説明

カブトガニβ−1,3−グルカン認識タンパク質の認識ドメインを使用した真菌検出法、および当該認識ドメインを含む組換えタンパク質の精製法

【課題】サンプル中の未知のプロテアーゼ活性阻害剤等の影響を受けることなく、高い精度でかつ広いスペクトルで真菌の存在量を定量化することのできる方法を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を含む真菌検出用キットおよび真菌検出方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を含む真菌検出用キットに関する。
【0002】
また、本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を試料と接触させる工程を含む、真菌を検出する方法に関する。
【0003】
さらに、本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法に関する。
【背景技術】
【0004】
自然免疫は、動植物に共通して見られる免疫系で、脊椎動物を除いた多細胞生物には獲得免疫はなく、自然免疫のみで感染を防御している。自然免疫系で働くタンパク質が、感染微生物を見分ける際に標的とする物質(非自己として認識する物質)は、感染微生物の細胞壁に存在するリポ多糖(LPS)、ペプチドグリカン(PGN)、あるいはβ−1,3−グルカンと呼ばれる成分である。自然免疫系の異物認識タンパク質は、LPSやPGN、β−1,3−グルカンなどが作り出す分子パターンを認識すると考えられている(パターン認識説)。これら細胞壁成分は遺伝子の直接産物のタンパク質ではなく、複雑な酵素反応の連鎖により作られる糖鞘や脂質、あるいはそれらが複雑に結合したのもので、微生物自身の生存に不可欠な成分であり、容易に構造変化させることはできない。したがって、自然免疫系の異物認識がこれらの物質を標的としていることは、大変優れた生体防御戦略といえる。
【0005】
哺乳動物や節足動物においては、真菌の表層成分であるβ−1,3−グルカンを認識することで一連の生体防御反応が誘導される(非特許文献1)。現在までに、無脊椎動物や昆虫において、多くのβ−1,3−グルカン認識タンパク質が同定されているが(非特許文献2−7)、カブトガニでは、1981年には、すでに血球抽出液中にβ−1,3−グルカン感受性プロテアーゼ(ファクターG)が報告された(非特許文献8,9)。プロテアーゼ前駆体であるファクターGは、β−1,3−グルカンを認識することで、自己触媒的にプロテアーゼ活性を発現する(非特許文献10,11)。ファクターGは、構造的には、αサブユニット(72kDa)とβサブユニット(37kDa)から構成され、非共有結合で二量体を形成している。αサブユニットは654アミノ酸残基で、1つのβ−1,3−グルカナーゼIA1様ドメインと3つのキシラナーゼA様ドメイン(Al,2,3)、さらに2つのキシラナーゼZ様ドメイン(N末端側よりZ1とZ2)の合計6つのドメインから構成されている(非特許文献12)。一方、βサブユニットは、プロテアーゼドメインのみを含む。
【0006】
精製されたファクターGは、β−1,3−グルカン存在下で自己活性化するが、リボ多糖、スルファチド、コレステロールサルフェート、ヘパリン、コンドロイチンサルフェートA、Bなどでは活性化しない(非特許文献13)。ファクターGを最も効率的に活性化するものは、直鎖状のβ−1,3−グルカンであるカードランとパラミロンであり、1ナノグラムのカードランでファクターGを活性化することができる。ファクターGのキシラナーゼZ様ドメインが、β−1,3−グルカン認識に重要であることが判明している(非特許文献14)。カブトガニ血球細胞の抽出液は、すでにエンドトキシン(LPS)やβ−1,3−グルカンの検出に応用されている。その原理は、カブトガニの血球抽出液中のファクターCがリボ多糖を、ファクターGがβ−1,3−グルカンを認識して引き起こされるプロテアーゼ活性化の連鎖反応(カスケード反応)を利用し、最終的に活性化される凝固酵素のプロテアーゼ活性を発色ペプチド基質により定量できることに基づいている。カブトガニの血球抽出液によるβ−1,3−グルカン検出の際には、リポ多糖によるファクターCの活性化を抑えることにより、ファクターGによるカスケード反応を使用している。したがって、測定資料中にプロテアーゼ活性を阻害する物質や色素の混入が判定に支障をきたすため、検査資料の前処理が検出感度や判定に大きな悪影響をおよぼす。
【0007】
また、真菌に対する抗体を用いる方法や、特定の真菌に特異的な遺伝子中の配列に基づくPCRにより真菌を検出することも知られている。しかしながら、このような方法では特定の種類の真菌を検出することは可能であるが、真菌類全般に高いスペクトルで検出することは不可能である。
【0008】
このような状況から、サンプル中の未知のプロテアーゼ活性阻害剤等の影響を受けることなく、高い精度でかつ広いスペクトルで真菌の存在量を定量化することのできる方法が希求されていた。
【非特許文献1】S. Barmicki-Garcia, Annu. Rev. Microbial. 22 (1968) 87-108.
【非特許文献2】K. Soderhall et al, Insect Biochem. 18 (1988) 323-330.
【非特許文献3】M. Ochiai et al, J. Biol. Chem. 263 (1988) 12056-12062.
【非特許文献4】B. Duvic et al, J. Biol. Chem. 265 (1990) 9327-9332.
【非特許文献5】B. Duvic et al, J. Crustacean Biol. 13 (1993) 403-408
【非特許文献6】C. Ma et al, J. Biol. Chem. 275 (2000) 7505-7514.
【非特許文献7】R. Zhang et al, J. Biol. Chem. 278 (2003) 42072-42079.
【非特許文献8】T. Morita et al, FEBS Lett. 129 (1981) 318-321.
【非特許文献9】A. Kakinuma et al, Biochem. Biophys. Res. Commun. 101 (1981) 434-439.
【非特許文献10】S. Iwanaga et al, Thromb. Haemostasis 70 (1993) 48-55.
【非特許文献11】N. Seki et al, J. Biol. Chem. 269 (1994) 1370-1374.
【非特許文献12】S. Kawabata et al, New directions in invertebrate immunology, SOS publications, New Jersey, 1996, pp. 255-283.
【非特許文献13】T. Muta et al, J. Biol. Chem. 270 (1995) 892-897.
【非特許文献14】Y. Takaki et al, J. Biol. Chem. 277 (2002) 14281-14287.
【非特許文献15】G. R. Gray, Methods in Enzymol. 50 (1978) 155-160.
【非特許文献16】C. M. G. A. Fontes et al, Appl. Microbiol. Biotechnol. 49 (1998) 552-559.
【非特許文献17】J. L. Henshaw et al, J. Biol. Chem. 279 (2004) 21552-21559.
【非特許文献18】V. M. R. Pires et al, J. Biol. Chem. 279 (2004) 21560-21568.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、カブトガニの血球細胞に存在して、カビなどの真菌の細胞壁成分であるβ−1,3−グルカンを特異的に認識するファクターGの構造機能解析を進めてきた。本発明では、ファクターG αサブユニットのβ−1,3−グルカン認識ドメインを有する組換えタンパク質を利用することで、真菌検出用キットおよび真菌を検出する方法を開発することを課題とする。これにより、これまでの特異的な抗体やPCRを利用した特定の真菌に対する検出ではなく、真菌に特徴的な細胞壁成分であるβ−1,3−グルカンをターゲットにすることで、未知の微生物が混在する検査資料の中から真菌のみを迅速かつ簡便に検出することが可能になる。
【0010】
また、本発明では、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題の解決のために鋭意研究に努めた結果、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を使用して真菌を検出するに至り、本発明を想到した。
【0012】
具体的には、本発明者らは、図1に示すようなファクターG αサブユニットのZ2ドメインを1、2または4含む組換えタンパク質(Z2、2R−Z2、4R−Z2およびEGFP−Z2)を生成し、表面プラズモン共鳴センサーを用いることにより、当該タンパク質がβ−1,3−グルカンに結合することを発見した。
【0013】
また、本発明者らは、Z2ドメインとEGFPドメインを融合した組換えタンパク質を用いることにより、当該タンパク質が真菌のみに結合し、グラム陽性菌および陰性菌には結合しないことを蛍光顕微鏡下で観察した。
【0014】
さらに、本発明者らは、蛍光標識された微生物(大腸菌、黄色ブドウ球菌、出芽酵母)を用いることにより、Z2、2R−Z2および4R−Z2が出芽酵母は凝集するが、一方、大腸菌および黄色ブドウ球菌は凝集しないことを発見した。
【0015】
またさらに、本発明者らは、Z2およびEGFP−Z2タンパク質が、酵母菌体およびカードランにより精製されることを見いだした。
本発明はこのように、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質が、β−1,3−グルカンに結合可能であり、その結果、真菌に結合可能であるという知見により想到されたものである。本発明は、好ましくは以下に記載するような態様により行われるが、これに限定されるものではない。
【0016】
本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を含む、真菌検出用キットを提供する。
【0017】
本発明の好ましい態様において、前記ドメインは、以下の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されたいずれかのアミノ酸配列を有する:
(i)配列番号1;
(ii)(i)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列;
(iii)配列番号2;または、
(iv)(iii)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列。
【0018】
さらに好ましい態様において、前記ドメインは、配列番号2の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されており、そして以下のアミノ酸残基において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されているアミノ酸配列を有する:
(1)1番目のグリシン
(2)2番目のアルギニン
(3)3番目のアルギニン
(4)4番目のアスパラギン
(5)15番目のセリン
(6)16番目のチロシン
(7)18番目のグルタミン酸
(8)25番目のロイシン
(9)37番目のリジン
(10)54番目のセリン
(11)57番目のバリン
(12)86番目のイソロイシン
(13)92番目のロイシン
(14)101番目のイソロイシン
(15)106番目のロイシン
(16)117番目のリジン
(17)126番目のアルギニン、および
(18)130番目のバリン。
【0019】
より好ましい態様において、前記ドメインは配列番号3のアミノ酸配列を有する。
さらにより好ましい態様において、前記ドメインは1ないし4つ含まれる。また、前記タンパク質が結合するβ−1,3−グルカンはトリオース以上の多糖である。さらに、前記タンパク質は検出用ドメインをさらに含む。
【0020】
また、本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法であって、前記タンパク質をβ−1,3−グルカンを含む担体と接触させる工程を含む前記方法を提供する。
【0021】
好ましい態様において、担体に含まれるβ−1,3−グルカンはトリオース以上の多糖である。
さらに好ましい態様において、担体はカードランおよび/またはラミナリンを含む担体である。
【0022】
さらに本発明は、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法であって、前記タンパク質を真菌と接触させる工程を含む前記方法を提供する。
【0023】
好ましい態様において、真菌は酵母である。
(1)真菌検出用キットおよび真菌検出法
本発明は、真菌検出用キットおよび真菌検出方法を提供する。本発明の真菌検出用キットは、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を含む。同様に、本発明の真菌検出方法は、該タンパク質を試料と接触させる工程を含む。
【0024】
カブトガニのファクターGは、背景技術の項に記載したように、1981年にはすでに報告されている(非特許文献8,9)。これまでにファクターGのαサブユニットのアミノ酸配列は公知になっており、例えばNCBIのような公のデータベースより入手することが可能である。ファクターGのαサブユニットのアクッセション番号はBAA04044であり、当該配列からシグナルペプチドを除いた配列は、本明細書の配列番号4によっても開示される。
【0025】
これまでに、ファクターGのαサブユニットのドメイン構造も公知となっており(非特許文献12)、N末端側から、1つのβ−1,3−グルカナーゼIA1様ドメイン(Gln A1)、3つのキシラナーゼA様ドメイン(Xln A:N末端側よりA1、A2およびA3)、並びに2つのキシラナーゼZ様ドメイン(Xln Z:N末端側よりZ1およびZ2)を有する。これらのドメインのうち、Xln Z1およびZ2がβ−1,3−グルカンを認識する部位であることが判明している。例えば、野生型Xln Z1ドメインのアミノ酸配列は配列番号4の387−516のアミノ酸配列からなり(配列番号1)、野生型Xln Z2ドメインのアミノ酸配列は525−654のアミノ酸配列からなる(配列番号2)。
【0026】
しかしながら、本発明において使用可能なXln Z1およびZ2ドメインは、これらの配列と同一のものではなく、少なくともZ1およびZ2ドメインに存在するそれぞれ1つのシステイン残基が他のアミノ酸に置換されている。これは、システイン残基が置換されていないZ1またはZ2ドメインを1ないし複数含む組換えタンパク質を作成すると、タンパク質の分子間でのジスルフィド結合の形成、または分子内でのジスルフィド結合の形成によりβ−1,3−グルカンに対する結合活性が著しく低下するという、本発明で初めて見いだされた知見に基づく。したがって、本発明においては、Z1またはZ2ドメイン中のシステイン残基は他のアミノ酸残基に置換されている。好ましい態様においては、システイン残基は、タンパク質全体の立体構造に影響の少ないアミノ酸、例えば、アラニン、グリシン、アスパラギン、グルタミンに、より好ましくはアラニンに置換されている。このようなアミノ酸残基の置換は、当該タンパク質をコードする塩基配列に、例えばSambrookら, Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第3版, Cold Spring Harbor Laboratory Press,(2001)等に記載の、部位特異的突然変異誘発法を使用して、容易に導入することが可能である。
【0027】
β−1,3−グルカンとは、D−グルコースがβ−1,3−グリコシド結合により結合した多糖のことである。本発明における組換えタンパク質がβ−1,3−グルカンとの結合可能か否かは、当該技術分野で周知のいずれの技術を使用して決定してよい。このような方法としては、例えばビアコアを用いた表面プラズモン共鳴センサーにより結合解離定数を求めることを含む。表面プラズモン共鳴の具体的な方法は、ビアコア社の取り扱い説明書により実行することが可能であり、例えば本明細書の実施例3のような方法により行われる。また他に、β−1,3−グルカンとタンパク質が結合可能かどうかを決定する方法としては、例えば、カードラン等のβ−1,3−グルカンを混ぜて吸着したタンパク質をSDS−PAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)で検出する方法等が公知である。しかしながら、これに限定される訳ではない。β−1,3−グルカンとタンパク質が結合可能とは、例えば結合定数が、10以上、好ましくは10以上、より好ましくは10以上あることをいう。また、β−1,3−グルカンとタンパク質が結合可能性を解離定数で表すことも可能であり、結合可能とは、10−4以下、好ましくは10−5以下、より好ましくは10−6以下であることをいう。
【0028】
本発明の好ましい態様において、本発明で使用されるカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインは、以下の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されたいずれかのアミノ酸配列を有する:
(i)配列番号1;
(ii)(i)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列;
(iii)配列番号2;または、
(iv)(iii)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列。
【0029】
ここで、配列番号1は、カブトガニの野生型ファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインのアミノ酸配列を示す。また、配列番号2は、カブトガニの野生型ファクターG αサブユニット Xln Z2ドメインのアミノ酸配列を示す。
【0030】
しかしながら、本発明で使用可能なカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインまたはZ2ドメインに由来するドメインは、配列番号1および配列番号2において、システイン残基が他のアミノ酸に置換された配列に限定される訳ではない。即ち、β−1,3−グルカンに結合可能であれば、上記アミノ酸配列に対し、1つまたは数個の欠失、置換、および/または付加を有するドメイン、または80%以上の同一性を有するドメインもまた、本発明においては使用可能である。
【0031】
本発明においては、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインまたはZ2ドメインに由来するドメインのアミノ酸の1つまたは数個の置換は、好ましくは保存的置換により行われる。ここで保存的置換とは、あるアミノ酸残基が生物学的に類似した特性を持つアミノ酸残基に置換されることをいう。保存的置換の例は、1つの脂肪族残基(Ile、Val、Leu、またはAla)を別の脂肪族残基に置換すること、1つの極性残基を別の極性残基に置換すること(例えば、LysとArg;GluとAsp;またはGlnとAsn間で置換すること)、または1つの芳香族残基(Phe、Trp、またはTyr)を別の芳香族残基に置換することを含む。当業者は、周知の遺伝子工学的手法により、Sambrookら, Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第3版等に記載の、例えば部位特異的突然変異誘発法を使用して、所望の欠失、挿入または置換を施すことが可能である。
【0032】
「数個」とは、限定される訳ではないが、例えば20個、好ましくは18個、さらに好ましくは15個、より好ましくは10個、さらにより好ましくは5個をいう。
また本発明の別の好ましい態様において、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインまたはZ2ドメインに由来するドメインは、β−1,3−グルカンに結合可能であり、それぞれ配列番号1または2に80%以上の同一性を有し、さらに好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有する。 アミノ酸の同一性パーセントは、視覚的検査及び数学的計算により決定してもよい。あるいは、2つのタンパク質配列の同一性パーセントは、Needleman,S.B.及びWunsch,C.D.(J.Mol.Biol.,48:443−453,1970)のアルゴリズムに基づき、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラムを用い配列情報を比較することにより、決定してもよい。GAPプログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)Henikoff,SおよびHenikoff,J.G.(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89:10915−10919,1992)に記載されるような、スコアリング・マトリックス、blosum62;(2)12のギャップ加重;(3)4のギャップ長加重;及び(4)末端ギャップに対するペナルティなし、が含まれる。
【0033】
当業者に用いられる配列比較の他のプログラムもまた、用いてもよい。同一性のパーセントは、例えばAltschulら(Nucl.Acids.Res.25.,p.3389−3402,1997)に記載されているBLASTプログラムを用いて配列情報と比較し決定することが可能である。当該プログラムは、インターネット上でNational Center for Biotechnology Information(NCBI)、あるいはDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから利用することが可能である。BLASTプログラムによる同一性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳しく記載されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。
【0034】
上記のように、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよびZ2ドメインの配列は公知であり、配列番号1および2にそれぞれ示される。この2つのドメインは非常に同一性が高く、それぞれ全長130アミノ酸のうちアミノ酸残基が異なるのは18個にすぎない。この18個のアミノ酸とは、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z2ドメインの配列番号2の配列に基づくと、以下のアミノ酸であり、または右に対応するZ1ドメインにおけるアミノ酸を記載する:
【0035】
【表1】

【0036】
カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよびZ2ドメインは、これらのアミノ酸が異なっていても同様にβ−1,3−グルカンに結合することが可能である。したがって、少なくともこれらのアミノ酸残基はβ−1,3−グルカンへの結合に重要でないと考えられる。
【0037】
よって、本発明の好ましい態様において、β−1,3−グルカンに結合に結合可能であり、配列番号2の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されており、そして以下のアミノ酸残基において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されているアミノ酸配列が本発明の真菌検出用キットに使用可能である:
(1)1番目のグリシン
(2)2番目のアルギニン
(3)3番目のアルギニン
(4)4番目のアスパラギン
(5)15番目のセリン
(6)16番目のチロシン
(7)18番目のグルタミン酸
(8)25番目のロイシン
(9)37番目のリジン
(10)54番目のセリン
(11)57番目のバリン
(12)86番目のイソロイシン
(13)92番目のロイシン
(14)101番目のイソロイシン
(15)106番目のロイシン
(16)117番目のリジン
(17)126番目のアルギニン、および
(18)130番目のバリン。
【0038】
さらに本発明の好ましい態様において、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有する。ここで、配列番号3は、野生型のZ2ドメインのアミノ酸配列である配列番号2中のシステイン残基をアラニンに置換したものである。
【0039】
本発明においては、組換えタンパク質において、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインは、1ないし複数含まれる。当該ドメインは、本明細書の実施例が記載するように、少なくとも1つ有していれば十分にβ−1,3−グルカンに結合する活性を有するものである。したがって、当該ドメインの含まれる数はいくつであってもよく、一態様においては1ないし10個程度、好ましくは1ないし8個、さらに好ましくは1ないし6個、より好ましくは1ないし4個、最も好ましくは1個、2個、3個または4個である。
【0040】
本発明において、本発明の組換えタンパク質が結合するβ−1,3−グルカンは、トリオース以上の多糖である。これは、実施例3において、Z2およびファクターG αサブユニットがラミナリトリオース−BSAには結合したものの、ラミナリビオース−BSAとは結合しなかったとの知見に基づく。このことからZ2ドメインはβ−1,3結合を認識しているのではなく、β−1,3−グルカンの2糖構造が認識の最小単位であることが考えられ、本発明の好ましい態様では、本発明の組換えタンパク質が結合するβ−1,3−グルカンは、トリオース以上の多糖である。
【0041】
また、本発明の好ましい態様において、本発明の組換えタンパク質は検出用ドメインをさらに含む。ここで、「検出用ドメイン」とは、組換えタンパク質の存在を可視化することができる、または定量化することができるドメインをいう。検出用ドメインとしては、公知のいかなるドメインをも使用可能である。例えば、蛍光ドメイン、酵素活性ドメイン、およびエピトープタグドメイン等が、検出用ドメインとして使用可能である。
【0042】
蛍光ドメインとは、特定の波長の光を当てることにより特定の波長の蛍光を発するドメインのことである。このような蛍光ドメインとしては、例えばGFP、RFPおよびYFP等の公知の蛍光タンパク質や、これらの改変型(EGFPなど)なども同様に使用可能である。
【0043】
酵素活性ドメインとは、酵素活性により基質が変換され、変換後の基質が例えば発光や発色をすることによりタンパク質の存在を容易に検出することができるドメインをいう。このような活性をもつドメインとしては、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリフォスファターゼ(AP)、ルシフェラーゼ、LacZ等、公知の酵素活性ドメインを使用可能である。
【0044】
また、エピトープタグドメインとは、当該技術分野ではタンパク質の免疫学的手法を用いた検出用に種々のエピトープタグ配列が使用されており、このようなタグ配列を有するドメインをいう。このようなエピトープタグ配列、これを認識する抗体により容易に検出可能である。タグドメインとしては、例えば、Flagタグ(例えば、DYKDDDDK)、Mycタグ(例えば、EQKLISEEDL)、HAタグ(例えば、YPYDVPDYA)、Hisタグ(例えば、HHHHHH)などが知られている。しかしながら、これに限定される訳ではない。即ち、これら以外の配列であったとしても、組換えタンパク質と連結して発現可能な配列であり、抗体により認識される配列は本発明でいうエピトープタグに含まれる。このようなエピトープタグに対する抗体、並びに該抗体に蛍光物質や酵素活性物質を結合したコンジュゲート抗体は一般に市販されており、このような抗体をエピトープタグの検出に使用することが可能である。
【0045】
また組換えタンパク質検出用の修飾としては、放射性同位元素も使用可能である。このような放射性同位元素を有する組換えタンパク質の生成は、例えば35Sを含む培地中で組換えタンパク質をコードするプラスミドを導入された大腸菌を培養することに容易に行うことが可能である。
【0046】
本発明のシステイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質は、特に限定されず、公知のいずれの方法によっても作成することが可能である。例えば、当該タンパク質をコードするプラスミドを導入した大腸菌等に発現させても、または人工的な方法で合成してもよい。
【0047】
(2)組換えタンパク質の精製方法
本発明はさらに、システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法を提供する。本発明の方法は、当該タンパク質をβ−1,3−グルカンを含む担体と接触させる工程、または当該タンパク質を真菌と接触させる工程を含む。
【0048】
本精製方法における用語の定義等は、「(1)真菌検出用キットおよび真菌検出法」におけるものと同じである。
(i)組換えタンパク質をβ−1,3−グルカンを含む担体と接触させる工程
組換えタンパク質とβ−1,3−グルカンを含む担体と接触させる工程は、これら2者が接触できる態様であればどのように行ってもよい。例えば、β−1,3−グルカンを含む担体をカラムに充填し行うことも可能であるし、ファルコンチューブ中に試料とβ−1,3−グルカンを含む担体を添加しローテートまたは静置することに行うことも可能である。また、好ましくは、本精製方法は実施例7の記載に基づいて行うことも可能である。
【0049】
本発明において使用されるβ−1,3−グルカンは、β−1,3−グルカンを含む公知のいずれの糖も用いることが可能である。好ましい態様においては、β−1,3−グルカンは、トリオース以上の多糖である。これは、実施例3に記載するように、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインが、ラミナリビオースには結合せず、ラミナリトリオース以上の多糖に結合するという、本発明で初めて明らかとなった事実に基づく。また、さらに好ましい態様において、本発明において使用されるβ−1,3−グルカンは、ある種のグラム陰性菌により分泌産生されるカードランや、特定の種類のコンブ(Laminaria digitata)により産生されるラミナリン、並びにキシラン、パラミロン、シゾフィラン、レンチナン、リケナン、ニゲランおよびクレスチン等が使用される。
【0050】
本発明に使用される担体は化学的に不活性であり、そしてβ−1,3−グルカンに結合活性を有さなければ公知のどのような担体をも用いることが可能である。このような担体としては、例えばセファロース、NTA、セルロース、ポリアクリルアミドおよびトヨパール等が使用可能である。
【0051】
(ii)組換えタンパク質を真菌と接触させる工程
組換えタンパク質を真菌と接触させる工程は、これら2者が接触できる態様であればどのように行ってもよい。好ましい態様において、実施例6に記載するように試料を真菌を懸濁し、静置することにより行う。
【0052】
本発明に真菌とは、細胞壁等の細胞外成分にβ−1,3−グルカンを有し、カブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインに結合できる真菌であればどのようなものであってもよい。好ましい態様において、真菌は酵母であり、より好ましくは出芽酵母および分裂酵母であり、さらに好ましくはP.パストリスである。
【発明の効果】
【0053】
本発明により、従来問題となっていたプロテアーゼ阻害剤の影響を受けることなく真菌の存在を検出することが可能となる。また、本発明によれば、従来のものよりも簡便で且つ広いスペクトルで真菌を検出することが可能となる。
【0054】
さらに、本発明により、上記真菌の検出に使用可能なカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を容易に精製することが可能となる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例によって本発明を説明するが、実施例は例証のためのものであり、本発明を制限するものではない。本発明の範囲は、請求の範囲の記載に基づいて判断される。さらに、当業者は本明細書の記載に基づいて、容易に修正、変更を加えることが可能である。
【0056】
実施例1
PCRで増幅したZ2ドメイン(525−654残基)、蛍光タンパク質であるEGFP(1−239残基)のcDNAを発現用ベクターpET−15b(Novagen,Darmstadt,Germany)に導入した。Z2ドメインのシステイン残基のアラニン残基へ置換は、プライマー5’−AATGTTAAAGCTGATAAAGAAGGG−3’ 5’−CCTTCTTTATCAGCTTTAACATT−3’を使用して、PCRにより行なった。2R−Z2はZ2cDNAが導入されたpET−15bへZ2cDNAを再度導入することで作製した。4R−Z2も上記と同様にして作製した。さらに、EGFPとZ2ドメインの融合させたベクターも作製した(EGFP−Z2)。これらのベクターをEscherichia coli BL21(DE3)/pLysS株に導入し、タンパク質の発現を行なった。すべてのタンパク質に6×Hisタグが付加されており、精製はNi−NTAカラムを用いて行なった。
【0057】
野生型のファクターGのαサブユニットの構造、および作成した組換えタンパク質の構造は図1Aに示す。
実施例2
ラミナリオリゴ糖とウシ血清アルブミン(BSA)のカップリング
ラミナリオリゴ糖(グルコースがβ−1,3−結合したオリゴ糖。この実施例で用いたものは、2糖のラミナリビオース、3糖のラミナリトリオース、5糖のラミナリペンタオース)とBSAのカップリングはGray(非特許文献15)の方法に従った。20nMのBSA、20μg/mlのラミナリオリゴ糖、20μg/mlシアノホウ素酸ナトリウムを0.2Mリン酸緩衝液(pH8.0)中で37℃、8日間反応させた。反応させたサンプルは蒸留水で限外透析を行ない、その後凍結乾燥した。
【0058】
図1Bには、作成したラミナリオリゴ糖の構造を示す。また、図1Cにはラミナリオリゴ糖が実際に作成されたことを示すウエスタンブロットの図である。
実施例3
表面プラズモン共鳴センサー(SPR)を用いた各種Z2ドメインとラミナリオリゴ糖−BSAの結合解離定数の同定
表面プラズモン共鳴センサーによる結合解離定数の同定は、ビアコア(BiacoreAB, Uppsala, Sweden)を用いて決定した。3種類のラミナリオリゴ糖−BSAに対してアミンカップリングキットを用いてセンサーチップCM5に固層化を行なった。センサーチップを活性化し、20μg/mlのラミナリオリゴ糖/10mM酢酸ナトリウム(pH5.5)を流速10μ1/minでフローセルに流し、固層化を行なった。流速30μ1/min、25℃で測定し、緩衝液はHEPES緩衝液(10mM HEPES、150mM NaCl、0.05%Tween20、pH7.4)を用いた。HEPES緩衝液に溶解した測定試料(ファクターG αサブユニット、Z2、2R−Z2、4R−Z2、EGFP−Z2)と固定化したラミナリオリゴ糖との相互作用を測定した。チップの再生は2Mのグアニジン塩酸塩で行なった。相互作用のセンサーグラムは、複数の濃度で測定し(100−400nM)、シフトウェアBIAevaluation 3.0(BiacoreAB, Uppsala, Sweden)を用いて解析を行なった。Z2、2R−Z2、4R−Z2、ファクターG αサブユニットおよびEGFP−Z2の分子量は16,700、31,300、60,400、119,000、43,800として計算を行なった。
【0059】
Z2およびファクターG αサブユニットはラミナリトリオース−BSAには結合したが、ラミナリビオース−BSAとは結合しなかった。この結果から、Z2ドメインはβ−1,3結合を認識しているのではなく、β−1,3−グルカンの2糖構造が認識の最小単位であることが示唆された。Z2、2R.−Z2、4R−Z2のラミナリオリゴ糖に対する親和性には、いくつかの違いが見られ、例えば、ラミナリペンタオースに対する4R−Z2の結合速度定数はZ2、2R−Z2にくらべて4倍から5倍も増加し、一方、解離速度定数は1/4に減少いる(図2)。すなわち、繰り返しドメインが多くなると、β−1,3−グルカンのオリゴ糖に対して、すばやく結合し、いったん結合すると解離しにくいことを示している。
【0060】
【表2】

【0061】
実施例4
蛍光XlnZ−2タンパク質を用いた蛍光顕微鏡による微生物の検出
大腸菌K12株、黄色ブドウ球菌を5mlのYPD培地中で、酵母X−33株を5mlのトリプトソイ培地/1%グルコース中で、それぞれ37℃、40時問培養を行なった。菌体を遠心分離で集菌し、10mMリン酸緩衝液pH75/0.15M塩化ナトリウムで洗浄した後、同じリン酸緩衝液で再懸濁を行なった。100μ1の洗浄した菌体(OD600=1)をEGFP−Z2の条件で混合した。混合したサンプルを25℃、1時間で静置し、リン酸緩衝液と蒸留水で洗浄した。洗浄した菌体サンプルを蛍光顕微鏡により観察した。
【0062】
EGFP−Z2は真菌である酵母に結合したが、一方、グラム陽性菌、陰性菌には結合しなかった。また、大腸菌、黄色ブドウ球菌、酵母の菌体を1:1:1で混ぜ合わせたサンプルにおいても、EGFP−Z2は真菌にのみ結合した(図4)。
【0063】
表面プラズモン共鳴センサーBIAcoreの結果から、EGFP−Z2のラミナリペンタオース−BSAに対する親和性は1.35×10−8Mと高い親和性を示すことが判明した。Z2の最大の利点として、大腸菌での発現系構築が可能であるため、真菌を検出する抗体等に比較してコストが小さいことが挙げられる。Z2ドメインとR2−Z2ドメインの酵母に対する抗菌活性を測定した結果、抗菌活性は測定されず、標識した真菌を生かしたまま顕微鏡下で追跡やモニターが可能なことを示している。Z2ドメインは凍結乾燥により長期間保存が可能で、抗体よりも安価に調製が可能であると推測され、さらに真菌を標識した真菌の追跡を可能にする。
【0064】
実施例5
Z2ドメインによる凝集活性測定
10mMリン酸緩衝液pH75/0.15MNaClに溶解した10μ1のZ2ドメイン(0.1mg/ml)と10mMリン酸緩衝液pH7.5に懸濁した10μ1のAlexa488で蛍光標識された市販の微生物(大腸菌K−12株、黄色ブドウ球菌、出芽酵母S.cerevisiae;OD600=1)を混合し、25℃、30分間静置した。菌体サンプルを顕微鏡スライドにのせ、凝集の程度を蛍光顕微鏡により観察した。
【0065】
終濃度50μg/mlのZ2、2R−Z2、4R−Z2、ファクターG αサブユニット存在下で出芽酵母S.cerevisiaeの凝集が確認されたが、大腸菌E.coliや黄色ブドウ球菌S.aureusに対しては、凝集活性は見られなかった。なお、コントロールとして用いたBSAでは凝集は確認されなかった。さらに、500μg/mlのラミナリン存在下では、Z2の凝集活性が阻害された。っまり、Z2、および2R−Z2、4R−Z2はS.cerevisiaeのβ−1,3−グルカンと結合し、凝集活性を引き起こす事が明らかとなった。興味深い事に、Z2でもS.cerevisiaeに対して凝集活性を引き起こした。Z2は、Cellvibrio mixtusのセルロース分解酵素のβ−グルカン認識ドメイン(非特許文献16−18)と45%の配列類似性を示す。事実、この酵素にはcleftA、Bと呼ばれる2つのβ−グルカン認識部位があり、Z2にもβ−1,3−グルカン結合部位が2個存在することが推定されている。
【0066】
実施例6
Z−2付加タンパク質の酵母菌体による精製
Z2、EGFP−Z2の発現ベクターを組み込んだBL21(DE3)/pLysSを5mlのLB培地中で培養し、終濃度1mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)存在下、20℃、24時間の培養条件で発現誘導を行なった。遠心分離により集菌した菌体を1mlのTris緩衝液(50mM Tris−HCI pH7.5,100mM 塩化ナトリウム、0.05% Tween20)中で超音波破砕を行なった。超音波破砕後、遠心分離(15,000rpm、4℃、5分間)により上清を回収し、300μ1の酵母P.pastoris X−33株(Tris緩衝液で洗浄済み)と懸濁、4℃で2時間静置した。非結合画分を遠心分離により回収し、その後、酵母菌体を1mlのTween20を含むTris緩衝液、Tween20を含まないtris緩衝液で洗浄し、0.0l−100mg/mlのラミナリンを含むTris緩衝液を用いて目的タンパク質の溶出を行なった。それぞれのサンプル15μ1を18%SDS−PAGEに用いた。
【0067】
SDS−PAGEの結果、酵母に特異的に吸着したZ2およびその付加タンパク質(EGFP−Z2)が、ラミナリンにより溶出されることが確認された。また、酵母菌体に残るZ2タンパク質の存在は確認されなかったため(図6.レーンPPT)、親和性カラムに結合したタンパク質のほとんどが回収できる事が示唆された。酵母の親和性担体としてのキャパシティーは、1ml酵母に対して、約1mgのZ2が吸着する。また、Z2ドメインの溶出の際に100μg/mlのラミナリン濃度で効率的に溶出されることが判明した。加えて、様々なpH条件(pH1−12)や5MNaClなどの高塩濃度の条件、さらに1mg/mlのラクトースやマルトース、スクロースなどの2糖ではZ−2は、ほとんど溶出されなかった。そのため、これらの条件で洗浄が可能なため、高純度のZ2融合タンパク質を精製可能である。
【0068】
実施例7
Z2−融合タンパク質のカードランカラムによる精製
Z2、EGFP−Z2の発現ベクターを組み込んだBL21(DE3)/pLysSを5mlのLB培地中で培養し、終濃度1mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)存在下、20℃、20時間の培養条件で発現誘導を行なった。遠心分離により集菌した菌体を1mlのTris緩衝液(50mM Tris−HCI pH7.5,100mM 塩化ナトリウム、0.05% Tween20)中で超音波破砕を行なった。超音波破砕後、遠心分離(15,000rpm、40℃、5分間)により、目的タンパク質を含む上清を回収し、1mlのカードラン(Wakoより購入)を充填したカラムへ添加した。その後、カードランカラムを5mlのTween20を含むTris緩衝液、さらに、5mlのTween20を含まないTris緩衝液で洗浄した後、1mg/mlのラミナリンを含むTris緩衝液を用いて目的タンパク質の溶出を行なった。SDS−PAGEの結果、高純度のZ2(図7Aのレーン3)およびその融合タンパク質(EGFP−Z2)(図7Bのレーン3)が、カードランカラムからラミナリンにより溶出されることが確認された。素通り画分では目的のタンパク質がほとんど確認できなかったが(図7A、Bのレーン2)、溶出画分では爽雑物のほとんどない目的タンパク質のバンドが確認できた(図7A、Bのレーン3)。
【0069】
なお、カードランとは、ある種のグラム陰性菌の分泌産物で不溶性のβ−1,3−グルカンである。一方、ラミナリンは、ある種のコンブ(Laminaria digitata)の成分で、水溶性のβ−1,3−グルカンである。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1Aは、野生型ファクターGのαサブユニット、および本明細書の実施例1において作成された組換えタンパク質の構造を示す。図1Bは、本明細書実施例2で合成されたラミナリオリゴ糖と牛血清アルブミン(BSA)の結合物の構造を示す。図1Cは、図1Bの糖タンパク質の合成を確認したウエスタンブロットの結果である。
【図2】図2は、ラミナリトリオース−BSAと各種Z2ドメインの結合解離強度を、表面プラズモン共鳴センサーを用いて測定した図である。
【図3】図3は、ラミナリペンタオース−BSAと各種Z2ドメインの結合解離強度を、表面プラズモン共鳴センサーを用いて測定した図である。
【図4】図4は、蛍光Xln−Z2タンパク質を用いた微生物検出の蛍光顕微鏡写真である。
【図5】図5は、Z2ドメインを1つ、2つおよび4つ有する組換えタンパク質の真菌凝集活性を示す図である。
【図6】図6は、Z2ドメインを有する組換えタンパク質の酵母菌体による精製を示すウエスタンブロットの結果である。A:図1AのZ2。B:図1AのEGFP−Z2。なお、図中の略語はそれぞれ以下の意味である:CLは、組換えタンパク質を発現している大腸菌の超音波破砕物(組換えタンパク質を含む)。FTは、超音波破砕物を酵母菌体と混合して、結合しなかった画分(遠心した上澄み)。Wはタンパク質が結合した酵母菌体を洗浄した液。E1、E2、E3、E4はラミナリン溶液による溶出液の1回、2回、3回、4回の分析(1回ごとに溶出液を1ml用いた)。PPTは、溶出が終わった菌体破砕物(最終の遠心した沈殿物)。
【図7】図7は、Z2ドメインを有する組換えタンパク質のカードランによる精製を示す結果である。A:図1AのZ2。B:図1AのEGFP−Z2。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を含む、真菌検出用キット。
【請求項2】
前記ドメインが、以下の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されたいずれかのアミノ酸配列である、請求項1の真菌検出用キット:
(i)配列番号1(野生型のZ1ドメインのアミノ酸配列);
(ii)(i)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列;
(iii)配列番号2(野生型のZ2ドメインのアミノ酸配列);または、
(iv)(iii)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列。
【請求項3】
前記ドメインが、配列番号2の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されており、そして以下のアミノ酸残基において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されているアミノ酸配列である、請求項1または2の真菌検出用キット:
(1)1番目のグリシン
(2)2番目のアルギニン
(3)3番目のアルギニン
(4)4番目のアスパラギン
(5)15番目のセリン
(6)16番目のチロシン
(7)18番目のグルタミン酸
(8)25番目のロイシン
(9)37番目のリジン
(10)54番目のセリン
(11)57番目のバリン
(12)86番目のイソロイシン
(13)92番目のロイシン
(14)101番目のイソロイシン
(15)106番目のロイシン
(16)117番目のリジン
(17)126番目のアルギニン、および
(18)130番目のバリン。
【請求項4】
前記ドメインが配列番号3(実施例レベルの配列番号2においてcys→ala置換のアミノ酸配列)である、請求項1または2の真菌検出用キット。
【請求項5】
前記ドメインを1ないし4つ含む、請求項1−4のいずれか1項の真菌検出用キット。
【請求項6】
前記タンパク質が結合するβ−1,3−グルカンがトリオース以上の多糖である、請求項1−5のいずれか1項の真菌検出用キット。
【請求項7】
前記タンパク質が、検出用ドメインをさらに含む、請求項1−6のいずれか1項の真菌検出用キット。
【請求項8】
システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を試料と接触させる工程を含む、真菌を検出する方法。
【請求項9】
前記ドメインが、以下の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されたいずれかのアミノ酸配列である、請求項8の方法:
(i)配列番号1(野生型のZ1ドメインのアミノ酸配列);
(ii)(i)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列;
(iii)配列番号2(野生型のZ2ドメインのアミノ酸配列);または、
(iv)(iii)の配列のシステイン以外のアミノ酸残基において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列。
【請求項10】
前記ドメインが、配列番号2の配列においてシステイン残基が他のアミノ酸に置換されており、そして以下のアミノ酸残基において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されているアミノ酸配列である、請求項8または9の方法:
(1)1番目のグリシン
(2)2番目のアルギニン
(3)3番目のアルギニン
(4)4番目のアスパラギン
(5)15番目のセリン
(6)16番目のチロシン
(7)18番目のグルタミン酸
(8)25番目のロイシン
(9)37番目のリジン
(10)54番目のセリン
(11)57番目のバリン
(12)86番目のイソロイシン
(13)92番目のロイシン
(14)101番目のイソロイシン
(15)106番目のロイシン
(16)117番目のリジン
(17)126番目のアルギニン、および
(18)130番目のバリン。
【請求項11】
前記ドメインが配列番号3(実施例レベルの配列番号2においてcys→ala置換のアミノ酸配列)である、請求項8または9のいずれか1項の方法。
【請求項12】
前記ドメインを1ないし4つ含む、請求項8−11のいずれか1項の方法。
【請求項13】
前記タンパク質が結合するβ−1,3−グルカンがトリオース以上の多糖である、請求項8−12のいずれか1項の方法。
【請求項14】
前記タンパク質が、検出用ドメインをさらに含む、請求項8−13のいずれか1項の方法。
【請求項15】
システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法であって、前記タンパク質をβ−1,3−グルカンを含む担体と接触させる工程を含む前記方法。
【請求項16】
担体に含まれるβ−1,3−グルカンがトリオース以上の多糖である、請求項15の方法。
【請求項17】
担体が、カードランおよび/またはラミナリンを含む担体である、請求項15または16の方法。
【請求項18】
システイン残基が他のアミノ酸に置換されたカブトガニのファクターG αサブユニット Xln Z1ドメインおよび/またはZ2ドメインに由来するドメインを1ないし複数含み、且つβ−1,3−グルカンに結合可能な組換えタンパク質を精製する方法であって、前記タンパク質を真菌と接触させる工程を含む前記方法。
【請求項19】
真菌が酵母である、請求項18の方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−47588(P2009−47588A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−214778(P2007−214778)
【出願日】平成19年8月21日(2007.8.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年7月10日 日本糖質学会発行の「第27回日本糖質学会年会要旨集」に発表
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】