説明

ガス拡散電極およびその製造方法並びにこれを用いた電解方法

【課題】水又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解用途において酸素還元圧が低いガス拡散電極およびその製造方法並びに電解方法を提供する。
【解決手段】銀触媒と導電性担体配合比の適正化、及び、電極の空隙率増加させること、具体的には、導電性基材、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を用いたガス拡散電極Cにおいて、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)重量比が0.03〜0.95の範囲、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上であるガス拡散電極Cを、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を、界面活性剤水溶液に分散、混合、固液分離した粉末を、成型、焼成することにより製造することによって得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水の電気分解又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解に使用するガス拡散電極およびその製造方法並びにこれを用いた電気分解方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業は電力多消費型産業であり、省エネルギー化のために様々な技術開発が行われている。水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解方法は、通常、陰極反応が水素発生反応であるイオン交換膜法が用いられる。一方、イオン交換膜法に比べ省エネルギー化が期待されている電解方法として、陰極反応に酸素還元反応を用いたガス拡散型電解法があるが、ガス拡散電極の酸素還元過電圧が非常に高いことから、省エネルギー化には不十分なものである。
【0003】
電解電圧の構成要素は、主に理論電解電圧、液抵抗、隔膜抵抗、陽極過電圧、陰極過電圧からなり、省エネルギー化は電解電圧を低減することである。特に、過電圧の低減に関しては、電極の触媒材料や電極表面のモルフォロジーに左右されることから、その改良についてこれまで多くの研究開発が行われてきた。例えば、陽極過電圧の低減に盛んな研究開発が行われてきた結果、陽極過電圧が低く、耐久性に優れた寸法安定性電極[例えば、ペルメレック電極社製のDSE電極(登録商標)]が完成し、既に食塩電解工業を初め広い分野で利用されている。
【0004】
一方、陰極過電圧、即ちガス拡散電極の酸素還元過電圧の低減に関してもこれまで多くの提案がなされている。
【0005】
ガス拡散電極の構造は、ガス拡散層と反応層からなる積層構造であり、内部に強度付与、給電も目的とした集電体が埋め込まれており、電極反応は、電極背面のガス拡散層より酸素ガスを供給し、電極前面の反応層内部の電極触媒上で酸素ガス、水、電子が反応し水酸化物イオンへと還元される。
【0006】
ガス拡散電極の酸素還元過電圧について、過電圧の低減は一般的には、電極触媒活性の向上と酸素ガス拡散性の向上が有効と考えられる。電極触媒には、白金、銀が高活性触媒として挙げられるが、安価な銀が好適に用いられ、銀触媒、或いは希土類元素を添加したガス拡散電極が開示されている(例えば特許文献1および特許文献2参照)。
【0007】
また、白金、銀以外にもペロブスカイト型酸化物を触媒に用いたガス拡散電極も開示されている(例えば特許文献3参照)が、低過電圧性能である反面、逆ミセル法を用いた製造方法は高コストなため工業プロセスとして現実的とはいえない。
【0008】
さらに、これらガス拡散電極のガス拡散性について、電極成型手段にホットプレスを用い、高温、高圧力で成型されることから、内部の空隙が小さく、ガス拡散性が十分なものではなかった。
【0009】
以上の通り、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業の電力消費量を削減する目的で、従来から様々なガス拡散電極が提案されてきたが、高活性触媒と高いガス拡散性を兼ね備えたガス拡散電極は得られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−41181号公報
【特許文献2】特開2007−70645公報
【特許文献3】特開2003−288905公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業等で使用可能な、酸素還元過電圧が十分に低いガス拡散電極、該ガス拡散電極の製造方法、並びに、該ガス拡散電極を陰極に用いた電解方法を提供し、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業等の電力消費量を削減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、銀触媒と導電性担体の配合比適正化、及び、電極の細孔容積を増加させること、具体的には、導電性基材、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を用いたガス拡散電極において、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)重量比が0.03〜0.95の範囲、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上であるガス拡散電極優れた酸素還元過電圧性能を示すことを見出した。
【0013】
さらに、本発明のガス拡散電極は、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を、界面活性剤水溶液に分散、混合、固液分離した粉末を、成型、焼成することにより上記課題を解決できるガス拡散電極が得られることを見出し、さらに鋭意検討を重ね、上記ガス拡散電極が、水又はアルカリ金属塩化物水溶液中で陰極として用いた場合、酸素還元過電圧が極めて低いことも見出し、本発明を完成するに至った。以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明のガス拡散電極は、導電性基材、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を用いており、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)の重量比が0.03〜0.95の範囲であり、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上である。
【0015】
このような本発明のガス拡散電極は、例えば、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を、界面活性剤水溶液に分散、混合、固液分離した粉末を、成型、焼成することにより得られ、酸素還元過電圧が低い優れたガス拡散電極となる。
【0016】
本発明のガス拡散電極は、酸素還元過電圧が低く優れた性能を発揮するためには、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)重量比が0.03〜0.95の範囲であり、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上であることが好ましい。
【0017】
銀触媒と導電性担体の配合比について、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)の重量比が0.03〜0.95の範囲が必須であり、配合比が0.03よりも小さい場合、細孔形成する導電性担体の比率が高くなり空隙率は増加するが、銀触媒量自体が不足し、逆に0.95を超える場合、細孔形成する導電性担体量の不足から空隙率が減少するため、何れの場合も酸素還元過電圧の低下が不十分となる。なお、以下で示すガス拡散電極の製造において、この原料配合比は電極製造後の電極組成にも実質的に維持される。
【0018】
ガス拡散電極内部の空隙の役割は、反応物質である酸素ガスの供給、拡散性を高めることが、酸素還元反応を効率化に重要である。
【0019】
また、ガス拡散電極の細孔径について、通常、酸素ガスの平均自由工程が約0.1μmであることから、0.1μm以下の細孔径では酸素分子は細孔壁への衝突頻度の高い状態、所謂、Knudsen拡散支配となり、酸素ガスの拡散性は低下するため好ましくない。逆に細孔径が大きくなるとガスの拡散性は向上するが、細孔直径が10μm以上になると、電極内部への水の浸透による細孔閉塞、所謂、フラッディングが起こりやすくなるため好ましくない。
【0020】
従って、ガス拡散電極の細孔直径が0.01〜10μmの細孔が多い程、酸素ガスの拡散がより良く進行する為に好ましく、この細孔が多くなると、必然的にその空隙率が大きくなる。
【0021】
本発明のガス拡散電極の空隙率は、細孔直径0.01〜10μmで55%以上であることが好ましい。その理由は、55%未満の場合、反応消費量に対して空隙内の酸素量が不足するため、酸素還元過電圧の低下が不十分となるからである。
【0022】
本発明のガス拡散電極は、例えば、銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を、界面活性剤水溶液に分散、混合、固液分離、乾燥、粉砕した粉末を、導電性基材上に成型し、焼成するによって得られるが、本発明の銀触媒/(銀触媒+導電性担体)重量比が0.03〜0.95の範囲であり、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上であるガス拡散電極を製造できる方法であれば、通常の電極製造に用いられる如何なる製造方法も採用することができる。
【0023】
以下、本発明のガス拡散電極を製造する具体的方法を説明する。
【0024】
本発明のガス拡散電極に用いられる導電性基材は、例えばニッケル、鉄、銅、チタンやステンレス合金鋼などが挙げられ、特にアルカリ性溶液に対して耐食性の優れたニッケルが好ましい。導電性基材の形状は、特に限定されるものではなく、一般に電解槽の電極に合せた形状でよく、例えば平板、曲板等が使用可能である。
【0025】
また、本発明のガス拡散電極に用いられる導電性基材は、多孔板が好ましく、例えば、エキスパンドメタル、パンチメタル、網等が使用できる。
【0026】
本発明のガス拡散電極に用いられる銀触媒は、酸素還元反応に高活性であり、白金に比べ比較的安価な材料であるため、酸素還元触媒として使用される。加えて、銀触媒は反応表面積の高い状態が好ましいため、その一次粒子径が1μm以下の微細粉末、或いは100nm以下の銀コロイド溶液を使用することが好ましい。
【0027】
本発明のガス拡散電極に用いられる導電性担体としては、電極内部への水の浸透による細孔閉塞、所謂、フラッディングを防ぐため、導電性に加え疎水性を兼ね備えた材料、例えば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンブラック、グラファイトなどの疎水性カーボンが例示できる。
【0028】
本発明のガス拡散電極に用いられるフッ素系樹脂としては、銀粉末、導電性担体を結着させるバインダー機能とフラッディング防止のため撥水性を有する材料が好ましく、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン共重合体(FEP)、(PFE)などの粉末あるいは分散液(ディスパージョン)を用いることができ、その添加量はバインダー機能とフラッディング防止のため撥水能が付与できれば良く、例えば、フッ素樹脂/導電性担体重量比で0.2〜2程度が好ましい。
【0029】
次に、これら本発明のガス拡散電極に用いられる原料の混合方法は、各原料が均一に分散することが好ましく、例えば、非イオン性界面活性剤であるトリトンX−100を用いた水溶液に分散させれば良い。加えて、超音波分散処理を行えば、効率よく分散することができる。界面活性剤の濃度は分散処理が可能な最小量が好ましく、2〜10重量%が例示できる。
【0030】
原料の混合後、濾過、界面活性剤の洗浄を効率よく行うため、アルコールを用いて粒子を凝集させる。使用されるアルコールは、特に限定されず、エタノール、メタノール、ブタノールなどが挙げられ、汎用的にはエタノールが用いられる。
【0031】
濾過及び洗浄して得られる生成物を、乾燥し、粉砕ミキサーやミルを用いて微粉化することによって、ガス拡散電極の原料粉末が得られる。
【0032】
次ぎに、得られたガス拡散電極の原料粉末を用いてガス拡散電極を作製する。
【0033】
ガス拡散電極の作製方法は、導電性基材上にガス拡散原料粉末を成型して行なわれるが、その方法は、金型を用いたプレス法、成型と同時に加熱を行うホットプレス、混練した原料粉末をロール成型機で成型する方法などが挙げられるが、ガス拡散電極の細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上になる方法であれば特に限定されるものではない。
【0034】
次ぎに成型された成型物は、強度向上、残存界面活性剤分解を目的とした焼成が行なわれる。焼成温度としては、フッ素系樹脂の融点が250℃付近、また、界面活性剤の分解温度が約220℃であることから、焼成温度は200℃〜350℃の範囲が好ましく、焼成時間は5分〜20分程度行うことが好ましい。
【0035】
この様にして得られる本発明のガス拡散電極は、水又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解用途において酸素還元電極として用いると、酸素還元過電圧が従来のガス拡散電極よりも低くなる。このため、本発明のガス拡散電極を使用することで、電気分解の所要エネルギーを大幅に低減することが可能となり、当該電気分解工業に対する技術的貢献が非常に大きく産業上有用である。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、低い酸素還元過電圧性能を有するガス拡散電極およびこれを容易に得ることができる製造方法が提供される。
【0037】
本発明のガス拡散電極及びこれを使用した電気分解方法は、水又はアルカリ金属水溶液の電気分解において所要エネルギーを大幅に削減可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】酸素還元過電圧の測定で用いたテフロン(登録商標)製リングセル構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0039】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例により何等限定されるものではない。
【0040】
尚、各評価は下記に示す方法で実施した。
【0041】
(酸素還元過電圧評価セル)
作製したガス拡散電極を切り出し、図1に示すようなセルに取り付けて評価した。測定セルは、テフロン(登録商標)製リングセル構造であり、ガス拡散電極をO−リングにより気密性を保ちながら、酸素ガス供給管を通して電極背面へ供給し、排ガスを外部へ排出させ、電流は白金線−白金メッシュを介して供給する構造である。
【0042】
(酸素還元過電圧評価)
酸素還元過電圧評価は、純酸素ガスを100ml/minの速度で供給し、電解液は32wt%水酸化ナトリウム水溶液(容量約1L)を用いて、対極に白金板、温度90℃、電流密度6kA/m条件で電解し、カレントインタラプター法により測定した。
【0043】
(細孔容積評価)
細孔構造は、水銀圧入法を用いた水銀ポロシメーター(島津製作所製:オートポア9510)により0.003μm〜400μmの細孔容積を測定し、0.01〜10μmの細孔容積の割合を空隙率として求めた。
【0044】
実施例1
導電性担体としてアセチレンブラック(Cabot製:CX−72R)3gと銀粉末(福田金属箔工業製:AgC−H)0.15gを、2重量%に調整した非イオン系界面活性剤(トリトンX−100)水溶液200mlに添加し、超音波分散を約10分間行った。この銀触媒/(銀触媒+導電性担体)の重量比は0.048であった。
【0045】
次いで、PTFEディスパージョン(三井デュポンフロロケミカル製:31J)を1.25g添加し撹拌した後、エタノールを添加し凝集させ、吸引濾過、洗浄、乾燥を行い、乾燥粉末をミキサー粉砕した。
【0046】
次いで、金型を用いて銀製エキスパンドメッシュ(3×3cm)を敷き、解砕粉末2gを9.8×10Pa(100kg/cm)の成型圧で成型した。
【0047】
成型体を、箱型マッフル炉(アドバンテック東洋製 型式KM−600、内容積27L)内で300℃、15分間、空気流通下で焼成し、本発明のガス拡散電極を作製した。
【0048】
次いで、ガス拡散電極の酸素還元過電圧、細孔容積の測定結果を表1に示した。
【0049】
実施例2〜6
導電性担体と銀粉末の割合を変化させた以外は実施例1と同様の操作で実施した。上記の方法で評価した結果を表1に示した。
【0050】
比較例1、2、4
導電性担体と銀粉末の割合を変化させた以外は、実施例1と同様の操作で実施した。上記の方法で評価した結果を表2に示した。
【0051】
比較例3
電極成型方法に、380℃、4.9×10Pa(50kg/m)の圧力で1分間ホップレスした以外は実施例3と同様の操作で実施した。上記の方法で評価した結果を表2に示した。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

実施例1〜6の結果より、本発明が提供するガス拡散電極は酸素還元過電圧が低い、優れた特性を有することが明らかである。
【0054】
一方、比較例1〜4の結果との比較により、本発明のガス拡散電極の様に、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)重量比が0.03〜0.95の範囲、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上の範囲を外れると、本発明の効果を得ることが出来ないことが分かる。
【符号の説明】
【0055】
A:白金線
B:酸素ガス供給管
C:ガス拡散電極
D:O−リング
E:白金メッシュ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材、銀触媒、導電性担体及びフッ素系樹脂を用いたガス拡散電極において、銀触媒/(銀触媒+導電性担体)の重量比が0.03〜0.95であり、且つ、細孔直径0.01〜10μmの空隙率が55%以上である、ガス拡散電極。
【請求項2】
銀触媒、導電性担体、フッ素系樹脂を、界面活性剤水溶液に分散、混合、固液分離、乾燥、粉砕した粉末を、導電性基材上に成型し、焼成する、請求項1記載のガス拡散電極の製造方法。
【請求項3】
請求項1記載のガス拡散電極を用いる、水又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−180440(P2010−180440A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−23573(P2009−23573)
【出願日】平成21年2月4日(2009.2.4)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】