説明

ガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法

【課題】コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能なガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法を提供する。
【解決手段】ガス軟窒化方法は、鋼からなる被処理物14を、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱することにより被処理物14の表層部に窒化物層14Aを形成するガス軟窒化方法であって、熱処理ガスは、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方とを含み、残部不純物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法に関し、より特定的には、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能なガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼からなる部品の表層部に窒化物層を形成し、当該部品の耐摩耗性を向上させる処理として、ガス軟窒化処理が知られている。より具体的には、ガス軟窒化処理では、鋼のオーステナイト変態点以下の温度域において、鋼からなる部品と、たとえばアンモニアガスとを接触させて、部品の表層部に鉄の窒化物層を形成する。この窒化物層は極めて高い硬度を有するため、部品の耐摩耗性を向上させる熱処理として広く用いられている。
【0003】
上記ガス軟窒化処理は、熱処理炉内に被処理物を入れ、アンモニアガスを含む雰囲気中において加熱することにより実施される。雰囲気を形成するための熱処理ガスとしてアンモニアガスのみが熱処理炉に導入される方法(たとえば、非特許文献1参照)、窒素ガスをベースガスとし、これにアンモニアガスを添加した熱処理ガスを採用する方法、吸熱型変成ガスをベースガスとし、これにアンモニアガスを添加した熱処理ガスを採用する方法などが知られている(たとえば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−69609号公報
【特許文献2】特開昭58−174572号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】原 泰三 著、「熱処理炉の設計と実際」、新日本鋳鍛造出版会、1998年3月、p.185−188
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
雰囲気を形成するための熱処理ガスとしてアンモニアガスのみが熱処理炉に導入される方法では、アンモニアガスの使用量が多くなるため熱処理のコストが高くなるという問題がある。また、熱処理炉内の位置による熱処理後における被処理物の品質のばらつきが大きくなるという問題がある。これに対し、窒素ガスをベースガスとし、これにアンモニアガスを添加した熱処理ガスを採用する方法によれば、アンモニアガスの使用量を抑制することにより熱処理のコストを低減することができる。しかし、この方法では、上記ばらつきの問題が依然として残る。一方、吸熱型変成ガスをベースガスとし、これにアンモニアガスを添加した熱処理ガスを採用する方法によれば、上記ばらつきを低減することができる。しかし、この方法では、吸熱型変成ガスを発生させるための変成炉の維持費用やプロパンなどの原料ガスの費用等が必要である。そのため、熱処理コストの低減が難しいという問題がある。すなわち、従来のガス軟窒化方法では、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが困難であるという問題があった。
【0007】
そこで、本発明の目的は、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能なガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の局面に従ったガス軟窒化方法は、鋼からなる被処理物を、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱することにより、被処理物の表層部に窒化物層を形成するガス軟窒化方法である。熱処理ガスは、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方とを含み、残部不純物からなる。
【0009】
また、本発明の第2の局面に従ったガス軟窒化方法は、鋼からなる被処理物を、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱することにより、被処理物の表層部に窒化物層を形成するガス軟窒化方法である。熱処理ガスは、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方と、窒素ガスとを含み、残部不純物からなる。
【0010】
本発明者は、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能なガス軟窒化方法について検討を行なった。その結果、以下のような知見を得て、本発明に想到した。
【0011】
すなわち、アンモニア(NH)は常温、常圧では安定な気体である。しかし、高温に晒されると、(1)式に示す分解反応により窒素(N)と水素(H)とに分解する。
【0012】
NH→1/2N+3/2H・・・(1)
ここで、窒素ガスは鋼に対して不活性であり、鋼の窒化には反応式(1)左辺のアンモニア、すなわち分解する前のアンモニアである未分解アンモニアが寄与する。そのため、反応式(1)により表されるアンモニアの分解反応速度を遅くすることにより、アンモニアガスの使用量を低減し、製造コストを抑制することができる。
【0013】
また、熱処理後における被処理物の品質のばらつきは、熱処理炉内において上記アンモニアの分解反応が非平衡状態にあるためであると考えられる。すなわち、上記分解反応が非平衡状態であるため、熱処理炉内の位置によって分解反応の進行度が異なり、未分解アンモニア分率も異なる。その結果、炉内の位置によって熱処理後における被処理物の品質がばらつくものと考えられる。したがって、上記分解反応速度を遅くすることにより、熱処理炉内の位置による未分解アンモニア分率の差が小さくなり、熱処理後における被処理物の品質のばらつきを低減することができる。
【0014】
つまり、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立するためには、アンモニアの分解反応を遅くする負触媒の添加が有効であると考えられる。そして、本発明者の検討により、負触媒として二酸化炭素ガスおよび水素ガスの一方または両方を熱処理ガスに添加することにより、有効にアンモニアの分解反応速度を遅くし、熱処理炉内の雰囲気中における未分解アンモニア分率のばらつきを低減できることが明らかとなった。また、水素ガスは食品産業等において多量に使用されているため、比較的低価格である。さらに、二酸化炭素ガスは温室効果ガスの1つであるため、今後分離回収がさらに進められ、低価格化が進行するものと考えられる。そのため、熱処理ガスへの水素ガスや二酸化炭素ガスの添加は比較的安価に達成することができる。したがって、熱処理ガスに二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方が添加される本発明のガス軟窒化方法によれば、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することができる。
【0015】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理炉に導入される熱処理ガスの総流量に占める二酸化炭素ガスの流量の割合は5%以上20%以下であってもよい。
【0016】
熱処理ガスの総流量に占める二酸化炭素ガスの流量の割合が増えるに従って、アンモニアの分解反応速度は遅くなる。そして、上記割合が5%までは、当該分解速度の低下は明確に進行する。そのため、上記割合は5%以上であることが好ましい。一方、上記割合が20%を超えると、二酸化炭素の添加によるアンモニアの分解速度の低減効果が、二酸化炭素の添加によるアンモニアガス濃度の低下により相殺されるおそれがある。そのため、上記割合は20%以下とすることが好ましい。
【0017】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理炉に導入される熱処理ガスの総流量に占める水素ガスの流量の割合は10%以上50%以下であってもよい。
【0018】
熱処理ガスの総流量に占める水素ガスの流量の割合が増えるに従って、アンモニアの分解反応速度は遅くなる。そして、上記割合が10%までは、当該分解速度の低下は明確に進行する。そのため、上記割合は10%以上であることが好ましい。一方、上記割合が50%を超えると、水素の添加によるアンモニアの分解速度の低減効果が、水素の添加によるアンモニアガス濃度の低下により相殺されるおそれがある。そのため、上記割合は50%以下とすることが好ましい。
【0019】
上記ガス軟窒化方法においては、被処理物が熱処理炉内において550℃以上650℃以下の温度域に加熱されることにより窒化物層が形成されてもよい。550℃以上650℃以下の加熱温度を採用することにより、アンモニアガスを用いた軟窒化処理により高品質な窒化物層を容易に形成することができる。
【0020】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理炉内の複数の位置の雰囲気が採取され、雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理されてもよい。
【0021】
上述のように、未分解アンモニアが窒化物層の形成に寄与する。そして、熱処理炉内の位置によって分解反応の進行度が異なり、未分解アンモニア分率も異なる。そのため、熱処理炉内の複数の位置の雰囲気を採取し、雰囲気中の未分解アンモニア分率を管理することにより、熱処理後における被処理物の品質のばらつきをより確実に低減することができる。
【0022】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理炉内の複数の位置から採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率の最大値と最小値との差が0.8体積%以下となるように、雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理されてもよい。このようにすることにより、熱処理後における被処理物の品質のばらつきをさらに確実に低減することができる。
【0023】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理ガスのうち二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方の流量が調整されることにより、雰囲気中の未分解アンモニア分率が調整されてもよい。これにより、雰囲気中の未分解アンモニア分率を容易に調整することができる。特に、熱処理炉内の複数の位置から採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率の最大値と最小値との差を減少させるように熱処理ガスのうち二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方の流量を調整することにより、熱処理後における被処理物の品質のばらつきを容易に低減することができる。
【0024】
上記ガス軟窒化方法においては、熱処理炉内に配置された撹拌ファンにより熱処理炉内の雰囲気が撹拌されつつ、被処理物が熱処理炉内で加熱されてもよい。これにより、熱処理後における被処理物の品質のばらつきを一層容易に低減することができる。
【0025】
本発明に従った軸受部品の製造方法は、鋼材が準備される工程と、鋼材が成形されることにより成形部材が作製される工程と、成形部材の表層部に窒化物層が形成される工程とを備えている。そして、窒化物層が形成される工程では、上記本発明のガス軟窒化方法により窒化物層が形成される。本発明の軸受部品の製造方法によれば、上記本発明のガス軟窒化方法により窒化物層が形成されることにより、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能な軸受部品の製造方法を提供することができる。
【0026】
なお、熱処理ガスの総流量は、常温常圧において1時間あたり熱処理炉の容積の1倍以上5倍以下程度とすることができる。
【発明の効果】
【0027】
以上の説明から明らかなように、本発明のガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法によれば、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが可能なガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ラジアルニードルころ軸受の構造を示す概略図である。
【図2】ラジアルニードルころ軸受の構造を拡大して示す概略断面図である。
【図3】ラジアルニードルころ軸受の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図4】反応室の上壁および底壁に垂直な断面における熱処理炉の概略断面図である。
【図5】図4の断面に垂直で、かつ反応室の上壁および底壁に垂直な断面における熱処理炉の概略断面図である。
【図6】未分解アンモニア分率に及ぼす二酸化炭素ガスおよび水素ガスの流量の影響を示す図である。
【図7】未分解アンモニア分率に及ぼす二酸化炭素ガスおよび水素ガスの流量の影響を示す図である。
【図8】未分解アンモニア分率のばらつきに及ぼす二酸化炭素ガスおよび水素ガスの流量の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰返さない。
【0030】
図1を参照して、本実施の形態における転がり軸受であるラジアルニードルころ軸受1は、環状の外輪11と、外輪11の内側に配置された環状の内輪12と、外輪11と内輪12との間に配置され、円環状の保持器14に保持された転動体としての複数のニードルころ13とを備えている。外輪11の内周面には外輪転走面11Aが形成されており、内輪12の外周面には内輪転走面12Aが形成されている。そして、内輪転走面12Aと外輪転走面11Aとが互いに対向するように、外輪11と内輪12とは配置されている。さらに、複数のニードルころ13は、内輪転走面12Aおよび外輪転走面11Aにその外周面13Aが接触し、かつ保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、ラジアルニードルころ軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0031】
ここで図2を参照して、ニードルころ13を保持する軸受部品である保持器14は、ニードルころ13の端面13Bに対向する端面保持面14Bを有している。この端面保持面14Bは、ニードルころ13の端面13Bによりドリリング摩耗を受けるため、高い耐摩耗性を要求される。これに対し、本実施の形態における保持器14は、その表層部にガス軟窒化により形成された窒化物層14Aを有しているため、端面13Bに高い耐摩耗性が付与されている。そして、この窒化物層14Aは、以下に説明する本発明の一実施の形態におけるガス軟窒化方法により形成されている。
【0032】
図3を参照して、本実施の形態における保持器14を備えたラジアルニードルころ軸受1の製造方法では、まず工程(S10)として鋼材準備工程が実施される。この工程(S10)では、たとえばJISの冷間圧延鋼帯であるSPCC材、あるいはJISの熱間圧延軟鋼帯であるSPHD材が準備される。
【0033】
次に、工程(S20)として成形工程が実施される。この工程(S20)では、準備された鋼帯が所望の形状に成型加工されることにより、保持器14の形状を有する成形部材が作製される。具体的には、ニードルころを保持するためのポケットが形成されるとともに、鋼帯が環状の保持器の形状に曲げ加工される等の加工が実施される。
【0034】
次に、工程(S30)として軟窒化工程が実施される。この工程(S30)では、上記成形部材が、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱されることにより、当該成形部材の表層部に窒化物層が形成される。このとき、熱処理ガスとしては、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方と、窒素ガスとを含み、残部不純物からなるものが用いられる。なお、熱処理ガスにおいて窒素ガスは必須ではなく、これを省略することによりアンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方とを含み、残部不純物からなるものが用いられてもよい。
【0035】
本実施の形態におけるガス軟窒化方法においては、熱処理ガスに二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方が添加されるため、コストの低減と品質のばらつきの低減とが両立されたガス軟窒化処理を達成することができる。その結果、上記成形部材に窒化物層14Aが形成されて作製される保持器14は、熱処理のコストの低減と品質のばらつきの低減とが両立された保持器となっている。
【0036】
次に、工程(S40)として組立工程が実施される。この工程(S40)では、上述のようにして作製された保持器14が、別途準備された外輪11、内輪12、ニードルころ13などと組み合わされることにより、ラジアルニードルころ軸受1が組み立てられる。
【0037】
ここで、上記工程(S30)では、熱処理炉に導入される熱処理ガスの総流量に占める二酸化炭素ガスの流量の割合は5%以上20%以下とされることが好ましい。これにより、アンモニアの分解反応速度を十分に低減することができる。
【0038】
また、上記工程(S30)では、熱処理炉に導入される熱処理ガスの総流量に占める水素ガスの流量の割合は10%以上50%以下とされることが好ましい。これにより、アンモニアの分解反応速度を十分に低減することができる。
【0039】
さらに、上記工程(S30)では、成形部材が熱処理炉内において550℃以上650℃以下の温度域に加熱されることにより窒化物層14Aが形成されることが好ましい。これにより、高品質な窒化物層14Aを容易に形成することができる。
【0040】
また、上記工程(S30)では、熱処理炉内の複数の位置の雰囲気が採取され、雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理されることが好ましい。より具体的には、たとえば熱処理炉内の複数の位置から採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率の最大値と最小値との差が0.8体積%以下となるように、雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理されることが好ましい。これにより、保持器14の品質のばらつきをより確実に低減することができる。
【0041】
このとき、熱処理ガスのうち二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方の流量が調整されることにより、雰囲気中の未分解アンモニア分率が調整されることが好ましい。これにより、雰囲気中の未分解アンモニア分率を容易に調整することができる。特に、熱処理炉内の複数の位置から採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率の最大値と最小値との差を減少させるように熱処理ガスのうち二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方の流量を調整することにより、保持器14の品質のばらつきを容易に低減することができる。
【0042】
さらに、上記工程(S30)では、熱処理炉内に配置された撹拌ファンにより熱処理炉内の雰囲気が撹拌されつつ、成形部材が熱処理炉内で加熱されることが好ましい。これにより、保持器14の品質のばらつきを一層容易に低減することができる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について説明する。ガス軟窒化処理において、熱処理ガスに二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方が添加されることによる効果について確認する実験を行なった。実験の手順は以下の通りである。
【0044】
窒素ガスをベースガスとし、そこにアンモニアガスを添加した熱処理ガスを使用するガス軟窒化処理において、熱処理ガスに二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方をさらに添加し、未分解アンモニア分率に及ぼす添加の影響を調査した。
【0045】
実験に用いた熱処理炉を図4および図5に示す。図4および図5を参照して、熱処理炉5は、反応室51内に被処理物を保持し、当該被処理物をガス軟窒化処理することが可能な熱処理炉である。この反応室51の形状は、直径460mm、高さ700mmである。反応室51の上壁には、撹拌ファン52が設置されている。今回の実験は、この撹拌ファン52を常時1600rpmの回転速度で運転した状態で実施された。また、図4に示すように、反応室51には、上壁から底壁に向けて延在する第1サンプリング管55および第2サンプリング管56が設置されている。さらに、図5を参照して、反応室51には、アンモニアガス、窒素ガス、二酸化炭素ガスおよび水素ガスを反応室51内に導入するためのガス導入口53と、反応室51内のガスを外部へと放出する排気口54とが配置されている。そして、図4に示すように、反応室51内の雰囲気を採取するための第1サンプリング管55の開口55Aは、上壁からの距離Lが300mmとなる領域に位置している。また、第2サンプリング管56の開口56Aは、上壁からの距離Lが500mmとなる領域に位置している。これにより、第1サンプリング管55および第2サンプリング管56は、それぞれ反応室51内の上方領域および下方領域の雰囲気を採取可能となっている。
【0046】
そして、反応室51内に一定量のアンモニアガスを導入するとともに、熱処理ガスの総流量を一定としつつ二酸化炭素ガス、水素ガスおよび窒素ガスの流量を変更し、第1サンプリング管55および第2サンプリング管56から採取された反応室51内の未分解アンモニア分率を分析した。反応室51内の雰囲気の温度は、ガス軟窒化処理に適した温度である550℃および650℃の2水準とした。
【0047】
未分解アンモニア分率の分析は、非分散型赤外線ガス分析計(株式会社堀場製作所製、FA1000)を用いて実施した。なお、分析計やサンプリング管内において固体の炭酸アンモニウムが生成し、実験に支障が出ることを回避するため、バンドヒータおよび断熱材を用いて分析計およびサンプリング管を65℃以上に維持しつつ実験を行なった。表1に実験条件を示し、表2に実験結果を示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1および表2を参照して、熱処理ガスの総流量およびアンモニアガスの流量が同一であるにも関わらず、加熱温度が650℃の場合、加熱温度が550℃である場合に比べて、未分解アンモニア分率が1/5程度にまで少なくなっている。これは、温度の上昇により(1)式に示す分解反応の反応速度が速くなったためであると考えられる。
【0051】
次に、上記実験結果をグラフに整理して実験結果を分析する。図6および図7は、それぞれ加熱温度が550℃および650℃である場合の二酸化炭素の流量と未分解アンモニア分率との関係を示す図である。図6および図7において、中空のデータ点は水素ガスの流量が0であった場合、中実のデータ点は水素ガスの流量が1.2L/minであった場合を示している。また、図6および図7において、横軸は二酸化炭素ガスの流量を示しており、縦軸は未分解アンモニア分率を示している。縦軸の未分解アンモニア分率は、第1サンプリング管55および第2サンプリング管56のそれぞれにおいて採取された雰囲気の分析値の平均値である。
【0052】
図6および図7を参照して、水素ガスの流量を1.2L/minとした場合、水素ガスの流量が0である場合に比べて未分解アンモニア分率の値が明確に上昇している。これは、熱処理ガスへの水素ガスの添加により、アンモニアガスの分解反応速度が低下し、より多くの未分解アンモニアが反応室51内に残存したことを示していると考えられる。このことから、ガス軟窒化処理の熱処理ガスにおいて水素ガスはアンモニアガスの分解反応速度を遅くする負触媒としての作用があり、水素ガスの添加により、アンモニアガスの使用量を削減することが可能であると考えられる。
【0053】
また、図6および図7を参照して、二酸化炭素ガスの流量が増加するに従って未分解アンモニア分率が上昇している。このことから、ガス軟窒化処理の熱処理ガスにおいて二酸化炭素ガスもアンモニアガスの分解反応速度を遅くする負触媒としての作用があり、二酸化炭素ガスの添加により、アンモニアガスの使用量を削減することが可能であると考えられる。より具体的には、表1および表2を参照して、今回の実験の範囲内において水素ガスおよび二酸化炭素ガスの流量を最大とした条件6および12における未分解アンモニア分率は、水素ガスおよび二酸化炭素ガスを添加しなかった条件1および7に対してそれぞれ28%および60%増加している。以上の結果から、ガス軟窒化処理において熱処理ガスに二酸化炭素ガスおよび水素ガスを添加することにより、高価なアンモニアガスの使用料を大幅に削減し、熱処理コストの低減を達成できることが確認された。
【0054】
次に、図8に基づき、熱処理炉内の未分解アンモニア分率のばらつきに及ぼす二酸化炭素ガスおよび水素ガス添加の影響について検討する。図8において、横軸は二酸化炭素の流量、縦軸は未分解アンモニア分率のばらつきを示している。縦軸の未分解アンモニア分率のばらつきは、第1サンプリング管55において採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率と第2サンプリング管56において採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率との差である。また、図8において丸印のデータ点は加熱温度が550℃の場合、四角印のデータ点は加熱温度が650℃の場合を示している。さらに、図8において、中空のデータ点は水素ガスの流量が0であった場合、中実のデータ点は水素ガスの流量が1.2L/minであった場合を示している。
【0055】
図8を参照して、加熱温度が550℃の場合、未分解アンモニア分率の反応室51内でのばらつきは二酸化炭素ガスおよび水素ガスの添加の有無に関わらず小さくなっている。一方、加熱温度が650℃の場合、二酸化炭素および水素を添加していない条件では、未分解アンモニア分率が炉内で大きくばらついている。これは、加熱温度が650℃の場合、アンモニアガスの分解反応速度が速く、アンモニアガスが導入されるガス導入口53に近い上方領域において未分解アンモニア分率が相対的に高くなるためであると考えられる。これに対し、加熱温度が650℃の場合、二酸化炭素ガスの流量および水素ガスの流量のいずれを増加させても当該ばらつきは減少している。そして、二酸化炭素ガスの流量および水素ガスの流量をいずれも1.2L/minでとした条件12では、上記ばらつきが0.2体積%にまで低下することが分かった。このことから、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方を熱処理ガスに添加することにより、熱処理炉内の未分解アンモニア分率のばらつき低減し、品質のばらつきを抑制可能であることが確認された。
【0056】
なお、アンモニアガスの分解反応速度を遅くする負触媒として機能する物質は、多数存在すると考えられる。しかし、環境負荷の低減や製造コストの抑制が好ましいことを考慮すると、採用される負触媒は、大気中に多く存在しない塩素等を含まず、かつ安価であることが望ましい。このような観点から、負触媒として二酸化炭素および水素の少なくともいずれか一方を採用する本発明のガス軟窒化方法は、有効なガス軟窒化方法であるといえる。
【0057】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法は、コストの低減と品質のばらつきの低減とを両立することが求められるガス軟窒化方法および軸受部品の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【符号の説明】
【0059】
1 ラジアルニードルころ軸受、5 熱処理炉、11 外輪、11A 外輪転走面、12 内輪、12A 内輪転走面、13 ニードルころ、13A 外周面、13B 端面、14 保持器、14A 窒化物層、14B 端面保持面、51 反応室、52 撹拌ファン、53 ガス導入口、54 排気口、55 第1サンプリング管、55A,56A 開口、56 第2サンプリング管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる被処理物を、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱することにより前記被処理物の表層部に窒化物層を形成するガス軟窒化方法であって、
前記熱処理ガスは、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方とを含み、残部不純物からなる、ガス軟窒化方法。
【請求項2】
鋼からなる被処理物を、熱処理ガスが導入される熱処理炉内で加熱することにより前記被処理物の表層部に窒化物層を形成するガス軟窒化方法であって、
前記熱処理ガスは、アンモニアガスと、二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方と、窒素ガスとを含み、残部不純物からなる、ガス軟窒化方法。
【請求項3】
前記熱処理炉に導入される前記熱処理ガスの総流量に占める前記二酸化炭素ガスの流量の割合は5%以上20%以下である、請求項1または2に記載のガス軟窒化方法。
【請求項4】
前記熱処理炉に導入される前記熱処理ガスの総流量に占める前記水素ガスの流量の割合は10%以上50%以下である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のガス軟窒化方法。
【請求項5】
前記被処理物が前記熱処理炉内において550℃以上650℃以下の温度域に加熱されることにより前記窒化物層が形成される、請求項1〜4のいずれか1項に記載のガス軟窒化方法。
【請求項6】
前記熱処理炉内の複数の位置の雰囲気が採取され、前記雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理される、請求項1〜5のいずれか1項に記載のガス軟窒化方法。
【請求項7】
前記熱処理炉内の複数の位置から採取された雰囲気中の未分解アンモニア分率の最大値と最小値との差が0.8体積%以下となるように、前記雰囲気中の未分解アンモニア分率が管理される、請求項6に記載のガス軟窒化方法。
【請求項8】
前記熱処理ガスのうち二酸化炭素ガスおよび水素ガスの少なくともいずれか一方の流量が調整されることにより、前記雰囲気中の未分解アンモニア分率が調整される、請求項6または7に記載のガス軟窒化方法。
【請求項9】
前記熱処理炉内に配置された撹拌ファンにより前記熱処理炉内の雰囲気が撹拌されつつ、前記被処理物が前記熱処理炉内で加熱される、請求項1〜8のいずれか1項に記載のガス軟窒化方法。
【請求項10】
鋼材が準備される工程と、
前記鋼材が成形されることにより成形部材が作製される工程と、
前記成形部材の表層部に窒化物層が形成される工程とを備え、
前記窒化物層が形成される工程では、請求項1〜9のいずれか1項に記載のガス軟窒化方法により前記窒化物層が形成される、軸受部品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−224913(P2012−224913A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−93127(P2011−93127)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】