説明

オオムギ品種の識別方法及び優良醸造形質を有するオオムギ品種

【課題】醸造特性特に仮性最終発酵度に強く影響を与えるオオムギβ−アミラーゼ熱安定性を指標として、優良醸造特性を持つオオムギの簡易選抜法を提供する。
【解決手段】加熱処理後に残存するオオムギβ−アミラーゼの酵素活性を測定するか、β−アミラーゼ構造遺伝子を含む領域のDNA多型性を決定することによる、発酵性の高いオオムギ品種を同定する方法、前記方法を用いたオオムギ品種の育種方法及び育種により得られたオオムギ品種。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各オオムギ品種が保持するβ−アミラーゼの熱安定性を指標として、オオムギ品種を識別する方法に関する。また、本発明は、このβ−アミラーゼの熱安定性を指標として、醸造上優れたオオムギ品種を識別する方法に関する。さらに、本発明は、これらオオムギ品種の識別方法を利用して、オオムギ品種の育種方法及びこの育種方法により育種されたオオムギ品種に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ビールオオムギの育種方法は伝統的交配技術を用いて行われ、その方法は大きく次の二つの段階から構成されている。第一の段階は、異なる遺伝子形質をもつ個体同士を交配し、その後、数多くの後代系統について、農業特性、環境適応性、耐病性等望ましい栽培特性に基づき選抜し、選抜された系統について育成することにより遺伝的に固定する。この期間は通常、5〜6年もの長期間を要する。この長い第一段階を経た後、第二段階では、ここで選抜育成された数多くの系統について麦芽の品質分析を行い、その結果に基き醸造特性の優れたオオムギ系統のみを選抜する。ここで選抜されたオオムギ系統は、ビール用オオムギとしての品種化が行われる。
【0003】
しかし、従来のビールオオムギの育種方法では、第一段階において、醸造特性の調査選抜ができないことから、膨大な数の交配後代系統について農業形質等の選抜育成および遺伝的固定をしなければならない。しかも、数多い育成系統の中に望ましい醸造特性を持つ優れた系統が確実に存在している保証はない。
【0004】
また、従来の方法において確実に望ましい系統を育種できるか否かは、育種家が経験と育種的眼力で優れた醸造特性を持つオオムギであるか否かを識別できるかどうかで大きく左右される。従って、望ましい醸造特性を持つ優れたビールオオムギを確実に育種するためには、優秀な育種家の経験等に頼らなくてはならない。
【0005】
さらに、従来の方法において優良系統を選抜する際の指標となる醸造特性は、自然環境、特に天候によって大きく影響される。このため、醸造特性に関与する形質の評価は数年にもわたる調査に基づいて行う必要があった。
【0006】
以上の通り、従来の方法により優れた醸造特性を持つビールオオムギを育種するためには、優秀な育種家の経験等に依存し、さらに優秀な育種家であっても、優れた醸造特性を持つビールオオムギであるか否かを識別するためには長期間の育種年限と多大な労力が必要とされていた。
【0007】
一方、従来よりβ−アミラーゼが糖化酵素としてビール醸造上極めて重要であるとして、品種間のβ−アミラーゼの生化学的な差等について研究が行われている。この研究を通して、これまでにオオムギ品種間でβ−アミラーゼをコードする遺伝子領域の配列に差異があることが示されている(非特許文献1)。また、β−アミラーゼの等電点電気泳動パターンからオオムギ品種を2つのタイプに分類できることも報告されている(非特許文献2)。
【0008】
しかし、オオムギ品種間にみられるβ−アミラーゼの生物学的特性とビール醸造特性との相関性の有無については全く明らかにされていなかった。
【0009】
【非特許文献1】Tsuchiya et al. 1995,Proceedings of EBC,109−116
【非特許文献2】Eglinton et al. 1996,Proceedings of V IOC & VII IBGS,8−10
【発明の開示】
【0010】
本願発明者らは、鋭意研究を行った結果、オオムギ品種間にみられるβ−アミラーゼの生物学的特性とビール醸造特性とに相関性があることを発見し、この発見に基づき、天候等の自然環境の変化に影響されず、また、育種開始後早期に醸造特性の優劣の評価を行い得る品種識別方法を開発した。
【0011】
上記の通り、本願発明者らは、オオムギ育種における育種期間の短縮化と労力の軽減を図るとともに目的の形質を確実に識別する方法について鋭意検討した結果、オオムギ品種間でβ−アミラーゼの酵素活性において熱安定性の程度に差異があり、この熱安定性の差異がビール醸造特性に著しい影響を与えていることを発見した。また、この研究を通して、オオムギ品種間のβ−アミラーゼの熱安定性の相違から品種識別を行うことができることも明らかにした。そして、これら発見からβ−アミラーゼの熱安定性を指標にオオムギの品種識別及び優良な醸造特性を有する醸造に適したオオムギ品種の識別、育種を行う方法を発明した。
【0012】
従って、本発明のオオムギ品種の識別方法は、オオムギ品種の保持するβ−アミラーゼの熱安定性に基づきオオムギの品種を識別することを特徴とする。すなわち、各オオムギ品種のβ−アミラーゼの熱安定性は、それぞれ異なる熱安定度を有しており、この熱安定性に基づけば簡便に品種識別を行うことが可能となる。
【0013】
ここで「熱安定性」という語は、一般に用いられる「耐熱性」という言葉で表現することもでき、熱を加えた際の残存酵素活性を示すものとして用いている。具体的には、このβ−アミラーゼの熱安定性は、例えば57.5℃、30分の加熱処理後の残存酵素活性に基き表すことができる。しかし、この温度及び処理時間に限定されず、他の温度、加熱時間を採用することもできる。すなわち、このように加熱後の残存酵素活性に基き熱安定性を測定し、この熱安定性に基いて品種を識別する全て方法は、本発明に包含される。
【0014】
また、上述した通り、本願発明者らは、このβ−アミラーゼの熱安定性は醸造特性に大きな影響を有していることを発見し、この発見に基いて、より醸造に適したオオムギ品種の識別方法を開発した。すなわち、本発明のオオムギ品種の識別方法は、β−アミラーゼの熱安定性がより高い品種を選択することにより、優れた醸造特性を有するオオムギ品種を選抜することが可能となる。
【0015】
例えば、オオムギの抽出液等を上記57.5℃、30分加熱処理し、処理後のβ−アミラーゼ酵素活性が非加熱の酵素活性の20%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上であるものを選抜することにより醸造に適した品種を選別することができる。しかし、この温度は例示であり、この温度以外で熱安定性を測定することもでき、異なった温度、処理時間により熱安定性を測定した場合も本発明に包含される。
【0016】
このように本発明によれば、従来の育種家の経験則に依存した方法とは異なり、育種中のオオムギのβ−アミラーゼの熱安定性という物理的性状に基いて客観的に醸造特性の優れた品種識別を行うことが可能となる。これにより、醸造特性の優れたオオムギ品種を簡便かつ確実に選抜することが可能となる。
【0017】
また、本願発明者は、β−アミラーゼの熱安定性とβ−アミラーゼの等電点の値との間に相関性があることを見出している。また、β−アミラーゼをコードする遺伝子(β−アミラーゼ遺伝子)は品種間で多型性があり、この多型性とβ−アミラーゼとの間に相関性があることを見出している。従って、これら発見によれば、各オオムギ品種の有するβ−アミラーゼの熱安定性を直接測定することなく、等電点や遺伝子配列に基いて間接的に測定することも可能である。近年では、バイオテクノロジーの進展から種々の分析装置などが開発、改良されており、これらを利用することにより、熱安定性を直接測定するよりも等電点や遺伝子配列に基き簡便に測定することが可能となる。これにより、醸造特性の優れたオオムギ品種をより一層簡便に識別し、選抜することが可能となる。また、これら間接的に熱安定性を測定する方法は、当然単独で用いることもできるが、組み合わせて利用することにより、一層確実に品種識別を行うことが可能となる。
【0018】
上記熱安定性を測定するには、各オオムギ品種から回収された酵素液または核酸溶液を用いて行なわれる。より詳細には、加熱処理後の熱安定性を測定する場合や等電点を測定する場合には、各オオムギ品種の種子等から回収された酵素液を用いることができる。この酵素液を得るための種子は、いずれの成長段階のものをも用いることができるが完熟種子を好適に使用することができる。また、β−アミラーゼ遺伝子の多型性を判別する場合には、各オオムギ品種の例えば緑葉などの組織や細胞から回収された核酸溶液を利用することができる。ここで用いられる組織、細胞は成長段階のいかんに拘わらずあらゆる成長段階のものを用いることができる。従って、成長段階の早期のオオムギから核酸溶液を得ることにより、従来に比して判定に要する時間を格段に短縮化することができ、優れた醸造特性を有する品種を迅速に識別することが可能となる。このことは単に時間的な利便性だけでなく、従来費やされていた試験費用をも削減することが可能となる。
【0019】
また、上記した品種識別方法をオオムギ品種の育種方法に利用することにより、β−アミラーゼの所望の熱安定性を有する品種、すなわち、優れた醸造特性、すなわち、醸造により適したオオムギ品種を育種することが可能となる。その結果、ここで育種されたオオムギ品種をビール製造に利用することにより、ビール製品の質の維持、改良、向上を図ることが可能となる。
【0020】
また、ここで育種された醸造特性の優れたオオムギ品種を醸造製品の製造に使用することにより、より優れた製品の提供が可能となる。
【発明の実施の形態】
【0021】
以下、より詳細に本発明の好適な実施の形態について説明する。
【0022】
1.β−アミラーゼの熱安定性に基づくオオムギの品種の分類
以下の測定方法により、オオムギの各品種のβ−アミラーゼの熱安定性に基づき、オオムギ品種を4つに分類することができる。
【0023】
β−アミラーゼの熱安定性の測定は、直接的測定法と間接的測定法とにより測定することができる。直接的測定法としては、一定の熱を加えた後の残存酵素活性により熱安定性を測定する方法である。また、間接的測定法としては、β−アミラーゼの等電点に基き測定する方法とβ−アミラーゼ遺伝子領域の多型性に基き測定する方法とがある。以下、各測定法及びその特徴について説明する。
【0024】
(1)酵素活性に基く熱安定性の測定(直接的測定法)
オオムギ種子より粗酵素液を抽出する。ここで用いる種子の生育ステージは特に制限されないが、好ましくはオオムギ完熟種子を用いる。また、粗酵素液の抽出には、β−アミラーゼの活性を阻害しない緩衝液、例えば1mMのジチオトレイトールを含むリン酸緩衝液などを用いる。得られた抽出液は遠心分離を行った後、上清を粗酵素液として用いる。次に、粗酵素液を用いてβ−アミラーゼの熱安定性を調査する。この酵素液を熱処理した後、β−アミラーゼ活性の測定を行なう。熱処理は57.5℃、30分間行うことが最適条件であるが、この温度条件に限定されず、他の条件下でも識別可能である。また、β−アミラーゼ活性の測定については、具体的には、ジクロロフェニル β−マルトペンタオサイド(小野薬品工業社製)を基質とし、この基質に37℃で酵素を作用させ、ジクロロフェノールの生成量を測定することにより行なう。測定結果は、1分間に1μモルのジクロロフェノールを生成する酵素量を一単位として算出する。そして、ここで測定された測定値を対照となる熱処理を行なっていない酵素における酵素活性により標準化して相対残存活性を算出する。
【0025】
ここで測定された相対残存活性の高い順、即ち熱安定性の高い順から各オオムギ品種を3つの群に分類する(表1)。なお、この3つの群を便宜的にA、B、Cタイプとする。Aタイプには相対残存活性が40%以上のものが属し、Bタイプには約10〜30%以上のものが属する。Cタイプは熱処理により酵素活性がほとんど失われる品種が属する。
【0026】
なお、上記測定方法における相対残存活性は、オオムギの各品種間で異なっていることから(表1)、この相対残存活性に基づき直接的に熱安定性タイプの異なる各品種を識別することもできる。
【0027】
(2)β−アミラーゼの等電点の測定
上述の方法で調製された粗酵素液をデンプンゲルやアクリルアミドゲルなどの支持体を用いて等電点電気泳動を行う。泳動後、基質としてデンプン、染色液としてヨウ素液をゲルと反応させ、等電点を測定する。なお、この等電点電気泳動の方法には特に限定はなく、種々の方法、キット等を用いて行うことができる。
【0028】
このβ−アミラーゼの等電点の測定結果において、pI6.5のバンドの有無により各品種を2つのタイプに分類する。ここでこの2つのタイプは後に詳述するが、pI6.5のバンドを持たないタイプをSd1とし、一方、pI6.5のバンドを有するタイプをSd2とする。
【0029】
(3)β−アミラーゼ遺伝子領域DNA多型性の測定
オオムギ組織よりゲノムDNAを抽出する。DNA抽出に用いる組織は特に制限されないが、好ましくは植物体の緑葉を用いる。また、DNAの抽出方法としてはCTAB法(Murray et al. 1980,Nucleic Acids Res.8:4321−4325)やEthidium bromide法(Varadarajan and Prakash 1991,Plant Mol.Biol.Rep.9:6−12)等を用いる。
【0030】
次に、調製されたDNAを用いてRFLP法(Restriction fragment length polymorphism method)あるいはPCR法(polymerase chain reaction method)により、オオムギβ−アミラーゼ構造遺伝子を含む領域の多型を調査する。例えば、RFLP法による構造遺伝子の多型性調査では、植物より抽出したゲノムDNAを制限酵素で切断後、電気泳動により分画する。分画後、サザンハイブリダイゼーション法(Southern et al. 1975,J.Mol.Biol.98:503−517)により多型性を検出する。ここで用いるプローブとしては、例えばβ−アミラーゼ構造遺伝子の一部、プロモーター領域(WO97/02353)全体又はその一部などを用いる。
【0031】
この測定結果は3種のパターンに分類され、これは上記直接的測定法により分類された3タイプに対応する。このことは、このDNA多型測定法は、直接測定法の代替法として、または直接測定法による分類を確認する方法として利用することができることを示している。
【0032】
(4)各測定方法による熱安定性に基づく品種分類
各測定方法による品種分類を表1に示す。直接測定法により分類されたAタイプとCタイプとは、等電点により分類されたSd2に対応する。また、Bタイプに関しては、比較的熱安定性の高いものは、Sd2に対応し、低いものはSd1に対応する。このことからBタイプをさらにB1タイプ(Sd2)と、B2(Sd1)タイプとに分類し、最終的に4つのタイプに分類することができる。
【0033】
なお、Aタイプに属するオオムギ品種は日本の栽培品種に観られ、Bタイプに属するオオムギ品種は欧米の栽培品種に多く、Cタイプに属するオオムギ品種は日本のオオムギ育種過程における導入品種および旧栽培品種と豪州の栽培品種に多くみられる。
【0034】
2.β−アミラーゼの熱安定性に基づく優れたビール醸造特性を有する品種の識別方法
ビールオオムギの醸造特性の一つである発酵性は、仮性最終発酵度、真正最終発酵度のいずれかにより代表することができる。最終醗酵度は、麦汁を作業酵母によって最高度に醗酵させた場合に、醗酵によって消費されたエキス量を発酵以前の麦汁中のエキス量に対する100分率で表わしたものである。最終醗酵度の測定は、エキス量既知の麦汁(200ml)に新鮮作業酵母(0.5〜4g)を加え、25〜30℃で醗酵させる(3〜5日間)。醗酵後酵母を分離し、醗酵液のエキスを定量する。醗酵液中のアルコールを除かず、そのままの液について測定したエキス量を仮性エキスという。また、醗酵液の一定量をとり、アルコールを蒸発した後、水をもって原重量に戻した液について測定したエキス量を真性エキスという。仮性エキスを使用して計算した醗酵度を、仮性醗酵度、真性エキスを使用して計算した醗酵度を、真性醗酵度という。
【0035】
上記の通り、ビールオオムギの醸造特性の一つである発酵性を簡便に測定するには、仮性最終発酵度を採用することが好ましい。
【0036】
上記β−アミラーゼに基づく品種分類と仮性最終発酵度との関連性を調査した結果、β−アミラーゼの熱安定性と麦芽品質および醸造特性との間に関連性があることが判明した。すなわち、β−アミラーゼの熱安定性が高い品種において高い仮性最終発酵度が示される(図1)。
【0037】
ここでβ−アミラーゼの熱安定性が高い品種は、上記直接測定法における相対残存活性が、20%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上を有する品種である。よって、上記β−アミラーゼの熱安定性に基づく品種分類のうち、少なくともAタイプに属しているものは発酵性が高く、優れた醸造特性を有する品種であるといえる。
【0038】
このことから、上述したβ−アミラーゼの測定法のいずれか又は組み合わせて、仮性最終発酵度の高い品種(例えば、Aタイプ)を識別することにより、優れた醸造特性を有する品種を選抜することができる。
【0039】
以上の通り、上述した簡易な測定法を用いてオオムギβ−アミラーゼの熱安定性を測定することによって品種識別及び優れた醸造特性を持つオオムギ品種を簡易に選抜することができる。この結果、育種初期において優れた醸造特性を持つオオムギを選抜することが可能となり、大幅な育種年限の短縮および労力の軽減を可能にするとともに、確実に目的のオオムギを選抜することが可能となる。
【0040】
また、上記品種識別方法や育種方法をより一層簡便に実施するためには、これら方法に必要な材料をキットとして提供することもできる。このキットには、例えば、各測定方法に必要な試薬、対照サンプル、測定方法を記載した説明書を含めることができる。
【0041】
以下に本発明を実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
[実施例1]粗酵素液の抽出
オオムギ完熟種子一粒を10mMのDTT(ジチオトレイトール)を含む1mlの50mM酢酸緩衝液中(pH5.5)で粉砕後、4℃にて一晩振とうした。その後、15,000rpmにて10分間遠心し、上清を粗酵素液とした。
【0043】
[実施例2]β−アミラーゼの熱安定性にみられる品種間差異の調査
粗酵素液を1%牛血清アルブミンを含む50mMグッド緩衝液(発売元 和光純薬工業)にて100倍に希釈し、希釈粗酵素液30μlを57.5℃にて30分間熱処理を行った。その後、熱処理検体と対照である非熱処理検体とをβ−アミラーゼ活性測定キット「ダイヤカラーAMY」(小野薬品工業社製)を用いてβ−アミラーゼの活性を測定した。各品種の熱処理後の相対残存活性は、非熱処理検体の活性を100%とした場合の熱処理後の検体の活性の割合として標準化して示した(表1)。この相対残存活性は、大きく3つのタイプに分かれた。すなわち、相対残存活性として約40−60%を示した品種(熱安定性Aタイプ)、約10−30%を示した品種(熱安定性Bタイプ)、ほぼ酵素活性が失われた品種(熱安定性Cタイプ)の3タイプである(表1)。
【0044】
[実施例3]β−アミラーゼの等電点にみられる品種間差異の調査
上記粗酵素液1μlを用いてファストシステム(ファルマシア社製)により等電点電気泳動を行った。泳動用のゲルは、フアストゲルIEF4−6.5(ファルマシア社製)を使用した。電気泳動後、ゲルを3%可溶性デンプンを含む20mMトリスー塩酸緩衝液(pH7.5)中に浸積し(37℃、30分)、ヨウ素液(0.02% I2、0.2544% KI)で染色した。その結果、調査した品種の等電点電気泳動パターンは、pI6.5にバンドが出現するタイプ(Sd1)と出現しないタイプ(Sd2)との二つのタイプに分類された。また、β−アミラーゼの等電点と熱安定性との関連性を調べると、Sd2は、A、B、Cすべてのタイプにみられるのに対し、Sd1はBタイプでのみみられることがわかった(表1)。この結果から、等電点のタイプにより熱安定性のBタイプをさらにB1とB2タイプに分類することができた。
【0045】
【表1】

【0046】
[実施例4]分子選抜技術を用いたDNA多型性調査
4−1)DNAの単離: 芽生え期のオオムギ緑葉1gを液体窒素とともに乳鉢中で粉砕し1mlの2×CTAB溶液に懸濁した。この懸濁液に1×CTAB溶液を添加して4mlに調整し、60℃、30分間振とうを行なった。振とう後、懸濁液にクロロホルム・イソアミルアルコール溶液(24:1)2mlを加えて室温にて振とうを行い、上清を除去した。この除蛋白操作を2回繰り返した。回収した下層液に1/10量の10%CTAB液と4/3量のCTAB沈殿液を添加し、一昼夜放置し核酸を沈殿させる。この溶液を遠心回収し、1M NaCl−TE溶液1mlに再懸濁し、この懸濁液にRNaseを添加して、RNAを消化した。この処理後、2−プロパノール2mlを加えDNAを沈殿させ70%エタノール1mlで3回洗浄し、最終的に100μlの滅菌水に懸濁してサンプルDNA標品とした。
【0047】
4−2)PCR−RFLP調査: オオムギ全DNA 5μlをXbaIで消化後、アガロースゲル電気泳動を行なった。泳動後、ベーリンガー陽性ナイロンメンブレンにアルカリ変性下で転写し、この転写後のメンブレンを用いてサザンブロッティングを行なった。プローブは、はるな二条種子β−アミラーゼ構造遺伝子を鋳型として作成した。ハイブリダイゼーションの温度条件を42℃に設定した。ハイブリッド形成後、メンブレンの洗浄を行なった。洗浄の条件は、2×SSC−1%SDS溶液を用い、56℃下15分間の洗浄操作を2回、その後、0.1×SSC−1% SDS溶液を用い、56℃下15分間の洗浄操作を2回とした。洗浄後、DIG検出法にてプロープの検出を行なった。その結果、はるな二条(熱安定性Aタイプ)、Bonanza(Bタイプ)、Schooner(Cタイプ)は、それぞれ3.1kbp、4.1kbp、2.7kbpの陽性バンドを示した。またこれらの交配後代も熱安定性と一致するバンドタイプであり、ヘテロ型は両親の2本のバンドを有していた。
【0048】
4−3)CAPS調査: CTAB法によって単離されたオオムギ全DNAを鋳型とし、以下に示すプライマーを用いてPCRを行なった。すなわち、5’末端プライマーが5’−TGGTAGAGGCCGCTGTGGATGGTGTCATGG−3’(配列番号1)であり、3’末端プライマーが、5’−CCGCCGCTGCTGCTGCTTTGAA−3’(配列番号2)である。なお、これらプライマーは、はるな二条β−アミラーゼ構造遺伝子の前半部1.7kbpを増幅することができることが確認されている。
【0049】
また、PCRは次の条件で行った。すなわち、変性工程が94℃、1分、アニーリング工程が55℃、2分、伸長工程が72℃、3分とし、このサイクルを25回繰り返し、最終サイクルの後、72℃、6分伸長処理した。
【0050】
PCR増幅産物は、BglIIで消化した後、電気泳動を行なった。その結果、熱安定性Aタイプのはるな二条は1.1Kbのバンドを示したが、一方、BタイプのHarrington、BonanzaとCタイプのSchoonerは、BglIIで消化されず1.7Kbのバンドを示した。交配後代を用いてもこのPCR−RFLPの分離は前記のCAPS型のそれと一致した。
【0051】
4−2)と4−3)の結果から、β−アミラーゼ熱安定性のタイプは構造遺伝子領域のDNA多型と完全に一致し、当該方法でも選抜できることが明らかになった。
【0052】
[実施例5]β−アミラーゼ熱安定性と醸造特性との関連性
β−アミラーゼの熱安定性のタイプと、ビール醸造特性との関連を調べるために、57.5℃で酵素を熱処理したときのβ−アミラーゼの相対残存活性(%)と麦芽品種分析データを表にプロットし、その相関を調べた(図1)。その結果、AタイプとCタイプの集団からなる日本のビールオオムギ育成系譜上の品種集団では、Cタイプに比べAタイプの方が仮性最終発酵度が高い傾向がみられた。この結果から、β−アミラーゼの熱安定性が仮性最終発酵度に大きな影響を与えていることが明らかとなった。
【0053】
さらに、β−アミラーゼ熱安定性のタイプが、ビール醸造特性を間接的に選抜する指標として有効であるかどうか評価するために、AタイプとBタイプの交雑後代系統(F7以降)のβ−アミラーゼの熱安定性のタイプと仮性最終発酵度とを調査・比較した。その結果、調査した育種後代系統では熱安定性はAタイプとBタイプとに分離し、両親が同じ組み合わせの後代系統ではAタイプの系統はBタイプの系統より仮性最終発酵度が高い値を示した(図2)。通常の育種においては、同じ両親に由来する様々な後代系統の中から優良なものを選抜することが、その主流スキームである。従って、この結果から熱安定性タイプを指標としてより高い仮性最終発酵度を示す系統を選抜でき、また、育種可能であることが示された。
【0054】
以上の結果より、ここで選抜育種された優れた醸造特性を有するオオムギ品種を醸造原料として使用することにより、醸造製品の品質の管理、品質の向上等を図ることができる。
【0055】
なお、上述したβ−アミラーゼの熱安定性を測定する方法は、単独で使用することができるが、より確実な結果を得るためには組み合せて用いることが好ましい。また、育種過程の諸状況に応じて適切な方法を選択して用いることもできる。
【0056】
上記の通り、本発明は、その品種が有するβ−アミラーゼの熱安定性を指標に熱安定性タイプの異なる品種識別を行なうことができる。このβ−アミラーゼは特に醸造上重要な酵素であるため、この品種識別方法により醸造製品の原料となるオオムギの品種を識別、選択することを通じて、製品の品質の管理、向上を行なうことも可能となる。
【0057】
仮性最終発酵度の高い品種を識別する本方法は、育種過程のどの段階においても目的の醸造特性に対しても実施することができる。特に、育種初期において確実に優良な醸造特性を持つオオムギを選抜できることは、育種年限の短縮および育種規模の縮少が可能となる。また、育種年限の短縮および育種規模の縮少に加え、従来の麦芽品質分析法と比較しより簡単な方法で選抜できるために、育種に必要な経費と労力の大幅な軽減をも図ることが可能となる。
【0058】
さらに、育種の全ての段階で目的の醸造特性を持つかどうか調査できるため、育種目標の確実な達成が可能となる。特に、DNA多型測定を行うことにより、育種過程において目的遺伝子のホモ化を確実に知ることができる。この結果、ホモ化以降の育種段階においては本形質の調査が不要となる。
【0059】
また、本発明による識別方法は、従来の方法と異なり、天候等自然環境の影響は全く受けないことから、目的の醸造特性であるか否かの信頼性の高い評価を得ることができる。
【0060】
さらに、栽培品種の仮性最終発酵度を改良する目的で同質遺伝子系統(isogenic line)作出方法を用いて育種する場合、本発明の効果は著しく、単にDNAの多型調査のみで目的の醸造特性を持つ個体を選抜できるので戻し交雑と固体選抜を繰り返すだけで目的の育種が達成できる。
【0061】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】β−アミラーゼの熱安定性における相対残存活性と仮性最終発酵度との関連性を示す。
【図2】同一品種を交配した後代系統のβ−アミラーゼの熱安定性における相対残存活性と仮性最終発酵度との関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オオムギ品種によりコードされたβ−アミラーゼの熱安定性を指標として、発酵性の高いオオムギ品種を同定する方法であって、
(A)下記(i)及び(ii)のうちの少なくとも一つの手段を用いてβ−アミラーゼの熱安定性を決定することにより、該オオムギ品種にコードされたβ−アミラーゼの生物学的特性を解析する工程と、
(i)57.5℃、30分の加熱処理後のβ−アミラーゼの酵素活性を測定し、得られた測定値を非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性で標準化して、加熱処理後のβ−アミラーゼの相対残存活性を決定すること
(ii)β−アミラーゼをコードする遺伝子の多型性を決定すること
(B)工程(A)で得られたβ−アミラーゼの生物学的特性から、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であるかを決定する工程と、
を含み、
工程(A)で(i)の手段が用いられた場合は、決定された相対残存活性が、非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性に対して40%以上である場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定され、
工程(A)で(ii)の手段が用いられた場合は、決定された多型性が、配列番号1及び配列番号2が相補する部位に挟まれたβ−アミラーゼ遺伝子領域内に制限酵素BglIIの認識部位を有する場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定される方法。
【請求項2】
工程(A)において(i)の手段が用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(A)において(ii)の手段が用いられる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
発酵性が仮性最終発酵度によって表される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
発酵性の高いオオムギ品種を育種する方法であって、
(A)下記(i)及び(ii)のうちの少なくとも一つの手段を用いてβ−アミラーゼの熱安定性を決定することにより、該オオムギ品種にコードされたβ−アミラーゼの生物学的特性を解析する工程と、
(i)57.5℃、30分の加熱処理後のβ−アミラーゼの酵素活性を測定し、得られた測定値を非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性で標準化して、加熱処理後のβ−アミラーゼの相対残存活性を決定すること
(ii)β−アミラーゼをコードする遺伝子の多型性を決定すること
(B)工程(A)で得られたβ−アミラーゼの生物学的特性から、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であるかを決定する工程と、
を含み、
工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定された場合に、該オオムギ品種が育種され、
工程(A)で(i)の手段が用いられた場合は、決定された相対残存活性が、非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性に対して40%以上である場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定され、
工程(A)で(ii)の手段が用いられた場合は、決定された多型性が、配列番号1及び配列番号2が相補する部位に挟まれたβ−アミラーゼ遺伝子領域内に制限酵素BglIIの認識部位を有する場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定される方法。
【請求項6】
工程(A)において(i)の手段が用いられる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
工程(A)において(ii)の手段が用いられる、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
発酵性が仮性最終発酵度によって表される、請求項5〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
発酵性が高いと決定されたオオムギ品種を育種させることにより得られた、発酵性の高いオオムギ品種であって、
発酵性の高いオオムギ品種の決定が、
(A)下記(i)及び(ii)のうちの少なくとも一つの手段を用いてβ−アミラーゼの熱安定性を決定することにより、該オオムギ品種にコードされたβ−アミラーゼの生物学的特性を解析する工程と、
(i)57.5℃、30分の加熱処理後のβ−アミラーゼの酵素活性を測定し、得られた測定値を非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性で標準化して、加熱処理後のβ−アミラーゼの相対残存活性を決定すること
(ii)β−アミラーゼをコードする遺伝子の多型性を決定すること
(B)工程(A)で得られたβ−アミラーゼの生物学的特性から、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であるかを決定する工程と、
により行われ、
工程(A)で(i)の手段が用いられた場合は、決定された相対残存活性が、非加熱のβ−アミラーゼの酵素活性に対して40%以上である場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定され、
工程(A)で(ii)の手段が用いられた場合は、決定された多型性が、配列番号1及び配列番号2が相補する部位に挟まれたβ−アミラーゼ遺伝子領域内に制限酵素BglIIの認識部位を有する場合に、工程(B)において、該オオムギ品種が発酵性の高い品種であると決定されるオオムギ品種。
【請求項10】
工程(A)において(i)の手段が用いられる、請求項9に記載のオオムギ品種。
【請求項11】
工程(A)において(ii)の手段が用いられる、請求項9又は10に記載のオオムギ品種。
【請求項12】
発酵性が仮性最終発酵度によって表される、請求項9〜11のいずれか一項に記載のオオムギ品種。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−60911(P2009−60911A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251780(P2008−251780)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【分割の表示】特願平11−505423の分割
【原出願日】平成10年6月24日(1998.6.24)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】