説明

カーボン系膜の表面処理方法

【課題】溶液及び有毒ガスを使用することなく、また煩雑な操作を施すことなく、安全、かつ簡便にカーボン系膜表面上にフッ素官能基を導入する方法を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表される気体のペルフルオロアゾアルカンの存在下で、カーボン系膜に紫外光を照射して、カーボン系膜の表面にペルフルオロアルキル基を化学結合させることにより、カーボン系膜の機能に、さらにフッ素原子及びフッ素原子含有官能基特有の特異な性質を保有させることを可能とする。
N=NR (1)
(式中、Rはペルフルオロアルキル基を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン系膜の表面処理方法に関し、特にカーボン系膜の表面上にフッ素官能基を導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド膜およびダイヤモンド様炭素(以下、「DLC」という)膜等のカーボン系膜は、工具や各種デバイスの保護膜をはじめとし、種々な分野で用いられている。このカーボン系膜の表面に各種の処理を施すことにより、物理的、化学的、機械的に優れた高機能特性を付加することができることが知られている。このようなことから、より広範囲の分野での利用が期待されている材料である。
その一例として表面に化学修飾を施すことにより、より高付加価値を有する材料となることが期待される。化学修飾を施す場合に、従来から特異な特性を有する官能基を導入することにより付加価値を高めることができる。
【0003】
一般に、フッ素官能基を有する材料は、フッ素原子やフッ素原子含有官能基特有の特異な性質を有し、生理活性、撥水性、撥油性、潤滑性等の機能を発現することができることから、医薬、農薬、機能性材料として有用であるとして注目を浴びてきた材料である。
カーボン系表面上へフッ素官能基を導入することによって、熱的、化学的に安定となり、極限環境に耐えうる材料としての利用が知られている。
【0004】
従来、カーボン系膜表面上にフッ素又はフッ素官能基を導入する方法としては、ウエットプロセスとドライプロセスがある。
前者の方法は、フッ素化表面処理剤で処理する方法(特許文献1)、或いは、フッ素樹脂をコーティングする方法(特許文献2)等があるが、いずれも溶剤を使用しなければならないという問題がある。
【0005】
また、後者の方法は、カーボン系膜をフッ素ガス等のフッ素含有化合物の雰囲気中でプラズマ処理する方法(特許文献3、4)、或いは、プロセスガスに、炭素原料としての炭化水素ガスと、フッ素源としての炭化フッ素を用いて、プラズマCVD法によりフッ素を含むカーボン系膜を形成する方法(特許文献5、6)等が知られている。
しかしながら、これらの方法においては大型装置が必要である、或いは、有毒であって、その取り扱いが困難であるフッ素ガスを使用する必要がある等の問題がある。また、このような特殊材料ガスを使用する場合、特別な反応容器が必要となり、操作も煩雑となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−146060号公報
【特許文献2】特開2009−151273号公報
【特許文献3】特開平11−158631号公報
【特許文献4】特開2007−266384号公報
【特許文献5】特開2004−123522号公報
【特許文献6】特開2008−120077号公報
【特許文献7】特開2005−319398号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、上記のドライプロセスにおける問題について検討した結果、有毒ガスを使用することなく、また煩雑な操作を施すことなく、安全、かつ簡便にカーボン系膜表面上にフッ素官能基を導入する方法として、カーボン系膜とペルフルオロアゾアルカンを、溶液中に存在させて、紫外光を照射することにより、カーボン系膜表面上にペルフルオロアルキル基を化学的に結合させることができることを既に見いだしている(上記特許文献7参照)。しかしながら、上記の方法は、従来のウエット法と同様に、ペルフルオロヘキサンなどの溶液の使用を必須とするものである。
【0008】
したがって、本発明の目的は、これら従来技術の問題点を解消して、溶液及び有毒ガスを使用することなく、また煩雑な操作を施すことなく、安全、かつ簡便にカーボン系膜表面上にフッ素官能基を導入する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、カーボン系膜に、ガス状のペルフルオロアゾアルカンの存在下に紫外光を照射すると、カーボン系膜表面上にペルフルオロアルキル基を化学的に結合させることができることを見いだした。
【0010】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]下記一般式(1)で表される気体のペルフルオロアゾアルカンの存在下で、カーボン系膜に紫外光を照射することによりカーボン系膜の表面にペルフルオロアルキル基を化学結合させることを特徴とするカーボン系膜の表面処理方法。
N=NR (1)
(式中、Rはペルフルオロアルキル基を示す。)
[2]波長170〜300nmの紫外光を照射することを特徴とする上記[1]に記載のカーボン系膜の表面処理方法。
[3]光量を0.1〜100mW/cmの範囲で照射することを特徴とする上記[1]又は[2]のカーボン系膜の表面処理方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、気体のペルフルオロアゾアルカンに紫外光照射をするだけの簡便な反応操作により、カーボン系膜表面上にフッ素官能基を導入することができるという優れた効果を有する。また、従来用いられてきた有毒ガスを使用することがないので、安全に、煩雑さを伴うことなく、カーボン系膜の表面に、前記ペルフルオロアルキル基を結合させることができるという著しい効果がある。また、従来用いられていたフッ素系溶媒を使用する必要がないため、環境に優しい技術となり、溶媒に弱い材料に対してもフッ素官能基化が可能となり、より大面積基材への応用も可能となる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】気体のペルフルオロアゾオクタン存在下、DLC膜にキセノンエキシマランプを照射して得られる、表面処理を施されたDLC膜のXPSスペクトルである。
【図2】気体のペルフルオロアゾオクタン存在下、ダイヤモンド膜にキセノンエキシマランプを照射して得られる、表面処理を施されたダイヤモンド膜のXPSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法で用いられるカーボン系膜は、通常炭化水素を原料としたプラズマ処理を用いて作製されたものが使用することができる。しかし、他の製造方法によってカーボン系膜を作製したものでも良く、特にこのカーボン系膜の製造方法には制限はない。
【0014】
前記カーボン系膜表面にフッ素官能基を化学結合させるために用いるペルフルオロアゾアルカンは、下記一般式(1)で表される化合物である。
N=NR (1)
(式中、Rはペルフルオロアルキル基を示す。)
前記ペルフルオロアゾアルカンのペルフルオロアルキル基の炭素数は、1〜12、好ましくは、1〜8、より好ましくは、5〜8である。具体的には、ペルフルオロアゾオクタン、ペルフルオロアゾヘプタン、ペルフルオロアゾヘキサン、ペルフルオロアゾペンタン等を用いることができる。
本発明方法の反応においては、これらのペルフルオロアルカンの鎖長による反応性の差はない。上記のペルフルオロアゾアルカンは例示であり、他のペルフルオロアゾアルカンを使用することもできる。
【0015】
本発明の方法に際しては、原料物質である前記ペルフルオロアゾアルカンを、気体として反応容器に導入する。
反応に際しては、気体の前記ペルフルオロアゾアルカンおよびカーボン系膜存在下で光照射を行う。本発明の方法は、前記一般式(1)で表されるペルフルオロアゾアルカンの脱窒素反応によるペルフルオロアルキルラジカルの発生が必要であることから、このために紫外光照射下に行う。波長は170nm〜300nmとするのが好適である。
【0016】
光源としては公知のものが用いることができる。その例を挙げると、低圧水銀灯、高圧水銀灯、ArFまたはXeClエキシマレーザー、エキシマランプ等である。このように、本発明は、広範囲の波長の光を利用できる。
反応の高効率化のためには、200nm以下の波長を有する紫外光照射下に反応を行うことが好ましい。
照射される光量の好ましい範囲は、0.1〜100mW/cmの範囲である。また、照射時間は、10分〜6時間程度とするのが望ましい。これらの条件は、前記範囲外の条件を使用することも可能である。前記は好ましい範囲であり、必ずしもこれに特に制限されるものではない。
【0017】
本発明の反応は、室温下で容易に進行する。これは、本発明の大きな特徴の一つでもある。しかし、加熱を否定するものではない。必要に応じて加熱することも可能である。
このようにして得られるフッ素官能基化カーボン系膜を分析機器により、表面に前記ペルフルオロアルキル基が化学結合しているかどうかを確認する。各種の分析機器を用いることができるが、XPSなどによりフッ素の存在を確認することができ、水に対する接触角測定によっても撥水性を確認することができる。
【0018】
本発明では、カーボン系膜に、ペルフルオロアルキル基を化学結合させることができる結果、フッ素原子を含んだ官能基をその表面に結合させることができるので、撥水性、撥油性、潤滑性を付与することができる。その際に熱的、化学的に安定であり、極限環境に耐える特性を付与することができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
合成石英製の反応容器にDLC膜を入れ、ペルフルオロアゾオクタンを気体として導入した。キセノンエキシマランプを室温で20分間照射した。紫外光照射の波長は172nmである。
その後、DLC膜をペルフルオロヘキサンで超音波洗浄し、減圧下で乾燥を行った。反応後のDLC膜のXPS測定を行ったところ、図1に示すとおり、フッ素に由来するピークが観測され、表面上にフッ素官能基が導入されたことが確認された。水に対する接触角が108°を示し、高い撥水性が付与された。
【0020】
(実施例2)
合成石英製の反応容器にダイヤモンド膜を入れ、ペルフルオロアゾオクタンを気体として導入した。キセノンエキシマランプを室温で20分間照射した。紫外光照射の波長は172nmである。
その後、ダイヤモンド膜をペルフルオロヘキサンで超音波洗浄し、減圧下で乾燥を行った。反応後のダイヤモンド膜のXPS測定を行ったところ、図2に示すとおり、フッ素に由来するピークが観測され、表面上にフッ素官能基が導入されたことが確認された。水に対する接触角が115°を示し、高い撥水性が付与された。
【産業上の利用可能性】
【0021】
常温の気体中で紫外光照射をするだけの簡便な反応操作により、カーボン系膜表面上にフッ素官能基を導入することができる。従来用いられてきた、溶剤や有毒ガスを使用することがないので、安全に、煩雑さを伴うことなく、カーボン系膜の表面に、前記ペルフルオロアルキル基を結合させることができる。
これによって、カーボン系膜の機能に、さらにフッ素原子及びフッ素原子含有官能基特有の特異な性質を保有させることが可能となり、生理活性、撥水性、撥油性、潤滑性等の機能を発現させることができる。すなわち、本発明は、カーボン系表面上へフッ素官能基を導入することによって、さらに熱的、化学的に安定となり、極限環境に耐え得る材料として有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される気体のペルフルオロアゾアルカンの存在下で、カーボン系膜に紫外光を照射することによりカーボン系膜の表面にペルフルオロアルキル基を化学結合させることを特徴とするカーボン系膜の表面処理方法。
N=NR (1)
(式中、Rはペルフルオロアルキル基を示す。)
【請求項2】
波長170〜300nmの紫外光を照射することを特徴とする請求項1に記載のカーボン系膜の表面処理方法。
【請求項3】
光量を0.1〜100mW/cmの範囲で照射することを特徴とする請求項1又は2に記載のカーボン系膜の表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−52276(P2011−52276A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−202235(P2009−202235)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】