説明

オーレオバシジウムのβ−1,3−1,6−D−グルカンを含む魚飼料組成物

【課題】少量のβ-1,3-1,6-D-グルカンの使用により高い抗病効果を奏する魚用飼料添加剤、魚飼料組成物、その製造方法、並びに少量のβ-1,3-1,6-D-グルカンの投与により効果的に魚の病気を予防できる魚の飼育方法を提供する。
【解決手段】オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であるβ-1,3-1,6-D-グルカンを含有する魚用飼料添加剤、及び魚飼料組成物。この組成物を投与する魚の飼育方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーレオバシジウム属微生物が生産するβ-1,3-1,6-D-グルカンを含む魚飼料添加剤、魚用感染予防剤、及び魚飼料組成物に関する。また、本発明は、オーレオバシジウム属微生物が生産するβ-1,3-1,6-D-グルカンを用いた魚の飼育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、養殖漁業においてバクテリアやウイルスの感染による養殖魚の大量死が問題となっている。例えば、1990年に四国西岸の漁類養殖場で養殖マダイの大量死が発生し、イリドウイルス感染症と診断された。特にイリドウイルス感染症などウイルスによる感染症は、1991年以降は西日本各地の養殖漁場に拡大し、本症発生確認魚種も1994年までの間にスズキ目14魚種とフグ目1魚種の計15種類に増加したと報告されている。三重県においても1991年にマダイ稚魚を中心とする大量死が発生し、マダイだけでなく、ブリ、シマアジ、イシダイ、スズキの5魚種に及んでいる。
【0003】
このような現象は、発生水域での水温や種苗の導入時期、飼育密度、海洋汚染など数多くの原因が考えられ、このように外的かつ環境的な要因で起こる場合は、その外的な要因や環境因子を除くことが必要である。
また、抗生物質や化学合成薬品による抗菌剤処理は、その投与を受けた養殖魚への体内蓄積やこれらの魚を食する人間に及ぼす影響の点で好ましくない。また、抗菌剤投与による薬剤耐性菌の出現は大変深刻な問題である。さらに、一般に抗生物質はウイルスに有効ではない。
【0004】
このため、ウイルスやバクテリアによる感染症に対する有効な防疫対策は、感染経路の明確化とその機会削減が重要であるが、その発生時期までにできるだけ魚の抵抗力を高めることは別の観点から大変重要なことであると考えられる。即ち、たとえ感染してもその被害が最小で済むように飼育魚の生体防御機能を高めておくことが重要である。
【0005】
そこで安価で、かつ安全な、魚用の生体防御機能活性化物質の出現が待たれている。ワクチンなどの開発も進んでいるが、特定の魚病にしか効果が無い。
【0006】
この点、特許文献1は、担子菌Schizophyllum commune Friesが生産するβ-1,3−1,6−D-グルカンであるシゾフィラン、担子菌以外のSclerotiumの生産するβ-1,3−1,6−D-グルカンであるスクレログルカンを腹腔内投与した魚に、魚病原菌であるエドワジェラ・タルダを接種すると、グルカン非投与群に比べて生存率が向上すること、これらのグルカンを魚の免疫増強剤又は感染予防・治療剤として使用できることを教えている。このグルカンは、1,6−結合分岐度が30〜40%である。
【0007】
しかし、特許文献1の方法は、グルカン投与方法が腹腔内投与という非実用的な方法であり、また腹腔内投与に直接投与するにもかかわらず魚体重1kg当たり5mgというやや多量のグルカンを投与している。
【0008】
また、非特許文献1は、酵母細胞壁由来の不溶性M−グルカンをサケの腹腔内投与し、その1〜8週間後に、ビブリオ・サルモニシダ(V. salmonicida)、ビブリオ・アンギュイララム(V. anguillarum)、及びエルシニア・ラケリ(Y. ruckeri)をそれぞれ腹腔内接種した場合、グルカン非投与群に比べて死亡率が低減することを教えている。
【0009】
しかし、非特許文献1の方法では、グルカンの投与方法が非実用的な腹腔内投与であり、またその投与量は、腹腔内投与でありながら5〜125mg/kg程度と多量である。また、グルカンを投与しない対照群の死亡率が60%以下の場合のグルカンの効果を見ており、信頼性が低いデータである。
【0010】
また、特許文献2は、オーレオバシジウムFERM P−12989株の生産するβ-1,3−1,6−D-グルカンを配合した飼料を魚に与えることにより、グルカン無配合の飼料を与えた群に比べて生存率が向上することを教えている。このグルカンは、1,6-結合分岐率が75%であり、硫黄含有基を有するグルカンである。
【0011】
特許文献2では、飼料中のグルカン濃度は0.01〜10%にすることができ、投与量は0.1〜10000mg/kg/日にすることができるとしているが、実施例では、グルカン濃度0.5〜2.0%の飼料を与えており、飼料の1日投与量が通常魚体重の1〜5%であることを考慮すれば、50〜1000mg/kg/日という大量のグルカンを投与していることになる。また、特許文献2では、魚病原菌を接種しておらず、病原菌により攻撃した場合の効果は示されていない。
【0012】
特許文献3は、養殖魚の大量死を予防するための組成物であって、ビタミン、消化酵素、生菌剤、及び免疫賦活剤を含むものを教えている。免疫賦活剤としては、β−1,3−グルカンが挙げられているが、具体的には酵母の不溶性グルカンであるマクロガード(商品名)を使用している。魚飼料中に含まれる免疫賦活剤の比率は、0.005〜0.75%である。
【0013】
特許文献3では、上記組成物を魚に与えることにより、魚の感染死が低減しているが、この場合の生存率は病原菌を接種しない場合の生存率であり、病原菌により攻撃した場合の効果は示されていない。
【特許文献1】特公平6−2676号公報
【特許文献2】特開平7−51000号公報
【特許文献3】特開2001−190231号公報
【非特許文献1】B. Robertsen, G. Rorstad, R. Engstad, and J. Raa, Journal of Fish Diseases, 13, 391-400 (1990)., "Enhancement of non-specific disease resistance in Atlantic salmon, Salmo salar L., by a glucan from Saccharomyces cerevisiae cell wall"
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、β-1,3−1,6−D-グルカンを含む魚飼料添加剤、魚用感染予防剤、及び魚飼料組成物であって、少量のβ-1,3−1,6−D-グルカンの使用により高い抗病効果を示すものを提供することを課題とする。また本発明は、β-1,3−1,6−D-グルカンを投与する魚の飼育方法であって、少量のβ-1,3−1,6−D-グルカンの使用により効果的に魚の病気を予防できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは上記課題を解決するために研究を重ね、以下の知見を得た。
【0016】
即ち、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンは、魚飼料に添加して経口投与する場合に、1日に、魚体重1kg当たり0.5〜30mg程度という低投与量で、病原菌感染を始めとする魚の病気を効果的に予防することができる。
【0017】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記の魚飼料添加剤などを提供する。
【0018】
項1. オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンを含有する魚飼料添加剤。
【0019】
項2. β−1,3−1,6−D−グルカンの1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするH NMRスペクトルにおけるβ−1,3結合とβ−1,6結合との積分比に基づく、β−1,3結合/β−1,6結合の結合比が1〜1.5である項1に記載の魚飼料添加剤。
【0020】
項3. 抗病用の項1又は2に記載の魚飼料添加剤。
【0021】
項4. オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンを含有する魚用感染予防剤。
【0022】
項5. オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であり、
(3) β−1,3−1,6−D−グルカンの1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするH NMRスペクトルにおけるβ−1,3結合とβ−1,6結合との積分比に基づく、β−1,3結合/β−1,6結合の結合比が1〜1.5である
β-1,3-1,6-D-グルカンと、魚飼料とを含む魚飼料組成物。
【0023】
項6. β-1,3-1,6-D-グルカンの配合比率が、魚飼料に対して、固形分換算で0.001〜1重量%である項5に記載の魚飼料組成物。
【0024】
項7. さらに、クエン酸を含む項5又は6に記載の魚飼料組成物。
【0025】
項8. 抗病用の項5〜7のいずれかに記載の魚飼料組成物。
【0026】
項9. 魚に、項5〜8のいずれかに記載の魚飼料組成物を、β-1,3-1,6-D-グルカンの経口投与量が0.5〜30mg/kg/日になるように投与する魚の飼育方法。
【0027】
項10. オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンの水溶液を、魚飼料に吸収させることにより、このβ-1,3-1,6-D-グルカンを含む魚飼料組成物を得る工程を含む魚飼料組成物の製造方法。
【0028】
項11. β-1,3-1,6-D-グルカンが水溶液状態で含まれている項1〜3のいずれかに記載の魚飼料添加剤。
【0029】
項12. 魚に、項5〜8のいずれかに記載の魚飼料組成物を、β-1,3-1,6-D-グルカンの経口投与量が0.5〜30mg/kg/日になるように投与する魚の感染予防方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の魚飼料添加剤の有効成分であるオーレオバシジウム属微生物由来のβ-1,3-1,6-D-グルカンは、オーレオバシジウム属微生物の生産する天然型β-1,3-1,6-D-グルカンをpH12以上になるようにアルカリ処理した後、中和することにより得られる低粘度グルカンである。このβ-1,3-1,6-D-グルカンは、従来のβ-グルカンに比べて、経口投与により、0.5〜30mg/魚体重kg/日程度という極めて低い投与量で、病原菌感染を始めとする魚の病気を効果的に予防することができる。
【0031】
この低粘度β-1,3-1,6-D-グルカンは、経口投与により、抗病効果を発揮できることが一つの特徴である。ヨーロッパと異なり日本では、魚用の自動注射器が普及していないため、飼料に添加して経口投与できることは大きなメリットである。
【0032】
また、上記β-1,3-1,6-D-グルカンは低粘度の水溶液を与えるため、この水溶液を固形の魚飼料に容易に吸収させることができる。また、このことから、既製のいずれの魚飼料にも後添加することができる。これに対して、従来の高粘度のβ-1,3−1,6−D-グルカンは、飼料ペレットに吸収させ難い。また、粉末状のグルカンは、飼料ペレットに展着させるか、飼料原料に混ぜて共に成形する必要がある。ペレットに展着させる方法は、給餌までに粉末が剥がれて飼料のグルカン含有量が一定しないという難点がある。また、ペレット中に練り込む方法では、既製の固形飼料に後添加することができない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)魚飼料添加剤
本発明の魚飼料添加剤は、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であるβ-1,3-1,6-D-グルカンを含むものである。特に、このβ-1,3-1,6-D-グルカンを有効成分として含む。
β-1,3-1,6-D-グルカン
β−1,3−1,6−D−グルカンの形態は、限定されず、固形又は水溶液のいずれでもよい。例えば粉末状のような固形である場合は、飼料原料とともに、ペレットや顆粒状の魚用飼料組成物に成形することができる。また、水溶液である場合は、ペレットや顆粒状の固形飼料に吸収させて魚用飼料組成物にすればよい。
【0034】
β-1,3-1,6-D-グルカンが水溶液である場合は、その濃度は、0.05〜10重量%程度が好ましく、0.1〜5重量%程度がより好ましい。上記範囲であれば、飼料中に有効量のβ−1,3−1,6−D−グルカンを正確かつ容易に吸収させることができる。
【0035】
β-1,3-1,6-D-グルカンはオーレオバシジウム属の微生物が生産するものであるが、このグルカンは、菌体外に分泌されるために回収が容易であり、また水溶性である点で好ましいものである。オーレオバシジウム属の微生物は、分子量が100万以上の高分子量のグルカンから分子量が数万程度の低分子のグルカンまでを培養条件に応じて生産する。
【0036】
中でも、オーレオバシジウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)が生産するものが好ましく、オーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株、又はGM-NH-1A2株(独立行政法人産業技術研究所特許生物寄託センターにそれぞれFERM P-19285及びFERM P-19286として寄託済み)が生産するものが好ましい。GM-NH-1A1株及びGM-NH-1A2株は、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)K-1株の変異株である。オーレオバシジウム属K-1株は、分子量200万以上と100万程度の2種類のβ-1,3-1,6-D-グルカンを生産することが知られている。また、K-1株の生産するβ−グルカンはスルホ酢酸基を有することが知られている(Arg.Biol.Chem.,47,1167-1172(1983)),科学と工業,64,131-135(1990))。
【0037】
GM-NH-1A1株及びGM-NH-1A2株は、後に実施例において示すようにメインピークが見かけ上50〜250万の高分子量のβ−グルカン(微粒子グルカン)とメインピークが2〜30万の低分子量のβ−グルカンの両方を生産する菌株である。
【0038】
本発明の魚飼料添加剤には、好ましくは分子量1万〜50万程度、より好ましくは2万〜10万程度の比較的低分子量のβ−1,3−1,6−D−グルカンが含まれていればよい。上記分子量の範囲であれば、抗病性が十分であり、かつ実用上十分な水溶性を有する。この低分子量のグルカンは、例えばオーレオバシジウムプルランスの培養上清から分離したβ−1,3−1,6−D−グルカンから、フィルターろ過や、ゲルろ過クロマトグラフィーなどの方法で微粒子状β−1,3−1,6−D−グルカンを除くことにより得られる。
【0039】
また、本発明の魚飼料添加剤には、可溶性の低分子β−1,3−1,6−D−グルカンとともに、一次粒子径が0.05〜2μm程度である微粒子状のβ−1,3−1,6−D−グルカンが含まれていてもよい。β−1,3−1,6−D−グルカンの溶解度は、pH及び温度に依存する。このβ−1,3−1,6−D−グルカンは、pH3.5、温度25℃の条件で2mg/ml水溶液を調製しようとすると、その50重量%以上が一次粒子径0.05〜2μmの微粒子を形成し、残部は水に溶解する。本発明において粒子径は、レーザー回折散乱法により測定した値である。このような微粒子状のグルカンが含まれている場合は、魚の抗病効果が一層高くなる。
【0040】
β−1,3−1,6−D−グルカンが水溶液として添加剤中に含まれている場合は、レシチンのような乳化剤や、環状デキストリンのような安定化剤を水溶液に添加することにより、微粒子をさらに安定化させることができる。
【0041】
また、このβ−1,3−1,6−D−グルカンがオーレオバシジウム・プルランス由来のものである場合は、β-1,3結合/β-1,6結合の結合比は、1〜1.5程度、特に1.1〜1.4程度である。
【0042】
また、このβ−1,3−1,6−D−グルカンは、金属イオン濃度が、β−1,3−1,6−D−グルカンの固形分1g当たり0.4g以下であることが好ましく、0.2g以下であることがより好ましく、0.1g以下であることがさらにより好ましい。製剤中にβ−1,3−1,6−D−グルカンが水溶液状態で含まれる場合は、金属イオン濃度は、水溶液の100ml当たり120mg以下であることが好ましく、50mg以下であることがより好ましく、20mg以下であることがさらにより好ましい。
【0043】
ここでいう金属イオンには、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、第3〜第5族金属イオン、遷移金属イオンなどが含まれるが、混入する可能性のある金属イオンとしては、代表的には、低粘度β−1,3−1,6−D−グルカンの製造において使用されるアルカリ由来のカリウムイオン、ナトリウムイオンなどが挙げられる。金属イオン濃度は、限外ろ過や透析により調整できる。金属イオン濃度が上記範囲であれば、水溶液状態で保存する場合や、水溶液状態で加熱滅菌する際に、β−1,3−1,6−D−グルカンのゲル化、凝集、沈殿が生じ難い。
【0044】
本発明の魚飼料添加剤に含まれるβ−1,3−1,6−D−グルカンは、スルホン酸基のような硫黄含有基、リン酸基のようなリン含有基、リンゴ酸基等の官能基を有するものであってもよい。オーレオバシジウム属細菌が生産するβ−1,3−1,6−D−グルカンは、通常、硫黄含有基を有する。
【0045】
本発明の魚飼料添加剤に含まれるβ−1,3−1,6−D−グルカンは、水溶液にしたときの粘度が低いものであることが好ましい。この低粘度β−1,3−1,6−D−グルカンは、0.5%(w/v)水溶液(pH5.0)の30℃における粘度が通常50cP(mPa・s)以下、好ましくは10cP以下であればよい。本発明において、粘度はBM型回転粘度計で測定した値である。この低粘度グルカンは、アルカリ処理していないβ−1,3−1,6−D−グルカンと同じ一次構造を有する。具体的には、1N水酸化ナトリウム重水を溶媒とする溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有するものである。
【0046】
グルカンがオーレオバシディウム・プルランス(例えばGM-NH-1A1株)由来のものである場合、得られたβ−1,3−1,6−D−グルカンをエキソ型のβ−1,3−グルカナーゼ(キタラーゼ M、ケイアイ化成製)で加水分解処理すると、分解生成物としてグルコースとゲンチオビコースの遊離が確認できた。このこと及びNMRの積算比から、オーレオバシディウム・プルランス由来のβ−1,3−1,6−D−グルカンはβ−1,3結合の主鎖に対し、β−1,6結合でグルコ−スが1分子側鎖に分岐した構造で、1,3−結合主鎖に対する、1,6−結合の側鎖分岐度は、40〜100%程度、特に50〜90%と推測された。
β-1,3-1,6-D-グルカンの生産方法
β−1,3−1,6−D−グルカンの製造方法は、周知である。例えば、これを生産する微生物の培養上清に有機溶媒を添加することによりβ−1,3−1,6−D−グルカンを沈殿物として得ることができる。
【0047】
また、オーレオバシジウム属の微生物を培養して、β−1,3−1,6−D−グルカンを生産させる方法は種々報告されている。使用できる炭素源としては、シュークロース、グルコース、フラクトースなどの炭水化物、ペプトンや酵母エキスなどの有機栄養源を挙げることができる。
窒素源としては、硫酸アンモニウムや硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの無機窒素源を挙げることができる。場合によってはβ−グルカンの生産量を上昇させるために適宜、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などの無機塩、更には鉄、銅、マンガンなどの微量金属塩やビタミン類を添加するのも有効な方法である。
【0048】
オーレオバシジウム属微生物を、炭素源としてシュークロースを含むツアペック培地にアスコルビン酸を添加した培地で培養した場合、高濃度のβ−1,3−1,6−D−グルカンを生産することが報告されている(Arg.Biol.Chem.,47,1167-1172(1983));科学と工業,64,131-135(1990);特開平7−51082号公報)。しかし、培地は、微生物が生育し、β−1,3−1,6−D−グルカンを生産するものなら特に限定されない。必要に応じて酵母エキスやペプトンなどの有機栄養源を添加してもよい。
【0049】
オーレオバシジウム属の微生物を上記培地で好気培養するための条件としては、10〜45℃程度、好ましくは20〜35℃程度の温度条件、3〜7程度、好ましくは3.5〜5程度のpH条件が挙げられる。
【0050】
効果的に培養pHを制御するためにアルカリ、あるいは酸で培養液のpHを制御するのも得策である。更に培養液の消泡のために適宜、泡消剤を添加してもよい。培養時間は通常1〜10日間程度が好ましく、通常1〜4日間程度も培養すればβ−グルカンを生産することが可能である。なお、β−グルカンの生産量を測定しながら培養時間を決めてもよい。
【0051】
上記条件下オーレオバシジウム属の微生物を4〜6日間程度通気攪拌培養すると、培養液にはβ−1,3−1,6−D−グルカンを主成分とするβ−グルカン多糖が0.1%から数%(w/v)含有されており、その培養液の粘度はBM型回転粘度計(東機産業社製)により30℃では数百cP([mPa・s])から数千cP([mPa・s])という非常に高い粘度を有する。この培養を遠心分離して得られる上清に例えば有機溶媒を添加することにより、β−1,3−1,6−D−グルカンを沈殿物として得ることができる。
<β−1,3−1,6−D−グルカンの低粘度化>
上記の高粘度のβ−1,3−1,6−D−グルカンを含む培養液を、常温で攪拌しながら、これにアルカリを添加すると、急激に粘度が低下する。
【0052】
アルカリは、水溶性で、かつ医薬品や食品添加物として用いることができるものであればよく、特に限定されない。例えば、炭酸カルシウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸アンモニウム水溶液などの炭酸アルカリ水溶液;水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液などの水酸化アルカリ水溶液;あるいはアンモニア水溶液などを使用できる。アルカリは、培養液のpHが12以上、好ましくは13以上になるように添加すればよい。例えば水酸化ナトリウムを使用して培養液のpHを上げる場合は、水酸化ナトリウムの最終濃度が0.5%(w/v)以上、好ましくは1.25%(w/v)以上になるように添加すればよい。培養液にアルカリを添加し、良く攪拌すると、瞬時に培養液の粘度が低下する。
【0053】
次いで、アルカリ処理後の培養液から菌体などの不溶性物質を分離する。培養液の粘度が低いため、菌体を自然沈降させて上澄みを回収する方法(デカント法)、遠心分離、ろ紙あるいはろ布を利用した全量ろ過、フィルタープレス、更に膜ろ過(MF膜などの限外ろ過)などの方法で、容易に不溶性物質とグルカンとを分離できる。ろ紙あるいはろ布による全量ろ過の場合は、セライトなどろ過助剤を利用するのも一つの手段である。工業的にはフィルタープレスによる菌体除去が好ましい。
【0054】
次いで、グルカンを含む溶液に酸を添加して中和する。中和は、不溶物の除去前に行ってもよい。酸は、医薬や食品添加物として使用できるものであればよく、特に限定されない。例えば、塩酸、燐酸、硫酸、クエン酸、リンゴ酸などを使用できる。酸の使用量は、溶液又は培養液の液性が中性(pH5〜8程度)になるような量とすればよい。
【0055】
pH12以上のアルカリ処理後、中和して得られるβ−1,3−1,6−D−グルカンは、0.5w/v%の水溶液の30℃における粘度が50cP以下である。
【0056】
アルカリ処理された低粘度のβ−1,3−1,6−D−グルカンは、中和しても粘度が高くなることがない。さらに、常温(15〜35℃)では、液性をpHが4を下回るような酸性にしても、粘度が高くなることがない。
【0057】
また、培養上清をアルカリ処理、及び中和した後に、菌体などを除去するのに代えて、培養上清から菌体などを除去した後に、アルカリ処理、及び中和を行うこともできる。
【0058】
得られるグルカン水溶液を脱塩する場合は、例えば限外ろ過膜を用いて脱塩すればよい。
【0059】
このようにして得られる水溶液に含まれるβ−1,3−1,6−D−グルカンは、乾燥させて固形添加剤にする場合も、また水溶液のまま添加剤として使用する場合も、一旦、水溶液から析出させることができる。β−1,3−1,6−D−グルカンの析出方法は、特に限定されないが、例えば、限外ろ過などにより濃縮してグルカン濃度を1w/w%以上にした水溶液に、エタノールのようなアルコールを、水溶液に対して容積比で等倍以上、好ましくは2倍以上添加することにより、β−1,3−1,6−D−グルカンを析出させることができる。
【0060】
β−1,3−1,6−D−グルカンを低粘度化することにより、限外ろ過などによる濃縮を容易に行えることから、アルコール沈殿に使用するアルコール量を少なくすることができる。
【0061】
固形β−1,3−1,6−D−グルカンにする場合は、低粘度β−1,3−1,6−D−グルカン水溶液を直接乾燥させてもよく、析出させたβ−1,3−1,6−D−グルカンを乾燥させてもよい。乾燥は、噴霧乾燥法、凍結乾燥法等公知の方法で行うことができる。
その他の成分・剤形
本発明の魚用飼料添加剤が固形である場合は、乳糖、澱粉のような賦形剤;アラビアガム、結晶セルロースのような結合剤;カルボキシメチルセルロースのような崩壊剤;ステアリン酸マグネシウムのような潤沢剤;グリセリンのような付湿剤;L-アスコルビン酸のような酸化防止剤などの慣用の成分が含まれていてよい。
【0062】
固形添加剤の場合の形状は、粉末状、又は顆粒状などの飼料に添加し易い形状であればよく、その粒径は特に限定されない。
【0063】
また、本発明の魚飼料添加剤が水溶液状である場合は、レシチンのような乳化剤;環状デキストリンのような安定剤;酸化防止剤などの慣用の成分が含まれていてよい。
用途・適用対象
この魚飼料添加剤は、例えば感染症のような魚の各種の病気の予防のため、即ち抗病用に好適に使用できる。
【0064】
この魚飼料添加剤は、通常の魚飼料に添加して用いることができる。また、この添加剤単独でも十分に効果は奏するが、それだけでは魚が摂食し難いため、例えば魚肉エキスのような魚の好む味又は匂いのする材料に添加して用いることもできる。本発明では、このような材料も魚飼料に含む。
【0065】
本発明の添加剤は、どのような魚飼料にも添加することができる。例えば、養殖魚や観賞魚などの飼料に広く添加することができる。
【0066】
本発明の添加剤の適用対象となる魚としては、例えば、ブリ、マダイ、イシダイ、スズキ、シマアジ、ヒラメ、フグ、マグロのような海水養殖魚;コイ、アユ、ニジマス、アマゴ、ドジョウ、ゴギ、ホンモロコ、ペヘレイのような淡水養殖魚;金魚、グッピー、メダカ、グラミー、アフリカンランプアイのような観賞魚などが挙げられる。中でも、本発明の添加剤の適用対象魚として好適なのは、真骨魚類、特にスズキ目類である。また、エビのような甲殻類に対しても有効である。このように、本発明における「魚」は、河川、湖、海洋などの水環境に生息する生物を広く含む概念であり、本発明の魚飼料添加剤は、このような意味での魚の飼料に添加することにより効果を奏する。
【0067】
本発明の添加剤が抗病性を発揮できる魚の病気としては、例えば海水養殖魚では、イリドウイルス感染症、ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)感染症、パスツレラ・ピシシダ(Pasteurella piscicida)感染症のような感染症が挙げられる。また、淡水養殖魚では、エロモナス属細菌感染症、シュードモナス属細菌感染症、ビブリオ属細菌感染症、水カビ感染症のような感染症、冷水病、白点病、立鱗病などが挙げられる。また、観賞魚では、エロモナス属細菌感染症、水カビ感染症、イカリムシ感染症のような感染症、白点病、尾ぐされ病などが挙げられる。
【0068】
本発明の添加剤は、中でも、感染予防のために使用する場合に高い抗病効果が得られる。また、いずれの魚に関しても、温度や水質の変化のような外的ストレスからくる免疫低下の予防又は改善のために使用する場合にも高い抗病効果が得られる。
(II)魚感染予防剤
本発明の魚感染予防剤は、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であるβ-1,3-1,6-D-グルカンを含む。特に、このβ-1,3-1,6-D-グルカンを有効成分として含む。
【0069】
この感染予防剤は、ペレット状、顆粒状、水溶液状などのいずれの形状であってもよい。水溶液状である場合のβ-1,3-1,6-D-グルカンの好ましい含有量の範囲は、魚飼料添加剤について説明した通りである。
【0070】
また、この感染予防剤が固形である場合は、賦形剤、崩壊剤、潤沢剤、賦湿剤、酸化防止剤などの慣用の成分が含まれていてよい。また水溶液状である場合は、乳化剤が含まれていてよい。
【0071】
この感染予防剤は、経口投与により効果を奏することから、経口投与による感染予防剤として好適に使用できる。
【0072】
適用対象となる魚の種類、感染症の種類については、魚飼料添加剤について説明した通りである。また、この感染予防剤の投与量及び投与方法は、後述する魚の飼育方法の項目で述べる。
(III)魚飼料組成物
本発明の魚飼料組成物は、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であり、β−1,3−1,6−D−グルカンの1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするH NMRスペクトルにおけるβ−1,3結合とβ−1,6結合との積分比に基づく、β−1,3結合/β−1,6結合の結合比が1〜1.5であるβ-1,3-1,6-D-グルカンと、魚飼料とを含む組成物である。
【0073】
β-1,3−1,6−D-グルカンについては、上記説明したとおりである。
【0074】
飼料組成物中のβ−1,3−1,6−D−グルカンの配合比率は、固形分換算で、魚飼料に対して、通常0.001〜1重量%程度、好ましくは0.005〜0.1重量%程度であればよい。上記範囲であれば、通常の飼料投与量で効果的に抗病効果が得られる。また、余りに多すぎてもそれ以上の効果は期待できないため、上記範囲で十分である。
【0075】
魚飼料は、公知の魚飼料を制限なく使用できる。公知の魚飼料としては、例えば、魚粉、オキアミミールのような動物性飼料;小麦粉、タピオカ澱粉、カゴヤシ澱粉、馬鈴薯澱粉のような穀類;大豆油カス、サツマイモ澱粉カス、豆腐カスのようなカス類;各種ビタミン類;カルシウム、リン、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛のようなミネラル;メチオニン、リジン、トリプトファン、グルタミンのようなアミノ酸;プロテアーゼ、アミラーゼ、ペクチナーゼのような消化酵素類の1種以上を含むものが挙げられる。
【0076】
また、本発明の魚飼料組成物には、さらにクエン酸が含まれていることが好ましい。これにより、魚飼料組成物のpHを低下させることができ、pH4以下での90℃加熱殺菌という魚飼料組成物に推奨されている殺菌を容易に行うことができるようになる。
【0077】
本発明の魚飼料組成物は、粉末状、顆粒状、ペレット状などのいずれの形状であってもよい。
【0078】
本発明の魚飼料組成物は、例えば、粉末状のβ−1,3−1,6−D−グルカンを飼料成分とともに混合して、粉末状、顆粒状、又はペレット上などの形状に成形することにより製造することができる。また、例えばβ−1,3−1,6−D−グルカンが水溶液である場合には、粉末状、顆粒状、又はペレット状の飼料に所定量を吸収させることにより製造することができる。グルカン水溶液を吸収させた後は、乾燥してもよい。また、グルカンの性状にかかわらず、水中で飼料組成物からβ−1,3−1,6−D−グルカンが流出しないように、成形した組成物表面を糖類などでコーティングしてもよい。
【0079】
この魚飼料組成物は、例えば魚の病原菌感染症のような各種病気の予防のため、即ち抗病用に好適に使用できる。
(III)魚の飼育方法
本発明の魚の飼育方法は、上記説明した本発明の魚飼料組成物を魚に投与する方法である。
【0080】
飼料組成物の投与量は、β−1,3−1,6−D−グルカンの固形分重量に換算して0.5〜30mg/kg/日程度が好ましく、1〜20mg/kg/日程度がより好ましい。この範囲であれば、グルカンによる抗病効果が十分に得られ、また魚の生育に十分な量の飼料を与えることができる。また、余りに大量にβ−1,3−1,6−D−グルカンを投与してもそれ以上の効果は得られないため、上記範囲で十分である。
【0081】
また、本発明の魚飼料組成物を与える期間は、特に限定されない。生後から出荷前まで、又は飼育期間中連続して本発明の魚飼料組成物で飼育してもよい。また、本発明の魚飼料組成物を、生後1〜20日程度から1〜50日間程度にわたり与え、その後は、本発明のグルカンを含まない通常の飼料を与えることもできる。さらに、本発明の魚飼料組成物を例えば1〜2日間おきに間欠投与することもできる。
【0082】
水槽中の魚の密度、水温、エアレーションなどの条件は、魚の種類に合わせて常法に従えばよい。
実施例
以下、実施例及び試験例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1(低粘度β-1,3−1,6−D-グルカンの調製)
(1)β-グルカンの培養生産
後掲の表1に示す組成を有する液体培地100mlを500ml容量の肩付きフラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った後、オーレオバシジウム プルランス(Aureobasidium pullulans)GM-NH-1A1株(FERM P-19285)を同培地組成のスラントより無菌的に1白金耳植菌し、130rpmの速度で通気攪拌しつつ、30℃で24時間培養することにより種培養液を調製した。
【0083】
次いで、同じ組成の培地200Lを300L容量の培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌し、上記のようにして得られた種培養液2Lを無菌的に植菌し、200rpm、27℃、40L/minの通気攪拌培養を行った。なお、培地のpHは水酸化ナトリウム及び塩酸を用いてpH4.2〜4.5の範囲内に制御した。96時間後の菌体濁度はOD660nmで23 ODで、多糖濃度は0.5%(w/v)で、置換スルホ酢酸含量は0.09%であった。
<多糖濃度測定>
多糖濃度は、培養液を数mlサンプリングし、菌体を遠心分離除去した後、その上清に最終濃度が66%(v/v)となるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させて回収した後、イオン交換水に溶解し、フェノール硫酸法で定量した。
<置換スルホ含量測定>
同様にして菌体を除去した培養上清にエタノールを最終濃度が66%となるように添加し、β-グルカンを沈殿回収した。その後、再度イオン交換水に溶解し、再度遠心分離後、その上清に最終濃度が0.9%になるように食塩を加えた後、再度66%エタノールでβ−グルカンを回収した。このβ−グルカン回収精製操作を更に2回繰り返し、得られたβ-グルカン水溶液をイオン交換水で透析後、凍結乾燥によりβ−グルカン粉末を得た。
【0084】
このβ−グルカン粉末を燃焼管式燃焼吸収後、イオンクロマト法で組成分析した結果、S含量は239mg/kgであり、この値から計算される置換スルホ酢酸含量は0.09%であった。
【0085】
【表1】

【0086】
(2)アルカリ処理
上記のようにして得られた培養液の濃度をBM型回転粘度計(東京計器製)を用いて、30℃、12rpmで測定したところ、1500cP((mPa・s))であった。測定に用いるロータは粘度にあわせて適当なものを選択した。
【0087】
この培養液に水酸化ナトリウム最終濃度が2.4%(w/v)となるように25%(w/w)水酸化ナトリウムを添加し攪拌したところ(pH13.6)、瞬時に粘度が低下した。引き続いて50%(w/v)クエン酸水溶液でpH5.0となるように中和してから粘度を測定したところ、そのときの粘度(30℃)は20cP([mPa・s])であった。
【0088】
次いで、この培養液にろ過助剤としてKCフロック(日本製紙社製)を1wt%添加し、薮田式ろ過圧搾機(薮田機械製)を用いて菌体を除去し、最終的に培養ろ液(約230L)を得た。その多糖濃度は0.5%(w/v)で、ほぼ100%の回収率であった。
(3)β−グルカン水溶液の脱塩
上記のβ−グルカン水溶液(培養ろ液)を0.3%に希釈後、限外ろ過(UF)膜(分子量カット5万、日東電工社製)を用いて脱塩を行い、最終的にナトリウムイオン濃度を20mg/100mlに落とした後、50%(w/v)クエン酸水溶液によりpHを3.5に調整した。
【0089】
引き続いて、ホット充填用加熱ユニット(日阪製作所製)を用いて95℃で、3分間保持することにより殺菌処理を行い、最終製品のβ−グルカン水溶液を得た。この時のβ−グルカンの濃度をフェノール硫酸法により測定したところ0.22%(w/v)であった。また、培養液からのトータル収率は約73%であった。
<硫黄含有量の測定>
また、得られたβ-グルカン水溶液をイオン交換水で透析後、凍結乾燥によりβ-グルカン粉末を得た。本β-グルカンの組成分析結果からS含量は330mg/kgであり、これから計算される置換スルホ酢酸含量は0.12%であった。
<結合状態の確認>
また、脱塩を行った上記培養ろ液について、コンゴーレッド法によって、480nmから525nm付近への波長シフトを確認することができたのでβ−1,3結合を含むグルカンを含有していることが証明された(K. Ogawa, Carbohydrate Research, 67, 527-535 (1978)、今中忠行 監修, 微生物利用の大展開, 1012-1015, エヌ・ティー・エス(2002))。そのときの極大値へのシフト差分はΔ0.48/500μg多糖であった。
【0090】
上記培養ろ液15mlを取り出し、30mlのエタノールを添加し、4℃、1000rpm、10minで遠心して、沈殿する多糖を回収した。66%エタノールで洗浄し、4℃、1000rpm、10min遠心して、沈殿する多糖に2mlのイオン交換水と、1mlの1N水酸化ナトリウム水溶液を添加撹拌後、60℃、1時間保温して沈殿を溶解させた。次に-80℃にて凍結後、一晩、真空凍結乾燥を行い、乾燥後の粉末を1mlの1N水酸化ナトリウム重水溶液に溶解させ、2次元NMRに供した。
【0091】
2次元NMR(13C−H COSY NMR)106ppmと相関関係を有するH NMRスペクトルを図1に示す。このスペクトルにおいて4.7ppmと4.5ppm付近との2つのシグナルが得られた。
【0092】
この結果、本β−グルカンがβ−1,3−1,6−Dグルカンであることが証明された(今中忠行 監修、微生物利用の大展開、1012-1015、エヌ・ティー・エス(2002))。それぞれのH NMRシグナルの積分比から、β−1,3結合/β−1,6結合の比は1.15であることが判明した。
<粒度測定>
次に、レ−ザ回折/散乱式粒度分布測定装置(HORIBA製LA−920)を用いて培養液の粒度を測定したところ、粒子としては0.3μmと100μm程度の大きさのところにピ−クが見られた。続いて、超音波を照射しながら、粒度測定を行うと、100μmのピ−クはみるみるうちに消失し、0.3μmのピ−クが増え、最終的に0.3μmのみとなった。超音波照射したときの培養液の粒度分布を図2に示す。
0.3μmのピーク はβ−1,3−1,6−D−グルカンの一次粒子によるピークであり、100〜200μmのピークはβ−1,3−1,6−D−グルカンの一次粒子が凝集した二次粒子によるピークであると考えられる。
【0093】
また、二次粒子はマグネチックスタラ−による攪拌、軽い振とうでも同じように消失し、容易に砕けて一次粒子になることが確認された。よって、二次粒子は非常に緩い凝集(緩凝集状態)と考えられる。
<分子量測定>
また、東ソー社製のトーヨーパールHW65(カラムサイズ75cm×φ1cm、排除分子量250万(デキストラン))を用いて、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液を溶離液としてゲルろ過クロマトグラフィーを行い、溶解β−1,3−1,6−D−グルカンとβ−1,3−1,6−Dグルカンの1次粒子とを含む溶液の分子量を測定したところ、溶解β−1,3−1,6−D−グルカンに由来する2〜30万のピークの低分子画分と、1次粒子に由来する見かけ上50〜250万の高分子画分との二種類が検出された。分子量のマーカーとしてShodex社製のプルランを用いた。
【0094】
水溶性β−1,3−1,6−D−グルカンと微粒子とを分離するため、上記の微粒子画分と可溶性画分とを含むβ−1,3−1,6−D−グルカン溶液をアドバンテック社製のフィルター(0.2μm)でろ過を行ったところ、50〜250万の高分子画分が消失した。このことから、高分子画分はβ−1,3−1,6−D−グルカンの一次粒子や一次粒子が凝集した二次粒子に相当することが判明した。よって、水溶性β−1,3−1,6−D−グルカンの分子量は2〜30万と考えられる。
実施例2(魚飼料の調製)
ペレット状の市販の魚飼料(ピアゴールド1号;日清丸紅飼料社製)に、実施例1で得られたβ-1,3−1,6−D-グルカン水溶液(濃度2mg/mlに調整したもの)を該魚飼料重量に対してそれぞれ3v/w%、10v/w%、及び30v/w%吸収させて、3種類の魚飼料を得た。ピアゴールド1号に含まれる成分を下記の表2に示す。
【0095】
【表2】

【0096】
実施例3(感染マダイへのβ-グルカン含有飼料の投与)
本実施例では、精製したオーレオバシジウム・プルランス(A. pullulans) 1A1株産生β-1,3−1,6−D-グルカンをマダイに経口投与し、細菌による人為攻撃に対する抵抗性を評価した。
【0097】
マダイは、近畿大学水産研究所で平成16年に生産したマダイ稚魚を用いた。4基の500L容円形ポリカーボネート水槽にそれぞれ200尾のマダイを収容し、1週間予備飼育した。試験開始時の平均魚体重は6.5gであった。
【0098】
3基の水槽のマダイに、実施例2で得た3種類のβ-1,3-1,6-D-グルカン含有飼料組成物をそれぞれ投与した。また、残りの1基の水槽のマダイには、対照として、β-1,3-1,6-D-グルカンを含まないピアゴールド1号を投与した。飼料は、1日当たり魚体重の3%を、毎日午前1回及び午後1回で与えた。
【0099】
試験期間中は、毎日1回水槽内を清掃し、飼育期間中の水温は25〜29.9℃に保った。試験区間で摂食行動に顕著な差は認められず、試験飼料の嗜好性に差はないと考えられる。
【0100】
各群のβ-グルカン投与量は、3%群は1.8mg/kg/日、10%群は6mg/kg/日、30%群は18mg/kg/日である。
【0101】
1週間経過するごとに4週間目までは30匹、5〜7週間目までは20匹取り出し、ビブリオ・アンギュララム(Vibrio anguillarum)970430.02株(近畿大学水産試験所保存株)の菌液を下記の量腹腔内注射した。接種菌量はいずれも概ね10cfu/mlである。ビブリオ・アンギュララムは、淡水魚及び海水魚の双方に感染し、体表の出血、体色変化、肝臓のような臓器の壊死などの症状(ビブリオ病)を引き起こす病原菌である。
【0102】
菌接種したマダイは別水槽で無給餌で飼育し、病原菌による攻撃後6日間経過時の死亡尾数を観察した。
【0103】
β-グルカン投与7週間後の各水槽内の魚体重の平均値は、対照群35.3g、3%群35.3g、10%群32.3g、30%群36.6gであり、試験区間で体重に有意差は認められなかった。
【0104】
結果を表3及び表4に示す。
【0105】
【表3】

【0106】
【表4】

【0107】
表4中、有効率(RPS:Relative Percent Survival)は、一般にワクチンの効果判定に用いられている指標であり、下記の式により算出される値である。
【0108】
RPS=〔1−(被験群の死亡率/対照群の死亡率)〕×100

表3から明らかなように、死亡尾数について、β-1,3-1,6-D-グルカン濃度3%の飼料を投与した群では、1〜3週間投与で対照群との間に有意差(p<0.01)が認められた。また、β-1,3-1,6-D-グルカン濃度10%の飼料を投与した群では、2〜3週間投与で対照群との間に有意差(p<0.01)が認められた。また、β-1,3-1,6-D-グルカン濃度30%の飼料を投与した群では、1〜3週間投与で対照群との間に有意差(p<0.01)が認められた。
【0109】
以上より、魚体重の3%の飼料組成物によりマダイを飼育する場合は、本発明の低粘度β-1,3-1,6-D-グルカン水溶液(2mg/ml)を飼料に対して3〜10v/w%添加したものを与える場合に、病原菌に対する高い感染予防効果が得られたことが分かる。また、このβ-1,3-1,6-D-グルカン水溶液を飼料に対して3v/w%添加した飼料組成物を与えた群では、1日当たりのβ-1,3-1,6-D-グルカン投与量が1.8mg/kg/体重であり、従来のβ-1,3-1,6-D-グルカンに比べて極めて低用量で抗病効果が得られたことが分かる。
【0110】
上記実施例では、病原菌攻撃試験を行ったことから、実験誤差の影響が小さい。特に、本発明のβ-1,3-1,6-D-グルカンを投与しない対照群の死亡率がいずれも60%を超えるような過酷な病原菌攻撃を行っていることから、実験誤差の影響は極めて小さいと考えられる。さらに、このような過酷な病原菌攻撃に対して感染予防効果が認められたことは特筆すべきことである。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】2次元NMR(13C-H COSY NMR)スペクトルを示す。
【図2】超音波照射後の粒度分布(メジアン径0.23μm)を示す

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンを含有する魚飼料添加剤。
【請求項2】
β−1,3−1,6−D−グルカンの1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするH NMRスペクトルにおけるβ−1,3結合とβ−1,6結合との積分比に基づく、β−1,3結合/β−1,6結合の結合比が1〜1.5である請求項1に記載の魚飼料添加剤。
【請求項3】
抗病用の請求項1又は2に記載の魚飼料添加剤。
【請求項4】
オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下である
β-1,3-1,6-D-グルカンを含有する魚用感染予防剤。
【請求項5】
オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンであって、
(1) 1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする該溶液のH NMRスペクトルが4.7ppm及び4.5ppmの2つのシグナルを有し、
(2) 該水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が50cP(mPa・s)以下であり、
(3) β−1,3−1,6−D−グルカンの1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とするH NMRスペクトルにおけるβ−1,3結合とβ−1,6結合との積分比に基づく、β−1,3結合/β−1,6結合の結合比が1〜1.5である
β-1,3-1,6-D-グルカンと、魚飼料とを含む魚飼料組成物。
【請求項6】
β-1,3-1,6-D-グルカンの配合比率が、魚飼料に対して、固形分換算で0.001〜1重量%である請求項5に記載の魚飼料組成物。
【請求項7】
さらに、クエン酸を含む請求項5又は6に記載の魚飼料組成物。
【請求項8】
抗病用の請求項5〜7のいずれかに記載の魚飼料組成物。
【請求項9】
魚に、請求項5〜8のいずれかに記載の魚飼料組成物を、β-1,3-1,6-D-グルカンの経口投与量が0.5〜30mg/kg/日になるように投与する魚の飼育方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−262877(P2006−262877A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−90113(P2005−90113)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】