説明

カキ殻由来の石灰を含有する抗鳥インフルエンザウイルス剤、哺乳類または鳥類のための畜産用資材、哺乳類または鳥類のための畜産用飼料、食品容器および衛生用品

【課題】カキ養殖生産活動の拡大に伴って増大する余剰カキ殻を、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を有する、抗鳥インフルエンザウイルス剤として提供。
【解決手段】カキ殻由来の生石灰または消石灰を含有し、H5亜型および全ての亜型の鳥インフルエンザウイルスに対して有効である、抗鳥インフルエンザウイルス剤、及び当該ウイルス剤を含む材料からなる、食品容器及び衛生用品、及び哺乳類または鳥類のための畜産用資材、畜産用飼料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カキ殻由来の石灰を含有する抗鳥インフルエンザウイルス剤、哺乳類または鳥類のための畜産用資材、哺乳類または鳥類のための畜産用飼料、食品容器および衛生用品に関する。
【背景技術】
【0002】
カキ養殖生産活動の拡大に伴って、数万t/年のカキ殻が産出されている。これらのカキ殻の一部は、家畜の飼料、肥料および土壌改良等に利用されているが、一部は、余剰カキ殻として生産地域に未利用のまま野積み状態となっていた(図1および非特許文献4参照)。そのため、野積み場不足や環境への悪影響が発生していた。増え続けるカキ殻の処理が大きな社会問題となり、全国的にも水産業の抱える課題の一つとなっていた。カキ殻の有効利用については、試行錯誤を重ねながら研究開発に着手されている(例えば、非特許文献2および3参照)が、カキ殻は、その利用方法には未開発部分が多く残されていた。
【0003】
一方、全世界の近年の疾病の特徴として、ウイルス病の増加が挙げられ、SARS(重症急性呼吸器症候群)や鳥インフルエンザが世界的に猛威を奮い、その感染速度および規模は、目を見張るものがあり、大きな社会問題となってきている。例えば、鳥インフルエンザは、鳥インフルエンザウイルスの感染による家禽類を含む鳥類の疾病であり、ニワトリでは病勢から低病原性ウイルスと高病原性ウイルスとに大別され、特に高病原性ウイルスは、鶏に対し高い死亡率を呈し、以前は「家禽ペスト」と呼ばれていた。また、本来、ウイルスの宿主域は限定され、哺乳類に感染するものは哺乳類だけ、鳥類に感染するものは鳥類だけというのが通常であるが、鳥インフルエンザウイルスは、鳥類のみならず哺乳類にも感染することができる広い宿主域をもつウイルスである。また、鳥インフルエンザウイルスは渡り鳥により遠隔地まで運搬されるため、食品のように疾病の発生した国からの輸入を停止し、検疫により国内への侵入を阻止することができない。かかる疾病は、現在まで、アジア地域のみならず、ヨーロッパおよびアフリカまでその発生が広がり、新型インフルエンザの出現につながる危険性も高く、全地球的に深刻な社会問題となり、その対策が強く求められている。
【0004】
特許文献1および非特許文献1は、ホタテガイの貝殻を焼成および粉砕して得られる微細焼成粉砕物の抗ウイルス効果について開示している。また、特許文献2は、カキ殻を粉砕および焼成して得られる微粉砕物を含む滅ウイルス剤について開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−179555号公報
【特許文献2】特開2001−226210号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】村田亜悠美ら、富山大学看護学会誌、第7巻第2号(2008)、pp.39-48
【非特許文献2】畠山重篤、牡蠣礼讃、2006年11月20日発行
【非特許文献3】船渡隆平、養殖、2001年6月号、pp.71-73
【非特許文献4】北國新聞ホームページ(URL:http://www.hokkoku.co.jp/news/HT20070810401.htm)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、ホタテガイの貝殻のみから微細焼成粉砕物を調製し、そのA型インフルエンザウイルスPR/8/34(A/PR/8)(ソ連型)またはB型インフルエンザウイルスSingapore/222株(B/Singapore)に対する抗ウイルス活性について試験されているにすぎない。さらに、特許文献2においても、カキ殻の微粉砕物の鳥インフルエンザウイルスに対する効果については全く試験されていない。
【0008】
したがって、カキ殻由来の石灰の鳥インフルエンザに対する効果についてはこれまで何ら検討されていなかった。鳥インフルエンザは、A型インフルエンザウイルスが鳥類に感染して起きる感染症であり、鳥インフルエンザウイルスの抗原型には(H1〜H16)×(N1〜N9)といった多くの組み合わせが存在する。近年、高病原性H5N1亜型鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染が確認されつつあり、世界的な問題となっている。H5N1亜型鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染すると、有効な治療を感染初期に施さない限り、老人や乳幼児以外の成人の場合であっても高い致死率を示す。WHOのウェブサイトによれば、2004年以降、H5N1亜型鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染は、12カ国で計317件確認され、191人が死亡したとされる(2007年6月29日現在)。H5N1亜型鳥インフルエンザウイルスは、既にアジア、ヨーロッパ、アフリカおよび中東の家禽に定着し、ヒトでの世界的な流行へつながる危険性をはらんでいる。このような状況を鑑み、H5亜型鳥インフルエンザに対する抗ウイルス剤の開発が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明によれば、カキ殻由来の石灰を含有し、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を有する、抗鳥インフルエンザウイルス剤が提供される。この方法によれば、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対する効果に優れた抗鳥インフルエンザウイルス剤を提供することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を有する、抗鳥インフルエンザウイルス剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、使い道が無く積み上げられたままとなっているカキ殻の山を示す写真である(非特許文献4から抜粋)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者は、余剰カキ殻の有効利用を図るべく鋭意検討を重ねた結果、カキ殻の焼成処理物が、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を有することを確認し、本発明を完成するに至った。
【0013】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、適宜変形して実施することが可能である。
【0014】
本実施形態は、カキ殻を焼成して得られるカキ殻由来の石灰を含有し、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を有する、抗鳥インフルエンザウイルス剤に関する。
【0015】
本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤の原料となるカキ殻は、身の部分を採取した後のものをそのまま使用してよいが、図1に示すような野積みにされた状態のものを使用する場合は、予めカキ殻表面に付着している土砂やゴミ等を除去してから使用するのが衛生の面から好ましい。また、後述するとおり、原料となるカキ殻は、使用前に、炭酸カルシウム含量の少ない真珠層の除去、および、殻の入念な洗浄を行わない場合であっても、焼成および粉砕による加工を行うだけで、鳥インフルエンザウイルスに対して優れた効果を示すことが明らかとなっている。したがって、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤は、煩雑な工程や特殊な工程を必要とすることなく、簡便かつ短時間で調製することが可能である。
【0016】
さらに、本実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤においては、元来商品価値がなく廃棄物として扱われたものを原料とするために、低コストで製造することができ、安価で大量に供給することが可能である。そして、廃棄物量が低減されるので、環境への負荷を低減することができる。
【0017】
さらにまた、特許文献1および非特許文献1で開示されているホタテガイの貝殻については、ホタテガイが、日本国内で最も多く生産されている貝類であり、白色度や純度が高く、組成の変動が少ないという点から、その貝殻の有効利用についての取り組みが優先して進められているのに対して、カキ殻については、上述したとおりに、未開発部分が依然として多く残されていた。本発明者の実験により、カキ殻の焼成物は、鳥インフルエンザウイルスに対する活性がホタテガイと同等以上であることを見出している。
【0018】
カキ殻から石灰を得る方法としては、少なくとも、カキ殻を焼成する工程を含む。ただし、二次加工での取り扱い等の観点から、微細化されるのが好ましい。カキ殻の微細物を得るためには、粉砕工程が必要であるが、焼成と粉砕の順序は特に問わない。より微細に粉砕するためには、焼成後に粉砕することが好ましい。
【0019】
カキ殻は、そのまま焼成または粉砕を行ってもよいが、それらの工程の前に、カキ殻を直接人力により、あるいは、クラッシャーやハンマーミル等を用いて、予め大まかに潰しておくのが、その後の焼成および粉砕を効率よくするために好ましい。この処理を施した後のカキ殻の形状は特に限定されないが、体積平均粒径で0.1〜20mmが好ましく、0.5〜14mmがより好ましく、2〜10mmが特に好ましい。
【0020】
また、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤において、原料であるカキ殻は、市販の家禽用の飼料等を用いることもできる。一例としては、養鶏用のカキ殻飼料 中目(体積平均粒径:4〜8mm)や小目(体積平均粒径:2〜4mm)が挙げられる。
【0021】
本実施形態においては焼成することが必須である。本発明における「焼成」とは、加熱によりカキ殻の成分である炭酸カルシウムの少なくとも一部を酸化カルシウムにする処理である。なお、焼成で得られるものを、以下、「焼成物」と称することがある。
【0022】
本実施形態における焼成方法や焼成条件としては特に限定されるものではないが、焼成温度については、好ましくは600〜1500℃、より好ましくは700〜1400℃、特に好ましくは800〜1300℃、最も好ましくは1000〜1100℃である。焼成時間は焼成条件にも依存し特に限定されないが、好ましくは30分〜15時間、より好ましくは1〜10時間、特に好ましくは1.5〜6時間、最も好ましくは2〜4時間である。このような焼成温度および焼成時間においては、ガラス化することなく、良質な酸化カルシウム(CaO:生石灰)を、コストを必要以上に掛けることなく、高い収率で得ることができる。また、焼成後に粉砕をする場合、粉砕を確実に行うことができ、所定の平均粒径のものが容易に得られる点で好都合である。
【0023】
焼成時の雰囲気は、空気中、窒素等の不活性気体中、真空中等何れでもよく特に限定されないが、空気中で焼成するのがカキ殻中の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変換し易い点で好ましい。
【0024】
また、焼成工程で得られた酸化カルシウムを水と消和することにより、水酸化カルシウム[Ca(OH):消石灰]を生成することが可能である。
【0025】
本実施形態における「粉砕」とは、平均粒径を小さくすることをいい、粉砕は1回だけでもまた2回以上でもよい。2回以上粉砕を行う場合には、それぞれ別の粉砕方法で粉砕することが好ましい。以下、粉砕を2回以上行う場合、最後の粉砕を「微粉砕」といい、微粉砕の前に行う粉砕を「粗粉砕」という。本実施形態においては、焼成をしてから1回または2回以上の粉砕をしてもよく、粗粉砕をした後に焼成を行い、その後に微粉砕をしてもよい。粉砕のし易さ、均一な微細粒子が得られる点で、焼成をしてから粗粉砕をし、その後に微粉砕をすることが好ましい。
【0026】
粗粉砕をする場合、粗粉砕後の体積平均粒径は特に限定されないが、好ましくは10〜300μm、より好ましくは12〜200μm、特に好ましくは15〜100μmである。かかる粗粉砕後の体積平均粒径においては、汎用の粉砕機により効率よくかつ十分に粉砕できるので、適切である。
【0027】
粗粉砕に用いられる粉砕機としては特に限定されないが、乾式ボールミル、乾式ビーズミルやクラッシャー等を用いて行うことが、上述の体積平均粒径の範囲内に効率よく粉砕でき、粉砕工程全体の粉砕効率の点で好ましい。
【0028】
焼成後または焼成に続く粗粉砕後に微粉砕をして、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤に含有される微細焼成粉砕物を得る。微粉砕後の体積平均粒径、すなわち本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤に含有される微細焼成粉砕物の体積平均粒径は、好ましくは15μm以下、より好ましくは0.1〜10μm、特に好ましくは0.3〜7μm、最も好ましくは1〜5μmである。このような微細焼成粉砕物の体積平均粒径においては、使用に際して微細焼成粉砕物を短時間で十分に懸濁することができ、鳥インフルエンザウイルスとの接触が良好であり、抗ウイルス効果が十分に発揮することができる点で適切である。
【0029】
本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤に含有される微細焼成粉砕物の個数平均粒径は、好ましくは7.5μm未満、より好ましくは0.01〜6μm、特に好ましくは0.1〜5μm、最も好ましくは0.5〜3μmである。このような微細焼成粉砕物の個数平均粒径の場合、使用に際して微細焼成粉砕物を短時間で十分に懸濁することができ、鳥インフルエンザウイルスとの接触が良好であり、抗ウイルス効果が十分に発揮することができる点で好都合である。
【0030】
微細焼成粉砕物の比表面積は、0.4m/cm以上が好ましく、0.6〜100m/cmが好ましく、より好ましくは0.8〜30m/cm、特に好ましくは1〜10m/cmである。このような微細焼成粉砕物の比表面積においては、十分に微粉砕することが可能であり、鳥インフルエンザウイルスとの接触を良好に保持することができ、抗ウイルス効果が十分に発揮することができる。
【0031】
微粉砕の方法としては特に限定されないが、微粉砕に用いられる粉砕装置としては、具体的には例えば、乾式ボールミル、湿式ボールミル、乾式ビーズミル、湿式ビーズミル、ペイントシェーカー等のメディアミル;ジェット式ミル、高速ローター回転式ミル等の乾式粉砕装置;三本ロール、プラネタリーミキサー等の他の媒体と共に粉砕する装置が挙げられる。このうち、粉砕効率、コスト等の点でメディアミルが好ましく、抗ウイルス効果を発揮する体積平均粒径まで効率よく粉砕できる点、得られた抗ウイルス剤の用途等を考慮して、湿式ボールミル、湿式ビーズミル等が特に好ましい。湿式ボールミルや湿式ビーズミルとしては、回転式のものでも震盪式のものであっても好ましく用いることができる。
【0032】
例えば、湿式ビーズミルを用いるときの例を以下に挙げる。すなわち、焼成物または焼成物を粗粉砕したものを、好ましくは1〜50質量%、より好ましくは2〜30質量%、特に好ましくは5〜20質量%となるように分散媒に懸濁した後、湿式ビーズミルを用いて、好ましくは30分〜3時間、より好ましくは1.5〜2時間粉砕する。湿式ビーズミル粉砕機を使用するときの分散媒としては、特に限定はないが、水、エタノール、イソプロパノール、または、それらの混合分散媒が、その後の取り扱い、得られた微細焼成粉砕物含有抗鳥インフルエンザウイルス剤の用途等を考慮すると好ましい。また、無菌的に保存できる点で好ましい。分散メディアも特に限定はないが、シリカ、酸化ジルコニウム等の金属酸化物;ガラス;セラミックス;ステンレス、鋼等の金属等が挙げられる。このうち、酸化ジルコニウム(ZrO)が、上述した好ましい平均粒径に効率よく粉砕でき、また、酸化ジルコニウム自体が磨耗しにくい点で好ましい。分散メディアの直径も特に限定されないが、0.03〜10mmが好ましく、0.05〜5mmがより好ましく、0.1〜0.5mmが特に好ましい。
【0033】
本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤は、上述の微細焼成粉砕物を含有するが、それ以外に、水、エタノール、プロパノール等の分散媒;澱粉等の分散促進剤を含有させることができる。このような物質は、微細焼成粉砕物の効果を減じない範囲で配合できる。かかる物質は、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤全体に対して、0重量%(抗鳥インフルエンザウイルス剤が微細焼成粉砕物のみからなる場合)〜70重量%が好ましく、0.1〜50重量%がより好ましく、1〜30重量%が特に好ましい。
【0034】
本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤が有効な鳥インフルエンザウイルスとしては、H5亜型の鳥インフルエンザウイルスが好ましい。例えば、HAの抗原サブタイプ5とNAの抗原サブタイプ1の組み合わせの鳥インフルエンザウイルスと、HAの抗原サブタイプ5とNAの抗原サブタイプ3の組み合わせの鳥インフルエンザウイルス等であってもよい。このような鳥インフルエンザウイルスとしては、A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)等が例示され、かかる鳥インフルエンザウイルスは、Otsuki et al., Research in Veterinary Science, 1987, 43, pp.177-179中の、Isolation of Influenza A viruses from migratory waterfowl in San-in District, Western Japan in the winter of 1983-1984;およびOtsuki et al., Acta. Virol., 28:524, 1987 "Isolation of H5 Influenza viruses from Whistling Swans in Western Japan in November 1983に開示されている[なお、A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)は、動物ウイルスであるため国内での寄託はできないが、本発明者が所有し、特許法施行規則第27条の3の規定に従い分譲される]。後述するとおり、本発明者は、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤が、鳥インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)を強毒化させたウイルス株に対して、優れた活性を有することを明らかにしている。なお、特許文献1、2および非特許文献1においては、強毒化させた鳥インフルエンザウイルスに対する活性については何ら開示も示唆もされていない。
【0035】
本実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤は、各種抗ウイルス材として使用に供される。かかる抗ウイルス材としては、本実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤を含有すれば、固体であっても、液体であっても、また、それらの混合、複合であってもよい。
【0036】
かかる抗ウイルス材としては、防鳥ネット、畜舎の出入口等に設置する消毒用マット、感染症防止用の防護具等の防疫資材、畜舎の壁面、床面および卵ベルト等の畜産用資材;ブタ、ウシ、ヒツジ等の家畜類の飼料;ニワトリ、ガチョウ、アヒル、ウズラ等の家禽類の飼料;食品を収納する容器本体・蓋体・トレー等の食品容器;マスク、包帯、ガーゼ、タオル、ハンカチ、おしぼり、ティッシュ、ウエットティッシュ、オムツ、手袋、下着、白衣、手術着、床拭き材・壁拭き材等の拭き材、消臭材、キッチン用部材および不織布等の衛生用品等が好ましいものとして挙げられる。
【0037】
また、本実施形態の抗鳥インフルウイルス剤を飼料に含有させれば、ウイルス感染を防止し、発育促進効果がある。飼料に用いる場合は、特に制限されないが、本実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤の粉末をそのまま飼料に混合する方法や、本実施形態の抗鳥
インフルエンザウイルス剤を水に懸濁させ、飼料と混ぜ合わせる方法等が用いられる。本
実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤を飼料に混合する場合、飼料100重量部に対
して、本実施形態の抗鳥インフルエンザウイルス剤を微細焼成粉砕物換算で、0.005〜1重量部混合することが好ましく、0.075〜0.5重量部混合することが特に好ましい。微細焼成粉砕物がこのような範囲で含有する場合、細胞毒性が生じたり、環境を汚染することなく、十分な抗鳥インフルエンザウイルス効果を発揮することが可能となる。
【0038】
さらに、抗鳥インフルエンザウイルス剤の粉末を食品容器に利用する場合、特に限定はないが、原料樹脂に抗鳥インフルエンザウイルス剤の粉末等を混合し、公知の方法で成形して、抗菌機能を有する食品容器(容器本体、蓋体およびトレーなど)を製造することができる。例えば、厚さ20〜50μmのポリプロピレン等の樹脂フィルムに、10〜15μmの平均粒径を有する抗鳥インフルエンザウイルス剤の粉末等を5〜40重量%配合し、これを、押出成形等の一般的な樹脂の成形方法により凹状に成形した、厚さ400〜500μmポリプロピレン等の樹脂シートにラミネート(ドライラミネートやサーマルラミネートなど)加工をすることで、食品を収容する抗菌トレーを製造することができる。ここで、食品容器の材料(樹脂等)に配合する抗鳥インフルエンザウイルス剤については、固体粉末の形態で材料に配合する場合、平均粒径を10〜15μm、および、配合割合を5〜40重量%とすることで、細胞毒性が生じたり、環境を汚染することなく、十分な抗鳥インフルエンザウイルス効果を発揮することが可能となる。そして、かかる食品容器においては、収容する生鮮食品等への鳥インフルエンザウイルスによる汚染を有効に防ぐことができる。
【0039】
そして、抗鳥インフルエンザウイルス剤を含有する液体として用いる場合では、床拭き剤等の拭き材等に用いるだけではなく、鳥インフルエンザウイルスに感染するのを予防するために、動物に摂取させることも可能である。愛玩動物や、ブタ、ウシ、ニワトリ、ヒツジ等の家畜に継続して飲ませ続けることで、有益な菌を殺さずに、有害な鳥インフルエンザウイルスを不活性化させ、愛玩動物や家畜はもとより、人の健康を守ることも可能となる。
【0040】
また、本実施形態に係る抗鳥インフルエンザウイルス剤は、家畜類や家禽類等の糞・尿の消毒のために使用することも可能である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0042】
[カキ殻の焼成粉砕物の調製]
養鶏用のカキ殻飼料 中目(体積平均粒径:4〜8mm)および小目(体積平均粒径:2〜4mm)(いずれも卜部産業社製)各500gを、電気炉(ヤマト科学社製 FD31)内に導入し、空気中で1100℃、2時間焼成した。この焼成物を人力により粉砕して粉砕物を得た。カキ殻飼料 中目から得られた生石灰(CaO)を「カキ殻中目加工生石灰」(A−1)、小目から得られた生石灰を「カキ殻小目加工生石灰」(B−1)とした。また、カキ殻中目加工生石灰(A−1)およびカキ殻小目加工生石灰(B−1)にそれぞれ水を加えて消和することにより、消石灰[Ca(OH):消石灰]を得て、人力により粉砕した粉砕物をそれぞれ、「カキ殻中目加工消石灰」(A−2)、「カキ殻小目加工消石灰」(B−2)とした。
【0043】
なお、原料であるカキ殻飼料は、高温および高熱乾燥によりサルモネラ菌(Salmonella)を完全に滅菌し、かつ、金属探知機等により異物や雑物を除去したものを使用した。また、かかるカキ殻飼料の水分含量は10%以下である。
【0044】
そして、カキ殻を洗浄機により洗浄し、上述と基本的に同様の手順により焼成および粉砕をして得られた生石灰を「洗浄時カキ殻加工生石灰」(C−1)とし、これに水を加えて消和して得られた消石灰を人力により粉砕した粉砕物を「洗浄時カキ殻加工消石灰」(C−2)とした。また、カキ殻から予め真珠層を除去し、上述と基本的に同様の手順により焼成および粉砕をして得られた生石灰を「真珠層除去カキ殻加工生石灰」(D−1)とし、これに水を加えて消和して得られた消石灰を人力により粉砕した粉砕物を「真珠層除去カキ殻加工消石灰」(D−2)とした。
【0045】
なお、後述する抗鳥インフルエンザウイルス活性試験における陽性対照として、市販の酸化カルシウム(生石灰;和光純薬社製)および石灰石を用いた。
【0046】
[抗鳥インフルエンザウイルス活性の評価方法]
<供試鳥インフルエンザウイルス株>
鳥インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)株を、後述する抗鳥インフルエンザウイルス活性試験に供試した。このA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)株は、ヒナで累代経代することにより強毒化した。抗鳥インフルエンザウイルス活性試験に供したウイルス力価は、約109EID50/0.2mlであった。なお、鳥インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)株は、1983年に、本発明者らが島根県に飛来したコハクチョウの糞から分離した弱毒のH5亜型ウイルスである。
【0047】
<抗鳥インフルエンザウイルス活性試験>
1.被検体0.5gに滅菌イオン交換水を5ml加え、よく混和した。その後、760×g、5分間遠心分離を行い、その上清を回収し、被検溶液として試験に用いた。
2.被検溶液とリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で約109EID50/0.2mlに調整したウイルス液を1:1の割合で加え、十分に混合した。その後、被検溶液−ウイルス混合液を室温にて10分間静置した。
3.被検溶液−ウイルス混合液を抗生物質添加PBSで10倍段階希釈し、それぞれ3個の10日齢のSPF発育鶏卵の漿尿膜腔内に0.2mlずつ接種した。なお、この際に使用する鶏卵は、栃木県那須市の青木種鶏場から有精卵を入手し、これを、京都産業大学・鳥インフルエンザ研究センターにて孵卵させ、10日齢に達した時点で試験に供した。
4.接種を受けた発育鶏卵を37℃で48時間培養した後、0.5%鶏赤血球凝集(HA)試験により、漿尿液中でのウイルスの増殖の有無を確認した。
かかる試験を2回繰り返し、残存ウイルス力価を平均した。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
[結果と考察]
表1に示すとおり、カキ殻由来の石灰を含む被検溶液と鳥インフルエンザウイルス液を10分間反応させることにより、石灰石(E)を除く全ての被検体において、鳥インフルエンザウイルスを少なくとも10万分の1以下に不活性化できることが明らかとなった。特に、カキ殻中目加工消石灰(A−2)および洗浄時カキ殻加工消石灰(C−2)において、高い抗鳥インフルエンザウイルス活性が示された。
【0051】
また、被検体の濃度を低くし、100%飽和水溶液となる量として、鳥インフルエンザウイルスに対する活性の強さの比較を行った。すなわち、カキ殻中目加工生石灰(A−1)、カキ殻小目加工生石灰(B−1)、洗浄時カキ殻加工生石灰(C−1)、真珠層除去カキ殻加工生石灰(D−1)、石灰石(E)および酸化カルシウム(生石灰)をそれぞれ0.32g、カキ殻中目加工消石灰(A−2)、カキ殻小目加工消石灰(B−2)、洗浄時カキ殻加工消石灰(C−2)および真珠層除去カキ殻加工消石灰(D−2)をそれぞれ0.42gに、滅菌イオン交換水を250ml加え、よく混和した。その後、4℃で一晩静置し、上清を被検溶液として試験に用いた。その後の手順は、基本的に、上述した<抗鳥インフルエンザウイルス活性試験>の項で説明した2〜4と同様である。その結果を表2に示す。カキ殻中目加工生石灰(A−1)、カキ殻小目加工生石灰(B−1)、カキ殻小目加工消石灰(B−2)および真珠層除去カキ殻加工生石灰(D−1)においては、鳥インフルエンザウイルス液と10分間反応させることにより、鳥インフルエンザウイルスを少なくとも1000分の1以下に不活性化することができた。また、カキ殻中目加工生石灰(A−1)については、市販の酸化カルシウム(生石灰)と同等の効果を示すことが明らかとなった。
【0052】
さらに、表1で非常に高い抗鳥インフルエンザウイルス効果を示したカキ殻中目加工消石灰(A−2)および洗浄時カキ殻加工消石灰(C−2)は、その濃度を低下させた場合においては、抗鳥インフルエンザウイルス活性を示さなかった(表2)。一方、高濃度の被検溶液(表1)において、カキ殻中目加工消石灰(A−2)および洗浄時カキ殻加工消石灰(C−2)より低い活性を示した、カキ殻中目加工生石灰(A−1)、カキ殻小目加工生石灰(B−1)、カキ殻小目加工消石灰(B−2)および真珠層除去カキ殻加工生石灰(D−1)は、濃度を低下させた場合においては、十分な抗鳥インフルエンザウイルス活性を示し、特に、カキ殻中目加工生石灰(A−1)は、市販の酸化カルシウム(生石灰)と同等の効果を示した(表2)。これらのカキ殻由来の石灰は、抗鳥インフルエンザウイルス活性自体が強いものであり、濃度依存型のカキ殻中目加工消石灰(A−2)および洗浄時カキ殻加工消石灰(C−2)とは性質や鳥インフルエンザウイルスに対する作用機序等が異なる石灰であることが考えられた。
【0053】
かかる結果より、カキ殻由来の生石灰(酸化カルシウム)としては、カキ殻中目加工生石灰(A−1)が、消石灰(水酸化カルシウム)としては、カキ殻小目加工消石灰(B−2)が、最も高い抗鳥インフルエンザウイルス活性を有していることが明らかとなった。
【0054】
本実施例においては、カキ殻由来の石灰(生石灰および消石灰)を、市販の酸化カルシウムおよび既存の石灰石と比較して、抗鳥インフルエンザウイルス活性を評価しているが、本発明者は、ホタテガイの貝殻由来の石灰についても鋭意検討を行い、カキ殻由来の石灰がホタテガイの貝殻由来の石灰と同等以上の活性を有するという知見を得ている(データは示さない)。
【0055】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることはいわゆる当業者に理解されるところである。
【0056】
例えば、本実施例においては、鳥インフルエンザウイルスとして『強毒化した』鳥インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)株を抗鳥インフルエンザ活性試験に供しているが、他の亜型の鳥インフルエンザウイルスに対しても活性を有すると考えられる。本発明者は、カキ殻由来の石灰が強毒化した鳥インフルエンザウイルスに対して高い活性を有することを確認していることから、各種のH5亜型および全ての亜型の鳥インフルエンザウイルスに対しても活性を有すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カキ殻由来の石灰を含有し、H5亜型鳥インフルエンザウイルスに対して有効である、抗鳥インフルエンザウイルス剤。
【請求項2】
前記H5亜型鳥インフルエンザウイルスが、鳥インフルエンザウイルスH5N3である、請求項1記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤。
【請求項3】
前記H5亜型鳥インフルエンザウイルスが、鳥インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)である、請求項2記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤。
【請求項4】
前記石灰が生石灰または消石灰である、請求項1ないし請求項3記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤を含む材料からなる、哺乳類または鳥類のための畜産用資材。
【請求項6】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤を含む、哺乳類または鳥類のための畜産用飼料。
【請求項7】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤を含む材料からなる、食品容器。
【請求項8】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の抗鳥インフルエンザウイルス剤を含む材料からなる、衛生用品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−12000(P2011−12000A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−156336(P2009−156336)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(504322611)学校法人 京都産業大学 (27)
【出願人】(595143609)卜部産業株式会社 (5)
【Fターム(参考)】