説明

オフセット印刷用水性インキ組成物

【課題】オフセット印刷用水性インキ組成物を水無しオフセット印刷版に使用した場合の非画像部の地汚れを防止すること。
【解決手段】(a)顔料、(b)塩基性化合物存在下で水性溶剤に溶解性又は分散性を示すバインダー樹脂、(c)水性溶剤と、(d)塩基性化合物、及び、(e)親水性シリコーンオイルを含有するオフセット印刷用水性インキ組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット印刷に使用される水性インキ組成物及びそれを用いた印刷物に関し、更に詳しくは好適に水無し平版印刷版を使用して印刷される水性インキ組成物及びそれを用いた印刷物に関する。
【背景技術】
【0002】
環境問題は産業界全体で取り組むべきビジネステーマであり、印刷関連の業界にとっても例外ではない。とりわけ、有機溶剤を含む印刷インキの中には、環境に与える負荷が高くなるものも残されており、インキメーカーはこのような有機溶剤型印刷インキの環境負荷低減のために、多くの研究開発を行っている。例えば、オフセット印刷で利用されるインキについても、最近では“環境にやさしい”を合言葉として、いろいろな角度から環境調和型のインキが提案されている。
【0003】
オフセット印刷は、高品質の印刷物が効率良く得られるという理由で広く行われている。その中でも、印刷用紙に巻き取り紙を使用して、紙を巻き取りながらインキを印刷するオフセット輪転印刷(以下、単に「オフ輪印刷」ということもある。)方式は、極めて高速に印刷することが可能であり、商業印刷や新聞印刷で広く採用されている。これらオフ輪印刷方式では、多くの場合、印刷されたインキを乾燥するために、ドライヤーと呼ばれる乾燥装置を使用して印刷直後の紙面に熱風を吹き付け、強制的に乾燥させる工程を経る。この工程により、インキ中に含まれている鉱物油等の溶剤が蒸発して瞬時に乾燥が終了する。そして、その後すぐに印刷物の加工工程に入ることができるために、高い生産性が得られるようになる。
【0004】
ところが、この乾燥方式を利用すると、高い生産性が得られる反面、インキの鉱物油成分に由来するVOC(揮発性有機化合物)を大気中に放出するため、環境面では好ましいとはいえないものであった。そこで、インキ中の鉱物油成分を大豆油等の植物油成分に置き換える研究がインキメーカー各社によって活発に行われている。しかしながら、完全に植物油成分に置き換えてしまうことは困難で、置き換えられなかったVOC成分が、やはり大気中に放出されているのが現状である。更に、油性インキを使用する場合、印刷機のローラー洗浄には灯油等の揮発性有機溶剤を使用することになるので、インキの乾燥のみならず、洗浄時にもまたVOCとして大気中に放出されることになる。
【0005】
これらVOCを低減する試みとして、特許文献1〜3には、水無しオフセット印刷で使用することが可能な水性オフセット印刷インキ組成物に係る発明が開示されている。
ここで、水無しオフセット印刷について説明する。まず、通常のオフセット印刷版では、インキの付着する画像部はインキ受理性のある親油性の樹脂で被覆され、インキの付着しない非画像部は親水性に加工されている。そして、非画像部に予め水を付着させて表面を覆い、後から供給される油性インキは水で覆われた部分では弾かれ、親油性の画像部のみに付着するようにして、版面に印刷画像に応じたインキ皮膜を形成する。それに対して、水無しオフセット印刷で使用する印刷版は、インキの付着する画像部は同様にインキ受理性のある親油性の樹脂で、一方、インキの付着しない非画像部はシリコーンゴムで被覆されている。このような印刷版を使用すると、非画像部はシリコーンゴム自体の反発性によってインキが弾かれ、水がなくても印刷できるようになる。これが「水無し印刷」と呼ばれている所以であり、水を使用しないで印刷をすると、インキ中へ水が乳化することがないため、シャープな網点が得られるという利点が有る。
【0006】
特許文献1〜3に記載の発明は、この水無し印刷に使用するインキとして水性インキを使用するものである。確かに、インキに使用されている溶剤が水を主体とするものであれば、印刷物を乾燥する際の上記VOCの発生を大幅に低減でき、また、ローラーの洗浄時に有機溶剤でなく水を使用できるので、この点でもVOCの発生を低減することが可能である。しかしながら、インキとして、シリコーンゴムと十分な反発性がないと、非画像部に付着して、印刷物の無地部が汚れてしまい、いわゆる「地汚れ」と呼ばれる現象が発生することになる。
【0007】
このような観点からすると、特許文献1〜3に開示された上記水性オフセット印刷インキ組成物を水無しオフセット印刷で使用すると、特に厳しい印刷環境において、シリコーンゴム面にインキが付着して地汚れが発生するという課題がある。
【0008】
すなわち、従来知られているオフセット印刷用水性インキ組成物には、印刷環境が少し厳しくなると地汚れが発生するという課題が存在する。これは、水無しオフセット印刷版の非画像部(シリコーンゴム)とインキとの間の反発性の不足が原因と考えられるが、現在、知られているインキ、例えば、上記特許文献1〜3に開示されているインキの組成面から考慮すると、性状的に地汚れを改善(反発性を向上)するのは困難である。水性インキの開発において環境問題の解決は、確かに社会的な命題であり、鉱物油含有インキからの置き換えは望ましい。しかし、如何に環境対応といえども、高品質印刷物を得るというオフセット印刷本来の目的からすると、地汚れは実用性を損なう大きな要因になる。したがって、従来のオフセット印刷用水性インキ組成物は、環境問題を解決するという効果は期待できるものの、印刷物としての実用性能に乏しいために、市場としては受け入れ難いというのが現状である。
【特許文献1】特開2007−112963号公報
【特許文献2】特開2007−112964号公報
【特許文献3】特開2007−112965号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は地汚れの発生の少ないオフセット印刷用インキ組成物を得ることを目的とする。この発明のその他の目的については、今後の説明から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究の結果、非画像部のシリコーンゴムとの反発性が十分でない水性オフセットインキ組成物に対して、親水性シリコーンオイルを添加することにより、反発性を高め、地汚れを大幅に減少させ、より厳しい作業環境においても地汚れ発生の問題が解決されることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、(1)(a)顔料、(b)塩基性化合物存在下で水性溶剤に溶解性又は分散性を示すバインダー樹脂、(c)水性溶剤、(d)塩基性化合物、及び、(e)親水性シリコーンオイルを含有することを特徴とするオフセット印刷用水性インキ組成物に関する。
また本発明は、(2)更に、(f)水を含有する上記(1)項記載のオフセット印刷用水性インキ組成物に関する。
また本発明は、(3)上記バインダー樹脂の酸価が180〜240mgKOH/gであり、重量平均分子量が12000〜25000である上記(1)又は(2)項記載のオフセット印刷用水性インキ組成物に関する。
また本発明は、(4)上記親水性シリコーンオイルの含有量が、全インキ組成物に対して1〜10質量%である上記(1)、(2)又は(3)項記載のオフセット印刷用水性インキ組成物に関する。
また本発明は、(5)上記(1)〜(4)項のいずれかに記載のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用することを特徴とするオフセット印刷方法に関する。
また本発明は、(6)上記(5)項記載のオフセット印刷方法によって印刷されたことを特徴とする印刷物に関する。
【0012】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用することにより、より厳しい印刷環境においても、非画像部の地汚れ発生を効果的に抑制することができるので、環境負荷軽減と高品質印刷の両立が可能となる。
この効果は、本発明で新たに添加された親水性シリコーンオイルが非画線部(シリコーンゴム)へのインキの付着性を低下させることによって、もたらされるものである。本発明で使用する親水性シリコーンオイルが、どのようにシリコーンゴムへの付着力を低下させるかについては、詳細には判明していないが、おおむね次に述べる二つの作用が働いているものと推測される。一つ目は、インキに含まれる親水性シリコーンオイルが、印刷中にインキからしみ出して、シリコーンゴム表面を薄膜状に覆うという作用である。この作用によりシリコーンゴム上に形成された薄膜が、インキの付着を阻止し、地汚れを防止すると推測される。二つ目は、親水性シリコーンオイルが、インキ皮膜の凝集力を向上させるという作用である。この作用により、インキ皮膜の凝集力がシリコーンゴムとインキとの間に働く付着力よりも高くなるか、或いは、それまでに至らないとしても、相対的なインキ凝集力の向上によって、インキが非画像部(シリコーンゴム)に付着しにくくなるという効果が付加されると推測される。
【0013】
また、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物が、その組成中に水を含有しないものである場合、ロングラン印刷などより厳しい印刷条件においても、非画像部の地汚れ発生を効果的に抑制することができるので、環境負荷軽減と高品質印刷の両立が可能となる。
【0014】
また、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物はVOCを殆ど使用する必要がないものであるので、印刷中や印刷後の乾燥工程におけるVOC放出量が大幅に削減される。更に本発明のインキ組成物は水溶性なので、印刷後のローラー洗浄を水で行うことができる。このため、大気中へのVOC放出量を大幅に削減することができる点も本発明の効果である。
【0015】
以下、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物について更に詳細に説明する。
本発明において、成分(a)の顔料としては、オフセット印刷用インキ組成物で一般的に用いられる無色又は有色の、無機又は有機顔料が使用でき、具体的には、二酸化チタン、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、有機ベントナイト、二酸化珪素、酸化鉄、カーボンブラック等の無機顔料;アゾ顔料、レーキ顔料、フタロシアニン顔料、イソインドリン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料等の有機顔料等が例示できる。これらの顔料は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物中の顔料の含有量は5〜50質量%が適量である。
【0016】
本発明において、成分(b)のバインダー樹脂としては、塩基性化合物存在下で水性溶剤に溶解性又は分散性を示す樹脂であって、塩基性化合物がインキから除去されることにより析出する種類のものが使用される。即ち、上記バインダー樹脂としては、後述する水性溶剤、塩基性化合物〔成分(c)及び(d)〕等を含む本発明のインキ組成物中において溶解性を示し、該インキ組成物から塩基性化合物〔成分(d)〕を取り除くと析出する性質を有するものを使用できる。
【0017】
このような樹脂をバインダー樹脂として使用したインキ組成物は、印刷前においては、塩基性化合物の存在により安定な溶解又は分散状態を保つことが可能であり、また印刷後においては、塩基性化合物が除去されることによって強固な皮膜を形成することが可能である。これによって、印刷後の文字や図柄に耐水性や耐摩擦性が付与される。このようなバインダー樹脂としては、ロジン変性マレイン酸樹脂、アクリル系樹脂、スチレン−アクリル系樹脂、スチレン−マレイン酸系樹脂及びスチレン−アクリル−マレイン酸系樹脂からなる群より選択される少なくとも1種の共重合体樹脂が好適に使用できる。
【0018】
なお、上記アクリル系樹脂とはアクリル系単量体を、上記スチレン−アクリル系樹脂とはスチレン系単量体とアクリル系単量体を、上記スチレン−マレイン酸系樹脂とはスチレン系単量体とマレイン酸系単量体を、そして上記スチレン−アクリル−マレイン酸系樹脂とはスチレン系単量体、マレイン酸系単量体及びアクリル系単量体を共重合成分とする共重合体樹脂である。
【0019】
更に、上記アクリル系単量体としては、溶媒中に樹脂を溶解させるために必要なカルボキシル基を樹脂の分子内に導入する成分として、アクリル酸、メタクリル酸が利用でき、また、他の共重合可能なアクリル系単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸アルキルエステル化合物;ベンジル(メタ)アクリレート、ナフチル(メタ)アクリレート等の芳香族環を含む(メタ)アクリル酸エステル化合物;2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルエステル化合物等が利用できる。なお、本明細書において「(メタ)アクリル酸」とは、「アクリル酸又はメタクリル酸」という意味である。
【0020】
上記スチレン系単量体としては、スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエンとそれらの誘導体等を挙げることができる。
上記マレイン酸系単量体としては、溶液中に樹脂を溶解させるために必要なカルボキシル基を樹脂の分子内に導入する成分として、マレイン酸若しくは無水マレイン酸や、マレイン酸モノメチル、マレイン酸モノエチル、マレイン酸モノプロピル、マレイン酸モノブチル、マレイン酸モノヘキシル、マレイン酸モノオクチル、マレイン酸モノ2−エチルヘキシル、マレイン酸モノラウリル、マレイン酸モノステアリル等のマレイン酸モノアルキルエステルを挙げることができ、更にマレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチル、マレイン酸ジブチル等のマレイン酸ジアルキルエステル化合物が利用できる。
【0021】
なお、これらの共重合体樹脂は、必要に応じて、(メタ)アクリルアミド、クロトン酸とそのエステル化合物、イタコン酸とそのエステル化合物、シトラコン酸とそのエステル化合物、アクリロニトリル、オレフィン化合物等の他の共重合可能な単量体を共重合成分としてもよい。
【0022】
以上のバインダー樹脂の酸価としては、好ましくは180〜240mgKOH/gである。樹脂の酸価が180mgKOH/gより低くなると、溶液中での樹脂の溶解性が低下し、一方、酸価が240mgKOH/gより高くなるとインキの耐水性が低下して好ましくない。
【0023】
なお、本明細書において、酸価は固形分1gあたりの酸価を意味し、JIS K 0070に準じ、電位差滴定法(例えば、COMTITE(AUTO TITRATOR COM−900、BURET B−900、TITSTATION K−900)、平沼産業社製)によって測定した値をいう。
【0024】
上記バインダー樹脂の重量平均分子量は、好ましくは12000〜25000である。
なお、本明細書において、バインダー樹脂の重量平均分子量は、カラムクロマトグラフィー法によって測定することができる。一例としては、Water 2690(ウォーターズ社製)で、カラムとしてPLgel 5μ MIXED−D(Polymer Laboratories社製)を使用して行いポリスチレン換算の重量平均分子量として求めることができる。
【0025】
本発明において、上記バインダー樹脂は、塩基性化合物の存在下、後述する水性溶剤の混合溶媒に溶解させてバインダー樹脂ワニスとして使用することができる。そして、これらバインダー樹脂は、全インキ組成物中に、好ましくは7〜40質量%の範囲で使用され、より好ましくは15〜25質量%の範囲で使用される。
【0026】
本発明において、成分(c)として水性溶剤が使用される。これは本発明のインキ組成物に水溶性を付与する他、塩基性化合物と協働してバインダー樹脂を溶解するとともに、印刷機ローラー上でのインキ皮膜の乾燥を防止して、ローラー間でインキを転移させるために使用される。したがって、このような機能を付与できるものであれば使用可能である。
【0027】
このような水性溶剤としては、グリセリン、グリコール、グリコール誘導体等が挙げられ、これらは印刷環境に応じて単独又は複数を併用して使用される。ここで、上記グリコール成分としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール等のジオール化合物が利用でき、その誘導体としては、上記グリコール成分のメチル、エチル、プロピル、ブチル、ヘキシル、オクチル等のアルキルエーテル化合物、酢酸エステル、酪酸エステル等のエステル化合物、及びエステルエーテル化合物が利用できる。VOC(揮発性有機化合物)の低減という観点からは、米国環境保護庁がVOCの測定方法として110℃、1時間の加熱による加熱残分測定を提示していることから、110℃における蒸発の少ない溶剤が好ましい。上記例示した水性溶剤の中では、グリセリンが110℃においてほとんど蒸発しないので好ましく使用される。
上記水性溶剤は、全インキ組成物中、通常30〜60質量%の範囲で使用される。
【0028】
本発明において、成分(d)として塩基性化合物が使用される。これはバインダー樹脂に含まれる酸性基を中和し、水性溶剤にバインダー樹脂を可溶化するために使用される。
【0029】
本発明で利用可能な塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、アンモニア水等の無機塩基性化合物;トリエチルアミン、モノエタノールアミン、モノメチルモノエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モルホリン等の有機アミン化合物を挙げることができる。
【0030】
これらの中でも有機アミン化合物は、印刷後の乾燥工程でインキ皮膜から蒸発によって除去されて、又は中和されてインキ皮膜を中性とすることができ、これによりバインダー樹脂が析出してセットを完了することができるので好ましく使用される。この場合、低沸点の有機アミンは印刷機ローラー上で蒸発してバインダー樹脂を析出させる傾向がある一方で、高沸点の有機アミンは印刷後の乾燥工程で蒸発されにくいので印刷物中に残留し、セット(インキの乾燥)を遅延させたり印刷物の耐水性を低下させたりする傾向がある。このため、好ましくは沸点が80〜200℃程度の有機アミン化合物が使用され、更に好ましくは沸点が100〜150℃の有機アミン化合物が使用される。このような有機アミン化合物の中で、ジメチルエタノールアミンはバランスの良い蒸発特性を示し、またモルホリンはインキ組成物に良好な粘度を付与する特性がある。したがってその中でも好ましいものとしては、ジメチルエタノールアミンとモルホリンが例示される。
【0031】
これら塩基性化合物の添加量は、全インキ組成物中、通常2〜10質量%、好ましくは3〜8質量%、更に好ましくは5〜7質量%である。下限値の2質量%という数値は、樹脂の良好な溶解性を維持することを考慮して定めた数値であり、上限値の10質量%という数値は、印刷された画像の耐水性を維持することを考慮して定めた数値である。
【0032】
本発明では、これら成分を含むオフセット印刷用水性インキ組成物に、更に成分(e)として親水性シリコーンオイルを含有させる。これにより、親水性媒体である本発明のインキ組成物との相溶性を維持しつつ、厳しい作業環境下でも耐地汚れ性能を高めることができる。
【0033】
ここでいう親水性シリコーンオイルとは、一般に上市されている各種シリコーンオイルの中で水への溶解性が付与されているものであれば何でもよく、例えば、ポリエーテル変性シリコーンオイルは一般的に親水性を示す。また、アルコール変性シリコーンオイルの中にも親水性を持つ種類のものが存在する。更に親水基が導入された特殊変性シリコーンオイル(例えば、アミノ変性シリコーンオイル、カルボキシ変性シリコーンオイル、メルカプト変性シリコーンオイル、アミド変性シリコーンオイル、アルキル変性シリコーンオイル、エポキシ変性シリコーンオイル、エポキシポリエーテル変性シリコーンオイル等の分子中のメチル基の一部に水酸基、アミノ基、カルボキシル基、スルフォン酸基、アミド基、エチレンオキサイド基等の各種親水基を導入した変性シリコーンオイル類)等も挙げられる。これらはいずれも本発明において好ましく用いることができる。これら親水性シリコーンオイルはそれぞれ単独で用いても、或いは2種以上混合して用いてもよい。
【0034】
これら親水性シリコーンオイルの中でも、入手の容易性や価格の面から、ポリエーテル変性シリコーンオイルが特に好ましく使用される。上記ポリエーテル変性シリコーンオイルとは、構造中にポリエーテル鎖を持つシリコーンである。例えば、ポリシロキサンの末端及び/又は側鎖にポリエーテル鎖が導入された化合物が挙げられ、ポリエーテル鎖以外のエポキシ基、アミノ基等の有機基が併用して導入された化合物であってもよい。上記ポリエーテル鎖としては、ポリエチレンオキサイド鎖、ポリプロピレンオキサイド鎖等のポリアルキレンオキサイド鎖等が挙げられる。
【0035】
上記ポリエーテル変性シリコーンオイルとして、具体的には、信越化学(株)製信越シリコーンKP322、KP341、KF−351、KF−352、KF−353、KF−354L、KF−355A、KF−615A、KF−618、KF−6011、KF−6015、KF−905;共栄社化学(株)製グラノール100、グラノール400、グラノール440、グラノール450、グラノール482、ポリフローKL−245、ポリフローKL−260、ポリフローKL−270、ポリフローKL−280、フローレンTW−4000;東レ・ダウコーニング(株)製SH−3746、SH−3749、SH−3771、SH−8400、TH−8700、ペインタッド19、ペインタッド29、ペインタッド32、ペインタッド56、ペインタッド57;東芝シリコーン(株)製TSF−4440;BYKケミー社製BYK−302、BYK−307、BYK−323、BYK−331、BYK−333、BYK−377等が挙げられる。
【0036】
以上の親水性シリコーンオイルの使用量は、全インキ組成物中、好ましくは1〜10質量%である。下限値の1質量%という数値は、十分な地汚れ防止効果を得るということを考慮して定めた数値である。また、上限値の10質量%という数値は、親水性シリコーンオイルの分離を抑制し、良好な相溶性を維持することを考慮して定めた数値である。更に、良好なトラッピング性能を得るということを考慮した、より好ましい使用量は1〜5質量%の範囲である。
【0037】
本発明においては、更に成分(f)として水を含有していてもよい。
上記水は、バインダー樹脂の溶解性を向上させることができる。また、本発明のインキ組成物が水を含有することで、上記水性溶剤の配合量を少なくすることができるため、本発明のインキ組成物を用いた印刷物の印刷過程でVOCの排出量を大幅に削減でき、環境負荷のより小さい印刷物を得ることができる。更に、本発明のインキ組成物の製造コスト低減を図ることも可能となる。
ただし、本発明のインキ組成物が水を含有する場合、ショート印刷においては問題無いがロングラン印刷を実施すると、インキ着けロールにインキが徐々に堆積し始め、最終的に印刷紙面上に汚れを発生させると場合がある。これは、ロングラン印刷を行うと、印刷スタート時と比較して版面の温度が上昇することにより、樹脂を溶解又は分散させている溶媒である水や塩基性物質の揮発性が高くなることが原因の一つと考えられ、水や塩基性物質が揮発し始めると、溶解又は分散している樹脂が析出し、溜まりの要因となる流動性が低下するからであると考えられる。
従って、本発明のインキ組成物が上記水を含有する場合、ロングラン印刷よりもショート印刷に用いることが好ましい。
【0038】
利用可能な水としては、水道水、井戸水、イオン交換水、蒸留水等任意のものが挙げられる。塩分や各種イオンを含有するものであっても、オフセット印刷用水性インキ組成物としての機能を阻害しない限りにおいて使用可能であることは当然である。
水の添加量は、全インキ組成物中、例えば5〜15質量%であるが、機上安定性を維持するために沸点の高い上記水性溶剤を十分に添加するという観点からは、水の添加量は5〜10質量%であることが好ましい。
【0039】
本発明のインキ組成物は、更に顔料分散剤、ワックス、消泡剤、転移性向上剤、レベリング剤等の各種添加剤を添加することもできる。
【0040】
以上の材料を用いて本発明のインキ組成物を製造する方法としては、まず、顔料、バインダー樹脂ワニス、溶媒(水性溶剤)及び必要に応じて、水、顔料分散剤、界面活性剤等を撹拌混合した後、各種練肉機、例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、アトライター、ロールミル、パールミル等を使用して練肉し、更に、親水性シリコーンオイル、残りの材料を添加混合し、適切な粘度に調整する方法、等が採用される。
【0041】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物の粘度としては、E型粘度計(東機産業(株)製)と呼ばれるコーンプレート型回転粘度計により、25℃、回転数0.5rpmにおいて測定された粘度が100〜600Pa・sであることが望ましい。粘度が100Pa・s未満では凝集力が不足して地汚れが発生しやすくなり、また粘度が600Pa・sを超えると印刷版に供給されるインキが過剰となって地汚れが発生しやすくなる。より好ましい粘度範囲は200〜600Pa・sであり、更に好ましくは300〜500Pa・sである。
【0042】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物は、水無し印刷版を使用して印刷される水無し印刷に好適に適用することができる。印刷機としては、通常のオフセット印刷機をそのまま使用することができる。当然のことながら、水無し印刷の場合、湿し水は不要である。印刷に使用する水無しオフセット印刷版としては、通常の水無しオフセット印刷に使用される印刷版であれば特に制限されることはないが、一例として、TAP(東レ(株)製ポジタイプ水無しオフセット印刷版)を挙げることができる。
【0043】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物はVOCを必須成分として多量使用する必要がないので、印刷中や印刷後の乾燥工程におけるVOC放出量が大幅に削減される。ここで、米国環境保護庁はVOC測定方法として、110℃1時間の加熱による加熱残分測定を提示しており、広く用いられている。本発明のインキ組成物のVOC含有量は、上記測定方法において、10質量%未満であることが好ましく、5質量%未満であることがより好ましい。更に本発明のインキ組成物は水溶性なので、印刷後のローラー洗浄を水で行うことができる。このため、印刷時のみならず、印刷後のローラー洗浄作業においてもVOC放出量を削減することができる。
【0044】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用して印刷された印刷物は、汚れの少ない印刷物である。また、上記のように、印刷の過程でVOCの排出量を大幅に削減できるので、環境負荷の小さい印刷物ということができる。なお、このような本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用するオフセット印刷方法もまた、本発明の一つであり、該本発明のオフセット印刷方法によって印刷された印刷物もまた、本発明の一つである。
【発明の効果】
【0045】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物は、上述した構成よりなるので、ロングラン印刷等厳しい作業環境下においても優れた耐地汚れ性能を得ることができ、高品質印刷が可能である。また、印刷物の乾燥性や耐水性、印刷機の水での洗浄性等の性能を維持することもできる。更に、印刷の過程でのVOCの排出量を削減できるため、環境負荷の軽減も可能である。
更に、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物が水を含有する場合、ショート印刷において好適に用いることができ、このような水を含有するインキ組成物は、印刷の過程でのVOCの排出量をより多く削減できるため、環境負荷をより軽減することができ、更に、製造コストの低減を図ることも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は「質量%」を意味し、「部」は「質量部」を意味する。
【0047】
〔実施例及び比較例〕
<バインダー樹脂の調製>
バインダー樹脂製造例1
撹拌機、冷却管、窒素ガス導入管を備えた四つ口フラスコに、酢酸エチル600部を仕込んで75〜85℃に加熱し、窒素ガスを導入しながら、無水マレイン酸42部、マレイン酸モノイソブチルエステル210部、スチレン148部、開始剤として、ジターシャリーブチルパーオキサイド4部の混合物を1.5時間かけて滴下し、更に同温度に保ちながら2時間共重合させた後、溶剤を減圧下で留去して、酸価250mgKOH/g、重量平均分子量20000のスチレン−マレイン酸系共重合体樹脂(バインダー樹脂A)を得た。
【0048】
バインダー樹脂製造例2、3
撹拌機、冷却管、窒素ガス導入管を備えた四つ口フラスコに、酢酸エチル600部を仕込んで75〜85℃に加熱し、窒素ガスを導入しながら、下記表1記載のモノマー組成に従って各モノマー、開始剤としてジターシャリーブチルパーオキサイド4部の混合物を1.5時間かけて滴下し、更に同温度に保ちながら2時間共重合させた後、溶剤を減圧下で留去して、バインダー樹脂C、Dを得た。
【0049】
【表1】

なお、表1中、「CBA」とは、ブチルカルビトールアクリレートを表す。
【0050】
<バインダー樹脂ワニスの調製>
表2記載の配合処方に従い、塩基性化合物を溶解させた溶媒中にバインダー樹脂を撹拌添加し、80℃に昇温し、2時間撹拌混合してバインダー樹脂ワニスA〜Jを調製した。
【0051】
【表2】

なお、表2中、バインダー樹脂Bとしては、ジョンクリル67(BASF社製)を使用した。
【0052】
<インキ組成物の調製>
表3記載の配合処方に従い、顔料(リオノールブルーFG−7330、東洋インキ製造(株)製)と、練肉時に粘度が適度となる量のバインダー樹脂ワニス及び溶媒との混合物をロールミルで練肉した後、更に残りのバインダー樹脂ワニス及び溶媒を添加した。その後、表3記載の配合処方に従い、親水性シリコーンオイルA(BYK−331、ビックケミージャパン(株)製、ポリエーテル変性ポリジメチルシロキサン)、親水性シリコーンオイルB(グラノール100、共栄社化学(株)製、ポリエーテル変性ポリジメチルシロキサン)、分散剤(ニューポールPE−71、三洋化成工業(株)製)及びワックス(ケミパールW400、三井化学(株)製)を撹拌混合して、E型粘度計(東機産業(株)製)と呼ばれるコーンプレート型回転粘度計により測定された回転数0.5rpm、25℃における粘度が300〜500Pa・sとなるように実施例1〜12、比較例1〜2のインキ組成物を調製した。
【0053】
上記で得られたインキ組成物の性能評価を下記方法にて行い、評価結果を表3に示す。
<インキ組成物の性能評価>
1.インキ着けロール状態の評価方法
表3の各インキ組成物を室温が25℃に調整された室内で、練りローラーに通じている恒温槽を35℃に設定したインコメーター(東洋精機製)を使用して、回転数1200回転、インキ盛り量0.5ccにて、着けロール上でのインキ溜まりの発生程度を、ショートラン(評価開始1分以内での状態)及びロングラン(評価開始15分以内での状態)の各条件について、目視にて評価を行った。
A:インキの溜まり無し。
B:インキの溜まりは確認されるが、着けロール全体の面積に対する溜まりの面積が1割未満(軽度の溜まり)であり、印刷紙面への影響が認められないもの。
C:インキの溜まりが確認され、着けロール全体の面積に対する溜まりの面積が1割以上(重度の溜まり)であり、印刷紙面に汚れが認められるもの。
【0054】
2.耐地汚れ性能の評価方法
(印刷条件1)
表3のそれぞれのインキ組成物を室温が25℃に調整された室内で、練りローラーに通じている恒温槽の温度を35℃に設定したプリントテスター(SMT COMPANY製)を使用して、特菱アート110K用紙(三菱製紙(株)製)に展色し、非画像部における地汚れの発生程度を目視にて評価した。
A:地汚れの発生無し。
B:地汚れの発生は認められるが、非画線部全体の面積に対する汚れの面積が1割未満(軽度の地汚れ)であるもの。
C:地汚れの発生が認められ、非画線部全体の面積に対する汚れの面積が1割以上(重度の地汚れ)であるもの。
【0055】
(印刷条件2)
表3のそれぞれのインキ組成物を室温が25℃に調整された室内で、練りローラーに通じている恒温槽の温度を40℃に設定したプリントテスター(SMT COMPANY製)を使用して、特菱アート110K用紙(三菱製紙(株)製)に展色し、非画像部における地汚れの発生程度を目視にて評価した。
A:地汚れの発生無し。
B:地汚れの発生は認められるが、非画線部全体の面積に対する汚れの面積が1割未満(軽度の地汚れ)であるもの。
C:地汚れの発生が認められ、非画線部全体の面積に対する汚れの面積が1割以上(重度の地汚れ)であるもの。
【0056】
3.耐水性の評価方法
表3の各インキ組成物を室温が25℃に調整された室内で、RIテスター(明製作所製)を使用して特菱アート110K用紙(三菱製紙(株)製)に展色し、展色物を150℃(紙面温度85℃)に調整されたコンベアー式乾燥装置(旭科学機器製)内を5秒通過させた。翌日、湿らせたガーゼを当て紙として、200gの重りと共に、学振型染色物摩擦堅牢度試験機(大栄科学精機製)にて10ストローク擦った後の展色物の状態を目視にて評価した。
A:印刷面はまったく剥離せず、耐水性は良好である。
B:印刷画像の剥離が7割未満であり、耐水性は不良である。
C:印刷画像の剥離が7割以上であり、耐水性は著しく不良である。
【0057】
【表3】

【0058】
表3に示す通り、比較例1及び2のインキ組成物にそれぞれ親水性シリコーンオイルを添加した実施例1及び2のインキ組成物では、耐地汚れ性能(ショートラン印刷条件下)が向上することが確認され、インキ着けロール状態(ショートラン条件下)が向上することも確認された。
また、実施例3〜5に示す通り、実施例2の親水性溶媒や塩基性化合物を変更しても、親水性シリコーンオイルによってもたらされる耐地汚れ性能等は依然として有効であることが併せて確認された。加えて、実施例2の親水性シリコーンオイルの添加量を1部まで減量しても、耐地汚れ性能等が維持されることが確認された(実施例6)。
また、バインダー樹脂ワニス中に水を含有しない実施例7〜11に係るインキ組成物は、ロングラン条件下でのインキ着けロール状態及び印刷条件2での耐地汚れ性能の面で、バインダー樹脂ワニスに水を含有する実施例1〜6に係るインキ組成物よりも更に優れたものであった。なお、実施例12に係るインキ組成物は、バインダー樹脂ワニス中に水を含有しないものであるが、使用したバインダー樹脂Dの理論酸価が249と高く、重量平均分子量が10300と小さかったため、実用上問題ないレベルではあるが、実施例7〜11に係るインキ組成物と比較して、印刷条件2での耐地汚れ性及び耐水性に劣るものであった。
以上の結果から、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物は、良好な耐地汚れ性能を有することが示され、その有用性が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物は、水性溶剤をベースとするので、鉱物油をベースとした油性インキ組成物に比べてVOC(揮発性有機化合物)を著しく減少することができ、環境保全型製品として有効である。また、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物は、既存の水無し印刷版を用いたオフ輪印刷に使用することができるので生産性も維持される。すなわち、本発明のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用することにより、環境保全と生産性の両立が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)顔料、(b)塩基性化合物存在下で水性溶剤に溶解性又は分散性を示すバインダー樹脂、(c)水性溶剤、(d)塩基性化合物、及び、(e)親水性シリコーンオイルを含有することを特徴とするオフセット印刷用水性インキ組成物。
【請求項2】
更に、(f)水を含有する請求項1記載のオフセット印刷用水性インキ組成物。
【請求項3】
前記バインダー樹脂の酸価が180〜240mgKOH/gであり、重量平均分子量が12000〜25000である請求項1又は2記載のオフセット印刷用水性インキ組成物。
【請求項4】
前記親水性シリコーンオイルの含有量が、全インキ組成物に対して1〜10質量%である請求項1、2又は3記載のオフセット印刷用水性インキ組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のオフセット印刷用水性インキ組成物を使用することを特徴とするオフセット印刷方法。
【請求項6】
請求項5記載のオフセット印刷方法によって印刷されたことを特徴とする印刷物。


【公開番号】特開2009−132890(P2009−132890A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−277015(P2008−277015)
【出願日】平成20年10月28日(2008.10.28)
【出願人】(000105947)サカタインクス株式会社 (123)
【Fターム(参考)】