入する圧入工程と、
前記圧入部を前記ハウジングの内周面に圧入した状態を保持する圧入保持工程とを具備する、オイルシールの圧入方法。
【請求項2】
前記圧入部を圧入した状態において、前記圧入部と、この圧入部と圧入方向で対向する前記ハウジングの底面との間に、前記圧入部を圧入した状態を保持することにより前記被覆部の圧入方向前方側に向けて生じた変形を吸収可能な大きさの隙間を設けた請求項に記載のオイルシールの圧入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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